エロスに中々及ばず

とあるアパートの一室で、裸の若い2人がベッドの上で重なっている。
豆電球の小さな暖色の明かりが、やや暗めの部屋に色をつける。
少し年上の男は女の体を覆って、これから始まる事へ胸を高鳴らせる。
女は、あまり経験が無いのか緊張した面持ちだ。
男はそんな彼女の様子を見て、優しく語りかける。

「天井のシミを数えていればいいから」
「もう数えた」

あまりの速さに、男は驚いた。
振り向いて天井を見ると、いくつものシミがある。
男は事前に天井のシミを数えて、それがどれだけ時間がかかるのか計算していた。
およそ2分。
男は十分な時間だと思っていた。
しかし、女の頭の回転の速さは、男を遥かに上回っていた。
初手をしくじった。
だが、と男は考える。
そんな頭の回転が速い魅力的な女性とこれから事に及ぼうとしているのだ。
むしろ、彼女の好きな面をまた一つ知ることが出来て有り難いと思った。
男は真下でこちらを眺めてくる彼女の頭を撫でながら、窓をチラリと見て甘い声で語る。

「それなら、カーテンレールのシャッてする部品を数えていればいいから」
「もう数えた」

男は大層驚いた。
豆電球が灯る薄明かりの中、暗い窓際でカーテンレールのシャッてする部分を数えられるとは思っていなかったからだ。
恐らく、男よりも早く夜目が効くのであろう。
2手目もしくじった。
だが、と男は考える。
暗い空間にそんなに早く慣れる目を持つ彼女ならば、老後電気もつけずにトイレに向かう時に、足元の電気ポットとかに気付かず転ぶことも無いのではと思った。
年を取り、足を痛めるとその後の回復が心配であるからだ。
そんな健康を約束された彼女とこれから事に及ぼうとしているのだ。
やはり、彼女の良い面をまた知れて良かったと男はまた思った。
男は彼女の瞳を見つめる。
緊張の中に、何かを数えているような視線が混じっているその瞳がたまらなく愛おしかった。
男は、彼女に愛を語るようにして囁く。

「お待たせ。
ようやくだね。
今度は俺のまつ毛を数えていればいいから」
「もう数えた」

男は驚く他なかった。
熱い視線を交差していたとはいえ、細いまつ毛をそんな速さで数えられるとは思っていなかったからだ。
だが、自分に興味を抱いてくれてるようにも感じられ、男はむしろ感謝した。
男は、唸る。
彼女に何を数えて貰えば良いのか、分からなかったからだ。
そんな男の頬を女の両手が包む。

「まだ、これから数えるものがあるから」

男は、その日至上の1回を数える事ができた。

エロスに中々及ばず

エロスに中々及ばず

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-10-05

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