労働2

 今日も実験をしている。来る日も来る日も実験に明け暮れる毎日だ。俺は何をしているのだろうという自省が、仕事中もちらちらと頭に浮かぶことはあったが、何とかこのよろしくない思考の方も適度に飼いならしながら仕事に集中する術をそれなりに心得るくらいには社畜になっていた。何度か、歪んだ情念的思考が噴出しそうにはなるのだが、そのたびに理性という名の警察が徹底的に取り締まっていた。警察は数と記号でできており、無駄のない鋭利な思考によって、澱んで歪んで締まりのない言語で形成された思考を漂白するために、よく働く。言葉で考えると、どうしても同じところを非生産的にぐるぐると回り、この思考の型に癒されるところは若干あるのだが、数と記号による思考はそのような体たらくを許さない。なんらかの道を作って方向を定めて直進して行くことを強制する。


 直樹は、本当はもっと言葉でできた澱んだ溜め池に浸っていたかったが、数と記号が作り出す潔白で息詰まる世界にいつも引っ張り出され、その都度疲弊していた。しかし、直樹の方でも割と数と記号による秩序化された合理的な世界は好きだった。しかし合理性を追求しすぎると、却って一種の非合理性が形成され、澱んだ言葉の世界を再び導き出すようなところもある。直樹の頭の中ではいつも数と言葉がせめぎ合っている。両世界は衝突したり、すり合わせをして妥協点を探ろうとしたりして、いつも相克していた。いい加減直樹は疲れ切っていたのだが、この争いを辞めることができない。本来なら言葉の世界がもっと静まってくれれば、数と記号の世界が安定して居座ってくれそうなのにそうはならないのだ。いつも言葉による思考が労働中に増長してしまうので、却って数と記号による思考も勢いをまし、両者はどちらもスピードを上げて崖の方へ突っ走っていく。


 仕事をするだけでも疲労が蓄積するのに、脳内のよけいな思考のせいで、三倍も四倍も蓄積が増えている気がしてならない。どうして俺の思考はこんな状況になっているのだろう。それもこれも、働き始めるまでの自分の人生に問題がありすぎたのだろう。いや、もともと自分はよけいな性質を備えてしまった人間なのだろうか。俺はやはりこの世界に歓迎されていない側の人間だったのか。どうすればこの状況を変えられるのだろうと、考えながら本当に覆す勇気もない。仕事に不満を言いながら根底では満足しているのではないかと疑いたくなるが、それならこんなに苦しいはずはなかった。こんな生活を続けていると、いつかは破綻するということは薄々気づいていたが、そっちの方は見ないようにしている。盲目の混沌状態に浸っているには、目の前の課題に集中することが最適だ。人生における本質的な問題に直面するくらいなら、歪んだ漠然とした思考の中でいつまでも泳いでいたい。自分で自分を制御するにはどうすればいいのだろう。どこから間違ったのだろうと、問う必要があったが、もう列車は走り出しており自分の意志ではどうすることもできない。諦念に支配された勤勉さと努力。目前には、荒廃した世界が開けている。光は差し込まないようだ。いつから思考の森の中に迷い込んだのだろうと、また思考してしまう。このまま突っ走って破綻させるしか道はないのか。


 直樹はなんとなく職場から窓の外を眺めた。いつもの景色が写し出されている。懸命に働いている自分は何者なのか。自分の存在を消すために働いているのだろうか。初めに食い違うと、その食い違いを維持したまま無理に動き出してしまう。初めが肝心なのだ。それくらいはわかるが、今さらどうしようもない。諦めながら懸命になっている。どうも今の状態が腑に落ちない。しかし、誰しもこんなものなのか。そう思ったりもする。誰だって底の方には深い矛盾の一つや二つは抱えている。そう考えておけば、今自分が置かれている状況を特別視する必要もない。直樹は外の景色を見るのをやめて、また仕事に取り掛かり始めた。

労働2

労働2

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-01

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