還暦夫婦のバイクライフ 37
ジニー魔法神社を訪問する
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
「リンさん、明日岡山行きたいんだけど」
「え~岡山?何しに行くんよ」
「吉備津神社見てみたい。それと魔法神社もね」
「私がこの前から足がしびれて痛いって言ってるのに?う~ん魔法神社ね。しょうがないなあ、行ってみるか。でも私、お金持ってないよ?」
「メシ代くらいならある」
「わかった。で、何時出発?」
「7時には出たい」
「はいはい。あ~それと、二輪車定率割引の申請しときなさいよ」
「うん」
こうして9月8日は、岡山に向かうこととなった。
9月8日朝6時、ジニーは台所でコーヒーを淹れていた。ドリッパーからコーヒーが落ちる間に、昨夜作っておいたカレーを温める。
「おはよう」
リンが起きてきて、洗面所に向かう。しばらくごそごそ音がしていたが、洗いあがった洗濯物をかごいっぱいに詰めてベランダへと運んでゆく。ジニーも一緒に洗濯物を干す。終わったら台所に戻り、温まったカレーとコーヒーで朝食をとる。
「何時出発予定だっけ?」
「7時だけど、無理だな」
「準備するね」
リンは使った食器を流しに置いて、台所から出てゆく。ジニーは食器を洗い、食洗器に入れていく。それからジニーも準備を始める。真夏仕様のウエアに着替えていつものバッグを用意する。外に出て車庫からバイクを引っ張り出す。バッグを取り付けていると、準備が整ったリンが出てきた。インカムをつなぐ。
「ジニースタンド寄るでしょ?」
「寄るよ。さて、出ますか」
7時35分準備を終えて、二人は出発した。
いつものスタンドで給油を済ませて、はなみずき通りを南下する。車が少なくてすいすいと走る。中央高校手前を左折して、高速導入路に入る。ETCゲートを通過して松山道に乗り入れる。風切り音が大きくなり、インカムが聞き取りにくくなる。
「リンさん、次入野で止まるよ」
「何~?」
「い・り・の!」
「わかった~」
ほぼ無言で1時間ほど走り、入野P.Aで止まる。
「眠い~」
ヘルメットを脱いだリンがぼやく。コンビニに行ってお茶を買い、少し離れたベンチに座る。
「ん~眠い」
リンはお茶を一口飲んでからベンチに横になる。
30分余り休憩してから、二人は入野を出発した。少しペースを上げて、眠気を振り払う。
「リンさん、次、鴻ノ池~」
「コウノイケ~?了解」
松山道から高松道、坂出JCTで瀬戸中央道に乗り、瀬戸大橋を渡る。児島I.Cを通過して鴻ノ池S.Aに入った。駐輪場にバイクを止め、エンジンを切る。ヘルメットを脱ぎ、ジャケットも脱いで身軽になる。二人はベンチまで行って、そこに座り込んだ。
「眠い」
リンは再びベンチに横になる。ジニーは足元にいる猫に構おうとするが、猫はスタコラと歩いて行ってしまった。仕方なくジニーも座ったまま目を閉じる。そのまま何をするでもなく40分ほど休憩してから、二人は動き出した。
「リンさん、次は吉備津神社まで走るよ」
「どれくらいかかる?」
「ナビ様のご意見だと、30分くらいかな」
「そう。おなか空いたねー。門前に食堂あるかな?あったらそこでお昼にしましょう」
「オッケー」
二人はバイクを始動して、S.Aを出る。瀬戸中央道から山陽道に乗り換え、岡山JCTで岡山自動車道に入る。総社I.Cで高速を降りて、突き当りのR180を左方向に走る。しばらくすると、左側にでっかい鳥居が見えてきた。
「リンさん、何かでっかい鳥居がある」
「何だろうねあれ。奥に神社でもあるのかな?」
「さあ?ここから見る限り、そういうのは無さそうだけど」
「あとで調べよう」
気になる鳥居を横目に先に進む。やがて右側に吉備津神社が見えてきた。参道へと右折して、駐車場にバイクを乗り入れる。日陰を探すが残念ながら無かった。
「リンさん残念。日陰は無いね」
「仕方ない。適当に止めよう」
炎天下にバイクを止め、ヘルメットを脱いでホルダに固定する。それからジャケットを脱いでシートの上にかぶせる。
「ジニー、ちゃんとかぶせとかないと、熱くて座れなくなるよ」
「全くだ」
ジニーはおざなりにかけていたジャケットを、きちんとかけ直した。
「食堂あるかな?」
見渡すと、駐車場の向こうにお食事処の看板を見つけた。早速店を覗く。
「空いてますか?」
「どうぞ奥へ」
お店の人に案内されて、店内に入る。三組程食事をしていた。席に着いてから、メニューを見る。
「ん~、観光地価格やねえ」
二人とも少々高額なのは、若い頃さんざん通ったスキー場のゲレ食で慣れている。観光地はこんなもんというのが二人の常識になっている。
「何にしょっかな~」
リンはしばらく悩んで、お店の一押しのうどんを注文した。
「ジニーは何にするん?」
「天ぷらそば」
「カレーじゃないんだ」
「朝食べたからなあ」
「なるほど」
オーダーを取りに来た店員さんに注文する。
しばらく待って、天ぷらそばが来た。
「お先に。いただきます」
ジニーは早速そばを手繰る。しばらくしてリンの注文したうどんが来た。
「いただきます。いろいろ乗ってるねえ。山菜にシイタケ、卵、鶏肉、わかめにお餅かあ」
「リンさん、見た目が美しくないなあ」
「そう?ジニーは鶏肉が入ってるってだけでイメージが悪いんじゃないの?」
そう言ってリンはうどんを食べる。
昼食を終えて、会計を済ませてから吉備津神社に向かった。工事中の階段を上り、本殿の前に立つ。そこでお参りしてから境内をうろつく。
「あ、私ここ来たことある」
「そうなん?」
「かやちゃんチームと動いたときに寄った」
かやちゃんというのは、リンのもう一人の妹である。
「ああ、あの頃ね。15年くらい前?」
「そんなもんだね」
リンは懐かしそうに周囲を見回す。
吉備津神社には、長い回廊がある。本殿横から南随神門をくぐり、セメント舗装された下り坂を歩いてゆく。真ん中あたりまで歩いた所で、リンは右手にある御竈殿へと向かった。靴を脱いで中に入る。中には竈があり、大鍋が湯気を上げていた。
「ここは鳴釜の神事を行うところよ。柱とかすごいねえ。黒光りしてる」
「かまどの煙でいぶされてるんだな。すすぼったくないのがすごいな。毎日どれだけ磨いてるんだか」
独特の雰囲気にジニーは飲まれそうになる。
「依頼があれば、鳴釜の神事を行うみたいだね」
「なるほど、それで大釜がアイドリング状態なんだ。いつでも全開にできるように」
竈の世話をしている巫女さんを見ながら、ジニーは納得したようだ。
御竈殿を出て、さらに回廊を歩いてゆく。途中社が何か所かあり、様々な神様をお祀りしている。回廊の端まで歩き、すぐ外を走る道路の標識に目が行く。それは、岡山県古代吉備文化財センターの案内だった。
「リンさん、この道を行くと、文化財センターがあるって。展示もあるみたいだから、後で行ってみよう」
「魔法神社に行けるん?」
「魔法神社は行けたら行く」
「わかった」
二人は回廊を戻ってゆく。途中岩山宮への急な石段を登り、お参りしてから横に伸びる遊歩道を歩き、本殿の横に出た。
「リンさん、次行くよ」
境内を散策しながら駐車場に戻る。
「わあ!バイクが熱い。おまけにヘルメットも熱い」
充分日光浴をしたバイク達は、すっかり熱くなっていた。
「ジャケットかぶせて無かったら、シートに座れんかったなあ」
「ジニー言ったじゃない。ジャケットちゃんとかけ直しておいて良かったでしょ?」
「うん」
二人は熱くなったヘルメットを被り、駐車場を出発した。吉備津神社をぐるっと回りこみ、裏山を登ってゆく。狭い道だが、車が離合できるくらいの幅はある。登り切った右側に、文化財センターはあった。駐車場にバイクを止める。
「思ったより早く着いた。リンさん今何時?」
「・・・・13時5分」
「神社から5分くらいで来るんだ」
「ジャケット脱ごうか?」
「多分寒いと思うよ」
「そうよねえ」
リンはジャケットを着たまま建物に入った。ジニーも続く。カウンターにおじさんが一人座って、仕事をしていた。入場無料なので、挨拶だけして展示室に入る。
「涼し~」
「誰も居ないな」
「夏休み終わったからね」
「そうか!」
展示室には土器や石器、古墳から出土した副葬品とかが展示されている。説明文を読んでいたジニーは、膝がガクッとなって目を覚ます。立ったまま眠ったらしい。
「あ~眠い」
「はは、私も膝がカックンとなりながら読んでたよ」
リンがおかしそうに笑う。
「それにしても、この周辺って古墳だらけだな。全然知らなかった」
ジニーが展示のパネルを見ながら、つぶやく。
展示を堪能した二人は、14時丁度文化財センターを出発した。来た道を戻り、吉備津神社の横を通り、R180との交差点を左折する。大鳥居を右手に見ながら先に進む。岡山総社I.Cを通過して、バイパスを走らずに市街地を抜ける。
「リンさん、このあたりでガソリン入れよう。この街抜けたらスタンドが無いような気がする」
「わかった」
ジニーはスタンドを気にしながら走るが、しばらく出てこない。出てきたと思ったら、お休みしている。立て続けに2軒休みに当たり、ジニーは不安になる。
「まずいな。街を抜けそうだ」
そんなジニーの心配をよそに、次のスタンドが見えてきた。
「ジニー電気ついてる。やってるねえ」
「良かった~」
やっと見つけたスタンドに寄り、給油する。
「これで家まで大丈夫だ。さて、いきますよ」
「どうぞ~」
二人はスタンドを出発して、再びR180を西へと走る。しばらく走ると、鬼が立っている店を見つけた。
「あ!リンさん、鬼びっくりまんじゅうだ。Aチームの動画で見たやつ」
「本当だ。こんなところにあったんだ」
「帰りに寄ってみよう」
鬼の看板の前を通過して、農産物直売所の所のT字路を右折して、県道306号に乗り換える。上り坂をしばらく走ると採石場があり、そこを過ぎると道が狭くなった。
「リンさんUターンだ。気を付けて」
「うん、大丈夫」
細い道のUターンを何個か越え、さらに道は狭くなる。
「この道で合ってるんかいな」
「合ってる。動画でもこんな感じだった」
「わかった」
細い道をどんどん登ってゆくと、峠に出た。横から道が合流している。
「あ、ここだリンさん。着いた」
「ここ?」
「うん」
道路わきにある空き地に、バイクが2台止まっている。
「先客だ。香川から来たみたい」
ジニーは先客のバイクの横に、並んで止める。その横にリンも止めた。足元が悪いので、石を拾ってきてスタンドの下に敷いた。ヘルメットを脱いで、ジャケットをバイクの上にかぶせる。ちょうどそこに、先客が帰って来た。
「こんにちは」
「こんにちは。どうでした?」
「うん、思ったより普通の神社でしたよ。名前が気になって見に来たんですけどね」
「そうですか。じゃあ我々も」
ジニーとリンは、二人の先客にお別れして、神社の入り口に向かった。
「どこから上がるの?」
「リンさん、ここ」
バイクを止めた反対側の山の斜面に、階段がある。鳥居の代わりにしめ縄が張ってあり、横の石碑に魔法神社と刻んである。50段ほどの階段を上ると、もう一つしめ縄が張ってある。そこから神社の結界のようだ。運動場のような広場の奥に、社が立っている。他に何もない。社まで行き、拝む。手入れはきちんとされていて、管理する人たちがいるようだ。リンは社の後ろに生えている大きな松の木が気になるらしい。何本かある内の一本が枯れている。
「ジニーこれ、赤松?」
「多分。一本枯れてるなあ。松枯病か?」
「病気?」
「うん。僕の記憶が正しければ、確か僕がまだ10代の頃、日本中の松がすごい勢いで枯れてね。大騒ぎだった。白砂青松が白砂枯松になっちゃってね」
「そう言えばそんなこともあったような」
「あれ、ほっとくとその辺の松は全滅かもね」
二人がそんな話をしていると、三人連れの人たちがやって来た。入れ替わりにジニーたちは階段を降りる。
「さてリンさん、鬼びっくりに寄って帰ろう」
「開いてるかな?」
「さあ?行けば分かる」
15時35分、魔法神社を出発して、来た道を戻る。R180に出てすぐの所にある鬼びっくりまんじゅう本舗に立ち寄った。
「うん、鬼は鬼北町の鬼が一番だな」
ジニーが何体も立っている鬼を見てつぶやく。
店内に入り、まんじゅうを見る。細長い繭の形をしている。黒糖の薄皮と、白い薄皮の二種類が互い違いに箱に収まっていた。他にもカステラや和菓子があった。ジニーはまんじゅうとほかのお菓子を数点買った。
「リンさん、帰ろう。晩御飯どこかで食べて帰ろう」
「そうやねえ。鴻ノ池か豊浜か・・・今日は豊浜で食べようか」
「了解。今何時?」
「え~っとね。15時50分。どれくらいで行ける?」」
ジニーは大雑把に距離を考える。
「17時半到着予定だな」
鬼びっくりまんじゅう本舗を出発して、R180を総社方面に走る。途中でR429に乗り換えて、倉敷I.Cから山陽道に乗る。倉敷JCTで瀬戸中央道に乗り換え、瀬戸大橋を渡り、坂出JCTで高松道に乗る。豊浜S.A目指してひたすら走る。
「疲れてきた。さぬき豊中I.Cがもうすぐだ。その先が豊浜S.Aだっけ?」
「りんさん、残念ながら大野原I.Cがある。その先すぐの所にあるよ」
「うえ~仕方ない。とにかく走る」
心なしか速度が上がり、追い越し車線を走って先行車をパスしてゆく。
17時15分、ヘロヘロになりながら、豊浜S.Aに到着した。駐輪場にバイクを止め、エンジンを切る。
「つかれた~おなかすいた~」
リンがヘルメットを脱いで、伸びをする。
「さて、ご飯だご飯だ」
二人はヘルメットをホルダに固定して、フードコートに向かった。少し早い時間のためか、空いていた。ジニーはカツ丼、リンは牛卵とじ丼を注文した。しばらく待って出来上がった料理を、ジニーはあっという間に平らげた。
「ジニー早!私まだ全然食べて無いよ」
リンはやっと一口牛とじ丼を口にしたばかりだ。
「ゆっくりでいいよ」
ジニーはスマホを取り出し、動画を見始めた。
食事を終えて、二人はお土産を物色する。リンは大好きな元祖きびだんご、ジニーは名物かまどを買った。
「まんじゅう買ったのに、かまどですか?」
「リンさん、それはそれ、これはこれですよ」
「ふ~ん」
リンが少しあきれた顔をする。
買い物を済ませて外に出ると、あたりは夕暮れになっていた。
「リンさん急ごう」
2人はバイクに戻り、支度をしてすぐに出発した。暗くなった高速道をひたすら走り、松山I.Cで高速を降りる。バイパスに乗って余戸まで走り、R56に降りて市内に向かって走る。19時30分自宅に到着した。バイクを車庫に片付ける。
「お疲れ様」
「つかれた~」
リンのあとに続いてジニーもバッグを持って家に入る。着ていた服を脱ぎ、身軽な恰好に着替える。
「さて、鬼びっくりまんじゅうどうだ?」
ジニーはバッグから鬼びっくりまんじゅうを取り出し、パッケージを開けて、早速いただく。横からリンも手を伸ばす。
「うん。普通にうまい」
「おまんじゅうだねえ」
二人でそう言いながら、三つ四つ食べる。
「ジニー食べすぎ!」
「疲れてるときは、甘いものが進むねえ」
ジニーはそう言って、もう一個まんじゅうをつまんだ。
還暦夫婦のバイクライフ 37