高田馬場のTKG

ようやくでした。

 高田馬場の駅から少し離れたところに、卵かけご飯と書いてある看板を見つけたのは、今年の四月位の頃の事だったと思う。一見して、
「卵かけご飯か」
 と思った。それと同時に、何かこう、妙な話なのだけども、
「一回くらいは行くべきなのではないか」
 という気持ち、心持ちになった。
 私は星空文庫では北上八三と名乗っているが、別所、破滅派という所では小林TKGと名乗って話を書いている。
 そのせいだと思う。
 私が破滅派というサイトを発見した当時、卵かけご飯の事をTKGというのが流行っていた。それで破滅派に登録する時に小林TKGで登録した。
 最初は違和感があったが、じきに慣れた。
 それから現在に至るまで、破滅派では小林TKGのままである。とはいっても別に卵かけご飯がすごく好きとかそういうのではない。勿論、嫌いでもない。秋田に暮らしていた頃はたまに近所の農家の方から、卵を頂いてそれで卵かけご飯を食べたり、ほうれん草のおひたしを浸して食べたりしていた。
 だからと言って、すごく好きというわけでもない。
 ただ、食べるのに抵抗は無い。
 外人みたいにサルモネラ菌を気にしたりはしない。
 だからと言って、別にすごく好きというわけでもない。
 別にすごく好きではない。
 食べる事に違和感がないだけ。
「えー、卵かけご飯ですか?」
 ってならないだけ。
 美味しいねえ。美味しいよねえ。って食べる事は出来る。
 でも、すごく好きな訳じゃない。
 すごく好きな訳じゃないのだけど、でも、なんか、なんでか、なんと言ったらいいのか、なんでそう思ったのか、わからない。
 わからないけど、
 高田馬場の駅から少し離れた所のお店の看板に、
『卵かけご飯』
 と書かれているのを見つけて、それで、それを見た時、なんか、なんとなく、
「破滅派で、小林TKGって名乗ってるしなあ」
 って思って。
 それで、
「一回くらいは行った方がいいんじゃないか」
 と思った。
 一回そう思うと、いつまでもそれが消えなくなった。脳味噌に直に貼り付けられたみたいに。
「一回くらい行った方がいいんじゃないか」
 が、そう書かれている短冊か何かが、ホチキスで留められた。画鋲で留められた。釘と金づちで打ち込まれたみたいにして。
「一回くらい行った方がいいんじゃないか」
 が脳味噌に直に張り付いて、消えなくなった。
 そのうち消えるだろうか。そう思っていたのだけど、消えないとは思っても、消えることは、ものは、記憶はいくらでもある。
 だから、最初のうち、楽観していた。
「これも、高田馬場に行かなくなったら消えるだろう」
 そう思って楽観視していた。
 しかし、実際は、
「一回くらい行った方がいいんじゃないか」
 は、いつまで経っても消えなかった。消えることなく残り続けた。脳味噌に張り付いたまま残り続けた。
 だから、こないだようやく。初めて見た時から、もう、どれくらい経った? 半年くらい経ったかな。こないだようやく行ってきた。
 高田馬場の駅から少し離れた所にある卵かけご飯。
 肉吸いのお店だった。
 肉吸いと卵かけご飯のお店だった。
 朝11時からのオープンだった。
 お店をネットで調べて、お店のXとかを見ると時たま通院で休みとかになってたりした。
 私はその日、池袋駅に行ってそっから明治通りを歩いて高田馬場に向かった。
 開店の五分前に店に着いた。
 そこでXを確認を確認した。休みという知らせは出ていない。五分経つと、お店がオープンした。入店して、肉吸いと卵かけご飯を注文した。
 ちなみに、私はこの時まで肉吸いというものがどういうものなのか知らなかった。
「うどんとか入ってるのかな」
 とか、思っていた。
 関西圏の人であれば知ってるらしい。旅猿でも一回見たことある。出てきた肉吸いにうどんは入っていなかった。でも美味しかった。私は粛々と肉吸いを啜って卵かけご飯を食べた。
 会計を済ませて店を出ると、雑司ヶ谷霊園に向かった。
 池袋に行ったんだもの。
 雑司ヶ谷霊園にもいかなくては。
 私は明治通りを池袋方面に歩いた。
 肉吸い、卵かけご飯。
 食べたな。
 そういう事を考えながら明治通りを池袋方面に向かって歩いた。
 ようやく。
 ようやくだ。
 ようやく食べた。
 良かった。
 また行きたい。
 肉二倍とか、豚のやつとかもあった。
 卵かけご飯の他にも、玉子丼とかもあった。
 また行きたい。
 そういうのも食べてみるって言うのも、ありだろう。アリだ。
 最初、高田馬場に行って看板に卵かけご飯の文字を見つけた時、正直、私はある事を思った。考えた。
「この看板の写真を撮って、それを破滅派の私のアイコンの写真にしたい」
 と。
 でも、
 一回も行ってないのに、それは失礼だろう。
 そんなのはあまりにも礼を失するだろう。
 だから、せめてそれをやるなら一回くらいは行かなくては。
 行った方がいいだろう。
 って。
 でも結局、卵かけご飯を食べてからもそんな事「写真撮っていいですか」なんて店長さんには言わなかったし、今は破滅派のアイコンの写真を卵かけご飯にしたいとも思っていない。
 ただ、卵かけご飯を食べに行った。
 高田馬場に卵かけご飯の看板を見つけて、それが記憶に残って、それでこないだようやく卵かけご飯を食べに行った。
 これでよかったと思う。
 これ以外何もしなくてよかったと思う。
 前々から気になっていた卵かけご飯を食べに行った。
 それでよかったと思う。
 それ以外何もしなくて。
 今ちょっとだけ、こうして記録に残してはいるけど。
 でも、これ以外何もない。
 これでいい。
 そう思う。
 

高田馬場のTKG

高田馬場のTKG

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-24

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