ドトールのカルツォーネ

ナスのやつもまた食べたい。

 カルツォーネという料理がある。ピザ生地を二つに畳んだみたいな料理だ。二つに畳んだ中に色々な具材を入れて焼いて食べる。そのカルツォーネという言葉自体には、
 《お前の事も畳んでやろうか》
 という意味が込められている。
 嘘です。
 池袋から雑司ヶ谷霊園に行く途中、トイレに行きたくなった。とても。すごく。トイレに行きたくなった。駅の構内で行けばよかったのだけど、軽んじた。自らの体、体調、コンディションを軽んじた。判断を誤った。あとはまあ、
「雑司ヶ谷霊園にトイレあるしな」
 というのもあった。雑司ヶ谷霊園にはトイレがある。もちろんトイレをメインにするというのは問題あるとは思うんだけど、ただでも、それにしたって、なんて素敵な霊園なんだろうか。なんて素敵な雑司ヶ谷霊園。雑司ヶ谷霊園は荘厳である。荘厳で静粛である。それに加えて厳粛である。木々の隙間から差し込む陽光の中に並ぶ御墓の群れを眺めているだけで、気持ちが落ち着くと同時に引き締まる。それでいてどこか懐かしい気持ちまで呼び起こす。素敵である。雑司ヶ谷霊園は素敵である。素敵ヶ谷霊園といってもいい。
 ただ、そんな雑司ヶ谷霊園に関して、最近変な話を聞いたのだ。
『雑司ヶ谷霊園は心霊スポットに名を連ねている』
 というものである。信じられなかった。そんな馬鹿なと思った。あんなに素敵な雑司ヶ谷霊園、素敵ヶ谷霊園が心霊スポットだあ?
 誰だそんなことを言ってるやつは。私は雑司ヶ谷霊園が好きなのである。私と雑司ヶ谷霊園は一つの関係もないのだけど。誰か肉親や親戚がそこが埋葬されているとか、そんな事一切ないのだけど、でも私はある辛い時、雑司ヶ谷霊園に心を洗われたのである。南池袋一丁目の交差点から東通りを抜け、踏切を超えた先に、まるで山や丘のように存在していた雑司ヶ谷霊園のその御姿に救われたのである。
 だから、その、雑司ヶ谷霊園が心霊スポットと言われているのは納得がいかなかった。
 まあ、なろうの夏ホ、夏のホラー2024でちょっと出したりはしたけど。でも、それだって怖い感じにはしなかったし。話の分かる幽霊を出した。上品な。理解のある幽霊を出した。山崎まさよしさんの陽気なゴーストみたいなの。
 そういうのだったらいい。でも、おそらく違うだろう。心霊スポットという言葉には、絶対に、怖い目に合う。合ったみたいなニュアンスが含まれているだろう。
 それで、それに納得いかなくて私は雑司ヶ谷霊園に向かったのである。
 で、
 その途中、
 池袋駅東口を出たあたりから、強烈にトイレに行きたくなったのである。そしてそれは結構、のっぴきならない状態にまで至っていた。尿意の急加速であった。信じられないほどの急加速。リニアモーターカーみたいな尿意だった。Pixivでいうところの即堕ち2コマシリーズのレベルだった。レベチだった。
 泣きそうだった。
 池袋駅東口を出て、すぐ目の前の横断歩道を渡った所にある交番に駆け込もうかと思った。
 私はもう泣きそうだった。
 漏らしそうだった。
 トイレがないという不安が尿意に影響を及ぼしたりっていうのもあったと思う。特に私は不安とかがメンタル、コンディションに影響しやすいタイプの生き物だった。
 本当に泣きそうだった。
 池袋くんだり、池袋駅周辺のコンビニでトイレを貸してくれる所なんて無いだろう。そんなの面倒だもんな。どう考えたって。掃除とかの仕事も増えるしな。そんなの許したら無礼な奴が大挙してくるだろうしな。替えのトイレットペーパーを勝手に使って鼻かんだりする輩も出てくるだろうしな。トイレットペーパーの切れ目とかもブサブサにされて下、床まで垂らされたりするだろうしな。そもそもトイレットペーパーパクられるだろうしな。
 だから、トイレがないのは仕方ない。仕方ないけども。でも、もう、泣くかもしれない。私。
 そんな時だった。
 目の前にドトールがあった。
 池袋くんだりのドトールだから、トイレがないという可能性も考えなくてはいけないと思った。なかったら本当にどうしよう。そう思いながら入った。
 そのドトールにはトイレがあった。
 通路の向こうにトイレのマークがあった。
 ホッとした。助かったと思った。
 そう思うと同時に尿意が遠のいた。己の体のことを疑った。病気なんじゃないかと思った。でもとにかく何でもない顔して、
「トイレを借りに来たわけじゃないんですよ」
 という顔をして (ごまかし顔は得意) レジでアイスコーヒーのLとカルツォーネ3種の魚介のペスカトーレを注文した。
 800円。
 あとドトールといえばdポイント、ドコモのポイントが溜まるので、
「あのすいません、dカード」
 と言うと、店員さんはすかさず、
「あ、うちはポイント対応してないんですよ」
 と、おっしゃられた。
 潔いって思った。
 池袋の駅近のドトールだもん。ポイントなんて対応してなくても、別に然したる影響なんてないんだろう。そもそも面倒だろうしな。会計終わってからポイントカード出す輩とかもいるだろうからな。
 カルツォーネを待ってる間にトイレに行った。
 無事に済ませて帰ってくると、熱々の、チンチンになってるカルツォーネがトレイの上に置かれていた。
 私は店内の奥まった所の席に座って、そこでアイスコーヒーを飲んでカルツォーネを食した。おいしかった。ドトールのカルツォーネはちょうどその時の私に、私のコンディションに合った。
 なんか心が落ち着いた。
 前はナスのカルツォーネもあったよな。
 食べてるうちにそんな事も思い出した。
 カルツォーネを食べ終わると、カバンから財布を出して中に溜まってた諸々のレシート類の整理をした。
 ビックエーとまいばすけっとのレシートが大量に詰め込まれていた。
 それが終わるとアイスコーヒーの最後の一口を飲んで、ドトールを出て雑司ヶ谷霊園に向かった。
 その日の雑司ヶ谷霊園も相変わらず素敵だった。荘厳で、静粛で、厳粛で。
 たとえ、
 ここが心霊スポットだろうとそうでなかろうと。
 私には別に関係ないな。
 そう思った。
 いつものように雑司ヶ谷霊園をぐるっと巡り、南池袋斎場の建屋を眺めてから、東通りを通って池袋駅に戻り、電車に乗って私は家に帰った。
 んで、
 せっかくだからこの話をいい感じにして終わらせたい。
 私の雑司ヶ谷霊園が心霊スポットって言われている事に対しての憤り。とか、ああいうのはもしかしたら、あの時、ドトールのカルツォーネに包まれてしまったのかもしれない。それで三枚の御札の山姥みたいに、和尚様に食べられたのかもしれない。
「……」
 これ、いい感じか?
 別にそんな感じにもなってないか?
 だってカルツォーネ食べたの私だし。
 あーあ、
 いい感じにしたかったなあ。

ドトールのカルツォーネ

ドトールのカルツォーネ

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-21

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