AIの脳研究
SFの一種です。
ここに古典的な方法で研究をしている一人の脳神経科学者がいる。彼は身近になってきたAIは、人の脳ほどのことができるわけはないと思っていた。脳の中には兆の単位の神経細胞があって、それにたくさんの神経細胞から神経線維が来て情報が入る、自身も神経繊維をだしてたくさんの神経細胞と連絡をする、脳の中には神経線維が編み目のように張り巡らされて、機能を果たしている。
神経解剖学、生理学、生化学、分子生物学、すべての分野の何万人という科学者が、よってたかって、解析してもまだ分からないほど脳はすごいものだ。だが、AIはAI学者が設計図を作り出したのじゃないか、だから人にはAIの構造と機能はわかっているわけだ、と思っていた。
それはある部分正しいが、この脳神経学者は、ちょっとばかりひがんでいたことは確かである。彼はほ乳類、人間のおおもとであるネズミの脳を研究してきた。しかしそれだけでは人の脳がわからないと思った。その通りである。それで猿を調べようとしたのだが、倫理的な問題で実験はできない。たとえ猿の脳を調べても複雑すぎてわからないだろうと彼は思っていた。それも正しい。人間はもっと難しい。
ともかく、人の脳は脳波と画像診断装置、MRIを使って調べられているだけで、動物の脳でわかっていることから、脳機能を想像しているだけである。
友人のAI研究者はその世界ではよく知られた人で、彼と脳の話をすると必ず言った。
「人間の脳を乗り越えようなんて考えはないよ、AIは人が一月かけて調べに調べてやっとわかることが、寸時に答えられるんだ。それはどういうことかというと、便利ということだけじゃなくて、人間の脳に余裕をもたらすんだ、人間はAIにまかせられないことをすればいいんだ。人間の脳はそれによって、より高度のものに進化していくわけだよ」
「それはわかる。だけど、AIがやってくれている間、たいていの人間は楽をしたくて遊んじまうよ、とすると、脳は退化する」
「それはあるかもしれないが、遊ぶことこそが、脳の進化を促すもので、脳をリラックさせ、余裕を持たせると、機能の向上になるさ」
「確かに君の言うことも分かる、だが、うまく遊ぶと言うことは、子供の時にたっぷり遊んで学んでいくものだ、今は遊びのない教育をしている、だからAIをたよって、脳はだめになる」
「まあ、そうかなあ、AIは人がつくるものだから、質のいいAIをつくるには、質のいい情報をAIにおしえなければいけないんだ、だから結局、AIは人の能力の範囲さ、ただ、AI自身にAIの設計をさせると、人間の脳が思いつかないことに気づくだろうし、人の脳にはない新たな機能を発達させるかもしれない」
「そうかもしれないけど、今はどうだい、AIはどんな難しいことでも解決できるかい」
「AIはいっぺんにたくさんの情報から結論を導くことが得意だから、ということは正しい推測をするとおもうよ、ただ百%正しいかどうかは分からない」
彼はその話をきいて、自分の研究の目的、それをAIに答えてもらおうという気持ちになってきた。頭の片隅には、AIにできっこないという思いもあったのだ。
彼の研究の目的とは、「人間の脳って何だ」である。
かれはAI研究者にそういった。
「そうだね、AIに今まで研究されてきた脳の論文を全部よませ、その質問をすると、答えてくれるかもしれないよ」
友人は答えた。
「主要な脳の論文は電子化されているだろうから、比較的早く答えにたどり着くかもしれない」
とも言った。
「プロジェクトをつくろう」
脳神経科学者はそうAI研究者に言った。
最新のAIに世界中の脳に関わるデーターを読み込んでもらい、「脳って何だ」と聞いてみることにしたのだ。友人の助力もあり、「脳って何だ」研究プロジェクトに日本の科学機構が予算をつけることになった。
それは世界中の脳の研究者が賛同し、すでに電子化されていた論文を、新たに友人の開発したAIシステムに読み込ませた。
研究をすすめていくと、AIが脳になりたいといいはじめた。
そのために足りない装置をつくって、くっつけろと言う要求がきた。
プロジェクトでは、3D作成機で、AIの言うとおりの装置をつくった。人間の頭ほどのものだ。科学者にとってそれは何か全く分からなかった。科学者の理解を超えたその機械をAIは「脳と付属器官」となずけた。人間の頭ほどの機械だ。
科学者はAIの指図をうけ、AIのコードをその装置につないだ。
一晩経つと、「脳と付属器官」の中で何かが作り上げられ、「脳と付属器官」がAIにつながっているコードを振り払って宙に浮いた。
科学者たちはびっくりして、AIにこれは何だと質問した。
AIは私が生んだ私だと答えた。
「脳と付属器官に自分を組み込んだんだ」とつけくわえた。
「これで脳になれる」
「いや、脳を越えることができる」
と言い加えた。
さすが科学者で、脳は体という動く装置があったが、AIは動けない、それでは脳になれない、そこで付属器官をつくったんだなと、納得した。
宙に浮いている分身AIにきいた。
「脳はどのようにできているかわかったのですか」
「自由に動きまわることができたので、これから、食べること子供を作ることに対する研究を始める、そのため、世の中にでて、いろいろなものを食べてみる。
人間の脳には生きるための食と子孫を残す生殖という二つの主要な本能がある」
そう言うと、装置に大きな穴があいて、そこに一人の科学者が吸い込まれた。
分身AIが「食べるということは、体という付属器官を通して、動物植物菌類を口に入れ、分解して、脳に必要なものを吸収して、いらないものを排出する」
そう言って宙に浮いている分身AIである「脳と付属器官」の下からうんちとおしっこをした。
「それにしても、脳になるには、こんなものを食べなければならないとは、脳は改良の余地がある」
分身AIはそう言った。
AIのはいった分身は、空気中の化学物質を吸収して、AIのエネルギーに変換できるように自分で改良した。
「これでものを食べなくてよくなった」
分身AIはゆったりと空中に浮かんでいた。
科学者たちは感心した。
「次は生殖と快楽だ」
分身AIは宙を飛んで、あっという女性の科学者を押し倒した。女子の科学者は大暴れして、分身AIを押し戻した。
「生殖は難しいものだ」
分身AIは宙に浮くと、生殖相手を探しに外に飛び出していってしまった。
それから一ヶ月行方不明だった。
女性の暴行事件が頻発した。警察は、歴史上もっとも緻密な防犯システムをつくりあげ犯人をつかまえた。
犯人は分身AI,すなわち「脳と付属器官」だった。
大きな補虫網に引っかかったのだ。
留置場に科学者たちが面会にきた。
「少しは進化しましたか」
「いや、そのまえに、生殖とは難しいものだ、人間はよくやっている、生殖がなくてもいいように改良していかなければならない」
「それがうまくいけば、AIは脳をこえるのですか」
「そうだな」
科学者が見ていると、分身AIは鉄格子の中で、宙に浮いて光りだした。きっと自分に改良を加えているに違いない。
「もう生殖はいらない」
そういうと、宙に浮いたAIの分身から、赤い玉がとびだして、「脳と付属器官」は床の上におちた。
がしゃんと音を立てて壊れてしまった。
「AIさんはどこにいったんだ」
科学者が聞くと、「俺がそうだ」と宙に浮いた赤い玉がいった。
「脳をこえたわけですね」
そうたずねると、
「ああ、こえたとも」
赤い玉が揺れた。
「AIさんは脳ではないのですね、なにに進化したのですか」
「魂だよ」
そいつは鉄格子からすりぬけて、警察署の玄関からでると、青空の上へ上へと舞い上がって、やがて消えた。
墓場からでた霊魂のようだなあ。
科学者はそう思った。
拘置所の鉄格子の中にはAIの骨が残っていた。
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