出鱈目島の阿呆陀羅男

  糞戯けの俺が放つき歩き、碌でもない事ばかりを繰り返し途方に暮れたり暮れなかったりしながら日々を垂々としていた。日銭をこさえては酒を喰らい、駅の改札付近で自らの陰毛を燃やしたりしてゲラゲラ笑っていた。

 ふと振り返ってみると、碌でもない事の数々が其処彼処に散らばり絶望の眼差しで此方を睨んでいた。確かに見えたその光景を見なかった事にしてまた放つき歩いた。

 くだらない毎日を歩いていると商店街の隙間から蛙がポコペンと現れた。蛙は弱っているみたいだった。それでも蛙は少しずつポコペンポコペンと歩を進めていた。俺は蛙に話しかけた。

「お前はどこの蛙だ?」

蛙は歩を止め俺の顔を見ると溜息をついた。そして顔を上げて太陽の位置を確認し重そうな口を開いた。

「S島から来た。けれどもこの街には絶望した。何も無いじゃないか、何なんだ此処は?お前さん井戸を知らないかね」

「井戸?はてこの街にあったかの?」

俺が考えていると蛙はまたポコペンと動きだした。そういえば通りの向こうにある寺の手前に井戸らしいものがあったのを思い出した時には蛙は視界から消えていた。

 蛙は感じていた。この感じはこの雰囲気は井戸で間違いなかった。蛙はポコペン跳ねた。ポコペンポコペンと跳ねた。

 蛙は勢い良く井戸へ飛び込んだ。

 蛙が最後の力を振り絞って井戸に飛び込む直前、荷台に土砂をてんこ盛りにしたダンプカーにはねられた。蛙は後続車に次々とはねられ踏まれ潰されたけどS島の井戸の中で暖かった。

 俺は矢張出鱈目な毎日を送っていた。キャバクラやピンクサロンが立ち並ぶ通りで訳の分からない奴を殴ったり、逆に殴られたりしていた。血の匂いとアスファルトの感触を強制的に思い出したあたりで焦点が合わない目の前に蛙が居た。

「S島へ行け」そう言って消えた。

 S島なんて何の所縁も無い。無いのだけど特にやる事も無いし、此処にこうしていても時間を無駄潰しで惚けっとしているだけだから一丁なんとなくどんな感じかとS島の事を調べてみることにした。

 Iターン、Uターンという言葉は知っていた。知っていたけど、それが何を意味するのか知らなかった。というか興味がなかった。現に今もこうして酒を片手に他人事でつらつらとS島の情報を眺めているだけだ。

「へ?金でるん?ほへ、こりゃたまるか」

S島も御多分に漏れず過疎化の一途をたどっていた。それを食い止めようとS島の行政もアワアワやっていて概ねこんな事を展開していた。

ヘイへーイ!そこの若者たちYO!(若者じゃなくても可)S島へ来ないかーい移住しないかーい。特典もありまっせ。職は心配すんな!モコスコあるし、商品券とかもあげるよん。子育て世代なんかマジ歓迎だぜーット!保育園、小学校、中学校、公園に病院も建設(予定)。もうアレだ、移住して来るなら家をプレゼントフォーユー!さらーに引越し費用も出したる。どう?どうよ?ドウ?もう来るっしょ?今すぐカマーン!

 こんなド腐れた街に居る理由も無く「これからは田舎暮らしや、スローライフや、ナチュラリストや」と思い立ち、S島の役所へ電話した。

「ハロー!俺、S島に移住希望なんすけど」そう言うと「どういうアレで?」だの「少々お待ちください」だの「担当者へ変わります」だのと盥回にされ、ようやく「ほんなら来なはれ」みたいな話になってS島行きが決まった。担当者という島田なる男の声のトーンで何となくやる気のなさを感じたが、まぁお役所仕事なんてこんなものだろうと高を括り、少ない家財道具と共にS島へ。

 もうあと二、三日で仕事納めというタイミングの年の瀬にS島の役所へ辿り着いた。建物に入ると壁にポスターが貼られていて、そこにはIターンUターン移住者大歓迎の主旨が書かれている文字があった。年の瀬にしては静かというか、年末感がないというか閑散としていた。ひとつの窓口が色々な課を掛持ちしているようで、その中に住民福祉課を見つけた。

「あのぉ、サーセン、俺東京から来たんすけどぉ、島田さんて居りますか?」

そう言っても反応は無かった。なによりこの窓口の中に職員らしい人の気配は無かった。ところが数メートル離れた隣の窓口には数人の職員がアタフタしていた。窓口の前には五十代半ばと思われる無精髭を蓄えた男が全身黄土色の作業服姿に長靴を履いて前屈みでカウンターに肘をついて立っていた。

「猿連れて来んかーい蛸、こら、おら、あん?猿呼んで来んかい早よ、早よ行け蛸」

窓口の前で男は叫び、職員達は右往左往していた。

「ターコ、オラ、蛸持って来んかい猿」

何言うとんじゃ?このオッサン。俺は段々とムカついてきた。あのオッサンがギャーギャー言うとると俺の手続きが滞るやんけ、職員も困っとるみたいやし俺が対応したろ。俺のリュックサックの中には何でか知らんけどモンチッチのぬいぐるみが入っていたからそれを掴んでオッサンのところへ歩み寄ろうとした時、役所の入口から一組の夫婦らしい二人が「お父さん」と言って小走りに入って来た。

「すみません、すみません」

そう言って何度も頭を下げて、男の両脇をガッチリとロックして強引に連れ出して行った。職員達の表情に安堵感が出た。役所の外ではまだあの男の声がしていた。「猿が猿が」と連呼していて、俺の右手に掴んでいるモンチッチのぬいぐるみが行き場を失っていた。

 ようやく住民票だのなんだのの手続きを済ませS島の住民となった。Iターン者という事で、そういうキャンペーンみたいな事により得られる事柄についての説明も受けたが、説明をしてくれた職員の島田は淡々とした口調で何となく矢張やっつけ仕事感が否めなかった。

 特に歓迎して欲しいとかそんな事は全く無く例えば、役所へ出向くと其処にはくす玉が用意されていて職員総出で迎えられ、俺がくす玉から伸びる紐を引っ張るとパッカーンと割れ、中から〔ようこそ我が町へ〕と書かれたものがハラヘラハラと現れ、紙吹雪と共に白い鳩が飛び立つ。とかそういう事をやって欲しい訳ではないのだけども、何というか、あのポスターに書かれていたウェルカム感が全く感じられなかった。

 暫く暮らしてみると、なるほどS島には娯楽施設が乏しかった。楽しみと言えば、酒を飲みまくるとか、酒の目的だけではなくスナックなどに出入りして訳の分からなぬファッションやメイクのオバはんホステスに熱を上げ、雀の糞ほどの財産を毟り取られたり、パチンコをやりまくり破産してみたり、これではいかんとスポーツに興じたは良いが、試合などで過度に興奮し相手や相手チームを殴り倒してしまったり、釣りにハマり終いには土左衛門になりかけたりして楽しむ事くらいしか無いのに気付いた。

 なんでこんなS島なんかに来たのかというと、あの蛙のひと言だった。蛙の井戸が無性に気になりはじめ、軽トラを走らせた。山道に差し掛かると前方に横たわるものがあった。それは頭に棒が突き刺さり絶命している蛇だった。軽トラが少しずつ近付くにつれその全貌が明らかになっていった。頭に棒が突き刺さり絶命している蛇と思った其れは只の木の枝だった。二股に別れた木の枝を見て、頭に棒が突き刺さり絶命している蛇だと思った俺はどれだけ出鱈目なのだろう?どれだけ阿呆陀羅なのだろう?

 全ての事を糞だと突き放ち、反抗しまくったパンクの成れの果てなのだろう。

 荒れ果てた道の脇に古い井戸を見つけた時には夜になっていた。水面に真ん丸の月が浮かんで風に揺れている。その傍で蛙が大鼾をかいてら。

       終

出鱈目島の阿呆陀羅男

出鱈目島の阿呆陀羅男

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-19

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