あなたのアレがよすぎる問題(1:1)

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『あなたのアレがよすぎる問題』

青木(男) 田中の同僚 顔と声がいい
田中(女) 青木の同僚 青木の顔と声がドストライク

※上演時間約15分

◆本文

(バーで1人で飲んでいる田中(酔っている)のところに、青木が入ってくる)

青木:あれ、田中さんじゃないですか?

田中:げ……

青木:げ、ってなんですか?

田中:いやー? なんでもない、あ、お疲れ様ですー。(飲む)

(気まずい空気)

青木:1人ですか? 俺も1人なんで、よければ、隣、いいですか?

田中:え?

青木:あ、ダメですか? 誰か来るとか?

田中:いや、別に……ど、どう、ぞ?

青木:なんで震えてるんですか? えっと、あ、マスター今日のおすすめは? あ、じゃあこれください。

田中:はぁ……

青木:どうしたんですか? 

田中:(わざとらしく大げさに)はぁーー……

青木:だから何ですか? (マスターに)あ、ありがとうございます。
あのー、前から思ってたんですけど、田中さん、俺に冷たくないですか?

田中:えー? そんなことないよ? 気のせいじゃないかなー?

青木:いや、挨拶はしてくれるし、事務的な話はしてくれるんですけど、なんかよそよそしいというか……俺、なんかしました?

田中:いや、してはない。行為という意味ではしていない事になる。

青木:行為という意味では?

田中:ただ……なんというか、こう……むかつく?

青木:え、俺にですか? なんでですか?

田中:むかつくの。

青木:だから、なんでですか?

田中:むかつくから!

青木:だからなんの話ですか? ってか、田中さん、もう結構酔ってますよね?

田中:よし、謝って

青木:は?

田中:いいから謝れ!

青木:だから、なんで!?

田中:はい「ごめんなさい」は?

青木:……ごめんなさい?

田中:感情がこもってない! やり直し!

青木:いや、いきなり「むかつくからあやまれ」って言われて感情込めて謝れるわけないでしょ。
だから、俺、何したんですか?

田中:……はぁ……やっぱりむかつくなぁ……

青木:は?

田中:(小声で)いつもながら……なんでこう……がいいんだろ。

青木:え、なんですか?

田中:はい、ダメ! それ以上近づかないで! ソーシャルディスタンス!

青木:もう五類になりましたよ。

田中:心の! ソーシャルディスタンス!

青木:それだと心の距離ができちゃうじゃないですか! 勝手に壁作らないでくださいよ!

田中:あ! マスターこれすっごく美味しかった! うん、おかわり。ソーダ割り……いや、やっぱりロックで!
あーお酒っておいしいなぁ……そうだ、なんかつまみ頼もうかなーえーっと……

青木:誤魔化さないでください?

田中:ダメか……だからね……それは……ほら……何て言うか……あれだよ!

青木:はい

田中:ほら、だから……あれがさ……(マスターに)あ、ありがとうございます! (飲んで)はぁ、おいし……

青木:それはよかったですね。

田中:ほんとこの店いい酒揃えてるよね?

青木:そうですね。……って、いい加減、怒っていいですか?

田中:え? 怒ってもらえるの?

青木:は?

田中:ありがとうございます! (息を吸って)どうぞ!

青木:どうぞって言われても、なんでウエルカムな空気出すんですか?

田中:我々の業界はご褒美だから。

青木:なんの業界ですか? 俺たち同じ会社の同じ部署ですよね?

田中:そうだね。一緒の部署だよね。もう2年になるよね。今さ、私の席から、青木君の席見えるじゃん?

青木:うん。

田中:なんでなの?

青木:だからなにが。

田中:なんでいつも……顔がいいの?

青木:は?

田中:毎日毎日毎日毎日毎日………いい加減にしてくれない?
美人は三日見たら飽きるとか言ったの誰!? 毎日見てもやっぱりかっこいいんですけど!?

青木:はい?

田中:笑ってもかっこいい、パソコンのし過ぎで目の間グリグリしててもかっこいい、電話応対でお客さん怒らせちゃって謝り倒しててもかっこいい、こないだ居眠りしかけてぐわんってなってたのもかっこよかった。

青木:うわ、恥ずかしいところ見られてた。てかどんだけ見てるんですか? 目は合わせてくれないのに。

田中:大丈夫、一回につき2秒以内だから。

青木:俺は運転中のカーナビですか……。

田中:……だから、むかつく。

青木:さっぱりわからない。俺の顔がいい? 
それはそれぞれ主観だからなんとも言えないですけど。
だからってなんで謝らないといけないんですか?

田中:大丈夫、ただの逆恨みだから。

青木:あのな。

田中:あれ、じゃなくて、八つ当たり?

青木:どっちも嫌です。

田中:つーわけで、謝って?

青木:嫌ですって。

田中:くそぅ……そもそもさ、なんでここに来たの?

青木:なんでって、一杯飲みたいなーと思ったから?

田中:私が居ない時にして!

青木:しかたないでしょ。駅前で、いい酒揃ってる店ってここくらいだし。

田中:知ってる。でも来るな。出禁!

青木:ひでぇ……。ちょっと待って改めて整理していいですか?
田中さんは俺の顔がいいと思ってる?

田中:そう。

青木:で、俺にむかついてて、謝って欲しくて、バーで出会いたくないと思ってる。
……ってことで大丈夫ですか?

田中:はい、間違いございません。

青木:いや、まったく意味がわからない。

田中:え、わかんない? だって普通、超絶ドストライクの顔の人とは出会いたくないよね?

青木:普通じゃないですよ。俺なら、自分好みの美人が常連ならよけい通いますけど?

田中:それは! 青木君の! 顔が! いいから!
普通はさ、美しい人の美しい視界に自分という不純物を入れたくないものなの!
なんで画面の中にいないの? いくらでも課金するのにー!

青木:はあ?

田中:だから本気で考えてる。転職を。

青木:そこまで?

田中:うん、そこまで。でもまあ、なかなかいい条件の会社みつからなくてさぁ。

青木:え、ガチで転職活動してる? 面接で転職理由なんて答えるつもりですか?

田中:え、そんなの「前の会社にストライクど真ん中の顔の人がいたから」でいいでしょ?

青木:いいわけないでしょ。面接官が困惑しますって。

田中:わかってないなぁ……

青木:わかってないのは、田中さんですよ。

田中:はぁ……マスターおかわり。

青木:え、いつの間に飲んだんですか?

田中:シラフで青木君と話せるわけがなかろう。

青木:すでにかなり酔ってたのに。飲み過ぎじゃないですか? 大丈夫? お水もらいしょうか?

田中:はい、ダメー!

青木:は?

田中:私に優しくするの禁止。

青木:なんで?

田中:かっこいいから。

青木:理不尽。

田中:私の中では、理にかなってるの。

青木:うーん……でも、俺たち同僚なわけですよね?

田中:うん。

青木:次のプロジェクトも一緒ですよね?

田中:そーれーなー! 課長のこと刺そうかと思った。

青木:やめてください。

田中:じゃあ、金色のお菓子で……課長、これで一つなんとか……

青木:いや、だからさ。慣れましょう? 俺に。

田中:青木君の顔に? ……うーん……2年一緒に働いてて慣れてないのに?

青木:でも、せっかくここで会ったんだし? 今までまともに雑談とかしてこなかったから、普通の会話から試してみましょうよ。

田中:(嫌そうに)えー……?

青木:えー? じゃありません。練習です。

田中:(息を吸い込む)すー……今の台詞いいなぁ録音しとけばよかった……

青木:なんか言いました?

田中:なんでもありません。わかった、じゃあ……ダメ元で、騙されたと思って、やるだけ無駄だけどやってみます先生。

青木:もうちょっと前向きに取り組んでください? じゃあ、何気ない会話から……

田中:んー? なにげない会話かぁ……あ、どうも初めまして。

青木:あ、そこから始めるんだ? はい、初めまして。

田中:あ、よろしくお願いします。

青木:よろしくお願いします。

田中:えっと……顔がいいですね?

青木:あ、はい、ありがとうございます。

田中:じゃ! 私急用思い出したんで、失礼します! さようなら! ……ふう。

青木:ふう、じゃないんですよ! 終わらないで? てか顔から離れて? 
ていうか、初対面って設定いらないでしょ?
話題なら普通に仕事の事とかでいいじゃないですか?

田中:うーん……そっか、仕事の話ねぇ……

青木:そうだなぁ、例えば……こないだの昼休み、福田さんに猫の動画見せてもらってたら、部長がめちゃくちゃ食いついてきたんですよ。

田中:ああ……部長、ああ見えて、かわいいもの好きよね。

青木:ですよね、で、ちょっと天然。

田中:最初は、けっこう強引で、勝手に色々いろいろ決めちゃうし、え、これパワハラ系?って身構えたんだけどさ。

青木:あーわかります。前の部長がご家族の介護があるとかで、急に退職したときはどうなるかと思いましたけどね。

田中:なんか、職場の雰囲気もいい感じになってきたよね。今の部長も厳しいけど、なんだかんだ面倒見いいし。

青木:そういえば、俺が企画書上手く作れなくて残業してる時、部長ずっと一緒に残ってくれてたな。

田中:そうなの!? 知らなかった!

青木:ま、その後、必ず飲みに行くんですけど。

田中:何それ、呼ばれてない!

青木:いや、呼ばないでしょ、夜遅いし。

田中:いいなぁ……

青木:部長と一緒ならいいんですか?

田中:部長の後ろに隠れてればいいから。

青木:隠れないでしょ。部長が困りますって。

田中:ダメか。部長と青木君が喋ってるところ見たかったなぁ……遠くから。

青木:なんですかそれ……あ、でも、結構普通に会話できてますよ?

田中:あ、ホントだ。

青木:ね?

田中:………う(吐きそうな声)

青木:え、どうしました?

田中:ダメ、今の「ね」がダメだった。

青木:ダメって何ですか?

田中:前から思ってたけど、青木君ってさ、なんで声もいいの!? ずるくない? やっぱり謝って?

青木:(ため息)やっぱり、またそこに戻るんですか……

田中:はぁ……顔良くて、声よくて、なんかもう……なんかないと許せないよね。

青木:何かって何ですか?

田中:実はものすごく足が臭いとか、一日一回足の小指ぶつけるとか、必ず割りばしが途中で折れるとか……

青木:田中さんは、俺に恨みでもあるの?

田中:ない、けど恨んでる。

青木:理不尽。

田中:いや、青木君のスペックのが理不尽。神様に返品してきて。取り過ぎましたごめんなさいって。

青木:嫌です。

田中:ちぇー……そうだ、青木君、演劇もやってるんだよね?

青木:そうですけど、なんで知ってるんですか?

田中:そんなもん、青木君の声は常に耳ダンボ。脳内録音機能付き。

青木:何してるんですか? ちゃんと仕事してください? ……まあそうですね。ときどき舞台に出てます。

田中:働きながら……すごいよねぇ。

青木:今度観に来ます? 来月ありますよ?

田中:やだ。

青木:ああ、別にチケットノルマあるとかじゃないですよ? もうほとんど完売してるし。
けっこう面白いからどうかなって思っただけです。
演劇興味ないですか?

田中:ううん、お芝居大好き。

青木:じゃあ……よければ席、用意しますけど。

田中:だが断る! ……考えても見て? めっちゃドストライクの顔と声の人が舞台上で演技してたら? (キレながら)どうせ上手いんだろ演技も!?

青木:さあ? 一応、今回は準主役ではありますけど。

田中:そんなの観に行ったら、私は……まず、うちわを作ります。物販あれば買い占めます。なんなら出待ちします。

青木:いや、小さな劇団だから、出待ちしなくても、客だししますよ?

田中:だまらっしゃい。なんなら次回からチケット大量買いして、友人に布教します。
「あなたは青木を信じますか?」

青木:怪しい宗教じゃないんだから。

田中:推し活ってそんなものよ! で、その推しが自分の職場にいる……ややこしいでしょうが! わかる? このややこしさ?

青木:正直、さっぱりわかりません。

田中:ふ、イケメンにはわからないわよ。だから、私が転職したら行く。それまでやめないで?

青木:いや、転職しないで下さい。

田中:なんで?

青木:田中さんと一緒に仕事したいから。

田中:わぁ……殺し文句きたー……

青木:まあ聞いて? 俺は田中さんのこと信頼してるし。嫌われてるのかと思ってたけど、そうじゃないことがわかったし。

田中:うう、その顔とその声で言われると弱いなぁ……

青木:面白いってこともわかったし?

田中:え? オモチャにする気?

青木:はい。

田中:否定して?

青木:だから、今度のプロジェクトも一緒にがんばりましょうよ? 仲良くやっていきたいです、俺は。

田中:………うーん、まあ、そう言われると……はぁ、確かに、今の職場が嫌ってわけじゃないしな。

青木:でしょ。

田中:はぁ……そうだよねぇ……

(しばし無言で飲む二人)

青木:さて、そろそろ帰るか。

田中:あ、こんな時間だね。大丈夫なの?

青木:はい、今日は奥さんの実家に子供預けて、お互い好きな事する日なんで。
奥さんも今頃友達とカラオケでオールしてるはず。

田中:それで1人でゆっくり飲もうとしてここに来たんだ? 
なんかごめんね。そんな貴重な時間を私のしょうもない妄想に付き合わせて。

青木:自覚はあるんだ。

田中:う……一応あります。すみませんでした。

青木:いいよ、面白かったし。それより、田中さんこそ大丈夫?

田中:うん、彼氏の家この近くだから、泊めてもらう。

青木:そっか、ならいいけど。迎えに来てもらったら?

田中:来てくれるかなー? 寝てるかも。しかし奥さんすごいなー毎日この顔が家にあるとか……

青木:いや、奥さんはゴリマッチョ好きなんで。俺の顔は好きじゃないって言ってます。

田中:絶対嘘だ。この顔が嫌いな女なんて存在しない。

青木:嘘じゃないですって。……だいぶ飲んでますけど、歩けます? 近くまで送りましょうか?

田中:断る! その顔と並んで歩けないから!
そんなことより、明日までに、顔変えといてくれない? スペアとかないの?

青木:あるわけないでしょ。

田中:じゃ、ちょっと殴るとかして、ちょっとだけ目鼻の位置をずらしてもらえたら……

青木:何言ってるんですか?

田中:ちょっとでいいんで!

青木:嫌です。

田中:ちぇーー

青木:明日から無駄に話しかけますね?

田中:なんで?

青木:慣れてもらわないと。

田中:遊んでるよね?

青木:いえそんな。じゃあまた。

田中:……はぁ、ほんとむかつく。

【完】

あなたのアレがよすぎる問題(1:1)

あなたのアレがよすぎる問題(1:1)

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-19

CC BY-NC-ND
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