松のやのカツ

豚汁にしがち。

 たまにですが、松のやに行くことがあります。松のやって言うのは松屋系列の一つです。松屋が牛めし、松のやがカツ、とんかつ定食を提供しています。あとは、マイカリー食堂って言うのもあります。ここはカレーを出してます。店によっては一店で牛めしとカレー、とんかつとカレー、みたいな感じで複合してるみたいな感じになってます。全部がそうなってるのかは知りません。私の知ってるところにあるのは大体、複合してます。牛めし、とんかつ、カレー、三つまとめてる所だってあるのかもしれません。カレーは食べた事ないのであんまり知らないというか、目に入らない、見てないので、わかりません。
 松のやに行くと、というか、松のやに行く度、無防備に、
「今日は松のやにいこう」
 って松のやに行く度、その、その度に頭の中によぎることがあります。
 塩です。
 松のやに行く度、塩の事を考える、というか、塩の事が頭をよぎります。
 私はとんかつは塩で食べたいのです。何だったら付け合わせの千切りキャベツも塩で。塩で食べたいという嗜好があるのです。
 これは死んだ父の影響です。父はなんにでも醤油や塩をかけて食べる人でした。彼は料理に砂糖が使われることを好みませんでした。みりんもです。母の作った料理に少しでもそれらの調味料が使われると気がつきましたし、文句を言いました。今にして思えば母の自由を狭めたという事になる、なったかなとは思います。ただでさえ家族の食事の準備なんて面倒だっただろうし、砂糖やみりんを使うと文句言われるし。父は凝った料理は嫌いだったし。だから料理をするのだって嫌だったんじゃないかなって。ヒ素とか入れたかったんじゃないかなって。
 まあ、とにかくそんなファミリーツリーの中、傘の下で育った私も父に近い部分を備えた。装備することになりました。
 父はとんかつには塩をかけて食べる人でした。
 彼はドレッシングやソースの類を好みませんでした。甘いからです。ソースをかけるくらいだったら醤油をかけました。
 その為に私も、とんかつには塩。キャベツの千切りにも塩をかけて食べるのが嗜好となりました。家庭内での独特のルールって程ではないにしても、それが普通だったのです。
 関東圏に出て、自らの食の好みに対しての異状を知ることになりました。そもそも家ではほとんど外食という文化も無かったのです。何故か。外食で食べるものは甘いからです。甘めの味付けが施されているのがほとんどだったからです。父が好みませんでした。
 しかし世の中の常識の一つに、甘みが旨味というようなものがありました。
 故に最初、それに適応するまで結構苦労したかもしれません。父のように熱狂的な醤油党ではなかったものの、塩をなんにでもかけて食べてましたから。
 それにほら、醤油ってものによって甘いのがあるでしょう。でも塩は塩だから。砂糖と混ぜ合わせてたりとかしない限りは塩は塩だから。
 だから、まずどこの外食産業にも必ず塩が常備されているわけではないというのは結構、カルチャーショックというか。まあ、塩が無い。うわあ、塩が無い。とは思いました。
 一番ショックだったのはとんかつ屋さん。
 塩が無い。最初の頃は、店員さんを呼んで塩をお願いしたりもしました。塩が一番おいしいだろうって公言したりもしてました。焼き鳥も塩派だったので。たれは甘いので。
 しかし、そうしているうちに徐々に、自分がおかしい事がわかってきました。
「とんかつに塩、キャベツにも塩。何だそれ」
 と言われたり、
「お前だけの焼き鳥じゃないだろ」
 って言われたり、
 そう言う経験を繰り返していくうちに、とんかつには塩だって公言することは無くなり、焼き鳥はタレがいいって言う人がいたら、それに合わせるようになりました。
 家で一人で買ってきたとんかつを食べる時は塩で食べます。
 家で一人で焼き鳥を肴にお酒を飲む時も、塩のやつを買います。
 しかし、飲み会などではもう塩塩言わないようにしました。
 とんかつについて聞かれた時も、塩をかけて食べますとか言わないようにしました。
 塩っておかしいらしいから。
 なんにでも塩っておかしいらしいから。
 それに、塩っていう奴が嫌いって言うのもあるらしいから。
「それが高尚だと思ってるみたいな感じがある」
 らしいから。
 我を通して揉める必要はないから。
 余計な波風を立てる必要はないから。
 黙ってあるもので食べればいいから。
 ニコニコして食べてたらいいから。
 ただ感謝して食べてればいいんだから。
 だからどこに行っても塩だ塩だって言わないようになりました。しました。なりました。
 でも、だからと言って、塩の事を忘れる、忘れたわけではないのです。
 塩の事が頭をよぎらないわけではないのです。
 とんかつを食べる時、塩が欲しいなと思わないわけではないのです。
 松のやのすだちドレッシングをかけてとんかつもキャベツも食べていますが、塩の事を考えないわけではないのです。
 頭の中では塩の事を考えています。
 カツにもキャベツにもすだちドレッシングをかけてニコニコと美味しそうに食べてますが、
 頭の中では塩の事を考えています。
 それは間違いなんだと思いながら。
 何にでも塩っていうのは間違いなんだ。
 塩って言うだけで腹立つやつも居るんだ。
 塩ってだけで高尚だと思われたりするんだ。
 謂われない誤解を受けるんだ。
 余計な波風が立つんだ。
 頭の中では塩の事を考えています。
 こないだ、松のやですだちドレッシングをかけてとんかつ、キャベツを食べてる時、ある客が、
「塩貰えますか」
 と店員に言ってるのに遭遇しました。
 そいつはとんかつにもキャベツにもその塩をかけて食べていました。ニコニコして。おいしそうに。それが正解みたいに。幸福そうに。
 すごく、
 ものすごく、
 本当に、
 心の底から、
 腹が立ちました。
 殺してやりたいと思いました。
 包丁を刺して。
 殺してやりたい。
 そう思いました。
 そいつの後を付けて家まで行きました。

松のやのカツ

松のやのカツ

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-16

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