紙ひこうき
あいつに折り紙の遊び方を教えてからというもの、ずっと紙飛行機ばかり折っている。鶴とか紙風船とか、もっと他にも教えたのに。
「だって僕、飛行機が好きなんだもの」
そう言って、サンは遠くを見つめるような目つきをした。その目線の先には一機の飛行機が鎮座している。サンの愛機・P38ライトニング。つるつるとした機体の両脇に抱えている発射機は太った魚のようで、鰭はシンボルマークを描いた翼となって聳えている。魚の口の先には、薄いプロペラ三枚。おれはプロペラが風を切り、翼も巨大な体躯も宙を悠々と滑る姿を思い浮かべてみる。
正直、サンの飛行機は格好いい。誰だって空を飛ぶということにロマンを感じたことがあるだろう。だからこそ、ある兄弟が人類のロマンを叶えるために飛行機を開発したのだ。しかしサンが言うには、この飛行機が飛ぶのは視界に入る限りの空だけではない。雲の上を、大気圏を突き抜けて宇宙まで行くというのだ。
しかし、おれはこの言葉には半信半疑だった。P38はどう見たって宇宙へ行けるロケットのような代物ではない。典型的な飛行機の形で、雲の上まで行けるかどうかも怪しい。しかも、ふとましい魚を携えた真ん中の操縦席は一人乗りなのだ。一度だけ操縦席に乗せてもらったことがある。だが、おれがエンジンをかけようとしてもびくともしなかった。主にだけ従うのだろう。だから本当に宇宙へ行くことが可能なのかどうか、確かめようもなかった。
一人で飛行機を眺めていたある日、頬を何かが掠めた。おれに当たって速度を落としたそれは、紙はじの揃った紙飛行機だった。軽やかに着地したのを拾い上げると、サンが隣にやってきて言った。
「星くんも、ほんとうに飛行機が好きなんだねぇ」
「も?」
「うん。地球に行ったとき、飛行機をつくるひとに出会ったんだ。彼のはまだ試作だったから、僕のライトニングに憧れてた。……星くん、いまそのひとの目にそっくりだよ」
そうか、これが憧れというものか。存外悪くない心地だった。もっとも、あの女給のように生々しい光を湛えた目になっていないか不安だが。
手にある紙の飛行機に目を落とす。よく見ると、波打った拙い線の窓が二つ、それぞれに丸い顔が描かれている。おれはサンが来た道とは逆の方向に紙飛行機を放った。それはあてもなく、くるくると器用にまわった。
サンは追いかけることはせず、おれの顔を覗き込みながら上目遣いになった。何かをねだるか、企んでいるときの顔だ。
「ねーえ。僕たちの地球への旅をテストしてるって父さんは言ってた。テストってことはさ、合格したらごほうびがもらえるよ?星くんは何したい?」
「さあ。わからない」
「じゃあさ、僕のP38を二人乗りに改造してもらって、過去に行くのはどう?」
サンの提案が遠くに聞こえる。ごほうびなんて初耳だ。まぁ、アストライオスがサンにだけ甘いのは今に始まったことではない。だが、つまりライトニング号が最初の報酬ということか?なぜだか目の前にあるサンの愛機が、急に色褪せて見えた。
「なんと!僕の飛行機は過去へ行けちゃいます」
「そうか。サンの飛行機はタイムマシンということか」
「冷静だね?」
サンはいくらか拍子抜けしたような面持ちで、サンの飛行機が過去に行くことはもう知っていたし、タイムマシンの話は、スタアゲイザーの面々に散々聞かされてきた。過去の景色はもう、サンの視界を通して地球の歴史四十六億年分を見たから十分だ。
「また過去に行きたいのか。この間は散々だっただろう」
「行きたいよ。今度は星くんも一緒に!」
瞬きの刹那に、いつの間にかサンの手に紙飛行機が戻っていた。少し崩れた形を整えて、俺の手に渡る。片方の操縦席に描かれた、瞳が互い違いの色の顔をじっくりと見た。口元はつぐんでいるのか笑っているのかわからない微妙な線で、ふっと吹き出してしまう。
「おまえがいると、帰れるか不安だな」
「帰れるよ。星くんがいるもの。どこへだっていけるよ」
そうか。じゃあ、タイムマシンで過去や未来へ行くよりも。
「おれは……やっぱり宇宙に行ってみたい」
そうか!サンの瞳がまた瞬いた。こんどは開かれたまま、青い空のひかりをめいいっぱい煌めかせている。
「じゃあさ、二人で宇宙を旅しようか!」
紙ひこうき