オリーブの朝

モーニングもやってるんです。

 兎の眼を読んでいました。その時。灰谷健次郎御大の。兎の眼。子供の頃に一度読んだのですが、kindleで買って再読していました。それがどうやら、もうすぐ読み終わるなという感じの所でした。勿体ないなあと思いました。読み終わりたくないなあって。kindleで読書をすると、%が出ます。今、どのあたりか。というのが。
 それが、もうそろそろ70%くらいになった辺りです。
「これはもう、どうやら移動のバスとか、電車で読み終わるなあ」
 そう思いました。いや、どうだろう。もう少しだけ必要かもしれないな。もう少し、補助バッテリー的な感じで。
 だから、
「ああ、じゃあ」
 オリーブの丘に行こうと思いました。
 オリーブの丘がモーニングサービスを行っているというのを私は知っていました。前回行った時にたまたま、それを知りました。メニューの束の中にそれ、モーニングの事が書いてあるのがあったのです。
 《オリーブの丘 モーニング 朝7時から》
 そう思ったら、そう考えたらもうそれが正解だとしか思えなくなりました。
 つい最近行ったばかりのオリーブの丘。でもモーニングの時のオリーブの丘はどういう感じなんだろう。
 行こうか、どうしようか。
 考えながら歩きました。混んでたらやめようか。あ、こんな所にも斎場があるんだなあ。まだ朝なのにもうちょっと暑いなあ。晴れてるからなあ。帰って洗濯した方がいいんじゃないか。取り留めのない事が頭の中を行ったり来たり、恒星の様に私の周りをまわっていていました。
 兎の眼読み終わっちゃうなあ。もう読み終わっちゃうんだなあ。勿体ないなあ。
 坂を下って行くと、オリーブの丘がありました。モーニングやってるって書いてたけど、本当だろうかなあ。
 不安に思いながら階段を上がり、入り口のドアを開けました。鍵はかかっていませんでした。モーニングはやっているみたいでした。
 タッチパネルを操作して、来店人数を入力し、希望の席についての選択を行いました。前回は一人で行ったのにボックス席を指定したので、今回はどこでもいいという選択をしました。
 端っこの席になりました。
 コメダ珈琲とかだったら、真っ先に埋まる席です。端。端好き。片側壁だから。人じゃないから。
 席に座ってカバンを足元の入れ物に入れ、タッチパネルを操作してモーニングのメニューを決めました。サラダとヨーグルトどちらか選択してください。どちらも食べたかったので+90円払って、どっちも選択しました。
 日によってなのか、あるいはまだオープンしたばかりだったからなのか、店内は空いていました。近所に住んでいる人達であろう方が、何名か、遠くの席に居るだけでした。一人で来て新聞を読んでる人、話をしている主婦らしき二人、ドリンクをトレイに乗せて運んでるおじさん。
 注文したモーニングが来るまでの間、ドリンクバーでメロンソーダを汲んできて飲みながら、兎の眼を読み進めました。涼しくて、静かで、モーニングのオリーブの丘もいいなあ。モーニング以外のメニューが注文できないからかな。
 本心を包み隠さずに言えば、モーニング+ブロッコリーのガーリックソテーが食べたかったのです。しかし、ブロッコリーのガーリックソテーはただいまの時間、注文できません。タッチパネルにそう出てきたのです。
 でも、そんな事はどうでもいい事です。小さい。些末な事です。ミックスフライのコロッケをカキフライに変えろって強要、カスハラして、スマホ見ながら雑に食べる糞みたいな事です。
 私はモーニングを待ちながら兎の眼を読み進めました。兎の眼の70%付近と言えばもう、小谷先生と鉄三との関係性も落ち着いて、良好になっています。読むのが、読み進めるのが勿体ない所です。それが嬉しくて、最初の頃が懐かしくて、ただそれだけでも、部分的に泣いてしまいそうになる所です。読み終わりたくないなあ。そう思うあたりです。
 私はただ、兎の眼を読み進めました。
 メロンソーダが無くなったのでアイスティーを汲んできて。
 モーニングが来るまでの間、ただただ兎の眼を読み進めました。
 そうしているうちにモーニングを持った猫型配膳ロボットがやってきました。
 猫型配膳ロボットは私の前で、バックで車庫駐するみたいな動きをして、ご注文の品をお取りくださいと言いました。私はスマホを置いて、モーニングを取ってから、猫型配膳ロボットの完了ボタンを押しました。
 ごゆっくりどうぞ。そう言って猫型配膳ロボットが厨房への入り口に入って行きました。
 それから私はモーニングを食べました。
 モーニングを食べ終わると、コーヒーを飲みました。
 エスプレッソを飲んでから、ブレンドを飲んで。
 ブレンドを飲みながらもう少しだけ兎の眼を読み進めて。
 その間、一度だけ、四台の猫型配膳ロボットが私の後ろを通って厨房入口に入っていきました。それはなんというか、桟橋から海を見下ろしている時に見かける名も知らない小魚の群れみたいな感じに思えました。
 その後、トイレに行って、会計を済ませ、私はオリーブの丘を出ました。
 坂を下ってバス停まで歩き、バスを待っている間、兎の眼を読みました。バスに乗ってからも兎の眼を読み進めました。
 もう、
 もうすぐ、
 終わってしまうなあ。
 終わってしまうんだなあ。
 悲しいなあ。
 そう思いました。

オリーブの朝

オリーブの朝

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-13

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