君を求めて〜Baby I Love Your Way〜

君を求めて〜Baby I Love Your Way〜

Don’t be disturbed at a hardship. This is evidence of the prominent person who should applaud truly.

苦難の時に動揺しないこと。
これが真に賞賛すべき卓越した人物の証拠である。

Ludwig van Beethoven
(17 December 1770 – 26 March 1827)

灰色の雲が現れたな、と思った其の途端、盆をひっくり返しでもしたかの様な大粒の雨が音を立てて降り始めたものだから、一日の暑さがひと段落をした夕暮れ時の公園で憩っていた老若男女達は、文字通り脱兎の如く其の場を離れるか、屋根のある場所迄逃げ込まなくてはならなかった。
そして其の老若男女の中には、通称『STL』こと『警視庁特殊機動隊STERLESS』の一員である黒瀬の姿があった。

チッ…!。
こんな時に限って此の天気かよ。

彼は待っていた。
誰を?。
現在ブラックマーケットを通じ、ストリートに出回っている危険ドラッグ及び改造銃の売人の中でも、いっとう「武闘派」と呼ばれている人物を、である。
其の男は捜査機関からの追及は勿論の事、一攫千金を狙って自分の命をつけ狙う連中達からの「攻撃」から身を守る意味も込めて、プライベートの時ですら、仲間内で通称「ドーベルマン」と呼ばれている二人の屈強なボディガードを引き連れて行動する程の用心深い人物なのだが、黒瀬は普段から顔見知りの情報屋達の協力を得て、今日此の場に於いてコンタクトを図る事に漕ぎ着ける事と相なったのだった。
無論、最終的な目的は男の逮捕だ。
若し其れが達成出来なかったとなれば、数ヶ月に及ぶ苦心惨憺を経て、逮捕令状が無駄になる処か、情報屋達も含めた仲間達、そして様々な意見が侃侃諤諤飛び交う中、捜査へのゴーサインを出してくれた上司とお偉方に対して顔向けが出来ない。
何だったら腹を切ると称し、「左遷」の道を選ばざるを得ないと言う展開も十二分に有り得る。
故に此の機を逃す訳にはいかなった。
そう、絶対に。
男の「来訪」を待ち始めて五本目となる紫煙の火を揉み消していると、普段仕事用に使用をしているスマートフォンのメッセージアプリからの通知音が耳を劈〈つんざ〉いた。

お客様、到着。

其の文面通り、スーツを羽織った男が公園付近のコンビニで購入をしたのだと思われる真新しいビニール傘片手に姿を現した。
スキンヘッドに黒縁眼鏡、そして特徴的な鷲鼻。
情報によれば父親が獨逸人、母親が日本人と言う典型的なハーフで、凶暴的な性格と行動原理は授業をほっぽり出し、校則に背を向けて日々、ゲームセンターに屯ろしていた高校生時代、同年代のチンピラ達と戯れているうちに形成されていったらしく、二十歳を迎える頃には暴力行為で三回、窃盗行為で一回程然るべき機関の「御世話」になっていると言う「御立派」な経歴の持ち主でもあった。

アンタか。
俺と手を組みてぇ、なんて太い考えを持った野郎ってのは。

男が挨拶代わりの言葉を黒瀬に掛けると、黒瀬は何かあれば直ぐに行動出来る距離を保ち乍ら、大層景気の良い仕事、回して貰えるって言う噂を耳にしたモンでね、と男に向かって返事をし、此の場で紹介料を支払ってンなら、現金〈キャッシュ〉でお支払いする用意も出来てるぜ、と最初と最後だけ本物の壹万円札、其れも渋沢栄一の肖像画が描かれた新札が伍枚入った××銀行の封筒を、其の場に於いてヒラヒラとさせてみせた。

現金〈キャッシュ〉は二度目のコンタクトの時で結構。
見た所、ヤバい仕事を熟〈こな〉すにゃ、持ってこいの身体だな、ポリ公の御犬様。

まるで品定めでもするかの如く、黒瀬の下から上を観察した男は、ニヤリと暴力的な意味合いを含んだ笑みを浮かべるなり、スーツの中に隠し持っていた飛び出しナイフを素早く取り出すと、傘を棄てて黒瀬の方へと突っ込んで来た。
ごうごう、と言う音色の遠雷が大きく鳴り響く中、封筒を素早くスーツの内ポケットに収めた黒瀬は、差していた傘で一旦は男からの奇襲攻撃を避けるや否や、武器を傘から折り畳み式の警棒へと持ち替え、刺し違える勢いで攻撃をして来る男の利き手、即ちナイフを握っている手へ向け、警棒の一番硬い部分で幾度と無く打ち据えた。
其の猛攻に耐え兼ねて男の手から溢れ落ちた飛び出しナイフが石畳にガキン、と言う鈍い音を立ててぶつかり、そして転がる中、革靴を履いていた男は益々強さを増して来た雨粒に足を絡め取られ、思わず、あ、と言う聲と共に身体を滑らせた。
其の瞬間、気が付けば、より距離を詰めて来た黒瀬に容赦無くミドルキックを喰らわされた男の身体は、支えを喪ったマネキン人形よろしく、其の場にぐにゃりと倒れ込み、其れから僅か数分と立たないうちに男はすっかり包囲され、男の耳には駆け付けた捜査員達による、逮捕の際の形式的な文言、人生で伍度目となる手錠の鈍い音が響くばかりだった。

けっ、此れだからお巡り「さん」は好かねェんだよ。
犯罪者だって人の腹から生まれた子だ、もうちっと手ごゝろを加えてくれなきゃ困るぜ。

黒瀬にグイと襟首を掴まれた状態で立ち上がらなければならなかった男は、誰に言うとも無く、酷くぞんざいな口の利き方をした。

優しくされたきゃ、もうちっとマシな生き方を選ぶんだな。
そんでもって今度の別荘暮らしは長いぞ、今のうちから良く覚悟しとけ。

若手の捜査員が差し出した傘の中に入り、手渡された紺色のタオルで頭から滴り落ちる水滴を拭き取っていた黒瀬はそんな言葉を男へと掛け、しっかり可愛がってやんな、構ってやらねェと不貞腐れる繊細な性格みてェだからよ、と命令をした上で、若手の捜査員と共に屋根のある場所迄ツカツカと歩き始めた。

はぁ、草臥れた。

屋根のある場所迄辿り着くなり、試合終了直後のボクサーの様に椅子へどっしりと腰掛けた黒瀬は、懐から『メゾン・マルジェラ』の黒色の財布と例の封筒を取り出すと、先ず封筒の中の贋札、即ち唯の紙切れをサッと抜き取り、用済みになった其れを、椅子の側に設置された塵箱の中へと投げ棄て、本物の壹万円札を三枚封筒の中に入れ、むっくりと椅子から立ち上がった。

おい、大した額じゃねェが、此れで皆んなの事を労ってくれ。
況してや今夜は根を詰めなきゃならんしな。

少し離れた場所に於いて傘を綺麗に畳み終えて、捕物が無事終演を迎えて軽くひと息吐いていた若手捜査員は、嵌めていた手袋を外した状態で黒瀬の手から封筒を両手で受け取って中身を確認すると、なるたけ手がベタつかない物を選ぼうと思います、一々拭いたり洗ったりは皆さん御面倒でしょうから、と言って、ニコリと笑みを浮かべ乍ら、下ろしたてらしい朱色のスーツの左の内ポケットに封筒を仕舞い込んだ。
其の後取り調べは夜を徹して行われ、黒瀬も含めた捜査員達の奮闘努力の結果、捜査機関が把握し切れていなかったブラックマーケット関連の情報を手にする事に成功をしたのであるが、黒瀬は労いの言葉もそこそこに所謂一番手柄を他の捜査員達へあっさりと譲った為、相変わらずだなぁ、あの人は、と皆、囁かずにはいられなかったと言う。

よう、今夜の大統領。

止してくださいよ、結婚式の二次会・三次会の席上じゃあるまいに。

はっはっは、上手いこと言いやがる。

日中と違い、殆どひと気の感じられない、夜明け前の喫煙スペースに於いて独り黒曜が紫煙を吸っていると、日頃「親ごゝろ」と称して、厄介な案件〈コト〉は基本黒瀬と其の相棒である吉澤に回しがちなSTL第三課課長の宇鉄が、近所のコンビニエンスストアで購入したのだと思われる黒瀬の分の缶珈琲と餡麵麭〈パン〉が入ったビニール袋片手にフラリと現れた。

併し御手柄だったな、此れで長年の懸案だったブラックマーケット潰しがだいぶ捗る。

今度の件の為に片っ端から捜査資料にアクセスをしてみて知った事ですが、課長もだいぶ長い期間、今度の件に首を突っ込んでいたそうで。

其の昔、同僚の親類の家に改造銃の弾丸が撃ち込まれるって言う事件があってな。
事件発生当時、家には誰も居なかったから良かった様なものの、折角ローンも支払い終えたばかりの家を傷付けられた事への心理的ショックは迚も大きかったらしく、家の大黒柱はすっかり憔悴しきっちまって。
そんな姿を見せつけられりゃ、何とかしてやりたいと思うのが、人情ってモンさね。

恐らく本邦初公開となるのであろう話をつらつらと述べた宇鉄は、封を開けたばかりの缶珈琲と餡麵麭を黒瀬に手渡すと、黒瀬は其れを両手で受け取り乍ら、人生色々たぁ、良く言ったモノで、と呟き、右手で受け取った餡麵麭を膝の上へと置いてから、味の薄れた紫煙の火を揉み消し、自身が腰掛けている長椅子の側に設置された灰皿の中へ、吸い殻をポイと放り込んだ。
そしてひと言、ゴチになります、と自身に対する労いへの感謝の言葉を述べたのち、餡麵麭にガブリと齧り付いた。
忙しさに感けて昼間からまともに食事を摂らなかった事もあってか、餡子の甘さが普段以上に口の中でパッと広がり、身体に染み渡っていくのが感じられた。

此れで貸し一つ、って訳でもねぇが、今度又ちゃんとした飯でも喰いに行こうぜ。

良い意味で無機質な音を奏でる空調の心地良い風が、『ゾーリンゲン』の剃刀を用い、化粧室に於いて髭を剃り終えたばかりの宇鉄の両頬をサッと撫でる中『GUCCI』のシガレットケースから取り出した舶来品の紫煙を宇鉄が口に咥えると、黒瀬は食事をしていた手を止め、琥珀色した照明の下、去年の春頃に購入をした銀色のボディが鈍く光る『ルイ・ヴィトン』のライターを半袖シャツの胸ポケットから素早く取り出し、又やりますか、ひと勝負、と言い乍ら宇鉄の紫煙に火を点けた。
黒瀬のひと勝負とは、プールバー『ミランダ』に於いて行うビリヤードの事で、負けた方が勝った方に其の日お勧めのアルコールと御摘みを振る舞う、と言うある種の「儀式」めいた行為を、知り合って以来、何度となく彼等は繰り返しているのだが、此処の所はお互いに忙しい事も相俟って、食事は勿論であるけれど、「儀式」の方もとんと御無沙汰気味なのだった。

丁度腕試しをしたいと思っていた所だ、思い切り楽しもうぜ。

宇鉄がそう言い乍ら紫色の煙をゆらゆらと燻らせると、そう来なくっちゃ、と黒瀬は返事をし、食事を再開させ、缶珈琲を一気に飲み干した。
其の後二人で互いの無事を祈る意味も込めた一服を嗜んだのち、黒瀬は着替えを済ませてから、朝靄に包まれている閑散とした街の中を、近所の花屋目指してトボトボと歩き始めた。

御精勤だね、相変わらず。

カランコロン、と言うチャイムの音を鳴らし乍ら黒瀬が店内に入ると、花屋の女主人であり、黒瀬の父方の祖母である黒瀬徳子はそんな風な挨拶を述べ、薔薇の花束を黒瀬に手渡した。

婆ちゃん、一寸本数が多かねぇか。

自身の頭髪に良く似た真紅の薔薇の香りが鼻腔を擽る中、花束を覗き込んだ黒瀬がそう告げると、徳子はケロリとした顔で、今から女の子の部屋に繰り込もうッて時に、細かい事なんざ気にしなくても良いだろう、と言ってのけ、黒瀬も眠気覚まし、或いは紫煙が吸えない場合に良く嗜むブラックガムを噛み始めた。

まぁ、言わんとする事は正しいけどさ。

黒瀬はほんの少しだけ照れ臭そうな表情を浮かべると、今度来る時は婆ちゃんの好きな饅頭でも持って来るよ、と徳子に聲を掛けた。

饅頭も結構だけれど、偶には思いっきり羽根を伸ばす事も忘れない様にね。
諄〈くど〉い様だけれど、お前のおとっつぁんってェ人は、今言った働き過ぎが祟って死ぬの死なないのと大騒ぎだったンだからさ。

分かってる、分かってる。
じゃ、又今度。

身体に気をつけるンだよ。

花屋を後にした黒瀬は、薔薇の花束を片手に徳子の言う所の「女の子」が居る八階建てのマンションへとやって来た。
五階の部屋のベルを鳴らすと、姿を現したのは、時間にして約一時間半のランニングをこなした後のシャワーを浴び終えたばかりらしい、スナック『波風』の看板娘の一人であるレンだった。

よう、今朝も元気そうで何より。

薔薇の花束を抱えた状態で黒瀬がそう挨拶をすると、レンはそっと静かに、豪奢な手土産だね、朝っぱらから、と「感想」を述べてから、まぁ、入りなよ、と黒瀬を玄関へ招き入れた。

取り敢えず、風呂に入ってサッパリして来なよ。
ご飯を拵えるのは後で良いから。

そんなに草臥れているかね、俺の顔。

黒瀬は靴を脱ぎ、そして綺麗に並べた。

まぁ、そんな所。

其れから黒瀬はレンの言葉に従い、じっくりと時間をかけて身体を洗う、髭を剃るなどをして、久方振りの朝風呂の時間をゆったりと楽しんだ。
尚、湯船には温泉の素が入っており、独特の香りが自然と旅愁を誘った。
其の後風呂から上がり、レンが用意をしておいてくれた自身の着替えを素早く身に纏った黒瀬は、洗面台の前に於いて一昨年の丁度今頃、レンにプレゼントをしたドライヤーを使用し、自身の髪の毛を綺麗に乾かしてから軽い足取りでリビングへとやって来た。
丁度良い空調の風が風呂上がりの身体に迚も心地良いリビングでは、眩しげな朝陽が射し込む中、此の部屋に越して来る際の御祝いの品と称しら黒瀬が贈った紺碧色のソファーへどっしりと腰掛けたレンが、キンキンに冷えたミネラルウォーターの入った瓶片手にボンヤリと涼んでいた。

落とせているかな、憑き物は。

背後の紐がキチンと結べているか、立ち鏡の前でしっかりと確認をし乍ら、自身が普段身に纏っている黒色のエプロンを装着をした黒瀬は、料理を拵える為の準備運動と言わんばかりに、其の場で軽く背伸びをすると、今日此の頃の陽気のお陰で何となく微温〈ぬる〉さを感じるシンクの水で両手を洗い、先々日の朝、階下のコンビニエンスストアに於いて購入をしたばかりのキッチンペーパーで雫を綺麗に拭き取った。
其の一連の作業を眺めていたレンは、黒瀬からの質問に対し、まあまあ、って所、と返事をしてから、瓶の中に半分程残っていたミネラルウォーターを一気に呑み干すと、気怠げな表情はまるで御芝居だったと言わんばかりにスクっとソファーから立ち上がって、まだヒンヤリとした空気を纏っている空の瓶を塵箱の中に片付け、そして又ソファーにどっしりと腰掛けた。
朝食が完成をしたのは其れから丁度二時間後の事で、白米、味噌汁、漬け物、蓮根の甘辛炒め、納豆焼き、ふんわり卵とスパムのソテー、鯖缶とキャベツのコールスロー、ウインナー、シーザーサラダ、めんたい冷奴、大根の海苔わさび和え、レトルトの麻婆春雨、冷凍食品の唐揚げ、コロッケ、そしてデザートは隣町の和菓子屋で購入をした羊羹、と言った、ビジネスホテル顔負けの内容のメニューが、沢山の料理を並べても大丈夫な座敷机の上へと、黒瀬の手によってズラリと並べられた。

宛らパーティーだな。

透明な水差しに入った麦茶を、右手に握った氷入りのタンブラーへと黒瀬に注いで貰い乍らレンがそんな風な事を述べると、何かと物臭なお前さんの事だ、どうせウーバーで済ませたりしているんだろ、と黒瀬は微笑を浮かべてみせた。

ウーバーは時々。
後は基本コンビニ飯。

腹は膨れないか、ママの賄いだけじゃ。

此処で言うママとは、スナック『波風』の店主であり、マイ、サク、そしてレンの三人娘達の親代わり「のような」役割を担っているクミの事で、レンは日頃クミが丹精込めて拵えてくれる結構な量の賄い料理をしっかりと食している筈なのだが、いざ趣味のダンスにのめり込むと、あっという間に「蓄え」を消費してしまう。
故に黒瀬は時間がある時だけとはいえ、こうしてレンの胃袋を満たす為の努力に勤しんでいるのだが、逆に黒瀬が多忙で部屋を訪れられない時は、やれウーバーだやれコンビニ弁当だと言ったある種の文明の利器にしっかりと頼っている、と言うか依存をしているのだった。

良く言うでしょ、我慢は毒だって。

慾望に忠実過ぎるのも考え物だけどな。

何時から牧師に宗旨替えしたの。

親ごゝろだよ、単なる。

そんな会話を交わしたのち、二人は他愛無い内容の会話を交わし乍ら、時に厳かに時にガツガツとテーブルのメニューを平らげていった。
其の間掛かった時間はざっと一時間半ちょっと。
レンはご飯と味噌汁を文字通りあるだけお代わりし、同時に水差しの中の麦茶もあっという間に飲み干したのだが、黒瀬はそうやって自身の拵えたメニューを残さず、しっかりと平らげてくれるレンの食べっぷりの良さを眺めているのが途轍もなく愛おしく、そして好きだった。
其れから暫くして二人は、ベランダに設置してあるビーチチェアにゆったりと腰掛け、ぶら下げられた朱色の風鈴の音色、蝉の鳴き聲に耳を傾け乍ら、飲み物にはポカリスエットを用意した上でデザートの羊羹をぱくつき始めた。

そう言えば昨日、長期休暇を利用し、家族で東京ディズニーランドとディズニーシーに行くと語っていたお客さんが居たっけ。

瑠璃色のレンズが嵌められた『レイバン』のサングラス越しに、寄せては返す波の様な在来線の行き来を眺め乍らポカリスエット片手にレンがそう語ると、黄褐色のレンズが特徴的な『レイバン』のティア・ドロップ型のサングラスを掛けた黒瀬はすかさず、行きたいかね、夢の国と質問をし、羊羹をひと口頬張った。

其方さえオーケーなら何時でも。

じゃあ今度の休みは二泊三日の旅行と洒落込むか。

良いの?。
そんなに休んでも。

どうにかなるさ。
其れに、親類から偶には羽根を伸ばせとボヤかれたばかりだし。

黒瀬はレンに対してそう大見得を切ると、口に含んだ羊羹をポカリスエットで勢いよく流し込んだ。

じゃ次の目的が決定したと言う事で乾杯。

あゝ、乾杯。

二人が互いの腕を伸ばし合うカタチで乾杯をした瞬間、ペットボトルとペットボトルとがぶつかり合った音を掻き消すかの様に強い横風が吹くと、まるでコマーシャルのワンシーンかの様にレンの髪がふわりと揺れ、黒瀬が態々外国から取り寄せた柑橘系のシャンプーの香りが、羊羹の甘い香りと入り混じる様にして鼻腔を擽った。

後何回此の様な美しい瞬間と言うのを垣間見る事が出来るのだろうか。

そんな事を考え乍ら黒瀬は、ポカリスエットを勢いよく流し込んだ。
二人は其の後、食後の片付けをこなし、小一時間ばかり仮眠の時間を取ってから、食後の運動と称して昼間の街をぶらつく事にした。
二人とも普段の商賣が商賣だけに、此れと言って大した目的を持たぬ儘に街の中をぶらつくと言う事は滅多にしないのだが、今日は互いに波長が合うのか、「そう言う事」をしよう、してみようと言うのが良い意味で実に呆気なく決まった。

こりゃ気を抜いていると、簡単に迷子になっちまうな。

カンカン帽にサングラス、高級感溢れる麻の半袖シャツとデニム、そして『チャーチ』のグルカサンダルに其の身を包んだ黒瀬は、眩い日差しが射し込む中、右に左に移動する人混みをサングラス越しに眺め乍ら、お揃いのカンカン帽、サングラス、白百合色のTシャツ、茅色のジーンズと『クロエ』の厚底サンダルと言う出立ちのレンに向かってそう言いつゝ、レンの部屋の冷蔵庫の中に保存をしておいた女無天〈ミント〉味のガムを半袖シャツの胸ポケットから取り出すなり、其れをゆっくりと噛み始めた。

でも直ぐに探し出してくれそうだよね。
何せお前って人間は大層な律儀者だから。

ガムはガムでも、葡萄味のガムを噛み始めたレンがそう述べると、職業病だな、此処迄来ると、と黒瀬はレンの左手をギュッと握り締めた。

でも助かるよ、お前の「そう言う」所。

お前様位だぜ、そう言ってくれるのはさ。

通りを行き交う人々の靴音が、ひっきりなしに鳴り響く最中、まるでネットフリックスかアマゾンプライム・ビデオが製作をしたオリジナル・ドラマの台詞よろしく、実にベタベタな其の言葉を耳にした瞬間、全く以って何となくではあるけれども、此の人物となら上手くやっていけそうな気がした。
其れは八月、実に眩い光の中での出来事であった。〈終〉

君を求めて〜Baby I Love Your Way〜

君を求めて〜Baby I Love Your Way〜

男にはダンディズム,女にはロマンス。八月の眩い光の中で繰り広げられる混じりっけ無しのラブ・ストーリーが今、幕を開ける黒レン小説。題名はピーター・フランプトンが1975(昭和50)年に発表した同名楽曲から引用。 ※ 本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※女体化,独自設定あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-11

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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