詩のアルバム2『夢の中』

目次

1 喪失

2 三分間

3 無声

4 靴が多い

5 かき捨て

6 夜勤をやめた

7 ピロウ

8 カルーセル

9 影

10 葉脈

喪失


 夕方4時に目を覚ました。
「バイバイ。またねー」
 子供の声が聞こえた。

 早すぎる梅雨入りかと思うほど雨続きの毎日。
 僕の拙く切ない空想は、茹だるような暑さの中に霧散した。

 あきれるほど何も変わらない日々に、かけがえのない今を失くす。

 うまく拾い上げられず、踏み潰して壊した。
 何処かの誰かにあずけて、結局返ってこなかった。

 午前7時に眠りに入った。
「おはようございまーす」
 子供の声が聞こえた。

三分間


 それは不意に訪れる
 するりと脳に入り込む
 
 あたりまえの三分間
 あっという間の三分間

 ふやけて のびた カップラーメン
 うかれた おれの のうみそみたい

 捨てるか食べるかはっきりしろよ
 捨てるか食べるかはっきりしろよ

 それは不意に終わりを告げる
 そして不意に蘇る

 スープ すって ふえたヌードル
 まるで おれの ただれたせいき

 捨てるか食べるか、はっきりしなきゃ
 見ないふりにも限度あるから

 あたりまえの三分間
 あっという間の三分間
 
 別になにするわけでもないのさ

無声


 夢の精霊は君の形をしていて
 ある朝、僕にひとつの口付けを残した。

 僕は声も無く泣いて、声も無くいった。

「どうしてかな」

 君は声も無く笑い、声も無くいった。

「どうしてかな」

 過去も未来も、白く濁り、いつか夢のように消えてしまうことを知る。

 夢の精霊は、折り重なる日々に押し潰され、どこの誰ともつかぬ染みと化す。

靴が多い


 僕がいつも思うこと

「ぜんぶ大切なの」

 君は決まり文句を

 ばらばらに脱ぎ散らかされたサンダル
 行儀良く揃えられた革靴
 隅の方でじっとしてるコンバース
 色褪せた指定ローファー
 いまだ輝きを放つ小さな運動靴

 埋め尽くされたワンルームの狭い玄関で
 靴下だけになった僕は途方に暮れた

「僕のはどこに置けばいい」

 君は見向きもしないで言う

「どっかそのへんの棚に」

 土ひとつない新品の靴が
 引き戸の隙間から、じっとふたりを見つめていた

かき捨て


 臆病もここまでくるとただの自己中だな
「資格がない」とはこれまた言い訳がましいな

 かいては捨てての繰り返し
 長い長い手紙のようだ

 きみに似てる人を見つけたよ
 声まで似てるってことはそうそうないね
 見終わって、そうでもないって気が付いて
 素知らぬ顔でズボンを履きなおすとき
 ぼくは本当にひとりだ

 ほしのような言葉たち
 集めては散らかしての繰り返し
 汚い消しあとだらけで、二度と白紙には戻らない

 中途半端はうんざりだ
 でも、はっきりさせるのはもっと恐ろしいから

 またかいては捨てての繰り返し
 宛名のないはがきのように
 疑問になってかえってくる

夜勤をやめた


 夜勤をやめた。夜に寝れる。

 元々夜行性ではないし、習性に逆らうのはつらいことだから。

 夜勤をやめた。鎖はとれた。

 もうどこへだって飛んでゆける。

 冷蔵庫がうなっている。車が一台通り過ぎた。
 面倒くさくなって、電池の交換をしなくなった置き時計は、とっくに意味を失っている。

 朝方ベランダで煙草を吸う俺の隣にいた、寝ぼけ眼で歯を磨くあの子は、今どこで何をしているのか。

 夜勤をやめた。鎖はとれた。

 無機質な空間を抜け出し、無秩序な夜の世界を歩く。

 煌々と光る街に目を伏せて、淡い闇に沈んでいく。

 天使の右手が、俺に触れる。
 強く、強く、握っていてくれ。
 でないと今にも飛ばされてしまいそうだから。

 天使の口から、俺の名前が零れ落ちる。
 強く、強く、握っていてくれ。
 からっぽすぎて、今にも宙に浮かんでしまいそうだから。

 夜勤をやめた。際限なく広がる夜に、持ってもいない夢をみた。

 手を伸ばせば手に入る繋がりというのは存外甘く、かわきやすく、壊れやすい。

 ひとりより、ふたりのほうがましという。
 ふたりより、ひとりのほうがましと思う。
 はじめから、ひとりのほうがましと思う。
 
 空回りする記憶は、朝になってようやく眠った。

ピロウ


 (タン、タン、タン、タン…)
 染み付いたリズム
 (ア、ア、ア、ア…)
 鼓膜が震える度思う
 これもあなたの優しさだと

 触れて、離れる
 離れて、閉じる

 出かかって、また、息を潜めた

 (タン、タン、タン、タン…)
 色褪せたリズム
 (ア、ア、ア、ア…)
 亡霊のように囁く
 これは僕の弱さだと

 穴が空くほど見つめた先にある
 虚ろな世界で夢想した
 壁一枚隔てた先にある
 あなたの

 触れて、逸らす
 逸らして、閉じる

 重い頭をまくらにあずけて
 見慣れた背中に
 ただ一つだけ伝えようとして

 出かかって、また、息を潜めた

カルーセル


 甘い言葉 噛み砕いた
 生温いものが喉を通った
 元気そうに見えたならよかった
 君は夜に擬態した

 回って回って 何も見えない
 回って回って 声も出せない
 回って回って 夜も眠れない

 "目を閉じて" その言葉を
 一度も破ったことがない

 誰かの腕の中に入り込む 
 きっかけを そう 探しているだけ

 乾いた言葉 舌で溶かした
 生臭いものが喉を通った
 明日もきっと繰り返される
 満月になるのはいつのことか

 逃れたいなら逃れよう
 二人は夜に擬態した


 君の白くて硬い腹を
 つうっとたどって、行き着くところ
 この浅い窪みを、肌着越しに触っていると、なぜか鼓動が早くなって、手や顔が火照ってくる

 君がすきだ
 何も話さないから
 指を絡ませても、動かない
 この手がすきだ
 君はどんな気持ちでいるのだろうか
 表情からは窺えない

 僕の体温で、君は微かに温められる
 しかし、首すじに顔をうずめても、なんの匂いもしない
 舌先でその肌を確かめてみても、やわらかさは返ってこない
 僕の体はますます熱くなっていく

 僕のたましいが、君にうつればいいのに
 僕の体温を吸い取った君が、世界にあふれるすべてのことを、享受することができたらいいのに
 そして君の綺麗な畑に、冷たくなってしまった僕を、埋めてもらえたらいいのに

葉脈


 白い、午前3時
 変わらず望んでいるノンレム
 穴があったらおちていくよ
 あてどなくさまよいかわいた僕は

 決意は砂のように崩れ去る
 まるで波のようなあなただから

 憂鬱は葉のように散る
 まるで風のようなあなただから

 青い、瞳の中は虚ろ
 変わらずねだっているあの言葉
 枯れなくとも色褪せるでしょう
 たとえそれが偽りとしても

 昨夜見た夢 いずれ忘れる夢
 叶わない夢 もう見られない夢
 ひとつひとつ胸に刻むよ
 すべて、夢だと思う為に
 今を夢だと思う為に

 決意は砂のように崩れ去る
 まるで波のようなあなただから

 憂鬱は葉のように散る
 まるで風のようなあなただから

 唇から、零れ落ちた
 その言葉だけで呼吸がしたい
 叶うなら、あなたの言葉だけで呼吸がしたかった

詩のアルバム2『夢の中』

詩のアルバム2『夢の中』

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-09-08

Copyrighted
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  1. 喪失
  2. 三分間
  3. 無声
  4. 靴が多い
  5. かき捨て
  6. 夜勤をやめた
  7. ピロウ
  8. カルーセル
  9. 葉脈