二人の王様


A

ある国の王様は粗野な武人に生まれつき、王宮の礼儀作法には不慣れでした。
とはいえ王様にふさわしく臣下には敬われる必要があったので、
王様は自分が恥ずかしい思いをしないよう、
王宮の規則を自分に合わせて作り変えることにしました。

まず王様は、貴族が使っている難しい言葉づかいや専門用語を廃止しました。
次に王様は、身分や職階ごとに細かい違いのある服装の既定を撤廃しました。
最後に王様は、儀式や式辞に関する有形無形の細目を改訂し簡素化しました。

これならどんな人であろうと王宮で恥ずかしい思いをすることはありません。
皆が同じように話し、皆が同じように振舞う王宮を見て王様は満足しました。
それから王様は玉座にどっかりと腰を下し、次の戦争について臣下にいろいろと指示を下しました。
王様は戦争の言葉だけは以前のものを残しておきました。それについてはよく知っていたからです。

ある日のこと、王様はきまぐれに首都の市場を見て回りました。
市場にはたくさんの人がいて、皆てんでに大声を上げています。

しばらくして王様は、人々の話がまったく理解できないことに驚きました。
そこにいるのは皆人間なのに、

商人は商人の言葉、
金貸しは金貸しの言葉、
大工は大工の言葉、
占い師は占い師の言葉で話しています。

それは普段王様が王宮で聞いている、子供に噛んで含めるような言葉とは大違いでした。

王様は腹を立て、さっそく国民の言葉もすみずみまで統一するよう命令をくだしました。

命令は速やかに実行に移されたので、
その日から国民はみな王宮の中でと同じように、
「国語」でしか話せなくなりました。

国語の教科書に出てくる以外の言葉を口にすることはご法度になり、
教科書に出てくる言葉でも王様が理解できなければ廃止されました。

多くの本が焼かれました。難しい言葉で書かれているからです。
哲学者は町を追い出されました。誰より正確に話したからです。
詩人は首を吊られました。誰にも似ない言葉で語ったからです。

皆が同じように、自分の理解できる言葉を話す国を見て王様は満足しました。
それから王様は自室に戻り、そこにひかえていた妻の頭を撫でてやりました。
王様の妻は誰より王様に従順で、王様の分からないことを言うことは決してありません。
そしていまや王様の見渡す限り、すべての国民が王様の妻のように振舞っているのです。
王様は妻を強く抱きしめました、まるで自分の国を抱きしめるように。

ある日のこと、王様の国は戦争に負けて滅ぼされてしまいました。
一説によると、王様の愛していた妻が敵国の密偵だったそうです。

逃げた王様の行方は杳として知れません。



B

ある国の王様は卑賎な奴隷に生まれつき、王宮の礼儀作法には不慣れでした。
とはいえ王様にふさわしく臣下には敬われる必要があったので、
王様は自分が恥ずかしい思いをしないよう、
王宮の規則をすみずみまで勉強することにしました。

まず王様は、貴族が使っている難しい言葉づかいや専門用語を覚えました。くわえて学者たちからさらに難解な知識を学び、それをしかるべき時に引用しました。
次に王様は、身分や職階ごとに細かい違いのある服装の既定を徹底し、人々の序列と階層が一目で分かるようにしました。その頂点にいるのはもちろん王様です。
最後に王様は、儀式や式辞に関する有形無形の細目を明文化し法律にしました。王様はこの法律も自家薬籠中のものにして、政敵を失脚させるのに利用しました。
これならだれであろうと王様の権力を邪魔することはありません。この世には知識があり、階層があり、法律があり、そのすべてが権力を維持する道具なのです。

自分が一番王様らしく話し、自分が一番王様らしく振舞う王宮を見て王様は満足しました。
それから王様は自室に引きこもって、寝台に横たわり、長い不安な夜をじっと耐えました。
王様には友達も、恋人も、家族もいませんでした。

ある日のこと、王様は臣下たちの前でちょっとしたミスを犯しました。
演説でもちいた言葉に誤りがあり、そのことに後から気づいたのです。
王様の背中にいやな汗が流れました。まるで全身が燃えるようでした。
皆が自分を笑っているのではと不安になり、夜も眠れなくなりました。
王様はたまらなくなって寝台から起きだし、いつのまにか寝室を出て、
知らない間に王宮から抜け出していました。そこは夜の市場なのです。

小柄な体躯に夜着をまとった王様を、人々は気にもとめません。
市場にはたくさんの人がいて、皆てんでに大声を上げています。

しばらくして王様は、人々の話がまったく理解できないことに驚きました。
そこにいるのは皆人間なのに、

職人は職人の言葉、
物乞いは物乞いの言葉、
飛脚は飛脚の言葉、
呪い師は呪い師の言葉で話しています。

それは普段王様が王宮で話している、鎧のように固く重たい言葉とは大違いでした。

王様は感心して、さっそく国民の言葉もすみずみまで勉強することを決意しました。

決意はただちに実行に移されたので、
ある時から王様の演説は、重々しい中にも軽快で、軽やかな中にも荘重な、
一言で言えば劇的なものへと変わっていきました。

それはまるで国中の人間が入れかわり立ちかわり話しているかのよう、
誘い込んだかと思えば突きはなし、突き放したかと思えば抱きしめて、
笑いあり涙あり、最後には不思議な感動が訪れるのです。
それにこの演説を聞くと、誰もが王様のために何かしてあげたいという気持ちになるのでした。

それからというもの、王様の権力はとどまるところをしりません。

多くの本が捨てられました。もう誰も王様以外の言葉を聞かなかったからです。
学者は用済みになりました。硬く厳密な言葉の賞味期限が切れていたからです。
哲学者は町を追い出されました。言葉に真理を求めたからです。
詩人は広場で首を吊られました。言葉に倫理を求めたからです。

誰もが自分の言葉に熱狂し、誰もが自分の言葉に心酔している国を見て、王様はやっと安心することができました。
それから王様は市場に出て、新しい言葉を探しました。けれども新しい言葉にはもうずいぶんと出会っていません。
どれくらい歩いたことでしょう、市場の外れにある薄汚い通りの隅で、王様は老いた奴隷の夫婦を目に留めました。

彼らは誰よりも静かに、敬虔に、ほとんど消えそうな言葉で話していました。
それは王様が長いあいだ忘れていた言葉でした。

ある日のこと、王様は身内の策謀にあって王の座を失ってしまいました。
一説によると、王様の出自について怪しからぬ醜聞が流されたそうです。

逃げた王様の行方は杳として知れません。



C

大きな森のはずれに泉があり、泉のほとりに小屋を建てて、一人の狩人が住んでいました。
たくましい筋骨は熊のよう、黒々とした髭が顔をおおい、目には暗い光を浮かべています。

狩人はいつも一人でした。たまに訪れる行商人とも余計な言葉を交わすことはありません。

ある夜のことです。不意に扉を叩く音がして、狩人はびくりと体を震わせました。
不審に思いながらも薄く扉を開けてみると、青白い顔をした若者が立っています。
小柄な体躯に質素な身なり、背後に老いた夫婦を従えていました。
彼らは旅人で、一夜の宿を乞いたいとのことです。

若者の口調は穏やかで礼儀正しく、狩人は不思議と断る気になりませんでした。
なんということでしょうか、旅人たちは狩人のはじめての客人になったのです。

あかあかと燃える暖炉のそばで、狩人は旅人たちに料理を振舞いました。狩りの獲物と山菜を使った贅沢な御馳走です。
狩人の料理の腕前は相当なものでした。旅人たちは感謝と感嘆の入り混じった声をあげ、その味を口々に称賛しました。
素材や味付けについて詳しい質問が飛び、狩人は簡単明瞭な、しかし深い知識に裏打ちされた言葉でそれに答えました。

まぎれもなく、それは狩人自身の言葉、狩人の生活の言葉でした。

やがて狩人は旅人たちに、これまで旅のあいだ見聞きしたことがらについて、詳しく教えてくれるよう頼みました。
老いた夫婦が笑って、あいかわらず青白い顔をしている若者のほうを見やりながら言うには、
そういう話なら、彼ほど見事に語る者はほかにいない、とのこと。
一同に促されて、若者は静かに目を閉じました。

それから四人は、森のはずれの小屋のなか、あかあかと燃える暖炉のそばで、長い長い一夜を過ごしたのです。

夜が明けたのち彼らがどうなったのか、ここに語ることはできません。
それについては歴史も伝承も失われ、誰ひとり知る者もないからです。

今はただ、彼らの言葉に耳を傾けることにしましょう。

二人の王様

二人の王様

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-09-04

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