還暦夫婦のバイクライフ36

ジニー&リン、お盆に高知の山中をうろつく

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
 8月8日に発生した日向灘の地震は、南海トラフ地震臨時情報発表に至った。それからテレビ画面の端っこに、巨大地震注意が表示されたままになり、多くの人が動きを止めることとなった。
「ジニーせっかくのお盆休みなのに、高知方面には行きにくくなったねえ」
「全くだ。僕らは四国に住んでいるからだけど、四国島外からの観光客の人の宿泊予約とかが随分キャンセルされたらしいね」
「太平洋側から離れれば大丈夫かな?」
「どうだろう。実際地震が発生したら、どこにいても身動き出来んようになるやろねえ」
はああ~と二人はため息をつく。
「それはとりあえず横に置いといて、ジニーこれ見て。SNSで見つけたんだけど」
そう言って、リンが自分のスマホをジニーに見せる。
「何?神社?随分趣があるなあ」
「でしょ?崖の岩盤が大きく張り出した下に建ってるのよ。聖神社だって。土佐の投入堂って二つ名も持ってる」
「ふーん。どこだ?」
ジニーは自分のスマホを手にして、地図アプリを呼び出して検索する。
「ああ、越知町の山奥か。県道18号を入った所だな。うーん、大型バイクで行けるか?250出すか原付で行くか。原付で行くのには遠いなあ」
ジニーは悩みながら、ストリートビューに切り替える。
「ああ、この感じなら大型でも行けるなあ」
「じゃあ、どこかのタイミングで行ってみる?」
「予定します」
こうしてお盆休みは、両家の法事と家の用事をこなして終わるはずだった。
 8月14日、ジニーは朝早く起きて、いろいろと動き回った。9時過ぎに一段落ついて台所でコーヒーを飲んでいると、リンが現れた。
「ジニー天気良いね。どこか走りに行く?」
「そうだなあ。・・・・聖神社行って安居渓谷で涼んで帰るか」
「高知行くの?どうなん?」
「地震?無いよ。ほぼ無いって」
「何で?」
「予兆が無いもん。大地震直前って、微細地震が増えたり、逆にピタッとなくなったりするんだけど、気象庁も何も言わないでしょ?だから直近では無いよ」
「ふーん。じゃあ行ってみる?」
「うん」
こうして8月14日は急遽、高知の山中をうろつくこととなった。
 家の用事はすでに済ませていたので、すぐに支度にかかる。10時10分、熱風が吹く中、二人は出発した。いつものようにスタンドで給油して、はなみずき通りから中央高校前を通過してR33に出る。重信川を渡り、砥部町を抜けて三坂峠を登ってゆく。旧道を楽しく走り、峠を越えてから久万高原町へと下ってゆく。
「リンさん、どこで止まる?」
「そうやねえ。久しぶりに引地橋でおでんでも食べようか」
「うん、それもアリやな。じゃあ、ノンストップで引地橋まで行きますよ」
「へ~い」
二台のバイクは、車列の一部となって走ってゆく。天空の郷さんさんを右に見ながら通過し、道の駅みかわもスルーする。R440に向かうループ橋を左に見ながら直進して、右から合流してくるR439の赤い鉄橋も通り過ぎる。
「リンさん、地震注意報が発令されているせいか、車が少ないねえ。流れも速いし、今日は調子がいい」
「確かに車は少ないかな。それより腹減った」
「もうすぐ引地橋に着くよ。おでんが待ってるぜ」
中津渓谷の入り口を左に見ながら通過して引地橋が見えてきた。
「ん?車がおらん。あ、リンさん残念!本日お休みだって」
「え~。まあお盆の真っ最中だし、仕方ないわね。ジニーこの先にコンビニあったよね」
「あるよ。仁淀川町の入り口にね。そこ止まりますよ」
「よろしく」
2人はR439入り口を左に見ながら、R33を直進する。橋を渡った向こう側にあるローソンの駐車場に、バイクを乗り入れた。
「リンさん気を付けて。斜めになってるから」
「大丈夫」
リンは何事もなくバイクを止めた。
「さてジニー、お昼ご飯調達していくよ」
「あー、神社入り口の休憩所で食べる?」
「そのつもり」
2人はお茶とおむすびやサンドイッチを調達して、12時丁度ローソンを出発する。
「ジニーこの先は?」
「越知町で県道18号に乗り換える。途中まで走ってわき道に入ってあとは一本道かな。行ってみんと分からんけど」
「任せた。ジニーの脳内ナビあやしいけど」
 R33を越知町まで走り、坂折川にかかる橋を渡る。そこで県道18号へ右折して、川の上流に向かって走る。桐見ダムを通過してダムサイトをさらに上流へと走る。1車線の狭い道だが路面はきれいだ。通行量が多いのだろう。途中まで走った所で工事中通行止めになっている。橋を渡った向こう岸にう回路があり、そちらに回る。途中枝道があり、少し迷ったので橋の上で止まった。大きな採石場が見える。ジニーはスマホを取り出してみたが、電波が無かった。
「採石場の事務所があるのに、中継基地は無いんかい」
ジニーがぼやく。
「事務所はネット回線があるんじゃない?」
「そうだろうけど、不便やねえ」
仕方なくジニーは周囲をうろつく。すると、聖神社への案内板を見つけた。
「リンさん、こっちで合ってる」
「そう、じゃあ行きましょう」
二人は再び走り始める。県道18号をさらに奥まで走ると、やがて集落に行き当たった。そこで道が上下に分かれていた。道なりに上に走ろうとしたジニーだが、目ざとく案内板を見つけた。
「リンさんストップ。下に行く道が正解だ。看板がある。そこから下に行ける?」
「何とか行けるよ」
リンはバイクを少しずつ動かして、下の道に入った。
「あ~こんなところに案内板があるね。これは気付かんわ」
下道に入った所にある案内板に、リンも気付いたようだ。ジニーは足をバタバタとついてバックし、下道に入りなおした。そこからさらに山奥へ走り、分岐ごとにある案内板に導かれて聖神社入り口の休憩所にたどりついた。斜めになっている駐車場にバイクをうまく止める。休憩所はまだ新しく、川の水を引き込んだ水道まである。早速リンが蛇口をひねる。
「わあ~冷た~い。ジニーこれ飲めるかな?」
「それはやめときなはれ。多分平気だけど、万が一があるからね」
リンは冷たい水で顔を洗う。テーブルの上にお弁当を広げ、ベンチに座って食べる。
「いただきます」
サンドイッチやおむすびをほおばり、ジニーは買ってきた麦茶をぐいぐいと飲む。
「こら!それ飲み干すな。これから山歩きするのに、水気なしでどうするの!」
リンに叱られて、ジニーはばつが悪そうにお茶を置く。麦茶はペットボトルの半分しか残っていない。
「しょうがないなあ全く!自販機も無いのに」
 軽い食事を終えて、二人は聖神社目指して山道を登り始める。踏み跡はしっかりついているので、迷うことはない。途中に木の鳥居があり、それをくぐっていく。急斜面やがれ場には鎖があって、それを使って登ってゆく。右に左に続く道を登っていくと、道端に腰かけている女性がいた。
「こんにちは」
「こんにちは。これから聖神社に行きますか?」
「はい」
ジニーが返事する。
「一つお願いがあるのですが、実は神社のお社の扉を開けてきたのですが、開けっ放しはいけなかったのではないかと思いあたりまして、行ったら閉めておいてほしいのです」
「なるほど、じゃあ、行ったら閉めて帰ります。おひとりですか?」
「いえ、連れがあのつり橋を渡りに行ってます」
見ると、手造り感満載のつり橋が見えた。
 女性と別れて二人はさらに登ってゆく。いよいよ社が見えてきた。最後の崖を、丸太の手すりとあらく組んだ丸太の足場、そこに設置された鎖を頼りによじ登り、やっと神社に到着した。中はこざっぱりとしていて、お賽銭箱やおみくじまであった。SNSで見た通り社は大きく張り出した岩盤の下にあり、案内板に土佐の投入堂とも呼ばれているとある。お参りしておみくじを引き、確認してから社内にある縄に括り付ける。結構な量のおみくじが結ばれている。お参りに来る人が意外と多いようだ。
「わあー景色良いねえ」
開いた窓から外を見て、リンが歓声を上げる。
「おばちゃんが言っていた扉というのは、これのことか」
窓枠に竹のぼうでつっかいをして、木製の扉が外に向いて開いている。ジニーは一番左のつっかいぼうを外して扉を一枚閉める。
「こら!私まだ見てるのに何するんよ~。いつもいつも自分勝手なことして!」
「いつも?」
リンに叱られて、ジニーは無表情で黙り込む。そんなにいつも自分勝手なことをしているんだろうかと悩んでいるようだ。
 しばらく滞在してから木の扉を閉める。最後に出入り口の木の引き戸も閉めてから、来た道を戻り始める。登って来た時よりも下りの方がむつかしい。足を踏み外して転がり落ちないように気を付けながら、鎖をつかんでがれ場を下る。
「ジニーあれ、つり橋行こう」
リンが手造り感満載のつり橋を指さす。道が分かれていて、分岐を行くとトンネルがあった。入り口に案内板がある。
「リンさん、このトンネルは坑道だって。このあたり一帯は戦中戦後10年間ほどマンガン鉱山だったみたいだ。知らんかったなあ」
「へええ、だからトンネル小さくて素掘りなんだ」
2人はトンネルに入ってゆく。リンが後ろからスマホで明かりを点灯してジニーの足元を照らす。かがみながら歩き、トンネルを抜けるとつり橋があった。2本のワイヤーロープを対岸に渡し、鉄筋をロープに引っ掛け、足元のアングルで組んだフレームに溶接されている。フレームに工事現場で使う鉄の歩み板が敷かれていて、結構丈夫に出来ている。注意書きに3人以上で渡らないようにとあった。ジニーが先に渡り、リンが後に続く。橋を渡り切って、上流側の落差5ⅿほどの滝を眺める。道は山肌をさらに上へと続いているが、かなり崩れていて先には進めそうにない。奥には多くの坑道や精錬所跡、事務所跡があるようだが、二人とも見に行くつもりはないので、つり橋を渡ってきた道を戻る。やがて山道から車道に出て、休憩所の水道で手や顔を洗う。半分残っていた麦茶を二人で分けて飲み、椅子に座ってしばらく休む。
「あ~足がつかれた」
「リンさんなかなかの道のりだったねえ。久々に歩いた気がする」
「でも景色は良かったよ」
「うん。さて次は安居渓谷だ」
「ん~今何時だ?14時30分か。ジニー別に行かなくてもいいよ。行く頃には日も傾いてるだろうし」
「そうだなあ。仁淀ブルーは見れんかもね。でもまあ、行ってみようや」
「どれくらいで行ける?」
「1時間はかからんと思う」
「じゃあ、行きますか」
二人はバイクに戻り、出発した。来た道をどんどん戻る。県道18号に乗り、ダムサイトを来た道の反対側を走る。車の通りがあまり無いのか、真ん中に苔が生えている。
「リンさん、石とコケに気を付けて」
「平気」
リンはのんびりと走り、ジニーはリンを置き去りにしないようにバックミラーを確認しながら走る。桐見ダムの上で止まり、写真を撮る。思ったより大きいダムだ。
「石手川ダムくらいありそうだな」
「そこまで大きくはないと思うよ」
そんな話をしてから再び出発する。道は2車線になり、会社の建物がぽつぽつ立っている。ジニーは会社の駐車場に自販機を見つけて止まった。
「リンさん休憩。日干しになりそうだ」
ジニーはお茶、リンはメロンソーダを買う。
「リンさんそれいいね」
「でしょ。昔を思い出すわ」
二人は干上がった体に水分を投入する。飲み終わって空になったペットボトルを回収箱に入れて、再び走り出す。越知町の街まで出てR33との交差点を左折する。そこから仁淀川町までR33を走り、街を抜けた先の交差点で右折してR439に乗り換える。そこから数キロ走り、トンネル手前にある交差点を左折して県道362号に乗り換える。安居川沿いに上流へと走ってゆくと、道は狭くなり、車の離合も難しくなる。そこには警備員さんが居て、交通整理をしていた。多くの人が涼みに来ているようで、15時を過ぎても車が多く走っている。奥まで行くが、駐車場は満杯だった。案内の人に聞かれてジニーが水晶淵に行きたいというと、さらに奥に駐車場があるので行ってみてと言われた。そこでさらに奥まで行ったが、空いていなかった。
「リンさん、これ以上行ったら山に上がってしまう。路側の広い所に停めよう」

「わかった。そうしよう」
ジニーは少し広くてバイクが止まっても邪魔にならない所を見つけて、バイクを止めた。リンは駐車スペースの隅に頭から突っ込んで止めていたのだが、どう見ても邪魔なのでジニーがリンのバイクを動かし、ジニーのバイクの後ろに停めた。
「さて、行きましょうか」
二人はバイクにヘルメットとジャケットを置いて、遊歩道に向かう階段を降りる。
「今日は歩いてばっかりだな。明日くらいに足にきそうだ」
「ジニー明後日の間違いじゃない?」
「ふふ、そうだねえ」
ジニーは笑う。川辺には整備された遊歩道があり、二人は上流に向かって歩いて行った。川には多くの人達が居て、散歩を楽しんでいるようだ。水は透明で、巨大な岩石の間をざあざあと流れている。
「頭から水に浸かりたいねえ」
「うん。だけどリンさん、案内板に、景観保持のため遊泳はご遠慮くださいと書いてある」
「ふ~ん。まあ、お願いだからねえ」
そう言ってリンが見る先には砂防ダムがあって、その下がきれいな深い淵になっていた。そこで10人ほどの人たちが水遊びをしているのが見えた。
「リンさん、僕は日本の識字率は100%だと思っていたんだけど、どうも違うようだな」
「もしかしたら、日本人じゃないかもよ?」
「あ、なるほど。それはあるかもしれんな」
「あくまでお願いだからねえ」
もう一度リンはつぶやいた。
「さてリンさん。そろそろ帰りましょう」
「何時?もう17時だ。帰ろう」
二人は遊歩道をぶらぶらと歩いて戻る。階段をやっこらせっと登り、バイクにたどりつく。置いてあったジャケットを羽織り、ヘルメットを被る。エンジンを始動して出発した。夕方になり、さすがに車も少なくなっている。それでも対向車に気を付けながら狭い道を走ってゆく。R439に突き当たり、右折する。
「ジニーおなか空いたねえ」
「そうだな。美川の道の駅に止まろう。確かコンビニが19時まで開いていたと思う」
「今何時?」
「17時15分」
「間に合うね」
そう言って二人は少しペースを上げた。
 R439からR33に乗り換えて、松山方面に走る。途中から車列の一部となり、美川までのんびりと走る。道の駅には18時過ぎに到着した。
「あ、残念。リンさんコンビニ閉まってた」
「営業何時まで?」
「18時までだって」
「しょうがない。飲み物でしのごう」
そう言ってリンは、自販機でサイダーを買った。ジニーは冷たいココアを見つけて買う。二人は飲み物をシェアして飲み干し、しばらく目を閉じる。
「リンさん、18時40分だ。動こう」
「え?ほんまや。帰ろう」
周囲はだんだん薄暗くなってきた。谷間にあるため、暗くなるのが早い。急いでバイクに乗り、出発した。しばらく車の後ろをついて走り、久万高原町まで戻る。
「リンさん、バイパス降ります」
「了解。痛っ!」
「どしたん?」
「シールド見えづらいので少し開けてたら、小さい虫が目に入った」
「ご愁傷様。前走るよ」
ジニーはリンを引っ張るように走り、バイパスを降りる。砥部町に降りてから重信川を渡り、松山市に入る。きれいな夕焼けを見ながら走り、17時20分自宅に到着した。
バイクを車庫に仕舞い、家に入る。
「お疲れ」
「お疲れさまでした」
「あたたた」
「どしたんジニー」
「膝が痛い」
「年寄りだからねえ」
「うるさい。それより明日は早いよ。さっさと寝とかんと」
「平気。運転手は君だ」
明日15日はリンの実家の法事がある。和尚が朝6時に拝みに来るのだ。
「出来れば8時くらいにしてほしいよねえ」
ジニーはそうぼやくのだった。

還暦夫婦のバイクライフ36

還暦夫婦のバイクライフ36

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-08-31

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