百合の君(18)

百合の君(18)

 ――しかし事態が飲み込めないのは並作(へいさく)である。いや並作だけではない。その場にいる誰もが混乱した。だから一番混乱している並作がみなを代表する形になった。
「え? 何なのこいつ?」
「こいつとは無礼な!」
 ひれ伏した敵は腰の刀に手を掛けた。
「拙者は川照見盛継(かわてるみもりつぐ)と申す」
 ことの起こりは三十年前の宝惨(ほうさん)四年、刈奈羅(かるなら)という大国の主、別所沓塵(べっしょとうじん)が、当時の将軍家を滅ぼしたことに始まる。出海家は元々五明剣(ごめいけん)といって将軍家と祖を同じくする名家の一つだった。浪親の父、真砂秀(まさひで)は主を失った後も別所に従うことを潔しとせず、抵抗を続けていたが八年前、とうとう城を奪われ館を焼かれ、自害するに至った。
 そして川照見は代々出海の執事を務めて来た家柄で、盛継は十二歳の浪親を逃がすために必死で戦い、落ちた城から脱出して、現在はこの城の主、夢塔遠近(むとうおちこち)に仕えていたのであった。
「しかしまさか、こうして生きてお会いできるとは」
 盛継は涙を拭った。
「かくなる上は家臣一同浪親様に忠義をつくし、出海家再興のため尽力いたす所存」
 さっきまで刀を向けていた連中も、盛継に従い頭を下げた。
「頼りにしている」
 そして信じられない偶然に驚きながらも、浪親は起こるべきことが起こったというような、これが当たり前の事のような気がしていた。貝合わせの貝がぴたりと合った時のような感覚だ。
「しかし流石は浪親様、夢塔が自ら出陣している折を狙うとは。完全に秘密だったはずなのに、どうやって知ったのです?」
「それは偶然だ」
 浪親は素直に答えた。これから自分の右腕になる男にもったいぶっても仕方がない。しかし盛継は噛み締めるように目を閉じた。
「その偶然を招き寄せるのが、只人(ただびと)ならぬ証拠なのです。浪親様は幼い頃から、他人にはないものを持っていらっしゃった……」
 盛継は再び感極まって落涙した。そして並作に向き直ると頭を下げた。
「先ほどは失礼いたした。よくぞ今まで浪親様をお守りくだされた」
 しかし並作はまだ事情が飲み込めない。並作は今まで五明剣どころか幕府や将軍などという統治機構(とうちきこう)がこの世に存在するという事さえ知らなかった。彼は浪親に拾われるまでただ耕しに耕していただけで、年貢米がどこに行くのかなど考えたこともなかった。
 並作は浪親の横顔を覗いた。平気な顔をしてこの不思議な話を聞いている。これが俺と親分との違いなんだ、と彼は思った。親分は自分がすごいということに慣れてるんだ。
 しかし並作は、そのような事で孤独を感じたりはしなかった。ただ、とんでもないことが起こったと思った。さっきまで盗賊団の親分でしかなかったのに、いつの間にかお城のヌシだ。
 盛継が立ち上がって、家来を振り返る。
「さあ皆の者、ついに我らは真の主を得た。これからは出海のため懸命に働こうぞ!」
 荒波のような歓声が迫り、並作はまるで断崖にでも立っているような気がした。そして潮風で錆びないよう、文鎮を懐にしまった。

百合の君(18)

百合の君(18)

物語としては前々回の続きです。村を守るため城に潜入した浪親たちは、留守居の侍と遭遇。しかし、浪親の名前を知った敵は、急にひれ伏したのでした。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-08-24

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