還暦夫婦のバイクライフ35
ジニー&リン、猛暑から逃げる
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
休日の朝、ジニーが朝食を済ませてまったりとしていると、リンが台所に現れた。
「ジニー外、すごいいい天気だよ。走りに行こうよ」
「え~、こんな猛暑が果たしていい天気と言えるのか分からんけど。今日も35℃越えるんじゃないの?まあ、走りに行くなら暑さでうっかり死なない所が良いな」
「そんなの、カルスト一択でしょう?」
「カルストかあ。あ、地芳トンネルは涼しそうだ」
「もちろん地芳トンネルは涼しいし、カルストも下界より絶対涼しいって」
「じゃあ、天狗に上がって姫鶴経由で大野ヶ原行ってみようか。大野ヶ原は2年くらい行って無いし」
「そうしよう。じゃあ早速準備するよ」
こうして7月21日は、カルストへ走りに行くことになった。
2人は手分けして家の用事を済ませて、出発準備にかかる。思いついたのが遅かったので、出発出来たのは10時30分だった。いつものスタンドで給油して、はなみずき通りを南下して中央高校の前を通過し、R33に出る。重信川を渡って砥部町を抜けて、三坂峠を上がってゆく。前走車も居なかったので旧道に入り、快適に駆け上がる。三坂峠を越えて久万高原町に向かって駆け降りる。バイパスとの合流点で信号に引っかかる間に、目の前をバイパスから合流してきた車列がのんびりと通過する。信号が青になり、先行していた呑気な車列に追いつく。ゆっくりと走るため、エンジンの熱が足元から立ち上って来る。
「あつ~たまらん。もっと早く走ってくれ~」
リンがぼやく。
「750Rはすごい熱量だもんな。真夏なのに足元でガソリンストーブ全開だもん。その熱量が実にもったいない。もうちょっと運動エネルギーに変換してもらいたいものだ」
「ジニー、冬はいいのよ。暖かいから。夏はだめだ。少しでも走って風を通さないと死にそうになるよ」
「そうはいっても、今日の車列は呑気さんの集団みたいだ。車はパラパラいなくなるのに、全然スピードが上がらん」
「くそー呪いの言霊をくれてやる!はよはしれはよはしれはよはしれはよはしれ」
「お~リンさん、遅いのが外れた。流れが速くなったぞ!」
「ふふふ、どうだ!」
「うん。効いたね」
くだらない話をしながら二人は先を急ぐ。R33からR440入り口のループ橋へ乗り換え、梼原方面に向かう。何台か呑気さんに追いつくが、どんどん避けてくれる。追い越すたびにお礼の合図を出しながら走ってゆく。やがて草餅やさんが見えてきた。10台ほどのバイクが止まっている。二人は空いている所にバイクを止めた。
「今日はバイクが多いねえ。この暑いのによく走るわ」
「リンさん、それはブーメランだぜ」
「うん。自覚してます。ジニー何時?」
「えーと、11時50分だね。水買ってくるよ」
「よろしく」
ジニーは自販機で桃の天然水を見つけて買う。それをリンに渡した。
「え~なんで桃?ただの水が良いのに」
そう言いながら、リンは二口飲む。
「あとはいらない」
「そうなん?じゃあ」
桃が大好きなジニーは、残りの水を全部飲み干した。
20分ほど休憩して、草餅やさんを出発した。
「ジニー、トンネル工事してるのって、ここだよね」
「うん。この前開通したらしいよ」
「じゃあ、年内には通れそうだね。この区間だけが狭いから、早く通れればいいなあ」
「全くだ」
「ところでジニー、どのルート?」
「地芳トンネル抜けて、県道304号を使って幹線林道に乗って、天狗荘まで行くよ」
「わかった」
ジニーとリンは、のんびり走る車をかわし、R440を駆け上がり、地芳トンネルに突入する。
「いぇ~い!涼しい~」
二人は歓声を上げる。
「気持ちいいなあ。外もこれくらいだったらいいのに」
「ジニーそれはたぶん、寒いと思うよ」
「そうか。これって秋冬の気温だな」
しばらくトンネルの冷えた空気を堪能して、長いトンネルを抜けた。
「あ~暑い」
「それでも松山よりは涼しいよ」
「そうだけど。そういえばリンさん、20年くらい前だったか、何かの雑誌にね、温暖化で気温が38℃を越えたらどうなるかって特集があったんよ。雑誌?いや、テレビだったかな?」
「ふーん」
「内容はほとんど覚えて無いけど、気温が38℃を越えると、エアコンが冷えなくなって、室内で熱中症にかかる人が出てくるって言ってたような」
「何でエアコンが冷えなくなるの?」
「エアコンって、簡単に言えば室内の熱を冷媒が回収して、室外に放出するようになってるんだ。だから冷媒の温度より外気温が低くないとダメなんだけど、温度差が小さくなると冷媒の熱放出の割合が減ってしまう。そうなると、今度は室内機の方で熱の回収量が減って、冷えが悪くなる。でも、38℃越えてもちゃんとエアコンは仕事をしている。技術の進歩ってすごいなあって思いました。チャンチャン」
「何それ。走りながらそんな事考えてるんだ」
「いや、ふと思い出したから」
「ふ~ん」
リンにはどうでもいい話だったようだ。
地芳トンネルから少し下った所にある、県道304号との交差点を左折する。入り口は狭いが、少し行くと普通の1車線の山道になる。二人はどんどん登ってゆき、何か所かの狭いUターンをクリアして、幹線林道との交差点に出る。そこを左折して幹線林道に乗り換える。
「リンさん残念。呑気さんの後ろに付いてしまった」
「う~ん。県外ナンバーだね。これは絶対譲ってくれんなあ。ジニーパスできる?」
「ちょっと無理かな。でももう少し登ればパスできると思う」
「しょうがない」
二人は呑気さんの後ろを、のんびりついてゆく。
「あ‼抜きますよ」
「え?はいどうぞ」
ジニーは呑気さんが少し避けてくれたので、すかさず追い抜く。二人はそのままの勢いでどんどん駆け上がり、12時40分天狗高原に到着した。星ふるヴィレッジTENGUの裏にあるバイク駐輪場に停めて、ヘルメットを脱ぐ。
「ふう、暑くは無いけど涼しくもないな」
「下界よりマシよ。それよりジニー、おなかすいた」
「ええ?今日はやけに遅い朝食だったのに?じゃあ、ここでご飯食べるか」
二人はヴィレッジのレストランに向かった。何組かの人達が待っていたが、15分ほどで席に案内された。
「立て替えてから初めて入ったね。さてジニー何にする?私はね~」
リンはしばらくメニューを見る。
「土佐赤牛のステーキ丼にする」
「ステーキ丼?早明浦の国民宿舎で食べたやつ?」
「あれはローストビーフ丼」
「そうか。・・・ステーキ丼うまそうやな」
「ジニーもそうする?」
「いや、僕は冷やしぶっかけそばにする」
「それで保つん?」
「朝結構がっつり食べたからね」
ふーんと言いながら、リンは店員さんを呼んで、オーダーを通す。
しばらく待って料理がやって来た。早速いただく。
「お~うまそうやね~」
「うまいよ~」
リンがにんまりと笑う。ジニーは一切れもらって食べる。
「結構レアっぽい焼き加減だね」
「うん」
リンはゆっくりと味わいながら食べる。ジニーは冷やしぶっかけそばをざっくりと混ぜて、トッピングと一緒に豪快にそばを手繰りこむ。見る間に完食する。
「早!もう無いやん」
まだ半分も食べていないリンが、あきれたようにジニーを見る。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言ってジニーはスマホを操作した。大野ヶ原のお店情報を探しているようだ。
「リンさん、のっぽなソフトクリームが出てくるのって、一つ目のお店だよね?」
「そうだよ。何か見よるん?」
「万が一休みだったらと思ってね。あと営業時間とか。行ったこと無いお店だから」
「全然大丈夫だと思うよ。閉まってたらよそに行くだけだし」
「そうだよな」
ジニーはそう言って、スマホを閉じた。
昼食を済ませて外に出る。天狗高原から太平洋の方を眺め、何枚か写真を撮る。そこからバイクまで戻り、出発準備を始める。
「リンさん、結構バイクが上がってきてるな」
「天気良いからね。あ、草餅やさんの所にいたバイク集団だ」
「大体みんな走る所一緒やね。県外ナンバーもいるし」
「動画で上がってて、結構評価高めだからね」
「ふーん、僕は近いからか何とも思わんなあ。隣の芝は青いってやつか?そういえば僕62歳になったけど、道後温泉一回も行ったこと無いなあ。僕のじいちゃんとばあちゃんは、週に3回くらい行ってたけどね」
「唐突に何の話?私だって、生涯1回しか行ったこと無いよ。あそこは観光で来た人たちが入りやすいように、地元の人はあんまり行ってないんじゃない?」
「そうかもな。さて、出ますよ」
2人は星ふるヴィレッジを13時35分に出発した。県道383号を西へと走り、四国カルストを縦走する。五段高原の一番の絶景ポイントをスルーして、姫鶴平も素通りする。地芳峠に出てそこから大野ヶ原へ向かう。細い道を対向車に用心しながら走ってゆくと、やがて大野ヶ原に出る。県道383号は県道36号とT字に合流している。そこを左折してすぐの所にあるのが、のっぽなソフトクリームを提供するM園だ。
「リンさん、ここだよね?」
「そうだよ。どこ止める?」
「う~ん」
ジニーは路面状況を素早く確認して、トイレの前の平らなアスファルト舗装の所にバイクを停めた。
「トイレ前だけど、邪魔にはならんだろう。他の所は未舗装だったり斜めになっていたり」
「いいんじゃない?」
リンもジニーの横に停める。時計は14時10分を表示している。二人はヘルメットをバイクに固定して、お店へ向かった。
「ここは初めてだ」
「私は前に来たことあると思う。40年くらい前」
「ずいぶん前やね。大野ヶ原は何度も来てるけど、いつもスルーしてたな。いつも一番下のお店に行ってたから」
「そうだね。特に理由はないのに、スルーしてきたよね」
そう言いながらリンは、メニューを見る。
「シーズケーキセットと・・・ジニーは何?」
「あ、僕はチーズケーキで」
店員さんがオーダーを取る。
「はい。出来ましたらお呼びしますね」
先に会計を済ませてから、二人は開いている席に座った。
「お待たせしましたー」
暫く待ってから呼ばれる。ジニーは席を立ち、チーズケーキのセットと単品を受けとる。
「リンさんこれは何?」
「これは牛乳だね」
「牛乳かあ」
ジニーは牛乳が大好きなのに、飲むと体調を崩すようになっていた。コーヒーにたっぷりと牛乳を入れていたのに、飲めなくなって残念な思いをしている。
「ジニー少しなら平気だと思うけど」
リンにそう言われて、ジニーは牛乳を一口飲む。
「ん~うまいなあ」
「ついでにソフトクリームもどうぞ」
ジニーはカップに入ったソフトクリームを一口食べる。
「うまいねえ」
ジニーの顔がほころぶ。
「チーズケーキは、下のお店とタイプが違うな。これ暖かい」
そう言いながらジニーはチーズケーキを食べる。
「これはビミョーだなあ。好き嫌いあるかも」
「私は好きよ」
リンはそう言って、どんどん食べる。
M園でしばらく休憩してから、14時35分、出発した。
「ジニーどこ走る?」
「このまま県道36号下って、途中で東津野城川林道に入る」
「どこに出るんだっけ」
「R197に出るよ。そこから城川、鹿野川と走るいつものコースやな」
「わかった。でも眠い」
「え~」
「ね~む~い~」
リンは呪文を唱え始める。
「ね~む~い~ね~む~い~ね~む~い~」
「どこかで止まります」
ジニーは林道に入ってから、景色が良くて止まれそうな所を探す。きょろきょろしながら走ってふと後ろを見ると、リンが遠くに離れている。減速すると追いついてくる。これを何度も繰り返す。やっと景色のいい所を見つけて、バイクを路肩に止める。
「リンさん休憩」
「わ~かった~。眠かった~」
二人はうろうろしながら風景を眺め、スマホで写真を撮る。
そこで15分ほど休憩して、出発した。
「ジニー城川の道の駅で、かき氷食べよう。暑くてたまらん」
「オッケー」
東津野城川林道を下り切り、R197に出る。右折してどんどん走り、日吉経由で城川町に入る。16時丁度道の駅きなはい屋城川に到着した。裏側のいつもの場所にバイクを止める。
「暑い。夕方なのにまだ暑い」
ジニーはヘルメットを脱ぎ、顔に流れる汗を拭う。
「店まだやってる?」
「ん~・・・あれ?空き家だ。・・・本館の方に移動してた。営業中だ」
ジニーは店先で、和栗かき氷を一つ注文した。少々立て込んでいたので20分ほど待った。出てきたかき氷は、栗シロップがかかった氷の山に、でっかい栗がどっかりと乗っている。シンプルなかき氷で映えるような華やかなものではないが、大変満足のいくものだ。ジニーとリンは、二人で交互に食べる。
「んま~」
「く~、頭があ~」
ジニーがこめかみを押さえる。
かき氷を満喫して、二人はベンチでくつろぐ。
「さ~て、帰るか」
「うん。ジニー遅くなりそうだから、高速乗る?」
「そうやなあ。そうするか。じゃあ、内子I.Cから乗るよ」
2人は野菜を売っている出店に立ち寄り、何点か購入してバイクに戻る。買った野菜をバッグに収め、ヘルメットを被って出発準備をする。
「リンさん、出るよ」
「どうぞー」
二台のバイクは16時20分道の駅しろかわを出発して、R197を北上する。鹿野川ダムサイトを走り、ひじかわ道の駅を右手に見ながら通過して赤岩橋を渡り、肱川公園線を走る。五十崎の街並みから橋を渡り、県道229号を経由してR56に出る。その先にある内子五十崎I.Cから、松山道に乗った。
「リンさん、内子五十崎I.CがETC専用になっとる」
「え?そうなん。まあ、うちは対応してるけど、バイク屋さんツーリングの時は気をつけんといかんねー」
「前に伊野I.Cでやらかしたからなあ」
ジニーは以前、バイク屋さんツーリングで伊野I.Cから乗れなかったことを思いだしたようだ。
高速を順調に走り、松山I.Cで降りる。そのまま松山外環状線を余戸まで走り、R56経由で家まで走った。
「おつかれー」
「お疲れ様」
ジニーはスマホで時刻を確認する。
「17時50分か」
時刻を確認してからスマホを仕舞い、バイクをかたずける。家に入ってからウエアを脱ぎ、汗をたっぷりと吸い込んだインナーを脱ぎ、Tシャツに着替える。
「全く!こんな暑い思いしてバイクに乗るなんて、どうかしてるよ」
ジニーが自嘲する。
「走るのが好きなんだから、しょうがないね」
そう言ってリンは、ニヤッと笑った。
還暦夫婦のバイクライフ35