共犯者-Complice-

共犯者-Complice-

Summer is more wooing and seductive, more versatile and human, appeals to the affections and the sentiments, and fosters inquiry and the art impulse.

夏はより魅力的で誘惑的で、より気まぐれで人間的で、愛情と感情に訴えかけ、そして探求心と芸術的衝動を育てる。

John Barrows
(February 12, 1913 - January 11, 1974)

大勢の来賓及び招待客で賑わった仮面舞踏会が無事終幕を迎え、広大な敷地の屋敷に住み込みで奉公をしているうら若き下男下女達の手際良い働きにより、片付けの方も粗方済んでしまった午前二時半頃、執事としての役割から「一旦」解放された黒曜は、気怠げな風が吹き抜ける酷く静まり返った夏の夜の庭先に於いて、一人静かに夜の闇をじっと見据えていた。

やっぱり此処に居たか。

聲のする方向へと視線を向けると、自身同様に仮面舞踏会独特の厳しい格好から解放されたばかりの、実にラフな格好を其の華奢な肉体に纏ったモクレンの姿が其処にあった。

良いのですか、勝手に出歩いても。
後で婆やに叱られますよ。

ボタンがキッチリと閉められた半袖のワイシャツ、黒のジーンズと厚底のサンダル。
そんな風な出立ちのモクレンを、黄褐色のレンズが嵌め込まれた丸眼鏡のレンズ越しにじっと見据えつゝ黒曜がそう述べると、モクレンはすかさず、お前が黙って居れば良いだけの話だろうが、と言い乍ら、黒曜の側へと近付いた。

婆やの前では誰も嘘を吐く事が叶わない。
其の事に関しては私以上にアナタが一番ご存知の筈では。

意気地なしめ。

私の方も生活が懸かっております故。

戯れ言も程々にしろ。

はっはっは。
まぁ、其れはさておき、今宵もお疲れ様でございました。
誠にお似合いでしたよ、特注の御衣装。

腕の良い職人に無理を承知で拵えさせた代物だからな、そう言って貰わねば困る。

モクレンはそう言ってウッドチェアにゆったりと腰掛け、若人独特の酷く物憂げな表情を浮かべ乍ら足を組んだ。

僅かばかりの時間ではありましたが、御化粧の際には、其のお手伝いが出来て楽しかったです。

黒曜はそう言ってモクレンとは対照的に、態と胸を肌蹴させた紺のワイシャツの胸ポケットから取り出した朱色のハンカチで、ポツリと浮かんだ額の汗を軽く拭うと、仮面舞踏会に臨む為、弓の鉉〈つる〉よろしく、数日間ずっと張り詰めっぱなしだった肉体と精神を癒す意味も込め、冷たい感触の手摺りにゆったりと其の身を寄せた。

ずっと以前から聞こうと思っていた事なんだが、何だって化粧の時に迄顔を出すんだ?。

旦那様に執事の役を命ぜられました際の契約書にそう綴ってありました故。

あの膨大な記述が為された書類に全部眼を通したのか。
全く、お前と言う奴〈オトコ〉はつくづく律儀者だよ。

手違いは禍いの元。
寄宿学校と軍隊で否が応でも学びました。

女達を誑かすのも「そう言う」所仕込みなのか?。

まさか。
飽く迄も淡々と御相手をしているだけに過ぎません、一人の紳士として。

一人の紳士として、か。
使い勝手の良い言葉だ。

其れ以外の言葉をご存知出来る事なら御教授願えませんか?。
「あわよくば」マンツーマンで。

酷く特徴的な底意地の悪い表情を黒曜が浮かたのに対しモクレンは、私はお前の教育係では無いと言わんばかりの表情と口調で、其れは御免蒙る、と黒曜からの「お誘い」をピシャリと跳ね除けた。

お前の悪い癖だぞ。
何かと言えば直ぐ愚かな言葉を吐きたがる。
其れもパイプの煙の様にプカプカと。

今宵の催し物の趣旨に沿って発言をした積りなのですが、お気に召しませんでしたか。

ならば尚更タチが悪い。

気をつけましょう、「今度」から。

あからさまに反省の色が窺えぬ言葉を呟いた黒曜は、失礼いたします、とひと聲掛けてからもう一つのウッドチェアへと腰掛けるや否や、黒のズボンの右ポケットの中から携帯用灰皿と燐寸、左ポケットから黒のフォルムが常夜灯の下で良く映えるサンローランのシガレットケースを取り出すと、つい数時間前迄純白のテーブルクロスが敷かれ、其の上にやれアルコールだ料理だと言った催し物には欠かせないアイテム達が、宛らチェスの駒の様にズラッと並べられていたウッドテーブルの上へと静かに置き始めた。

燐寸、灰皿、ケース。
まるで三種の神器だな。

モクレンが言った。

面接の際旦那様には申し上げたのですが、酷い紫煙吸いなのですよ、先祖代々。

馬と一緒に荷物を運ぶ仕事をしていたそうだな、漏れ伝わる所によれば。

西部劇に登場をするカウボーイ程、格好の良い商賣ではありませんでしたがね。

咥え紫煙で遠い眼をしてみせた黒曜は、記憶の糸を辿る様にそんな事を言い乍ら擦ったばかりの燐寸の火で紫煙に火を点けた。
舶来品の紫煙らしい、実に甘苦い香りが南から吹く風に揺られフワフワと漂う中、黒曜の「語り」に耳を傾けていたモクレンは、何たってこんな無骨なオトコが矢鱈生き物に好かれるのか不思議で堪らなかったが、今其の謎が解けた「様な」気がするよ、と皮肉っぽい事を述べると、黒曜はすかさず、好かれていると申しますよりは、単に近寄り易い、扱い易いと思われているだけと言う気もいたしますがね、と苦笑混じりの返答をし、携帯用灰皿へ紫煙の灰をポツポツと落とした。

併し「新顔」には滅多に懐かないヴィヴィアンが、お前にはすんなり懐いたのは紛れも無い事実だぞ?。

ヴィヴィアンとはモクレンが飼っている黒猫の事で、新しく屋敷へと働きにやって来た人間には滅多に近付かないのは勿論の事、こゝろを開かない事で専らの評判だった。
が、黒曜は日数にして一ヶ月も経たないうちにヴィヴィアンと距離を縮める事に成功をしてしまい、モクレンをはじめとした周囲の人間達を驚かせた。
黒曜からしてみれば、無理にヴィヴィアンと仲良くしようとはせず、ただ淡々とヴィヴィアンに寄り添った迄の事で、大した事をした憶えは殆ど無いのだが、モクレンの眼には此の出来事が強く印象に残ったらしかった。

そう言えば丁度其の頃でしたな。
アナタが私に対してこゝろを開いてくださったのも。

此奴の前でなら飾らずに済むかもしれない。
そう思う様になった途端、急に興味が沸いて来てな、お前と言う人間に対して。

で、如何〈いかが〉でしたか?。
人間観察の結果は。

今此の場でこうして会話を交わしている事が其の答えだと思ってくれれば結構。

御眼鏡に掛かって何よりです。

黒曜は味が薄れた紫煙の火を揉み消すと、所でそろそろ喉が渇いたでしょうから、台所にでも足を運んでみますか、と誘いの言葉をモクレンに掛けた。

知らないぞ、婆やに叱られても。

モクレンが悪戯な微笑を浮かべると、腰掛けていたウッドチェアからのっそりと立ち上がった黒曜は、ポケットの中へとテーブルの上の私物を片付けてから靴音を響かせつゝ、モクレンの側へと近付いた。
そしてケロッとした表情で、其の時は一緒に頭を下げましょう、其れでおあいこです、とつい先程迄紫煙を指に挟んでいた右手をモクレンへと差し出した。

此れから先、こんな事を、そしてこんなやり取りを幾度と無く私達は繰り返しそうな予感がするが、今宵は其の記念日かもしれない。

差し出された右手をひと回り小さいサイズではあるものの、生命力に溢れた左手でギュッと握り返し、腰掛けていた椅子からスッと立ち上がったモクレンは、さも意味ありげな口調でそう述べるや否や、私について来いと言わんばかりに、屋敷の中へと通ずる石畳を一歩一歩力強く歩き始めた。
其れから一旦廊下の影に隠れて、周囲に人が誰も居ない事を確認した上で、御目当てのモノがある台所へ、そそくさと向かった。
其の間黒曜は「計画」の足を引っ張ってしまわぬ様、足音を潜め、且つひと言も口を利こうとはせず、物言わぬ子供の様に只々モクレンの左手の柔らかな感触と温もりを楽しんでいたのだが、台所へと無事辿り着くと、モクレンの左手を握り締めたまゝ、大きく深呼吸をした。

大袈裟だな。

酒瓶がびっしり詰まっている冷蔵庫の扉の前へとやって来たモクレンが、静かに黒曜の手を離し乍ら言った。
気分はまるで秘密の宝探しだと言わんばかりにガチャン、と言う音と立て乍ら冷蔵庫の扉をモクレンが開けると、ひんやりとした冷気が二人きりの台所の中をしっとりと包み始めた。

グラスは此れで良いですか?。

酒瓶を取り出したばかりのモクレンに黒曜がそう質問をすると、右手に酒瓶、左手に栓抜きを持った状態のモクレンは自身の尾てい骨を使って冷蔵庫の扉をグイと閉じ乍ら、グラスなんて何れも同じだろうに、と言わんばかりの口調で、其れで結構、と答え、時間帯的に拭き掃除を終えたばかりであろうテーブルの上へと酒瓶を下ろした。
黒曜はモクレンと知り合って此の方、食器類等々に拘った場面に一度たりとも遭遇した事が無い事、或る時なぞは自身の眼の前で堂々と麦酒瓶をラッパ呑みしてのけた事を思い出し乍ら執事らしく、丁重な手付きでグラスをテーブルに置くと、お摘みも御用意しましょうね、折角ですので、とお摘みになりそうなモノが保存されている冷蔵庫の扉をそっと開けた。

何がある?。

右手でゆっくりと栓抜きを差し込み、酒瓶の先をキュッと握り締めたモクレンが、冷蔵庫から飛び出したばかりでまだひんやりとした冷気に左手を浸し乍ら質問を投げると、大きな背丈の熊が樹木の穴でも覗き込む様な格好で黒曜は、新鮮な色合いの甘橙〈オレンジ〉と葡萄柚〈グレープフルーツ〉、後、私が拵えたサラダの作り置きもありますね、と回答を述べた。

果物はカットしてあるのか?。

えぇ、一応。

じゃあ其れとサラダをお摘みにしよう。

畏まりました。

ポン、っと言う音を響かせ乍ら慣れた手付きで酒瓶のコルクを抜いたモクレンは、見るからに色気も減ったくれも無い様な手付きでグラスへ果実酒を注ぐと、コルクを塵箱の中へひょいと放ったのち、栓抜きを元の場所へと戻し、ひと仕事終えたとでも言いたげな実に尊大な態度で歴代の勤め人達によってすっかり使い古された椅子へ果実酒を注いだばかりのグラス片手にぐったりと腰掛け、履いていたサンダルを脱ぎ捨て、裸足になった。
そして水辺で戯れる童よろしく、テーブルの下で足をパタパタとさせ乍ら、盛り付けの作業を始めた黒曜に対し、最前、サラダはお前の作り置きだと言ったが、料理が出来るんだな、と言った。

独りで料理が出来て初めて一人前の人間として人生のスタートラインに立つ事が叶う。
此れが我が家の教育方針でしたから。

良い教育方針じゃないか。
私には窮屈過ぎるが。

アナタの場合、台所よりもステージの方がお似合いだ。

ははっ。
言ってくれる。

黒曜の台詞を鼻で嗤ったモクレンは、もう我慢出来ぬと言わんばかりにグラスの中の果実酒を一気呑みした。
其の果実酒は割と度数の高い果実酒なのであるが、父方の先祖は大海原を荒らし回った名のあるヴァイキング、母方の先祖は天衣無縫の馬賊と言うルーツを持つモクレンには果実酒も水同然であった。

如何ですか?。
「二人きり」で嗜む果実酒の御味は。

盛り付けを済ませ、ザラザラとした感触のキッチンペーパーで手を拭き取り終えたばかりの黒曜が言った。

悪くない。

モクレンは舌先で唇をペロリと舐めると、もう一杯欲しくなったのか、二杯目の果実酒をドバドバとグラスへ注ぎ込んだ。

其れはよう御座いました。

アンティーク調の戸棚に嵌め込まれた硝子越しにモクレンの蟒蛇〈うわばみ〉っぷりを垣間見た黒曜は、台所の薄明かりの下、銀色にテラテラと光り輝く二人分のフォークを取り出し乍らもう二杯目を胃袋に流し込んだモクレンに対し、チキンもありますが、出しましょうか、まぁ、チキンはチキンでも、缶詰めのチキンですが、と独り言の様な声量で言った。

チキンも良いが、お菓子の類いは無いのか?。

本日の来賓の方がくださった未開封の銅鑼焼きがあった筈です。
後、廣島土産のもみじ饅頭に京都土産の八つ橋も。

じゃあ其れも此処に持って来い。

まるで絵本の『はらぺこあおむし』ですね。

大飯喰らいは嫌いか?。

まさか。
ウェルカムですよ。

黒曜は冷蔵庫の中に自身が包丁を握って刻んだピクルス、チーズ、サラミがあった事を思い出し乍ら其の場を離れると、再び冷蔵庫の中へと顔を突っ込み、包装紙こそ剥がされてはいるものの箱に入った状態のお菓子、大皿に盛り付けられたお摘みをテーブルの上迄運んでせっせと並べた。

良いのか?。
呑まないでも。

呑まないのなら私が平らげるぞ、と言わんばかりの視線の向け方をモクレンがすると、機械よろしく、もみじ饅頭を包み込んでいる袋をビリビリと破く作業に集中をしていた黒曜は其の手を止め、では御言葉に甘えて、と言ってから時が経ち、若干温くなった果実酒をグイと呑み干し、空のグラスをテーブルの上に置いた。
そして軍隊時代、熱帯地方に数ヶ月間派遣されていた間、口に含むと誰彼関係無く腹を下す程、土地の水質が酷いと言う理由から、現地民が余所者相手に振る舞う比較的度数の低いアルコールを呑んで喉を潤し、就寝前には昼間、年恰好から察するに、十四、五歳の子供の物売りがバイクに乗って基地へと運んで来る、質は良いが其の分値の張る噛みタバコをせっせと嗜んでいた事を思い出す様な香りが口の中にほんのりと広がる中、気が付けば最後の一袋となったもみじ饅頭をフルーツが盛り付けられた大皿へ八つ橋と一緒に綺麗に並べた。

こうしてフルーツだのお菓子だのを盛り合わせた大皿を見ると、まるでウエディング・ケーキの縮小版を見ているみたいですね。

箱を処分し、漸く椅子に腰掛けたばかりの黒曜が、空にになった自身のグラスに果実酒を注ぎ乍ら実に悪戯っぽい表情で言った。

案外子供っぽい事を口にするんだな、四六時中お堅く「生きていらっしゃる」お前にしては。

つい先日似たような事を言われましたよ。
と言っても婆やからですが。

揶揄われているんじゃないのか、ソレ。

かもしれません、今此の瞬間同様。

揶揄うと言うより、皮肉っていると言っていただけると有り難いな、どうせなら。

早四杯目となる果実酒を注いだばかりのグラス片手に、モクレンはクククッと喉を鳴らした。

ではそう言う認識で捉えさせていただくとして、改めまして今夜はお疲れ様で御座いました、乾杯。

あゝ、乾杯。

グラスとグラスがぶつかり合う音が響き渡ったのち、果実酒を一気に呑み干しフォークを握り締めたモクレンは、腹が減っては如何にもならんと言わんばかりに、先ずは黒曜がモクレンの分の小皿に盛り付けたサラダをチーズだのサラミだのと一緒にむしゃむしゃと口に頬張り始めた。

今度は麵麭とスープも用意しておきますね。

葡萄柚を手掴みで齧り乍ら、黒曜がさり気なく将来の話を始めると、良い度胸だな、もう次の展開を「構想」するとは、とモクレンは目敏く言葉尻を捉えた。

私もアナタも何かと忙しい身体。
故にこう言う事は早め早めに決めておきませんと。

ほう、私とお前が五分五分の関係だとは。

二人きりの時だけですがね、飽く迄も。

正に此の事だな。
図々しい事限り無しとは。
まぁ、良い。
お前がそう望むのなら、付き合ってやろう。
其れもとことん。

御承諾有難う御座います。

テーブルの隅に置かれた紙ナプキンでモクレンの口元を綺麗に拭き取り乍ら黒曜がニコリと笑みを浮かべると、お返しの挑発的な笑みをモクレンは浮かべつゝ、腹一杯になるモノを拵えろよ、どうせなら、と黒曜に命じた。

えぇ、心得ております。

命令を受け取った黒曜は使い終わった紙ナプキンを塵箱の中へと放り込んだのち、甘橙にガブリと齧りつくと、果肉の感触を楽しみ乍ら、淡々と返事をした。
其れから二人はあっという間に食事と果実酒を平らげてしまうと、ま、偶には二人でこう言う事も悪くはない筈、と二人して片付けを行い、今度はバーカウンターのあるダンスフロアへと通ずる長い廊下を歩き始めた。
廊下の壁にはモクレンの父の趣味で、ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ、ジョルジョ・バルバレッリ・バルバレッリ・ダ・カステルフランコと言った盛期ルネサンスのヴェネツィアで活躍をした藝術家達の肖像画の模造品、或いはソロン、タレス、キロン、ビアス、クレオブロス、ピッタコス、ペリアン・ロドス、と言った「ホイ・ヘプタ・ソフォイ」即ち「希臘〈ギリシャ〉七賢人」と呼ばれた人物達を模した彫像、はたまたロベルト・ロッセリーニの『イタリア旅行』、フェデリコ・フェリーニの『青春群像』、マリオ・モニッチェリの『いつも見知らぬ男たち』、ディーノ・リージの『追い越し野郎』、ピエトロ・ジェルミの『誘惑されて棄てられて』と言った伊太利亜映画のポスター、そしてエルヴィス・プレスリーの『エルヴィス・クリスマス・アルバム』、ディーン・マーティンの『ジス・タイム・アイム・シギン』、スティーヴィー・ワンダーの『わが心に歌えば』、フランク・シナトラの『夜のストレンジャー』と言ったミュージシャン達のレコード盤がズラリと飾られており、ちょっとしたアンティーク・ショップの様な雰囲気が感じられる場所。
其れが此の長い廊下であった。

まさかアナタとダンスフロアへ赴く日が訪れようとは。
其れも二人きりで。

そっくり其の侭お返ししてやる、其の言葉。

気持ちが通じ合って何よりです。

さあて、如何だか。

で、何が呑みたいですか?。

コーク・ハイ。

氷は幾つ?。

五つ。

何か口に入れるモノがあった方がよろしいですか?。

あるのか?。

未開封のスナック菓子がありますね、一昨日仕入れたばかりの。
と言ってもスーパーマーケットで売っている
『柿の種』ですが。

其れで結構。

ダンスフロアへと通ずる防音仕様の分厚い扉を二人して開き、朱色のランプのスイッチを捻ると、台所とは又違った静けさが其の場を支配しており、お互いの耳に入って来る音と言えば、瑞西〈スイス〉製の振り子式時計の秒針が時を刻む際に発する、心臓音と何ら大差の無い正確な音色、実に無愛想な冷房の機械音、そしてアルコール混じりの其々の吐息位なモノであった。
リモコンを使って閉じられていたカーテンを開くと、防音及び防弾仕様の硝子の向こうには、誰も居ない真夜中のプライベート・ビーチと暗い紺碧の海が広がっていて、其の風景を見つめ乍ら、もうすっかり世界は夢の中へと入り込んでしまった事を強く意識をした二人は、片方はバーカウンターに立ち、もう片方はしっとりとした黒柿色のデザインが特徴的なカウンター・チェアーへ、悠々と腰掛けた。

何時もこうやって他の連中に酒を振る舞っているのか?。

自身の眼の前でウヰスキー・コークが仕上がっていく様をじっと見据え乍らモクレンがそう質問をすると、黒曜は視線をグラスの方へと向けたまゝ、お疲れ会と称して呑んだりする時に良く、と答え、はい、どうぞ、とモクレンの注文通り、氷が五つ入っているウヰスキー・コークをモクレンの右手へ手渡した。

別に大した腕前でも無い、典型的な俄か仕込みなのですが、皆んな私の拵えたお酒を呑みたがるのです。
まぁ、此処なら他所で呑むより余程ゆったりと楽しめるし、タダ酒が楽しめるから、と言うのが大半の理由かと存じますが。

お前が丹精込めて連中へ酒を振る舞うのは良いとして、お前自身は何時も如何しているんだ?。
まさかの独り酒か?。

御使いへ出掛けた際の帰り道に時々立ち寄る酒屋で、数本酒瓶を購入し、其れをちびちびやる位ですかね。
大体が安酒ですけれども。

『柿の種』の詰まった袋をサッと破き、カウンター・テーブルの下に常備してある小皿の上へとジャラジャラ音を立てて盛り付け終えた黒曜は、即席も良い所ですが、此れでも宜しければどうぞ、と小皿をモクレンへと差し出した。

ストイックだなぁ。

小皿を受け取ったモクレンは、果物の掴み取りをする様な要領で『柿の種』を口に運んてボリボリ食べると、グラスに半分程残っていまウヰスキー・コークで其れを胃袋の中へ勢いよく流し込んだ。

執事たる者、日頃から鍛えておきませんと。

だから平日何時も夜明け前に走ったりしているのか。

ある程度動いた方が、口にする料理も美味しいですからね。
って、アナタの前で食が云々と言う事を語るのは、「釈迦に説法」「孔子に論語」でしたな、失礼。

今夜は「一応」無礼講だ、赦して遣わす。

有り難き幸せ。

お前も呑まないのか?。

付き合って欲しいんですか?。

言わせるな。

では折角ですので、一度レコードに合わせて踊ってからで呑みます。

黒曜はレコード盤とレコード・プレイヤーが並んでいる場所迄移動をすると、土曜の夜ですしね、ジャズでも流しましょう、と言ってルビー・ブラフの『インディアン・サマー』を流し始めた。

仕事以外で他の人間と踊った事は?。

腰掛けていたカウンター・チェアーから立ち上がって、実にこなれた立ち居振る舞いでカウンターからホールの方へと移動したばかりの黒曜をモクレンが招き入れると、黒曜は少し照れ臭そうに、実の所余り、とだけ静かに答えた。

なら鍛えてやるよ、みっちりと。

どうぞお手柔らかに。

黒曜はこゝろの中でアン・ドゥ・トロワ、と呟いたのち、モクレンのステップに合わせて自身の足を動かし始めた。
軈て二人が顔を近付けると、モクレンが今此の瞬間だけは、名前で呼んでも良いぞと黒曜の耳元で囁いた。
勇気を振り絞る様にモクレン、と黒曜が呼び掛けると、モクレンは黒曜、と返事をしてから其の侭何も言わずに黒曜の唇へ貪る様に触れてのけた。
其の瞬間、黒曜の鼻腔を甘苦いウヰスキー・コークの香りが、モクレンの鼻腔を切なげな紫煙の香りがスローモーションで駆け抜けていった。〈終〉

共犯者-Complice-

共犯者-Complice-

差し伸べられた手を強く握り締めた其の瞬間、物語の幕は上がり、そして二人の関係は共犯関係へと変化していく。祭りの後の物憂げな雰囲気を十二分に含んだ夏の夜の一幕を描いた黒モク小説。 ※ 本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-08-08

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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