夏服
不登校の少女の、少しほろ苦い夏の想い出
通販で夏服を買った。
梅雨明けたての空のように青い、光沢のある生地のワンピースで、襟に紺のリボンが結んである。特に気に入った点はパフスリーブで、胸元で豪華にひだを寄せるエンパイアシルエットになっているところだった。何もかもが「リリカ」とそっくりだったのだ。
「リリカ」は当時私が熱中していたアニメのキャラクターだった。歌声で世界を救う女の子。学校に行っていない十四歳の私にとって、全力で一つになりたい憧れの対象だった。
一週間後、商品は届いた。袖を通す。私が着ると少し胸が見太りして見えたが気にしない。浴室の鏡に映して、くるくると回ってみる。最初はそれで満足だったが、新たな欲望が湧いた。これを着て外出してみたい。
市内に行くのは無理だ。人混みの中にいると苦い体液がせりあがって来て目が回りそうになる。私は近所の牧場に行くことにした。そこなら近くの人が散歩しているぐらいで、あとは牛や馬がいるだけだ。
外は快晴だった。冷房の効いた屋内から出るのも三月ぶりの私は、夏服に汗染みを作り、息も絶え絶えに砂利の坂道を上った。
牧場は小高い丘の上にあった。まきばを囲む小径から見上げれば、天国に続まで続くと確信できるくらい青い空がすっと立っている。アザミの周りではミツバチがたわむれ、木陰は眠たげで優しく、緑は本能を解く香りがした。それを食む牛は穏やかで、全てがリリカの歌のように平和だった。私はリリカになりきって、不必要にスカートを翻して歩いた。
突如前方から溌溂とはしゃぐ声が響いた。それは夏休みを満喫している同級生たちだった。私は追われる罪人のように藪に飛び込んだ。そしてそのまま小枝で頬が引っかかれるのも構わず真っ直ぐ逃げ帰った。
家に帰ると折角の夏服には緑色の汁が付着していた。必死に洗濯したがそれは消えない染みとなって残った。私はそれをハンガーにかけて箪笥にしまった。
夏が終わるとリリカのアニメの放送も終わりになった。私はその夏服に二度と袖を通すことはなかった。
了
夏服