背骨詩集
わたしはこの詩集を、わたしを変容させるために織ろうとしたのである。
ハイコツ。
どうか、この『背骨詩集』を「ハイコツ詩集」とお読みいただきたい。
わたしには殆ど信じられるくらいに確信じみた危い不安がある。それというのは「この世にはこの世におけるたいていの条件下で、自死乃至精神的奴隷化を免れぬ、淋しい種族がいるのではないか」というものである。わたしという人間はともすればそれになりえる。わたしはわたしを実験台にしてわたしの詩的手捌に手術を行い、そのような人間が生き切るがための一条の芯として、一個の観念的な生の方法が構築しえるかどうか、それをここで追求した。その成果をここに報告する。
発条のよわるだけの生にへきえきとするならば、金輪際、或る生等を断念せよ。
しかれば、背骨を銀に屹立させよ、美と善の落す翳の重なる領域に在れ、なぜといい其処は、われわれの発火する条件下に在るのだから。
されば、生き、切れ。
*
わたしにとり「生を肯定する」というはけだし「祈り」なのである。「祈り」とは石原吉朗氏の云ったことにイメージを拡がらせるならば、断念と結び、断念から撥ねる銀色の火花である。
希わくば、その冷然硬質の火、固体としての火、それが「背骨」という火打石に火花されることを。
失念
わたしが 希を失いえないから──
わが背骨は、発条の如く弓としてしなって了うのだった、
して 後方へ陽にはらわたを焼かれるが如く斃れながら、
城を掴もうと、淋しき蛾のようなうでを上げた──届きえぬ月よ。
わたしが 希を失いえたら──
銀に締めんとする背骨の他の肉、言葉と云う光の暴行に砕かれるであろう、
さすれば 前方へ項垂れるが如く音楽のように這い落ちて、
城へ進もうと、蒼馬さながら脚を上げる──踏まれ絶縁される月影よ。
*
月硝子城へ往かうわたしの杖という文学的言語を、光と音楽に霧消させよ。
それ 月へ跳躍するわたしの発条性なき硬質の背骨へ注げ──銀に氷る迄。
一条銀屹立
わたしは金属と珠でわたしの躰を洗いながしたい、
わたしには冷然と硬質の切先からの疵をしか求められない、
そが珠の如き荘厳な石の照りかえしは、
わが魂をすら他人行儀に瑕に洗い清冽にわが肌を辷るであろう。
そが金属質な宝玉質な現実なる硝子盤ははや洗礼であり、
罪の洗礼はわたしの泥の如き粘着した肉を違和に傷め、
その金属と珠こそは悪であり わたしはわたしの罪に悪の洗礼を欲している、
わが妄念は滝さながらに清冽な非情に寝そべるのだ。
屹立さえすればよい 屹立さえすればよいのだ──背骨を!
銀の祈りをそそぎ不断の信条の結い直しに固着させたハイコツを
いつやそれが透明に澄み往き、一条の神経となり首を吊ればよい──
わたしはわたしの「わたし」を信じつづけなければ不可ない、
かのような睡る水晶の素朴素直な匿名のためいきの歌を聴こう、
かの水晶を抱き締めて金属と珠の非情理不尽へ身投せよ──失墜。
*
かのような行為にかのような銀と蒼は辷り堕つるのみであるが、
立ちつづけろ──高空に! 背骨を如何なる理不尽にも曲げぬと決意せよ。
天蓋に吊られる一条の幻想
或る月の降る幾夜幾夜の一刹那、
貴女の魂と肉体は反転した──その躰は、
睡る水晶の碓氷の如き硬質な殻にとぢて了った、
さすれば水晶の反映の恥じらいは晒されているのについに耐えかねて、
躰という躰を 梳くように透きとおらせて了ったのだった、
綺麗はひときわ覚めるように鶴の首をもたげるのが定説だけれども、
溶けでるように透明になって往く躰はまるで海への漂着なのだった、
果てにめざめた水晶は しなやかな四肢のうごくように
その躰を光に迄歌により圧しひろげ、
霧散するように 水のような光の涙音をうえへ落して──
ともども消え去ったのだった。火が水を伴れ逃避行するような反転の裡で。
その刹那のオルガンはぼくの心をゆすぶった ああ、かの風景、
かの貴女の霧消した魂と肉体のあった領域に、
一条の神経さながらの銀が天蓋に吊られていたのをぼくには忘却しえない。
かのような光と音楽の舞踏は 或る月の降る幾夜の一刹那を
すべての幾夜という不在に破かれ、一刹那という確信の暗みを浮ばせたのだ。
かのような一刹那のかのような一風景こそ、
かのような一刹那を宿命とする音楽に爛れて華と喚起こされる、
まっさらな神経はひとすぢをみじろぎもせずにぼくを眸として張る、
かのような月降る銀と暗みの一刹那にひらかれるのが──背骨。
*
絶命に明け渡されたぼくにとり都合のわるい贈り物は、
ぼくに湖の神経のような張りつめる波紋ばかりを眺めさせている。…
死産児でいっぱい
起きぬけに視る空はまっしろな死産児でいっぱい、
梳きぬける繊維質の髪の毛は銀色 半透明の毛束が降り垂れている。
視力のない赤子たちの瞼はすでに銀の蜘蛛に縫われている、
冷然硬質をしゃなりと音立てるシャッターで不可視のみ診察する。
非情という海より昇る平手打ちは死んだ子供たちの空を波打たせる、
穿たれ押しだされた夜という裸体 まっさらな花の裸体模しおめかしをする。
わたしは背筋をのばして銀の砕く音を脊髄でオルゴオルしたのだった、
死産児の歌いえなかった命は蔽われた瞼の下でちらちらと羽ばたいている。
*
わたしの歌は、死産児として生れつづけるから、
夢歌い絶ち、空へ祈られるように透いて往ければそれで佳い、
前方を撃ちながら後方へ斃れろ、天へ憧れながら現実に身投しろ。
背骨詩集