ドルチェ
プロローグ
「美希ね、大きくなったら声優さんになるの」
子供の頃から夢にまで見た仕事。
私は今、そんなキラキラとした世界に足を踏み入れようとしていた。
「牧島、お前は特待生として次のアニメ『白雪姫華』のヒロイン役として出てもらう。おめでとう。」
私の通う声優学校では何人もの有名声優を送り出してきた事で有名だ。
その信頼もあり、我が校の特待生は学校の看板を背負ってアニメに出演させてもらえるのだ。
私はその言葉を聞いたとき、あまり実感がわかなかった。
だが、実際に現場に来てみて初めて、緊張感とともに自分が声優として出させてもらえるというのを肌で実感した。
「USC声優学校在学中の牧島美希です。よっ、よろしくお願いします!!!」
自分の中で噛んでしまったことを後悔していると、
「よろしく。俺は古川省吾って言うんだけど、知ってるかな?」
と気さくにはなしかけてきてく来てくれたのは今やテレビでもよく見かける古川省吾だった。
「知ってますよ!!!『緑のファンファーレ』のクロスの声めっちゃかっこよかったです。」
「マジで!?嬉しいな。俺もあのアニメ自分が出てるとか関係なく、ひとつの作品として好きなんだ。」
「私もです。あのラストのシーン本当に感動しちゃいました。ちなみに主人公のアデム役って誰でしたっけ?」
「あぁ、あれは…」
「省吾、誰だコイツ?」
わたしたちの会話がはずみかけた時、後ろから不意に来た冷たい声に私はビクッと反応してしまったが、持ち直して続けた。
「USC声優学校特別枠でキャストとして選ばれた、牧島美希です。よろしくお願いします!!!」
「淳、お前はもうちょっと愛想よくできないのかよ。」
「こんなちんちくりんに愛想振りまく必要性が感じられない。」
・・・ちんちくりん?誰が?……もしかして、私?
「おい、省吾お前は…!!」
あまりに失礼な態度に、私は省吾さんの言葉を遮った
「私はちんちくりんじゃありません。牧島美希って名前があります。」
「わざわざ、自己紹介とかすんな、どうせ、推薦枠って良い言い方してるだけで、実力じゃなく学校のコネだろ。」
「コネ...って、そんな言い方…。」
「つか、早く読み合わせ始めようぜ。」
「あっ、ちょっと!!」
この最悪な男が今後の私を大きく左右させるとは思っても見なかった。
賭け
その後の読み合わせは、何とも言えないビミョー雰囲気で始まった。
それにしてもなんだあの男は!!!
私が何をしたって言うんだ!!
推薦だって、私が努力して特待生としてキープしたから手に出来きたものであり、コネだはなく努力の結果だなのだ。
なのに、コネだとかちんちくりんだとか、失礼にも程がある!!
「私が何したっていうのよ…」
心の中で言った言葉が不意に口から出てしまった。
「おい、お前独り言言える立場か?今は打ち合わせ中だ。集中しろ。」
あまりにも冷たい言葉・・・
私はこの人に何かしたのだろうか?
だが、心あたりが全くない。
「あの!!!読み合せに集中してなかったのは私が悪いと思います。でも、さっきから私に対しての発言が失礼です、謹んでください!!!」
「はぁ?なんで俺が新人で、その上コネで入ったお前に気を使って話さなきゃなんないんだよ。」
「新人だけど私だってあなたや皆さんのようにこのアニメに取り組む姿勢は同じです。それにコネじゃありません。今の言葉、撤回してください。」
「コネはコネだろ?俺はお前を絶対認めねぇ。」
「もう、いい加減にしてください!!!!」
そう言って入ってきたのは、最近人気が出てきた高坂詩織だ。挨拶した時も思ったが、可愛いというのが似合う女の子だ。
小さくて華奢で生まれ変われるなら、こんな女の子に生まれ変わりたいものだ。
「二人とも、今は仕事中ですよ?喧嘩なら後で好きなだけしてください。」
「すっ、すいませんでした…」
腑に落ちない謝罪をしたあとに続いて、男の舌打ちが聞こえた。
もう、なんという礼儀のなっていない男なのだろうか…。
その日の仕事が終わり、スタジオを後にしようとしていると古川省吾が話かけてきた。
「お疲れ!!」
「お疲れ様です。」
「今日は大変だったね。」
「でも、初めての仕事なんで疲れたっていうよりはドキドキ感とかワクワク感がまだ収まらないって感じです。」
「いやいや、そっちじゃなくて淳の方だよ。」
「...正直、そっちは疲れましたね。」
「淳は誰にでも冷たいんだけど、君には特に厳しいんだよね。」
「私、何かしたんでしょうか?」
「うーん、どうだろう。でも、あの月村淳に面と向かって意見したの君が初めてじゃないかな。」
「そんなに有名な声優さんなんですか?」
「えっ?まさか知らないで反発してたの?ほら、読み合せ前の挨拶の時話してた『緑のファンファーレ』の主人公のアデム役はあいつだよ。」
「…あぁ!!そうだ思い出した!!」
怒りが先に来てきまい、うっかり忘れてしまっていた。月村淳といえば古川省吾と肩を並べる位有名な声優だ。
「はははっ、淳を忘れてたの?君、面白い子だね。」
我ながら恥ずかしい、声優の卵である私があんなに有名な声優を忘れるなんて。
「でも、淳が子供みたいに『ちんちくりん』とか『コネ』とか言ったり、あんなにムキになるなんてほんとに珍しいよ。」
「えっ?そうなんですか?」
「うん。いつもはそんな幼稚な事いう奴じゃないよ。確かにいうことはきついんだけど、ちゃんと的を射てるからみんな反論できないんだよ。」
「そうなんですか。」
「まぁ、反論されてもあいつの性格上ほとんど無視するだろうな。」
「そんなに嫌われてるんですかね私...」
「うーん、嫌ってるっていうよりは小学生がよくやる、好きな女子にやる一種のツンデレなんじゃない??」
「やっ、やめてくださいよ!!!そんなんじゃないですよ。ていうか、あんな人私の方から願い下げです!!」
「ふーん、新人の癖に天下のこの俺に向かって良い度胸だな。」
「ひゃっ!?」
後ろから聞こえる声と共に、私は頭をがっしりと掴まれ、後ろが見れないが声で誰なのかははっきりとわかる。
「月村…さん?」
「ちんちくりんの癖に俺のこと着拒するんだな。」
「だっ、だってそれはあなたが私のこと馬鹿にするからでしょ???」
「ふーん。」
「淳、もうその辺にしてやれよ。」
「おい省吾、俺と賭けしようぜ?」
「賭け?」
「こいつを俺が落とせるかどうかの賭け。」
「はぁ?淳、お前いつもはそんなことしないだろ?どうしたんだよ。」
「別に、ただこんなちんちくりんに拒否されることを俺のプライドが許さないだけだよ。」
「ちょっと待って!!!本人を抜いて話を進めないでください。私はそんなくだらない賭けに賭けられるなんて嫌です。」
「嫌ならせいぜい抵抗してみせろよ。そうじゃなきゃ、賭けにならないし、面白くないからな。」
「...すぐに俺色に染めてやるよ。」
耳元で囁くように言われたその言葉に全身が過剰に反応してしまった。
「ほら、体は正直じゃん。」
「いい加減にしてください。」
全身が反応してしまっせいるせいで、声に力が入らない。
「はいはい、これ以上はやんねーよ。けどまぁ、お前なんかすぐ落としてやる。省吾行こーぜ。」
月村淳は古川省吾を連れて歩きだした。
「まっ、待ちなさいよ!!」
二人が10mくらいのところまで行ったあと、ようやく体が元に戻り大きな声で叫んだ。
すると、淳が後ろを振り返った。
「あっ、お前を落とすとは言ったけど、声優としては認めてないからな。」
そう言うと淳は古川省吾と一緒にスタスタと言ってしまった。
その瞬間、私と淳のホントかウソかわからない、まがい物の恋が始まったのだ。
償い!?
正直、私は恋愛というものをしたことが全くない。
確かに恋をしたいと夢見たことは幾度もあった。
だが、そんな感情が芽生えたときには時すでに遅し、私はエスカレーター式の女子校に入ったため恋愛とは縁遠い世界にいた。
そして声優の専門学校に入学するまで、同年代の異性との交流など全くなかったのだ。
その分、私はアニメのように素敵な男の人がきっといつか私の前に現れてくれると信じていた。
それをあんな男に邪魔されるのだけはごめんだ!!!
ピロリン~♪ピロリン~♪
携帯の着信とともに私は目を覚ました。
時計を見るとまだ朝6時
「…う~ん。こんな時間に誰?」
携帯を開いて画面を見ると専門学校で仲良くなった柊からだった。
「もしもし。」
「もしもし美希???」
「うん。どうしたのこんな朝早くに?」
「あのさ…、私、妊娠…しちゃったかも…。」
「…!?」
あまりに突然のことに理解ができなかった。
「…一度病院に行きたいから、一緒に来て欲しいんだけど...」
誰と?いつから交際しているのか?聞きたいことは山ほどあった。
だが、そんなこと聞いている暇はない。
急いで向かわなくては!!
「すぐ行くから場所どこ???」
「ありがとう。学校の近くの喫茶店で待ってるから早く…来て。」
「わかった!!!ちょっと待ってて。」
私は慌てて服を着替えて支度して、急いで家を出た。
向かってる最中、嫌な予感が頭をよぎった。
それは声優という仕事を辞めるということだ。
私と同様に柊にとっても声優になるという夢はとても大切なはず、その夢を捨てるというのは彼女にとってとても辛い選択になる。
かと言って、子供を中絶するなんていう選択肢を選んではいけない。
急いで喫茶店に向かうと、喫茶店の前には柊がいた。
「柊!!!なんで外にいるの!?体冷えちゃうから中に入ろ??」
「ううん。それより、喫茶店中にあなたに会って欲しい人がいるの。」
「誰?じゃあ、一緒に入ろう?ここじゃ寒いから、ね。」
「あなたと二人で話したいって。あの人を待たせると悪いし…私のことは早く行って。」
「あの人?」
その時、私はピンチときた。
多分、柊のお腹の赤ちゃんのお父さんだろう。
「なんで、そんなに恐いの?」
「恐いっていうか少し、きついかな。」
なんという奴だろうか。赤ちゃんを身ごもっている柊をこんなところに立たせるなんて。
「わかった。すぐ話を終わらせて来るから、ちょっと待ってて」
怒りが沸き立つのを抑えて、私は冷静な口調で言い中に入った。
中に入るとこの時間は人が少なく、お客さんが少なかったおかげですぐ、テーブル席で一人でコーヒーを飲んでる男を見つけた。
柊をあんな寒いところで待たせて自分は優雅にコーヒーを飲んでるなんて…本当に頭にくる。
「!?」
怒りを抑えながらその人に近づくと、その人物に美希は唖然とした。
「月…村さん?」
この人が柊の…、赤ちゃんのお父さん?
じゃあ、私にこの前言ったのは何?
遊びなの?
まさか、柊のことも…遊び?
わたしの怒りは爆発寸前だった。
「やっと来たか。座れよ。」
深呼吸をしてやっとのことで怒りを押さえつけ、その言葉のまま美希は座った。
「なんであの時賭けがどうとかいったんですか?」
「なんでって、俺のプライドの問題。」
「そんな・・・勝手すぎる。」
「賭けってことが気に入らなかったのかよ。」
そう言うと淳は私の耳元まで顔を近づけて
「本気になるかどうかはお前の頑張り次第だよ」
プツンッ。
私の中で何かが切れる音がした。
バチンッ!!!
そして席から立ち上がり、次の瞬間おもいきり淳の顔をビンタした。
淳はびっくりしたように私を見ている。
「ちょっと!?何してるの??」
外からガラス越しに見ていたのだろう、柊が慌てて入ってきた。
「いい加減にしなさい!!!!柊は赤ちゃんの事であんなに悩んでるのに、ちょっと顔がよくて声優としてのセンスがあるからって、やっていいことと悪いことがあります。」
「はぁ?意味わかんねぇ。」
「その上、柊をあんな所で待たせて…、お父さんになるんだからしっかりしなさい!!!」
「お前、なんか大きな勘違いしてる気がるんだけど。」
「はぁ?なにをですか?」
「こいつ妊娠してねぇーし、しかも俺はこいつとあったのは昨日が初めてだ。」
「えっ?何言ってるんですか?」
状況がうまく飲み込めなかった。
「いってぇ。」
「おれはこいつを使ってお前と今日お前と遊ぼうと思っただけだよ。」
「やっぱり、柊は遊び…。」
「いいから黙って聞いてろ!!」
「賭け宣言した日の後、俺はお前の友達のこいつを使ってお前を呼び出して遊びに行こうと思ったんだよ。」
「堂々と真正面から言っても理由つけて断られると思ったからな。」
「だって、じゃあなんで?柊の妊娠は?」
「ごっめ~ん。それ私の嘘なんだ。」
「はぁー!?」
「だって、あの淳様に頼まれごとしたら引き受けない人いないでしょ♪」
「なんで嘘なんかつくのよ!?普通に呼び出せばいいでしょ!!」
「だって、淳様を待たせるの悪いから、あんたが少しでも早く来るように嘘ついちゃった。ごめんね。」
「誤って済むような問題じゃないでしょ?どんだけ心配したと思ってるの?」
「お前がやったことも謝って済むような問題じゃないよな?」
その冷静で少し笑みを含んだ表情に、自分のやってしまったことの重大さを気づかされた。
今ほど後先考えない行動を呪ったことはない。
「本当にすいませんでした!!!!わっ私、勘違いしちゃってて…その…」
「まぁ、いいや。許してやる。」
「…ほっ本当ですか!!ありがとうございます。」
淳から出たあまりに意外な言葉に私は心の中で、心の広さを少し見直した。
「ただし、今後は俺の言うことをなんでも聞いてもらうからな。」
「・・・は?」
「そりゃそうだろ、俺にこんだけの事したんだ。その分の罪滅ぼしはしてもらう。」
「そっ…そんな、あれは不慮の事故で…」
「あーあ、じゃあ今の共演者の奴らに行っちゃおうかなぁ~。牧島美希は暴力女だって。」
「わっ、分かりました。分かりましたよ!!!!言う事聞きますからそんな風に脅さないでくださいよぉ!!」
「分かればよろしい。」
「じゃあ、早速遊びに行くぞ。」
「えっ、どこにですか??」
「いいから来い!!!!」
淳は私の手を引っ張ると喫茶店を出て、私を車に半ば強引に乗せた。
エンジンをかけ車が動き出す。
柊が手を振って私たちを見送っている。
…柊め、あとで絶対何かおごってもらうんだから。
とはいえ、男の人との初めての…デートということになる。
私は外を眺めながら、大変なことになったと深く後悔した。
最悪
「あのぉー。」
恐る恐る美希が口を開くと、淳はチッと舌打ちをした。
「…んだよ。」
「一時間近くもう車の中なんですけど、そろそろ行き先位教えてくれませんか?」
「着いたらわかるから黙ってろよ。」
「黙ッ!?あのねぇ…」
「あー、ほっぺたに響くー。(棒読み)」
「グッ、」(…こいつwww)
車に揺られる事約1時間、どこに行くのかも教えられずにひたすら助手席にいる美希には次第にイライラが募る。
(柊め、こりゃハーゲン5個おごりだな。)
そんなことを思いながら不意に淳の方を見た。
そもそも美希が父以外の男の人の運転で何処かへ行ったことなどなく本当ならとても嬉し恥ずかしいシュチュエーションなのだろうが、相手が月村淳というだけでテンションが下がっていた。
顔は悪くないのに…、もったいないな。
「おい。」
淳の低く冷たい声が響く。
「なっ、何ですか?」
「俺のことをどう思おうが勝手だが、俺に聞こえないように言え。」
「えッ?」
「だから、お前思ってる事口からダダ漏れなんだよ。バカ!!」
「あっ、すっすいません。」
チッ…。
また、怒らせてしまった。
はぁ...。
美希がシュンっとしていると
「おい。」
「はい…。」(今度はなんだろう...)
「お前車酔い平気か?高速走ってるから、いきなり止まれないんだから早めに言えよ。」
淳から出たその言葉に美希は目を丸くした。
「あっ、ご心配ありがとうございます。大丈夫です。」
「ご心配してねぇよ。車汚されないようにだよ。」
少し優しいところもあるなと淳を見直した自分が憎い。
「いくらなんでも人様の車で吐きませ...!?」
「ん?なんだよ。」
「気持ち悪い…」
「はぁ!?」
さっきまで車酔いなど考えていなかったが実は昔から乗り物酔いがひどい方で、車に乗るときは酔い止めは必須だった。
「ヤバい、吐きそう。」
「まっ、待て今吐くな。パーキングまで後100メートルだから早まるな!!」
「ダメ…もうごめんなさい。」
「あっ、諦めるな!!」
おえぇえぇー…
パーキング手前で淳の願いの虚しく、無情にも間に合わなかった。
吐いたあと、美希は怖くて淳の顔を見れなかった。
ドルチェ