あの世とこの世

あの世とこの世

1
これは長い夢、心地よい夢のような記憶
 
 過ぎていく時の中忘れてしまった、あなたを思い出すために。
 目を閉じてかすかに映るあの景色、光景を思い出すために。
――――――――――――――――――――

 
 太陽の光が肌に沁みわたる日光日和。
 俺は夏休みに彼女と海に遊びにきた。

 「夏といえば海!そうだよな!滝夏」
 そう言いながら、彼女の方を振り向いた。
 彼女は俺が見ると、恥ずかしそうに柔らかそうな白い肌を見せないように身体をタオルで隠す。

 そして顔を赤面させながら
「こっちみんな!お前!しばくぞ!」
 と半ギレしながらこっちに注意する。
つい水着姿をガン見してしまった。
女子高校生の体はまだ、大人への発展途上だと思う。
 しかし彼女の体はその発展途上が、俺の欲求を奮い立たせた。
 
 俺たちは付き合って一年の高校生カップル。
彼女と海に遊びに行くのが夢だった。
 最初彼女を誘った時、盛大にノーと言われた。
 理由を聞いたが、
「遠いから無理」
 一点張り。
 
 どうしても彼女と海に一緒に行きたかった俺は彼女を褒めて、ヨイショしてなんとかOKを貰った。
 頑固な彼女はなかなか折れずに相当苦労した。

 当日ドタキャンもあり得ると思ったが、すんなり当日来てくれた。
 
 
 海の潮風の匂いが安心と安らぎを与えてくれる。

 
 彼女はついてすぐに
「海の家行きたい……」
 照れくさそうにそう言った。
 俺はすぐに賛同した。
案外彼女はノリ気で実は行きたかったのかもしれない。

 海の家ではかき氷などや焼きそばなどの屋台があった。
 
どれも値段は割高、高校生からしたら財布が痛い。
 一般的な高校生ならば……。
 
 だか俺はアルバイトをしている。
 この日のためにやりたくもないコンビニバイトで、老害に怒鳴られながら我慢してきた。
 そう、この日のために……。
 今日は彼女のために散々をする。
 財布の中パンパンに諭吉さんと野口さんをいっぱい詰めてきた。
今こそ解放する時……。

「どれ頼んでもいいよ!」
「え、お金大丈夫?」
「気にすんな!気にすんな!」
 ドヤ顔で発言した。
 
 俺は真っ青なブルーハワイ、彼女は紅色のいちご味を頼んだ。
 店員さんはよく日焼けした色黒の兄ちゃん。
「お兄さんたち、青春してるね。俺もこんな時期があってな…………」
 自分語りを長くされて愛想笑いをして聞き続けた。

「お兄ちゃんたち、今を最高に楽しむといいけど、あんまりハメ外すなよ」
 と最後に言われた。
 かき氷が溶けないうちにその場を離れた。
 
 かき氷は見た目はまるで宝石のように太陽の光を反射させて輝いていた、口の中に入れた瞬間に氷が瞬時に溶けて身体の体温を冷やしていく。
 すぐに写真を撮ってインスタのストーリーに載っけた。

 写真にはブルーハワイのかき氷だけメインで写して、
 いちごのかき氷は少しだけ写す、匂わせ投稿をする。
 一度はやってみたかった匂わせ投稿というやつをやってみた。
 これでリア充の仲間入り。
 
 聞き慣れない、うみねこの鳴き声の感高い、鳴き声が聞こえた。
 
 この街の海水はとても、冷たいけど海の波の音、砂浜のじょりじょりした感触は僕らに非日常を体感させてくれる。
 歩くたびに二人の足跡だけが海辺に残っていく。
 

 子供みたいに二人で水を掛け合いながら、はしゃぎながら遊んだ。
 海水が口の中に入ってきて塩辛かった。

 俺たちはヘロヘロになるまで遊んで、遊び疲れてきた。
 
 本当に彼女といると幸せだと思う。

 この幸せはいつまでも続くよね?
 俺は彼女と結婚したい。
 ませた、考えをしてしまった。
落ち着け俺……。
 
 そして、つい調子に乗り男心が騒いでしまった。
「もっと奥の沖まで行ってみようぜ!」
 俺は海の奥を指差しながら発言する。

 彼女は少し不安そうな顔で
「波高くなって来たけど大丈夫かな?」
 心配そうに少し高い波の海を見た。
「少しくらいなら大丈夫だって!」

 少し沖の方まで行ってみることした。
 
 俺たちは知らない。
 海の中には怪しい生き物が足元に近づいてきていることを。

 近づいてきてゆっくりと触手を伸ばした。
激痛が足に走って体が麻痺していく。
 薄れゆく体の感覚が迫ってくる。

 このままだと二人とも死ぬ……。
「彼女だけはなんとしても助ける!」

 彼女の腕を引っ張り、浜に向かって死にものぐるいで泳いだ。
 俺は必死に海に、自然抗った。

 そして意識はぷつりと途絶えた。



 
 ――――――――――――――――――――――
 波の音と風の音で目が覚めた。

 あの後、奇跡的に浜まで流されたみたいだ。

「彼女は!?」
 周囲を見渡すが誰もいない。
 波の音と風の静寂だけが響く。
 彼女の安否がすぐに知りたい。

 周囲に人は誰もいない……。
 俺はすぐに起き上がって体から砂を手でほろい、彼女の家へと向かった。

 彼女の家はまだ行ったことないけど、前教えてもらったから場所は分かる。

 白い家に黄色の建物の一軒家。
 ここに間違いない。
 歩き疲れて足が痛い、もう少しだ頑張れ俺。
 
 俺は建物の前で足を止めた。
そうしてインターホンを人差し指でゆっくりと押した。

 インターホンを押しても誰も応答がない。
 もう一回、インターホンを押した。

すると彼女の母親らしき人が出て来た。
 不思議そうにこちらを伺いながら。
「変ね、誰もいないのに何でインターホンが2回も……故障かしら……」
「????」
 そう言ってすぐに玄関の扉が閉められた。
扉が閉まる前に
「あの彼女の彼氏なんですが……!」
 と言ったが反応はしてくれない、まるで空気みたいな扱いを受けた。
 冷たい反応……。
 事故に遭わせた娘の彼氏の顔なんか見たくない?

 しかし、俺は彼女の安否がどうしても気になって仕方がなかった。
 閉められたドアを拳に力をこめて、どんどんと強く叩きながら
「娘さんの彼氏の慎介です!滝夏は無事なんですか!?安否だけでも教えて下さい!」

興奮して扉を強く叩いてしまい、手がじんじんと傷んだ。
しかしどれだけ強く扉を叩いても、中から反応は無かった。
 
 焦る気持ちを抑えた。
 こうなっては、彼女の実家に聞くよりも自分の親に聞いた方がいいだろう。
 俺はすぐに自分の家へ向かい玄関の扉を開けた。
 夕陽が見えなくなる時間帯、電気はついていてもいい時間なのに俺の家は外から見ても電気がついてなかった。

 父と母はいないのか……そう思いながら普段通り、家に上がった。
冷たい玄関の床の温度が足の裏を伝わってくる。
 
「ただいま」
 ゆっくりとドアを開けた。
 ドアの開ける音だけが響く。

 部屋の中は薄暗く、父と母は無言でご飯を食べていた。
 薄暗いせいか表情は見えず、俺の声かけには反応がない。
 無理もない……どれだけ心配をかけたかも分からない。
 「父さん……母さん……本当に心配をかけてごめん……」
 
「父さん?母さん?」
「………………………………」
 再び声をかけた。
 
 まるで、俺のことを空気みたいに扱っている。
 
 すると父が
「ドアが勝手に開いたな、もしかしたらお盆だから帰って来たのかも知れないな」
 母は暗い顔で無言で頷く。

 意味不明だ。
 俺はここにいる。

 机の上に綺麗な花が飾ってあった。
「お母さん、花好きだったけ?」
 
 花の横には写真立てがあった。
 
冗談だろ?
 と思い恐る恐る写真をみた。
 するとそこには俺の笑顔の写真が飾ってあった。

 
「二人とも冗談はやめてくれ!俺はここにいる!」
 大声で自分の存在をアピールするも声は届かない。

 
「慎介が亡くなって今日で1年が経とうとしてるな」
 
「あっちでも元気にやってるといいんだけどな、彼女だけは無事で慎介も安心してるのに違いない」
「違う!俺はここにいる」
 手を父さんの肩にかけようと伸ばす。
 そして手が父の肩に触れようとしたその時、するりと父さんと俺の体が重なった。

 そのままバランスを崩して床に転んだ。
 
「か、体がすり抜けた……。」
 複雑という一言で表せられないくらい、複雑な心になった。
 そうして、気づいてしまった。
 
「俺は幽霊……あの時に……」
 自分の状況が飲み込めなくて、ただ頭が真っ白になっていた。

「あの子は毎日、慎介のお墓参りに来てるみたいだね。今日もきっといるだろう、あの子は幸せ者だ。」

 あの子?彼女のこと?

 彼女は無事に生きている?
 体に怪我や後遺症などは残っていないといいのだが。
 
 すぐに彼女に会うために俺は玄関を飛び出した。

 
 久しく行ってない、お墓に向かった。
 走りすぎて肺が痛い、それでも俺は走った。
 墓目掛けて走り続けた。

 肌に冷たく当たる、夏の夜の風が冷たい。
 俺の墓に近づくと人影が見えた。
 俺はゆっくりと影に近づいた。

 それは間違いなく彼女だった。
 髪型が変わって長髪からボブに変わっていた。
 
 古着のおしゃれなパーカーにジーンズ姿でお墓の前に座っていた。

 彼女を見て言葉が出なかった。
  
「ごめんね、私のせいで……」
ぼそっと彼女が呟く。
 
 俺の中から波動のように感情が湧き上がった。
 
「違う俺はここにいる!俺は死んだけどここにいる!
 君の隣にいる!」
 右手のひらを伸ばして彼女の置いてある手に触れようとした。
 しかし体はすり抜けて、手と手は交わることなく重なり合った。
君の手と俺の手が重なり合っても体温を感じない不思議な感覚。
同時に彼女の体温を感じないことに深い絶望を味わう。
 俺にとっては最近まで感じる事が出来た君の体温がないことにとても寂しく感じ言葉が出なかった。
 
 目の前にいるのに、慰めてあげることもできない。
幽霊になってしまって、何もすることが出来ない自分が情けない。

 彼女の目は潤んでいた。
 
 その涙を拭いてあげることも出来ない、無力な幽霊。
 
「ごめん……俺があの時あんなこと言わなければ…………本当にごめんなさい……………」

 彼女はお墓にいることで、俺と一緒にいる事が出来てると思ってるに違いない。
 普通に考えたら、そんなわけない。
 だが今回に限っては正しい、俺は間違いなく今この場に君と二人でいる。

 
 その時、突然嫌な雰囲気を感じた。
 第六感というやつが警告を出していた。
海の方から気配を感じる。
 何か来るのか……?

 身構えようとしたその時、目にも止まらぬ速さで何かが俺の首元に掴みかかってきた。
強い息苦しさを感じ反射的に振り解こうとして、何なのか確認した。

 それは青白い手だった。
 恐ろしいほどの力で首元を引っ張られる。
 この方角は海の方。

 俺は引き戻されないために、即座に墓石を掴んで必死に堪えた。
「これは一体なんなんだ……俺を海の方に引き戻そうとしてるのか?
 俺はこの世界からすると異分子ってこと?
 あの世にまた戻されようとしている……」

 そこで閃いた。
 俺に触れるって事は、俺からも触れるってこと。
 「絶対に引き戻されてたまもんか……!」

 大きく口を開け、青白い腕に思いっきり噛みついた。
歯が折れるんじゃないかっていうぐらい強く。
「ぎぎぎぎぎぎ」
すると青白い手は徐々に力を失い、泡のようにボロボロと崩れ落ちて消えた。

 俺は突然の出来事に、腰が抜けて地面に尻餅をついてた。
 少し呼吸を整えた。
 
俺が捕まって揺れた墓石を見た彼女が、唖然と驚いていた。
「なに……今の……」
「慎介ここにいるの?」

 俺が返事をしようと何か合図を出そうと考えた時、今度は数えきれないくらいの手が再び海から伸びてきた。
 お盆の時間はもう、終わる。
 この手は俺を連れ戻そうとしてる。

やっと会えたのに、君には俺の存在は見えない分からない。
 話すことも触れる事も出来ない。
 最後に一言「ここにいる」ことを伝えたい、だがその間もなく無数の手に引きずられていった。
そして意識は暗闇の中にぷつりと溶けていった。
 ――――――――――――――――――――――
 
どす黒い暗闇の中、意識だけがあった。

どのぐらいだろうか……期間は全くわからないし検討もつかない。

 五感がなにも感じない思考だけの空間。
 すごく長い時間に感じた。

 ぐるぐると思考を巡らせた。
 もしまた、この世に戻って来れるなら。
 次に何をするか。
 もし戻って来れずにずっとこのままだったら……そんな事を考える時もあった。
 だが俺は信じ続けた。
もう一度この世に戻って来れると。
 ――――――――――――――――――――
 
暗闇がゆっくりと開けてきて、気がついたら海の浜辺にいた。
 また戻ってくる事が出来た。

 冷静に脳内シュミレーション通り知らない人に話しかけてみて、自分の存在を確認してみたが反応はなし。
 俺は幽霊に変わりないみたいだ。
 
 彼女に会うために俺はすぐに彼女の元へ向かった。

確固たる確信があった。
 今年も彼女も俺のお墓にいる。
 一目会いたい、一目だけ見たい、彼女を目に焼き付けたい。
 向かう足がどんどん加速していった。

 お墓についたが、誰もいない?
 綺麗に手入れはされていたが、そこには誰もいなかった。
 少しため息を吐き、肩を落として分かりやすく落ち込んだ。

時間がない……今日の終わりの時間には、おそらくあの手によって、あの世に引きずり戻されてしまう。

 ここで彼女を待っている時間はない。
 彼女の元へ向かおう。

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 彼女の家は夜だから当たり前だが、全部の部屋が電気がついていた。
 
 家の周りを不審者みたいに徘徊を始めた。
 とは言っても誰にも見えないから、通報される心配は無用なのだが……。

 すると複数人の男女の楽しそうな声がガヤガヤ聞こえた。
 ゆっくりと顔を窓の方に近づけて覗いてみると、誰もが見たら楽しそうと思える光景だった。

 俺が飲んだことない、新発売のストロングと書かれたお酒を楽しそうに和気藹々飲みながら談笑していた。
 お盆だから進学や就職などで地元を離れた同級生が帰省して集まっているみたいだ。

 懐かしい顔触れだなと思うと同時に、一年も経ったら俺のことなんか忘れてしまうのかな……。
 儚い感情がどっと押し寄せてきた。
 

 寂しさを埋めるために、家の壁に耳を当てて話をしばらく盗み聞きすることにした。
 幽霊なのだからそれくらいはいいだろう。
 
「大学の他のサークルの子が本当可愛いくてさ!どうやったら付き合えると思う?やっぱり俺もそのサークル入るしかない?笑」
「お前行動力やばくね〜……」
「行動力だけで生きてきたから!このままどんどんと進んでいくよ!俺は社長になる!」
「……………………」
 
 「事務やってるけどお局がまじうざい」
「……………………」
学校のことサークルのこと仕事のことプライベートのことと色々な話を聞いた。
 
 「不思議な話していい、墓石が揺れた」
 俺は心臓がドキッとした。
 その場が少し静かになった。
 
 「怖いこと言うのやめてよ、お盆だから元カレが帰ってきてるとか?」
「そんなことある?心霊番組の見過ぎだよ……」
俺の話題はすぐに終わって別の話題に切り替わった。
 
話題が切り替わって安心している自分と、残念に思っている心境があった。
 
 本来なら俺もあそこにいるはずだった。

 将来の夢なんて全然決まってないし、行きたい学校も全然決まってない。
 ただ頭はそれほど良くないけど大学へ進学したいと漠然と考えていた。
 
話を盗み聞きして俺も生きていたいという衝動が芽生えると同時に、それは絶対に叶わない現実ということを実感した。
 
 
 俺が幽霊の事実に変わりはない。
 俺はあの時死んだ。

 自分がこの世界にこれ以上介入してはいけない、異物のように感じた。

 楽しそうな様子をこれ以上見たくないと思い、その場を去った。

 
 その後に住宅街をあてもなく彷徨った。
あれから一年経った……彼女の心の中に俺はもういないのかもしれない……。
 突然無性により寂しくなった。

 バイト先のコンビニ、俺が通っていた学校、現在も親の住んでいる実家に行くことにした。
 
 ――――――――――――――――――――――
 俺は「終わり」の時間よりも早く海に向かい。
流木の上に座って海を眺めていた。

 俺がいなくなっても、残していった人に幸せになってほしいのは本心。

 ただ俺がいなくなった事は、まるで無かった事かのように日常は進んでいる事に、まるで自分は元々幽霊なんじゃないか?と考えるほど心を痛めた。
時間が解決してくれる事もあると聞いた事がある、時間は俺だけを置き去りにしてしまって、残していった人は前に進んでいく。
 死人に口無しではなく、死人はただ見ている事しか出来ない。

 
 早く消えてなくなりたい……。
 今回に限って、あの手は俺をなかなか連れ戻しにこない。

 
 早くあの手が来て、俺を暗闇に引き摺り込んで欲しい。
 お盆の夜の海の風は冷たく、俺の心をさらに暖くないようにしていく。

 そうしてやっと、俺は首元を掴まれて海に引き摺り込まれでいった。

 ――――――――――――――――――――――
 暗闇の中一人ぽつんと考える。
 もうこのまま意識がなくなって欲しい……。
 もうお盆の時間には帰りたくない。

 暗闇の中考えることを辞めた。
 ずっとただボーっとしていた。
 
 しかし現実は残酷だ。

 再び砂浜に戻ってきていた。
もし神様がいるなら、なんて残酷なことをするんだろうと思う。
 
 なるべく何も考えないように海を眺めていたら次第に雨が降ってきた。
 雨が心を洗い流すような事はなく、気分はどんどん落ち込んでいく。

突然人肌が無性に恋しくなる。 
誰かと喋りたい……。
 寂しい……寂しい…………寂しい………………。
 心が空っぽになりそうで胸が痛む。


「こんなところで一人何してるの?」
女性の声が聞こえた。
 幻聴か何かだろう、ついに頭までイカれてしまったみたいだ。
俺は下を向いたまま声を無視した。
 そしてそのまま眠りについてしまった。
――――――――――――――――――――

 
 目が覚めると隣に気配を感じ、ゆっくりと見た。
 すると女の子が体育座りをして目を瞑って寝ていた。

なこんな時期に海に一人で来るなんて物好きだ。

 女の子がゆっくりと起きて伸びをした。
 そうして「こっち」をみた。
 
俺はたまたま目が合ったように感じたが、そのまま目を逸らした。
「よく寝れた?」
 女の子は「こちら」に向かってそういった。

独り言??俺の事が見えるわけがない。
 俺は反応が少し遅れた。

「聞こえるなら返事してよ」
間違いない……「この女の子」は俺に話しかけている。

 視界に熱いものが流れて景色が歪んだ。
 空っぽで寂しくて壊れてしまいそうな心が少し満たされた。
 自分は一人じゃない、そう実感した。

 感情のドームの崩壊修理が終わってから俺は心を落ち着かせるために深呼吸をした。

 その間女の子はずっと俺の隣にいてくれた。

 昭和レトロな服装からして、一世代前の人物という事が分かった。

 女の子は俺の事を詳しくは聞かなかったし、俺からも女の子について聞かなかった。
 
 一人で泣いてるってことは、なんとなく察しがついてるみたい。
 
 二人でしばらく海を眺めていると、空が藍色に押しつぶされていった。
 このまま終わりの時間まで二人で海を眺めてるのも悪くないと思ってた時、女の子が少し待っててと言い席を外した。

 
 すぐに戻ってきて、手には花火セットを持ってきていた。
海のお地蔵さんのところに備えてあったもの。
 
「一緒に花火しよ」
すぐに了承した。
 
 花火なんて小学生ぶりだった。

 蝋燭を地面に立ててマッチで火をつけた。
 そうして一緒に花火を始める。
 花火の音だけが二人の空間に鳴り響く。

 花火は小さな生き物の短い命のように感じる。

 俺は今まであった事を女の子に少しだけ話した。
 話してる最中にも、目から熱いものが溢れ出てきた。

 話を全て話した後、女の子は最後に
「辛かったんだね……」
 そう、呟いた。

 そこから女の子の話を聞いた。

 私たちはお盆の時間にだけ帰って来れるということ。

 ただ徐々に記憶を失っていくということ。
 女の子にも昔は行ってみたい場所、逢いたい人がいたこた。
 俺を見てると何故か懐かしい気持ちになったこと。
 
 ただもう何も思い出せないこと……。

 
 女の子は悲しくて切ない顔で話した。

 「生きる」ってどういう事なんだろうね
心身共にこの世にある事が生きるって事なら私たちはこの世に生を受けていないのかも知れない

 ただこの時間だけ……この世に魂だけでも戻って来れるなら、私たちはまだ生きているって事なのかもしれない

 私たちは、徐々に記憶を失っていく。
 これは変えようのない事実。

 この世との記憶という思い出が残っているうちは、この状態でも逢いたい人に会うべきだとも思う。
 
 私はきっとそうしてきたんだと思う。

全部忘れて、何も思い出せない……。
 

女の子は言い終わった後、風が強く吹いて線香花火が地面に落ちた。
 蝋燭の日も消えてしまった。
 真っ暗になってしまって、その時の女の子の表情は見えなかった。

 俺の足は向かうべきところへ向かう。
 
女の子は海で待っているみたいだ。

 ――――――――――――――――――
 彼女の姿を見るのが怖い。
ただ、なんとなく見なきゃ行けない気がした。
前回同様部屋を覗いた。

 彼女は新しい彼氏と一緒にいた。
 とても幸せそうだった。

 言葉が出ない。
悲しい気持ちもある……。
 ただ俺は彼女に幸せになって欲しかった。
幸せになって欲しい……。
 

―――――――――――――――――――――――
海に戻った。
 女の子はさっき会った時と違い、体が徐々に透明になっていた。
 
 
「これで私はさよならみたい」
「……………………」

 
「また会えるといいね……」

女の子は微笑みながらそう言った。
 
 そうして女の子は空の星になった。
 
 
―――――――――――――――――――――――
 
俺は幽霊……。
 最後の瞬間まで彼女の幸せを見届けたい……。

そうして、あの手に引き摺り込まれた。
 暗闇の中、1年間で彼女の事が気になる。
 残していった人には幸せになってほしい。
 暗闇が開けるのが待ち遠しい。
 ――――――――――――――――――
 暗闇が開けた後、すぐに彼女の元を訪れた。
 
今回の彼女は見ていると、どうやら薬指に指輪をはめていた。
 とても幸せそうな顔をしていて俺も幸せだった。

――――――――――――――――――――
 
 今度はお腹が大きくなっていた……。
 次逢う時は子供が産まれているだろう。
 次は花を用意していこう……。
 
 記憶はどんどん断片的になって欠けたパズルのようになっていく。

 ――――――――――――――――――――
 今回が自分でいられる最期の時間という事がなんとなく分かる。

 この、美しい花束を君へ……。

 俺は実家からお金を借りて、花屋さんで美しい花を買った。

 そうして彼女の元へ向かった。



 
 「これって何のためにの花?」
 ああ、そうだ、彼女に贈る花だ……。
絶対に忘れたくない記憶と思い出。
 
 「彼女の名前は…………。」
 
 思い出す事ができない。

 
俺は彼女の元へ急いだ。
 


――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
 不思議な出来事があった。

 病院から家に帰る途中で道路に綺麗な花束か落ちていた。
 この時期には珍しい花。
 お墓に持っていくわけでもなさそう。

 花は水分を失っていて枯れかけていた。
 
私は持ち主を探す為に、周りを見渡した。
 誰かの落とし物かもしれない……。
 
 近くのお店の人に聞いてみたが、数日前から落ちてるものらしい。
 誰かが大切な人に届けようとした花。

 私はその花を持って帰り、家の花瓶に水を入れて大切に飾った。
 そしてなんだか懐かしい、あの人を思い出した。


 ――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――――――――


 
 空は青くて綺麗、砂浜の感触を足の裏で味わう、波の音を聞いて一人海を眺めていた。

 ただ当てもなく海を眺める。
 なにか大切な事があったような気がする……。
 
 いくら考えても思い出せない……。
 大切な記憶は全部、海に溺れるように忘れていったみたいだ。

 
 この時期にしては珍しく車が海へ近づいてくる音がした。
 車を駐車場に停めて一組の家族がやってきた。
 
 彼女たちは毎年見かけている気がするような……しないような。
 子供が何かを手に持っている。
 それは綺麗な花束だった。
 家族は浜辺にそっと花束を置いてその場を離れていった。

 
 「綺麗な花束……。」
 
 この人たちは誰なのかは知らない。
どこかで会ったことあるよな、無いような……。
しばらく記憶を遡ったが結局思い出す事が出来なかった。

 ただ花束を見ていると何故か、心に小さな太陽を灯されたように、ほっこりと温かな気持ちになった。


 
 
 
 

あの世とこの世

あの世とこの世

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-25

Copyrighted
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