異世界魔法少女おじさんLV8931

〈俺〉こと夏瀬みつばは、14歳の時に魔法少女の契約を果たし、神話生物との熾烈な戦いに身を投じた。

 魔法少女になって23年、約4半世紀が経過。

 俺は上級魔法少女〈アークウィザード〉となり358人の魔法少女連隊を設立。魔法少女上級幹部となる。
 しかし本体の俺は魔法少女以外の仕事を持たないアルティメット・ニートのまま37歳になっていた。

 やがて俺達魔法少女連隊は、闘いの果てに、地球に蔓延る【神話生物群】を駆逐寸前まで追い詰める。
 自衛隊と魔法少女の連携により、神話生物〈始原の存在〉・次元究極神【ニンギルス・クル・ラムエル】を富士山麓に追い詰めていた。

 23年もの歳月を魔法少女にささげてきた。

 ニートになってまで、魔法少女の責務を果たした。
 魔法少女時の見た目は14歳の少女だが、俺の本体はおじさんだ。

 人生を捧げて、魔法少女になってしまった。

 俺は最後の神話生物を倒したら、普通の人生に戻りたいと思う。
 嫁をゲットして、家庭を築くのだ。

 想いを伝える相手はひとりだ。

 闘いが終わったら、相棒の上級魔法少女――【氷結の剣士】――〈冬芽叶歌〉に想いを伝えるのだ。

――「君に好きだと伝えたい……っ!」――

 最後の闘いで俺は神話生物を駆逐するべく、究極次元減殺魔法〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉を発動!

 しかし圧倒的な威力の次元減殺魔法によって、異世界へのゲートが開放、5人の魔法少女幹部が異世界へ飛ばされてしまう。

 転生先で俺が出会ったのはレベル1の最弱勇者少女だった。

 圧倒的な力を持つレベル8931の魔法少女14歳(実年齢37歳♂)と、要介護・勇者♀の異世界道中が始まる。

プロローグ 富士山麓にて【魔法少女vs神話生物】

 富士山麓に顕現した神話生物・始原の存在〈クル・ラムエル〉は、全長10キロの肉塊にまで肥大していた。
 肥大した〈おぞましき者〉の肉塊は富士山麓の樹木、生物、土、地表までを食らいつくし、富士山ごと取り込もうとしていた。

 神話生物の始原の主が、火山から地殻へと侵入し地球の主導権を奪おうとしている。
 島国である日本は、神話生物にとって都合のいい繁殖の地だったのだ。
 全長10キロの神話生物に対するのは、358人の魔法少女連隊だった。

「目標、依然、肥大を続けています」

 斥候役の新人魔法少女が観測と報告通信で飛ばす。
 魔法少女連隊と共闘するのは5000名の自衛隊だった。

「魔法少女を守れ!」
「彼女たちの魔法が最後の希望だ」
「俺達は子群を駆逐するだけで良い。王の巣は魔法少女が破壊してくれる!」

 魔法少女と行政および自衛隊は、異邦の神話生物の駆逐のために連携をとっていた。

「おぞましき王の巣〈クル・ラムエル〉が子群の第三波を吐き出しました!」

 斥候の魔法少女が通信をいれる。

 クル・ラムエルからは神話生物の〈子群〉が吐き出される。この世に存在しない生物群。悪魔顔のデミ・ワイバーン。頭部がミミズで三頭獣。触手を振り乱し空を飛ぶ蛸……。〈向こう側の世界〉の生物の群れが、地上を食い尽くそうとしている。

「ここが俺達の正念場だ。魔法少女を守るぞ!」

 自衛隊は近代兵器で神話生物に応戦する。
 近代兵器程度では、神話生物の子群・変異獣でさえかすり傷を与える程度だ。
 それでも5000人の自衛隊と近代兵器は、戦車や戦闘機、対空兵器を駆使し、神話生物と拮抗する。

 戦力の要は、358人の魔法少女連隊だ。
 自衛隊の戦力と連携しつつ各々の魔法を唱えていく。

 中でも魔法少女の頂点に位置する、〈五人の元帥〉は以上な強さを見せていた。

「〈氷結の雪原〉。空間は凍り付き、切断される」

〈五人の元帥〉のひとり。〈氷刃〉の魔法少女〈冬目叶歌〉が、一振りで20体の子群を切断した。

「〈黄金の稲穂〉。重傷者は細胞から蘇生させます!」

〈白銀〉の魔法少女〈銀白檸檬〉が、錬金術の魔法で自衛隊と魔法少女の重症患者を蘇生する。一度の蘇生魔法で、15秒で30人が致命傷から復帰する。

「森の力を増幅。生命エネルギーを解放したよ!」

 新緑の魔法少女〈夢原シトギ〉が富士山の樹海から生命エネルギーを生み出した。こちらも回復だが、身体強化の効能もある。

「大地よりエネルギーを収束。経絡円環〈ステラ・サーキット〉を形成。みつばぁ。そろそろだ!」

 大地と空の魔法少女〈谷地るな子〉が、エネルギーをかき集め……。

〈赤光〉の魔法少女。上級魔法少女(アークウィザード)であり元帥(アドミラル)でもある俺こと夏瀬みつばに魔力供給を施してくれる。

「ああ。正念場だ」

 俺は魔弾杖〈ウィッチ・ギア〉を構え、128の魔方陣を上空に展開。
 ふおんふおんと、螺旋の魔力が上空めいっぱいに天空城のごとく広がる。
 そして叫ぶ。

「全軍に伝える! これより次元減殺魔法。【ゴッドイーター・ゼロヴォロス】を起動し、神話生物・始原〈クル・ラムエル〉を……。『この世界』より駆逐する!」

 10キロの神話生物の親玉から5000もの神話生物・子群が吐き出される。

 迎え撃つのは5000人の自衛隊と358人の魔法少女連隊。

 数で拮抗しているようにみえるがその戦力差は歴然。
 おまけに神話生物およびその子群である変異獣は一体一体が怪物であり、熊の10倍の戦闘力を持つ。

 戦闘開始から32時間が経過。
 自衛隊と近代兵器の前衛は、すでに消耗しきっている。

 新人~中堅クラスの魔法少女もまた、魔力を枯渇していた。

 ここからは大魔法の成功が、人類存亡の鍵となる。

 俺は魔術位階の最高位となる第七位階・次元減殺魔法〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉の詠唱を続ける。

「〈螺旋魔法陣〉第1ゲート、第2ゲートより開門。第64ゲートまで接続完了」

 仲間の魔法少女が集めてくれたエネルギーを全投入し、『すべてを消し去る』魔術詠唱を始める。

「次元連結プロセス・オールグリーン。座標指定。ブラックホール発生率を相殺。制御率63%……。69%まで充填完了……」

 次元減殺魔法ゴッドイーター・ゼロヴォロスは全長10キロの神話生物始原〈クル・ラムエル〉を駆逐する最終手段だった。

 次元連結によってワープゲートを発生。ゲートをくぐらせ【次元の網】を通過させることによって、全長10キロの巨大すぎる肉塊をバラバラに量子分解する。

 富士山一帯が消滅するリスクが伴う、究極の減殺魔法だった。

 成功確率は69%。31%の確率で俺達も同時に消滅する。
 3回に1回の確率で俺達も死ぬというのは、あまりに無謀な確率だが、神話生物を倒さねば、惑星ごと掌握され地球まるごとどのみち消滅する。

 ほうっておけば100%、神話生物に食われて地球が滅ぶのだ。

 31%の死など、俺達にとっては些事。
 69%の生存確率があるなら、十分高いといえる。

 ゆえに俺は全力全開。
 23年の魔法少女生活もあって、焦りや気負いもない。

 完璧に完全に、魔力を振り絞り完遂し、69%の成功率に委ねるのみ。

 国民も自衛隊も、全世界の人類もわかってくれている。
 生き延びる可能性にすべてを賭けるのだ。

「【ゴッドイーター・ゼロヴォロス】、起動!」

 そして俺は、次元減殺魔法を解き放った。

 空に、黒い穴が浮かぶ。穴の中心には虹色の球体。
 5次元空間へのアクセスによって、人間の感覚ではとらえられない【なにか】が、富士山上空に展開される。
 
 すべては神話生物を消すためだ。おぞましきこの世ならならざる者……。
 数百万の人間を食い殺し、地球の生命をも食い殺し、惑星を食い殺そうとしてきた絶対的強者にして絶対悪。

 お前達はみちずれにしてでも、消し去ってやるしかない。

「うおおおおぁあああぁああ!」

 128の魔方陣が空を覆う螺旋となって、光彩を放ち明滅。

 俺の脳裏が焼き切れる。
 魔弾杖と、構える肉体と、フリルスカートさえも俺自信の炎が燃えうつる。

 構わない。地球と大事な人を守るためだ。

「開っっっ門!」

 次元ゲートが開門。5次元空間へのアクセス!

 顕現した限定的ブラックホールが、大地ごと吸い上げる勢いで、神話生物を空に吸い込んで消していく。

 全長10キロの富士山を包んでいた始原の肉塊〈クル・ラムエル〉は、ゲートに吸い込まれ分解を始めていた。

 肉塊が分解され、元の富士山が顔を出す。
 俺達の国を象徴する山からおぞましき肉塊が離れ、やっと元通りになったのだ。

(やった。クルラムエルに直撃した。ゴッドイーター・ゼロヴォロスは……。成功した!)

 だが次元連結魔法は、その〈次元への吸い込み範囲〉において、魔法少女達をも指定していた。

『一定以上の魔力を持つものを別次元に飛ばす』という条件指定をしたためだった。

 ゴッドイーター・ゼロヴォロスは神話生物を飛ばすと同時に、魔法少女また巻き込まれてしまう諸刃の剣だったのだ。

 わかっていたことだ。
 強すぎる力にはリスクが伴うものだ。

 技を発した俺自身もまた次元に吸い込まれ、空に昇っていく。

(自衛隊と富士山が無事なら、それでいい。俺が死ぬのも……。始めから、決めていたことだ)

 新人や中堅魔法少女の声が、地表から俺の名を呼ぶ。

「みつばさん!」「先輩!」
「師匠ぉ!」「元帥様」

 魔力の発生を切れば、次元減殺魔法には吸い込まれない。
 よって中堅以下の若い魔法少女達は、吸い込みを免れて、地面に降りている。

(発動者である俺だけは、どうしても魔法を切るという条件はクリアできなかった。だがこれでいい。神話生物はこれで殺せる。この闘いが終わったら、思いを伝えるつもりだったが……)

 神話生物が吸い込まれた後、俺もまた次元減殺魔法のワープゲートに吸い込まれ、空に登っていく。

(これでいい。これで……)

 だが視界の端に
 目を開くと、仲間の魔法少女達もまた吸い込まれていた。

「お前ら……。どうして?!」

 俺は空に吸い込まれながら叫ぶ。
 応えたのは、俺の相棒。〈氷刃〉の魔法少女・冬芽叶歌だった。

「僕達元帥格は君と同じ。神話生物は絶対駆逐すると心に決めた仲間だ。だから最後の瞬間まで魔力供給は切らないと皆で決めていた」
「叶歌。お前……。皆は生きれるだろ? 死ぬのは俺だけで……」
「自己犠牲なんて、流行らない。それにまだ死ぬと決まったわけじゃないさ」

 叶歌に応じるように、〈宝玉〉の魔法少女で研究者・銀城檸檬も眼鏡を抑えながら解説する。

「データによると、次元連結で分解されるのは、一定以上の質量を持つもののみです。私達は小さいのでどうにか異世界転移してくれるはず。そう信じたい」

〈新緑〉の魔法少女、夢原シトギもうんうんと頷く。

「大丈夫、大丈夫~。次元減殺魔法で死ぬのは神話生物だけ! 私達はきっと次の世界に行ける。そんな気がする。森もそう言っている!」

 最後に応じたのは〈大地と空〉の魔法少女・谷地琉菜子(るなこ)だった。

「みつば。次の世界があるとすれば、頂点に君臨するのは俺だ。覚悟しろよ」

「お前ら……。馬鹿野郎お! ったく。次の世界で会おうな!」

 かくして俺達魔法少女は、ゲートに吸い込まれていった。まったく馬鹿な連中だ。

 もしも、次の世界があるなら、俺にはやりたいことがあった。

 23年も魔法少女の責務に追われていた。
 だから、人並みに恋なんかをしてみたかった。

(その相手は叶歌。君だけだ。願うなら、次の世界で冒険できるなら、一緒に居たい)

 俺の叫びは届かない。
 空に吸い込まれながら、叶歌に手を伸ばす。

 氷刃の青の魔法少女装束と、俺の赤光の魔法少女装束のフリルの袖の手元が、触れかける。
 手が届くことはなかった。

「元気で。みつば。しぶといってのは知ってるから」
「お前もな。叶歌! 死ぬなよ!」

 5人の魔法少女はゲートに吸い込まれ、点となって消えていった。

1‐1 魔改造はされていない。ヨシ!

第一章 異世界魔法少女おじさん


 草の感触。水のせせらぎの音。
 鳥と虫の声に、むせ返るような草の匂い。

 俺こと〈十三階梯・赤光の魔法少女・アーク・ウィザード〉夏瀬みつば(戦力値〈レベル〉8931)は、森の中で目覚めた。

「……ここは……?」

 川べりに寝そべっていたようだ。目覚めると、周囲が一面の森だとわかる。

「手足はある。頭もある。語感もオッケーだな。脳も大丈夫、か」

 どうやら気絶していたようだ。

 まず五体満足かを確認。
 次に肉体の変貌、精神の支配、脳への影響を確かめる。

 魔改造をされていないかの確認だった。
【魔改造をされていないかの確認】。これは魔法少女の基本である。

「脳は大丈夫なようだな。思考も問題ない。精神支配もなし。だが、念には念を入れておこう」

 俺は魔導杖(ウィッチ・ギア)を持ち、自らに向けて炎魔法を打ち込んだ!

「炎魔法・第二領域〈浄化の蒼炎〉」

 俺の全身を蒼い炎が包み込み、自分自身を焼き尽くす!

「ぐぬあぁぁぁぁぁっっ!!」

 燃えながら俺は思い出してくる。
 俺こと夏海みつばのふたつ名は、赤光(しゃっこう)の魔法少女だ。

 358人の魔法少女連隊を束ねる〈始まりの五人〉の上級魔導師〈アークウィザード〉であり元帥でもある。

「ぐっはあああああぁぁあ!」

 扱う属性は主に炎。
 中距離、遠距離を中心に、近接戦闘もこなせる最強格の〈魔弾使い〉だった。

「ああぁああああああぁぁ!!」

 何故俺は自分自身を焼いているのか?
 神話生物の放つ魔吸虫の寄生を恐れていたからだった。

「ふぅぅぅ……。よし」

 常に〈万が一〉までを考える。それが上級魔法少女〈アーク・ウィザード〉だ。

 魔法少女とは『そんなことないよね』が『ありえてしまう』のだ。
 今はなんともなくても、後で芽が生えてきたり、体の中で育ったり。魔改造されてたり。そりゃもうひどいことになる。

〈浄化の蒼炎〉で、自分を焼いたのは、そういうわけだった。

「ふぅぅ……。よーしっ!」

 魔法少女歴はもう23年。いやでも抜け目ない性格になる。
 やがて蒼い炎が止んだ。

「体内への寄生はない。問題なさそうだな」

 体から蒸気を吹き上げながら俺は『異常なし』と確認。
 長らく川辺で眠っていたようだが、肉体の異変もないようである。

「魔改造もされてない。ヨシ……。神話生物の気配もない」

 ひとまず一息ついた。

「さて。【状況】だ。俺達は富士山麓で神話生物と闘っていたはずだが……」

 身体は魔法少女のまま。
 変身が切れれば俺の本体である【37歳のおじさん】に戻ってしまうが、この体が魔法少女のままということは、魔力は十分残っているということである。

 俺の本体の名前は夏瀬光葉(こうよう)。
 だが人には明かさず、魔法少女のときは『夏瀬みつば』ということにしていた。

 自分の人称については、魔法少女の肉体になっても『私』とはならず『俺』のまま。
 これは自我を保つためなのだが、少女の姿で〈俺〉と言っても違和感はないらしく、他の魔法少女には受け入れられていた。

 むしろ「なんだか男らしい」ということで他の少女から頼りにされているくらいである。

「俺だけ富士山ではぐれたなら、速く皆に合流しないとな」

 歩いていると違和感に気づく。川のせせらぎに草の匂いはあれども、富士の樹海とは異なる風景だ。
 ここで俺は自分の勘違いに気づいた。最後の闘いが思いだされてくる。

「富士山じゃない。そうだ。俺達はゴッドイーター・ゼロヴォロスを起動して」

 俺達358人の魔法少女連隊は、神話生物の親玉、全長10キロメートルの次元究極神【ニンギルス・クル・ラムエル】との最終決戦を迎えた。
 魔法少女連隊と自衛隊と協力し、次元究極神を富士山麓で迎え撃ったのだ。

 俺の放った究極次元減殺魔法〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉を放ち……。
 成功、したはずだった。

「確かにゴッドイーター・ゼロヴォロスは成功した。だがニンギルス・クル・ラムエルを世界から放逐すると同時に、俺達もまた異次元に飛ばされた。思い出してきたぞ」

 つまりここは富士山麓でも、ましてや現世ですらない。

 俺は跳躍飛翔し、森の上空を見渡す。魔法少女は高度300メートルまでなら、普通に飛べる。

「やっぱり。見たことがない風景だ」

 富士の樹海ではなく、赤い森。
 富士山はない。夕方なためか、空の向こうには薄い月がふたつ浮かんでいた。

「異世界、か」

 仲間の魔法少女が『次の世界に行けるかも知れない』と言ったとおりだった。
 俺は魔法少女のままで、異世界に転送されていたのだ。 



 赤い森を歩く。何もわからないので村につくまで歩くしかない。

「ひとりは、ちょっと寂しいな。まずは叶歌に合流したい」

 俺が思いを馳せるのは相棒の魔法少女、冬芽叶歌だった。
 氷刃の二つ名を持つ上級魔法少女で、俺と同じく十三階梯魔法少女に到達した〈最強の前衛〉であり元帥だ。

 すべての魔法少女の守護者とも呼ばれている。
 ついでにいうならば、23年の片思いの相手でもあった。

「ピンチになると助けてくれるんだよな」

 俺は叶歌の勇姿を思い出す。
 氷竜翼の翼を背中に展開し、戦場を縦横無尽に飛び回る、碧のフリルスカート。

〈氷壁〉による物理防御。分子運動そのものを凍結させる〈攻撃の無効化〉。

 肩に担いだ〈氷凜刀〉は空気さえがあればどこでも生み出せる万能武器で、敵の全身を氷結させつつバラバラに切り刻む即死斬撃〈絶対零度の雫〉を放つ。

『僕がいないと、みつばは本当に駄目だな』

 といいつつ、自分の身を犠牲にして俺を守ってくれる。

「叶歌。叶歌がいないと俺は……」

 俺はさらに思いを馳せる。
 紺碧にゆらめくフリルスカートが、魔法詠唱中の俺の前に現れ、全長5メートルの神話生物眷属を華麗に両断する様子……。

『勘違いしないで。みつばっていう砲撃役がいないと、戦場がしまらないってだけなんだからさ』

 叶歌の軽口を聞きながら、神話生物の〈巨大母体〉に照準。
 俺の第六位階魔法上級炎魔法〈炎獄宮(えんごくきゅう)〉の光の柱が怪物の腹を打ち抜き、葬り去る。

 幾度となく繰り返してきた討伐戦闘で、ふたりの呼吸は阿吽となっている。

 俺と叶歌は〈赤光と氷刃〉からなる、最強のふたりだったのだ。

 叶歌がいなければ、いままで何回死んでいたことかわからない。
 ちなみに僕っこなのも、グッドポイントだ。

(君に好きだと、伝えたいのに。富士山から異世界だなんてな)

 死んでいないだけ儲けものというものだろう。
 生き残った途端、現世への欲望というか。人恋しさがでてくる。

 早く叶歌に会いたかった。
 こんなことになるなら、現実にいるときに想いを伝えていれば……。

(いや。しかし現実の俺はニートだった。闘いが終わって魔法少女の必要がなくなれば、俺という人間はただの……)

 そうなのである。
 俺こと夏瀬みつばの現実は、実際アルティメットニートだったのだ。

 魔法少女の出勤は神話生物が現れたときのみ。
 俺自身は上級魔法少女の中でも5人しか存在しない【元帥格】の魔法少女であり、実質的なトップなので自衛隊や政府との交渉もこなしてきた。

 だが実生活のうち8時間はネットゲームとカードゲームばかりしている究極ニートなのだ。
 神話生物がでたときだけ4時間ほど出勤して街を救い、後は家でごろごろとする。

 他の魔法少女は皆仕事を持っているというのに……。
 このことが引け目で、自分を知られたくなくて、想いを伝えられずにずるずる来てしまった。

 つまるところ俺は魔法少女をやめるや、37歳のおじさんニートが露出してしまうのだ。
 告白なんか、できるわけなかった。

(俺から魔法少女をとったら、まるっきりダメ人間なんだ。世界でも救わないと、告白なんか……)

 ネガティブになってきたので俺は考えるのをやめる。
 回想終了。終わり。今は異世界だ。

 どうにか現実に戻る。
 ふと30メートル背後に気配。

 がさり、と森の草をかき分けて何者かが現れる。
 緑色の巨体。豚の顔を持つ、巨大な亜人種。
 お約束のオークの群れだった。

『ぐるぅぅぅ……』

 斧を持っている。目は確実に俺を捕らえていた。捕食者の目である。

「そりゃそうだよな」

 俺もまた魔弾杖を構えた。異世界、初戦闘だ。
 見せてもらおうじゃないか。別の世界の難易度ってやつをな。 

1‐2 レベル8931

 無詠唱で牽制の炎魔法〈熱線(レーザー)〉を発動。
 接近していた一匹に熱が穿たれ、火柱となる。

「〈熱線〉で一撃って。弱すぎだろ」

 オークの背後からはさらなるオークがぞろぞろと連なっていた。
 オークは9体の群れでいる。

「野球でもすんのか?」

 冗談めいてから、さらに〈熱線〉を射出。
 オークの群れと遭遇した、2・33秒後だった。

 9体の群れは屍と灰になり果てた。

「殺意を向けられたから殺意で応えたが。少し、可愛そうだったかな……」


 すべてのオークは心臓付近に切れこみを入れられ絶命していた。
 俺は倒れ伏した9体のオークの死骸を冷たい目で見おろす。

〈赤光の魔法少女〉のふたつ名を持つ俺は、魔法少女連帯の〈始まりの五人〉に数えられる最高幹部〈アーク・ウィザード〉のひとりだ。
 23年もの間、神話生物と闘ってきた熟練者の中でも、最高格の魔法少女なのだ。

 異世界のオークだからと油断せずにかかったが、力の差は圧倒的だったようだ。やりすぎたかもしれない。

〈戦力感知(スケープ)〉で、オークのレベルの分析を行う。

「油断せず即殺してしまったが、分析をしてみるか」

 この〈スケープ〉は、神話生物とその子群の戦力感知のため【戦力をレベルとして認識できる】というものだ。

 戦力の数値化は、始め魔法少女になったときはなかったが、契約の白いケモノである〈シュテルン〉が気を利かせて作ってくれた。

『君たち人間は数字で示す方が物事をわかるらしいね』

 この魔力によるレベル情報の記述は、敵との戦力差を測る上で重要な指針になった。
 圧倒的格上を相手に『逃げる』選択が生まれたのだ。これにより、魔法少女の消耗率は限りなくゼロになった。

 もっとも俺は23年の内、22年くらいは『逃げる側』ではなく『助ける側』だったのだが。

 異世界でも〈スケープ〉は応用できるようだ。
 俺は網膜に魔力を充填。オークの情報を視界に映しだす。

「オークのレベルは30か。新任一ヶ月目の魔法少女ってところか。神話生物の平均は900だから、この世界のモンスターは俺達にとっては雑魚のようだな」

 俺は自身にも〈スケープ〉を起動。
 異世界転移で情報が歪むのを考慮して自身の確認(チェック)
 自分のレベルとウェポンスキルを表示する。

【夏瀬みつば】
・アークウィザード【LV8931】

【ウェポンスキル】

第一位階
:〈火弾〉炎の玉を出す。

第二位階
:〈浄化の炎〉状態異常、毒、寄生を炎で消し去る。

第三位階
:〈魔熱線(マジックレーザー)〉レーザーを射出する。貫通能力は甚大。
:〈業火柱(ごうかちゅう)〉大地を貫く地獄の火山。攻撃力は莫大。

第四位階
:〈輝炎球(きえんきゅう)〉爆発と縮退の火炎。無効結界さえも貫通する。
:〈炎変化(えんへんげ)〉炎で分子を変化させ様々なものを生み出せる。=擬似的に魔術を生み出せる。

第五位階
:〈炎獄宮(えんごくきゅう)〉地獄を顕現させる高位魔法。〈炎獄宮・瞬〉、〈炎獄宮・極光〉、〈炎獄宮・散香〉などバリエーションがあり、下位~中位の魔法効果を複合できる。空間そのものを炎で掌握することで、地形さえ書き換える。

第六位階
:〈不死鳥の涙(フェニックス・ティアラ)〉陽光生命の涙を生み出し、幹細胞から復元。半死からの限定的な復活を行う。

第七位階
:■■■■■■■■(限定封印)
:■■■■■■■■(限定封印)


「ん?」

 パラメーターに異常がみられた。

「技が足りない。〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉と、〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉が消えている?」

 自分のスキル欄のうち、最上位魔法のふたつが消えていることに気づく。■■■■■■■■(限定封印)の箇所だ。
 この部分には〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉と、〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉があったはず……。

「【限定封印】とはどういうことだ。解放に条件がある? ふーむ。この異世界のマナに適応するとかかな」

 腕を組み、唸る。

「……考えても仕方がない。今は仲間をみつけることが先だ」

 俺は第三位階魔法〈業火柱(ごうかちゅう)〉を地面に向けて発動。
 ごうぅぅと地獄の炎が柱となって、地面から吹き上がる。

 大地にはぽっかりと、穴が開く。
 オークの死骸を埋めるためだった。

 俺は丁寧な手つきで死骸を担ぐ。魔法少女の豪腕があれば、体重1トンまでは余裕で担げる。

「命の取り合いだから、お前らを顧みることはない。だが自然の理って奴には、敬意を払うものだ」

 俺は魔導杖〈ウィッチギア〉の先端をスコップ状に変化。ウィッチギアは魔力である程度、形を変えることができる。
 魔法少女の怪力でスコップを振るい、オークを土に埋葬してやる。

(パワーなどの戦闘力は健在だな。デバフは第七位階魔法だけのようだな)

 オークを埋葬しながら考える。
 限定封印されたスキルは〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉と、〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉だけで、パワーやスピードは以前の世界のままのようだ。

 基本体術が衰えていないならやっていけるだろう。
 オークを土に埋め、樹木をレーザーで焼いて墓標にした。

「南無」

 手を合わせた後、俺は歩き出す。

「無闇な殺生は好きじゃないから。寄ってくるモンスターは殺気で散らしていくか」

 全身にマナを纏うと波動が放出され、殺気となった。周囲の鳥が森の木々から飛び立っていく。
 これで大抵のモンスターや動物は俺を避けてくれるだろう。

「仲間捜し、開始だな」

 散らばった魔法少女の仲間を探すべく、俺は歩き出す。

1‐3 少女アル(1)

 森を川沿いに進み、川の中流に出た頃だった。

「ひぐっ、ふげえぇぇぇぇぇえええ!!!」

 俺は嘔吐していた。
 どうしてこんなことになったのか? 
 モンスター避けは使っていたのだが……。 自分から飲んだ水の中に、水棲モンスターが入っていたらしい。

(ふぐぇえ……。飲んだ水の中に、何かがいた?)

 嘔吐物をみると、透明なゲル状の何かがいた。ゲル状の生き物は、ぬるぬると蠢いている。

(ゲル状というか、まあゲルだ)

 ゲルは蛇のような形状となり、俺の口にしゅるりと入り込んだ。

「おえええ! むご、ぐうぅぅ??」

 ゲルは容赦なく体内に侵入してくる!
「く……。〈浄化の炎〉を……」

 俺は〈浄化の炎〉を発動。自らを蒼い炎で燃やすことで、ゲルもろともを消し去ろうとするが……。

(浄化の炎が効かない?)

 どうやらこのゲル、炎に耐性があるようだ。 俺は絶望する。

(まずい。このままじゃ魔法少女ってレベルじゃなく凄惨な死を迎え……)

 数多の神話生物を葬ってきた俺の命は、まさかのゲルによって断たれようとしていた。

「むぐぅ、ひっっぐうううううぅう!」

 ゲルに浸食された俺は覚悟を決める。

(こうなれば……)

〈浄化の炎〉ではなく、炎獄魔法で自分もろとも焼き尽くし、細かく全身に回ったゲル粒子さえも、燃やしてしまうのである。

 その場合は〈浄化の炎〉のレベルを超えて、俺自身も燃えてしまうが。

「背に腹は代えられない。痛いのは嫌だが。げごぉ……。幸いにも俺は炎では死ぬことはな、ふぐ……。浄化じゃない。俺自身の細胞事燃やし尽くす!」

 炎獄魔法でとにかく、自分もろともゲルを燃やす。
 大丈夫だ。魔法少女時代はもっとひどいことがあったのだ。

(よし。やる)

 覚悟完了。
 火力を強め、炎獄魔法を放とうとした、そのときだった。
 誰かに肩を掴まれる。

(はぇ?)

 眼前には少女の姿があった。
 ウェーブのかかった蒼色のショートヘアに、翡翠の瞳……。
 可愛い。

(いや、そうじゃない)

「君……。危ない。離れて! うぷぅ……」
 少女は俺を励ますように語る。

「〈ゲルゼリー〉は炎じゃ厳しいです」
「違う。俺は最大出力で燃やそうと……離れて!」
「自分を燃やす必要はないです。私に、任せてください」

 蒼い髪の少女は、俺の頬に手を添えた。
 小さな、柔らかい手だ。
 目線が合う。少女のまつげの陰影や、赤みかかった鼻先が間近でみえる。

(瞳、翠……。エメラルドみたい)

 少女の顔がすぅっと近づき。

 俺の唇に吸い込まれる!

「んむぅ?!」

 キス。

(キスなのか? 初めての?)

 ちょっと違う。少女は歯を立てている。
 少女の唇が離れると、小さな歯がゲルゼリーを噛んでいた。

 ゲルゼリーは『ぴぴぴぴ』と泣き声をあげ、俺の口からでていく。
 どうやら少女は凝固の魔法を掛けているとわかる。

(そうか。ゲルを固めれば、噛みやすくなる。俺の口元のゲルを固めて、それを取り出してくれているんだ)

 俺の身体からずるずるとゲルゼリーがでてくる。

「んむぅ!」

 やがて少女は噛んだゲルゼリーを放り投げる。

『ぴぎ』

 最終的に蛇ほどのゲルゼリーを歯で取り出し、

「ぺっ」

 吐き出した後、容赦なく足でゲルゼリーを踏み潰した。
 俺の身体も楽になっていく。

「もう、大丈夫ですよ。ゲルゼリーは炎で変性をするから、凝固の魔法で固めると取り出しやすいんです」
「あ、ありがと。ふーう……」

 俺は深く息を吸う。
 もう息苦しさは消えていた。

「旅の方ですか?」
「まあ、そんなところだ」

「やっぱり! この辺だと〈凝固〉の魔法を使えないとゲルの浸食で死んじゃいますから」
「あっはは……」

 命が軽い世界だった。オークを吹き飛ばしたといえど、侮ってはいけない。
 戦闘は無敵でも生活面の方向(毒きのこを食べるなど)から、やられる可能性もある。

 蒼炎の髪の少女は、口をあけてみせる。

「魔法は使えますよね。ゲルを〈凝固〉させるときは口の中で〈氷結〉もかけておくんです。凍らせればゲルの動きも鈍りますから。ほら」
 
 少女は口の中を見せてくれる。彼女の口の中は凍っていた。
 氷結の魔法で凍らせることでゲル侵入の対策をしていたのだ。

「ちょっと凍って、唇が痛いですけどね」

 少女は涙目になっていた。

「助けてくれてありがとう。痛そうだから治癒しても?」
「どうぞ」

 俺は熱を放出し、ゆっくりと彼女の凍った口元を溶かしていく。

「なんて丁寧な、熱魔法……。全然痛くない」
「助けて貰ったお礼だ。俺は夏瀬光葉(なつせ みつば)という。ミツバって呼んでくれ」

「ナツセ・ミツバ? 不思議な名前です。私は〈アルトニュクス・エルマ〉です。エルマ村のアルって呼んでください」

 名前を不思議がられるのは、異世界らしい展開で新鮮だ。

(他の飛ばされた魔法少女も、同じ展開を繰り広げているのかな)

 自己紹介を済ませたところで、俺は提案する。

「良かったら、村まで案内してくれるか? 何かしらは出来ると思うからさ」
「村は、すぐそこです。案内するのはやぶさかじゃないんですけど……」

 少女アルはどこかもじもじしていた。

「どうした?」
「私で、良かったんですか?」

1‐4 少女アル(2)

「良かったも何も。命の恩人だろ?」
「いえ。その……。キスのことです」

 俺に寄生したゲルをとってもらう過程で確かに口づけは発生していた。
 俺はあえて話さずにいたが、アルは気になるようだった。

(不可抗力だが……。うーん。とてもとても申し訳ない……!)

 もたげたのは罪悪感だ。
 確かに俺は見た目だけなら、14歳の魔法少女だが、精神年齢はもう37歳なのだ。

 外見的には、少女同士のキスだが……。
 本質的には犯罪的なのは俺の方だ。

 俺は空を仰ぎ、苦い顔をする。

(まあ姿は魔法少女なんだし、ギリギリか……)

 俺は精一杯の笑顔で、アルに提案した。

「今日のことは、お互い胸に秘めておこう。ふたりだけの秘密だ」
「は、はい! 秘密ですね。異邦人との秘密ってなんだかわくわくしますね!」

 アルはどこか嬉しそうだ。

「異邦人だからじゃない」
「え?」

「君だからだ」
「えええ?!」

 俺はアルの顎をくいと持ち上げる。
 魔法少女時の俺の外見は、身長159センチ。頬は丸めで、若干頼りなさそうな外見ではある。

 赤の魔法少女はドジっこタイプが多い。
 俺もまた14歳時点ではドジっ子タイプだったが、過酷な戦場が俺を進化させた。

 今の俺は赤の魔法少女ではあるが、23年の歳月が、俺を統率者に押し上げてくれた。
 下級魔法少女を激励するときのように、アルにもまた覇気をぶつける。

「もういちどいう。俺を助けてくれたのは君だ。異邦人とか関係ない。俺と君の間のことだ」
「は、はい。わかりました。えへへ。ふたりだけの、秘密……」

 アルは顔を真っ赤にしていた。

 ふたりだけの秘密。
 思わずでてきた言葉だが、魔法少女の姿でなければアウトだろう。

(魔法少女の姿で本当によかった)

 だが浮かれてはいられない。
 散らばった魔法少女を集め、組織し、元の世界に戻る方法を探し出す必要がある。

「村は、こっちです。行きましょう。……その服、おしゃれですね!」

 少女アルは、俺の魔法少女礼装をみて目を輝かせる。

「この魔法少女装束は隊服としてもみえるようにデザインし直したからな」

 魔法少女の隊服は、深紅のスカートではあったが、既存のフリルスカートとは異なり、どこかゴシックかつ制服のニュアンスも宿している。
 魔法少女連隊なのだから、可愛いだけじゃなく軍人的なニュアンスを施したのだ。

(この隊服も叶歌と一緒に考えたんだよな。あいつ大丈夫かな)

 氷刃の魔法少女、冬芽叶歌を思い出す。
 背中合わせに闘った最高の相棒は、この異世界ではどうしているのだろう。
 ふと俺はあることに気づく。

(あれ? いまの俺は魔法少女の姿だが。魔力が切れたら元の姿に戻ってしまう。そうなれば終わり《デッドエンド》じゃね)

 魔法少女は魔力切れをすると、元の姿に戻ってしまう。
 現世では、自分の家に帰ってから魔法少女と解いていたので、23年もの間身バレすることはなかった。

 だが異世界では帰る家がなく、常にサバイバルである。
 つまり本体バレのリスクが高い。

(まずいな。これは……)

 ゲルの危機が去ったと想ったら、また一難だった。
 俺の本体のおじさんバレの危険性が大だった。


 少女アルと街道を歩きながら俺は、現状について整理する。

(まずは本体バレを防ぐことが重要だ)

 魔法少女の姿は魔力切れを起こすと変身が解け、必然本体が現れる。

 魔法少女になりたてのとき、俺は十四歳の少年だったのでまだ誤魔化せた。
 中性的な顔立ちだったというのもあり、魔法少女任期一年目のときは、普段着をガーリッシュにすることで誤魔化せていた。

 だがいまの俺は魔法少女歴23年のベテラン、即ち中身はおじさんである。
 魔力が解けたとき現れるのは、無精髭のある痩せこけた死んだ目のアルティメットニートの男だ。

 おじさんバレをすれば、アルはおじさんとキスをしたことになってしまう。

(いや、今の肉体がぴちぴちの17歳相当だったとしても……)

 おじさんバレ=魔力切れは避けなければならない。
 もうすでに、アウトオブアウトかもしれないが……。

 実際キスをした絵面は少女と少女だ。
 俺は本質的なことを割と考えるタイプだが、この場合は、俺の本体がおじさんであることは脇に置くべきだろう。

 俺は罪悪感を誤魔化し、自己暗示を始める。

(今の俺は17歳の魔法少女だ!)

 アルとキスをしたのも魔法少女だ!
 そういうことにするのだ!

 そうでなければ俺を助けてくれたアルを悲しませてしまうだろう。
 とにかくアルを悲しませたくない。それだけが俺の思いだった。

(魔力を切らしたら死だ。しかし……)

 懸念はさらにある。

(もし魔法少女の姿を続けた場合、俺は自分の本体を忘れて、自我が融解するリスクもある)

 異世界の村でしばらくやっかいになるが、どこかで変身を解いて魔力を休ませなければならない。
 俺は気を強く持ちつつ、プランを練る。

 そのとき俺のマナが通信反応を感知した。

『やぁ。みつば。健在のようだね』
『その声。【シュテルン】か?』

 白い契約の獣。
 俺達を魔法少女にした根源、外宇宙より飛来し魔力の妖精〈シュテルン〉の声だった。

1‐5 契約の獣と他の魔法少女の動向

 俺はアルと話しつつ、契約の獣〈シュテルン〉とも通信を続ける。

「ミツバさん。好きな食べ物教えてください。。村に帰ったらつくってあげます。ミカニカってとこで農地くらいしかないんですけど」
「農地があれば十分だ。食べたいものなら、肉かな。肉ならなんでも」

「お肉、いいですねえ」
「梅干しを添えるとマジでうまい」

「ウメボシ?」
「俺の故郷のアルティメットフードだ」
「なるほどぉ!」

 アルとはこのような会話しながら、脳内では同時並行で、契約の獣シュテルンの通信を受けている。

『さて。みつば。君はおじさんバレを恐れているようだね。懸念は何の問題もないよ』
『お前が問題ないといって、問題がなかった試しがないんだが?』

『結論から言おう。君は今、魔法少女から戻れない状態にある』
『戻れないだと?』

『異世界に来たことで肉体と精神の設定、つまり〈陰陽〉が〈逆転〉したみたいなんだ。いままではおじさんがデフォルトで魔法少女が変身状態だったけど、いまは逆ということだね』
『つまり魔法少女がデフォルトの肉体で……。俺の身体は次元の裏にでも隠されているというあたりか』

『ご名答。おじさんの肉体は次元の裏に収納されている』
『わざとおじさんを強調すんなよ』

『くるっぴゅぴゅぅ!』
『動物ぶって誤魔化すな!』

 だがシュテルンの言う〈陰陽の逆転〉は、俺のおじさんバレの不安を解決してくれるように思えた。
 少しだけ安堵する

『まあいい。基本形態が魔法少女なら、むしろ俺にとっては都合がいい』
『すべてがそうというわけにはいかないよ。力がセーブされていただろう?』
『究極魔法二つが封印されていた』

 俺の第七領域魔法である〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉と〈ゴッドイーター・ゼロヴォロス〉は【限定封印】されている。
 この【限定封印】も、魔法少女の姿から戻れないことと、関わりがあるのだろうか。

『世界と世界が移り変わったことで、君の肉体の陰と陽も逆転したんだ』

 陰と陽の逆転……。
 それはイコール精神と肉体の逆転であり、魔法少女とおじさんの逆転だ。
 色々と謎はあったが、シュテルンの通信でおおむね理解できた。
 少女アルの前で魔力切れを起こし、突如おじさんに変貌。変態扱いされる事態にはならないようだ。

『陰陽の逆転で、魔法少女が俺の本体になったのはわかった。だが副作用として究極魔法の〈限定封印〉が施されたんだろ』
『さすがはアークウィザード。察しがいいね』

『【限定封印】を解くにはどうすればいい?』
『簡単だよ。魔力解放をすればいい。そのかわり真の魔力を解放すれば……』

『解放すれば?』
『もうわかってるだろ。次元の裏に隠された君の真の姿である〈おじさん〉も同時に解放される』

 見事なトレードオフだった。

『……解放しないでも大丈夫なように、どうにかやりくりするさ』
『君らしいね。おっと、そろそろマナが切れてきた。魔法少女幹部の5人の動向だけ、伝えるよ』
『頼む』

『【深緑(イェルド)】の魔法少女・夢原(ゆめはら)シトギは〈森の王・モルモルン〉と行動を共にしている。【白金(プラチナ)】の銀城檸檬(ぎんじょうれもん)は、大賢者ティセスアックアと接触。〈霧の谷の迷い家〉に幽閉されているようだね』

『他のふたりは?』

『【地母神(アース)谷地琉菜子(やち るなこ)は魔王ベルゼブ・ゼルギウスと接触。〈氷剣〉の冬芽叶歌は首都・セントレイアの闘技場に迷い込んだようだ』
『皆、やけに早く進んでいるんだな』

『ゴッドイーター・ゼロヴォロスを発動した君が一番消耗して眠っていた。君が寝ている間に、皆は活動を開始していたというわけさ』

『情報、感謝する』
『シュテルンとして当然の責務だよ』

 魔法少女だけあり、異世界では目立つのか。皆、中々の大物と行動を共にしていた。

(森の王モルモルンに、大賢者ティセスアックア。そして魔王ベルゼブ・ゼルギウスか。魔法少女が闘う展開にはならなければいいがな)

 叶歌が闘技場にいるというが、心配はない。彼女は近接戦最強の魔法少女だ。首都セントレイアにいる情報だけでも、シュテルンは良い仕事をしたといえる。

『通信限界だ。検討を祈るよ』
『ああ。他の魔法少女にも宜しく』
『君もね』

 シュテルンとの通信を切る。
 隣では少女アルが不安げに俺をみていた。
 翡翠色のショートヘアの、蒼の瞳がのぞき込んでくる。

「うわああ!」

 顔が近かったので、俺はついのけぞった。

「す、すみません! なんか黙っちゃってたので。具合、悪いんですか?」
「いや。考え事だ」

「すごい集中力でした。やっぱり旅の人ですから、考え事もすごいんですね!」
「あっはは……」

 アルは村の少女だからなのか、外の世界の人間に興味津々のようだ。

「ミツバさんの国はどんな場所だったんですか?」
「……悪いモンスターに滅ぼされ掛けていてね。俺はそれを守っていたんだ」

「私と同じくらいの年なのに……。すごいです!」
「たいしたことはないさ」

 謙遜するが、現世は神話生物の侵攻によって、魔法少女がいなければ世界壊滅もありえた。モンスターだの害獣だのというレベルではない。
 実際、魔法少女は自衛隊との連携もしていたし、俺自身、各国首脳と対談を交わしたこともある。

 世界政府軍でさえ神話生物には蹂躙されるのだ。
 358人の魔法少女を主戦力とする神話生物と人類との生存競争は、まさしく〈聖戦〉だった。

(各国首脳や軍指揮官との連携もしょっちゅうだったが。面倒事とは避けたい。【モンスターと闘っていた】程度でお茶を濁しておくか)

「モンスター討伐くらいなら呼んでくれ」
「なんでもいいです。お宿、貸しますよ! 旅のお話を聞かせてくださいね!」
「ありがとう。助かるよ」

 純朴な村娘を騙しているような気がしないでもない。せめて家事労働くらいは手伝うことにしよう。

「つきました。私の村です」

 街道を歩き丘の上にでると、家並みやら牧場、畑やらが見渡せた。
 牛や馬が歩き、藁が摘まれている。

 煉瓦造りの家からは煙があがり、道の横には花畑などもある。
 初めての村に到着したのだった。

1‐6 魔法少女が人生だった

 14歳の夏、俺はシュテルンと契約して魔法少女となり、夏瀬光葉(こうよう)少年は夏瀬みつばとなった。
 現世で魔法少女形態になるのは神話生物との闘いの時だけだったが、日常の中でも変身は可能だった。

 俺という自己意識には、少年であるところの俺と、女の子の肉体という概念が共存するようになった。
 14歳の夏瀬光葉はふくらはぎがムキムキになっていくことに喜びを覚えていた普通の少年だった。

 そんな光葉少年こと俺だが、魔法少女となったことで、普通に生きていくだけでは得られない【魔法少女と俺の両立】という感覚に見舞われることになった。

『女の子になる』、というのはすさまじい衝撃だった。

「可愛いぜ、俺」

 鏡をみて、魔法少女体の可愛さに驚いた。

「もしやこれはおっぱ、もしかして俺に、おっぱいが……?!」

 健全な欲望も当然あった。だが始めの二週間はうまく自分を直視できなかった。
 これは光葉少年のまっとうさといえるだろう。

 魔法少女といえども自分の身体というものはやっかいなものだ。
 やがてはおそるおそる肉体の神秘を知ることになるが、数年の時間を要することになる。 14歳の俺に『エッチを満喫してやるぜ!』という気持ちは当然あった。

 しかしそれ以上に大きかったのは、困惑、だった。

「エッチだが……。なんだ、このもやもやは……」

 自分の肉体が変わることへの不安の方が強かった。14歳にしてカフカの変身なんかを読んで悶々としたものだ。

 だがくじけてはいけない。
 魔法少女の使命は、神話生物の討伐なのだ。

 本体である俺と、魔法少女の肉体の感覚に引き裂かれながらも、俺は闘いに身を投じた。
 魔法少女になって7年目のこと。俺は魔法少女の肉体の成長に気づき始める。

(大きくなってきた、だと?)

 魔法少女とはいえ成長しないわけではないらしい。魔力を宿しているため、成長速度は7分の1倍速だという。
 23年の月日によって本体の俺は14歳から37歳になった。

 そして魔法少女の肉体年齢は14歳から17歳になった。

 23年の月日で魔法少女年齢17歳となった俺は、上級魔法少女であり元帥であり割とナイスなバディに成長している。

 俺は自分に興奮しつつも、どこか冷めた目でもみていた。

【カップ数】と聞くと、男はとても幸せな気持ちになれるが、魔法少女の俺はトップとアンダーの差や、衣服の付け心地を冷静に分析してもいる。

 俺でもあり、魔法少女でもある奇妙な存在がそこにいる。

 女性の気持ちがわかるようになったのだが、それが俺自身となると複雑さも一押しだった。



 俺達にとっての魔法少女は、人生そのものでもあった。
 魔法少女としての闘いの日々でも【生活】がある。

 大地の魔法少女・谷地琉菜子は『闘いに報酬がないのはダメだ』とし、魔法少女を傭兵として派遣する会社、〈株式会社・討伐〉を設立した。

 氷刃の魔法少女・冬芽叶歌は役所に務め、魔法少女を公的に保護した。

 そして俺こと夏瀬みつばは、魔法少女に特化したアルティメットニートだった。

 もちろん仲間うちでニートだと公言はしていないし、最年長の一期生かつ上級魔法少女、つまり幹部として振る舞ってもいる。

〈赤光の魔法少女〉のふたつ名は伊達ではなく、火力魔法に関してのみ、俺の右に出る者がいなかった。
 例えばゲームを極めるように、あるいは部活にのめり込んでしまうように、俺は魔法少女という概念に没頭していたといえる。

 だが現実はおろそかだった。
 魔法少女として闘いに出るだけで精一杯で、まともな就職なんかできなかったのだ。

 こうして23年の月日が経ち、現在の俺の本体は37歳のアルティメットニートのまま。

『魔法少女の責務を終えたら、普通の人生を送りたい』

 多くの仲間の想いだし、俺も同意だ。
 しかし冷静に考えて、俺から魔法少女をとったら何が残るというのだろう?

 37歳のアルティメットニートが、全裸で社会に放り出されるのだ。
 監獄から出た囚人が現世に適応できないようなものだ。

 いまさら、魔法少女以外の仕事を探すのは、無理なのではないか?
 闘いが終われば、俺は隠居するしかないだろう。ならば……。

 人生の予後を共に過ごせるのは同じ魔法少女しか、ありえない。

――闘いの日々と。永遠の少女の感覚を分かち合える存在と一緒にいたい。その相手は、相棒の叶歌だけだ――

(『異世界で恋と冒険をする』。そんなことも勘考えた時期が俺にもありました。でもアルに対しては……)

 ゲルを吸い取って貰うためにキスをしてしまったせいか……。
 ふと出会った村の少女に、俺は恋の予感を覚えている。

 とはいえ、俺だって節度は持ってる。
 魔法少女でありおじさんでもある俺は、アルとはきっと触れあえない。

 魔法少女の姿では友達には慣れそうだが……。
 それ以上は望むまい。

 いかに異世界だからといって好き放題やるのはファンタジーの中だけだ。

(村にいる間だけお世話になろう。俺の目的は他の魔法少女……。叶歌との再会なんだからな……)

 アルについては、つかず離れずの距離でいようと決意した。

1‐7 人生をかけた冒険

 ミカニカ村に到着した俺はまずアルの家で一泊させてもらうことになった。

(普通は怪しむものだが……。こんなにすんなりいいのかな)

 俺は逆にアルのことが心配になる。
 あまりに人がよすぎるというべきだろう。

(お世話になったらすぐに出て行こう)

 アルの家では木こりのお父さんと農家のお母さんが迎えてくれた。
 アルと両親の三人暮らしのようだ。

「ミツバちゃんっていうのね。娘ができたみたいで嬉しいわぁ!」
「幼い身なりで旅とはな。まぁゆっくりしていってくれや」

 お母さんもお父さんも、俺を労ってくれた。 ますますおじさんの身バレだけは避けなければならないだろう。
 その日はベッドまで貸して貰って、アルと隣り合ってぐっすり眠った。

「ねぇ。ミツバちゃん。好きな人とかいるの?」
「好きな人を探して旅をしている、というのはある」

「きゃー! めっちゃ素敵!」
「ずっと一緒に闘っていた相棒なんだけどね。はぐれちゃってね」

 これは嘘ではない。俺は本当に早く叶歌と会いたい。

「応援してますよ! ホットミルク飲む? 夜通しお話しよ!」

 俺は叶歌に思いを馳せる。
 歴戦の相棒にして俺と同じ魔法少女連隊の幹部であり、5人しかいない最上級魔法少女〈アーク・ウィザード〉であり、近接戦最強の【氷刃の魔法少女】だ。

「叶歌とは色んな思い出があってね」
「わくわく」

 アルは年頃の少女らしく目を光らせて、俺の恋バナを聞いてくる。
 女の子の会話パワーに押されつつあったが、俺は叶歌のことならいくらでも語れた。

「そのときモンスター《神話生物・ゲルゲシュリウム》の触手が俺の腹を貫いていたんだ。そのまま心臓まで登ってきて引き裂かれる寸前、叶歌が触手を斬ってくれた」
「ぅわ。ぇぇ……?!」

「俺は触手を腹に刺したまま、魔弾杖を構えていた。モンスターもとい《神話生物・ゲルゲシュリウム》は海竜から触手を生やした全長10メートルの巨大生物だ。全力の魔法でなければ止まらない。腹を貫かれた俺は飛翔能力を失っていたが、叶歌は俺を抱えて飛んでくれた」

「なんか、すさまじい闘いですね……」

「叶歌の氷の羽は、俺の炎魔法では溶けてしまう。叶歌は溶かされながらも俺を離さない。『君の火力だけが頼みなんだから』。自分が燃えるのもお構いなしだった。俺は叶歌を燃やしながら、空中から〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉を放った」
「す、すごいです」

「叶歌がいたから、勝てた闘いだった。その時の傷は塞がったが、まだ脇腹で疼いている」
「すごいですね……」

 ここで俺は気づいた。
 アルの目はどこか死んでいた。

(あ、これ。まずい奴だ)

 若い子が『すごいです』、しか言わなくなるときは完全に年上をあしらうモードだ。

 自慢する上司と、それを立てる部下。よくみる光景だ。
 とはいえ部下の「すごいですね!」で鼻を伸ばしている上司は平凡だ。

 心の距離が開いているということだ。

(俺も魔法少女連隊で、何度かやらかした。何人の魔法少女がやめていったことか……)

 他人を褒めるってのはエネルギーがいるものだ
 上司と部下の関係は、部下が上司を褒めるのが常だが、これは部下を消耗させていることでもある。

 他人を褒めれば心が摩耗する。
 部下が上司を褒める状態は、部下を摩耗させていることだ。

『それが上下関係だ』と豪語するのは簡単だが、心の距離が開いてしまえば、当然関係にも溝ができる。

『すごいです』を連呼する状態は危険サインである。

(部下との関係を良好にするには……)

【〈共通の目的〉を持ち視点を共有することだ】、と思い出す。

 俺はアルティメットニートだが、アークウィザードでもあるのだ。
 人への気配りは忘れない。

 俺はアルにも話を振ってみる。

「アルは、さ。やりたいこととかないのか?」
「あ……。わ、私もやりたいことがあるんです。馬鹿に、しませんか?」

「言いにくいことか? 俺は旅人だ。告げ口なんかする相手はいないよ」
「じゃ、じゃあ……。あの。明日、村で【勇者の祭壇】が解放されて。【祭壇の剣】を抜く催しが行われるんです」

「勇者、か」

 アルが布団の隣でごろりと俺の方を向いてくる。

「剣を抜いたら、勇者として認定されて旅にでれる。私は勇者になるために鍛えてきたから。……応援してくれますか?」
「もちろんだ」

「ありがと。……でもみつばさんの話は、ちょっと盛りすぎな気がします」
「どういうことだ?」

「触手が腹を貫いたら死んじゃいます。物語じゃないんだから」
「いや。盛りすぎたわけじゃあ、ないんだがな……」

 アルはこの世界の〈現実〉としてモンスターとの戦闘を知っている。
 だからなのか、俺の世界の魔法少女と神話生物の壮絶な戦闘が、非現実的に映ったのだろう。

「それに好きな人のこと聞きたかったのに。闘いばっかり!」

 それはそのとおりだ。俺と叶歌の蜜月といえば背中を合わせて共に戦ったことのみ。
 事実なんだから仕方ないじゃ無いか。

「背中を会わせられる相棒だから、好きになったんだ」
「ふーん。じゃあ好きってよりも相棒なんですね。告白は?」

「告白は……。まだだ……」
「戦いではいつ命を落とすかわからないんだから、ちゃんと告白しないと駄目です」

「めんぼくない」
「次に会ったらちゃんと告白してくださいね」
「そのつもりだ」
「応援、してます」

 叶歌への告白に躊躇があったのは、明白な理由があった。
 叶歌は魔法少女で、俺も魔法少女だ。

 最初期からのメンバーで、年齢が同じとわかっている。
 つまり叶歌もまた、実年齢は37歳だ。

 年齢は俺も同じなので、どうでもいい。
 何より魔法少女の力で、本体もある程度若々しさを保っている。

 重要なのは……。

 魔法少女の、本体の性別にあった。

 叶歌からみた俺の本体のおじさんが彼女にふさわしいか、というのもあるが。
 逆を言えば、叶歌の本体が俺のようなおじさんの可能性もまた、残されているのだ。


(シュテルンは、コンプライアンスだとかで俺の本当の性別を、他の魔法少女に教えなかった。だから俺はいままでアーク・ウィーザードとしてやってこれた)

 これは【俺以外の魔法少女の性別もまた、不明である】ということだ。

(叶歌のことは好きだ。背中を合わせた相棒だ。だけど俺は女の子が好きなんだ)

 陰か陽。オスかメスか。確率は2分の1……。

(叶歌の性別が不明でも。君に好きだと伝えたい。だからどうか叶歌。女の子でいてくれ! 頼む)

 魔法少女として付き合ったがゆえに、好きな人の性別が不明ということ。
 一体誰が、このような悩みをわかってくれるだろうか。

 複雑な事情をアルに話せるわけもない。
 眠る間際、俺はアルにこう伝える。

「人生最大の賭けのような冒険だ」
「私も。勇者になるなんて、人生賭けなきゃできませんから」

 アルは祭壇から剣を抜き勇者になりたい。
 俺は叶歌と再会するために異世界を冒険し、告白をする。

 俺とアルは、互いに人生をかけた冒険を目前にしていた。

1‐8 勇者の祭壇


 滞在二日目。
 目覚めると日は高く昇っていた。

 元々俺はぐっすり睡眠するタイプなので、平常運転である。
 ベッドから起き上がり居間に向かうと、アルと、お父さんが喧嘩していた。

「おめぇなんかが勇者になれるわけねえぇ! 木こりの家なんだぞ!」
「なれるもん! 聖剣の石が王都から運ばれてきたんだ! 私はその聖剣を抜くんだよ!」

「勇者なんかになってもなんさもならねえ!」
「私だってもう16歳だよ! 冒険にでてもいい年頃だよ」

「16なら嫁っこにいくのが習わしだべや!」
「うう。父さんのわからずや!」

 父さんのわからずや、なんてセリフ始めて聞いたぞ。
 俺は立ち上がりおもむろに居間に出る。

「み、みつばさん……。みつばさんからも言ってやってください」

 アルが俺に詰め寄ってくる。
 冒険にでたいアルと、女の子だから駄目だという木こりのお父さん。
 どちらの言い分もよくわかるが、俺の精神年齢はお父さんの方に近い。

「みつばさんなら、わかってくれますよね?!」
「そうだなあ……。あ、お父さんって何歳なんです?」
「今年で36歳になる」

 アルが16歳だから、20歳の時の子供か。っていうかこの髭もじゃのお父さん、俺より年下じゃないか。
 このお父さんが羨ましくもあった。

 俺だってまともに生きていたら、子供のひとりやふたりいる年齢なのだ。
 だからこそ、お父さんのことがわかる。

(子供は、心配だよな)

 俺はアルの味方ではあるが、彼女を煽って危険な眼に会わせるのはよくないとも共感できる。
 どうにか親子の間に入り、折衷案を示してみる。

「【聖剣】があるんですよね。だったら、それ抜いてから考えてみたらどうですか」
「この子が抜けるわけねえべ!」

 俺は親父さんの説得を開始。

「お父さんの気持ちはわかります。娘さんが心配なんでしょう。もし旅先で死んだらと思うと居ても立ってもいられないでしょう」
「う、うぅ。そうだべ。本当は……。うぐ。娘を危険に晒したくない!」

 以外に正直な本音が早くでてきた。
 ツンが短く、デレるのが早くないか。俺は調子を狂わされる。

「ですが、その心配で親子の中が悪くなったら駄目でしょう。一生娘さんに嫌われて生きるかも知れませんよ」

 俺はお父さんと肩を組み、部屋の隅に連れて行く。こそこそ耳打ちで話をつける。

「構わん。嫌われても、娘のためにすることが親だべ」
「立派な心掛けです。しかしチャンスを与えず束縛した人生にするのも、娘さんの心を壊すことになりかねません」

「ど、どういうことだ? 魔導師様」
「お父さんのせいでアルが落ち込んで立ち上がれなくなる。それこそ悲しいことでしょう」
「そうだ。あんたのいうとおりだ、魔導師様。だが、おらはどうすれば……」

 俺はお父さんに耳打ちする。

「勇者ってのは特別な人間なのでしょう。ならば行かせるだけ行かせればいい。アルにはチャレンジだけさせて、失敗したら、ふたりで励まし会をしましょう」
「もし成功したら? 勇者になってしまった旅にでるとしたら? 一人娘に旅させるなんて……」
「そのときは俺が守りますよ」

 俺は親父さんに魔力をぶつけ説得させた。
 俺の力を見ずとも魔力は精神に働きかける。親父さんは素直に納得してくれた。

「あんた、良い奴だな! アルと年が離れてないってのに、同年代と話しているようだ!」
「実は長い年月を生きているのです」
「がっはは。さすがは魔導師様だ」

 性別も外見も詐称していますが。
 とにかく俺は、お父さんの心を掌握していた。

「何、話しているんですか?!」

 アルが俺達の背中に語りかける。

「親父さんと話を付けた。アル。聖剣を抜きに行こう」

 アルの眼が輝き出す。

「私……。行きます!」
「やってみるのが大事だからな」

 このとき俺はアルの力を懸念するべきだった。
 彼女が聖剣を抜けるものとは微塵も思っていなかったのだ。



 俺とアルは村の中心広場に向かう。
 広場に着くと、荒くれ共が列に並んでいた。モヒカンの男と肩棘スキンヘッドの男が俺達をみて、にやりと笑う。

「おいおい。お嬢ちゃん共。見学かい? 俺達は聖剣を抜きに来たんだがよぉ。見学ならあっちだぜ」
「へっへへ。列に並ぶなら、順番だぜぇ?」
「マナーを守って聖剣を抜くんだぜ。へっへへ!」

 荒くれ共は口ぶりの割に良い奴そうだ。
 前の列では勇者志望の荒くれ達が、聖剣に手を掛ける。

『ぐあああぁぁあ? 無理だ!』
『重すぎる!』『抜けるわけがねえ!』

 列が進むと、聖剣の全貌が見えてくる。その剣は俺の想像を超えていた。

(あまりに無骨な……)

 聖剣は、あまりに巨大な鉄塊だった。大人の身の丈ほどもある剣は魔法少女のパワーを持つ俺であっても、扱いきれないだろう。

「もうすぐ私の番だ」

 やがてアルの番がまわってくる。

「う、やるぞ。う、ぅぅ……」

 アルは緊張から萎縮していた。
 外野から心配が飛んでくる。 

「お嬢ちゃぁん。痛い眼みるぜぇ! 心配だなぁ?!」
「重い剣が倒れてきたら怪我するんじゃねえかなぁ?! おぉん?!」

 村の荒くれ共は一見、野次を飛ばしているようにみえるが、その言葉の内容はただの心配だ。
 アルの身長は150センチほど。腕やら足やらもただの少女にしか見えない。

「ううぅ……。ぇい!」

 アルの手が柄にかかる。

(抜けるわけがない。諦めてくれるだろう)

 俺はまったく彼女を侮っていた。

「よいしょ」

 ずるり、と。意思の祭壇から鉄の塊が持ち上がる。

 鉄塊が半ばまで持ち上がったところで、収まっていた祭壇内にひっかかる。

「あれ? ひっかかってる? もう少しなのに。やっぱり私じゃダメなのかな。うーーん!」

 アルは自身なさげだが、その場にいた誰もが理解していた。
 大男が、数センチも持ち上がらなかった鉄塊の大剣を、少女が持ち上げたのだ。

「抜けないよう。やっぱり私には勇者の資格なんか……」

 いや。聖剣は抜けている。
 俺もわかっているし、周囲の勇者挑戦者だった男達もわかっている。

「な、なあ。あんた……。あの子の連れだろう? あの子の力はいったい……」

 先ほど話したモヒカンの勇者挑戦者が俺に問いかける。

「俺もわからない。アルとは先日知り合ったばかりだ」

 勇者的なエネルギーが宿っているとでもいうのか。それとも筋繊維の密度が異常な束になっている?
 様々な想像ができるのははっきりしていることは一つ。

 村の少女アルトニュクス・エルマには、勇者の資格がある。

『まだだ嬢ちゃん』

 モヒカンのひとりが激励を飛ばす
 モヒカンだけではない。周囲の荒くれが、怒号をあげてアルを応援していた。

『もうひとふんばりだろ!』『お嬢ちゃんしかいねえ!』

「え?! えええ?!!」

 アルは不思議そうに眼を開く。少女を取り囲むのは、聖剣の重さに負けた勇者挑戦者の荒くれ達だ。

 村の荒くれだが、アルを見る目は少女へ向けられるものとは少し違う。
 聖剣に選ばれし新たな勇者の誕生を祝福する、キラキラした少年の瞳だった。

『もう少しだ!』
『背が低いなら、角度を付けて引け!』

『誰か椅子持ってこい! あの子の身長じゃ高さが足りない』
『俺があの子の椅子になるぜ!』

 勇者挑戦者だった荒くれモヒカンらが、アルの椅子になろうと四つん這いになる。

『さあ俺達に乗るんだ! 遠慮なく踏んでくれ!』
「あ、ありがとう……」
『お礼するのは俺達の方だぜ』

 荒くれモヒカンを足蹴にし高さを確保した、アルは勇者の剣を引き抜いた。

「なんだか、大きいのに、羽みたい」

 鉄塊のごとき剣を少女は肩に担ぐ。
 勇者を選ぶための聖剣を抜く儀式にて、村の少女が勇者に選ばれた。

 俺は奇しくも伝説の始まりの、眼前にいた。



 アルが聖剣を抜いた同時刻。
 村の上空新居はワイバーンに乗った魔導師が、その様子を観察していた。

「やはり勇者が生まれてしまったか。しかし、人の世を終わらせるためにはその始まりを消せば良い」

 ワイバーンを従えた魔導師は、群れの召喚を詠唱する。

「村への襲撃を始めましょう。伝説の世界の物語は始まる前に終わらせれば良い」

 頭が歪に変形した、悪魔めいた顔のワイバーンが、森を越えて神殿へと押し寄せる。



 

2‐1 勇者抹殺の刺客

第二章 最弱勇者と究極魔法少女


 アルが聖剣を抜き勇者に選ばれた。

 このとき俺は、仲間の魔法少女が接触した【異世界の偉人達】について考えていた。

 曰く【深緑(イェルド)】の魔法少女・夢原(ゆめはら)シトギは〈森の王・モルモルン〉と出会った。
 曰く【白銀】の銀城檸檬(ぎんじょうれもん)は、大賢者ティセス=アックアと邂逅した。
 曰く【地母神】谷地琉菜子(やち るなこ)は魔王ベルゼブブ・ゼルギウスと接触した。 そして氷剣〉の冬芽叶歌は王都・セントレイアの闘技場にいる。

 【氷刃】冬芽叶歌は誰と接触したかは不明だが、彼女の性格からしてなんらかの行動を開始しているのは間違いない。

 俺の魔法少女としての勘が告げている。

(これらの情報の符合でわかる。俺がこの村に転移したのは偶然じゃない。俺こそ【赤光の魔法少女】は、この世界の【勇者】と出会う【運命力】に引き寄せられている)

 運命力は科学的には説明できない。
 それでも俺は運命力を信じている。

(勇者の運命を持ったアルと、魔法少女幹部である俺が出会った。ここには何か、意味がある)

 村の祭壇は新たな勇者の登場で喝采が吹き荒れる。

 モヒカンの荒くれが、杯を掲げる。
 新たな勇者の誕生に、村の総出で祭りが始まっていた。

 疑い深い俺は、油断はしない。

『新たの勇者の誕生に』
『乾杯!』『乾杯!』
『あんたも飲め! 連れなんだろ?』

 俺は無言で杯を受け取る。

『王都からの使者が来たぞ!』
『俺達の村も潤うぞ!』

 アルが俺の元にとことこと駆け寄ってきた。

「みつばさん! 私、やりました! これで冒険にでれます……! 村の皆のことも好きだけど、世界は荒廃しているから。少しでも何かのためになりたいって思ってて。でも今日から私も、勇者のひとりです!」
「アル。気を抜くな」
「私、がんばりますよ! みつばさんが魔導師なら一緒に……。ううん。そうじゃない。みつばさんが旅人って知ってから私。一緒に行きたくて」

 新たな勇者の誕生によって祭り状態の村の祭壇に、王都からの使者が象に乗って訪れる。

「これは……。南方監査官どの!」

 村長が土下座をし、迎え入れた。

「これはこれは、新たな勇者が生まれましたか」

 村の戦士達も胸に手を当て敬礼をする。
 だが監査官の眼の色は黒く濁っている。俺は傀儡の匂いを察している。

 傀儡とは神話生物が人間を操っている状態のことだ。
 予想通り。監査官はありえない一言を放った。

「では、粛正を始めます、さようなら。ワイバーン部隊、ブレスを照射」

 監査官達が何を言っているのか、村人達は理解できず、あっけにとられた。

 粛正。誰を?
 さようなら。どういうことだ?

 監査官の背後でワイバーンが舞った。
 ブレスの照準は、新たな勇者として讃えられた村の少女アルへ向けられている。

「行きなさい。デグロ・ワイバーン」

 その顔はただのワイバーンではない。
 生命体とは似てもつかない、ぼこぼこの溶岩めいた、悪魔のような頭部へと変質している。

 竜型神話生物・子群〈デグロ・ワイバーン〉だと認識。

 俺の中で何かのスイッチが入る。

 ああ、異世界だからってのんびりしていた。
 こいつらは、どこにでもいて、どこからでも人類を消そうとしてくるんだ。

 そうだよな。神話生物。

 世界を食い尽くし自分の傀儡に引き込み、混乱と混沌と戦乱を誘発する。
 お前らはそういう存在だったよな。

「ど、どういう?」

 村長や戦士達は、咄嗟のことで動けない。
 村の上空を覆い尽くしデグロ・ワイバーンの群れが炎塊を吐き出していく。
 炎塊の雨は少女・アルへ向けて降り注いでいく。

「え……!?」

 いくら勇者に選ばれても、今の彼女はまだ生まれたてだ。
 降り注ぐ炎の塊の雨を前に、ただの村の少女が耐えられるわけもない。

 魔法少女戦力値にもレベルは1と出ている。

 アルは素質に満ちているが、まだ人間の範疇だ。
 村人達はあっけにとられたまま、降り注ぐ炎の雨をみつめる。

 神殿に集まった戦士達は瞬時に適応。「逃げろ!」「物陰に隠れ……」などと声をあげるが、場当たり的な対応にすぎない。
 さらに彼らに絶望を与えたのはアルの焼失だった。

「きゃあぁああっ!」

 火柱が立ちのぼり、少女の身体が焼き尽くされた!

「あ、あああ」 
「俺達の新たな勇者が……」
「どうして、帝都の監査官が俺達を」

 像に乗った監査官は、村人に剣を向け告げる。

「勇者の誕生とは氾濫分子の登場だ。駆逐をせよと仰せつかっている。一人残らず根絶やしだ」

 像の顔もまた、穏やかなものではなく、悪魔めいた相貌に歪んだ。神話生物の寄生を受ければ生命としての本来を失い凶暴化するのだ。

「掃討だ!」

 もちろん、南方監査官の暴虐はすんなりとはいかない。

 赤光の魔法少女である俺がいるからだ。
 俺は瞬足の移動でデグロ・ワイバーンの放ったブレスと火柱の中に飛び込み、アルを助けた。

「大丈夫か、アル」
「み、みつばさん。私……」

「俺に触れていれば炎への耐性は十分になる。だが君は水魔法の加護を持つ、水の勇者のようだ。俺の加護と自身の魔力を上手に使えば、これくらいの炎はどうってことない」
「どうして。どうして帝都の軍が村を?」

「うろたえるな。戦うことだけを考えろ」
「勇者の誕生は魔王軍への拮抗として祝福される。だから私は勇者に……。世界の役に立とうと思って……」

「俺がわかることはひとつだ。君を守るために目の前の敵を掃討する」
「敵があんなに……」

 炎の向こうに俺とアルは帝都軍の軍団をみた。その数3000ほど。
 人間の兵士だが、神話生物に寄生され死兵となっていた。

「〈アンデット〉だ。慈悲を与える余裕はない。俺から離れるなよ、アル!」
「え、みつばさん……。無理ですよ。こんなの……」

「俺は無理を無理して超えてきた。それにこんなのは序の口だ。飛ぶぞ!」
「え? ええええ?!」

 俺は左腕でアルをお姫様抱っこし、右腕で魔弾杖〈ウィッチ・ギア〉を起動。
 ふおんと杖を一振り。俺の周囲に幾何学模様の魔法陣が四重展開。

 魔法少女時点での俺の身長は157センチ。
 アルの身長は150センチ程度なので、ギリギリ抱えることができる。

「飛、飛んで、飛んでる?!」  
「君を手放す方がまずいからな。捕まっていろ!」

 魔法陣解放。赤光のオーラと文字列が周囲の空間を飲み込まんばかりに、展開!
 さらに俺はスケープを起動。ワイバーンのレベルを確認。

「レベル《可視化戦力値》300が30体か。村を焼くにしては圧倒的だな。アンデットはレベル20。瞬殺だな」

 俺の魔法少女可視化戦力(レベル)は8931だ。
 このレベルには上限が定められていて通常は100が限界である。

 魔法少女としての俺は23年、四半世紀の間に、255回もの強さの上限解放を果たした。

 数多の強さの限界の壁を突破したのが俺だ。
 ただの神話生物ではいくらレベルが高かろうと、上限突破を繰り返した俺には適わない。

(あとは、アルが負荷に耐えられるかどうかだ)

「飛ぶぞ。俺を離すなよ!」
「ふえ、ひええええ!」

 魔法少女の最高瞬間時速は600キロ。
 戦闘機並みの速度を出せるが、アルの肉体が耐えられないことから、俺はふわふわとした飛翔のみでワイバーンを相手取ることにする。

 神話生物は駆逐する。俺の行動原理は常に揺るがない。
 だが今回はそれ以上に……。

(よくもアルを傷つけたな。一宿一飯の恩は、神話生物共の死で償って貰う)

 新しく出来た友人を傷つけたことに、怒り心頭だった。

2‐2 相棒

熱線(マジック・レーザー)

 俺の放つ熱の光条がデグロ・ワイバーンの心臓を、複数同時に打ち抜いていく。

 熱線(マジック・レーザー)は、炎の魔法少女が用いる初級魔術だ。 起動するための詠唱は魔方陣を起動した上で【魔素変換 炎、粒子 粒子収束 空間 直線起動 一条の光 座標正面 粒子加速、圧縮放出 起動】という長い詠唱が必要なのだが、完全詠唱は魔法少女一年目の話。

 23年目の俺は魔方陣起動も詠唱も破棄した上で、意識の反射と限りなく近い速度、0.05秒以内での起動を可能にしていた。
 最速の中級炎魔術は、雑魚を殲滅するにはうってつけというわけだった。

「18体目」

 12秒で18体のデグロ・ワイバーンを打ち落としたところで、敵軍も俺の存在をマークしてくる。

「なんだ? あの赤い魔導師は?」

 南方監査官が驚愕する。
 俺は見ぬいている。

「お前は人間じゃない。神話生物だな」
「私は人間だ。帝都の統治のために、氾濫分子の駆逐にきた! 村と勇者は氾濫分子ゆえに抹殺を……しなければならないのだ!」

「ダウト。お前が人間なら、俺のことは魔導師っていわない。姿が少女だからな。『なんだあの少女は』っていうんだぜ」
「なんだ、あの少女は……。とでもイエバイイノカ?!」

「神話生物は細やかな人間の機微ってやつがないからなぁ! 今から化けの皮を剥いでやるよ!」

 俺は熱線で南方監査官の肩を吹き飛ばす。
 赤黒い心臓部が露出する。そこにはびくんびくんと蠢く触手があった。

 蠢く触手は監査官の心臓に巻き付いている。

「な、なんですか?! あれは?!」

 アルが驚愕するのも無理はない。ぐずぐずのミミズのように心臓に絡みついている。
 人間の体内でないことがひと目で分かる。

 南方監査官は、剥き出しになった自分の心臓をみてから……。

「待て! 命だけは!」

 人間ならば即死しているはずの損壊状態でなお、元気に命乞いをしていた。

「命乞いさえ粗末だな」

 心臓を剥き出しにするほど吹き飛ばされて、元気に生きていることこそが、神話生物に寄生された証拠だ。
 神話生物は人間を支配した場合は挙動を真似るが、感情が伴う動きだけは真似ることができない。

(10年前だったかな。総理大臣に寄生され支配されたときは最悪な展開だったな)

 過酷な過去を思い出すが、経験が俺を強くした。

 俺は魔法少女として叫びをあげる。

「お前らぁっ!! 村人の戦士ども!」

 俺の声は【F分の1のゆらぎ】と呼ばれる波長を宿している。
 このゆらぎは人が心地よく感じる周波数で、多くの人の脳に染み渡るようになっている。

「こいつらは帝都人じゃねえ。人間ですらない。魔族の支配を受けている」

 神話生物といっても異世界人にはわからないと思うので魔族というていにした。

「し、しかし。村が刃向かえば、我々は帝都に目を付けられることに……」

 村長がごちゃごちゃと忖度してくる。

「もう襲われてるだろ? 自分を殺してくる人間に媚びへつらうのか? お前の脳みそも焼いてやろうか!」
「ひぃ!」

 俺は村長に失望。だが一括したので問題なし。
 こういう巾着のような奴はこちらが上とわからせれば、従ってくれる。

 アルを脇に降ろし、神話生物に寄生された南方監査官の心臓を引きちぎる。

「これがこいつらの真実だ。心臓はこんなんじゃねーだろ!」

 俺は村人達の前で、神話生物に寄生された心臓を手に持つ。
 恐れおののく村人達の前で、触手の心臓はびくんびくんと震えている。

 やがて触手は、しゅるるんと、村人に向かって飛んでいく。
 新たな寄生先を求めているのだ。

「ひいぃい」

 狙われた村人に触手が村長に突き刺さる直前、俺は触手まみれの心臓を「ぼしゅっ」と潰した。
 触手もまた、灰になり砕け散る。

「は、ああ。よかったぁ……」

 村長が安堵するも、ワイバーンは迫っている。俺は神殿にいた戦士候補達全員に向き直る。

「立ち上がれ、村人。逃げるんじゃダメだ。立て。立って闘え」

 遠方には第二派の監査官も控えていた。ローブ姿で顔を隠しているが、目と口から寄生触手を生やしている。
 俺に【神話生物バレ】をしたことから、もう隠す気が無くなったらしい。

 監査官は俺達に告げる。 

「おとなしくコロされてくださいよぅ! 優しくシマスヨ?!」

 村人に選択が迫られた。
 おぞましき、名伏しがたき存在が、命を刈り取ろうと迫りくる状況。

 怯えるか、逃げ出すか。それとも闘うか。

 最初に立ち上がったのは、アルだった。

「帝都からの使者というのは嘘です。闘いましょう。あいつらを殺しましょう!」

 アルは落ちていた聖剣もとい巨大な鉄塊を担ぎ、俺より先に歩き出す。
 村長が手を伸ばすも、アルは聞かない。

「アル……。行ってはならん。お主に闘わせるなど」
「このまま襲われたら村は消えます。媚びてもきっと殺されます。だったら、あの化け物共は殲滅しなければならないでしょう」

「じゃが……。お主はまだ子供だ!」
「聖剣を抜いた。私はもう、勇者なんです。みつばさん!」

 アルが俺を一瞥し、それから村人達を睥睨する。
 俺は頷く。

 余所者の俺の鼓舞だけでは足りない。
 聖剣に選ばれた彼女だから言えることもある。

 俺は腕を組み黙って、アルの横で佇む。
 よそ者の俺ではない。アルの激励だからこそ届く言葉もある。

「私はひとりでも行きます。皆さんはビビってるから付いて来れないでしょうけどね! せいぜい指をくわえてみていればいい。雑ぁ~魚っ!」

 勇者にしてはあまりにお粗末な鼓舞。
 だが、それでいい。

「よく言った」

 アルは聖剣を握り、担いで背を向ける。
 あまりに無骨。少女に似つかわしくない鉄塊のごときドラゴンスレイヤー。
 それでも、激励を放った今のアルには、鉄の塊がよく似合う。
 俺達の背後で怒号が上がった。

『うおおおおおおぉ』
『行くぞお前らァァあああ!』
『怪物狩りだ!』

 俺とアル。
 赤光の魔法少女と、揺らめく蒼炎の髪の勇者が、炎の戦禍を突き進む。

「私、きっと、待ってたんです。いっしょに突っこんで行ってくれる人を待ってたんです。たったふたりしかいなくても。背中を任せられる人を!」
「よく、わかるよ」

 前方には無数のワイバーンと、大体規模の死兵の群れ。
 構わない。隣には相棒がいる。

 俺は魔法少女時代を思い出す。
 俺にとっての叶歌がそうだった。

 14歳。魔法少女の始まりの時代。
 あのときの俺のような心境を、アルもまた感じているのだろう。

(俺の相棒は叶歌だ。だけど今はアルが。アルトニュクス・エルマに背中を任せよう)

「アル。俺は大魔法の詠唱を行う。雑魚の露払いを頼む」
「露払いだけじゃない。私がみつばさんを守ります!」

 新米が何を言っているんだ、と思うが意気込みは大事。
 だが身分不相応でも言ってのける、その心意気やヨシ!

 不相応だろうが関係ないという豪胆。
 合理を超えた不合理。

 この世界が理不尽ならば、己自信も不合理に理不尽となる蛮勇。
 それでこそ、勇者だ。

「任せたぜ」
「任されました」

 ふたり目の南方監査官が両の目から触手を蠢かせ、ワイバーンの二波目を指揮。
 ミミズ頭の三頭犬が、3000の死兵が地上部隊として控えている。

 俺とアル。ふたつの歩みの背後に、ざざざ、ざざざ、と足音が続き、並んできた。
 聖剣の神託のときに集まったモヒカンの戦士、肩パッドの戦士、胸毛のおじさんらが、並んできたのだ。

『ガキ共だけにいかせるわけが』
『ないだろうがよぉ!』

 斧を持った勇者候補のおじさんたちが震えながらも、神話生物の軍勢に立ち向かっていた。
 アルと俺は前だけをみつつ、にやりと微笑む。

(これで整った。逃げずに立ち上がってくれれば、俺が全員守れる)

「皆で。生きましょう!」

 俺は魔弾杖を8重起動。
 アルは聖剣を担ぎ、低い姿勢で迎撃の構えをとった。

2‐3 俺の本体

「90秒でいい。時間を稼いでくれ」
「何秒でも大丈夫です。全員斬ります」

 アルは俺の一歩前で、巨大な鉄塊のごとき聖剣を振るう。すでにミミズ頭の三頭獣を複数両断していた。
 寄生されたオークの群れが迫る。豚頭のはずの頭部が、蛭になっていた。

「おおおぉぅうううるううううぅう!」

 アルが怒号と共に、寄生オークを一閃。

「はぁ。はっ」

 だが彼女はまだ戦闘経験が浅い。大剣の一閃の隙を突かれ、オークの斧がアルに迫る。

「あぁっ!」

 彼女はあっけなく両断されるだろう。
 俺は詠唱を中断。

 アルの大聖剣に火弾を放ち、あえての爆破発生。

「爆破?!これなら、切り返しが!」

 アルは俺の放った爆破の反動を利用し、瞬時に鉄塊を旋回。
 巨大聖剣の重さゆえの隙をカバーし、切り返しの一閃をオークに見舞う。。

 寄生オークに斬られる前に、爆破の勢いを利用した加速で、両断した。

「はぁ、ふぅ。息。ぴったりですね」
「合わせてくれると思っていた」

 俺は詠唱を再開。残り63秒。
 周囲の荒くれは200人ほど。死兵の残りは2900体ほど。
 投入される神話生物の波は、後続まで続いている。

「第二波は退けたぜぇ。はぁ、はぁ!」

 モヒカンと肩パッドの戦士達が、息を切らすもアルの左右で戦線を保ち続ける。

「ワイバーンがくるぞ!」
「空は俺がやる」

 さすがにデグロ・ワイバーンまでは任せられない。
 俺は詠唱と同時に、熱線でワイバーンを打ち落とす。地上部隊だけは他の戦士に任せる。

 現在、俺が唱えているのは第六位階魔法【炎獄宮】。
 周囲を炎の地獄で包み込み、地形さえも書き換える広域展開魔法だ。

 炎の魔法少女は中・遠距離を得意とするが、炎獄宮の領域内では、俺の姿は変幻自在、縦横無尽となる。

「持ってくれよ、皆」

 第五位階魔法までの高火力魔法で焼き尽くす方法もあったが、アルや戦士達まで巻き込んでしまっては本末転倒だ。
 確実な、第六位階魔法で決めたい。

(あと、30秒)

『ぐあぁぁ、肩が抉れ?!』
『ミミズ犬に食われている?』

 モヒカン戦士達の断末魔を聞き、アルのピンチにも手助けしつつ、俺は詠唱継続。

「みつばさん……。やっぱりすごい!」

 アルは俺の眼前で、蛭頭のオークらと奮戦。
 90秒持たせてくれと俺は注文したが、この神話生物相手に人間の力で時間稼ぎをするというのは元来無理な注文だった。

 持たせてくれるだけアルもモヒカン達も立派な戦士だった。

(9,8、7……)

 ひとつ問題があるとすればシュテルンとの通信で教えて貰った一言……。

――『大魔法を使えば、君の本体が現れる可能性があるんだ。君の本体のおじさんが顔をだす』――

(大丈夫なはずだ。まだ第七位階魔法までは使っていない。おじさんバレより、皆の命だ!)

「はぁ、はっ。ああ! 皆が!」

 アルが叫ぶと同時、戦線が決壊した。

 モヒカンの男は頭部をミミズ犬に噛まれ流血、肩パッドの男は肩をえぐられている。トレードマークを失うほどのダメージを受けていた。
 神殿は、流血に塗れている。
 戦列はみだれ、オークやミミズ頭のケルベロスに食い破られていた。

「俺たち、ここで」
「お、終わる、のか、な……」

 モヒカンの男と肩パッドの男が絶望に膝を突く。
 大丈夫。90秒持たせただけで十分強いよ。

「起動。〈炎獄宮〉」

 刹那。

「熱!」

 村の戦士達が、一様に傷口に熱を感じた。
 熱は攻撃ではない。俺が触れることで、傷口を焼き、流血を塞いだのだ。

「血が、止まっている?」

 そして戦列に食い込んでいた寄生モンスター軍が、一瞬で火柱をあげ、炭となる。
 アルが呆然と立ち尽くした。

 一斉に神話生物のみを燃やす火柱は、超常現象にも見えるだろう。

「みつばさん……?! あなたは」
「安心しろアル。ここからは俺のターンだ」

 俺は村人と神話生物軍の間に、炎のカーテンを敷く。

「炎獄宮〈帳〉」

 村人はほとんど神殿の内部で防衛戦をしていた。
 このことにより炎のカーテンで神殿を覆えば、神話生物は入って来れない。

「みつばさん……。待ってください! 私も行き……」

 アルが炎のカーテンの外にでようとするも俺は制止する。

「行ったろ。ここからは俺のターンだ」
「みつば、さん?」

 俺の身体は変化を始めていた。異世界においては存在の反転現象によって魔法の出力をあげればあげるほど、俺の本体のおじさんが姿を現すという。

 第六位階魔法がボーダーだったようだ。
 魔力出力上昇により、俺は本体のおじさんの姿へと変貌を遂げる。

「神殿の中にいてくれ。俺一人でやれる」

 フリルスカートのままではさすがにまずいので、俺は魔法少女の装束を転換(コンバート)
 深紅の魔導師礼装となる。

 157センチの魔法少女の姿は、もういない。
 現れたのは平凡な男。

 黒髪。中肉中背のおじさん。

 それが俺の本体だ。かつての現実ではこの本体では魔力を使えなかったが、この異世界では転移による魔力の〈反転現象〉により、高位魔法を使うときだけはおじさんになる。

「私は、みつばさんをあなたを守りたいのに……」
「君が勇者なのは認める。だけど蛮勇は今じゃない」

 アルの叫びを背に俺は炎の向こうへと歩き出す。
 待ち受けるのは100体を超える神話生物群れと2500ほどの死兵。

 ワイバーン、ケルベロス、オーク、アンデットの軍勢。すべての顔が悪魔顔、蛭顔に変質している。
 俺に慈悲はない。

 オークの群れは炎の剣で炭にする。オークは身体が大きいので炎の剣を突き刺し、内部から燃やす。俺とすれ違った巨躯はすべて灰になるまで燃え塵となる。
 上空のワイバーンは熱線で貫く。炎獄宮の内部では起動を曲げることができるため、一撃で7~8体を貫いた。光条は俺の上空でくるくると奇跡を描き、死の蛇となる。

 ケルベロスは低い位置から迫ってくる。俺は足から魔術を発動。大地に小さい噴火を起こすことで骨まで燃やした。ケルベロスがたくさんくるため俺は歩くごとに噴火を巻き上げる天災となる。

 炎獄宮内部の俺は、まさしく自在だった。
 レーザー。燃焼の剣。歩くたびに巻き起こる噴火。厄災となった俺は、ふたりめの南方監査官の元に向かう。

「よぅ。この様子だと、神話生物は生きているんだな?」
「ゴッドイーター・ゼロヴォロスは脅威だった。しかし我々はこちらの異世界と星を食らうことにした。クル・ラムエル様の復活を待ち望むのが我らの悲願なり!」

 神話生物は人間に寄生し、挙動を真似る。
 彼らは嘘や隠し事をしない。堂々と『お前らを食らう』と宣言する。

 絶対的な力と征服のみで生きる存在だからこそ、隠し事をする必要がないのだ。
 人間に寄生し言語を介してなお、神話生物は『他の生物を食らい駆逐する』というプログラムで生きている。

 ゆえに俺達は魔法少女なったのだ。
 世界外の不条理存在から、世界を守るために。

「もうなんでもいいよ。神話生物は全員殺す。クル・ラムエルに伝えてくれ。俺達魔法少女は、地の果てでも異世界でも駆逐してやるってな」

 俺の瞬時の熱線が、南方監査官を細切れに両断。
 大地よりの業火の柱が吹き上がり、塵に返した。
 塵の中で、監査官は最後のセリフを放つ。

「オボエテオケ、魔法少女ヨ……。我々神話生物は死なないのだ。生命という概念よりも早く生まれたのが我々だ。食物である貴様らが以下にあがこうと、ケッシテ……」

 寄生された監査官は塵になって消えた。
 俺は炎の魔力捜査で周囲の生体反応を確認。神話生物は全滅。村人は重傷者多数だが、全員生存してくれた。

「多少詠唱時間をとってでも〈炎獄宮〉を起動したのが正解だったな。下位中位魔法でちまちまやってたら、村人の誰かが死んでいたな」

 炎獄宮を解除し、溢れていた炎を消し去る。 炎が残るが、多少は仕方ない。
 村人のむせる声が聞こえる。

「アルが来る前に、魔法少女に戻らないと……」

 魔導師礼装かつおじさんであるところの俺は、変身を解除する。異世界転移によって通常時が魔法少女、高位魔法を使うときだけ本体がでるという逆転現象が起きるようになってしまったが、魔力を収束させれば無事、魔法少女に戻るはず……。

(も、戻らない? 身体が俺のままだ)

 ざ、ざと神殿を歩く靴音。
 振り返ると、アルがいた。おじさんモードの俺をみて、顔を赤らめていた。

「みつばさん。あなたは……」

(バレた?)

「あなたはやっぱり、大賢者様だったんですね」

 アルの様子はおかしかった。俺を糾弾するでも失望するでもない。
 怯えと期待を同居させた、もじもじした仕草だった。

 俺は……。彼女に何かしてしまったのか?

2‐4 旅立ち

 ミカニカ村での旅立ちの日。アルは勇者の正装を纏い、巨大聖剣を背中に背負って、村人達の祝辞と共に見送られた。

「アルトニュクスの旅路に大いなる祝福を!」

 モヒカンの戦士、髭の肩パッドの戦士らが集まりアルを送り出してくれる。

「皆の人生と生活に、大いなる祝福を!」

 アルは村の門で振り返り、大きく手を振った。アルは門の前で両親と抱き合う。

「なっちまったもんは仕方がねえ。実を言うとオデは、お前には素質があると思っていたんだ」
「お父さん……」

 アルの父は、娘が勇者になることを反対していたが、薄々素質を感じていたらしい。
 巨大聖剣を振り回す腕力、神話生物と渡り合うスピード……。確かに彼女は並みの人間の運動能力を陵駕しているた。

 だからこそお父さんは、アルを引き留めたくて聖剣の儀式に反対していたのだろう。
 アルの母もまた、彼女を抱きしめる。

「身体に気をつけて。生水には気をつけるんだよ」
「わかってるよ、お母さん」
「あんな闘いがあったばかりだから本当は旅になんか行かせたくないのだけど……。あなたは確かに村を守ってくれた。私達皆が死んでいたかも知れないのに……。アルは私らを守ってくれた」

 先日の神話生物との闘いでは死者はでなかったものの壮絶すぎる有様だったことは、村の皆で共有していた。
 魔族ってレベルじゃねえぞ、と噂が立ちところに広がっていたのだ。
 だからこそ、村の皆は手をこまねいてはいけないと一致団結した。

「母さんはね。本当に、娘を旅になんか行かせたくない。この村で安心してくらして欲しい。でもあんたは子供の頃から、熊くらいは撲殺できる力を持っていた」

 何かおかしい逸話がでてきたが気のせいだろう。

「あんたがしたいってことを止める方が、きっとあんたの心を殺すことになるんだね。鳥を籠に閉じ込めるようなものなんだね」
「立派な勇者になったら、帰ってくるよ」

 アルの両親もまた、勇者に選ばれた彼女を送り出したいと思ったのだろう。

「あんたって子は、筋金入りだね。5歳で猪とぶつかり合っていたってのに……」

 アルは両親を抱き合い、最後の別れを済ませる。

「大丈夫。みつばさんもいるから。きっと大丈夫」

 ちなみに現在、俺は魔法少女の姿に戻っている。
 おじさん体から魔法少女の姿に戻ったのは、アルと打ち解けてから6時間後のことだった。 魔力解放の反動で、おじさんになってしまうが、この6時間がリカバリー時間ということだろう。

「娘を頼みます」

 アルの母が俺の手を握る。

「助けて貰うのはこちらも同じです」
「もう。勇者は私なんだからね。この村だって遠くから守るんだから!」

 アルが子供っぽく怒っていた。勇者と聖剣に選ばれ人間離れした身体能力を持つとはいえ、両親の前ではまだまだ子供だ。

「行ってきます! 皆!」

 アルが大きく、何度も振り返りながら、村の皆に手を振った。

「達者でな」「無理はするなよ!」「つらくなったら帰って来いよ」と声を受けつつ、俺とアルは歩き出す。


 手始めに俺とアルは隣の村に向かった、荷馬車に乗せて貰い、藁の中で肩を寄せて眠った。

「路銀でいっぱい貰ったようで、すぐになくなるんですね」
「使えばなくなる。これは金の真理だ」

 現世での俺は魔法少女として得たお金を課金で消滅させたことがあった。

「みつばさんでもお金には困っていたんですね」
「俺がいちばんダメだったよ。何せ実質ニートだったからな」

「ニート?」
「無職ってことさ」

 魔法少女連隊は始め、民間委託の傭兵として株式会社として営んでいた。
 会社設立は年齢を問わない。そのため魔法少女を始めて二年目、第一期の魔法少女五人が15歳になった時点で〈株式会社・討伐〉という名前でスタートした。

 経営を担ってくれたのは主に〈大地と空〉の魔法少女・谷地琉菜子のリアル体だ。
 琉菜子には感謝してもしきれない。

「みつばさんが無職なんて不思議です。でも狩猟を生業にしている人みたいに、ここぞってときに動ければ十分ですよ。ライオンだって狩りの時以外は怠けてますからね」
「俺はライオンか」
「炎を使うところとか。鬣みたいですし?」

 アルはとことん俺に甘かった。
 優しくしてくれるなら、期待には応えたい。(勇者とはいえ金の工面は必要だよな)

 俺はどうにか不労所得を得られないかと考える。
 魔法少女のときの知識を生かし、勇者としてのアルにどうにか不労所得を繋げたいと考える。

(琉菜子や叶歌はどうやってたんだっけな。くそ。俺は経営とか、ちんぷんかんぷんなんだよな)

 魔法少女連隊は始め〈株式会社・討伐〉として傭兵業を営んでいた。会社形態になったのは魔法少女2年目、16歳のとき。大地と(くう)の魔法少女・琉菜子が起業してくれた。

 やがて魔法少女の会社〈討伐〉は、自衛隊と連携を通じ、国家公務員の待遇に至るようになる。戦闘に軍事費の助成が降りるようになったのだ。
 公務員待遇にねじ込んでくれたのは、俺の相棒でもある冬芽叶歌のおかげだった。

 叶歌のリアル体は魔法少女になって7年目、22歳の時点で公務員となった。
 始めて軍事費が降りたのは魔法少女になって10年後、24歳のときだった。この裏には粘り強い叶歌の交渉があったからに他ならない。

 経営者の琉菜子と敏腕公務員の叶歌。
 現実でのできる奴らのおかげで、俺達魔法少女はお金に苦労することなく神話生物との闘いを続けてこれた。次の世代の後輩へと力と繋いで、勢力の拡大もできたのだ。
 アルをみていると後輩達を思い出してくる

「私は力持ちですから。なんでもできますよ。みつばさんを苦労はさせません!」

 くきゅるると、アルのお腹が鳴った。

「は、恥ずかしいです……」
「俺も人のことはいえない。結構大食いだからな。お揃いだ」
「お揃い……。えへへっ……」

 力がある分、エネルギー消費も大きいのだろう。俺も魔力のためにたくさん食べる方なので、まずはご飯の確保が先決だった。

2‐5 過保護な魔法少女おじさん

 隣の街についてからは、俺達は物資の調達やクエストをこなした。

「農作物の荷運びの仕事がありましたよ。地味な仕事ですけど。始めはこういう仕事が大事なんですよね!」

 アルと共に、にんじんやかぼちゃなどを木箱につめた。食べ物のお金を得たが、宿代には足りなかった。
 村を出るときに貰った資金が、少しずつ減っていく。

「安宿で悪いな」
「最初はこんなもんです」

 安宿だったので、ベッドはひとつしかなかった。
 俺には懸念があった。今は魔法少女の姿だが、本体の姿はアルにはバレている。

「いいのか? 俺のことをおじさんって知ってるのに、一緒のふとんなんて……」
「今は女の子でしょ? 友達ならくっつくのくらい普通だし。温かいし。それに大賢者様の状態も、結構可愛かったですよ」

 アルには許されっぱなしだった。翡翠の瞳が暗闇の中で俺をみつめる。
 勇者にするにはもったいないくらい、母性がある。

「明日も早い。もう寝よう」

 魔法少女の肉体で本当によかった。
 精神は肉体に左右される。

 おじさん体だったならば、俺はアルとの距離がわからなくなっていただろう。
 俺とアルは背中合わせで眠った。

 次の日も農作物を箱にいれる仕事をした。土と汗にまみれる。
 川で水浴びをする。夜は安宿で背中を合わせて眠る。
 すべて魔法少女だからこそ、許されることだ。

「貧乏でも。ふたりだと温かいですよね」
「あ、あぁ……」
「みつばさんとなら。どこへでも行けます。きっと……。すぅ……」

 アルは寝息を立てる。俺は目が冴えて起きている。

「う、ぅうん」

 寝返りを打ち、俺の背中に抱きついてくる。それは少女や子供のもつ、手近なものに触れていたいという原初欲求だとわかっている。

(薄々気づいていたが、この子。小さいのにムチムチしている……!!)

 俺は早くも罪悪感に打ちひしがれていた。

「みつばさん。どこにも行っちゃ、だめです」

 俺は引き剥がすことも出来ず、背中をむけている。
 絵面としては魔法少女と勇者少女だ。尊いからギリギリセーフのはずだ。しかし……。

(尊い。尊いが、俺が尊くなってどうするんだ?! 尊いとは眺めるもののはず……)

 アルは勇者という闘争を生業にするには可愛すぎた。人間を凌駕する力持ちという以外は、アイドルもかくやな女の子だった。
 だからこそ……。

 このまま毎日、同じベッドにいたらおかしくなってしまう!
 次の日俺は「ひとりになりたい」と書き置きをし、酒場にあるギルドを訪問した。大きなクエストを受けることにしたのだ。
 俺は魔力を全解放。本体のおじさん姿へと変貌し魔力放出。オーラを纏いつつ、ギルドの受付に声をかける。

「一番高い仕事を頼む」
「あ、あんたはいったい……? 見たことねえ顔だが俺にはわかる。数多の戦場をくぐりぬけてきた兵の顔だ」

「御託はいい」
「へへ。大魔導師ってところか。あんたならいいぜ。特上の仕事を紹介してやる」
「ありがとう。急ぎで金がいるからな」

 魔法少女の状態では、魔力は内に秘めている状態だが、魔力解放したおじさん体では圧倒的オーラを放つことが出来る。
 これで仕事で足下を見られることもなくなる。

「街のはずれの洞窟に、異常発達した狼の魔獣が現れ、人を食っている。もう12年も街外れの人は恐怖に戦いている。お兄ちゃん……。いや。俺より年上とお見受けする。ぜひこのS級クエストを頼む」
「任された」

 移動を含めて47分後、狼の魔獣を瞬殺し、肉と皮を素材を売ってお金にした。

「戻ったぜ。親父」
「12年間討伐できなかった魔獣があっさりと……! くはは。世の中はなんて広い!」

 俺は一年遊んで暮らせる額のゴールドを貰い、ギルドを後にした。
 このお金はアルを養うお金にしよう。

 魔法少女に戻るまでの間、俺は6時間ほど街をぶらつく。
 時間を潰す間、俺は修道院に訪れている。 勇者という役割が、この世界でどんな本質を持つのか。
 神父に聞いてみることにしたのだ。

「勇者とは、北方の魔哭領への調停を行う派遣小隊のことです」
「魔族との調停のための派遣小隊ね。勇者ってのはもっとふわっとしていると思ったが。無骨な話なんだな」
「救世主や英雄視をする声は、あくまで表向き。勇者の称号だけであがめ奉るばかりでは、勇者と名乗る蛮族を生み出しかねません」

 王国全土では500の勇者小隊がいて、tierのランクが付けられているらしい。
 魔王討伐は人類の望みのひとつであり、2000年前から続く闘争の歴史がある。
 同時に、現実的な落としどころという観点で勇者の存在は魔族との拮抗のためにあるといえる。

(なるほど。英雄というだけでなく勇者というシステムによって文明が維持されているというわけか)

 討伐は名目上。
 本質は拮抗。

 人類の領土と魔哭領の争いに介入する力をもつのが。勇者という縛られない存在、というわけだ。
 神父に礼を述べ、街をぶらついて6時間。魔法少女体に戻ってから、俺は宿に帰還する。「ただいま。金をゲットしてきた。これはお土産だ」

 アルは俺の書き置きをみつめたままきょとんとしていた。

「こんなにたくさん? お肉にケーキまで……?」
「いい案件の仕事があってね。宿もいいところに移れるぞ」
「そう、ですか……」

 アルは過酷な勇者という運命を背負ったんだ。幸せになって欲しい。
 できれば障害なんかゼロであって欲しい。
 俺がいるから、大丈夫といいたい。

 最上級の宿に泊まり、ご飯もたらふく食べた。

「ふぅ。満足だ。ベッドもふたつ。おまけにふかふか。アルもこっちの方がいいだろ?」

 俺達は安宿から三つ星のホテルに移ったが、アルはどこか不服だった。

「もう明日、出発しましょう」
「もう少し街にいてもいいと思うけどな」

「このままだと私、ダメになっちゃいます!」
「ちゃんと食べることは大事だろ。野菜運びのバイトだけじゃ、ギリギリだ」
「食べものはちゃんと食べますけど。運動をしてから食べないとぷくぷくになっちゃいます。それに私は勇者なんですよ!」

 アルは成長期なためか、たらふくたべるとどこかふっくらとし始めていた。

「それでも俺は、君を甘やかしたい!」
「私はダメになりたくないんです!」

「ダメじゃない」
「一日休んじゃった。みつばさんに助けられてばっかりで。私が助けになりたいのに。不服です!」

 アルは俺の力になりたいらしい。たしかに助けられっぱなしじゃ気が済まないって人はいるよな。

「俺はアルに十分救われている」
「むぅうう……。なんかはぐらかされた気がする! とにかく次は私が助けますからね!」

 そのときだった。ふと俺はホテルの窓の向こうから、殺気を感知する。

(この感覚は……)

 夜の闇に翼のある影が一瞬移り、消えていった。

「そうだな、アル。旅路に戻ろう」
「わかったならいいです。今日は休ませて貰いましたから。次は私が助けてあげますからね!」

 アルのいうとおり旅路に戻ることにした。
 俺は大きなものが動き出す予感を覚えていた。

2‐6 四天王邂逅(1)

 街を出て、俺達は道中を歩く。

「勇者は、この世界にたくさんいるようだな」
「ええ。勇者教会に登録をすると、公式に認定されて……。村や街で恩恵を受けられます。私も一応、申請は受理されました。ほら、これ。勇者の証です」

 アルは鳥の紋様の入った手甲を示す。このセントレイア王国公認の紋様だ。

「王国全土では500ほどの勇者小隊がいます。私はまだブロンズランクの勇者ですけど……」
「tierがあって、ランクをあげていけば、魔哭領への挑戦ができるんだよな」

「はい。目標はもちろん……。マスターランクですよ!」
「マスターランクだとやっぱり引っ張りだこなのか」

「そりゃもう、勇者として人の依頼が休まる否はないってくらいです!」
「魔族にも狙われたりするのか?」
「心配しないでください。マスターランク勇者は常に魔族に命を狙われていますが……。ゴールドやシルバー帯程度では、狙われたりはしません。挑む側ですからね」

 このとき俺は上空から膨大な魔力を感じている。ホテルの窓から見えたあの黒い翼と同じ魔力だ。

「ならなおさら、ブロンズ勇者のアルが、狙われているのは奇妙だな」
「私が、狙われるなんてないですよ。ほとんどただの村の娘なんですから」

 アルはまだ気づいていない。
 俺達は村をでてからというものの、ずっと上空から視られていた。

 魔力の射線もまた、すでに彼女を捉えている。
 俺は放たれた魔力を感知。

蛇眼閃(じゃがんせん)

 発動の詠唱を聞く。
 漆黒の射線がアルへと迫る。

業火柱(ごうかちゅう)

 謎の魔力の射撃がアルを射貫く寸前、俺は炎の柱を地面から吹き上げ防御。

「噂通りの魔力ですね」

 声は上空から聞こえた。
 蝙蝠の翼に青い肌。漆黒のドレススカードに、大きく露出した胸。吐息からは桃色の色香が放たれていた。

「あなたは……。誰ですか!不躾に!」

 アルの言葉を無視し、蝙蝠の翼の魔族は俺をみやる。

「雑魚勇者にではなく、そこな魔導師にのみ名乗りましょう。魔哭領・第一内壁区画・侯爵位第四位プラムベル・ベリーベリーハートと申します」

 俺は瞬時にその魔族の存在を理解する。

「わかりやすくいえば、四天王ってことだな」
「いきなり私の前に、四天王が……?!」

 アルの冷や汗が伝わった。
 旅立ちを始めたばかりの彼女の前に、魔族四天王が現れる。

 最初の街でいきなり四天王が襲来する。
 明かな異常事態だった。
 アルは冷や汗を浮かべ、上空に浮かぶ魔族はにやりと微笑む。



 俺はプラムベルと名乗った魔族と対峙する。(修道院の聞き込みでは魔族と拮抗できる場合もあると聞いた)
 異世界の魔族とは、魔法少女にとっての絶対悪となる神話生物とはどう違うのだろう。

 アルとしては魔族は斬るものだろうが、俺は対話をしてみることにする。

「蛇眼閃。おもしろい挨拶だ」

 プラムベルは上空から俺とアルを見おろしている。攻撃をしかけてきたのは向こうからだが俺は殺意は向けず、それどころか笑顔で応対する。

「余裕なようですね。魔導師様。もちろんあなたとは争うつもりはありません。文字通り。ほんの挨拶ですよ」

 プラムベルも理解したようで、余裕の表情だった。魔王軍四天王というだけある。

「俺達を本気で殺すつもりなら、気づかれるような打ち方はしない。心地よい歓迎だった」
「え?! 今のが挨拶……?!」

 戸惑うアルを横目に、俺は来客でも受け入れるように、余裕の表情でプラムベルに歩み寄る。
 常に余裕を浮かべるのは、上級魔法少女および元帥格として生きてきた習慣のようなものだ。

「あなたは人間を陵駕しているようですね。私の魔力は精神操作に精通しているのですが、焦りがまったくみられない」
「君のような美人に精神操作される程度なら、俺達にとってはご褒美みたいなものだな」

 アルはまたも「えぇ?!」と驚愕し俺をみやる。23年も魔法少女をやっていれば色々あるんだよ。この世界に来た時、次元転送の衝撃で意識を失っていただけで、まっさきに魔改造を疑ったからな。

 プラムベルはふわりと上空から降りたつ。

「今日は交渉に来たんです。大陸全土に現れた神話生物と魔法少女についてのね」
「村を襲っておいて、交渉なんて、できるわけがないじゃないです!」

 アルが俺の前に立ち、聖剣を構える。
 斬りかかられているにも関わらずプラムベルは意に介さず。瞬時にアルとの間合いを詰め、剣の間合いの内側。眼前に迫っていた。

「な……?! いつの間に……」
「パワーはあるようですがブロンズ級の勇者では私に触れることさえできませんよ。ほら、認識が危ぶまれてきたでしょう」

 プラムベルがアルのこめかみに触れるや、少女の身体がぐらついた。

「この程度、なんとも……!」
「一瞬ひるみましたね。この一瞬で、あなたは三回は死んでいますよ」
「そんなこと……。ない! 離れろ!」

 アルは挑発に乗ってぷりぷり怒っていた。聖剣を振るには間合いが近すぎるので、拳をぶんぶん振り回すが、プラムベルは完全に見切って回避する。

「では身体に教えてあげましょうか。〈蛇眼閃〉」
「ふえ、ふああ?1」

 アルは至近距離から蛇眼閃を受けてしまった。
 黒い光の帯が、アルの額に吸い込まれる。 プラムベルはにっこりと女神のように微笑んでみせる。

「邪眼閃は食らっても大丈夫な魔法ですよ。ちょっとだけ私のことを好きになりすぎてしまいますが」
「く……。魔族なんかには屈さないんだから! あなたは確かに魅力的だけどぉ!」

「そんな勇者様も可愛いですよ」
「ブロンズ勇者だろうと、魔族四天王だろうと関係ない! 勇者は魔族と闘うんだから!でも……プラムベル。あなただけは許してあげてもいい……。はっ? 私はなんで……?!」

「えい」
「ぴゃっ?!」

 二度目の蛇眼閃を受け、アルの眼の色が桃色の光を帯びる。

「ふえあぁあ……」
「一撃だと完全魅了とはいかないか。中々素質がありますね」
「な、なにをして……」

 アルの腕から力が抜け、聖剣がことりと落ちる。
 プラムベルは背後からアルを抱きしめた。

「なにってスキンシップですよ。私は血なまぐさいことが嫌いなんです」
「あ……っ! そこはぁ!」

 アルはプラムベルの豊満な胸に抱かれてしまった。

「私は魔王軍四天王では最弱です」
「じ、自分で言うんですか? そういうのってあなたが倒されてから、仲間の四天王が吐き捨てるものじゃ……?」

「戦闘は最弱ですけど。世渡りは上手なんです。ふっ」
「ひぅ」

 プラムベルがアルの耳に息を吹きかける。

「初心、なんですね……」
「あ、あなたなんかには屈しません!」

「でも、力は抜けちゃったでしょう?」
「こ、これは……。屈したからじゃなくて」

「口だけでしょう? 身体はもう脱力して、私を受け入れている」
「受け入れてなんか、ない」

 アルは背後から抱きしめられ、なすすべがなかった。
 今の彼女では魔王軍四天王相手には歯が立たない。肉体も精神も軽くあしらわれ魅了されていた。

「ひ、ふぇぁ……。み、みつばさん。助けてぇ」

 アルは早くもギブアップしてしまう。
 助けを求められるが、俺もまたプラムベルの豊満な青い肌と、服から零れる胸を凝視していた。

 彼女の魅了魔法にかかったわけではない。
 個人的な趣味として俺は女の子が好きだしプラムベルから敵意を感じないので、しばらく静観することにしたのだ。

「さて、大賢者様。本当に用があるのは……」

 プラムベルはアルの耳を噛みながら、俺に向きなおる。

「あなたの方なんですよ。ミカニカ村の真の救世主・異世界よりの魔法少女殿」

2‐7 四天王邂逅(2)

 四天王の一角プラムベルは本題に入る。

「異世界から来た魔法少女という呼称だけは魔族の間でも調べがついています。ですがあなた達の来訪と同時に、《深淵なる者》の復活も観測された」
「深遠なる者とは、俺達が神話生物と呼んでいるものだな」
「深淵なるものは、はるか昔から、観測されえない世界の深きに存在していました。ですが今になって大量に表舞台に現れた。ミカニカ村も襲われたでしょう」

 プラムベルはアルをもてあそびながら、俺と情報を交換する。

「ひ、ふ、ふぅ……っ! 村を襲ったのが魔族じゃない?! 嘘をいわないでくだ……ひぅ!」

 アルは神話生物のことをまだ魔族だと勘違いしている。

「あのようなおぞましきものが、魔族なわけはないでしょう」

 プラムベルがアルの耳に歯を立てつつ、言葉でも責め立てる。

「ぐぅ……?!」
「本当にブロンズですね。見た目の可愛らしさ以外は話にならない」
「えぅ……。ふぇうぅ……」

 アルの勘違いは俺も織り込み済みだった。魔族ではなく神話生物だと説明するのは後でもいいかなと思っていた。
 ここで魔族四天王がきたのは、ある意味好都合といえる。

「み、みつばさん……。どうして助けてくれないんですか? みているだけなんて……」

 さすがに可愛そうなので、俺は割って入る。

「その辺にしておけ。俺はお前の反射速度より速く、攻撃ができる」
「私は四天王であり、淫魔の頂点でもあります。私がしたのはそこのブロンズの欲望を少し解放してあげただけ……。友好の証ですよ」

 欲望を解放されたアルはへたれている。
 がんばって再び聖剣を握るも、俺の後ろに隠れている。

「はぁ、はっ……。ひゅ、ゆ、友好だなんて! こんなひどいことして! 許さない! 魔族を討伐するのが勇者の責務なんだから! 覚悟しなさい!」

 アルが再び走り出す。なんだかんだで勇者だ。
 全力を込め、プラムベルに聖剣を振り下ろす。中程度のオークや岩程度なら両断できる威力の兜割の一閃だった。
 プラムベルは、しなやかな指をふわりと浮かべ、

「な……?!」

 指先のみで、アルの剛剣を止めて見せた。

「すさまじい威力の剣ですが、心ががら空きですね」
「ど、どうして?!」
「本当に……。どうしてですよ。このようなブロンズが、大魔導師と行動しているのか。理解に苦しみますね」

 プラムベルとアルの力の差は明白だった。
 パワータイプのアルと精神操作タイプのプラムベルでは、相性が悪すぎるのだ。
 俺はプラムベルの力の種を分析する。

「剣の威力を殺したわけじゃないな。アルの精神に干渉して、アル自身に寸止めをさせたってところか」

 俺の分析に淫魔は肩を竦める。

「やはり、見抜かれてしまいますか。私もわかってしまいます。私とあなたとの力の差が歴然、ということもね」

 魔王軍四天王のプラムベルには、勇者になったばかりのアルでは歯が立たない。
 だが歴戦の魔法少女である俺は、膨大な魔力をもつプラムベルをさらに凌駕している。

 そして四天王プラムベルは、俺との力の差を理解している。どういうつもりかはわからないが、しばらく交渉は必要だろう。

「俺との力の差がわかる程度には、君も魔力に精通しているようだな」
「あなたの元を訪れたのは、ミカニカ村の戦闘の際、莫大な魔力を感知したからだ。力と錬磨は敬服に値します。どのようにして、それほどまでの力を?」

「……死地を超えてきた。それだけだ」
「私もそれなりに鍛えて入るんですよ。なにせ四天王の一角ですからね。だからあなたをみてると、少し自信を無くしてしまいます」

「俺と同じ経験はおすすめはしないけどな」
「圧倒的な経験ゆえの胆力、ですか。ぶしつけですが、お願いがあります」

「どうぞ」
「〈蛇眼閃〉を受けてください?」
「構わないよ」

 アルが俺の袖を引いた。

「だ、だめすよみつばさん! 心を掌握されて……。もどかしい気持ちになっちゃうんですよ!」
「気にするな。彼女が俺を試すんじゃない。俺が彼女を試すんだ」

 プラムベルが、構えを撮った。巨大な魔方陣が螺旋状に展開される。

「最大出力の蛇眼閃です。まともに受ければ、完全催眠と完全支配は思うがままになる」
「いつでもどうぞ」
「受けてもらいます!」

 魔王軍四天王。魔哭領・第一内壁区画・侯爵位第四位プラムベル・ベリーベリーハートが全力の精神支配魔法を、俺に向けて解き放つ。

「はああぁああああっっ!」

 プラムベルの全力の蛇眼閃の漆黒の奔流を受けながら、俺はぼんやりと考える。

「みつばさーーーんっっ!」

 蛇眼閃の閃光を浴びる俺に、アルが心配となり叫んでいたが、無用な心配だ。
 まだ彼女にはこの水準のレベルの魔法はわからない。
 駆け出しの勇者なのだから、当然といえる。

(アルの元に俺がいて、四天王プラムベルが嗅ぎつけた。この運命が問題なんだ)

 この世界の勇者と魔族。魔哭領と人間界。その調停者である勇者というシステム。

 本来の勇者は人間界で力を付け、パーティーを組み、魔王の討伐へ向かう。
 討伐ができない場合は、土地事の魔族と野闘いを経て、交渉という二番目の手で拮抗する。

 これらの知識を村で仕入れた今だからこそわかる。
 俺とアルとの出会い、そして四天王との邂逅には『運命のねじれ』を感じてしまう。

 やがて蛇眼線の光が収束する。

「はぁ、はっ、はぁっ……!」
「ふぅ。満足したか?」

 プラムベルの精神操作魔法〈蛇眼閃〉は俺には通用しなかった。

「はあっ、くはっ……。攻撃をしていた私の方が、屈してしまうなんてっ……!」
「プラムベル。君の蛇眼閃は十分な威力だ。俺の心に染み渡った。とても鍛えられている」

「確かに蛇眼閃はあなたに通っていた。だがあなたはわざと結界を張らなかった。現在も魅了魔法は通っているはず。なのに……」
「そのとおりだ、プラムベル。ついでに言えば、君は魅力的な人だ」

「ご冗談を……。人間は魔族の青い肌を忌み嫌う」
「俺は人の領域は超えている。肌くらい気にしないさ」

「……魔法少女だから、というわけですか。一つだけ疑問があります。何故、私の魅了魔法をあえて受けながら、平然としていられるのです?」
「俺の心には思い人がいる。魔法が通っても、心は動かせない」

「ふふ。精神力のみで、私の魅了魔法を陵駕したというわけですか。これはこれは、完敗ですね」

 プラムベルはお手上げです、と肩をすくめた。

「力比べも十分だろう。俺達は利害が一致している」
「〈おぞましき深淵〉。魔法少女殿の言う【神話生物】がお互いにとっての敵ということですね」

「ああ。神話生物は【存在世界そのものの敵】だ。人と魔族の利害の一致でもある」

 プラムベルは膝を突き、ふぅと息を吐いた。

「私の側も収穫でした。魔族、人間界、複数の勢力が魔法少女と接触していましたが、神話生物を駆逐するべきという名目だけは一致している」

 アルがわかりやすく驚く。

「魔族の側にも魔法少女が?」
「ええ。大地と空の魔法少女。谷地琉菜子様が、魔王様と懇意にしておられます」

 プラムベルは魔族側の魔法少女に大地の魔法少女〈谷地琉奈子〉がいることを示した。

「琉菜子が魔王と、か。ふふ。あいつらしいな」

 俺の怪訝な顔を、アルが察した。

「みつばさん。大丈夫ですか?」
「琉菜子は友達だけど。抜け目がない奴なんだよ。プラムが来たってことは。琉菜子の差し金でもあるのかな?」

 プラムベルは俺をみて感心したように、にやりと微笑む。

「とてもとても、察しが良いお人ですね。ですが差し金ではありませんよ。今日は個人的にお頼み申し上げに来たのです。どうか……」

 やがてプラムベルが真顔になり、俺に頭をさげた。

「魔王様を救って頂きたいのです」

3‐1 異質なパーティ

第三章 魔法少女達の邂逅

 
 プラムベルは俺の前で膝をつき、頭を垂れる。
 
「プラムベルとお呼びください。お願いを申し上げる立場ゆえ。下の名で結構です」
「俺のこともみつばでいい。『魔王を助けて欲しい』ってのは……」

「はい。魔王様はまるで琉奈子様とあってから腑抜けになってしまったのです。あれではまるで……」
「まるで?」

「まるで、母性の塊です」

 どういうことだろう。
 魔王が母性の塊になった、ということか。

 ひとまず四天王の淫魔・プラムベルの言うことはスルー。
 まだ俺には猜疑心があった。俺の力を試すためとはいえ、いきなり攻撃を加えてきた相手だ。
 何より俺はミカニカ村を救った時点で、人間サイドについている。

「いいことなんじゃないのか? 魔王が母性に目覚めるなんて。でも琉奈子は、カリスマ経営者みたいな奴だ。甘やかされるところなんか、想像できないが」
「魔王様があのように優しくなってしまうのは……。遺憾なのです! 私は琉奈子様の部下になりましたが、すべてを受け入れたわけではない」


 意外な申し出に、俺は考え込んだ。

 アルと旅を始めたばかりなのに、いきなり魔王軍四天王が飛んでくるってどういうことだ。

 意外な返事をしたのはアルだった。

「ねえ。助けてあげましょうよ」
「どうした? アル?! 勇者は魔王と敵対する存在のはずだ」

「助けを求められたら、助けるのも勇者ですから」
「そうか。本当に、そうか!?」

 俺は悩んだ。
 この村の少女、危うくないか?

「プラムさん。魔王さんのところに案内してくれますか」
「いや、あなたは勇者でしょう。私は勇者のあなたではない。魔法少女のみつば様に頼んでいるのです」

「私はみつばさんと旅をしています。三ツ葉さんの問題は私の問題です」
「勇者を魔王城に案内できるわけがないでしょう。魔王様の討伐に利用する気だろう」

「助けてって言われたら助けます」
「その魔王様が人間に害なすとしたら、お前はどうするというんだ? まあ今はママ化してしまっているのだが」

「そのときは魔王を討伐して、人を助けます」
「ほら。やはり討伐するのだろう。連れて行けるわけがない」

「でも助けて欲しいんでしょう。なら助けます」
「だからお前はブロンズとはいえ、勇者だろう? また魅了してめちゃくちゃにしてやろうか!」

「一番助けて欲しいのは、プラムさんでしょう」

 四天王プラムベルはアルの剣幕に押された。

「お前は、馬鹿なのか? 私が用があるのはみつば様だけだ。こうなれば眠ってもらおう。〈蛇眼閃〉……!」

 プラムベルが、魅了の黒い光をアルに浴びせる。
 黒いオーラが蛇のごとくアルに巻き付き、瞳の色を染めていく。

「これでお前も催眠にかける。場違いなんだ。いなくなってくれ」
「ぐ、ぐぅうううう……。いやです! 私はあなたの命令は聞かない」

「ば、馬鹿な……。どうして従わない?! 魅了されない? さっきはあんなに効いていただろう?!」
「勇者として、助けてって依頼されました」

「依頼したのはお前じゃない……」
「ここで帰ったら、みつばさんを守れない。守りたいって思ったんだから! あなたの催眠にはかからない!」

「こいつ……。魔法防御結界も持たないくせに!」

 プラムベルは蛇眼閃の出力を強める。アルは魅了魔法の閃光を直に受け止めながら、耐えている。

「ぐぬぅ、ぐんぬぅうう……っ!」
「意地を張るのもいい加減にしろ! これ以上喰らえば精神が崩壊するぞ!」
「嫌だ! 私は退かない! 逃げたくない! 闘いからも、恋からも!」

 アルが背負った大聖剣を握りしめる。
 恋のあたりは俺にはよくわからない。どこかに誰か好きな人がいるのだろう。

 聖剣はぼんやりと結界を張るが、まだ力は弱い。聖剣が力を発揮するには、アルはまだ勇者としての力が弱すぎる。
 覚醒はおそらくまだ先だろう。

 順当な力比べではプラムベルが圧倒的に上だ。このままではアルの精神が崩壊し敗北する。
 あくまでこれは力の闘いではなく、意地の張り合いだ。
 俺は頃合いをみて止めようと、ギリギリまで傍観していのだが……。

「はぁ。まったく。あなたたちは、どちらも御しがたいですね」

 先にプラムベルが掌をおろし蛇眼閃を切った。

「ふぇ、はぁ……。ふぁあぁ……」

 アルもまた脱力し、ふらりと倒れる。
 寸前で俺が抱き留め、ことなきを得た。

「私の負けです。今日のところはこれくらいにして。潔く立ち去るとしましょう」
「待てよ」

 飛び立とうとするプラムベルを俺は呼び止めた。

「魔王を助けてやる」
「……いいのですか? 私はみつば様の仲間を攻撃したのですよ」

「勇者と魔族は元々水と油だろ。アルを攻撃したのも当然のぶつかり合いだ。そだが君はアルの精神を崩壊させる寸前で、蛇眼閃を切った」
「心を壊すには、惜しい子です」

「馬鹿にした割には、わかってるじゃないか」「
「ぐぅ。とはいえ我々は人間からみれば異質であり逆もまた真。ゆえに人と魔族の争いは絶えないのですがねぇ」

「俺は魔法少女だ。人にも魔族にも捕らわれない。アルを壊すつもりだったら容赦なく殺したが」
「この子には奇妙な精神力がありました。評価を改めるべきでしょう」

「俺も仲間の仲間との接触を望んでいる。目的が魔王城というのは利害が一致している。それに琉菜子は俺の仲間だが……。経営者気質なんだ。異様な圧があり組織力が強い」
「そこまでお見通しなんて……」
「魔王城を目指すよ。旅路は長いかも知れないけどな」

 
 俺の腕の中でアルが目覚める。

「う、ぅぅん……。はわ?! みつばさん! 近いですぅ!」
「プラムベルと同行して魔王城を目指したい」

 アルは始めきょとんとしたが、すぐに胸を張った。

「私は勇者ですよ? 頼まれたら断れません。魔王だって助けてみせます!」

 プラムベルは膝を突きながら呆れたように、圧倒されていた。
 俺の力にだけではない。アルの精神力に驚かされたのだ。

 というか俺さえもアルには驚かされっぱなしだった。

「人間の勇者にもおもしろい者がいるものですね」

 魔王軍四天王、魔哭領・第一内壁区画・侯爵位第四位プラムベル・ベリーベリーハートがパーティに加わった。

3‐2 港町へ

 俺とアルとプラムベルは二日かけて次の街〈港町ドムソン〉に向かった。

 ここ二日は野宿しながら歩いていたのだが、アルとプラムはすっかり打ち解けている。

「聖剣を振るときは、力だけに任せるのではありません。魔力の流れに身を委ねるのです」
「ありがとう、プラムさん。私は力はあっても速さや技が足りなかった。でもだんたんコツがわかった気がする」

「素直なのは良いことですね。しかし魔族である私の助言を聞くなんて、ひどい勇者ですね」
「今はプラムさんより弱いけど。助けて欲しいと言われたからには強くなりたいから。なりふり構ってはいられないです」
「まったく……。勇者という存在は無数に存在しますが、あなたのような人は初めてですよ」

 プラムベルはアルの成長を感じているようだった。
 俺もまたアルの成長率には驚嘆している。

 魔法少女の持つ戦力値可視化システム〈スケープ〉で測ってみると、レベルはすでに87になっている。
 俺の可視化戦闘力は〈8931〉なので、100分の1にも満たない戦闘力だが、村の少女だったときはまだ7とかそこらだった。

 ちなみにこの可視化戦力値(スケープ)の基準は子供が1、通常の人間が3、軍人が10である。
 三人で街道を歩いていると、やがて港町が見えてきる。

 ふいにプラムベルが立ち止まった。

「みつば様。私はそろそろ【変装】が必要です。少しお待ちを」
「社会性がある魔族なんだな」
「身バレで迫害されるのは嫌ですからね」

 プラムベルはカモフラージュとして、人間体へと変貌した。
 黒い翼に青い肌のサキュバス形態ではなく、修道服に白い肌、ストレートの白金の髪に眼鏡をかけた修道女の姿となる。

「あの。変ではありませんか」

 プラムベルが、修道服のままくるりと回って見せた。
 豊満な肉体が、礼服の上からも溢れかけているのがわかる。

「変ではないが、刺激が強すぎる気がする」
「貞淑であるように修道服を選んだのですが?」

「君から、魅力が溢れているという意味だ」

 俺はなにか悪いことをいったのか。プラムの顔が真っ赤になる。

「あなたは、女たらしって言われませんか?」
「俺はぜんぜんそんなことない! どこをどうみたら女たらしにみえる?!」

 魔法少女で恋をする暇なんかなかったからな。

「無自覚系なのか……。まあいいでしょう。サキュバス冥利に尽きます」
「この際だからはっきり言おう。制服や礼服には魅力がある」

 俺は制服や、礼服、装束の魅力について語りだす。
 
「制服や礼服に魅力があるのは多くの説がある。

 曰く、厳粛な服装が豊満な肉体を覆うことで隠しきれない実を強調させる。
 曰く、あえて地味な格好し包み隠すことが、内奥に潜ませる生命力を想像させる。
 曰く、制服や礼服という禁忌が、禁忌を破るという快楽を連想させる、などである。

これらの理由により、制服や礼服とはエロスを内包し、凝縮させる圧搾機のようなもので……」

 俺は語った。気づけばアルが俺をジト目でみていた。

「みつばさん……」
「やはりそうだ。果実は露出させるのではない。あえて包み隠すことで、中身の想像を駆り立てるということか!」

「みつばさん! プラムさんばっかりじろじろみてる!」
「あ、ああ。悪いなアル、どうした?」

 アルは頬を膨らませ不服そうだった。
 ここで俺は危ないやつと思われているのではないか、と気づく。

「はっ。つい、語りすぎてしまった」

「それはいいんです。何を言っているかは意味不明でしたが」
「意味不明、か。がんばったのにな……」

「私は、どうですか……!」

 アルは礼装のままくるりと回ってみる。
 勇者の礼装といえば、なめし皮と装飾のあるコートに、スカートだった。

 現実風に言えばジャケットとスカートに近い。
 また勇者の礼装にはところどころに竜鱗が編み込まれており、光を浴びると淡く輝く。竜鱗が防御力を高めてくれるのだ。

「アルも可愛いよ」
「嬉しいんですけど。なんだか冷めてます!」
「本当のことなんだが」

 アルの勇者礼装は俺にとっては直視できないほど眩しかった。

「足や腕のヴェールもみてください。魔力を帯びてるから輝いてるんですよ」

 スカートの下や腕は一見素肌に見えるが、実は透明な魔力ヴェールに守られている。ヴェールの原料はサラマンドラ・アナコンダ、つまり火炎大蛇の皮膜だ。
 この皮膜に、村の神官が魔力を込めることで全身の素肌に纏うインナー・ヴェールになる。
 女の子の勇者は腕や足を出しているように見えるが、この魔力ヴェールを纏っているから頑丈になれるのだ。

「そうだ。アルは、輝いている」
「どうして、目を背けるんですか?!」

 俺はアルを直視できなかった。若さの輝きがあったからだ。
 俺の肉体は魔法少女だが、たまに心の中のおじさんが顔をだしてくる。

(だってアルは16歳だろ? 可愛い以上の感情は抱けねーだろ……)

 俺はアルの素足を魅力的に思いつつも、自分を律する。

(理屈だ。こういうときは理屈で頭をいっぱいにする……!)

 ヴェールとは魔力を帯びることで運動性と防御力を両立しているが、ダメージを受けることで宿った魔力を消費し、破ければ本当の素足になってしまう。
 つまりアルがほのかに放つ輝きが失われれば、魔力ヴェールが破壊されるサインだ。

(ヴェールとはいわば、制限付きの特殊装甲のようなものだな)

 耐熱コーティングとか耐ビームコーティングとかが男のロマンだ。
 つまりアルもまた、ロマンで全身を包んでいる。

「うん。君はすごく、いいぞ!」
「みつばさん、なんか私を見る目が変……」

「気のせいだ。ロマンに満ちていると思っただけだ」
「絶対変です! 女の子をみる眼じゃなくて、別の興味って感じです!」

「ロマンというのは本当だ。君はロマンの塊……!」
「むーんぅ……。悪くないなら、いいんですけど」

 俺は彼女の女の子の魅力を脳内で、メカをみるときの魅力に変換。
 劣情を誤魔化した。

(俺は叶歌に会うために旅をはじめたんだからな。異世界の女の子とのあれこれは望むべきではない)

 俺は鈍感ではないので、アルの俺への感情には熱いものを感じている。

(今の俺は魔法少女だから、実質百合と誤魔化せば問題ないのかも知れない。だがやはり、自制心が上回ってしまう)

 村を助けるために全力で闘ったことで、アルとは友情だけではない奇妙な間柄になっていた。とはいえ、彼女の想いに深く応えることはままならない。

(シュテルンとの通信、プラムベルとの接触で他の魔法少女が元気なことも確認した。叶歌もうまくやっているだろう)

「港町が見えてきました」

 プラムベルが前方を指していた。

「港町……ってことは酒場で情報収集ですね!」

 アルは大手を振って走り出す。
 俺とプラムベルは、弟子でもみるようにして勇者の背中を追いかける。



「ふにゃ……みつばさん、もぉらめです」

 アルは酒場でラム酒漬けのケーキを食べると眠りこけていた。
 プラムベルは修道女の姿のままどこかへ消えた。おそらむ魔王への連絡でもしているのだろう。

 酒場では海に巨大な蛸がでると噂が流れていた。魔族でも生物でもない、未知の存在ということだ。
 アルが横で眠っていることもあり、俺はおじさん体になることにする。店のトイレに入り、魔法少女体を換装。本体の俺になって店に戻ると悪い虫がついていた。

「へへ。勇者のねーちゃん。お持ち帰りしてや……ふべ!」

 俺の魔力オーラで、金髪の傭兵の髪が燃えた。

「おい。蛸の化け物が噂になっているらしいが。あれは神話生物だな」
「し、神話生物だぁ?」

 俺はあえて酒場で噂を流す。こうして人類サイドに神話生物の情報を共有することが、人類の協力に至るのだ。

「聞いたことねえなあ。あんちゃん、何者だ?!」

 傭兵の隣では、店主が俺をみて驚愕。

「そ、そいつは、ミカニカ村を救った大賢者だぜ!」

 ミカニカ村では隠していたつもりだった。アルにしかみられていないと思っていたが、どこかでこの姿をみられ、情報が出回ったらしい。
 だが俺は好都合と考える。魔法少女の姿で目立ちすぎるより、おじさん体で目立った方が色々と利用できそうだからだ。

「そうだ。ミカニカ村では魔族信仰と思われていたが、あれは神話生物だ」

 俺はラム酒ケーキで寝込むアルを小脇に抱えつつ、店主の前のバー席へ移動。

「巨大蛸の討伐は俺達に任せてくれ」
「しかし、いいのか? 軍隊規模が必要と言われているぜ」
「問題ない。俺達はふたりで軍隊規模だ。報酬ははずんでくれよな」

 眠るアルをつれてホテルに戻ると、プラムベルが先に待っていた。

「お帰りなさいませ。蛸の討伐をするそうですね」
「お疲れ様。魔王と連絡でもしていたのか?」
「ふふ。お見通しのようですね」

 プラムベルは悪びれるでもなく、僧侶の姿のまま肩をすくめた。

「情報をくれ」
「魔力波長を感知されましたか。お見通しのようですね。私をスパイだとは思わないのですか?」

「君がスパイだとしてもどっちでもいい。疑う時間が無駄だし、嘘とわかったら、縁はそれまでだ。アルは純粋に勇者を貫いているようだが、俺は清濁併せ飲めるからな」
「承諾しました。まずは良い知らせです。魔王ベルゼブ・ゼルギウスは神話生物との決別を決定致しました」

「へぇ。魔王が神話生物と結託するのが最悪のケースだと思ったがな」
「また東の王都・セントレイアにて魔法少女冬芽叶歌が黒騎士率いる黒虎部隊と接触しました」

「叶歌が王都に……。その情報は本当に助かる。俺達の目的も王都で決まりだな」
「ここからが悪い知らせです。西の帝都バハムトブルグの王城で、第11代ロムセン王が、乱心を始めたそうです。ありえない形の乱心だとかで……」

 俺は現世でのことを思いだす。

「神話生物は統治者の脳を支配することで、人間社会を効率よく破壊してくるケースがある」
「それではやはり……?」

「帝都は神話生物に侵略された、とみるべきだろう。魔族が神話生物を拒絶し、人間の国の一方が接触した、か。ああくそ……。ひっでえ話になってきた」
「みつば様。貴方は、笑っているのですか?」
「俺が?」
「まるで災厄が訪れたというのに、笑っているように……」

 俺は酔い潰れたアルを横目にみやる。

「すぅ……ふにゃ……」

 どうやらアルにはみせられない、【魔法少女としての暴虐】の部分が顔を出したようだ。

「【笑っている】か。そうかもな。魔法少女は神話生物のいわば天敵。闘争欲求があるのかもな」
「闘争欲求、ですか」

「俺が悪に見えるか?」
「いえ。闘争心がなければ、何事も成せません」

「さすがは魔族四天王。わかっている」
「四天王の中では最弱ですがね」

「もうひとつ聞きたい。君は軍を動かせる立場にあるのか?」
「企業秘密です。信頼できる方とわかれば、力を貸せるでしょう」

「お互い様だな」
「ふふ。これからもよしなに。あとベルゼ様は相変わらず琉奈子様にべったりだそうです。まるでママのように」

 俺の仲間の一人。大地の魔法少女・谷地琉奈子が魔王と接触。しかし魔王ベルゼが琉奈子の前でママになってしまうらしい。
 琉奈子の魔法は。大地のエネルギーを操る力だ。催眠能力はないはずだが……。

「約束は守る。俺は琉奈子と接触を目標にする。アルは魔王を説得する」
「……魔王様腑抜けになりましたが。実は私の心変わりもあるのです」

「心変わり?」
「魔王様は今の、ママのままでもいいのではないかと。いえ。失言でした。みつば様の前だから、つい口を滑らせて……」

「離れた関係性の相手だから、いえることもあるだろう」
「人たらしですね」

「なんとでもいえ。俺はそのつもりはない」
「お酒がおいしい、夜ですね」

 アルは俺の横で眠る。プラムベルがホテルの窓際で、酒の瓶を傾ける。
 プラムベルとの関係もだんだんと構築できてきたようだ。
 おかげで【世界の情報】も少しずつ、わかってくる。

 魔哭領。そして東の王都セントレイアと西の帝都バハムトブルグ。
 魔法少女と再会しつつどの国家と連携していくかが、この旅の重要事項になるだろう。

3‐3 アルの片鱗


 ドムソンの漁港から少し離れた海上、船での戦闘にて。俺とアル、プラムベルは巨大蛸の魔物を討伐に成功していた。

「ふぅ。おっきい蛸でしたねぇ」

 アルが聖剣を背負い、船上に降り立つ。
 海岸では、バラバラになった蛸型神話生物が黒い霧を放って、沈んでいた。

 蛸型神話生物【ジヂ・ンゴルグ】。
 現世でも海岸に出没していた神話生物・子群だ。

「連携が上手くいったな」
「飛ぶのなんか初めてだけど、できちゃいました」

 俺とアルはハイタッチ。

「飲み込みが早くて驚いたよ」
「えへへ。みつばさんの炎は、炎なのに優しいから、怖くなかったから」

 アルは腕力と近接戦闘は強いが、遠距離攻撃ももたず、移動能力も人間並みだ。

 そこで俺は考えた。

 彼女の足下に推進魔方陣をかけることで、爆発的な跳躍力、移動力を得られると考えたのだ。
 アルは俺の推進魔方陣によって、蛸型神話生物【ジヂ・ンゴルグ】の丸太めいた触手を切り落とした。

【ジヂ・ンゴルグ】のやっかいな点は、本体は海に潜み、蛸の足を伸ばして船を沈めるという点にある。
 通常の人間ならば手も足もでないが、アルは巨大な聖剣を振り回すパワーがある。大聖剣は彼女の身長以上の鉄塊だ。届きさえすれば巨大蛸の触手だって切れると踏んだ。

「ぶっつけ本番で、できちゃうなんて。みつばさんとは息がぴったりですね」
「俺も驚いているよ。言葉がなくても、やりたいことがわかる」
「出会って数日なのに。こんなに息が合うなんて……。不思議です」

 前衛との連携は叶歌と共に23年間鍛えた賜物なので俺とアルの息が特別ぴったりではないのだが、ここは当然言わないでおく。

「今日のはビギナーズラックだろう。少し練習をしておこう」
「望むところです!」

 神話生物の死骸の上で、俺とアルは今回の推進魔法の連携を確認。 

「魔方陣を展開した。俺の展開を感知できたか?」
「いけます。飛びますよ!」

 アルは船上から超跳躍。人間を超えた動きで、10メートルほど飛翔する。

「今度は空中での方向転換だ」
「【魔方陣感知】……。飛べる!」

 魔方陣は空中に展開できるので、俺がいればアルは人外の跳躍が自在にできる。

「飛んでる。私、飛んでる!」

 アルは上空でジグザクに飛翔していた。

「で、でも。酔ってきた!」
「〈熱気球の魔法〉で着地するぞ!」

 俺は魔方陣でアルを包み込む。熱気球の魔法は〈位階に含まれない魔法〉だ。こうした雑多な魔法は0位階魔法と呼んでいる。

「ふわってするけど、落ちる!」
「足を挫くなよ!」

 アルは船上にすたり、と着地成功。

「飛んで、着陸した。これなら自在に剣を振るえる……!」
「ヴェールをみせてみろ」

 俺はアルの勇者装束の一部であるヴェールを確認。

「ヴェールの魔力が減っているが、これは肉体のダメージを軽減させたってことだな」 着地の衝撃は、勇者装束のヴェールの加護で補ったようだ。アルの脚部のヴェールは斬撃で破れるが打撃は吸収できるようである。

 多くの勇者が高いところから落下しても死なないのは、主にこのヴェールの力によるらしい。

「ヴェールの補充もしておこう」
「みつばさんできるんですか? 僧侶しかできないって言われてますけど」
「原理がわかれば簡単だ。この世界の魔力システムは、武装に織り込むことができることもわかって、一石二鳥だったよ」

 俺はアルのヴェールに魔力を与える。アルの勇者装束が再びヴェールの粒子の輝きを帯びた。
 この輝きは装束の防御力復活の合図だが、やはりこのヴェールというものには【装甲のロマン】がある。

〈魔法少女は魔力の外部化を行い、〈世界臨界〉を超えて現象に接続する。だが勇者装束や聖剣は魔力を閉じ込めておくことができる。これは良い【発見】だ〉

 思考しているとアルが俺を覗き込んでくる。

「私もひとりで飛べれば、みつばさんと空を散歩できるのにな」
「勇者は空は飛ばない。それに俺だって自在じゃない」
「そうなんですか?」

 魔法少女は簡単に空を飛んでいるように見えるが、その実は各々の魔力を飛翔に応用している。

「俺の飛翔は熱気球と推進剤の応用だ」

 ちなみに〈氷刃〉の叶歌の場合は、空中の水分を凝結させ足場にするというもの。〈白銀〉の檸檬は磁場操作、〈大地〉の琉菜子も俺に近い方法で、地熱エネルギーの推進剤。
 また〈新緑〉のシトギに至っては、生命力操作で翼を生やすという物理的方法での飛翔である。
 俺達魔法少女は飛行方法ひとつとっても、多彩だった。

「飛べなくても。一緒にいられるだけでも……」

 アルの背後からプラムベルが、現れる。

「いちゃいちゃしているところ悪いのですが」
「ひゃっ! プラムさん……。急に現れないでください」

「私はずっといましたし、魅了魔法で【ジヂ・ンゴルグ】を足止めしていたのですが」
「蛸を魅了してたの?」
「影ながら活躍していたのですよ」

 確かに【ジヂ・ンゴルグ】の触手の動きはやけに鈍かった。アルが活躍できたのもプラムベルのおかげだろう。

「私がいなければアルは三回は死んでいましたね。無謀な闘いを請け負ったものだと呆れていましたが」
「勝ったんだから、結果良しだよ」

「そうは思えません。みつばさんにおんぶに抱っこでは先が危ぶまれます」
「すぐに強くなるもん!」

「えい」
「ひゃぁっ。な、なにを……」

「あなたの感覚を鋭敏にしました。魅了魔法とはこうした応用も利くのですよ」
「何の、感覚、だよぉ……。ぞくぞく、する……っ」
「さあ。なんでしょう。ふふ」

 言い合うふたりを眺めながら、俺はこの世界での運命の流れを感じている。
 神話生物はただの人間ではどうあっても倒せない。神話生物・子群であっても、村ひとつ壊滅させるのは容易いだろう。

 自衛隊は優秀かつ近代兵器の力もあって、富士山麓の最終決戦では神話生物と拮抗できたが、この世界の傭兵ではまるで無理だ。

(だが勇者などの英雄クラスなら違う。自衛隊の近代兵器にもまさるとも劣らない。アルにもその片鱗があるようだ)

 アルは聖剣に選ばれただけではない。
 勇者としての戦力を着実に積み重ねていた。

 魔王軍四天王であるプラムベルもまた、文句を言いながらもアルに協力している。
 素質のようなものを見出したのだろう。

 蒼炎色のショートカットの少女を、横目でみやる。
 プラムベルに背後からくすぐられていた。

「や、やめてくださいよぅ、プラムさん! くすぐったいぃ!」
「よくみると、あなた可愛くなりましたね。成長期ですか? 人間は短命故にすぐに成長する。魔族の中ではその儚さを愛おしく思う者もいるのですよ」

「猫とか犬とかの愛しさだよね?!」
「何か問題でも?」
「ふざけないでください!」

 ふと俺はアルからカリスマめいたオーラを感じ、びくりと震えた。

(気の所為だよな。いまはただのいじられてる女の子だ)

 目指すは他の魔法少女との再会だ。
 アルのことは守りたい同行者ってだけでいい。
 ただ、それだけでいい。



 次元の狭間にて。
 白い契約の獣シュテルンは柔らかな四足獣の軟体を「うにゅぅぅ~」と伸ばしながら、世界の趨勢を見守っている。

「赤光の超火力と勇者ペアか。いいコンビなりそうだね。他の魔法少女も魔力に導かれて、いい出会いがあったようだ」

 シュテルンの周囲には無数の画面があった。魔法少女の動向を見守るために、複数窓を開いて見守っていた。

「新緑の魔法少女夢原シトギは、森の王モルモルンと接触したか。白金の銀城檸檬は、迷い家の大賢者ティセスアクアと邂逅。谷地琉菜子は魔哭領・魔王と接触……」

 きゅいきゅいと頷きながら、白い契約の獣は画面を仰ぎ見る。

「そして氷刃の冬芽叶歌は王都の闘技場を潰して回り、黒騎士と接触した、か。おもしろくなってきたね」

 白い契約の獣シュテルンはにぃと小動物の顎を歪めて笑う。

「神話生物と魔法少女。どちらが支配者であるか、此方の世界でも趨勢を決めようじゃないか」

3‐4 その頃、他の魔法少女は……?(1)


 
 新緑の魔法少女・夢原シトギは森の王モルモルンと契約していた。森の王モルモルンは体長3メートル、体重300キロ、猫のような顔立ちの熊めいた生命体である。
 朝日が射し込む森の中。モルモルンのお腹の上で、シトギは眠っていた。関係上は契約ではあったが、お腹の上で眠れるくらいすでに仲良しである。

「モル、モルンモルンモン……」
「はいはい、モルモル。良い朝だね」
「モルン、モルンルン……ッ!」

 モルモルンが立ち上がると、シトギはお腹から地面へとずり落ちた。

「なんだよ。何? 森が危ないって? わかってるよ。僕は森の声が聞こえるからね。ただ、まだ焦る時じゃない」
「モルンッ」

「確かに、危険は迫っている。この足音は神話生物のものだね。鳥も飛び立っている」

 森の木々がざわめき、渡り鳥が一斉に飛び立った。小動物は穴ぐらに潜り、虫たちもざわめいている。オークさえも群れごとの移動を始めていた。
 人間の可聴域では足音は聞こえない。

 しかし新緑の魔法少女は土や草木、生命そのものと感覚を同期できるのだ。
 森の危機が迫っている。

 そうわかった上で、シトギは眠たげにあくびをし木漏れ日の朝日を浴びて「うーん」と伸びをした。

「数は子群にして128体くらいかな。この森の生態系を駆逐するには十分な数だろうけど。奴らは僕の強さを見誤った」

 シトギはゆったりと立ち上がり、森の外に歩いて行く。

「モ……モルン!」
「君も来るのかい? モルモルン。だけど君のレベルでは神話生物一体にすら、蹂躙されてしまう」

「モン……モン、モンゥ!」
「『森の危機なのに、指をくわえてみていられるか!』か……。ふっふ。まさしく心意気はロックだな」

 ロック。それは現実世界における死語であり幻想となった概念。
 ロック。音楽ジャンルのひとつ、という名目を超えて、石と意思を示す、精神性の表現。「それでこそ相棒だぜ!」
 新緑の魔法少女夢原シトギと、森の王モルモルンはたったふたりで森の外へ。草原の向こうには、無数の奇形の生物が群れとなっていた。

「突っ込んでいって殺す!」
「モルゥモルモルン!」

「うおおぉおおおおおお!」
「モルウゥウウウウウウッ!」

 熊より大きい猫めいたフェイスの森の王と、新緑の少女が、神話生物の大群にむけて走り出す。
 シトギの本職は売れないバンドマンだった。 魔法少女で稼いだお金で音楽をやる。

 現実は冷めている。従うことが美徳された時代だ。ロックだなんて言っても誰もついてこない。
 上位存在に抗うのは馬鹿のすることだ。そう教育段階ですり込まれている。

 運命の奴隷。だからどうした? 
 シトギはにやりと微笑みながら、前傾姿勢で駆けていく。

「ガイア魔法第四位階〈ハーヴェスト・オーバードライブ〉」

 シトギの歩いた先から光る樹木が生えてくる。この土地のエネルギーを変換し、擬似的な森を生み出した。
 新緑の魔法少女は、始めは植物、次に生命そのものとのシンクロを可能とする。

 始めは草を生やす程度の力に過ぎなかった。 やがては自らの身体に羽を生やす、などができるようになった。
 最終形態となったシトギは、生命を司る太陽を操れるようになっている。

「ガイア魔法第五位階、千の生命樹の(サウザンド・セフィロトワンド)

 太陽エネルギーを宿す光る樹木がシトギの周辺に展開。その数は光の波。87体の肉の波を凌駕する、生命の波濤が光る槍となる。
 ざん、ざんざん、ざん、と無数の光槍が地面から生え、神話生物の脳と心臓を串刺しにする。

 神話生物は心臓を破壊した程度ではしなない。しかしシトギの放った光槍は、分子レベルでのダメージを与える。

「焼き切れろ! 細胞まで!」

 87体の神話生物は瞬時に炭となって消えた。

「モルン!」

 森の王、モルモルンの身体もまた輝いている。シトギの生命エネルギーを受けて身体能力を強化。這い寄る海老型神話生物を物理で殴り、倒していた。

「やるじゃん。モルモルン!」

 やがて光槍の波濤は、地面に沈んで収束。
 草原が枯れ果てる。

「……森の力を使い過ぎちまった。でも生き物たちも守ったんだから許してくれよな」

 シトギの光る樹木は、森の生命エネルギーの曲がりだった。

「モン、ルンルンモルン《命は流れゆき巡るもの。神話生物の灰が新しい森をつくってくれる》」 
「そうだな。君のいうとおりだ。……この気配は」

 シトギは森の向こう。ミカニカ村の方角をみやる。

「みつば先輩の魔力痕跡だ」

 シトギとモルモルンの撃破した神話生物群れは奇しくもミカニカ周辺の残党だった。

「みつば先輩。みつば先輩……。会いたいよ。先輩!」

 シトギは走り出す。

「モルゥ?!」
「片思いだけどよぉ。先輩は僕の……。憧れなんだよ! この闘いが終わったら結婚するつもりなんだ!」

「モル……《恋は人をおかしくする》」
「構わない。身が破滅してこそロックだろう。森だってそう言ってるだろ?」

「モンモン《人の心までは森は教えてはくれない》」
「みつば、先輩……。いま行くよ!」

 しかしながら夢原シトギは内向的な人間だった。一人の時はこうしてイキッているものの、本人を前にすると、「ぁ……ぁ……」と言葉を発する力を失ってしまった。
 みつばへの思いは本人には届いていなかった。こうした鬱憤をライブで発散していたからこそ、シトギのバンドは売れないながらももインディーズでカルト的な人気を博していた。

「今日こそ思いを伝える。僕は、変わるんだ! 先輩! 先輩がおっさんの可能性もあるが、いいや。先輩は聖母だ。女神だ! そうじゃなきゃ優しくないもんね! これ僕の中での確定事項! 森だってそう言っている!」

 夢原シトギは、夏瀬みつばを追いかける。思い込みが激しく、妄想力が激しい。それでいて突っ走りがちなバンドマン。新緑の魔法少女と森の王の歩いた後には、緑の芽吹きが芽生えている。

「いま会いに行くよ、先輩!」

 新たな森を生み出しながらシトギとモルモルンはみつばの追走を始めた。



 同日。迷い家の谷にて。
 魔法少女・銀城檸檬は大賢者ティセスアクアの家にやっかいになっていた。

「おかえり、檸檬」
「ただいま。ティセスさん」

 大賢者ティセスアクアはテーブルで足をぶらぶらとしながら、小さな手でフォークを握
り、先に朝食を食べていた。

 大賢者ティセスアクア300年生きていると噂されていたが、その本体は腰まで伸ばした桃色の髪の童女だった。
 若返りの魔術が高じて、若くなりすぎてしまったという。

 妙に裾の長い服を引きずって歩いていることから、若返る以前の彼女が背の高いすらりとした女性であるとわかる。
 白金の魔法少女・銀城檸檬がティセスの向かいに座る。

 テーブルにはパンとミルクにサラダ、チーズが並び、コーヒーがふわりと湯気を立てている。

「今日コーヒーはマンデリンですか」
「匂いでわかるようになってきたようだね」
「異世界でコーヒーに嵌まるとはおもってませんでしたけどね」

 檸檬は、檸檬色の三つ編みツインテールに眼鏡をかけた出で立ちで、魔法少女連隊の中では研究職を務めている。
 檸檬は台所のコーヒーサイフォンを遠隔魔術で起動。ぷくぷくとコーヒーができあがるや、磁力浮遊魔術でコーヒーカップを手元に引き寄せる。

「チーズは熟成型ですか」
「ああ。パンにはブドウを練り込んでいる」

「なるほど。おもしろいパターンです」
「召し上がれ」
「頂きます」

 ふたりは毎日同じ朝食だった。パンにミルクにサラダとチーズ、それにコーヒー。
 だが同じメニューだが種類が違う。細やかな違いを楽しむ朝食だったのだ。
 童女にしか見えない大賢者、ティセスアックアがコーヒーを啜りつつ、尋ねる。

「今日も神話生物がいたかい?」

「谷には18体の子群がいたので討伐し消滅させました」
「研究対象の捕獲は、今日はなしか」

「これ以上、研究対象をふやしても、今のティセスさんの戦闘力じゃ持て余しますからね」
「残念ね」

「僕があなたを強くしますから大丈夫ですよ。それよりも。やっかいになってもう二ヶ月になります」
「んー?」

「そろそろ食費などをお支払いしたいのですが」
「食費も宿代もいらないよ。君は戦闘で役に立ってくれたし。何よりと会話ができる。金には困っていないんだ。ずっといてくれて構わない」

「お言葉に甘えたいのですが。他の魔法少女を探さなければなりません」
「そういいつつ、君はずっとこの迷い家にいるよね」
「居心地のがいいのは、本当ですから」

 檸檬は照れ隠しで、眼鏡をくいとあげる。

「そろそろ向かおうか」

 ふたりで朝食を食べ終え、立ち上がる。
 大賢者の家。迷い家の地下の研究室へと向かう。

 地下の研究室には、コラーゲンに満ちた紫色の肉塊が、張り付けにされていた。
 ティセスアクアが中空に魔力で研究日誌を描く。

「さて、研究60日目。おぞましきものおよび神話生物の生態日誌、と」

 隣では檸檬が眼鏡を光らせている。

「解剖には手順があります。失敗すると脳を浸食される例もあります」
「気をつけるとしよう。君とは良いパートナーになれそうだ」

「戦闘は僕が主導しあなたが助手。この世界の魔導体系における研究はティセスさんが主導し、僕は助手。始め出会ったときは不安でしたが……」
「二ヶ月続いているし。このままずっと続けても良い。神話生物の解剖は興味が尽きないからね」

 地下の壁に貼り付けにされたおぞましき肉塊は、100の眼を浮かべていたが、涙をにじませているようにもみえた。
 大賢者と研究職の魔法少女。よっつの眼差しが地下の暗がりでひかる。

「これより60日目の解剖を開始する。メス」
「はい。メス」

 異世界の大賢者と、白金の魔法少女が邂逅していた。それは研究職同士の出会いであり、知識の融合でもあった。
 神話生物の断末魔が地下に響く。
 誰も聞く者はいなかった。

3‐5 その頃、他の魔法少女は……?(2)

 魔王城〈謁見の間〉にて。

 魔王配下となる四天王のうちの三人が並び、魔王〈ベルゼブ・ゼルギウス〉の前で、忠義の姿勢となっている。

 デュラハンロード〈ゴルギアス〉、グロスハートゴーレム〈ガルゴム〉の二体は共に、膝を付け頭を垂れる。

 百獣の王〈ラグネル〉だけが腕を組んで魔王をまっすぐ睥睨していた。彼だけが四天王最強ゆえに、魔王を直視することを許されている。
 ここに四人目となる〈プラムベル〉が、影に潜み、妖艶に微笑んでいるのが通例なのだが、今はいない。

 プラムベルは勇者との接触を果たしているためだ。

「さて。我々の方針は以上だ。質問をみとめよう。四天王。今は三人しかいないけどね」

 玉座にて、魔王ベルゼが発言を許可した。 ベルゼの全貌は闇に隠れて、うかがい知れない。四天王であろうとも、魔王の姿をおいそれと眺めることは許されていない。
 始めに尋ねたのはデュラハンのゴルギアスだった。

「魔王様。神話生物打倒は、我々も同意するところです。奴らは自然の理に反している。しかし勇者と協力するのは、承服しかねます」
「協力ではない。取り込むのだよ。我は人間と協力する気は一切ない。国際交渉のためには、一匹の雑兵を二重スパイにすることが重要となる。本人もそれとわからないようにな」

「かの村の勇者となった少女を、我らの手込めにする、と?」
「我々に挑んでくる勇者という存在のひとりを駒として動かすのだよ。勇者というのは2000年間、ずっと目障りだった存在だ。我の打倒だの、魔哭領の領土割譲だの、魔族と人間との橋渡しだの交渉だのと、虫以下のやっかいさだった。だから我も考えたのだ」

 闇の帳の向こうで魔王は、告げる。

「勇者パーティは全国土で300小隊だったかな。目障りなものを消すだけでは、一消えるだけだが、奪えばこちらの利にもなる。駒得というわけだ。こうした謀略はプラムベルの得意とすることだろう」

 ベルゼの一言にデュラハン・ゴルギアスは感服した。

「さすがは魔王様」

 ゴーレムのガルゴムも追従する。

「よくわかららないが、オデも凄いことはわかった」

 百獣の王ラグネルだけが、不服そうに腕を組んでいる。

「だが魔王殿。勇者というものは精神力がずばぬけているからこそ勇者なのだ」
「不服そうだな。ラグネルよ」

「俺は幾度となく勇者と拳を交えてきた。もっとも俺の武器は爪と牙だが」
「よい。貴様は拳で語る男だ。些事は気にしない。つまり何が言いたいのだ?」

「勇者という存在は、誑かし程度で寝返るえるような連中じゃあないってことだ」
「簡単ではなくてもサンプルがほしいのだ。一度、勇者を取り込むことができれば、これから先も楽になる。何より神話生物を駆逐するには、いかに人間を掌握するかにかかっている」

「人間を掌握するのは同意だぜ。奴らの統率は動きが遅いからな。なんでも宮廷では政治的な策略だのなんだので、責任の押し付け合いが盛んだそうじゃねえか」

 獣王ラグネルに、首なし騎士ゴルギアスが追従する。

「我ら魔王軍は違う」

 ゴーレムもまた頷いていた。

「魔王様の意思の元、オデら、がんばれる」

 影の向こうで魔王が、ふたつの目を光らせ、立ち上がる。

「わかったならば、役割を果たすがいい。これにて謁見は閉廷だ」
「「「はっっっ」」」

 四天王は、後ずさりし謁見の間から去った。 魔王の背後にはもう一人の少女が、腕を組んでいる。
 大地と(くう)の魔法少女。谷地琉菜子の姿があった。


 
 魔王城最奥。王の室にて。
 魔王ベルゼと谷地琉菜子が、丸テーブルで紅茶を飲んでいた。

「なあ、ルナコよ。これでよかったのか? 我としては勇者を駒にはしたくはない」
「ベルゼちゃんさぁ。300年も生きてる割には頭が固いんだねぇ。300も生きてるから、なのかな」

「年寄り扱いするでないぞ。魔王は100年スパンで転生と流転を繰り返す。魔王としては300年だが、今の我はピチピチ。まだ23歳じゃ」
「23歳にして、一軍の長ね。昔の俺を思い出すよ」

 谷地琉菜子は、紫色の魔法少女装束だ。髪は前髪ぱっつんにしている。
 琉菜子の本体は谷地月(ライト)という。魔法少女連隊を株式会社化し〈討伐〉という名前で傭兵派遣業を営んでいた。

 琉菜子は16歳の時、猛勉強して起業した。 魔法少女として熾烈な闘いをする仲間にお金が一銭も入らないことが許せなかったし、自分も稼ぎたかったからだ。
 懐かしむ琉菜子を、魔王は訝しむ。

「昔のお主だと? 我とさほど姿は変わらないようにみえるがな」
「みてくれはこうでも、俺の本体はおじさんでね。あんたが魔王だし、どうせおさらばするから、話すんだけどね」

「人間の雄が本体とな。なんと面妖な!」
「経営一筋20年だ。だからあんたのことは馬鹿にするどころか、シンパシーを感じるよ。ところでひとつ気になっていたが、ベルゼちゃんさ」

「ちゃんではない。魔王様と呼べ」
「【ベルゼちゃん】さぁ。魔王が100年スパンで転生をするっていうけど。今のベルゼちゃんは3回目の人生の23歳っていう意味でオーケー?」

「そのとおりじゃ。魔王とは間違えない存在。ゆえに三度の肉体と人生を約束されている」「壮大な話だね」
「転生は100年に一度。魔哭領の沼にて行われるのじゃ」

 ベルゼは紅茶を持って立ち上がり、窓から庭をみやる。
 庭にはガーデニングの赤い薔薇が咲き誇っていた。ガーデニングはベルゼの趣味だ。庭師にやらせるだけでなく、自分でも手入れをしている。

『お花は自分で手入れすることで心を通わせられる』というのがベルゼの持論だった。
 四天王を前に弱みはみせられないので、知るのは琉菜子と庭師のみである。

「でもベルゼちゃんさあ。魔王の転生は三回までなんだろ? その次はどうすんの?」
「そりゃあ当然! よき雄をみつけて結婚するのじゃ! 魔王の春とは300年に一度なのじゃ。すべては魔哭領の統治という責務を果たすためよ!」

「浮かれていられるのは、今回の100年だけってことね」
「この200年、我は第17代魔王として魔哭領の統治をこなしてきた。だが今回の100年は、浮かれてはいられない。人間との衝突のみならず、神話生物まで異世界から入り込んで気負った。かつては〈名伏しえぬもの〉と、世界の深淵で観測されるのみだったが……」

「だから俺がこうして情報を与えている」
「お主の情報がなければ神話生物との闘いは、魔族でも厳しかった。改めて感謝する」

「いいのいいの。俺達共闘関係だし」

 琉菜子は掌をひらひらさせる。

「それより、大事なのはベルゼちゃんの結婚だよ。魔王の話聞いてたら、大変っていうか切実って思えちゃった」
「魔王は責務が優先だ」
「本質的に命を繋げることが大事だよ。結婚、厳しいなら俺と結婚しようか」

 ベルゼが紅茶のカップを落とした。ばりん、と割れ、赤い絨毯に染みがつく。

「ば、馬鹿をいうでない! お主だって姿はおなごではないか!」
「だから魔法少女は外見だけだって。本体はイケメンだ。これでもジム通ってるから。鍛えてんの」

「しかも軽い!」
「経営者だからフットワークは軽くないとな」

「くくく。だが我には見え透いておるぞ。貴様には好いておるメスがいる」

 琉菜子が笑顔を崩し、真顔になった。

「意外に聡い奴め。心も読めるのか?」
「魔王の勘よ。貴様はおそらく仲間の魔法少女を好いておる。おおかた……。駒にする勇者についている、あの炎の少女だろう」

 琉菜子は今度は、にやりと悪魔めいた笑みになった。

「へーぇ。魔王の勘ってのも、当たるんだな」
「村を守った新米勇者と、炎の魔導師の噂を聞いたとき、貴殿の顔が妙に嬉しそうだった。我は聡いのじゃ! 我を唆して、プラムベルを派遣させ、勇者を駒にするという作戦も、貴様が仲間と接触するための口実!」

「そこまで見通されちまったか。それで、どうするかい? 魔王様。一戦交えてもいいんだがな。四天王を含めた全戦力なら、俺といい勝負するかもだぜ」

 琉菜子は好戦的に目を細める。大地の魔法少女は経営者的であるゆえにテストステロンも豊富だった。
 魔王ベルゼは琉菜子と視線をぶつける。

「友好的なものと闘うほど我は浅はかではないさ。強者だからと、おもねるつもりもないがな」
「俺はみつばの同行を知るために、あんたを踊らせた。気づかれるとは思わなかったんだ。少しだけ悪かったとも思ってる」

「好いた女を見守るためには魔王さえも利用する、か」
「まあ、そんなところだ」

「我を踊らせた、といったな。たしかに四天王の一角を、我の思惑ではなく貴殿の意向通りに動かしたというのは、魔王を踊らせたともいえる。だがな」

 魔王が琉菜子に歩み寄り、手を差し出した。

「我を騙したようで悪かったというが、逆じゃ」
「逆、だと?」

「我が貴殿に手を差し伸べているからこそ、貴殿の望みは叶った。すべては寛容な我の掌のうち!」
「なんだその理屈は。『物は言い様』ってだけの、後出しじゃんけんじゃねえか」

「うるさいうるさい! 我を踊らせているようでいて、実際に踊らされているのは、貴殿なのじゃ! わかったら手を取るがいい!」

 琉菜子が立ち上がり、ベルゼの手を取った。

「魔王とはいえ、俺の魔法なら瞬殺できる」
「知っておる。魔力だけでわかる」

「この異世界の強さの規格は、神話生物と死闘を繰り広げてきた俺達には、優しすぎる」
「脅すつもりでもないだろう。殺されても我は屈しぬがな」

「ああ。だから気に入った」
「はぇ? なにを……」

 琉菜子は魔王の喉元に、指先を触れた。

「俺に瞬殺されると理解しながら、なお世界のために受け入れる気概。魔王の胆力というべきか」
「子供扱いするでない」

 魔法少女と魔王。ふたりの少女は、自然と薔薇園に歩み出ていた。
 やがて、くるくると手を取り合い、自然と踊り出す。

「魔王だから俺の本心を話そう。赤光の魔法少女・夏瀬みつばは、俺の憧れだ」
「憧れなど。頂点に君臨する我には、遠い感情だ」

「頂点のあんただから聞いて欲しい。俺だって……魔法少女連隊では頂点に君臨するはずだったんだ。だが実際に多くの魔法少女の心を掴んだのはみつばだった」
「憧れゆえの恋慕か? 妬ましさもあるのかのぅ? くくく……」

「みつばのことは認めている。だからこそ、俺はあいつをものにしたい。みつばはまさしく魔性の女だ」
「お主とおなじく、中身が雄なこともありえるのではなないのか?」

 踊りながらベルゼが尋ねると、琉菜子は悲痛な顔になった。

「それはない。俺は経営者だ。女には困らなかった。だけど魔法少女としてのカリスマはあいつの方が……」
「やっぱり妬いておる」

「違う! 魔王だからって、俺を知った気になるなよ!」
「いいではないか。我は魔王ベルゼ。世界の半分、魔哭領を統治する者。その中心でお主は我と踊っている。あえていうならば、魔法少女谷地琉菜子よ」

「なんだよ」
「我に甘えればよかろう」

「な……? 俺が、甘える?!」
「我が認める者は一握りしかいない。頂点に君臨し損ねた魔法少女よ。この世界では我とともに、歩むことを許そう」

「みつばは勇者と接触した。俺は魔王ベルゼちゃんと踊っている。俺は俺の恋路のために、君と世界の半分を統治する」
「やっかいな奴を拾ったものじゃが、我もやぶさかではない。魔王として君臨するとこうして本心で話すこともないからのう」

「【頂点に君臨する者】同士。夜まで語り明かそうか」
「貴殿は君臨しそこねた者だろう」
「うるさい」

 魔哭領深層の薔薇園で、ふたりの少女は疲れ果てるまで踊り続けた。
 大地の魔法少女と魔王が打ち解け、世界の半分が脈動を始める。

3‐6 その頃、他の魔法少女は……?(3)

 同日。王都セントレイア付近にて。王国精鋭軍と神話生物群の衝突が行われる。
 王都軍6000の軍勢の先頭では、氷雪の白銀に輝く剣士が、303体目の神話生物を氷結しつつ両断していた。

 戦闘開始から2時間20分後。
 神話生物の屍の山を、氷の剣士が踏みつけていた。

「さて。僕がいなければ、王都さえ蹂躙されていた。要請を聞いて欲しい」

 子群の屍どもは絶対零度へと至り、バキンと亀裂が入る。神話生物は細胞レベルで生命に害をなす。炎魔法の場合は燃やせば済むが、叶歌の場合は氷魔法なので、凍らせてから粉々に砕いて破壊することにした。

「神話生物の氷結は完了した。軍の皆様は粉々に砕く作業に入って頂きたい。軍の統制はどうでもいい。これは現場の僕からの指示だ」

 屍の山で氷結の少女が要請を行う。
 しかし王国軍は動揺に見舞われていた。

 複数の疑問が交錯していたのだ。
 まずは神話生物の強さが常軌を逸していた点だ。

『モンスターの軍勢が暴れている』と兵士達は聞いていた。モンスターとは北方魔哭領から訪れる魔族からの尖兵を指すものだ。

 300体のモンスターならば20倍の6000の戦力があれば十分なはずだった。
 しかしこの闘いはいつものモンスター討伐とはまったく違う。

 神話生物は各々がこの世界のモンスターの姿を侵食、かつ数倍の戦力を誇っていた。

 例えば豚頭のオークの頭部が、蛭になっている。
 巨大な蝸牛めいたものが二足歩行で走ってくる。

 少し形状が異なるだけなのに、この奇妙な存在どもは心臓を破壊しても止まらず突っ込んでくる。
 自然の摂理からの反しているだけでなく、生命力までもが常識外れだった。

 兵士達は「どうして殺しても死なないんだ?!」と、困惑と恐怖に塗れた。
 そこに現れたのが、第二の疑問。

 氷刃の魔法少女・冬芽叶歌である。

――『なんだ、あの青い少女は……?』――

 驚愕にみちる王国軍兵士を横目に、叶歌は神話生物の軍勢を、たったひとりで、切り倒していく。

「神話生物は凍らせたので、砕いてください」

 王国軍への口調は、はじめは丁寧だが、だんだん命令になってくる。

「早く動いて」「とっとと動くか偉い人を連れてこい」

 軍団長が叶歌の前に出て、問いかける。

「あなたは、神の使いなのですか……?」

 神話生物の屍の上で、叶歌は見おろしながら、軍団長に応じる。

「神ではありません。魔法少女です。崇められる趣味もありません。とにかく氷結したこの愚物共を砕いてください」
「この氷の山を、砕けば、いいのですね。命令を致します。しかし、あなたはいったい……」

 軍団長は叶歌に対し戦慄を覚える。
 氷結魔法を使うこの紺碧(こんぺき)の少女がいなければ、6000の軍団が、100かそこらの神話生物群に蹂躙されていただろう。

 ゆえにこの少女は圧倒的過ぎるのだ。
 圧倒的強さは、人を竦ませる。

 歴戦の武人でさえ、足が震え、冷や汗が止まらない。

「氷の山を砕いてください。絶対零度から氷点下に戻ってしまえば、神話生物の細胞が復活します。砕いてください」

 叶歌の冷たい視線に、軍団長は目をそらした。戦士の勘が告げている。例えばこの少女ひとりに6000の軍勢でかかっていったところで、傷ひとつ付けられないだろう。冷や汗が全身を伝った。

「神の使いでないなら、あなたは誰なんです……? 魔法少女とは……?」

 絶対的な魔法少女という存在を前に、従うことも抗うこともできず行動が凍り付いていた。

「ちっ。丁寧はやめだ。お前ら……」

 紺碧の魔法少女が、屍の氷山を踏みしめ、怒りを放つ。叶歌は普段は丁寧を心がけているが、いざというと短気だった。
 凍り付いた場を溶かしたのは、背後から現れた黒騎士だった。

「いやぁ、すごいですね。王国の軍勢がかたなしだ」
「あなたは……?」

 叶歌の怒りが少し収まる。兵士達には158センチの少女が、巨人に見えている。人は精神的に圧倒されると、相手の影を巨大に捉えてしまうものだからだ。

「私は黒騎士エミリーと申します」

 黒騎士の顔は兜仮面で覆われている。

「顔をみせてください。火傷など見せられない理由があるなら別ですが」
「火傷ではありませんよ。わけあってお忍びなだけです。私の誠意を盛って信用して頂きたい」
「信用や誠意はいりません。合理的に交渉をしましょう」

 叶歌は交渉の意思をしめした。

「畏まりました。まずは救ってくれたことを感謝します。トウメ・カノカ様」
「僕の名前を調べたようですね」

「ええ。王国のツテでね。なんでも3つの闘技場で出禁になっただとか。150戦全勝。強すぎるくせに相手を捻るだけで殺さないから、盛り上がらないだとか」
「路銀を集める必要がありましたから。それに無駄な殺生も好みません」

「闘技場の経営者は怒っていましたよ。殺しがないんじゃ客が盛り上がらないって」
「中世的な野蛮も好みません」

 叶歌は異世界を放流する中モンスター討伐などで路銀を得ていたが、やがて闘技場を回るのが効率的だと思い【闘技場破り】を行っていた。

 このことが黒騎士の耳に留まり、プロフィールを調べられるに至った。

「どうして我々を助けてくれたんです? もうあなたはお金には困らないはずだ」
「神話生物の存在に気づき、いてもたってもいられなくなりました」

「神話生物とは、この氷の屍ですか? 見たことがないモンスターですが……」
「モンスターではありません。世界の摂理を壊す、【根源的恐怖】です」
「根源的恐怖……。わかりました」

 黒騎士はしばし思案し、軍団長に指示を出す。

「皆の者、まずは化け物どもを砕きましょう。王国の恐怖を根絶やしにすることが先決です」
「いいのですか? 黒騎士殿。この少女の処遇は……」
「魔法少女殿は私が請け負いましょう。軍団長は指揮を」

 黒騎士は王国軍の中では変人と囁かれていたが、こうした理解の範疇を超えた状況では頼りになる存在だった。
 黒騎士が交渉したことで叶歌への恐怖は和らぎ、軍団長が指揮をとる。

「うーし。お前ら、神の使いのいうとおりにしろ! 化け物共を砕くぞ!」

 王都軍は神話生物の屍の氷山を砕く作業に入った。

「さて魔法少女殿」
「冬芽叶歌です。黒騎士エミリー殿。叶歌で構いません」

「では私も【エミリー】で結構です。あなたの行動は王国軍を救った行為ですから、まずは歓待致します。王城にお招きしましょう」
「歓待は嬉しいのですが、簡素でお願いします。とんとん拍子は怪しむ性質ですゆえ」

「うふふ……。私はおもしろい拾いものをしたみたいですね」
「ひとつだけ、優先事項をお願いしても?」

 王城と聞いても叶歌は怯まず、黒騎士に提案を出す。

「なんなりと」
「歓待より料理より先に、まずは綺麗なお風呂に入らせて頂きたい。食べ物は狩れば済むが、お風呂だけはどうにも」

 王都セントレイアにも公衆浴場はあったが現代と比べると綺麗とは言いがたかった。王城に招かれるというならプライベートな綺麗なお風呂があると踏んだのだ。

「ありますよ、綺麗なお風呂」

 叶歌の眼が煌めいた。
 黒騎士は仮面の中でほくそ笑む。

「私の部屋に備え付けてあります。案内しましょう。僕自信も大きな歓待というよりは貴方と個人的にお話をしたい」

 叶歌は黒騎士を訝しんでいたが、お風呂の誘惑には抗えなかった。何か悪いことをされるにしても魔法少女として生きてきた叶歌はたいていのことは経験済みだし対処もできる。

「ぜひとも」

 今はお風呂だ。叶歌はうきうきで黒騎士に付いていくことにした。

4‐1 黒騎士の正体

第四章 王都と魔王城の接触


 冬芽叶歌は、王城のお風呂に浸かっていた。黒騎士のプライベートルームだという。室だということで多少引け目はあったが、白く綺麗な石造りのお風呂を前にすると、叶歌の欲望は解放された。

「では、ゆっくりしていってくれ」
「かたじけない」

 叶歌ははらりと、生まれたままの姿になり、白い大理石の湯船に身体を沈める。

「ふぅ~。ふぁあ~。あったかぁい。極楽ぅ~」

 叶歌は温かいお湯に身体を沈めると、やっと安らいだ心地になった。

「みつば、どうしてるかな」

 温泉や日向ぼっこなどの『熱』を感じるとき、叶歌は相棒のことを思い出す。

 赤光の魔法少女・夏瀬みつばの姿がいつも脳裏に焼き付いている。
 シュテルンからの通信で各々魔法少女が活動を開始したと聞いた。みつばもまたミカニカ村を守ったという。

(あいつらしいな。みつばがいなければ、魔法少女連隊は成立しなかったからな)

 358人の魔法少女連隊の実質的な指導者はみつばだった。
 魔法少女の元帥は5人いるが、リーダーがみつばであることに概ね納得していた。

 大地と空の魔法少女・谷地るな子だけは野心を持っていたが、彼女もまたみつばと反目することはなかった。
 その理由は、みつばが誰よりも、仲間を守ろうとするからだ。

 赤光の魔法少女は炎の魔法をベースにする。 高火力・高い殲滅能力を持つ魔法少女だ。
 炎魔法であることから回復や近接戦闘、防御には向かない。
 にも関わらずみつばが仲間を守れるのは、高い精度の遠距離魔法を持つゆえだった。

(本当甘い奴だよ。あいつは。だがそれがいいんだ)

 358人の魔法少女連隊の仲間全員を、みつばは気にかけていた。
 14歳。魔法少女一年目のみつばの言葉を思い出す。

『これから仲間が増えても、俺は誰一人死なせたくない。死なせない。俺は攻撃魔法しか使えないけど……。神のごとき目線で、遠距離魔法を使えるなら描けるなら。皆を守れる。守ってみせる』

 過酷な闘いにおいて誰一人の魔法少女も死なせないなんて。
 ありえない理想と思っていたのに。

(思えば、あいつ。本当に最終決戦まで仲間を生かし続けたからな)

 叶歌やみつばは14歳の頃から魔法少女を続ける第1期生だった。魔法少女は今年入った新米を含めて第23期生まで在籍している。 若輩の魔法少女は当然、脇が甘い。不意打ちで致命傷を負うことも十分ある。

 14歳のなりたて魔法少女が、神話生物の魔獣に肩を食われる。断末魔と共に魔力防壁が剥がされ、流血に至る寸前。
 みつばの熱線が弧を描き、魔獣を打ち抜くのだ。

(殲滅魔法を的の撃破ではなく、仲間を守ることに使う。簡単にやってのけるが僕はあいつの血の滲む努力を知っている)

 叶歌はみつばという存在の『ありえなさ』を知っている。
 みつばが部隊の後方から遠距離射撃によって、すべての仲間を守る。

 そして1期生から23期に至るまで、魔法少女の死者は存在しない。
 358人の魔法少女の誰もが知っている。

 みつばがいなければ、自分の命はもうないのだ、と。
 だから皆が彼女についていく。

 叶歌は隣で、太陽のように輝く少女を支えたいと思う。

「あいつはあいつで、回復使いのおかげだよ、って言ってのけるからな。僕ができることは斬ることと、現実では公務員になることくらいだ」

 叶歌は現世では公務員だった。魔法少女の存在と市民の連携をとるために、公務員になるのが最適だと考えたのだ。
 実際成功し、自衛隊との連携をとるに至った。

(だから今回の異世界でも……。王国軍と連携がとれるといい。僕の役目はかわらない。皆の魔法少女の境遇に、権力と正統性を与えることだ)

 ふとお風呂場の扉が開かれた。
 お湯に浸かる叶歌の隣に、ちゃぷりと誰かが入ってきた。黒騎士だろうか。いよいよ顔が拝めるのかと、視線を向ける。

「ごきげんよう」

 隣に居たのは、金色の髪を結わえた美少女だった。生まれたままの姿で叶歌の隣にぴったりと寄り添う。

「ま、まってくれ。君は黒騎士、なのか? どこかで見たことがあるようだが」
「私の顔を知らないなんて、王国民ならありえないことだよ」

「思い出した。王女エミリー、なのか?」

 叶歌は放浪時代に記憶していた王女の姿と眼の前の【黒騎士の中身】が同一人物であると理解する。

「やっと把握したか。謎多い黒騎士は、セントレイアの王女だったというわけだ。正体を知るのは一部王族と宰相の他には君だけだがね。ここでは女同士。気兼ねなどないだろう」

 絵面は確かに女同士だ。
 だが中身はそうではない。

(おじさんなのは、僕の方なんだよ)

 叶歌は罪悪感があった。見た目は魔法少女だがその本体はおじさんである。
 本名は冬芽奏太。しがない公務員だ。
 魔法少女と公務員の激務から彼女がいたことはない。世界を救うことで精一杯で、恋をする暇など露ほどもなかった。

「黒騎士……。いやエミリー殿。僕は嘘がつけない」
「どうした? 顔を背けて。真っ赤だぞ? 戦場ではあんなに容赦なく冷徹なのに。まるで初心だ。童女でもあるまいし」

 黒騎士もとい王女エミリーは、叶歌の肌に吸い寄せられる。

「しかし魔法少女のときから思っていたが。あなたは中々よいものをお持ちで……」

 エミリーは叶歌に肩を寄せる。王女の胸は豊満だった。

「違う! 不可抗力なんだ」

 叶歌もまた豊満だが魔法少女の身体は、遺伝を元に形成される。本体が男の場合、性別が逆になった想定で肉体が形作られるのだ。
 叶歌は近接戦最強だったが、スタイルの豊満さもまた魔法少女の中では群を抜いていた。 身長は165センチ。魔法少女にしては大きい方だが、バストはGカップとなっている。

「この大きさで形の崩れがない。胸筋があることから、お椀型になっているんだな。すばらしいことだ」
「せ、説明をするな!」
「だが私も負けてはいないよ。乙女として発育に苦労はするが、武人として鍛えることも怠っていない。その点においてと君は同志のようだ」

 エミリーは口では扇情的だが、叶歌に対しては肩を寄せるだけで、ひかえめだった。

「気に障ったなら、すまない。同じ乙女としてつい賞賛したくなっただけなんだ」
「いや。問題はない。それより少し離れてくれないか」

 叶歌は目をそらす。女体を前に、煩悩が疼いていた。

「私をみてはくれないのか? 王女の素肌が目の前にある。叶歌殿は軍を救ったのだ。私は王女として、裸の付き合いをしたい。心を打ち明けたい。だから、まるで避けられているようなのは少し不服だ」

「避けているわけではない。あなたは美しいから、刺激が強くてな」
「豪胆でありながら、慎ましやかな人だ」

 叶歌はエミリーを直視できずにいた。

(今の僕は叶歌だろう。奏太ではない)

 おじさんの心が漏れそうになるが、ぐっと堪える。

(それに好きなのはみつばなんだ。最後の闘いが終わったら、想いを伝える。そのはずだったのに……)

 だが叶歌の脳裏には大いなる不安があった。 みつばもまた、自分と同じ『本体がおじさん』の魔法少女なのでは? という懸念だった。

(魔法少女してがんばった。すべてが終わったら結婚して家族をつくりたいんだ。でもおじさんである私が、受け入れられなかった)

 叶歌もまた悩んでいた。魔法少女のときは自分を『僕』と称していたが、ギリギリ社会人の自分と魔法少女としての自分を折り合わせた結果、僕っことなった。
 みつばは自分を『俺』といっている。

 同じおじさんである可能性は大なのだ。
 それでも、叶歌はみつばが女の子である説を濃厚だと思っている。

(みつばは女の子のはずだ。だって男があんなに優しいわけない……。あんなに繊細な男がいてたまるか)

 社会人として生きているとわかることがある。
 男は基本的に優しくない生き物だ。叶歌本人もまた、そうだった。人が死ぬ程度でセンチメンタルになる生き物は闘いに身を投じることはできない。

 だけどみつばは、仲間を絶対に死なせないという。同時に最強の火力魔法使いとしても君臨している。ふたつの矛盾を抱えているのが、夏瀬みつばという魔法少女の特質だった

(『仲間を絶対死なせない』なんて聖女みたいなことを、男が言うわけがない。だからみつばは女の子のはずだ。僕の恋路は……)

 目の前では、王女エミリーが首をかしげる。「黙ってしまったけれど。何か、考え事をしているのか?」

「いえ。あなたが魅力的ゆえ」

 氷刃の魔法少女・冬芽叶歌はエミリーの裸体を前に目を背ける。

(美しい……)

 ずっと闘いばかりだった。
 いい加減誰かに愛されたい。

 だけどおじさんである自分が愛されるわけがない。
 今は魔法少女の姿だから、同じ女の子としてエミリーは気にかけてくれているとわかっている。
 ならばこそ……。

「王女エミリー殿」
「エミリーでいい。私は人を見る目はあるんだ。あなたは悪意ある人ではない」

「闘いばかりで、疲れていた。だから……。癒やされたい」
「そうか。では癒やしてあげよう」
「すまない。今のは失言なんだが……」

 ふいに裸のままで抱きしめられる。

「ぁ……」
「よしよし。がんばったんだね」

「どうして……」
「あなたは救国の英雄だ。胸を貸すくらい、いくらでも」

 クールだった氷の魔法少女が温泉の力でとろとろに解けてしまった。
 王女の前で本音をさらけ出してしまう。

「疲れたんだ。公務員も魔法少女も、適わない恋も……」
「今だけは私の胸で休むと良い。よし、よし……」

(ごめん、みつば。僕は癒やされなければならない。でもいいよね。癒やされる資格があるはずだよね)

 叶歌はエミリーに抱きしめられ、安らぎを得た。黒騎士で王女でもあるが、彼女の本質は聖女でもあったのだ。
 かくして氷刃の魔法少女・冬芽叶歌は黒騎士もとい王女エミリーと出会った。

4‐2 神話生物の浸食


 
 大陸では東の王都セントレイアと西の帝都バハムトブルグのふたつの大国が領土を拮抗しつつ、共存しあっていた。
 北方にひしめくのは魔哭領ゼムル。

 魔王と魔族が暮らす地として、人間界とせめぎ合っている。
 西の帝都バハムトブルグの王城では、第11代ロムセンが、乱心を始めていた。

「王……おやめください! このような余興は?! グッハァ?!」

 ロムセン王の右腕は触手となり、兵士長を貫いていた。

「我に叛逆する者は国家に反逆する者なり! 死を盛って償うべし!」

 人語を介しているものの、理性も感情もいずれの人間的能力が残されているようにはみえなかった。
 ただの人間の暴虐ならば、殺せば済む話だ。だが、軍事国家とはいえ秩序を重んじてきた質実剛健な王とは思えない。

「我が子らも手にかけることにしよう。我の地位を簒奪せしと目論む、奸臣にすぎぬ……」

 王の間の御膳で、かつての寵臣達は、動けずにいた。軍人達が遅れて立ち上がり「おやめください、王!」と割って入るも、王の目からは触手が這いずり出でる。

「王の命令が聞けぬのか? 我は我が子を手にかけねば……」

 ロムセン王は質実剛健な王だった。王族でありながら軍の演習にも積極的に参加し、強者と並ぶまではいかずとも、多くの戦士に認められるに至った。
 ロムセン王の政策は、重武装中立の立場だった。他国の侵略を許さず、故に自国の侵略も行わない。

 非暴力不服従の僧侶とも対話した記録が出版されたこともある。「方法は違えど志は同じ。無益な国民の血を流さず。飢えさせず、困窮させず、孤立させない。政策は成功し帝国は豊かになった。

 ロムセン王は歴史まれに見る賢王として、後世に記されるはずだった。
 王都セントレイアのアズベール王と共に、歴史上稀にみる賢帝、賢王として、世界の安定に貢献していたはずだった。

「我が子に手にかける喜び!」

 ロムセンの全身から触手が、生まれる。
 王の間の端に陳列していた、ロムセンの皇太子兄妹が、恐怖に目を見開き、死を感じる。

 それは帝都に舞い降りた、神話生物による【不条理そのもの】だった。


 帝都の王ロムセンが乱心していたのと同時刻。
 王都の王アズベールもまた同様に神話生物の浸食を受けていた。

「アズベール王。何故乱心を?!」

 帝都バハムトブルグと王都セントレイアでの異なっていた点はひとつ。


 ――そこに魔法少女がいたかどうか――


 アズベール王の目から触手が躍り出ている

 真っ先に抜刀したのは黒騎士エミリーの従騎士となっていた、冬芽叶歌だった。 
 瞬きの間の剣閃で、触手が88に分割される。

 触手の槍はすでに、十数人の軍人の腹を貫いている。
 王の乱心と呼ぶには十分すぎる惨劇だ。

(神話生物ならやりかねないことだ。王が寄生されたならばやっかいだ。ここで滅してやるしかない。しかし……)

 叶歌はふと違和感を覚える。
 真っ先に陣頭指揮をとるはずの黒騎士……。エミリーが動揺していたからだ。

「王……。どうしてこんなことに?」
「危ない。エミリー殿!」

 エミリーの漆黒の鎧を触手が貫通する。鎧がなかったら致命傷だった。

「どうしたのです! いつものあなたらしくない」
「お父様、なんです。あれがお父様なんて……。お父様、お父様を助けるには、どうすれば……ああ……っ」

 エミリーにとって王とは父そのものだ。
 その父が神話生物に侵食され、人ならざる異様を晒している。
 アズベール王の全身から触手がはいでる。毛穴を突き破り、触手の数は50にも増えている。もはや人間の原型はなかった。

 王女に「動揺するな」、という方が無理だろう。

「ハガハガハグ、子殺しをすスススるゥ?!」

 王が壊れたというよりは、魔の者による寄生なのは明らかだ。

 この場では叶歌だけが、魔族ではなく神話生物と認識している。

 宇宙的な、上位存在的な恐怖への対処を知るのは、魔法少女のみ。
 わかったところでただの人間がどうにかなるわけでもない。

 叶歌が動くしかない。

「空間凍結」

 叶歌は一振りの氷剣を構える。

「雪月華・千閃」

 50もの触手は人類が対処するには多すぎる。

「僕は凍結に斬撃を混ぜることができる」

 王と50もの触手が空間ごと氷漬けになるる。

「千々に散れ!」

 やがて凍っていた触手がばりんと割れる。氷結の伊吹と、斬撃の波状攻撃が、アズベールから出でる宿主を分割していく。
 ばりん、ばりん、ばりんと50もの触手が200もの裂傷を受け、粉々に砕け散った。
 凍結の伊吹は、触手に支配されたアズベールをも氷漬けにする。

「父上ーーッッ!」

 まっさきに叫んだのはエミリーだ。
 砕けた触手をふみつけに、アズベールの元に走り寄る。

「安心しろエミリー。殺してはいない。神話生物の細胞だけに局所的に氷結を送った。だが王がまだ人であるかはわからない」

 叶歌もまた氷剣を鞘に収め、倒れる王のもとに向かう。
 エミリーが倒れふすアズベールを抱える。

「父上!」
「エミリー、か。我は不覚を、取った……。ぐふっ」

「しゃべらないでください!」
「神話生物は、我の脳に寄生していた。今も我の中にいて、再生を始めている」

 ぐじゅぐじゅぐじゅとした音と共に、アズベールの眼から触手が蠢く。

「必ず、治ります。いまは手当を」
「それではならん! また我が支配され、王が臣民を手にかける。このようなことは繰り返してはならぬ。どうかお主の手で我を殺してくれ……。我が娘よ」

「お父様……。いや! いやです!」

 アズベールもまた王でありながら、騎士として戦場にでていたと聞いていた。
 エミリーが黒騎士になったのは、アズベールを見習っていたからだろう。

 親であると同時に、彼女の憧れが、魔に浸食され砕けようとしている。

「できません。魔に犯されていたとしても、父を手にかけるなど……」
「ならば我ガフタタビ……。人を手にかけ……フヒッ」

(ダメだ)

 叶歌は氷刃を抜き、構えた。
 アズベールは再び、名伏しがたき者に支配されようとしている。

「僕がやりましょう」
「ダメです。叶歌殿……。私の父なのです。あなたに殺させるなど……」

「覚悟を決めてください」
「ソレで、イイ。帝国を任せたぞ」

 叶歌を促したのは、王本人だった。
 王の右目は触手がうごめく。
 左目だけは、元の眼に戻っていた。
 
 叶歌は刃を持ち、アズベールに突き立てた。


「勘違いしないでください。殺すつもりはありません。覚悟とは苦しみながら生きることです。あなたは死なせない」

 叶歌の氷の刃は王の腹部に突き刺さる。直接剣を打ち込めば、より精妙に神話生物だけを凍結できる。
 王の肉体を凍結させると同時に、内部に巣くっていた神話生物を瓦解させた。

 命を刈り取る剣ではなく、延命の剣だった。

 王は死なず、延命した。
 だが意識は戻ることなく、浅い呼吸のみで長い眠りにつくことになる。



 王の乱心事件の夜。
 自室にてエミリーは打ちひしがれていた。
 叶歌はエミリーの部屋を尋ねた。ノックをしても返事はない。ドアには鍵がかけられていた。

(王女だからこそ、脆いこともある。たとえ黒騎士の仮面をつけていたとしてもだ)

 叶歌はみつばとの、魔法少女時代のことを思い出していた。
 あれは15歳の頃。魔法少女一年目のことだ。

『もう、仲間が傷つくことに絶えられない』とみつばは、泣き崩れていた。

 当時叶歌は不器用で、みつばに向かってぶつかることしか出来なかった。

『君が闘わなければ仲間はもっと死ぬ。ふさぎこんでいるのは見殺しにしているのと同じだ』
『なんだよ、叶歌まで……。仲間を心配して何が悪いんだよ!』

『君が塞ぎ込むのは、傷ついた仲間への冒涜だ! 心配? 悲しみ? ふざけるな。君は最強の後衛だろう? 最強が倒れれば皆が絶望するんだよ。修正してやる!』

 叶歌とみつばは、殴り合いの末に気力を取り戻したものだった。

(あのときは若くて、ひどいことを言った。ぼくだって不安だったんだよな。だから怒って殴り合ったりして……。みつばだから、持ち直したが、他の人なら折れていただろう)

 叶歌がみつばを信頼しているのは、こうした殴り合った過去があるから、でもあったのだ。

 だがエミリーはどうだろう。
 アズベール王は神話生物の浸食を受けて衰弱状態となった。

 エミリーはみつばとは違う。
 殴り合って立ち直らせる場面じゃない。

(優しくする場面だ。だけど人に優しくするなんて僕はよくわからないからな)

 叶歌は不器用だった。生まれてこの方『優しい』なんて言葉、誰からも言われたことがなかった。

(いや。みつばだけは、僕を『優しい』と言っていた。あいつだけがおかしいんだよな)

 相棒のみつばだけは、叶歌の内の、一粒の心を信じてくれる。
 ならばいくしかない。 

「黒騎士殿。もとい王女エミリー!」

 ドアの向こうから返事はない。
 叶歌はドアを回すも、開かない。

「何を塞ぎ込んでいるのです。……こんなドアなど!」

 鍵をぶち破って、部屋に入った。

「かのか、さん……?!」

 エミリーはベッドの隅で、枕を抱えうずくまっていた。

「エミリー殿……」

「こないで、ください。父が伏せって……。私はもう、どうすればいいのか……」

 叶歌は無言で、歩みよる。

「こないでっていいました。今は私はひとりに……」
「ひとりになれば心は凍ります」

「嫌です。怖いの……。どうすればいいのかもわからない」
「冬眠の季節を経て、冬をしのぐ生き物もいる」

「叶歌、さん……?」
「現実は待ってくれない。されど僕は、あなたの冬眠に寄り添うことはできる」

 魔法少女の姿のまま、王女の傍らに寄り添う。

「隣にいます」
「今の私は、冷たいです」

「それ。氷刃の僕の前でいうのですか」
「叶歌さんは温かいですよ」
「ご冗談を」

 本来冷徹寄りで現実主義の叶歌が、37歳にして辿り着いた精神の境地。
 魔法少女と過ごした時間で得た、精神的成熟。

 感情の温かさの共有。
 若かった叶歌ならば考えられないことだ。

 だけど、魔法少女連隊の仲間と過ごした23年間が叶歌を成長させていた。

「温泉。温かかったです」
「叶歌さんのしたことと比べれば、返せているかどうか……」

「僕は結構綺麗好きなんです。すっきりしないのが絶えられない。異世界に来た僕にとって温泉は何よりの安らぎだった」

 叶歌は茫然自失だったエミリーに手を触れる。

「温かい」
「エミリー殿のくれた温泉が廻り巡ったのです」

「でも、私の心は……」
「心はしばし冬眠を必要とします。冬眠とは寒さに耐えるだけでなく、力を蓄えるもの。小さな温かさを抱えることです。現実の時間は残酷でも。僕の腕の中でだけは……」

「はい。今は、甘えても」
「構いません」

「……眠ります。時間を忘れて、眠ります」
「側に、います」

 冬芽叶歌と王女エミリーは、月明かりの照らす寝室で抱き合って眠った。

(魔法少女の姿でよかった。僕本体はただの公務員だ。黒騎士とはいえエミリーはまだ十代。父があんなことになるなど耐えられないだろう)

 叶歌は年の離れた妹を宥めている気分にいなった。叶歌には弟と妹がひとりづついる。
 公務員を選んだのは魔法少女のためだけでなく、兄妹のためでもあった。

 だからなのか。魔法少女の姿のままでも。年の離れた王女を妹のように扱うことができる。
 年下の兄妹に向ける感情がある。
「安心させたい」と、思えてしまう。

(僕を拾ってくれた黒騎士が、いまはこんなに子供みたいだなんてな。しょうがない人だ)

 かくして氷刃の魔法・冬芽叶歌はセントレイアの王女エミリーと共に、王都を拠点に神話生物との戦いを始めることになる。

4‐3 真実を知る琉菜子

 夏瀬みつばと勇者アルトニュクス、魔王軍四天王プラムベルの三人は、王都セントレイアを目指していた。
 海辺の街ドムソンを出てからは、街をふたつほど経由し勇者として名を馳せるべく、牛鬼の討伐やら、捕食植物の焼却などの任務を解決した。

 道中。夜の森で焚き火を囲い、アルとみつばは、ひとつしかない毛布をわけあって眠った。
 魔王軍四天王プラムベルは修道女の姿のままで舌なめずりをし、魔法少女と勇者少女のふたりを眺めている。

『プラムも入るか? 狭いけどな』とみつばに尋ねられたが、丁重に断った。

 今、ふたりは無警戒のまま寝息を立てている。プラムベルはごくりと喉を鳴らし、

「やばいですね。尊くて死にそうです」

 顔を赤らめていた。
 プラムベルはサキュバス族の支配者から、魔王軍四天王へ重用された。主な任務は諜報と暗躍だ。

 闇に生きる汚れ仕事を請けおうサキュバス。それがプラムベル・ベリーベリーイージィだった。

 人の汚さを知る淫魔のエリート。
 そんなプラムベルだからこそ、綺麗なものを心の養分にしたがった。

「もうこいつら、結婚すればいいのに……」

 プラムベルからみれば、みつばとアルはお似合いだ。
 アルは村や街に寄るたびに、勇者として、やっかい事を引き受けてしまう。みつばは見守りながらも『しょーがねえなぁ』と、手伝い解決に導く。

 アルは素直に感謝するから、みつばもまんざらでもない。

(牛鬼も捕食植物も神話生物の浸食を受けていたから、私達としても助かるところなのですが……。みつばさんが強すぎるせいか、心に余裕が生まれている)

 プラムベルは出る幕がなかった。アルを助ける以外は、後ろからふたりを見守り続けていた。みつばが強すぎるせいで戦闘は出る幕がないことから、いつしかプラムベルはこのふたりの関係に思いを馳せるようになっていた。

(みつばさんには思い人がいるという。だけど、このふたりは、息が合いすぎている。熟年夫婦のようでもあり兄妹のようでもある。みつばさんが思い人と再会したら、ふたりは別れてしまうのだろうか……)

 毛布にくるまるふたりを眺めていると、夜の通信が入った。
 通話魔法陣が宙に浮かぶ。空間接続で音声を伝える魔術だった。

『進捗はどうだい、プラムちゃん』

 魔方陣の無効でプラムベルに語るのは、谷地琉菜子。最近、魔王様の側近となった魔法少女だ。

『順調に監視しています。みつば様にはスパイであることも気づかれていますが、その上で容認されています』
『あっはは。問題ないさ。あいつは人の魂の炎をみているからな。折り込み済みだよ』

『現在はセントレイア南方の森にいます』
『王都を目指しているか。叶歌とまず接触するつもりだな』

『叶歌様というのは……?』
『氷刃の魔法少女。近接最強。そしてみつばの相棒だ』

『琉菜子様は、みつば様に関心があると聞いています』
『ああ。だからこうしてお前に調査をさせている』

『ですが叶歌様とみつば様が互いに思いあっているならば……。略奪ということになりますが……』
『魔法少女連隊設立に貢献したのは、俺と叶歌のツートップだ。その中心にみつばというカリスマがいた』

『僭越ながら、みつば様がカリスマのようには私にはみえません。アルトニュクスを守っていますが。リーダーやカリスマという言葉が当てはまるようには、とても』
『みつばは、全員を守ってきた』

『八方美人ということですか?』
『文字通り全員だ。358人。もっといえば自衛隊も全員。みつばが、遠隔魔法を正確に操り、部隊の全員が死なないように闘える。そういう奴だ』

『全方位遠隔魔法を規格外に精密に扱えるものなど、聞いたこともありません。そのような芸当が魔術において、可能なのですか?』
『みつばだけはやる。魔法少女は、幹部も新米も全員が【命を救われた】と理解する。だからみつばカリスマなんだ。社長は俺だがな。よくみつばには感謝される。謙虚な奴なんだよ』

『左様ですか』
『だからみつばだって揺れているはずだ。みつばの相棒は叶歌だが……。すべての戦いが終わって結婚するなら、俺を選ぶ可能性はありえる』

 プラムベルはしばし思案した。
 アルに聞く限りだと『本体は男の人だよ』と、とのことだ。

(あれ? みつば様は殿方で、琉菜子様の本体も殿方だ。しかし琉奈子様は結婚とおっしゃっている。どういうことだ?)

 プラムベルは琉菜子の本体を直にみたことがある。
 あれは琉菜子が魔王城に踏み込んだ時のことだ。


 三ヶ月ほど前。
 琉菜子は魔王城に単身乗り込んでいた。

 四天王の三人を圧倒、魔王の部屋を守るプラムベルに向かってくる。
 プラムベルは魅了魔法をぶつけるも、琉菜子はあえて正面から受け止めたのだ。

「効かない、だと?!」
「魅了が効かないのは魔法少女だからじゃない。俺が俺だからだ。他の魔法少女が誰もいないようだから、ここはあえて真の俺を解放しよう」

 琉菜子は紫色の装束から一転。魔力解放とともに、すらりとしたジャケットの切れ長の目の男に変貌した。

「姿が変わった?」
「魔法少女だから魅了魔法を弾くんじゃない。思い人がいる男は最強だからだ! 広い世界でみつばを探すにはとにかく権力だからなぁ! 魔王との交渉はさせて貰うぜ!」

 大地の魔法少女は谷地琉菜子から谷地月〈ライト〉となる。魔法装束をまとった、経営者風の浅黒い男がプラムベルを魔王城の壁に押しつける。

「魅了魔王を至近距離で受けても、俺には効かない。何故なら君はそのままでも、綺麗だからだ。すでに俺は魅了されているんだ」

 プラムベルは、琉奈子の本体、月(ライト)の覇気に圧倒されへたれみ、魔王ベルゼの私室へと通してしまう。
 いまでは琉菜子は魔王ベルゼと友人だが、出会いの始めには闘いがあった。

 同事にこれがプラムベルの悩みのタネでもあった。
 琉奈子と出会ったことで、魔王は冷酷さを失い、まるで母性の塊のような存在になってしまったのだ。

 しかもプラムベルは魔王の命令で琉奈子の部下になってしまった。
 プラムベルにとって琉奈子は上司であると同時に、魔王を変えた存在だった。

 憎しみとまではいかないが、琉奈子の存在はプラムベルに不安を抱かせる。
 だから、みつばに頼んで魔王城に説得に来てほしいと考えていた。



 プラムベルは琉菜子との通信に戻る。

『琉菜子様。失礼なことを聞きますが。殿方が好きなのですか?』
『何故その質問をする……。まさか?!』
『失言でした。忘れてください』

 プラムベルはフォローするも、琉菜子は鋭い勘を持っていた。

『プラムベル。俺は残酷でも真実を知りたい人間だ』

 琉菜子の声は震えていた。

『傷は浅い方がいい。本当のことを言ってくれ。みつばは【どっち】なんだ?!』
『本当に、いいのですか?』

 プラムベルはみつばの本体がおじさんであることをしっている。だがこの情報は爆弾でもあるように思える。

『残酷な真実を知りたいと言っただろう? 大丈夫だ。四天王に八つ当たりなどはしない』

 といいつつこの人、怖いんだよなとプラムベルは内心困り果てる。

『ではいいましょう』
『頼む』
『勇者アルから聞いた限りで、この眼でみたわけではありませんが。みつば様の本体はおじさんらしいです』

 通話の向こうで、食器が割れる音がした。

 魔王ベルゼが『これ琉奈子! 食器を割るでない!』とプリプリ怒っている。
 立て続けに『ウソダ……ァ。ウソダァァァァッッ……!!』と絶叫が聞こえた。

 数分後、琉菜子は通話に戻ってくる。

『……とりみだして済まなかった』
『いえ。仰せのままに真実を伝えましたが。アルトニュクスの勘違いの可能性も……』

『みつばが俺と同じおじさんなのは、事実だろう。う、ぅぅ……。ぐ、ふぅぅぅ……。魔法少女の本体がおじさんです、なんて、嘘でも普通はでてこないからな。認めざるを、得ない……!』

『琉菜子様……。大丈夫ですか?! 失言致しました。申し訳……』
『いいんだ、プラムベル! 君は正しい。本当のことを言ったんだからな。では引き続き勇者の監視を頼む……。ぐっはぁ!』
『琉菜子様?! 琉菜子様?!』

 そして通話は途切れた。
 呆然とするプラムベルをよそに、みつばとアルは寝息を立てている。魔方陣通話は聞こえていないようだが……。

「みつば様。あなたはもしや、とんでもない人では?」

 プラムベルは頭を抱えた。
 この赤光の魔法少女が、世界の命運を握っているのかもしれないとふと思えたからだ。

4‐4 魔王城の震撼


 魔王の私室に魔法少女の慟哭が響く。

「オギャッ、オギャッオギャア、フウゥ、フグアアアアアアアアァァァ」
「琉菜子! こら! 失恋したからといって、あまりに泣き声が過ぎるぞ!」

 琉菜子はもう半日も泣きはらしていた。
 窓の向こうの庭には薔薇が咲き誇る。薔薇の深紅は、叫びの主の血涙のようだった。

「ウ、ク、ふッ、ぐぅぅ……。俺の……。俺の23年間は……!? みつばは圧倒的カリスマを持つ魔法少女のはずで……。俺達を導いてくれる巫女だったはずだ! 本体がおじさんだなんて、認め……。えぐ。グアアアアアアァアア」
「落ち着け! 落ち着くのだ、ドゥドゥ」

 魔王ベルゼは、琉菜子を抱きしめる。魔族の皮を九重に鞣(なめ)した意匠が、琉奈子のフリルスカートと重なる。

「もう、死ぬしかない。死ぬしかない!」
「我をみるのだ! 谷地琉菜子!」

 ゼルべの角が、暴れる琉奈子のおでこに触れる。
 魔力を与え鎮痛を行うが、すさまじい精神ダメージのようで落ち着くまで時間がかかった。

「ありがとう。ベルゼちゃん……」
「落ち着いたか? せわしない奴め」

「この闘いが終わったら、みつばをものにしようと思っていた……。叶歌という恋のライバルはいたにせよ。がんばって、【結婚】したいって。幸せな家族をつくるために。傭兵会社【討伐】を作って……。社長をがんばったのに。俺の恋は……。四半世紀に及ぶ仲間への想いは……」

 琉菜子の眼は左右に泳いでいた。あまりのショックで精神が壊れかけ、走馬灯をみているのだ。

「わかった、わかったから。今は……。我の胸に埋まるがいい」

 琉菜子はベルゼの胸に顔を埋めた。赤子のように泣きはらしているが、さすがに錯乱してから半日も経つと、だんだん収まってくる。

「ふ。ふふふは……。魔王に母性を感じるとはな……」
「お主。第一自分を経営者だとか女には困ってないと豪語していただろう。本体の貴様も細マッチョだのジム通いだのと……。我にとっての異世界のこととはいえ、いけ好かない奴だとわかる」

「全部、見栄だ」
「なんだと?」

「魔法少女と経営者の二足のわらじ生活だった。恋愛の暇なんかねーよ。この際だから告白してやるぞ! 俺は……童貞だ! まいったか?!」
「うわぁ。めんどくさい奴になりおった」

「どうせお前も馬鹿にするんだろう?! 俺の人生は、闘い経営闘い経営闘い経営ばっかりだ! いい加減身を固めたかったのに。お嫁さんはみつばだけって決めてたのに……。本体はおじさんかよぉ!」

「……いいことを教えてやる。ペンギンは雄がメスから雄を奪う」
「同性が好きなら楽だっただろうな。だが俺は女好きだ。ああ~。23年の恋が」

「今の我と貴様は、女と女だがな」
「それはいいんだよ。百合は尊いから」
「まったく……」

 ベルゼの服を涙で濡らしながら、琉菜子はさらに顔を埋めた。

「あああ、もおおおおお。俺の37年分の童貞は……。もう、どうすればいいんだ?!」
「37年など短いわ」

――我など223年間処女だ――

 ベルゼが琉菜子の耳元で囁いた。

「ベルゼ、ちゃん……」
「すべては魔王軍を統べるためよ。あと、いい加減、『魔王様』と呼ぶがいい」

「……ベルゼ」
「しょうがない奴め。今日だけはもっと胸を貸してやる」

 琉菜子とベルゼは、しばしぎゅむと抱き合った。
 琉菜子は冷静になり、ふと気づく。

「ベルゼ。大変なことになった」
「お主の頭のことか? いまさらだが」

「……俺達魔法少女の目的は、神話生物の駆逐だ。俺の描いた絵は、人類サイドと魔族サイドの協力。対神話生物の戦線構築だ」
「我も同意見だ。名伏しがたい深淵もとい神話生物に対して、種族で争っている場合ではない」

「『みつばと、叶歌を会わせたらいけない』」
「どういうことだ? 勇者パーティと黒騎士の王女が共に魔法少女と合流した。何よりこの絵を描いたのはお主じゃ」

「叶歌とみつばは想い合っていた。俺のは感情は23年分の【片思い】だ。だがあいつらは……」
「よ、よもや?!」

 普段は動揺を見せないベルゼに冷や汗が浮かんだ。
 琉菜子の壊れてしまった様子をみたからこそ【理解】してしまった。

「あいつらは勘違いしたままで【両想い】している。23年分の片思いの相手がおじさんだと知れたら、どうなる?」
「か、片方が少女の可能性もあるだろう?」

「叶歌はおじさんだよ。なんとなく嗅覚でわかるんだよ。だけどみつばだけは違った。あんな聖女みたいな奴がおじさんだなんて思わねーよ……」
「お主らの事情は知らんが、もう自体は動いておる。勇者と王女を巻き込んでおる」

「いますぐ、止めないと行けない。対神話生物への、人類と魔族の共闘が崩壊する。プラムベルに計画変更を……」

 その時、魔王の部屋に通信魔方陣が入る。
 報告の魔族少女が画面の向こうから報告をくれる。

「魔王様。琉菜子様。報告です。勇者アルトニュクスが異例の速度で勇者名声を高め。シルバーランクtier1に昇格しました。各村のレジスタンスが発起を始め、王都セントレイアの軍へ志願を始めています」
「ぬあああああああ! くっそ。あのアルって村の子、マジの勇者だった!」

 ベルゼが「ふむ」と思案する。

「流れとしては悪くない。村人が発起し軍を増強させる。王国軍、魔王軍だけでなく市民軍ができれば、対神話生物の戦力は増強する」
「そのためには、みつばと叶歌の心が壊れない必要があるんだよ」

「魔法少女とは絶大な存在と思っていたが。お主をみていると脆いことがわかったよ」
「そうだ。俺達は結局、心は人間なのさ。転送ゲートは使えるか?」

 琉菜子は涙を拭い立ち上がった。

「どこへ行く?」
「王都で叶歌に会ってくる」

「真実を、話すつもりか?」
「『みつばがおじさんだから23年分の恋は無駄だぜ』、なんて。叶歌に言えるわけもないが……。とにかく会ってくる。あとみつばを好きなのは、俺と叶歌だけじゃない。アークウィザードの4人。【氷刃。白銀。深緑、大地の俺】。すべての魔法少女はみつばに好意を持っている。ふはは。始めに気づいたのが魔王城と組んだ俺だなんてな。笑えてくるぜ。くくく、はははは!」

「我も同行する! お主をひとりにはさせておけん」

 魔王ベルゼは、琉菜子の腕を掴んだ。琉菜子の顔は泣き笑いのようだったからだ。

 明らかに琉菜子の心は、壊れかけている。
 止めることもひとりにすることもできない。

 ベルゼは魔王だからこそわかる。
 世界は神話生物の浸食を受けている。

 魔法少女が世界を救う鍵ならば、彼女らの心を大事にしなければ世界が終わる。
 彼女(彼)らの精神を、壊してはいけない。

「王都への転送ゲートを起動する。琉菜子。しっかり捕まっていろよ」

 ベルゼはほとんど介護をするつもりで、虚ろな眼の琉菜子と王都へ向かった。

  

4‐5 白銀と新緑の合流(1)

 魔王城で谷地琉菜子が、みつばの真実を知っていた頃。
 迷い家の谷の上空で、熊めいた巨体に猫の頭部の生物と、緑色のスカートの少女が飛翔していた。
 深緑の魔法少女夢原シトギと森の王モルモルンである。

「みつば先輩を追っていたつもりだったんだがな。この膨大な魔力波長は……」
「モルン、モ、モルン……」
「みつば先輩じゃない。檸檬だったか」

 モルモルンは森の王なので空くらい飛べる。シトギも深緑の魔法少女の力で羽をはやせる。
 入り組んだ谷の道でも迷うことなく空を飛び、魔力を追っていた。

 迷い家の谷は、元は川だったらしい。分岐した川が枯渇し道になったことで、入り組んだ迷路の道となったのだ。

 谷の一角には、大賢者の家がひっそり佇んでいる。

 旅の者がこの入り組んだ谷の道に迷い込んみ、抜け出せずに絶望しかけたとき、大賢者の家のあかりがまばゆく光り、迷ったものを導いてくれるという。
 ゆえに【迷い家の谷】と呼ばれている。

「檸檬。いるんだろう? あたしだ。夢原シトギだ」

 モルモルンにのったシトギはどずんと音を立て谷底に着陸。
 迷うことなく、迷い家を訪れた。

「まったく、騒々しいですね」

 迷い家のドアが開き、小柄で腰まで伸ばした長い髪の幼女がでてきた。
 大賢者ティセスアックアである。幼女の隣には、檸檬色の装束かつ眼鏡をかけた魔法少女が立っていた。銀城檸檬である。

 ふたりとも何故か血まみれだった。

「お、おう。久しぶりだな、檸檬」
「シトギさん、ですか。その奇っ怪な生物は?」

「森の王だ」
「モルモルンッ!」

 シトギは、モルモルンの背中に乗って腕を組む。
 檸檬は見上げながら、眼鏡をくいと持ち上げる。

「……解剖、していいんですよね?」
「ダメだよ! 森の王だぞ! っていうかなんで血まみれなの! こええよ!」

「はっ……。すみません。私としたことが。つい神話生物の解剖を、大賢者に教授していたので……。ハイになっていました」
「ハイになるのはライブにしてくれよな」

 夢原シトギの現世の職業はバンドマンだ。

 対して銀城檸檬は現世では研究者である。

 互いに夢原一樹、銀城玲音という本名があるが、打ち明けてはいないし、魔法少女の本体がおじさんであることも、まだ知らない。

「……入りなよ。ここは谷だけど、道の先には丘があって畑と牧場もあってね。ご飯には困らないんだ」
「ちょうどよかった。森の王の背中には木の実が生えてる。おかげであたしも飢えなかったぜ」
「モル、モルン(俺のおかげだ!)」

 檸檬は眼鏡を光らせつつ、呆れた。

「君は相変わらず、行き当たりばったりだね」
「みつば先輩を探してるんだ」

「少しお話をしよう。大賢者と森の王もこの世界の変化に気づいているようだしね」

 幼女の姿の大賢者ティセスアックアは、モルモルンのお腹の上に乗っていた。
 森の王のお腹に少女がふわりと埋まる。微笑ましい光景だ。

「ベッドみたいですね」
「モルモルン」

 深緑と宝玉の魔法少女は顔を見合わせる。

「まんざらでもないみたいだな」
「ですね。パンとチーズとコーヒーならありますが?」

「酒と煙草がほしい」
「不摂生はダメですよ」

「ちぇっ。まあいいや。お邪魔しまーす」
「本当に邪魔をするのだけは勘弁してくださいね」



 森の王と深緑の魔法少女、大賢者と宝玉の魔法少女で丸テーブルを囲み、ご飯を食べた。
 シトギも檸檬も、魔法少女幹部として23年間闘い続けてきた同僚だった。

 うっすらと【こいつはこういう奴】と知っているが、互いのプライベートは職業くらいしか知らない。

「みつばさんの魔力波長を追っていたようですが。目星はついているのですか?」
「わっかんね。勘で追ってきたら檸檬のとこに来た。コーヒー上手いな。つか血だらけだったのは、どしたん?」

「神話生物の解剖研究です」
「うっへえ。異世界に来てまでよくやるねえ

 深緑のシトギと宝玉の檸檬は、水と油ほどではないにしても、接点は深くない。

 檸檬は研究のときだけ饒舌になるが普段は寡黙だ。
 対してシトギは、しゃべりすぎて相手を疲れさせる傾向がある。

 大賢者ティセスが、小さな手に壺を持ってでてきた。

「檸檬さんの友人と聞いてますが。こういうときはお酒がいいだろう」

 明らかに幼女なので酒は似つかわしくないのだが、本人は伝説級の長命である。

「酒、飲みたい! ありがとう!」
「モルモルモルン~!」

 アルコールの気配にシトギは眼を輝かせる。バンドマンゆえに、酒と煙草とアイドルに眼がなかった。
 檸檬がふと感慨に眼鏡を光らせる。

「思えば、23年の魔法少女生活で、共にお酒を飲んだこともありませんでしたね」
「そりゃあ、絵面がダメだからなぁ~。俺達初期組の幹部は、中身は23年ものって知ってるけど。魔法少女なのは変わらないからナァ」

「今だって、変わりませんし。大賢者に至っては幼女にしかみえません、森の王も……。お酒は飲ませたら駄目そうですよね」
「そっかぁ。モルモルンはお酒苦手?」

「モルンッ!」
「大好きだって」

「せっかくですし大賢者の好意に甘えましょうか」

 ティセスアックアがにこりと微笑み、お酒を浮遊。コップに注いでくれた。
 ティセスアックアは腕を組み、むふんと微笑む。

「今日はおごりだ。私は人嫌いする達だが、君たち魔法少女だけは違う。今夜だけはしっぽり飲もう」

 シトギと檸檬は、魔法少女のままで初めてのアルコールを入れる。
 お酒を入れたのが悲劇の始まりだった。

 

4‐6 白銀と新緑の合流(2)

「いろんな後輩がやめていったよな。結婚とか結婚とか」
「仕方がないことです。女の子が魔法少女いられる期間は短い」

 魔法少女連隊では多くの素質ある魔法少女が入隊しては辞めていった。
 過酷な闘いを前に挫折をしたり、生活を優先したりなど、である。
 シトギも檸檬も23年戦い抜いた幹部だ。
 世界の命運と生活を天秤にかけ、後輩達が抜けていく。
 仕方が無いことだ。生活を選ぶ者がいるからこそ、戦う者をそれを守りたいと願うのだ。

「女の子。そう。辞めていった魔法少女は女の子だったんだよな。俺もこの闘いが終わったら、結婚してぇな」

 シトギは床に座り、顔を赤らめていた。人称も『私』から『俺』になっている。
 檸檬もまたソファに埋まり、荒い息を吐く。 大賢者は森の王のお腹の上で眠っていた。
 魔法少女はすでにお酒を三合目に入っていた。

「つうか檸檬ちゃん。酒強いね」
「仕事のストレスで飲むことがありましてね」
「俺の本体はバンドマンだからな」

 シトギがぽつりと漏らしたのがきっかけだった

「バンドマンだったのですか。僕は研究者です。本も少し出してる」
「本は好きだぜ。バンドのリリックのためになるからよぉ」
「こうして酒飲んで話すことってなかったよな。もっと早く打ち解けてれば良かったのに。叶歌の野郎がよぉ」

 シトギは氷刃の叶歌とは相性が悪かった。

「ふふ。叶歌さんは、リーダーシップがありますからね。シトギさんは窮屈がってつっかかって……。みつばさんが間に入ってくれましたね」
「そうなんだよ。今の俺がここにいるのも、みつば先輩のおかげなのよ。一個しか違わないとさ。23年も経つとため口なるだろ?」

「まあ。魔法少女も長く続けていると、年の差はどうでもよくなって階級重視になりますから」
「俺はよぉ。みつば先輩にだけは頭があがんねえんだよ。バンドマンだからってなんでもロックなわけじゃねえんだぜ。本当の先輩は一生先輩なんだぜ」

「シトギさんも。みつばさんのことを思っていたんですね。僕たちは、叶歌さんと琉菜子さんが実務を担当していましたが、精神的支柱はみつばさんでしたからね」
「研究は君、だろ?」

「褒めてくれると嬉しいです」
「つうことは。あれ? 俺は役に立ってない?」
「シトギさんは後輩の面倒見がいいから、いいんですよ」
「フォローされてるぅ。でも、ありがと」

 大賢者卓の居間で、ふたりはふと沈黙。
 このときシトギはお酒の力もあって、普段は絶対に話さない、結婚などの話題に触れてしまっている。
 檸檬の好奇心の箍もまた、がっぽりと外れていた。

「本当の話を、聞きたいのですが」
「んぁ。なんらぁ?」

「僕の本体は銀城玲音。帝都大学に務める研究職員で男です」
 シトギは眼を見開いた。

「おぃおぃ、それは……タブーだろ? 俺達は魔法少女なんだ。踏み込んだら瓦解するって。叶歌も……」

 魔法少女連隊のタブーとして、私生活を詮索しないというものがあった。
 プライバシーを侵害することは組織の崩壊に繋がるとして、叶歌が魔法少女連隊法第17条『詮索するべからず』としてルールを定めた。
【詮索しない】は、あらゆる職場に通じることだ。
 シトギは叶歌を苦手としていたが、叶歌の定めたルールに救われてもいた。

「いま僕たちは非常事態にあります。もう魔法少女連隊という組織は存在しない」

 檸檬もまた、引かなかった。

「そうだけどょ……」
「みつばさんの放ったゴッドイーター・ゼロヴォロスは成功しました。神話生物と同魔力持つ存在を次元転移に飛ばし、次元の裂け目によって減殺する。あのときゼロヴォロスに吸い込まれたのは、神話生物級の魔力を持つ僕たち5人の幹部のみ……」
「先輩の魔法は成功したはずだろ」
「ええ。成功しましただから僕達はこの異世界にいる。ですが奇妙ともいえます」

「何がだ?」

「研究者である僕が大賢者と。シトギさんが森の王と接触した。相性のいい魔法少女と異世界の傑物が巡り会ったということは……」
「みつば先輩も、異世界の傑物と行動を共にしているってこと?」
「そうなります。ということは、神話生物と対抗するには、魔法少女連隊ではなく異世界の軍隊をつくる必要がでてくる」

「魔法少女の覚醒を待てばいいんじゃねえの?」
「この世界で魔法少女が生まれる保証はありません」
「かもなぁ」

 檸檬の意見がまっとうだ。

「またシュテルンから通信があったとおり、魔法少女形態と本体の主従が異世界転移によって逆転している」
「魔力解放すれば本体がでるもんな。俺もびびったよ」
「僕も驚きました」
「……だから正直に話してくれたんか」

「ええ。現実とは向き合わないといけませんし。皆はぐれてソロプレイになったのだから、組織規律を優先する状況じゃない。個人の信用が重要と考えました。だから僕は……。本体がおじさんであるという現実を……」
「檸檬ちゃん。泣き上戸なのか?!」
「僕だって。魔法少女をやってなかったら、他の現実があったかもしれないんです! 来る日も来る日も闘いばかりで……」
「俺だって同じだ!」

 シトギもまた檸檬にシンクロした。

「わた……。ああもう、バンドマンだからノリで私とか言ってたけど。俺は俺だ! 俺の本名は、夢原一樹だ!」
「夢原一樹がどうしてシトギになるんです」
「そこはリリックだ」
「ふふ。意味分かんね」

「銀城玲音が檸檬ってのも。洒落てるがね」
「でも。腹のうちで。打ち解けた気がします」
「俺もだ。肉体は。魔力解放しないと晒せないがな」
「本体を晒すのは今度にしましょう」

 ふたりは魔法少女の第一期生で幹部の五人だったが、他の三人に比べて一歳年下だった。 みつば、叶歌、琉菜子が、14歳で魔法少女になった時、シトギと檸檬は13歳だった。
 一個下のふたりだったから、最上級生の三人を俯瞰できたのかもしれない。

「ぶっちゃけきくぜ。叶歌の野郎はどっちだ?」
「非常なところはおじさんですね。勘ですけど」
「琉菜子さんは、どっちだと思う?」
「あの経営者としてのテストステロンはおじさんです。脆い部分がありますがね」

「俺と同じ意見だ。じゃあ最後」

 シトギは思い切って、檸檬の洞察力に賭けてみる。

「みつば先輩はさ。俺は女の子だと思うんだ」
「僕も同感です」
「やっぱそう? じゃあ俺達はみんなみつばさんが好きってわけだ」
「僕はみつばさんに恋愛感情はありませんが。崇拝はしていますから」

「俺は先輩が好きだぜ。闘いが終わったら告るつもりだった。叶歌も琉菜子もみつばが好きだが、俺はロックだ。関係ねえ」
「公務員も経営者も強敵ですよ」
「俺だってバンドで食えてるんだぜ?」
「まあ、同年代だから応援するとしましょう」

 宝玉の魔法少女と深緑の魔法少女は、研究員のおじさんととバンドマンおじさんという本体を打ち明けて、かちりと杯を鳴らした。


 檸檬のした『おじさん予想』は、叶歌と琉菜子については的中していた。

 しかしみつばのおじさん予想を外したことが致命的だった。

 しかもみつばの実態は、おじさんだけならまだしも魔法少女をやるだけでせいいっぱいのアルティメットニートでもある。
 職業を持たない、純粋な魔法少女だからこそ、魔法少女連隊随一の魔力を獲得したともいえるだろう。

 みつばは高い精度の遠距離魔法で、多くの仲間の命を救った。過酷な闘いの中にあって誰一人死なせないという理想の強さが、彼のカリスマになっていた。
 プライベートを話さないこともまた、夏瀬みつばという最高魔力のアークウィザードに、神聖性を付与していたともいえる。
 だがみつばにしてみれば、ニートであるというプライベートを、誰に話せるというのだろう?

「はあぁっっくしょんっ!」

 みつばは森を歩きながら大きなくしゃみをする。

「風邪、ですか? 大丈夫ですか?」

 アルが背中を撫でてくれた。プラムベルが、服を肩にかけてくれる。

「何でも無い。誰かが俺の噂でもしてんだろ」

 幹部の五人中四人が、みつばを女の子と勘違いし恋心と崇拝を抱いている。
 みつばがニートのおじさんであることが露呈したとき、魔法少女達の絆はどうなるのだろうか……。


 同時刻。琉菜子と魔王ベルゼは、王都の街中を疾走していた。

「絶対にバレちゃいけない。みつばの性別だけは、俺達に知られちゃいけない。俺がこれほどの衝撃と絶望を受けたんだ。叶歌やシトギが知った日にはもう……」
「あまり無理をするでないぞ琉菜子! お主の精神ダメージは我にさえ伝わってくる」
「王都に潜入工作をする。勇者パーティと王国軍を絶対に合わせてはいけない。みつばと叶歌を合わせてはいけない。俺達はみつばと結婚することを精神的支柱にしていたから、23年間も魔法少女でいられた」

「お主はワルに見えて。純情だったのじゃな。人間の美しさをみせてもらったわ!」
「みつばのおじさんバレがしたら、この世界は終わりだ」

 魔王ベルゼは、琉菜子の手を引き、ブティックに入る。

「何をする?」
「潜入工作なのじゃろう? 素面のまま王宮に突っ込む気か?」
「くっ……。俺としたことが。頭がまだまわらんのだ」
「まずはメイドに変装じゃ。魔王である我にこのような仕事をさせるなど面白いがな」

 魔王ベルゼと、琉菜子はメイド服となり、王宮へと潜入した。
 黒騎士であり王女エミリーと、氷刃の魔法少女冬芽叶歌との接触を目指していた。

5‐1 勇者の疾走

五章 勇者の疾走

 俺とアルは三番目の街〈ミサラジマ〉の公会堂ホールにて、捕食植物と化した市長と対峙していた。
 市長の頭部は巨大なグロテスクな花となり催眠胞子を散布、蔓を乱舞させ、無数の市民を絡め取っている。

「わかりやすい悪徳市長だな」
「街の皆を養分に……。許せません! 」

 アルは早速、大聖剣を担いで突貫。
 早速絡め取られてしまうも、アルは俺とプラムベルが育てたおかげで、急成長を遂げている。

「こんな蔓は、私には……。効きません!」

 蒼炎の髪を靡かせアルは大聖剣で蔓を切断、捕らわれた市民を解放していく。
 捕食植物の頭部となった市長は、驚愕する。「バカナ……。ナゼ意識ガ残ッテイル? 胞子が、効いテいなイのか?」
 アルは全身を回転させつつ、蔓を連続でなぎ払っていく。爆破の加速の勢いで、触手化市長へと接近。

「うおおおおりゃあぁぁ!」

 触手市長が、触手化した頭部を30本に枝別れさせる。ひうんひうんと蔓を翻し、アルに応戦!

「小娘が喚いてオル。その御御足! 蔦で絡めとれバ……!」

 だが物理攻撃はアルには通用しない。

 俺が加速魔法と飛翔魔法をかけているおかげで、スピードもまた補っている。

 アルは空中の魔方陣に着地。方向転換し次の魔法陣へ。
 弾幕のごとき蔓の乱舞を、連続跳躍で掻い潜り、大聖剣ごと回転。

 回転の勢いで、蔓を数本まとめて根元から切断。

「無限に蔓を出しても、無駄です! 全部、切り落としてやるんだから!」

 以前までは俺がアルの動きまでをコントロールしていたが、今ではアル自身が、俺の加速魔方陣のスペックを理解し、自在に宙を舞っている。
 よいように使われているのは俺の方かもしれない。
 深淵をみる者は、深淵にもまたみられるということだろう。

「バ……バカナ?! ナンダ、この力ハ?! この世界ノ勇者ハ、全テ返り討ちニしたというノニ……ッ?!」

 触手市長は胞子をばらまく。催眠を期待しているようだが、撒かれた胞子はすでに俺が燃やしている。
 また背後からはプラムベルがアルに結界を付与していることで、幻覚魔術への耐性もついている。

「待、待ッタ! 君モ、神話生物ニ、ナラナイカ?!」

 市長の触手蔦の頭部が、迫るアルと大聖剣に命乞いをする。

「なりません! 命乞いですらない!」
「コノ神話生物の細胞はいいぞぅ! 人間を超えた気分ダゾ?! 君も、神話生物に、ならないか?!」

「会話するつもりも、ありません!」

 アルは俺と同様に、神話生物には問答無用となっている。

「ナラバ、致し方ない。私の触手ハ、53万本……。地中に埋めた市民の命ヲ、触手に変換できるノダ!」
「しゃべらなくていい」

 アルが飛翔と回転から、大聖剣の切っ先を放つ。
 触手市長の首に、鉄塊のごとき剣先が埋まる。半分ほど切断。
 びちびちと緑色の液を漏出させる。

「サラニ! は、ハヤくなる、だと?」
「その首だけよこせ」

 アルの殺意は研ぎ澄まされている。
 俺は魔術を詠唱しつつも、殺意にみちた勇者に素直な賞賛を覚える。
 いったい誰に似たんだろうな。

「みつばさん。とどめを!」
「わかってきたじゃないか、アル。対話拒否が正義だってなぁ!」

 アルだけを闘わせているわけじゃない。
 俺が高階位魔法を紡ぐ時間を、稼いでくれていたのだ。

「〈炎獄宮・散香〉」

 俺は第五位階炎魔術・炎獄宮を展開。公会堂ホールが、炎の檻に包まれる。
 魔法少女のスカートを靡かせ、アルの元へ飛翔。

「前半は君が稼いでくれたおかげだ。ここからは俺の時間だ」
「みつばさん……。お姫様だっこは、恥ずかしいです! 自分で飛べ……」

「君を炎に巻き込むわけにはいかなからな」
「もう……っ」

 アルを抱き上げ救出した後、地面から伸び上がった無数の触手を、俺達は飛翔魔方陣展開によって上昇回避。
 回避と同時に、俺の周囲に52の小型魔方陣が展開。

「全方位広角照準(マルチアングル・ロック)」 

 地面を突き破って伸びる触手の蔓。
 市民の命を吸って這い上がる、冒涜の姿。

「熱線」

 マルチロックで同時に52の熱線を射出する。ただの炎の下位魔法だが、蔓にあたるごとに爆散を帯びていた。

「炎獄宮・散華は、すべての魔術に【爆散の性質】を帯びさせる。反射神経以上の速度で放つ下位魔法が、すべて上級魔法の威力になる」

 地面から沸き上がった蔦が燃え、市長は触手の頭部のまま呆然となる。

「ナラバ、再生魔法を使う! 市民の命を吸って、再生セヨ、この肉体ヲ……」
「言ったよな。すべての魔力が爆散の性質を帯びるって!」

「マサカ……。私の生命再利用・再生魔術も……?!」
「そうだ。お前の再生魔術は【爆散】になった」
「……カアァッ!」

 触手市長は自らの再生魔術によって爆発四散した。
 俺はアルを抱えたまま、燃えさかるホール市民ホールの窓から脱出、ふわりと地面に降り立つ。

 背後ではホールが火柱をあげて、轟音と爆破をとどろかせた。炎の魔法少女の欠点は、破壊がメインになってしまうという点だ。
 だがこの公会堂が触手市長と神話生物の巣窟になっているならば、派手に燃やすのが正解だったのろう。

 俺は常々、自分の炎の魔法が街を破壊してしまうという懸念を抱いていた。
 神話生物の巣を消滅させるには、高火力が正義でもあるが、周囲の人的被害は避けなければならない。

 老人だろうと子供だろうと女だろうと男だろうと戦士だろうと、俺は誰も巻き込みたくないんだ。
 ジレンマや悩みは尽きない。

 人を巻き込まなかったとしても炎魔法の性質上、施設の爆破は避けられないことだ。
 もし爆破や炎滅をしてしまったならば、その分だけ復興に関わるしかないのだとも思う。

 炎を背景に、アルを抱きあげたまま、歩き出す。
 魔力解放をしておじさんにならなくて済んでいるのも、アルが強くなってくれたおかげだった。

「あの、みつばさん。そろそろ降ろしてください」
「すまないな。炎獄宮に落としたらいけないから。大事に抱えていた」

「大事になんて、そんな……。嬉しいですけど! でも抱っこされるのはやっぱり恥ずかしいんです!」

 アルを降ろしたタイミングで、建物の影から修道女姿のプラムベルがでてきた。

「おふたりとも相変わらず人外で。隠れていましたよ」
「魔王軍四天王に人外と言われたくはないなぁ」

「サキュバス種は広義の意味では、人に近い種族です。魔王様がサキュバスの私を四天王に加えたのも、人類との調停のためでもあるんですよ」
「歩み寄る姿勢があっても、人と魔族ってのは闘い合っているんだな」

「【勇者は魔王を討伐するもの】。【魔王はわかりあえない邪悪なもの】。表向きそういうことにしておけば、安定することもありますからね」
「表向きは戦うけど、裏では交渉もする。仕方ないことだが、どこの世界もプロレスだな」

 アルは澄んだ眼差しでプラムベルをみていた。

「ねえ。プラムは……。挟まれているんだね」 
「あら。やっとわかってくれましたか? 大変なんですよ。中間管理職って」

 アルはプラムベルの魔王軍四天王という立場を理解しつつあった。初めて会った時は、魔王軍というだけで切りかかっていたが、一緒に旅することでアルは世界の複雑さを受け入れようとしているようだ。

「私はね。勇者って奴が、わからなくなっている」
「勇者とは魔王を倒す【係】ですよ。表向き勇者が動いてくれれば、王国軍は動かなくて済む。魔王軍と王国軍、帝国軍がぶつかりあうことはなくなる」

 俺もまた旅の中で、魔王と勇者の奇妙な関係を知りつつあった。

 それは現世でみた勧善懲悪の物語ではない。
【魔王は悪】で【勇者は善】で、【魔族はわかりあえないもの】ということにすれば、いろんなことが楽だ。

 だが現実は違う。

 魔族だから心がないわけじゃない。
 人間でも、心が壊れているものもいる。

「【係】って言われると。勇者である自分が少し揺らぎます」
「アルは勇者という役目に忠実でしたからね」

 プラムベルは、妹を見る姉のように目を細める。

「それでも勇者を辞めるつもりはないよ。私は魔王の討伐に向かう。プラムとも本気で闘うかもね」
「どうぞ。お好きなように。もう状況は勇者や魔王の次元ではないのですがね」

「わかってる。神話生物は駆逐する。だけど勇者と魔王は相容れないよ」
「私が【派遣された意味】も飲み込んだようですね。あなたを選んだのは結果的によかったようです。他の頭の固い勇者ならこうも円滑ではなかったでしょ
う」

 プラムベルはアルの頭を撫でる。

「む~。ばかにされてる気がする!」
「純粋に撫でたいのですよ。えらいえらい」
「褒められたら私は、素直に受け取りますけど!」

 アルとプラムベルは、勇者と魔族四天王という関係で旅をしてきた。
 ふたりが神話生物と魔法少女の関係を知ると同時に、俺もまた魔王と勇者の関係を知っていった。

(魔王と勇者ってのは、互いが互いを調停し合う関係なんだ。魔王軍と対になる存在ってのは、冷静に考えれば人間の軍隊だ。なのに勇者という独立小隊しか存在しないってのは、それは……)

 勇者とは魔王軍と人間の軍の間にわけいるもの。
 この世界の生んだ特異点。

 特異点たる勇者は、神話生物の登場によって、どう変容するのか。

 さらなる特異点となるのか。
 それとも、異次元の力に圧倒されるだけなのか……。

 俺がわかることはひとつ。アルの成長が圧倒的であるということだけだった。

5‐2  称号加速


 奇形植物化した市長を撃破した後、俺とアルとプラムベルは街を回り、市民の回復に向かう。
 神話生物の肉芽に支配された多くの市民が野戦病院で横渡っていた。

 肉の芽は俺の炎で燃やすことにする。
 アルもまた、俺をゲルから取り出した氷の魔術で、簡単な〈肉の芽〉の摘出ができるようになった。

 炎と氷の魔術での肉の芽の排出方法を、医師らと共有し、市民の回復は波に乗ってくる。 俺達はしばらく街に滞在し、市民の肉の眼の解除に勤しんだ。
 プラムベルもまた、催眠魔術で自然治癒力を高め、肉の芽を排出できるようだった。

「みつば様。どうかしましたか?」
「四天王が人間を救ってるって。おもしろいなって思ってな」
「慈悲からではありませんよ。あくまで溶け込んでいるだけです」

 プラムベルは魔族らしかぬサキュバスだった。魔族と人は相容れないが、神話生物という最悪かつ共通の敵が現れたからこそ、共闘ができていた。魔族は感情が薄く合理的に考えると聞いていた。

 魔王が対神話生物で、人間と共闘路線を行うのはプラムベルから聞いていたが、こうも決断が早いのは頼りになる。
 野戦病院で大方の市民の治療を終えた頃、宿に訪問者が現れる。

「ミサラジマ市の新しい市長に就任した、ジズキエルと申します」
「勇者をやらせて貰っていますアルトニュクスです」

「ミカニカ村、ドムソン港共に噂は聞いております」
「私の力はさほどのものでは、ないのです」

「この街からは勇者の称号を授与致します」
「分不相応です。あまり称号を貰っても、私が手に余っちゃいます」
「ご謙遜を、勇者様」

 アルは俺の方を一瞥した。目配せし『貰っとけ』と伝えておく。

「大丈夫だ。ランクがあがってハードになっても、俺がいる」
「複雑なんです。自分の力じゃないみたいで」
「俺も含めて、君の力だろ」
「必ず。追いつきますから」

 アルの俺を見る目はまるでライバルを見る眼だった。
 仲良く旅をするだけではない。様々な関係の要素が俺と彼女の中に芽生えているようだ。


 その後、アルは市長から称号を受理した。
 ミサラジマ市を救ったことで、勇者アルトニュクスの名声は広がっていた。

 ゴールドtier1の勇者となっている。
 プラチナ、ダイヤ、マスター、そしてレジェンドと、さらに上の階層があるが、アルの成長率だけみればすさまじいものがある。

 名声もまた広がった。
 蒼色の髪と氷の魔術から〈蒼雪の勇者〉の異名を得た。
 俺達は宿を出て、三人の旅に戻る。


 森で焚き火を焚きながら、俺は魔力を探知している。魔法少女の魔力の痕跡は確かにある。他の仲間は、この異世界で生きているのだ。しかし誰の魔力かまでは探知しきれない。

(叶歌は王都セントレイアにいると聞いた。王都には近づいているが、叶歌の魔力かどうかは確証が持てないな。シュテルンも通信はないし、プラムベルからの情報もない。魔王城の琉菜子の動向も途絶えたままだ)

 俺はプラムベルの様子をみる。
 修道女姿のプラムベルは、勇者装束のアルの隣にいると、まるで姉妹のようだった。
 始めは弄る側と弄られる側だったが、今では魔王軍四天王のサキュバスと勇者少女という立場を超えているようにみえる。

「ところでアル。想いは伝えないのですか?」
「プラムはすぐに浮ついた話に持っていくんだから。もうその手は効かないもんね」

「彼の思いは強いですよ。恋のライバルは王都にいるから魂の色が恋に染まっています」
「相手は、どんな人なんだろう……」

「奇しくもあなたと同じ、氷の魔法を使う、近接戦士と聞いています。闘いで勝つのは難しいでしょう」
「勝てない闘いでもやってみないとわからない」

「では、想いを認めるのですね」
「嵌めやがったね、プラム!」

「あはははっ! 誘導にひっかかるのが悪いんですよ!」

 眼鏡の修道女がけらけら笑う。
 何か、恋だのと聞こえたが俺は詳細はわからない。もともと女子トークに混じれるタイプでもないので俺はスルーする。
 アルが顔を赤くしながら、プラムに言い返す。

「今は勝てなくても、次は勝てるって。覆すのが勇者なんだから!」
「その意気といいたいです。しかし、本当にありえないんですよね。この逸材に見向きもしないなんて。胸だってこんなに……」

「ひゃっ、サキュバスみたいなことしないでください!」
「私はサキュバスですけど? はい魅了。抵抗できませんね」

「くぅっ……。力がやっぱり、入らないよぅ……」
「力では叶いませんが、まだ魅了は通じるようですね。私とあなたは覿面に相性がいい」
「ぐぬぬ……」

 やはり恋バナをしている。
 誰のことを話しているのかは謎だ。
 俺は詮索をするつもりはない。アルにはアルの人生が、俺には俺の人生がある。

(叶歌と再会する。そして次こそは想いを伝えるんだ。23年のこの想いを)

 俺は叶歌との再会を待ちわびながら、王都の方角を見つめていた。

5‐3 琉菜子とベルゼ

 紫の魔力を靡かせて、ふたりのメイドが王都を走る。大地と空〈くう〉の魔法少女・谷地琉菜子と魔王ゼルゼブ・ゼルギウスだった。

「メイド募集の集会には間に合いそうだの」

 メイド姿のベルゼが、遠くにそびえる王城を睥睨する。長い白髪からは角が生えているが、ベルゼは魔王としてのカリスマを放っているので、道行く人は彼女の異様ではなく、威光にのみ目が向かうようになっている。

「氷刃の魔法少女・冬芽叶歌は話がわかる奴だ。まずはメイドとして城に潜入する。俺達のカリスマが通用するのは数時間といったところだが、大丈夫か?」
「何がじゃ?」

「俺だけならまだしも、魔王であるあんたに潜入工作なんて……。無理をいってしまったと思っている」
「人間界なぞ、我にとっては庭も同然じゃ」

「人と魔族は対立しているのではなかったのか?」
「対立しているのは【精神と精神】じゃ。種族対立というのは、表向きのこと。もっともその表面が問題なのじゃがな」

「ふん。現世と大して変わらないんだな。宗教戦争も領土戦争も、突き詰めれば精神の問題だ。争う必要のない争いを続ける背後には、略奪や利益獲得などのエゴがある」
「我の以前の魔王……。300年前の実体は、まだ対立を好んでいたがな。我は正直言ってうんざりなのじゃ。無双することは簡単だが、おもろうない」

「同感だ。蟻を潰しておもしろいのはガキの年齢までだ」
「我はこの200年と23年間、相手の種族を知ることを徹底してきた。こうして完璧な変装をして人間の街に溶け込むことなど、造作も無い」

「角出てるぞ」
「角は譲れん」
「髪も真っ白だ」
「綺麗じゃろ?」

 ベルゼはにぃとはにかむ。「それにお主の髪だって紫じゃろう。編み込みも精密じゃ。メイドと言うには目立ちすぎる」

「いいんだよ、俺は。カリスマだ」
「あんなに泣きじゃくってた割によくいう。それにカリスマは我じゃ!」

「ならばメイドとして勝負だ」
「望むところ!」

 魔王ベルゼと琉菜子は、王城の離れにある宿舎に辿り着いた。
 ふたりを迎え入れるのは、各街から呼び込まれた無数のメイド達。

 メイドとは貴族の召使いというイメージがあるが、その身分の実体は、決して低いものではなかった。
 むしろ屋敷に人をいれるには【信用】が必要だ。貴族の口利きによって召喚された、中流身分の子息が使える場合もある。
 眼鏡をかけたメイド長・ケープバーバーが、眼鏡の橋をくぃともちあげ、ふたりを出迎えた。

「時間ぴったり、と言いたいところですが……。メイドとは時さえをも凌駕する存在です。予め事を成すにはギリギリではいけません、。鍛え直してあげましょう」

 琉菜子とベルゼは肩をすくめる。

「細かいことは気にすんな」
「我に至っては、少しくらいなら時さえ止めれる」

 ふたりは同時にカリスマを放った。
 メイド長・ケープバーバーは生来見舞われたことのない感覚に包まれた。

 王城直属のメイド長になったのは3年前。37歳の頃だ。17歳で屋敷に召し使えた。洗濯(ランドリー)メイドから叩き上げでメイド長となった。
 ケープバーバーはこれまで家の管理のすべてを担ってきた。
 重ねてきた【信頼】も、誰よりもあると自負している。
 だが、このふたりの新任メイドは……。

(私以上に、大きなものを背負っている?)

 メイド長・ケープバーバーは苦笑し、小さく息を吐いた。

「いいでしょう。仕事ぶりを見せて貰いま……」

 そのとき時が止まった。
 琉菜子の魔力供給を受けて、魔王ベルゼが特大の時間停止魔法を放っていた。

「す」

「メイドの仕事はすでに終わっておる」

「ぇ?」

「ぜひとも、王城に紹介して貰いたいものじゃ」

 宿舎の広間に集まった20名ほどのメイド達は、各々顔を見合わせた。各自担当するはずの仕事が、すべて予め終了していたのだ。

「では我々は騎士との謁見を行うゆえ」
「はぁ?!」

 メイド長・ケープバーバーは、当然見逃すべきではないと考えた。新人メイドがいきなり騎士と謁見など、意味不明だ。
 わかっているのに、このふたりの言うことに反論ができない。

「異論はありますが、お話は通しておきます」

 メイド長は素直に従った。本能的に【魔王の格】を感じたのだ。

「貴殿は見込みがあるな。すさまじい胆力だ。褒めてつかわす」

 ベルゼが歩み寄り、ケープバーバーの肩を叩いた。メイド長は恐縮しつつも、誇りに満ちた。
 同時に理解する。ああ、この新人メイドはメイドではない。おそらくはるか上位の存在なのだろう、と。

「おおせのままに」
「では新人の研修を続けてくれたまえ。我々はこれで」

 ベルゼと琉菜子は屋敷を後にし、騎士階級の警護する王城入り口へと向かった。
 琉菜子はメイド服を換装。騎士の姿へと変わる。

「メイドはクリア。次は騎士階級だ」
「しかし琉菜子よ。メイドに騎士とまどろっこしいのではないのか? 直接姫に行けばよかろう」

「ベルゼちゃん。君は人間界に【潜入】をしていたといっていたな。だが【信用】を得るには潜入では足りない。すべての職種に働きかけ、俺達のカリスマを浴びせかけることが重要なんだ。これが会社役員ということだ」
「なんだかわからぬが、いけすかないということだけはわかったぞ!」

「次は騎士共にカリスマを知らしめる。その次は貴族議会だ。堂々と行くぞ!」
「先日、泣きわめいた少女とは思えぬが、琉菜子。貴様はおもしろきものだったようだな!」

「世界を救うためだ。俺はみつばと叶歌を合わせるわけにはいかない。神話生物との闘いがあるのに、おじさんバレの幻滅が魔法少女の精神を破壊するのは致命的だ。ならばいっそ……」

――【魔族も人も自分が掌握しよう】――

 そう言いかけて、琉菜子は言葉を飲み込んだ。
 今、琉菜子は魔王と行動を共にし、カリスマの力で世界の権力の頂点に君臨している。
 だからといって、仲間の魔法少女は自分の意のままにはいかないだろう。
 23年も共に闘ってきたのだ。仲間達のやっかさいは身に染みている。

「どうした?」
「いや。一筋縄ではいかない連中だからな。たとえ魔王と組んでもな」
「おもしろきこと也」

 琉奈子とベルゼはカリスマを放ち、騎士のもとへ向かう。当然、騎士もまたカリスマで平伏させた。
 騎士の次は貴族。カリスマをわからせていく。貴族にも【上位存在】であることをわからせる。正面から、順々に行くことが大事だった。

 やがてふたりは王女の謁見へと至った。行動開始から48時間目のことだった。


 王城の謁見の間にて、四人の少女が大理石の卓で向かい合っていた。
 魔王サイドのふたりは、魔王ベルゼブ・ゼルギウスと大地と空の魔法少女・谷地琉菜子。
 王都サイドのふたりは、黒騎士にして皇女のエミリー・セントレイアと、氷刃の魔法少女・冬芽叶歌だった。

 まず礼を述べたのはベルゼだった。

「このたびは謁見の承諾に感謝する」

 ベルゼにはエミリーが礼で返す。

「全世界の緊急事態です。魔王殿自ら赴いて頂けるなど、どうお礼をしていいのかわかりません。王城の全力を持ってもてなしましょう」
「心よりの歓待。痛み入る。じゃが我が表だって謁見となれば、民が納得しないのでな」

 ベルゼとエミリーは微笑みの裏で、互いに意図を理解しあう。
 双方の隣では、叶歌と琉菜子もまた、目配せをし再会を喜んでいた。

「やけに騎士達が騒がしいと思ったんだ。琉菜子のカリスマだったとはな」
「カリスマは君だ。闘技場を点々して実力でのし上がったそうじゃないか。神話生物から王を助けたのも聞いたぜ」

「大したことじゃない。当然のことだ。それより琉菜子……」

 叶歌が、改まって話を振る。

「みつばが新進気鋭の勇者アルトニュクスと行動し、噂になっている。私は王国軍を動かせる立場にある。勇者小隊と王国軍で合流しつつ、対神話生物の戦線を構築したい」
「だな。神話生物は魔族との共通の敵でもある。人と魔族の講和は可能だ。なあベルゼ」
「うむ」

 王女と魔王。
 氷刃と大地の交渉が始まった。

5‐4 王女と魔王の会合

 大理石の卓で四人の少女が向き合っている。
 王女エミリーと魔王ベルゼは人と魔族の合流に当たっての問題点を挙げていた。

「神話生物の対処は喫緊の課題ですが、民の感情的な問題があらたな摩擦を有無可能性があります。また神話生物と魔族の混同も懸念されます」
「ふむ。いいたいことはわかるが、魔族側としては神話生物は〈おぞましき深淵なる存在〉であり、まったく異なる種族だ。生命と無生命ほどの差がある」

「人の側が、礼を欠くというのは存じています。しかし民のすべてに周知することは難しい」
「王女がカリスマを放てば良いだろう? カリスマはすべてを解決する」
「カリスマで解決できれば、苦労はしてません」

 エミリーは頬を膨らませた。ベルゼは頬杖を突きにぃと微笑む。

「では我が教えて進ぜよう。そなたは人間にしては胆力がある。我のカリスマ力(ぢから)を手中にできようぞ。人心掌握も思うがままぢゃ!」
「それこそ魔の者の力を借りることになり、民の信頼を損ないます。私ができるのはあくまで講和のみ!」

「頭が固いのぅ」
「ベルゼ殿の言動は境界侵犯です! まっこうから王女である私を手込めにしようなど、受け入れられない!」

「ぬううぅぅ……」
「むううぅぅ……」

 金色の王女と白髪の魔王が睨み合う。
 双方の利益、軍の統率の問題、民の感情の問題について喧々囂々の議論が交わされる。

 その横では、碧と紫の魔法少女が、他の仲間の動向もとい夏瀬みつばを巡っての頭脳戦が繰り広げられていた

「琉菜子なら、他の魔法少女の動向は把握しているだろ。教えてくれるか?」
「……いいや。場所がわかったのはお前が最初だ。この世界は魔力探知が難しくてね」

 琉菜子は、みつばの動向は知っていたが、しらばっくれた。

 動向どころかみつばの本体情報さえも知っていたが、あえて言わない。

(こいつがみつばに好意を持っているのは明白。みつばがおじさんだと知れたら、23年の片思いが破壊され、俺のように精神が崩壊する。叶歌の本体が女の子か男好きなら、みつばがおじさんでも問題はないが、その可能性は低い。こいつがおじさんなのは明白だが言質はとっていない。まずはそこをはっきりさせる)

 琉菜子は覚悟を決める。

「なあ叶歌。この異世界には俺達幹部しか転移していないだろ。後輩の眼とか連隊の規律とかはいまはもう必要ない。だから、さ。教えてくれよ」
「どうした? やぶからぼうに」

「正直にぶっちゃけてもいいだろう。俺の本体は、おじさんなんだ」

 琉菜子は少女のまなざしで、打ち明けた。
 同じ魔法少女でなければ、冗談にしか聞こえないだろう。

「薄々は、気づいていたよ」
「お互いにな」

「打ち明けてくれてありがとう。僕も実はおじさんだ」
「そっか。まあ俺とお前は、ちょっと似てるからな」

 叶歌もまたおじさんであることを打ち明ける。
 琉奈子の予想通りだ。この女(男)は、正直には正直で返す男だ。クールかつまっすぐなのが冬芽叶歌なのだ。

 現世での叶歌の本体は公務員、琉奈子の本体は経営者として魔法少女連隊を支えていた。
 ゆえに薄々互いに感付いている。

 朴訥とした雰囲気。テストステロンに溢れた行動。

 こいつの中身は完全に男だ、と。

 外見は魔法少女でも、立ち振る舞いでわかるのだ。
 だから打ち明けられても驚かない。

 もちろん世の中は広いのでテストステロンに溢れた女性もいて、経営者や政治家として手腕を振るう場合もある。
 とはいえ、だ。叶歌と琉菜子の場合は、幹部として、多くの魔法少女をみてきた。

 魔法少女への【観察】と【知見】がある。
 多くの後輩の魔法少女が、闘いから身を引く場面に立ち会ってきたのだ。

『御社の退社理由を教えて貰ってもよろしいでしょうか』

 と、実際にヒアリングを続けるとわかる培われた経験がある。

 ちなみに魔法少女をやめる理由の最多は【現実の生活を優先したい】だった。

「僕と君で、人事を捌いたよな」
「人には事情があるんだって知ったよ」

 大半の魔法少女は、現在の幹部のように【中身がおじさん】なわけではない。
 魔法少女の本体は、少女なのが大半なのだ。
 現在の五人の幹部は戦闘に適応した結果、少年時代から魔法少女をしていた五人が【抽出された】のだ。

「叶歌さ。その【僕】ってのは。現実のお前との一致なんだろ?」
「自分を偽るのが苦手でね。魔法少女と自分の切り替えができない。だから現実も【僕】だ。本名は冬芽奏太という」
「俺だってそうだ。魔法少女になっても俺は俺だ。ちなみに【谷地月】な。ふはは。異世界にきてやっと本体を打ち明けられるなんてな」

 23年目にして本名を打ち明けあった。

「お互いに、な。もっと早く、打ち明けていれば楽だったのかも知れないな」
「【組織を維持するためにプライベートは明かさない】。俺とお前が一番、口を酸っぱくしていたんだがね」

「状況が状況だから良しとしよう。素直に嬉しいよ。まあ琉菜子は【俺】だからわかりやすかったけど」
「俺は俺だ。お前と同じ。自分を偽れないんだよ」

(さて、ここからだ)

 琉菜子は勝負にでることにする。

「俺と叶歌の間でもう一つはっきりさせたいことがある。俺はみつばが好きだった」
「そうか。僕もだ」

「仲間としてじゃない。闘いが終わったら結婚しようとさえ思っていた」
「同じだな。ふ……。僕と君は少し似ている」

(そうだ。似ているから危険なんだ。みつばがおじさんだと知れたら、こいつの精神は……)

 琉菜子はさらに覚悟を決める。

「あの、さ。みつばも人称が【俺】だろう?」
「だな。だが彼女は女の子だ。君もそう思うだろう?」

 まったく破綻した理屈だが、なぜかふたりはみつばが女の子のはずだと革新していた。
 人称が俺なのに、なぜみつばを女の子で『運命の人』と思ったのかは、琉奈子も説明はできない。

(いうなればみつばは、いい奴すぎるんだ。男の競争社会にこんなやつはいねえと俺は勝手に思い込んでいた。あいつの人称が『俺』でも聖女としかみえなかったんだ)

 叶歌はみつばに好意を持ち、琉奈子はみつばの本体に気づいている。
 状況は深刻だ。琉奈子は慎重に返答する。

「よく、わかるよ。みつばは俺達の精神的支柱だった」
「ああ。彼女がいなければ、魔法少女連隊は全滅し、今頃地球は存在していない。15年前、全員が洗脳されたときも……」

「あったなあ。みつばだけが、ひとりで闘ってたよな」
「彼女だけがどんなときでも諦めなかった。たったひとりで、ボロボロになって。洗脳された俺達に痛めつけられながらも、必死に……。くっ……」

 叶歌が涙目になる。

「思い出すだけで、面目ないぜ」
「だから僕はみつばを好きになったんだ」

 ふたりは15年前。22歳の頃の闘いを回想する。
 当時58名だった魔法少女連隊のうち、57名が神話生物に洗脳されていた。

 残ったのは、みつばただひとり。

 幹部達は脳を乗っ取られ、仲間でありながら、みつばを嬲っていた。

 圧倒的絶望。

 それでもみつばは諦めず、立ち上がり、洗脳された仲間の説得を続けた。

 赤光の少女が痣だらけとなり、涙を浮かべる。ついに膝をつき、えづきながら倒れ伏す。
 もう立っていられる力さえ、みつばには残されていない。
 なのに、みつばは倒れなかった。

『お前らに格好悪い姿はみせない。魔法少女の最後は美しいままにする』

 そう言い残し、みつばは自らに炎魔法を打ち込んだ。
 少女の姿が燃えさかる。

『炎を眼に焼き付けろ。俺が消えても、お前らの灯火になる。苦しいのはお前らなんだからなぁ!』

 みつばは魔法少女の最後、立ったまま自ら燃え、死を選んだのだ。

 彼女は仲間を説得するために、最後の瞬間まで諦めず命を捧げた。
 叶歌は思い出すだけで目に涙を浮かべる。

「彼女を一度、死なせてしまった。あの燃える姿で心が打たれて、洗脳が解除された。数秒、蘇生がおくれたらみつばは死んでいた」
「俺が大地のエネルギーを、シトギが森の生命力を与え、檸檬が錬金術で肉を再生させ、やっとみつばは息を吹き返したんだったな」

「僕は何もできなかった。だから生涯彼女を守ろうと……」
「近接最強になった、か……」

「みつばは、彼女は十分傷ついた。僕は彼女を【未来永劫】守りたい。ふふ。だけど本心を打ち明けるのが君とはね」

 赤光の魔法少女の思い出を語る。
 最強にして最大火力の主砲。

 最強の後衛にして、誰よりも仲間を守る意思を持ち……。
 精神力において誰よりも屈しない、まさしく聖女だった。 

 実務能力に長けた叶歌と琉菜子の力に、理想主義という精神的力学を与える存在が、みつばだったのだ。

「あんなの、惚れない方がおかしーよな」
「ああ。男にはできない芸当だ。みつばは俺と嘯いているが、その本体は聖女だ」

「……」
「琉菜子。君とは奇しくも、同じ人を好きになったが、正攻法でいこう」

〈やーべ。どうしよ。タイミングねーよ〉

 琉菜子は、真実を告げられずにいた。
 叶歌は、みつばに聖女の幻想を抱いている。かつての琉菜子がそうだった。
 琉菜子だけがみつばの本体がおじさんであると知っている。

(こいつの言い分が全部わかるんだよ。ジャンヌダルクみてーな、あんな身を捧げる死に方、聖女でもないとできねえよ。俺もみつばのことを聖女だと思ってた。好きだった。でも違うんだよ、叶歌。俺達の23年の片思いは……。盛大な勘違いだったんだよ)

 琉菜子の心は砕け散りそうだった。

 隣では、魔王と王女が国家同士の会談をしているから、どうにか理性を保てていた。

 実際、琉菜子の魔力出力は、みつばがおじさんであると知ってから、精神的ダメージで39%の出力となっている。
 魔王城を陥落できる魔力があったが、いまではベルゼと同程度だ。

(叶歌が俺と同じ状態になるのは、避けなければならない。みつばを合わせるわけには……)

 苦肉の策で、琉菜子は頼み込むことにした。

「頼みがある。みつばから手を、引いてくれないか?」
「断る。正々堂々といっただろう」

「いや。俺はもうみつばは好きではない。だが叶歌も、また手を引いてくれ」
「わけがわからない。好きなんじゃないのか?」

「お願いだ。悟ってくれ」
「琉菜子は時々抽象的になる。わかるようにいってくれ」

「頭の固い公務員め」
「君とは戦友だ。だけど今の君は、魔王と手を組んだ交渉相手だ」

「とにかくだ!みつばと叶歌を合わせるわけにはいかないんだ。お前らが出会えば、魔法少女連隊は……。瓦解する。この世界にいるときだけ、頼む。みつばには合わないでほしい。現世に戻ったら好きにしていい。神話生物を駆逐するまでは、みつばとは接触しないでくれ」

「ふざけるな! 僕とみつばは背中を合わせてきた戦友だ。そしておそらく、両片思いでもある。異世界で再会を果たして、戦力を増強し、神話生物を迎え撃つ。君の言うことは支離滅裂だ!」

「俺はおかしくない。真実を言えないだけだ。悪いな叶歌。俺はお前らを止めなきゃいけない!」

 王女と魔王が、国交問題や宗教思想問題について議論をしている横で、魔法少女は色恋と誤解を巡る問題で対立していた。

「わからねーなら、力尽くで止めてやる」
「仲間を諫めるのも、氷刃の役目だ」

 叶歌と琉奈子は椅子を蹴って立ち上がる。

 王女と魔王が気づき「どこへ行くのです?」「何をするつもりじゃ?!」と背中を呼び止めるも、止まらない。

「決まっている。僕の邪魔をするなら」
「当然、殴り合いだぜ」

 氷刃と大地の魔法少女は、王城の窓から飛翔。城の屋上に躍り出た。

5‐5 氷刃と大地

 紺碧のスカートと、紫のスカートを翻し、ふたりの魔法少女が王城の屋上で対峙する。
 遅れて王女エミリーと、魔王ベルゼが這い上ってきた。

「魔王殿。ふたりはいったいどうしてしまったのですか? 私達は王国軍と魔王軍の共闘。双方の領土における国交問題を話し合っていたはず」
「わからぬ。ぶつかりあっていたのは、我らの方だったはずだが、いつのまにか魔法少女のふたりがヒートアップしていた。よもや殴り合いになるとは」

「殴り合いどころではありません。膨大な魔力が迸っています。常人では立つことさえままならないほどの……。魔王殿は大丈夫ですか?」
「誰に心配しておる。我は問題ない。王女もまた魔法防御力に優れているようじゃな」

「私は魔力は弱いですが、黒騎士の甲冑による結果術に覚えがありますから。それでも、ぐぅ。すさまじい魔力波動です」
「常人どころではない。下級魔族でさえ、息をするのもままならない」

 エミリーとベルゼは、屋上で趨勢を見守った。さきほどまで人間サイド魔族サイドの長として、ぶつかりあっていたふたりだが、今は魔法少女のふたりが、彼女ら以上に怒髪天を衝く勢いとなっていた。

 奇しくも、魔法少女が喧嘩を始めたことで、いままで衝突していた魔王と王女が冷静となっていた。

「あなたたち! ここは王城の屋上です! 無益な争いはやめなさい!」

 エミリーが魔力波動に耐えられる限界まで近づき、叶歌と琉菜子に叫んだ。
 魔王ベルゼもまた、琉菜子に命じる。

「貴様ら。魔王の眼前で粗相をするでない! 双方、矛を収めるのじゃ!」

 氷刃の魔法少女も大地と空の魔法少女、聞く耳持たずだった。
 叶歌が、氷刃を形成。紺碧のスカートを翻し、構える。

「魔王といえど、僕は止められない」
「同感だ。力が正義というならば、今の正義は俺達魔法少女だ」

 琉菜子もまた魔力を解放。琉菜子の隣に巨大な土偶〈虚神像〉が顕現する。
 この〈虚神像〉は琉菜子の〈大地の魔法〉を司る魔力媒体だ。

「〈偶像顕現〉をしたか。本気なようだな」
「近接最強の氷刃を前に出し惜しみをしたら、それこそ瞬殺されるだろうが」
「まだ死んでいないってところだけは、褒めてやる」

 琉菜子の周囲には、すでに叶歌の斬撃が奔っていた。
 叶歌は動いていないように見えたが、彼女の輪郭には残像があった。

 刹那の動きで、すでに5度の斬撃を浴びせ、元の位置に戻っていたのだ。
 遅れて、琉菜子に斬撃が入る。
 虚神像の土偶には、斬閃痕。ぼしゅぼしゅぼしゅ、と土偶が弾ける。

「俺の魔力は土でありかつ〈空(くう)〉でもある」
「知っている」 
「五行における土属性。四つの季節における空白の季節を表す。それが〈大地と空〉の魔法少女の所以だ」

 琉菜子があえて解説をするのは、傍らにいる魔王ベルゼに向けてだった。
 琉菜子は時間を有効に使いたい。叶歌との激情的な戦闘においても、魔王ベルゼに力を伝授する意図があった。

「なるほど。これが〈空〉の魔法か。僕の斬撃がすべて、その土偶に吸収される」

 叶歌は、すでに37回の斬撃を放っているが、琉菜子に届くことはなかった。
 琉菜子に入ったはずの斬撃はすべて虚神像の土偶が【肩代わり】していた。

「概念転送だ。とはいえ、お前のその速さだって。【時の流れ】を凍結しているんだろう?」
「互いに力を理解しつつも、味わったことはなかったな」

「魔法少女同士では闘うことは御法度だ。俺とお前でルールを作った」
「皮肉なものだ。部隊を纏めるルールをつくった者同士で、剣を交えるなんてな」

「それでも、お前をみつばに合わせるわけにはいかないんだよ」
「分からず屋とは殴り合ってもいいのがルールだ。だから琉菜子。僕は君を斬る!」

「雑なルールだなぁ、おぃ!」
「今、つくった!」

「傍若無人がよぉ!」
「そっちがだろう!」

 きぃん、と何かが固まる音と共に、琉菜子と虚神像の土偶が、凍結する。
 正方形の氷の空間が顕現。空間ごと凍結されたのだ。
 叶歌が残像となり、氷の立方体の周囲を旋回、切り刻む。

「空間を凍結し、切り離した。これで君の概念魔力は一時的にロック。空間の外側から切り刻む!」

 氷の立方体に、切り込みが入る。
 ところてんが、千切りにされるがごとく、空間ごと凍結された琉菜子と土偶に、無数の斬撃痕が入る。

「空間凍結、解除。君はバラバラになる。安心しろ。魔法少女の生命力なら、凍結した肉体はくっつければ元に戻る」

 ばりんと、氷の立方体が砕け散る。
 中に閉じ込められていた、琉菜子と虚神像もまた千々に分断される……。そのはずだった。

「空の魔力ってのは無ってことなんだぜ」
「なん……、だと?」

 琉菜子はまたも無傷だった。確かに切断したはずなのに……。

「お前が俺を斬った。だがその切断面は〈空〉になった。時を凍らせる概念魔力は大したものだが、俺の概念魔力は空間事象を改変できる」
「僕が時を凍らせるように。君は空間を無にする、というわけか」

「氷を土を極めて、時空間にまで及んだというわけだ。遠いところに来たな」
「君がぺらぺらしゃべるときは、もう余力はないんだろう」
「お互いにな」

 叶歌が氷の刃を向ける。琉菜子は土偶を浮遊させ、突撃姿勢になった。

「概念は尽きたぜ。なら答えはひとつ!」
「残るは、物理的なぶつかり合いだ!」

 大地の魔力と、氷の魔力が迸る。
 氷刃が凍気を、土偶が砂嵐を発生。
 周囲にいたエミリーとベルゼは、異次元の闘いを前に、立っているだけでやっとだった。「く……。王女よ。正気は保っておるか?」

「私は問題ありません。それよりも説得です。魔法少女が闘う道理はありません!」
「同感だが、王女。ふたりの争いにはどうにも、別の魔法少女が絡んでいるらしい。夏瀬みつばという、炎魔導師だ」

「噂には聞いております。私には痴話喧嘩にしか見えませんが」
「奇遇だな。我もだ」

「痴話喧嘩だけで、こんな死闘がなされるものなのでしょうか?」
「事情は当人にしかわからぬ。じゃが夏瀬みつばというのは相当な悪女のようじゃ」

「あるいは絶世の美女か聖女かの、いずれかですね」
「うむ。今は見守るしか、あるまい」

 叶歌は氷刃を突きの姿勢で構える。

「氷極点・絶対零度螺旋」

 琉菜子は土偶を高速回転。砂嵐を発生させつつ、漆黒の闇を生み出す。空間を操ることで疑似ブラックホールを生み出しつつあった。「大地魔法・空間魔法混合。虚神像・闇核顕現」
 紫紅の魔法少女は、勝利の微笑みを浮かべる。

「大地の魔法は質量にも干渉できる。小型ブラックホールだ。お前だけ、叶歌。現世に帰還できるかもなぁ!」
「そうまでしてみつばと僕を合わせたくないのか。恋だというなら正々堂々来るべきだ!」

「違う。違うんだ。叶歌。俺はお前にも失望してほしくないだけだ。俺達は人生をかけて魔法少女をやっちまった。闘いが終わったら、結婚しようって。その結果が……。みつばの、あの聖女の本体が……! まさかよぉ!」

「もう話さなくていい。技をぶつけるだけだ」
「……だな。飲み込まれて消えろ!」



 王城の屋上は氷の大地となっていた。
 紺碧の魔法少女が膝をつき、紫紅の魔法少女は立っていた。

「膝を付いたのは、はぁ。初めてだ」

 琉菜子は応えない。

「立ったまま、果てるとはな」

 大地の魔法少女・谷地琉菜子は立ったまま、氷像となっていた。
 叶歌は氷像となった琉菜子に語る。

「土は水を吸収する。それは相克の関係でもある。互角の相性と言うことだ。僕とみつばを合わせたくないというなら、僕ではなく、みつばに挑むべきだった。みつばの火は、君の土ならば、封殺できたはずだ」
「ほぅ」

 氷像の中から、掠れた声が漏れる。

「惚れ、た、女を、殺せ、る、かよ」

 23年間惚れていた女がおじさんだった衝撃で琉菜子の精神は崩壊しかけていた。
 それでも叶歌に真実を伝えまいとする。

 琉菜子の優しい嘘だった。
 叶歌の精神が崩壊したとしても、すべて真実を話してしまえば良かったのかも知れないが……。

 もう時は遅い。
 大地と空の魔法少女、谷地琉菜子は敗北した。

「しばらく、氷のベッドで眠るといい。……ぐ、がはぁっ!」

 叶歌は吐血と共に、膝を崩した。地面に倒せ伏す前に、エミリーが受け止める。
 叶歌はエミリーの肩で気絶していた。あくまで僅差での勝利だった。
 氷像となった琉菜子は、薄れゆく意識の中、思う。

(くっそ。ほぼ俺の勝ちじゃねーかよ。認めたくねー。はぁ。属性相性からみつばを狙えばよかった、とこいつは言うが……。ったくわかってねえ。お前よりもあいつのが、もっとヤバいんだよ)

 みつばが叶歌の本体を知った場合の方が、暴走の危険があった。

(みつばのあの精神力の輝きは、諸刃の剣だ。ひとたび瓦解すれば、ブラックホールのようにすべてを飲み込むんだよ。く……。意識が、もう……。俺はひとまず、退場、か……)

 魔王ベルゼが、凍結した琉菜子を抱き上げる。

「この者は魔哭領にて保護をする」

 ベルゼは琉菜子の氷を溶かし、接触することで回復魔法を与えた。

「王女エミリー。この度の闘いをもって、対神話生物戦線において魔哭領の戦力を王国に貸与しよう」
「こちらこそ、痛み入ります。ベルゼ殿。まさしく互角の戦いでした。王国軍もまた、魔哭領へと派遣いたします。人と魔族の憎しみはあれど、まずは結託から始めます」
「同感じゃ」

 魔王ベルゼと王女エミリーは、手を差し出し握手を交わした。
 一見痴話喧嘩の魔法少女同士のぶつかり合いが、魔王と王女の協定を結ばせた。

5‐6 破滅への飛翔(1)


 王都と魔哭領の境目の干渉地域【レグナクロス】は、火山灰の降り注ぐ灰の大地だ。
 人族は灰を用いて田畑や、工芸品を作って暮らしている。魔族もまた灰を食料としたり、住まいに用いたりと、火山灰の環境を利用した種が生活していた。

 このレグナクロスで、半年前から神話生物群の増殖、浸潤が確認された。
 泡だった粘液の神話生物子群。〈ネグロ・コル・キエム〉が、灰を吸収し、濃緑色の毒の泥に変えつつ増殖。毒の泥の領土を拡大し、人の里へと迫っていた。
 魔哭領第二内壁区画統治者・侯爵第三位・グロスハートゴーレム〈ガルゴム〉は、石の巨体の守護連隊となるゴーレム軍を指揮。

「里の人族とゴーレム族は、ここ数年で協定を保ってキタ。オデ達は……。力仕事を任されるが、代わりに灰や石資源を受け取る。正統な取引の元で、平穏に暮らしてイル。蹂躙されるわけには、イカネエ!」

 毒泥の拡大を止めようとするも、〈ネグロ・コル・キエム〉の浸潤は止められなかった。ガルゴムの全身には、緑色の粘液が付着。石の肉体を溶かしていた。
 98体いたゴーレムが、粘液に包まれ、石ごと腐食されていく。石の巨人の身体には苔が蒸し、ひび割れ砕かれていたのだ。
 ゴーレム達が次々とコアを侵され、機能停止していく。

「この緑の泥の分際で……」
「オデ達の力ではこの泥共は……」
「あまりニ、相性ガ、悪すぎル……」

 ゴーレムの眼から光が消えていく。

〈ネグロ・コル・キエム〉の粘液の群れは、どろどろと増殖を繰り返し、波のごとくなる。 レグナクロスの里へ向けて、緑色の毒の波が迫る。

 叫びと共に、丘の上へ逃げ惑う里の人々。
 泥の波に浸食され、蝕まれる家々。
 毒の泥の波は、生き物のように意思を持ち的確に里への蹂躙を始める。

「もう無理だ!」「まるで俺達を狙っているみたいな……」

 村人が諦めかけたそのとき、黄金色のスカートと 浅黄色のフリルが翻り、泥の波の前に立ちはだかった。
 白銀の魔法少女・銀城檸檬と、深緑の魔法少女・夢原シトギである。

「こいつの毒はマグネシウムで中和できる。塩の柱か。錬成をする!」

 黄色の三つ編みが揺れ、丸眼鏡が光る。白銀の魔法少女の五行属性は金。物質中のミネラルや分子を操り【錬成】ができる。地面から塩の柱がそびえ立ち、泥の波を食い止める。

「よくわからんけど、毒の泥なんだろ。だったらこっちは森のパワーだ! モルモルン!」
「モォ、ルゥウウン!」

 淡緑のツインテールが翻り、シトギとモルモルンが泥の波に突っ込んでいく。踏みしめた場所から、草木が生え、泥の信仰を食い止めていた。
 檸檬は眼鏡を光らせ、ブツブツと呟く。

「鉱物というのは突き詰めれば、ミネラルの集合体。化学変化を操る僕にかかれば、泥の神話生物に効く化学物質を錬成可能。マグネシウムが覿面だが、神話生物を構成するタンパク質を分析、アミノ酸レベルで干渉をかければ完全分解も可能。解析を開始する」
「ブツブツいってないで、ゴーレムを回収しようぜ! そっち持ってくから修理してよ!」

 シトギとモルモルンが、大地から樹木を生やし、操作。倒れたゴーレム部隊を、檸檬の元へと投げる。
 大賢者ティセスアックアが、小さな身体であくびをしながら、浮遊魔法を起動。

「まったく。大賢者を難だと思っているんだ。浮遊魔法は得意だけどさ」

 飛んでくるゴーレムを受け止め、檸檬の傍らで山積みにする。

「檸檬。ゴーレムだ。復活させるぞ」
「異世界のゴーレムですか。このコアが原動力なのですか」

「コアには電気回路が仕組まれているが、鉱物を原動力として発電している」
「興味深いですが。ティセスさんはゴーレムの修復を。僕は波を食い止めます」
「頼んだ」

 魔法少女と大賢者。科学者気質のふたりはブツブツしゃべりながら、ゴーレムコアに浸食した毒泥に塩を浴びせ、修復していく。

「おいおい。力仕事はあたしだけかよ!」

 シトギが文句を言いながら、緑の波を駆け巡る。モルモルンもまた、巨体を飛翔させつつ【森をばらまいて】いた。
 泥と森が拮抗し、毒泥型神話生物〈ネグロ・コル・キエム〉の動きが弱まっていく。

「ふーう。森の勝ちだ」

 シトギが、踏みならした足下は、草木が芽吹き毒泥を中和していた。
 毒泥の波は、半数が動きを止めている。
 檸檬が怪訝そうに眼鏡の位置を整える。

「ですが、僕たちがしたのはあくまで拮抗。森の力が弱まれば、この泥どもはまた動きを始める」
「わかってるよ。とどめが必要なんだろ? 塩でもぶっかけるかい?」

「塩だけじゃだめだと思う。この毒の泥は凍らせてから燃やすくらいしないと」
「大規模だなあ」

 シトギは肩をすくめる。この全長2キロ四方の泥の波はすべて神話生物の肉体だ。最高位のクル・ラムエルは全長10キロの肉塊となって富士山麓を浸食し、火山から地球内核へと入り込もうとしていた。

 人智を超えた規模で、神話生物は浸食をしてくるのだ。
 そのとき、ふたりの足下に、氷の風が吹く。「待たせたな」
 氷刃の魔法少女・冬芽叶歌が、王国軍3000名の兵士とともに、緩衝地帯ラグナクロスに訪れていた。

「お久しぶりです。叶歌さん。あなたが来ると安心感が違いますね」
「ったく。おっせーんだよ。しっかりしてるから別にいいんだけどさ」

 紺碧の魔法少女の登場に、檸檬とシトギも再会を喜んだ。
 叶歌が「これで四人だな」と呟く。
 シトギが叶歌に歩み寄る。

「あと合流してないのは誰だ?」
「みつばだけ。琉菜子は眠って貰った」

「はぁ? どゆこと?」
「闘いを挑んできた。異世界に来て、心境の変化があったんだろう。僕も吐血をしたがな。ふたりは、問題ないか?」

 シトギが「え? 意味分かんない」と、混乱しているが、檸檬は冷静に状況を聞く。

「琉菜子さんと叶歌さんの対立は、王国と魔族の結束と関係があるのでしょうか?」
「ああ。僕もよくわからないが、僕と琉菜子が闘ったことで人と魔族が結束した。結果オーライだ。あとはみつばを探すだけ」
「うーし。そゆことなら、あたしも手伝うわ! みつば先輩がいないとしまらないもんね!」

 シトギがはしゃぎ、檸檬もまた「同感です」と眼鏡を光らせ微笑する。
 大賢者と森の王は、その背後で魔法少女達を見守っていた。

「森の王よ。彼らはしょうがない奴らだね」
「モルン、モ……」
「心配なのかい? え? 森が泣いている? そうか……」

 大賢者ティセスは、小柄な身体と、膝元までの長い髪を揺らし、空を仰いだ。森の王モルモルンも、猫めいた耳をぴこぴこする。

「これはもうひと風、吹きそうだね」
「モルンモ、モムンモルムン……(森の涙が、彼らを癒やしてくれればいいのに)」

 

 セントレイア城の謁見の間では、魔王ベルゼと王女エミリーが紅茶を飲んでいた。ベルゼの傍らでは、琉菜子が魔法少女体のままでもたれかかって眠っている。先日の疲れからか、活動ができない状態にあった。

「干渉地帯レグナクロスに叶歌さんを派遣したのは成功でしたね。神話生物は制圧したそうです」
「うむ。魔法少女とはかくも圧倒的な存在じゃ。ゴーレム部隊も命をとしてがんばってくれた。我ら魔族の信用も十分じゃろう。して、今日呼びつけたのは如何なる用じゃ?」

「……ベルゼ殿。先日の琉菜子殿と、叶歌さんの闘い。あれは痴話喧嘩にしか見えませんでしたが、私には何か、重要なことを話していたようにも思えました」
「うむ。ゆえに姫には、叶歌を魔哭領付近の護衛に任命して貰った」

「【勇者パーティと炎の魔法少女夏瀬みつばを、叶歌さんに近づけさせない】。この点は私も同意です。ですが、魔法少女は4人が集結した。出会うのも時間の問題です」
「遅延行為も限界がある、か」

「勇者アルトニュクスが高速でtierをあげて、魔哭領に接敵しているとも聞いています」
「勇者パーティには琉菜子の提案で、我が四天王の一角プラムベルを潜入させていたが。琉菜子がこの様子ではな……」

 ベルゼの膝に頭を乗せて、琉菜子は項垂れていた。魔法少女は多少の傷なら修復できるが、ダメージの回復のためには長時間眠る必要がある。

「眠っているようですが……。この度は叶歌さんが申し訳ありませんでした」
「肉体よりも精神ダメージが深刻のようじゃ。それよりも、琉菜子と叶歌が闘ったことで我々は魔法少女達の事情を知った」

「ええ。赤の魔法少女を巡っての痴話喧嘩にみえましたが、人生を賭けているようでもありました」
「あの形相と闘いをみれば、我々も動かずにはいられない。じゃが我々も王女と魔王。それぞれの立場の魔法少女に与するしかない」

「王女としては叶歌さんを優先するしかありません。同時に琉菜子さんの想いもしかと受け取りました」
「ご協力、感謝する。我らが手を組んだところで、どうにもなるまいが……」

 ベルゼとエミリーは、同時に大きなため息をつく。
 プラムベルからの定例報告が来た。

「……なんじゃ」

「魔王様! 今日のみつアルも尊いんですよ! またも村を救いました! 最速でのおtier上昇率ですよ!」
 勇者アルトニュクスの勇者ランクtierはダイヤ5にまで上昇していた。プラムベルを送り込むことで、魔法少女を監視するつもりだったが、真にマークするべきはあの勇者少女の方だったようだ。

「アルトニュクスとみつばさんは12もの勇者小隊を取り込んで、いまや50人規模の勇者精鋭軍として、神話生物討伐の遊撃隊となり、傭兵や王国軍からも一目置かれています! 私も参謀に就任したんですがね。うふふ」

「おい。仕事はどうした?!」
「はぁ。アルみつは尊いです。間に入るものがいたら、邪魔してやります。愛欲の淫魔だけど、私は熱いものが好きですからね」

 ベルゼの膝で、琉菜子が目を覚ました。

「プラム、ベル……。それでいい。みつばと叶歌は絶対に接触させるな」
「わかりました、琉菜子様! はあぁ~。最初はアルのこと虐めてたけど、尊いものみれてサキュバス冥利に尽きますわ!」

 そこで通信は途切れた。琉菜子は再び眠りにつき、エミリーとベルゼは「うーむ」と考えこむ。
 今度は王女の背後から、伝令が現れる。

「王女様! 赤光の魔導師と蒼雪の勇者が、干渉地帯の里レグナクロスへと急接近しています!」

 エミリーは激怒した。

「なん、だと?! 勇者軍団は絶対に近づけるなとあれほど……。そもそも、勇者は軍団となっていたのではなかったのか!?」
「異界寄りの魔導師少女達は、どうやら一定距離まで近づくと、互いに感知ができるようなのです。夏瀬みつばとアルトニュクスは、3人小隊で飛翔し先行したようなのです」
「予想以上のすさまじさですね」

 エミリーが視線を送る。
 ベルゼもふるふると首を振った。

「もうなるようになれ、と祈るしかない。夏瀬みつばと、冬芽叶歌は接触させよう」
「ダメだ!」

 眠っていた琉菜子が目覚めた。

「お主がそこまで向きになる理由がわからぬよ」

 琉菜子はベルゼの膝で震えながら、目を光らせる。

「俺達の人生の問題だ。人生を賭けて、魔法少女をやってきた! なのに23年間求めていた愛の正体が、【おじさん】だったなんて……。そんなこと、ひどすぎるよ。あんまりなんだ! ぐ、うう……」
「傷に障るぞ。騒ぐでない!」

「俺はまだ、いいんだ。ベルゼちゃん。君に出会えたんだから。だがあいつらは、どうなる?!」
「もう少し、仲間を信じてみろ」

「ベルゼちゃん……」

 琉菜子は魔王の膝で、眼を細めた。魔法少女連隊を傭兵会社としてまとめ上げた彼(彼女)は、魔王ベルゼの元を自分の第二の居場所と思うようになっていた。みつばへの盛大な失恋を切り替えたのだ。

「よしよし、琉菜ちゃん」
「ちゃんは、やめろ。うぅ……」
「意趣返しじゃな。しばし我らにまかせて眠るがいい」

 エミリーはふたりの関係にヒントを得た。

『23年間求めていた愛の正体が、【おじさん】だった』

 エミリーはこの琉菜子の言葉の意味はよくわからないが、叶歌がこの後、盛大なショックを受けるとすれば、エミリーがするべきことは魔王ベルゼと琉菜子のような関係になることだろうか。

(私は叶歌さんに助けられてばっかりだ。父を救って貰い、私も救って貰った。王女として、あるいは黒騎士として。叶歌さんと向き合わなければ)

 王城からの第二の伝令と、魔方陣通信が同時に来た。

『赤光の魔法少女と』
『氷刃の魔法少女が、接触しました』

 ベルゼとエミリーは口をぽっかりあけた。
 みつばとアルの居た場所から、魔哭領までは距離があったはず。
 あまりに早すぎる接触だった。

「もう、祈るしか、ありませんね」
「座して待ち受けるのみ、か……」

 エミリーは手を合わせ祈る。
 ベルゼは眠る琉菜子の頭を撫で、黙祷するように眼を瞑った。

5‐7 破滅への飛翔(2)


「私達、こんなに一緒に飛ぶのって始めてですね!」
「アルが飛翔魔方陣に適応したからだな」
「何故かプラムさんも飛んでますけど」

 俺とアルの背後でプラムベルが、にっこり笑う。聖女の姿ではなく、サキュバス姿のまま空を飛んでいた。

「私は羽がありますから。出会ったときも飛んでいたでしょう? 人でありながら空を飛ぶあなた達がおかしいのです」

 魔法少女は格属性魔力を応用して飛翔する。 アルは俺の飛翔魔方陣の力で、飛翔を獲得したが、ここまで飛翔に適応したのは、彼女の身体能力の高さゆえだろう。

「ふぁ、落ちるぅ!」

 アルの周囲には飛翔魔方陣が展開していたが、バランスを崩したようだった。
 俺はアルの身体を支え、一緒に空を飛ぶ。

「近い、です……。みつばさん」
「落ちるよりはいいだろ。ったく」

 ほっぺたがくっつく距離で、背中から捕まえ、俺とアルは飛翔を続けた。距離にしてすでに30キロほど空を飛んでいる。
 何故こうも急いでいるかというと、叶歌の魔力を感知したからだった。

「みつばさん、嬉しそう」
「わかるか?」

「好きな人と再会できるから、ですよね。前の世界では想いを伝えられなかったって聞きました。今度こそ、伝えられるといいですよね……」
「アルとは離れるつもりはない。君は勇者として力を示した。俺はこれからも協力するつもりだ」

「私の力は微々たるものでした。みつばさんがいたからできたんです」
「叶歌と再会すれば、俺達の闘いも楽になるだろう。王国軍と勇者小隊は同じ人類として連携が取れている。プラムベルのおかげで、魔族ともまた共闘できる」

 俺は人類、魔族サイドと、神話生物との戦況を分析している。
 大丈夫。すべては上手くいっている。

「あとは俺と叶歌が再会すればすべては百人力だ」
「……。きっと、できます。応援、してます」

 俺達の背後でプラムベルがむくれていた。

「アル。いいの?」
「仕方ないです。プラムさん。泥棒は、よくないです」

「みつばさん、アルを貸してください!」
「落とすなよ」

 俺はアルに飛翔魔方陣をかけつつ、再び飛ばせる。アルは一瞬だけ空を飛びつつ、プラムベルに回収された。

「本当にいいんですか、アル!」
「私は……。私なんかが釣り合わないよ」

「情欲のサキュバスなんだから。これから教えてあげるのに!」
「そんなんじゃないの!」

 アルとプラムベルはまた恋めいた話をしている。誰か好きな人が居るのだろう。年頃の少女の煩悶を聞くのはおじさんの出る幕ではない。俺はそっと聞くまいとする。

(この碧の魔力は……)

 俺は一度地面に着地し、叶歌の魔力の方角を感知する。
 ふと、怖気。

「これは……?!」

 俺の全身が、一瞬、黒い影に包まれた感覚を覚える。

「どうしました、みつばさん?!」

 アルが心配する。影の気配はすでに消えていた。

「なんでもない。急ごう。ふたりとも」

 前方には、魔哭領とセントレイア王国国境。 緩衝地帯の街・ラグナクロス。
 俺は全速力で飛翔し、叶歌の元へ向かう。
 


 その影は神話生物〈ゾレイゾ・ゾラス〉という。
 生物の肉体を黒い影で模倣し、模倣した影の力を浸かって世界を破滅に誘(いざな)う。

 そこに感情や心や、情動は存在しない。
 プログラムめいた動きとして〈強者の模倣〉と〈世界の無差別の破壊〉を繰り返すのである。

〈ゾレイゾ・ゾラス〉の影は、緩衝地帯の灰の街ラグナクロスの辺境にて、3人の魔法少女の強さをコピーしていた。

 白銀の魔法少女・銀城檸檬。
 深緑の魔法少女・夢原シトギ。

 そして、氷刃の魔法少女・冬芽叶歌の〈複製された影〉が、各々の魔法少女の前へと立ちはだかっていた。
 檸檬がくいと眼鏡を持ち上げる。

「ゾレイゾ・ゾラスの対策はあります。シトギさん、叶歌さん。スイッチです」
「わかってるよ、檸檬! 自分の影にまともに向き合う必要はないってね!」

 魔法少女には属性がある。
 互いの敵を交換することで優位に闘いをすすめることができるのだ。
 檸檬の属性は〈金〉。〈木〉のシトギとは相性がいい。

「〈錬成〉チェーンソー・レイン!」

 檸檬は武器錬成により、無数のチェーンソーを生み出す。偽の影のシトギが、樹木の魔術を放つもすべて金属で刈り取る。
 檸檬が両手にもったチェーンソーを振るう。「仲間を複製するなど、いけませんね」

 影の肉体をバラバラにした。
 檸檬が勝利すると同時、叶歌が檸檬の複製体に向かう。
 檸檬の属性は金。叶歌の氷もとい水属性は、相性が覿面だ。

「武器錬成のタイミングで、空気を凍結させる。分子運動そのものを封じれば錬成は止まる」

 叶歌の氷刃が偽檸檬を切り裂いた。

「ふたりとも。無事ですか?」

 瞬きの間。
 叶歌は自らの複製体と擦れ違う。

 檸檬が吹き飛ばされ崖の壁に叩きつけられる。檸檬は眼鏡を完全破壊され、磔のように居崖に埋まっていた。
 叶歌は歯がみする。

「檸檬がやられた? 時の凍結までできるとは。舐めた複製体だ」

 シトギが地面から、草のエネルギーを沸き上がらせる。
 シトギの木は、叶歌の水とは相性がいい。

「檸檬ちゃん、敵はとるぜ」

 叶歌はふと気を抜いた。
 ゾレイゾ・ゾラスのコピー体は難なく処理できるだろう、と。

「森のエネルギー、全開……ふぁぁ!?」

 シトギの背後から、炎の波が襲いくる!

「ぬああぁあああぁ?! こ、この炎は……」

 シトギはどうにか踏みとどまろうとするも、木の属性では爆炎には抗えない。五行の魔法少女は各々、有利と不利をふたつずつ持つ。
 ただの火炎魔法ならまだしも、この相手は……。

「先輩の、複製体だ!」

 シトギもまた爆炎と共に、空を舞った。
 遠くの崖に、どぉんと叩きつけられる。その姿は、黒く焦げ付いていた。
 
 叶歌の眼に怒りが灯る。
 相手は自分の複製の影と、大事な相棒の複製だった。

「許せるわけ、ないよな!」

 冷静な叶歌が激情に支配される。

「魔力解放……。本気で瞬殺する」

 叶歌が魔力を解放する。第七位階魔術で自分と、相棒の偽物を葬り去る。

「氷雪の魔法、第七位階。雪月華・桃花氷炎」

 詠唱と同時。上空から新たなる影が飛来する。敵だろうか。構わない何人だって、この剣で斬……。

「違う。この魔力は」

 懐かしく、温かい。
 聞き慣れた詠唱も聞こえる。

「第六位階・炎獄宮・不死鳥顕現」

 夏瀬みつばが空を飛翔、冬芽叶歌と再会を果たした。

「叶歌! 久しぶりだ!」
「待たせるなよ。ったく」

 みつばは、アルとプラムベルを脇に追いやり、叶歌と背中合わせになる。

「敵は僕たちの複製体だ。問題はないよな!」
「当然だ! 俺達は、いつだって限界を超えてきた!」

「昨日の自分の、最高値を更新する」
「限界を超えて、その限界も超える。それが俺とお前だ!」

「だな。みつば。僕も、いつになく熱くなっている」
「魔力……」
「完全、解放!」

 ふたりの魔法少女が、光を放ち、完全体となる。



 人とは、習慣になかったものを忘れる生き物だ。いつも置いてあ鍵の位置を、別の場所に移したとする。
 鍵の場所を変えた、と頭ではわかっていても、身体は不思議と、以前の位置の鍵を探すようになる。

 しゅぅぅぅ、と魔力の光の粒子と、煙が立ち上る。
 異世界に来たことで、魔法少女と本体が入れ替わる。

 魔力解放をすれば、本体が顕現する。
 闘いのテンション。再会の喜びによって、ふたりはこの【新たな仕様】を忘れていた。

 まして本体は37歳のおじさんである。
 魔法少女の【新たな仕様】がすっぽぬけることは、よくある話だ。

 最大の問題は、互いが互いをおじさんだとは知らず。
 魔法少女としての互いに23年間、相棒とも戦友とも、初恋とも、愛にも例えられる、感情を……。

 つまるところ、煮詰めて煮こごりとなったクソデカ感情を抱いたまま23年間勘違いをし続け、その勘違いが、今。
 判明したのである。

「え?」
「あ……」

 かつて赤光の魔法少女と氷刃の魔法少女呼ばれていたふたりは、自分を複製した敵を超えるべく、魔力を完全解放し。

「お前」
「誰だよ」

 互いにおじさんの本体を、さらけ出したのである。


 シュテルンは次元の狭間から魔法少女達の様子を映像でみている。

「さあ、どうなる? みものだね」

 契約の獣は、白い身体をうにゃうにゃと次元空間にこすりつけ、毛繕いをする。
 契約の獣には、心が存在しない。言語を介しようとも感情の概念がないため、魔法少女の感情の爆発を理解できない。

6‐1 精神崩壊、そして……。

 神話生物ゾレイゾ・ゾラスは、夏瀬みつばと冬芽叶歌の肉体をコピーした。
 赤光の魔法少女と氷刃の魔法少女のコピー体の影が、地面をえぐりながらの高速移動で迫り来る。
 魔法少女の複製体を横目に、俺と叶歌は【魔力解放した姿】で互いに見つめ合っていた。

「叶歌、なんだな」
「……信じたくない」
「わかるよ。その返しは君なんだって。こんなの、こんなのって……」

 俺は膝を付く。
 俺の本体は身長174センチ。叶歌の本体は身長176センチのようだ。

 両者、魔法少女の状態から20センチほど大きくなっている。
 叶歌もまた、頭痛が走りおでこを手で押さえた。

「確認をしたい。君はみつば、なのか?」
「認めたくない」

「応えてくれ。君は、夏瀬みつばなのか?」
「ふふ。やっぱり叶歌なんだな」

 互いに37歳相応の男が、異世界の魔導師装束を纏っている。
 そこそこ整った顔立ちだが、おじさんであることは否めない。
 呆然とする俺達の脇から、複製体の影が迫り来る。

「炎獄宮〈エンゴク・キュウ〉」

 影のシルエットの複製体は、俺の模倣をしつつ、第四位階の炎魔法を放った。
 俺の全身が炎の牢獄に包まれる。螺旋となった炎が全身に纏わり付く、通常の人間ならば数秒で骨まで燃やし尽くし灰となる。

 熱さを感じつつも、俺は呆然としている。ダメージはどうでもいい。

 人生の問題だった。
 人生をかけて俺は叶歌を、愛するつもりだった。

 それが、嘘だった。
 大好きだった魔法少女がおじさんだったなんて。

 心が、壊れる、音がする。

 ゾレイゾ・ゾラス影の複製体がせまる。漆黒の裏拳が、俺を吹き飛ばす。
 影の複製体は炎翼を生やし、上空へ吹き飛ぶ俺へと追撃をしかける。

「か……っ!」

 複製体の跳び蹴り。爆破を利用した回転蹴り。俺のよく使う接近戦だ。
 凄まじい衝撃。腹部に蹴りを受けた俺は、崖を飛び越し山林の中を背中から突っ切る。

 まずは自分の複製をやらなければ。
 だが、力が入らない。

(いつまで、こんな闘いを……)


 魔法少女として闘った23年間。
 誰かのために、なると身を捧げてきた。

 俺の影が、俺にラッシュをしかける。無数の影の拳が、上空を飛ぶ俺に雨打つ速度で、鉄球めいた衝撃を食らわせる。

「がはぁっ、ぐっはぁっ……!」

 常人なら全身骨折と臓器粉砕をする威力だが、魔力解放した俺は吐血をする程度だ。

 俺は崖に叩きつけられる。土煙が舞い、小さな土砂崩れが起きる。
 俺は粉塵に塗れたまま、崖に持たれかかる。

(立って。こいつを倒さないと行けないのに……。皆を守らないと、いけないのに)

 立ち上がることができなかった。
 叶歌がおじさんだった衝撃。

 結婚すると思っていた相手が、俺と同質の存在だった事実。
 それは人生で、味わったことのない絶望をもって……。

 俺の心を打ち砕いた!

「タワイモ、ナイナ」

 俺をコピーしたゾレイゾ・ゾラスが何か言っている。神話生物には心がないので応答するだけ無駄。

「闘って、闘って、闘って……」

 俺はふと呟いている。

 働いて、働いて、働いて……。
 誰かを守るために、誰かを守るために、誰かを……。

 そこに自分はいるのだろうか。
 自分でいうとダメなんだよな。エゴだってよくいわれるよな。

 でも、身を粉にして。すり減らして。
 恋も愛も、何にもないなんて、あんまりじゃないか。


「ヨワスギル」

 影の俺のいうとおりだ。
 叶歌という相棒と結婚するはずなのに。
 23年の魔法少女の闘いの果てに、魔法少女の姿が、笑顔が、すべて仮初めのまやかしだったと知った。

(俺も、同じ、か……)

 互いに、だまし合っていたんだ。

「〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉」

 影の俺が、第七位階の魔術を解放。
 左には白き翼〈光〉。
 右には黒き翼〈闇〉。

 炎魔法の極地が生み出す、光と闇、有限と無限への接続。
 両手が合わさったとき、陰陽の光球が生まれる。0と1の境界。有限と無限の狭間の力によって、俺は消滅するだろう。

(もう、どうでもいい)

 いつまで、闘えば良い?
 報いもなく。家族もなく。

 夢もない。未来もない。
 おまけに上司(シュテルン)には心がない。
 23年間も、よくがんばったよ。

 現実の地球だって守ったからこそ、異世界に来たんだし。

(自分のコピーに殺される、か) 

 闘うことに疲れ果てたんだ。
 叶歌と結婚するという希望が潰えた今、どっと疲労のみが押し寄せる。

(俺らしい、幕引きだ)

 影の両手が合わさり左右の光と闇が、陰陽の球となる。光球は俺の心臓をえぐり出すだろう。
 数多の神話生物の心臓をえぐり出した、俺の究極技だ。

(お疲れ様。グッバイ、アデュー)

 ふいに蒼炎の髪が靡き。
 死にかけの俺の前に立ちはだかった。 

「ダメ。ダメです!」

 アルが、俺を守ろうと手を広げていた。
 声がでない。どうして、としか思わない。

〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉はすでに発動している。

 このままでは彼女の心臓がえぐり出されてしまう。
 アルは大聖剣を肩に担ぎ姿勢を低く、乾坤一擲の構え。
 そんな物理では、魔術は切れない。

「避けろ、アル」
「嫌」

 詠唱も間に合わない。
 俺は彼女を守らなければならない。
 違う。やっと理解する。
 アルが、俺を守ってくれたんだ。

「馬鹿野郎!」

 言葉を交わす時間もない。
 俺は彼女の握る大聖剣を手に取り……。

 身体を重ねて、共に剣を振るう。

 俺は即興で大聖剣に魔力を流し込む。
 大聖剣が虹色のオーラを帯びる。

 かつての自分の技、光球が迫り来る。
 俺とアルは重なり合ったまま、ゾレイゾ・ゾラスの影と交錯。

「どうしていつも。抱え込むんですか」

 俺はアルを背中から抱いている。一緒に剣を振るうためだから、不可抗力だ。

「すま、ない。いま離れる」
「どうして、謝るんですか。いやっていってないのに。どうしてそっちから離れるの」

「女の子に触れるのは、俺の世界ではダメなんだ」
「みつばさんは強いのに。ううん。強いからじゃない。がんばってるなら。いい人なら。もっと胸を張ればいいじゃないですか!」

 俺はアルに応えられない。
 振り返ると、ゾレイゾ・ゾラスは真っ二つになっていた。
 剣を振るったのは『ふたりで』だ。

 だが俺が倒したのではない。
 神話生物を斬ったのは、アルの力だ。

「自分には価値がないんだ。魔法少女じゃなくなったらニートのおじさんだ。……違うな。魔法少女の活動で金はある。おっさんていうものに、価値が……」
「ふ、ざ、けるなぁ!」

 アルが俺の胸を泣きながら叩く。

「ふざけるな。ふざけるな! あんなに役に立ったのに。私を守ってばっかりのくせに! 勝ち逃げかよ!」

 どうしてアルは俺を叩いているのだろう。
 俺のために、泣いているのだろう?

「無価値だなんて、いうな! あなたの本体がどうだっていい。自分を誇れよ! 生きてることは苦しいことなんだから。生きてることは、耐えてることなんだから」

 アルは泣きはらしている。

「つらいんだから。生きてるだけでいいんだ。立派なんだ! 価値とかなんとかしょげるなよ!」

 俺の砕けたはずの心には、不思議と熱が灯っている。
 切れたはずの電球が、ジジジと、明滅するように。

 真っ二つになったゾレイゾ・ゾラスが、影の修復を始めている。
 俺はアルの肩を左腕で抱きながら、影の自分を完全消滅させるべく〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉を起動する。

「ずるいです。いつもいつもいつも! おいしいところばっかり持っていって!」
「俺に、どうして欲しいんだよ」
「察してください!」

 アルが左腕に光を灯し、俺は右腕に闇を宿す。
 光と闇が合わさり、陰陽の光球となる。

「あんまり体が動かないんだ。合わせてくれ」
「いつもやってることです。高位魔術だろうがなんだろうが、やってやる! こんな影なんか吹き飛ばして、ちゃんと話すんです」

 ゾレイゾ・ゾラスは二度目の〈ダークヘル・シャイニングヘイム〉を起動。
 両手を合わせ光球を握り、突撃姿勢となるも、俺はすべてを見切っている。

「好き、なんですから」

 両手を合わせた俺達の光球がゾレイゾ・ゾラスの心臓を掬い取る。

「ありがとう」

 影の複製体の心臓を握りつぶし、神話生物は消滅を始める。
 まるで過去の自分でへの決別だった。

6‐2 魂の衝突

 俺はアルの手を握り、戦場へと戻る。
 神話生物・ゾレイゾ・ゾラスの〈複製の波〉はまだ終わってはいない。

 ゾレイゾ・ゾラスの影は、うぞうぞとうごめき、大地を這いずる。
 5000の軍勢を前に、影の波が対峙。黒い地面から、兵士達の複製が立ち上り、影の軍隊となる。
 王国軍の5000の部隊が、各々の複製と対峙、臨戦。

『これは、おぞましき深淵の〈波〉だ!』
『自分たちと同じ力を持っている軍勢。被害は避けられない……!』

 王国軍が感想を述べている。
 荒野の影から叶歌が歩いてきた。

 右腕に氷刃を携え、左腕には王女を抱えている。
 だが王女エミリーは守られている顔ではなかった。

 王女の甲冑は漆黒。
 手甲の腕にはゾレイゾ・ゾラスの影の首を持っている。

「叶歌さん。私にも、背負わせてください」
「王女は十分、背負っています」
「いいえ。貴方の抱えるものには比肩しない。だから隣で……。見届けさせて貰います」

 俺と叶歌。アルとエミリーが対峙する。
 背後では5000の兵士と、影の複製体の戦争が始まる。

「夏瀬光葉だ」

 俺は本名を名乗った。

「冬芽奏太」

 相棒。仲間。23年の誤解。
 人生を失ってしまうほどの互いに突き続けてきたまやかしの真実。

「絶望は過ぎ去った。今俺の中には行き場のない怒りだけがある」
「同感だ。僕はエミリーには幸せになっていいと言われた。しかし受け入れられないだろう」
「こういうとき、さ。どうすれば、いいんだろな」

 俺と叶歌、もとい奏太はおじさん体のままで、歩み寄る。
 眼光するどく睨み合う距離まで近づく。

「みつば……。いや。光葉か。君は何をするべきかわかってるだろう」
「殴り合うしか、ないよな」

「ふふ、いうと思った」
「そっか。はは、あはははっ!」

「殴り合うしかないし、笑うしかない」
「だよなぁっ。奏太! あはは、はははっ!」

「ふふっ、ふふふふははっ」
「あははっ、あはははあはっ」

 ひとしきり笑って、同時のタイミングだった。

「オウウッ」
「ラアァッ」

 魔法もへったくれもない。
 男の拳が、互いの頬を打ち抜いていた。


「あなたたち、やめなさい! 王女エミリーの名のもと、今すぐ拳を納めなさい!」
「無駄だと、思います。エミリー様」

「あなたは……。最近噂の勇者殿!」
「アルトニュクス・エルマと申します」

「止めても無駄なのはわかりますが、これが止めずにいられましょうか!」
「エミリーさん。素敵な王女様です」

「べ、別に。私はそのようなものでは……」
「あなたが王女だから、王国は良いところだった。村も、のどかでいられた。ありがとう」

「今は叶歌さんとみつば殿でしょう!」
「奏太さんと、光葉さんだよ。魔法少女じゃない。男と男の殴り合いだよ」

「だからって、止めない理由にはなりません!」
「信じて見守るのも、きっと必要だよ」

 アルはエミリーの袖を引き、微笑んだ。

「……勇者とは粗暴なものと思っていましたが。貴方には不思議な魅力がありますね」
「闘いからは逃げないけれど。みつばさんの……。光葉さんの相棒になりたいから。対等になりたいから。だから、見守るの」

 アルが諭すとエミリーは腕を組んで、地面に座った。
 王女らしからぬ。黒騎士の態度だった。

「ならば私も座して見守りましょう」

 エミリーもまた甲冑を被り、黒騎士となった。
 ふたりの視線の先では、男と男が殴り合いを続けている。



「なあ叶歌ぁ。俺達の人生は、なんだったんだろう、なぁ? がはぁっ!」
「闘って、ばっかり、だった。ひどい目にあって、ばっかりだった。何かで癒やしを求めたとしても、根っこは、どこも、変わらない! うぐぅぁ!」

「俺達は世界を、仲間を、守った。なのに……。がはぁ!」
「ああ。守った、さ。ぐあぁ……。だけど僕達を守ってくれるものは誰もいない! シュテルンだって結局、地球外生命体だ」

「ああ。シュテルンは俺達のもつ感情なんか理解していないサイコパス上司だよな。いまだって次元の向こうで、画面を眺めているだけだろうよ。この際だからぶちまけるぞ、冬芽奏太ぁ!」

 俺は拳と共に、叶歌にかつての想いをぶちまける。

「俺はぁ! 魔法少女の叶歌が好きだった!」
「こっちのセリフだ! 夏瀬光葉。みつばの時の君は、天使だった!」

「天使は、お前だ!」
「いーや。君だ!」

 拳が腹にめり込む。吐血をしたり、口を切ったり、俺達は血まみれになる。
 殴り合いの必要はあるのか?

 いや、ない。
 ないにしても。

 理性を超えた部分で、怒りとぶつけ合わなければ、気が済まない。

 この人生そのものの。
 過ぎ去っていった人生への鎮魂歌として。

 俺達は互いに自傷を必要としている。

「誰も、神さえも。俺達を救えやしない」
「そうだ! 僕たちは闘いに人生を捧げて……。まともな人生が消滅した!」

「ああ! 恋さえも知らないで……」
「互いに信頼していたのに。裏切った!」

 この殴り合いは〈精算〉だ。
 背後ではゾレイゾ・ゾラスの〈影の軍隊〉と、王国軍が戦争を始めているが、関係ない。

 誰かを守るよりも、今は……。
 戦場の真ん中で、こいつと殴り合っていたい!

6‐3 慟哭

 俺は叫ぶ。叶歌も慟哭する。
 呼吸も技も破壊も、すべてがぶつかり混じり合っていく。

「愛されたかった。こんなにがんばってるのに誰にも愛されない人生だった!」
「『愛されるんじゃなくて、愛さなきゃ』なんて誰かが言っても、拒絶されるのが目に見えてるのに動けるわけがない! 俺に出来るのは、闘って、闘って。人を守って……」
「ああ。それだけ、だ。僕たちは、それだけだった。闘いの日々で僕たちは、荒んでいたんだ。誰かの好意さえ受け止められないほどにな!」

 14歳。始めて魔法少女になったあのとき。 俺達は魔法少女となって人々を守る覚悟を決めると同時に。人生を闘いに捧げた。
 出会いの日を思い出す。

 魔法少女になりたてのふたり。最初の神話生物をたったふたりで倒したあの日。
 夕日を影に俺達は魔法少女の小さな手で握手を交わした。

『冬芽叶歌』
『夏瀬みつばだ』

 23年間の地球を守る闘い。
 互いへの恋を秘めることで、どうにか精神を保ってきた。

 それが、いま、砕かれた。
 世界史に記述されている、どっかの諸侯が戦争に負けて『憤死』したってのをみて子供の頃は笑ってったけな。

 憤死ってなんだよって。
 今ならわかる。

 どうにもならなくなっちまったやりきれなさ。もう、俺達に未来も希望もないんだ、という絶望。

 物語は最後はハッピーエンドだ。
 でも現実はうまくいかない。綺麗な物語なんて、俺達の心にはもう響かない。

 そんなギャップなんて、しらけるだけだ。

「オウゥウウウラァ!」
「ヌウウウウウラアァッ!」

 つらい現実と、癒やしてくれる夢をいったり来たりして生きてきた。
 夢とはゲーム実況やASMR配信やアニメやらだが、俺達の場合は『魔法少女の同僚への秘めたる恋』だった。

「キャオンンッ、ラオオウゥッ!」
「ヤッダモンッ、バアアアァッ!」

 夢が砕け散ったとき人間は、おかしくなってしまうものなのだろう。
 魔法少女の仕事や闘いの中で、生活が壊される市民など俺達は見てきた。だからわかる。俺達だって壊れることがあるんだ。もっというなら精神的ダメージで『憤死』していてもおかしくはないほどだ。

 赤光と氷刃の拳が空中で炸裂。食らいのけぞりあうと、衝撃がドンンッッと波濤となり、大地を揺るがす。
 魔法少女で得た超身体能力を駆り、魔導装束の中年男が拳を交えて殴り合う。

 拳の一発一発ごとに、小さな砂塵が吹き荒れ、遠くの森をざわめかせる。
 殴り合いをする意味はあるのか?

 いや。意味とかはもう、どうでもいい。恋が消え、人生の意味が消えた、そのショックをどうにか紛らわせたいだけだ。
 精神が崩壊して俺達はきっと憤死する。
 憤死しないように、互いに痛みを与え合い、誤魔化している。

「純愛だった。純愛、だったんだッ!」
「それは、僕のセリフだぁ!」

 互いに鼻血を出し、吐血をしながら、同時に魔弾杖と氷刃を生成。
 殴り合いは魔法の打ち合いへ至る。

「炎魔法・第三位階」「氷結魔法・第二位階」
「輝炎球!」「氷結界!」

 灼熱の火弾が、六芒星の氷の結界に炸裂。水蒸気爆発となり、大気を揺るがす。
 まだまだ序の口。

 この程度じゃお前も俺も死なないだろ?
 輝炎球と氷結界の連打。

 無数の水蒸気爆発となり、王国軍とゾレイゾ・ゾラスの影の軍隊を巻き込んでいく。兵士と神話生物の断末魔が『グヌアアアッ』、『コッキュウウッ』と響く。長年の習慣で無意識に人間を巻き込まないようにはしたつもりだが、俺の心境は大人げなく、皆燃えてしまえ、世界なんて滅んでいいというものだ。
 水蒸気爆発の視界が、ふと切り裂かれる。

「第四位階〈水刃〉」

 水蒸気を操り高圧縮で噴射する水の刃。水を操る叶歌は、物理的に〈斬撃を飛ばす〉こと可能としている。
 圧縮する水の刃は視認できるだけで、12発。俺は身体を傾けてギリギリで交わす。ズバズバと刃が弾幕のごとく俺を掠める。頬から流血。余裕のない回避にみえるが、これは意図的。

 12発の〈水刃〉は囮。本命の刃が来る。

「第六位階〈透徹閃〉」

 属性魔法を極め、自分の属性と隣り合う属性魔法をも習得した俺達は、時空間への限定的な連結を可能にしている。
 本命の刃は『次元を切り裂く』斬撃。

「第四位階・炎変化〈えんへんげ〉」

 俺は全身を炎に変え、次元を切り裂く斬撃を食らう。
 俺の全身はまさしく両断されるが、肉体の炎変換率は100%。ぼぅと両断されたとしても、肉が切られたわけじゃない。

『炎そのもの』の状態は、長くは続かない。肉体に戻るラグで叶歌の接近を許してしまう。 氷刃を構えた叶歌が、目の前に迫り俺の半身を両断する。間近でみると叶歌であって叶歌ではない。仕事ができる公務員の青年の魔導職族姿だ。

 認めたくない。

「メンヘラで、ごめん。でも、こうするしか」

 叶歌だったおじさんは泣いていた。

「お互い様だ。ばか。そしてチェックメイトみたいな顔をするのが油断だ」

 秒速60回の凄まじい剣戟が、俺の全身を切り裂く。
 人間の達人の20倍速の斬撃。

 やはり叶歌は近接戦闘最強の魔法少女だ。 この公務員の男は、叶歌なのだ。
 どぼぉ、と俺の全身が60分割される。
 爆散めいた流血で、肉体が爆ぜる!

「さよなら。みつば……」

「甘いぜ」

 幹部クラスの魔法少女ならば、この攻防で死んでいただろう。 
 俺はバラバラになるまえに、蘇生魔法を起動している。

「〈不死鳥の涙(フェニックス・ティアラ)〉」

 俺は不死鳥の性質を自分自身に顕現。
 フェニックスとは、外宇宙の太陽系に住まう〈陽光生命〉。

 外観は鳥に見えるゆえに古来より不死鳥とされてきた。
 数千度の炎の中で、生命の細胞分裂が可能な〈始原の存在〉。

 幹細胞からの復元により、俺は斬られた身体を修復する。
 今度は叶歌にラグ。秒速60回の剣戟は全身に負担がかかるためだ。

 蘇生した俺は、至近距離での〈熱線〉。
 大技の打ち合いの中に挟むように、叶歌の魔力障壁が薄い部分へと、起動速度の速い〈熱線〉を、最大出力で打ち込んだ。

「くぅ。結界を……。氷結……な、がはぁっ!」

 叶歌が結界障壁を生み出すも、熱線は結界事つらぬき、叶歌の心臓を打ち抜いていた。
 ゼロコンマの魔法の打ち合いでは、無詠唱で打ち出せる〈下位魔法の最大出力〉は、ときに必殺たりえる。

〈搦め手でありながらの決め手〉となる。

 心臓に穴が空いたままでは、氷の結界出力は保てない。
 俺の背中には、魔方陣が後光めいて展開し、熱線が連続射出(ガトリング)
 叶歌の氷の結界を穿っていく。曲がる熱線を挟むことで、壁を塗って叶歌の本体に直撃

「ぐぅ?!」
「俺の勝ちだな、叶歌」 

 やがて氷結界が崩れる。
 叶歌の全身に穴が空き、消し炭になって消滅していく。

「さよなら。俺の恋」
「まだだ。氷結魔法・第六領域〈絶対分子領域〉」

 そのとき、空間そのものが凍り付く。
 叶歌が〈時を凍らせる魔法〉を使えることは知っている。

 凍結という概念を量子レベルまで拡充した、水の魔法少女の極地だ。
 炎魔導師の極地である俺が、恒星爆発の原理を極めた結果次元減殺魔法としてブラックホールを生み出せるように、叶歌は時を凍結する。

 時と空間が凍結し、俺の意識は凍結する。止まった時の流れとは分子運動の停止だ。
 ならば俺もまた炎を通じて自らの周囲だけ分子運動を再開。

「この技は誰にも見せたことがなかった。それもそのはず。何故なら、認識できる人間が存在しないからだ。君以外はね」

 叶歌は氷刃の魔法少女とふたつ名を持っているが、本質は水の魔法少女だ。 
 水とは分子の流れであり、この『流れ』を概念拡張することで、魔法の生み出す現象もまた拡大する。

「そうか。分子を止めるのが擬似的な時の凍結なら……」
「時の流れを巻き戻すことも可能ということだ」

 俺の熱線によって穿たれた心臓は、元に戻っていた。
 破壊もまた分子の運動に過ぎないならば、分子の流れを水魔法の概念拡張で巻き戻せば、肉体も元に戻るということだ。

「殺したり、治したり。互いに、出し切ってるな」
「君を生かすも殺すも、自在というわけだ。お互いにな」

 俺と叶歌はやはり通じ合う。
 殺し合いをしてはいたが、それは魔法少女の力で互いを蘇生することも自在だからだ。

「最後の技だな」
「魔力が切れれば蘇生はできない」

「手加減する仲じゃないだろ?」
「ふふ。言えてる」

 ワルツのように。魔弾杖と氷刃を構えた。
 最後の技が放たれる。

――【炎獄宮・極光】――
――【千刃氷桜・影縫泉】――

 勇者アルと王女エミリーは、手を繋ぎ、上空で繰り広げられる魔法少女の闘いを見守っていた。

「やめて、ください!。やめなさい! あなたたちっ……! どうして闘う必要があるのですかっ?!」

 取り乱す王女と対称的に、勇者アルは静かにまっすぐに闘いを見据えている。

「必要はあったんだよ」
「何故落ち着いていられるのですか……? おかしいと思わないのですか?!」

 エミリーは自分でも不思議に思った。闘いが残酷だから止めたい、のではなかった。
 この感情は抑止ではない。

「悔しくは、ないのですか」

 エミリーは歯がみしていた。
 そうだ。悔しいのだ。

 魔法少女が圧倒的すぎる存在、というだけでない。
 叶歌に何度も救われたのに、何も返せない。 人としてみたときに。あのふたりの間に入ることができない。

「悔しいよ。私達では瞬殺されるどころか、まるで手も足も出ない」
「だったら。どうして平然としていられるのです?」

 エミリーの頬に涙が伝う。黒騎士の兜が涙を隠すも、隣にいるアルはそれとなくわかっている。

「勇者は泣かないから」

 アルもまた、感情を堪えていた。

「王女だって。泣くわけにはいきません。それに神話生物に抗うためには、魔法少女の力を借りるしかない。頭ではわかってるのです。なのに……。こんな闘いを見せつけられてはあまりに遠くて……」
「だからこそだよ。魔法少女という存在の想いを、この世界の勇者として私は受け止めたい」

「圧倒的でも、ですか? 」
「圧倒的だからこそ、だよ。きっとみつばさんは、寂しいから」

「彼らが、寂しい?」
「だから私達がさ。人であっても、人から離れる可能性を持つ人達がさ。受け止めてあげないと!」

 アルもまた、声が潤んでいる。
 魔法少女への感動と畏怖の念が沸き上がっている。

「王女がやらないなら、勇者がやるだけだよ」
「む……。ならば私は。見届けるだけではとどまりません。もう少し、近づいてみましょう」

「危ないよ。王女様は身をいたわらないと」
「勇者だけが蛮勇ではありません」

「ふふっ。じゃあ、もう少しだけ。近づいてみましょう。疲れ果てたみつばさんを受け止めたいから」
「私だって。叶歌さんを抱きしめます!」

 一歩。もう一歩。王女と勇者は人智を超えた闘いに歩み寄る。

――【炎獄宮・極光】――

 無数の火炎の奔流が、太陽の放つプロミネンスのように地形に吹き荒れる。円形のドームのように炎が膨張。
 顕現する地獄。俺は地獄に同化し、自在に肉体を変化できる。
 対峙する存在は消滅するのみ。

――【千刃氷桜・影縫泉】――

 対する叶歌はすべての分子を刃に変えている。分子運動を操作する高位水魔法は、核融合炉を冷却するには十分なエネルギーを持つ。 膨張しつつも打ち消し合う炎と氷のドーム、その中心で俺達は、自在かつ奔放に全力の技を打ち合う。

『炎変化・獅子王牙!』
『氷水錬成・碧孔雀』

『輝炎球っ!』
『氷結界! 多重展開!』

 さらに大技の詠唱の合間に、第一位階の熱線や氷刃が飛び交う。
 炎を水が相殺し、ドーム内部で水蒸気爆発を巻き起こす。

「お前のことが。好きだった。未来があると思っていた」

 俺は叫ぶ。

「なのに。隠していたんだ!」

 叶歌もまた、慟哭する。

「仕方が無かった! 真実を知って幻滅すれば。魔法少女として二度と立ち上がれなかった。皆を引っ張れなかった」
「ああ、そうだ! 使命のために我慢していた。君との未来があると思えば、それだけでやっていけた」

「同じだ。同じだ!」
「そうだよ。そうだよっ!」

 想いが通じ合いすぎて、もうどちらが、離しているかもわからない。
 わかりあっているのになお、俺と叶歌は魔法の応酬も殺し合いも続ける。

 炎獄のドームは、半分が凍結。
 陰陽めいて炎と氷がせめぎあう。

「ダーク・ヘル・シャイニングヘイム!」
「氷極点・絶対零度螺旋!」

 炎と氷という属性を超え、概念に到る大技。 地形さえ書き換える虹の炎と、オーロラの絶対零度の波濤が、ぶつかり合う。
 やがて魔力が付き、ドームが壊れていった。 周囲をみやるとゾレイゾ・ゾラスの影の軍隊は壊滅していたようだ。

 俺達の闘いとあふれ出た炎と氷のドームに巻き込まれたのだろう。
 王国軍もまたがんばっていたようだが、俺達に敬礼しているのをみると、叶歌とのタイマンによるダメージが、功績としては大きかったのだろう。

 炎と氷のドームが崩壊し、ふたりの魔導師が対峙する。
 もう、精根尽き果てた。

 現実から、彼〈、〉の真の姿から、目をそらすことはできない。
 俺は長年の相棒だった〈氷刃の魔法少女〉を直視する。

 もう、冬芽叶歌ではない。
 認めよう。相棒の真名を。

 君の名前は……。
 冬芽奏太であると。

 俺と奏太は、互いに吐血し合いながら、膝を付いた。
 もう動かない。動けない。

「夏瀬……」

 俺は自分の名を告げる。
 今は、きっと、再生のためのどん底だ。

 だから正直になるんだ。
 うつぶせに倒れ伏し、やっと告げる。

「夏瀬光葉。37歳。無職だ」
「冬芽奏太。37歳。公務員」

 俺達はもう一度、出会った。
 魔法少女となったあのとき、偽った自分を精算する。

 23年の闘い。そのための嘘と偽り。
 恋だった勘違いが、終わる。

 殴り合いの果てに、気を失う。

 遠くで地鳴りがなる。
 遠くの火山から、火砕流のような音が聞こえてくる。
 薄れゆく意識の中、俺はこの音に聞き覚えがあると気づく。

(火砕流じゃない。神話生物・始原〈クル・ラムエル〉の肉の波……)

 富士山麓で俺達が仕留め損なった、最初にして最後の神話生物。その気配を感じていた。 ふいに抱きしめられる感触。
 アルが俺を抱き上げていた。奏太は黒騎士が担いでいる。

 魔導装束ではなく、碧のフリルスカート。
 奏太は魔力が切れたことで、叶歌の姿に戻っていた。俺もまた、魔法少女の姿に戻っているのだろう。

「まったく、しょうがない人ですね」

 アルが倒れた俺をお姫様抱っこしていた。いつか俺が彼女にしたことのお返しとでもいいたげだ。

「でも、きっと無駄じゃないんです。大事なことだったんです」

 俺は朦朧とした意識で、彼女に身を委ねた。 人生を賭けた失恋。その先にあったのは……。
 勇者として剣をとった、異世界の少女の腕の中だったと。

 薄れゆく意識の中で俺はやっと気づかされた。

6‐4 ゼロヴォロス

 大賢者ティセスアックアと森の王モルモルンは、戦闘不能となった檸檬とシトギを各々回収している。

「モルンモ、モルンモルン……」

 シトギは森の王モルモルンの、もふもふのお腹の袋に収納されていた。

「モンモ……。モ……。シトギは、小さいから。森の王である我からすれば、たわいもない。守ってしんぜようぞ」
「モルモルン。君、しゃべれたのか?」

 モルモルンの隣では大賢者が、浮遊魔法で檸檬を浮かべつつ、驚きの顔となる。

「モルン。シトギと共に過ごしたことで、魔力が高まってしゃべれるモン。それよりも予感がするモル」
「ああ。私達はこうして一度集結したが……。膨大な力の奔流が再び差し掛かっている。私達の世界の人間では対処できようもない何かが……」

「鍵は魔法少女、モル」
「そうだね。僕は檸檬を。モルモルンはシトギ君を。離さないようにする。だけど、その前にもう仕事ありそうだね」

「モルン?」
「魔王ベルゼが、この肉の波に抗おうとしている」

「ならば我らも」
「大賢者といっても。できることは限られているのだがね」

 森の王と小柄な大賢者は、気絶した魔法少女を抱えたまま、魔王ベルゼの元へ飛翔する。


 俺と叶歌は各々エミリーとアルに抱えられている。ほとんど気絶しかけたまま、クル・ラムエルの肉の波から逃げていた。
 王国軍とゾレイゾ・ゾラスの戦争と、遠くから迫る肉の波。

 絶望的な状況の中、契約の獣シュテルンが、ゲートを開き俺達の前に現れる。

「本当に度しがたいね、人間という者は」
「今さら、来たのか? シュテルン」
「まったく。感情が壊れたからなんだというんだい? 魔法少女としての責務を果たさないのはゴミクズだというのに……」

 シュテルンが剣の腹で吹き飛ばされた。

「みつばさんを悪く言わないでください!」

 アル聖剣の腹でシュテルンを吹き飛ばしたのだ。

「ぴ、ぎゅう……。ナン、デ? こんなにキュートな姿なのに」
「勘です。あなたは殴っていいと思いました」

「なんて勇者だ。まあ物理的攻撃は僕には無意味なのだけどね。それよりクル・ラムエルだ。あの肉の波に巻き込まれれば、君たちは全員が死ぬ。だから転送魔法を起動したよ」
「逃げるってことか?」

 俺はアルに肩を借りながら、シュテルンを睨み付ける。

「みつばも叶歌も限界だ。ラグナクロスの里は見捨てよう」
「嫌だ」

「みつばは相変わらず、みつばだね」
「俺は火砕流を相殺してから逃げる。〈ゴッド・イーター・ゼロヴォロス〉を起動する」

「ゴッドイーター・ゼロヴォロスは五人の魔法少女の力が無ければ起動しない。何より今の精神状態じゃ、無理だ。村は見捨てるんだね」
「俺は魔法少女だ」

 ボロボロのままで俺はシュテルンに言い返す。

「おじさんでも、人生が終わっていても。俺は魔法少女なんだ。これだけは譲れない」

 隣では叶歌もまた目覚めていた。

「僕もみつばに同意だ。里は見捨てない。ギリギリまであがく」

 シュテルンはアルの肩に乗り、はぁとため息をついた。

「君たちは本当に、度しがたいね。代わりの魔法少女を一から育て治した方が……」
「おい。みつば。もとい夏瀬光葉」
「その声は……。琉菜子!?」

 魔王ベルゼに抱えられ、琉菜子が飛翔してくる。

「今は魔法少女だが俺の本体は谷地月〈ライト〉だ。この際だから告白するが。俺もおじさんだ。俺だけじゃない。シトギも檸檬もおじさんだ!」
「皆も……。皆がおじさん!」

「辞めていった魔法少女だけが女の子だ。俺は人事部だからよくわかる。笑える話だろ?」
「はは……。ひっでな。俺達は」

「だが【らしい】だろ? おい叶歌。こないだはよくもやってくれたな。俺がお前を止めた意味がわかったろ?」
「ああ、よくわかったよ。だが僕は謝らない。君は意図を隠しすぎだ」

「【お前の好な人おじさんだぞ】なんていえるか! それより今はゴッドイーター・ゼロヴォロスの発動だ! ベルゼちゃん。俺達はおいしいところを持っていくぜ!」
「ったく。しょうがない奴じゃのう琉菜子!」

「ゴッドイーター・ゼロヴォロスのためには、五行の魔力をすべて会わせる必要がある。俺の代わりに……できるか? 異世界の魔王!」
「我を誰だと思っておる?」

 魔王が琉菜子を脇に寄せ、俺達の前に立った。
 魔王に続いて、大賢者と森の王も並んだ。

「僕も手伝うよ」
「モルンモルモンモン(人見知りするから話せなくなった)!」
「大賢者ティセスアックアと森の王モルモルンか。では魔方陣を起動しよう」

 振り向くと〈クル・ラムエル〉肉の波が、幅10キロほどの波濤となり、迫ってきている。
 魔王ベルゼが杖を掲げ、空中に魔方陣を展開。俺は組成式に手を加える。

「ここはこうだ」
「わかっておるわ!」

 叶歌とエミリーが、ベルゼの杖に触れる。

「僕とエミリーは冷却装置となる」

 ベルゼの隣では、琉菜子が力を供給する。

「エネルギーは大地の魔力からもってくる」
「ダメじゃ。なんて高度な魔術……。魔王である我でも理解するのがせいいっぱいじゃ」

 魔王の隣にアルが立った。

「聖剣の魔力がある。これも使って」
「ふん。魔王と勇者が結託とはな!」

「四の五の言ってる場合じゃないよ!」
「村娘が生意気な!」

「あなたはいずれ私が倒す」
「その世界すら、いま滅びようとしている。付いてこい。勇者」

「言われなくても。魔王!」

 魔王が、大賢者が、森の王が、王女が、そして勇者アルが俺の魔方陣に魔力を供給する。 背後ではシュテルンが白いワープホールを起動していた。

「戦闘不能者から、順番に転送するよ」

 心がないシュテルンだが、人間に必要なことはわかっている。

「誰が戦闘不能だ」

 黒焦げになったシトギが、モルモルンのお腹の袋から顔を出す。

「全員で、やりますよ」

 眼鏡が破壊された檸檬もまた、大賢者と共に魔力を供給。
 カブでも引っこ抜くように、俺達は、次元減殺魔方陣に魔力を供給する。

 迫り来る全長10キロの肉の波濤めがけて、次元減殺魔法ゴッドイーター・ゼロヴォロスを詠唱。
 俺は魔方陣の組成式を整えることに集中。

 出力33%の不完全なものだが、村を救うことはできるだろう。

「反動に備えろ!」

 魔王ベルゼが、次元減殺魔法を起動する。

「10人では足りない。誰か反動を抑えて! 王国軍! ゴーレムも!」

 王女エミリーが指揮をとる。
 魔王の放つ魔術の背後に、兵士達が集まっていく。

 俺は魔方陣の組成式を解析。

 もう身体は動かない。
 心だってボロボロだ。
 闘うことにもうんざりしている。
 だけど……。

 頼りたいと思う。叶歌との殴り合いでわかった。
 この世界の人達は、魔法少女ほどの力はまだない。

 それでもきっと、神話生物に対抗し、生き延びることを選べるだろう。
 もっと背中を任せてもいい。そんな気がする。

(成功する。きっと大丈夫)

 魔王ベルゼが、解き放つ。

「ゴッドイーター・ゼロヴォロス」

 次元減殺魔法の五次元接続の虹(オーロラ)が螺旋となり空をえぐった。

「生きましょう。みつばさん」

 次元減殺魔法と、シュテルンの転送の間際。
 アルが俺の手を取る。
 視界が白に染められる。

エピローグ

 目覚めると、俺は森の中にいた。
 小さな掌。細い足首。俺は魔法少女に戻っていた。

「アル」

 彼女の名前を呼ぶ。
 俺を思ってくれた女の子。
 こんな俺に、向き合ってくれた女の子。
 本当はもっと、穏やかな冒険をしたかった。 神話生物を倒したら、彼女と世界を巡りたいと思う。
 いろいろなものをみて、分かち合いたい。

「アル」

 けれど、隣にいたのは……。
 勇者を目指した少女ではない。

「目覚めたか?」
「お初に、お目にかかります」

 俺のとなりにいたのは魔王ベルゼと王女エミリーだった。
 一緒に冒険をしたかった少女は、俺の手からすり抜けたのだろうか。

 人生は、こんなにも、ままならない。
 泣きそうになる。けれど踏みとどまる。俺の心は持ち直している。

「魔王ベルゼ。王女エミリー。俺達は異世界魔法少女戦線を作る」
「言われるまでもない。人類と魔族の結託は必須じゃ」

「王女としての責務は果たします」
「まずは、アルを勇者を探したい。一刻も早く彼女に会いたい」

 ベルゼとエミリーはしょうがないという風に顔を見合わせた。

「待っておれば良い」
「みつば殿は、可愛い人ですね」

 ガサゴソと茂みがなる。またオークか?
 身構えると、猪を背負った少女が現れた。「皆さん。朝食にしましょう。みつばさんが起きてくれれば火は起こせますから……」

「アル……!」
「起きましたか、みつばさん。光葉さんの方がいいのかな。今は魔法少女だから、みつばさんでいいよね」

 俺はアルを抱きしめる。

「ちょ、苦しいです」
「離れたく、ない」

 姿は魔法少女なんだだから、少しだけ正直になってもいいよな。俺はアルを抱きしめる。
 彼女との出会いは【祝福】だった。手をすり抜けてから、始めて気づいた。

「もう。仕方が無い、人ですね。いいんですよ。甘えてくれて」

 23年の恋は終わりを告げた。
 消滅した人生と思いきや、拾う神があった。 まだもう少しだけ、俺は歩ける。

 神話生物を滅ぼすために、勇者と魔王と王女、そして森の王と大賢者を巻き込み、異世界の重要人物を育てるのだ。
 魔法少女としての闘争を、果たしていこう。「魔王ベルゼ。勇者アル。王女エミリー。旅を続けるに当たって改めて、名乗ろう。俺の名は……」

 アルの笑顔を守りたいから。
 今、隣にいる人を幸せにしたいから。

 もう少しだけ俺は、魔法少女でいよう。

「魔法少女連隊・第一期幹部・上級魔法少女・夏瀬みつばだ。俺は神話生物の脅威からこの世界を守りたい。人類を守るために手を貸してくれ」

 俺は手を差し出す。魔王が、勇者が、王女が。俺に手を重ねてくれる。

 俺は魔法少女だ。おじさんになってしまっても魔法少女だった。
 人生を賭けて魔法少女だった。

 恋が砕けても。未来がなくても。みっともなくても……。
 果てるまで。『魔法少女おじさん』として。俺は突き進んでいく。


 しばらくの間、異世界の重要人物は俺を中心に回ることになり、勇者アル、魔王ベルゼ、王女エミリー、そして大賢者ティセすアックアと森の王モルモルンまでもが、赤光の魔法少女である俺に合流した。
 この時点で俺はまだわかっちゃいなかった。
 魔法少女の仲間たちが、恋に敗れた後、新たな恋をみつけているということを、まったくもって気づかずにいた。 
 だが俺の今後の罪を一言で言うならば、こうだ。

――【無自覚な魔法少女の恋泥棒】――

 琉菜子は魔王ベルゼへ。
 シトギは森の王。檸檬は大賢者ティセスアックアと。
 そして叶歌は王女エミリーへと【人生最後の恋】をしていたのだ。
 俺達は全員が、37歳のおじさんだった。
 魔法少女としての戦いによって人生が消滅したおじさんだった。
 そんなおじさんたちの恋の対象が、何故か俺の周囲に集まってしまったのだ。

「行くぜ、お前らぁ!」

 未来の俺は、このときの俺を激しく殴ってやりたい。
 なんて、無邪気なんだろうと。『仲間の恋』を察してやれよと。説教してやりたい。
 このときは、知る由もなかったんだ。
 神話生物のみならず、仲間の魔法少女とも『戦いの日々』が続くことになるなんて……。

異世界魔法少女おじさんLV8931

異世界魔法少女おじさんLV8931

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-23

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  1. プロローグ 富士山麓にて【魔法少女vs神話生物】
  2. 1‐1 魔改造はされていない。ヨシ!
  3. 1‐2 レベル8931
  4. 1‐3 少女アル(1)
  5. 1‐4 少女アル(2)
  6. 1‐5 契約の獣と他の魔法少女の動向
  7. 1‐6 魔法少女が人生だった
  8. 1‐7 人生をかけた冒険
  9. 1‐8 勇者の祭壇
  10. 2‐1 勇者抹殺の刺客
  11. 2‐2 相棒
  12. 2‐3 俺の本体
  13. 2‐4 旅立ち
  14. 2‐5 過保護な魔法少女おじさん
  15. 2‐6 四天王邂逅(1)
  16. 2‐7 四天王邂逅(2)
  17. 3‐1 異質なパーティ
  18. 3‐2 港町へ
  19. 3‐3 アルの片鱗
  20. 3‐4 その頃、他の魔法少女は……?(1)
  21. 3‐5 その頃、他の魔法少女は……?(2)
  22. 3‐6 その頃、他の魔法少女は……?(3)
  23. 4‐1 黒騎士の正体
  24. 4‐2 神話生物の浸食
  25. 4‐3 真実を知る琉菜子
  26. 4‐4 魔王城の震撼
  27. 4‐5 白銀と新緑の合流(1)
  28. 4‐6 白銀と新緑の合流(2)
  29. 5‐1 勇者の疾走
  30. 5‐2  称号加速
  31. 5‐3 琉菜子とベルゼ
  32. 5‐4 王女と魔王の会合
  33. 5‐5 氷刃と大地
  34. 5‐6 破滅への飛翔(1)
  35. 5‐7 破滅への飛翔(2)
  36. 6‐1 精神崩壊、そして……。
  37. 6‐2 魂の衝突
  38. 6‐3 慟哭
  39. 6‐4 ゼロヴォロス
  40. エピローグ