咳の羽化
電球にアルコール飲料を注いで飲む。薄いガラスがとても音を弾く。あいつは小さな公園で一人寂しく炭酸水を飲んでいる。コミュニケーションを取らなくていいからだ。しかし小さな蝉が鳴くのであいつは周囲を見渡してオロオロとしている。背中を丸めて咳をする姿があった。
「ねえ。また、だよ。どうして何度も此処に来るの?」
真夜中の公園のベンチで声が響く。ぼんやりと光る街灯があいつだけを映している。その声の主に対してゴホゴホと咳を返した。
「君は溶けてしまえばいいんだ。どうせ息を吸っていても、二酸化炭素を吐いても、意味をなさない。ストロベリー味のアイスクリームだって、真夏の三倍ほどで溶ける程度につまらない。ああ、本当に」
夜中の空はどんよりとしていて、排気ガスと川のヘドロが混じった匂いがした。なんでか? きっと悪い大人のせいさ。でも月だけは白くてスベスベで光を反射させていた。けどね、光は乱射してあいつの頭までは届かない。
「もうさ。辞めたら。君はマカロニサラダよりも味が薄いんだ。咳だって生気を感じない。良くも悪くも視線がガラクタなんだ。ケラケラ」
ケラケラと笑う声は周囲の空気を冷たくした。
あいつはベンチから立ち上がった。それでポケットから片手を出した。手は細くて陶磁器のように固かった。そうしてからベンチに振り向いてから腕を伸ばす。丸みを帯びた小さな影に触れると、ずぬりと手は影の体内に入った。
小さな悲鳴と小さな咳が聞こえた。でも辺りには誰もいない。きっとそれは真夏の夜が涼しく、蝉の抜け殻だけが生暖かい理由だろう。そこにゲームのカセットを忘れた子供が日傘を差してベンチの方にやってくる。そして言った。
「やっと会えた」
カチャカチャとベルトの音が聞こえた後だった。あいつの咳はとても綺麗だった。そして羽も。
咳の羽化