百合の君(12)
翌朝脇の痛みで目を覚ました木怒山は、同時にひどい宿酔を自覚した。頭が痛い。気持ちが悪い。なんだかまだ目の前が回っている。こんなに飲んだのは何年ぶりだろうと考え、五月の大会でも飲み過ぎたことを思い出す。しかし、あの時は嬉しい酒だった。今回は違う。
負けた。俺が負けた。完膚なきまでに負けた。喜林臥人の弟として生まれ、木怒山家に養子に出された。俺が劣っていたからではない。ただ、弟だからというだけだ。喜林家を継げない自分は、せめて剣だけは誰にも負けまいと思った。しかし、負けた。侍の子でもない山猿に。
三十を過ぎた自分は、もう衰える一方だ。しかし十代の蟻螂は、まだまだ強くなる。この差は、これから開く一方なのだ。
起き上がれないまま木怒山は、絶望に打ちのめされていた。回る天井の染みが、先の見えない己の人生と重なっているような気がした。しかしそんな時に限って、追い打ちはかかって来る。七歳の幹丸が、人形のように小さな袴をばたつかせて、稽古をつけてくれとせがんでくる。
「父は今日、気分が悪い」「でも、約束したではないですか」「約束なんて信じていたら、立派な侍にはなれんぞ」「なぜです」「侍は、裏切られる時もある。そんな時でもめげないのが侍だ」「ではめげずに言い続けます。稽古をつけてください」
桃色の頬を張らす姿に思わず笑みがこぼれるが、体は動かない。
「お前はなぜ稽古をするのだ」「そんなの決まっています。侍の子だからです」「侍は、なぜ戦うのだ」「主の恩に報いるためです。父上がそうおっしゃったじゃありませんか」「分かった分かった」
木怒山は脇を押さえて庭に出た。幹丸が剣を振るのを見て、ふと思う。蟻螂は、どんな子供だったのだろうか。この歳ではすでに獣を仕留めていたのだろうか。おそらく、主の恩のためには戦わぬだろう。
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百合の君(12)