春に逝く 番外編 欲を火にくべ
刀剣男士に『母親』など存在しない。刀が生まれ出でる場所は炎の中だ。そんなことは、加州清光はわかっていた。
ならば自分は何者なのだろうか。加州清光は常に虚空へ問いかけていた。この加州清光は、審神者の少女から摘出された子宮の血を媒介に顕現した。審神者の血という霊力の塊、さらに子宮という命が宿る場所から流れ出たものからだ。なのでこの加州清光は、二つの想いで形作られていた。一つは沖田総司の刀であるという想い。池田屋で精一杯戦い帽子折れした物語から生まれる沖田総司への強い想い。もう一つは、審神者への想い。自分は彼女がいるから人の形で生まれることができたという想い。彼女から生まれたという強い想い。加州清光はこの本丸のはじまりの一振りである誇りを持ち、審神者や仲間たちを支えてきたが、同時にはじまりの一振りである自分は特別だ、という仄暗い気持ちを抱えていた。彼は自分がどうやって顕現したのかを知っている。他の刀剣男士たちとは違うという思いが、常に加州清光の胸の中に暗い炎を灯していた。
その日、加州清光は重傷を負って帰ってきた。新しく命じられた出撃先、池田屋にて遭遇した時間遡行軍。『加州清光折大隊』を辛くも倒し、途中撤退したところだ。血まみれで帰ってきた部隊長である加州清光を見て、審神者の少女はさっと青ざめた表情になった。
「加州、加州……。いま、修理するから」
「……ありがとう、主」
「みんな、加州はだいじょうぶ……おふだ、使ってなおす」
「主」
加州清光がしんがりを務めてくれたから他の者は負傷なしで撤退できたと話す部隊の皆に、審神者はほっとしたような顔をする。すると、加州清光は審神者の頭をふんわりと撫でた。血がぽたりと審神者の髪に垂れた。
「加州?」
「お札、使わないで。主の手でなおして」
「……ぽんぽん、する?」
「そう」
「……。わかった、手入れ部屋、いっしょにいこ」
風呂に湯を張ってあるから、ゆっくり休んで。そう審神者が言えば、他の者たちは頷いて風呂場へ歩き出した。廊下に残されたのは審神者と加州清光だけ。審神者は加州清光の服の裾を握ると、加州清光はその血まみれの手で審神者の頬に触れた。べっとりと頬に血がついた審神者は困惑したように加州清光を見上げる。
「加州……血が」
「手入れ部屋行こ、主」
「……ん」
頬についた血を拭おうともせず、審神者は加州清光を導くように歩を進めた。
「……愛されてんのかな」
「?」
「こうして怪我すれば、あんたが毎回修理してくれるからさ。愛されてんのかなって」
「……加州、わざと?」
「わざと怪我するわけないでしょ。いつだって本気で戦ってる」
主のためだもん。と加州清光はそう言い、身を起こした。手入れ部屋には布団が敷かれていて、加州清光はそこに横たわっていたのだ。審神者はというと、その枕元で正座し、霊力を込めた打粉で加州清光の本体である刀身をぽんぽんと労っていた。
「どれくらいかかりそう?」
「あとちょっと」
「もう少しゆっくりでもいいよ」
「……きょうの加州、なんか、変」
「そう?」
「あまえんぼ。……敵、こわかった?」
「そうかも。ちょっと甘えたい気分。怖くなかったよ、何で?」
「そう……。わたしは、こわかった」
「どうして?」
「……わたしの『加州清光』まで、おられたら……って思ったら、こわかった」
「ああ、そう……そう」
震えた唇でそう呟く審神者に、加州清光は思わず目を細めてしまった。自分を失うのが怖い。そう言う彼女を見て、加州清光の中の暗い炎が燃え上がった。加州清光は審神者へにじりよると、その手で打粉を持った審神者の手に触れ、首筋に触れ、顎に触れた。審神者は不思議そうな顔で、加州清光を見た。何も知らない、無垢で無知な幼い瞳だった。加州清光は審神者の顎を持ち上げて目線を合わせると、その顔をぐっと近づけた。
「俺は折れないよ。あんたのものだもん……母さま」
「加州」
「ね、母さま……俺の、母さま。知ってるでしょ、俺があんたの血から生まれたって。だから絶対、俺は母さまのもとに帰ってくる」
「知ってる……かしゅ、う」
審神者が口を小さく開いたところに、加州清光は口付けた。
審神者の膝に乗せていた本体が、手に持っていた打粉がカランと落ちる。小さな口内を、舌で舐め回す。突然自身のやわらかいところに触れられ、審神者は目を見開いたが、抵抗はしなかった。それどころか、おずおずと舌で加州清光の舌に触れてくる。ちゅ、じゅると音を立てて加州清光は審神者の唾液を吸う。まつ毛とまつ毛が触れあう。いつの間にか互いに夢中になるように、舌を絡ませあっていた。審神者にとっても、加州清光にとっても、初めての感覚だった。気持ちいい、きもちいい。気持ちがいいのは、良いことだ。たとえ十にも満たない幼い少女と、戦うために顕現した付喪神であったとしても。
息が苦しくなったのか、疲れたのか、審神者はとんとんと加州清光の胸元を軽く叩く。それでようやく、ふたりは離れた。名残惜しげに、口元から透明な糸がつながっていた。
「あ、はあ……。加州……わたしの、加州」
「母さま、すき」
「わたし、も。……加州? ないてる、の?」
「あ……」
ぽたりぽたり、つつと、加州清光の赤い瞳からは涙がこぼれ落ちていた。暗い炎が、まだ燃え盛っているのだ。これでは足りない、もっと欲しい。もっと愛されたいと、心が寂しさにうめいている。人間のような心と体を持って顕現したことの、なんと不便なことか。際限なく愛されたい、もっと繋がりたい。自分は目の前の少女を愛している。母と呼んだ彼女を、それを受け入れた彼女を、愛している。
「何でもない。大丈夫」
「加州、こすっちゃ……だめ。ねえ、加州」
「……なに」
審神者は加州清光の目元についた涙を指ですくうと、ぺろりとその指を舐めた。その仕草がやけに扇情的で、幼い姿にはアンバランスで、加州清光は目が離せなかった。
「審神者と刀剣男士で、すき同士で、母さまと子どもで、しちゃいけないことなんて、ないの。加州」
そう言うと、審神者は加州清光をゆっくりと布団の上へ横たわらせると、今度は審神者の方から口付けをした。触れるだけの、激しさは無いが優しいそれに、加州清光は再び自身の瞳が潤むのを感じた。
「加州、わたし、加州がすき。わたしの加州は……わたしに、なんでも、していいの」
「かあ、さま」
「だからわたしも、加州に、なんでもしていいの」
ぷつ、ぷつと審神者は加州清光に馬乗りになってシャツのボタンを外していく。中途半端に修理された、いまだに傷が残る白い肌。シャツのボタンを外し終えると、審神者は次は下に向かっていく。かちゃかちゃとベルトを外されたズボンの股間は、うっすらと浮いていた。戦っている時の興奮でこうなることはよくあったのだが、審神者に触れてこうなるのは初めてであった。ああ、俺今興奮してる。加州清光はそう思った。
「母さま」
「わたし、知ってる。すき同士は、はだかでだきあうの」
「じゃあ、母さまも裸になって。俺が脱がせてあげる」
「ん……」
審神者が頷けば、加州清光は半身を起こし、彼女の巫女装束に手をかけた。一枚、一枚とゆっくり脱がせていけば、審神者の上半身があらわになった。あばらの浮いた、痩せた体。薄桃色の小さな乳首が、つんと蕾のように立っていた。加州清光はうっすら浮いたあばら骨に手を這わせ、そして薄桃色をつんとつついた。
「あっ……加州……」
「なんでもして良いんでしょ」
「そう、だけど」
「母さまのここ、かわいい」
「んぅ……。……んっ、あ、あう」
乳首をつつかれ、優しくつままれ、こねられた少女は甘い声を上げた。ぴく、ぴくと体を震わせ、体温が上がっていく。とろんとした瞳で審神者が加州清光を見上げれば、加州清光はまた自身の下半身が熱を帯びるのを感じた。
「気持ちいい?」
「きもちい……加州、これだけ、じゃ、だめ。だきあうの」
「ん、じゃあ全部脱がせて、俺も脱がせてあげるから」
ぴんと乳首をはじかれ、審神者の体はぴくんと跳ねた。加州清光は彼女の袴の帯を緩め、するりと脱がせる。綿素材の白い下着の下には、毛ひとつ生えていない性器。下着がぬるりと濡れていることに気づいた加州清光は、首を傾げた。
「母さま、おしっこ漏らした?」
「もらしてない……」
「でも濡れてるよ」
「しらない、もん……」
「ふーん。ふふ」
「……加州も、ぬぐ」
「はーい」
加州清光は立ち上がり、審神者は加州清光のズボンに手をかけた。脱がせられたズボンの下には、すっかり勃起した性器に押し上げられた下着。そこもまた先が湿っていた。審神者はいたずらっぽくくすくすと笑う。
「加州も、おもらし」
「し、してない……」
「してないの?」
「してないよ……興奮するとこうなっちゃうの」
「こうふん、してる?」
「してる」
「そう、そう」
わたしも。そう言って審神者は下着を脱がす。加州清光の性器は先走りでぬらぬらとしていた。審神者と加州清光は一緒に風呂に入ったこともある仲であったが、審神者はこうなった加州清光の性器を初めて見た。刀剣男士は興奮するとこうなるのだろうか。審神者はそう思い、性器の先端を指でつつくと、加州清光は審神者の頭を撫でた。
「母さま、抱き合うんでしょ?」
「……あ、うん」
「おいで、母さま」
「加州」
二人は布団に座り、互いに身を預け合う。背中に腕を回し密着すれば、胸の内がぽかぽかとあたたまるような気がした。それでも、加州清光の中の暗い炎は収まらない。それどころか、より激しく燃え上がるのだ。加州清光は自身に回された審神者の片手を取ると、性器に這わせた。
「母さま、触って」
「ん……加州、も」
「うん。母さま」
互いに向かい合って足を広げ、性器を見せ合う。審神者のそこはやはり濡れていた。審神者が優しく加州清光の性器を撫でれば、そこにびりびりとした、しかしもどかしい快感が襲ってきた。加州清光が審神者の性器の、外側についた小さな突起を触ると、審神者は乳首を触られた時よりも高い声を上げた。
「かしゅ……そこ、あっ……」
「ここ?」
「んっ、あっ。ふ、うぅ……きもちいいの、びりびりする……」
「ここ、好きなんだ? 母さまも、もっと強く触って……いいよ」
「う、んっ」
突起を、陰核をくにくにと弄る。その度に審神者ははあはあと甘い息を漏らす。加州清光も、審神者に性器を扱かれ、ぞくぞくとした快楽に身を委ねていた。もっと触れたい、触れてほしい。もっと。暗い炎が燃え上がる。すると、ずるりと愛液で濡れた加州清光の指が、審神者の中に入った。審神者は驚いたように声をあげ、身をよじらせた。足を閉じそうになったところを、加州清光は片手で止めた。
「加州……っ! あ……!」
「入っちゃった、母さまの中……」
内臓だ。加州清光はそう思い笑った。入った一本の指がぬるぬると、しかしきゅうきゅうと締まる内臓に包まれる。人間の女はこの先に子どもを授かる器官があることを彼は知っていた。そしてそれがこの審神者には無いことも。子どもを産めない可哀想な子。誰のものにもなれない子。だからこの子は自分のものだ。加州清光はその興奮を自ら炎にくべた。炎はさらに大きくなった。審神者の中の少しばかりざらざらとした箇所を撫でると、審神者はもう加州清光の性器に触れる余裕すら残らなかった。足を自ら広げ、言葉にならない声を上げていた。
「母さま、かわいい」
審神者を布団の上に押し倒し、性器に入れる指を一本増やす。幼いそこはそれだけで窮屈になり、とろとろと愛液が溢れていた。加州清光は指で審神者の性器を弄りながら、胸に舌を這わせた。ちゅうと吸っても何も出なかったが、夢中になって吸えば、審神者の体はびくびく震えた。
「むね、だめぇ……」
「……は。胸とここ、どっちが好き?」
「どっちも、きもちい……」
「かわいい。……ねえ、主、母さま」
加州清光は審神者の性器から指をゆっくりと引き抜き、自身の性器を当てがった。ずる、ずる、と勃起したそれで陰核をこすれば、互いの体液が混ざり合う。
「ここにこれ、入れちゃったらどうなるんだろうね」
「あ……」
「気持ちいいところと気持ちいいところがくっついちゃうよ。主」
「わ、たし……加州と、きもちよくなりたい……いれて、くっついて、加州……」
「ん……っ」
幼い審神者の広げた脚と脚の間に、加州清光は身を進めた。ずぶり、と先端が入る。熱いどろどろがそれを包み込む。内臓に包まれるのがこんなに気持ちいいなんて、加州清光は知らなかった。先端だけでは足りない。全て包み込んでほしい。そう思い、一気に押し進めると、審神者は小さな悲鳴を上げた。
「いっ、……」
「あ……痛かった? 主」
「だい、じょうぶ……加州、わたしのなか、加州でいっぱい……」
「……母さま、ぎゅってしていい? 好き同士は裸で抱き合うんでしょ」
「うん、うん。ぎゅう、して……ちゅうもして……」
「……好き、大好き」
「すき……加州……」
加州清光の開いた口からつうと唾液が漏れる。それを掴み取るように審神者は舌を伸ばす。そのまま貪るように、舌を絡ませる。舌と舌が触れ合うと気持ちいいことを知ってしまったふたりは、お互いの口の中を舐め合っていた。加州清光は両腕で審神者を抱きしめ、審神者も加州清光の背に腕を回す。自然と、加州清光の腰はゆるゆると動いていた。舌と同じくらいとろとろとした中が加州清光に絡んで離さない。
「あ、ぁ、かしゅう……」
「はあ……、あ、きもちい……」
「加州……もっと、もっとして……きもち、いいの……加州、だいすき……っ」
それを聞いた加州清光の炎は加州清光自身を焼き焦がすほどになった。先程まで審神者を抱きしめていた腕で彼女の腰を掴み、一度外へ出る寸前まで引き抜き、一気に奥まで突く。ざらり、ぬるりとした感覚が加州清光の背にぞくぞくと伝わり、審神者は再び悲鳴を上げる。今度はその悲鳴の中に甘いものが入っていた。奥には何もない、そんなことは分かっている。けれどこの奥は自分のものだ。この子の体は俺のものだ。心だって俺のものだ。加州清光はそんな欲望のまま戦場に出ていた時と同じくらい汗ばんだ体で律動を続ける。突くたびに淫猥な水音がして、審神者の白い肌が薄桃色に染まっていく。破瓜の痛みはどこへやら、審神者は痛み以上に興奮が勝り、子猫のような高い声を出して体をくねらせていた。うっすらとあばらの浮いた体をのけぞらせ、手は縋るように自分の腰を掴む加州清光の腕を掴んでいる。
破瓜。加州清光は自身がみちりと詰まった審神者の性器から、うっすらと血が出ていることに気づいた。泡立った愛液で桃色に薄まった、血。加州清光は動きを止めないままそれを指で掬い、口にする。どんなものよりも甘美な味がした。加州清光はくちゅくちゅと血を口の中で味わい、そのまま審神者に口付ける。愛液と、唾液と、血が混じった液体が、ふたりの口の中に広がる。審神者はふうふうと息をしながら夢中になってそれを飲み込んだ。こくり、こくりと喉が動くのを見た加州清光は、もうどうしようもなくなっていた。ぞくぞくと何かが体の奥から湧いてくる感覚がした。それは審神者も同じだった。ふたりはもう限界だった。だが、己の限界をどう表現すれば良いのかを、ふたりは知らない。
「……ん、んぅ……! かしゅう……! わたし、どう、しよう、わたし……!」
「あ、ぅ、あ……っ。母さま……! 俺、なんか、くる……!」
「きて、きて、ぎゅってしてぇ……! わたし、こわ、い……!」
「俺も、ぎゅってして……!」
三度目の抱擁。今度はお互いしがみつくようにすれば、濡れた体が一つに溶けるようだった。加州清光の律動も、うねるような審神者の中も、じゅぷじゅぷと音を立てて止まらない。このまま続けていれば死んでしまうような気さえしていた。死んでも良いとお互いに思っていた。だから止まらなかった。加州清光が審神者の最奥を何度も突けば、審神者の中は絞り取るようにぎゅうと締まった。そして、加州清光と審神者は、一度死んだ。行けるところまで行ってしまった。果てたのだ。
どくどくと加州清光は自らの精を審神者に注ぎ込む。審神者の中はきっと、赤い内臓と白い精が混ざり合っているだろう。ずるりと性器を引き抜き、審神者の額に口付ければ、審神者はぼーっとした瞳のまま加州清光を見た。
「……中、あつい……」
「主……俺、すっごい気持ちよかった……」
「わたしも、ふわふわする……」
「ふわふわする? 主、母さま、どこにも行かないで」
「加州……いかない、よ」
ふたりはすっかり体液でぐしょぐしょになった布団に横たわり、手を繋ぐ。指を絡ませ、今度は触れるだけの接吻を交わした。互いにどこにも行かないと微笑み合う。
加州清光の傷はいつの間にか治っていた。審神者の霊力が満ちたからだろうが、そんなことはふたりにとってはどうでもよかった。いつの間にか辺りが薄暗くなっていたことも、どうでもよかった。審神者は加州清光の胸に顔を埋め、すうと息をした。
「……ねむい」
「寝る?」
「うん……」
「じゃあ部屋まで運んであげる」
「んぅ……」
うとうととする審神者から一度手を離し、加州清光は服を着直す。それを薄目で見ながら、審神者が薄く微笑んだことを、加州清光は知らない。
「加州」
「ん?」
「だいすき」
「……俺も。主、大好き」
そうして目を閉じた審神者に自身の上着を羽織らせ、加州清光は抱き上げる。後で布団は洗えば良いだろうと、むせかえるようなにおいの手入れ部屋を換気のために開け放ち、審神者の部屋まで歩いて行った。すっかり浮かんでいた月が、ふたりを見ていた。
春に逝く 番外編 欲を火にくべ