春に逝く 三話 愛の鎖

 真名 ■■ ■■
 特記事項。六歳の頃、審神者の素質有りと診断。■■の血筋と確認。子宮摘出の後、リハビリを含めた一年の研修を終える。その後本丸 螟ァ蜥悟嵜隨ャ莠号の審神者に任命。子宮の血液より、はじまりの一振り、加州清光を顕現。実験は成功。
 以後、監査官一文字則宗による監視対象とする。

 カラン、と音を立てて、ひとりの刀剣男士がひとつの鋼へと戻った。審神者は『彼』にかざしていた手をそっと正座をした膝の上に合わせ、『彼』にゆっくりとお辞儀をした。鋼の塊は、返事をしなかった。
 審神者がこの行為を始めて、もう一週間になる。一日に数振り、別れの言葉を審神者と刀剣男士はかけ合って、審神者は刀解をしていく。ひとつの儀式的な行為にも見えた。誰も止めない、別れの儀式。規模の小さいこの本丸は、一週間でだいぶそこに住まう刀剣男士の数を減らしていた。もう誰も出撃せず、内番もしない、ただ別れだけを繰り返すこの本丸。そこを、一文字則宗はただ見ていた。ただ見ていただけだったのだが、彼には審神者の意図が読めなかった。まるで死に支度のような、自殺志願者の身辺整理のようなその行為。実際にそうなのかもしれない。
 だから、一文字則宗は彼女と話がしてみたかった。幼い審神者、ただ政府からの指示に従うだけの彼女が、初めて能動的に事を起こしている。それが刀解というある種の『殺し』だとしてもだ。この審神者は少々特殊な環境にある。この閉じた本丸(せかい)で行われる儀式の真相を、一文字則宗は知りたかった。自分に指示されているのは彼女の監視であって、彼女の行為の制限ではないと、とんちをきかせるような真似をして、彼は審神者に話しかけた。
「なあ、主」
「……! 則宗」
「少し話をしないか。菓子を出そう、ミルクも出そう。だから僕と……どうだ?」
「……うん」
「よしよし、いい子だ」
 審神者は白い髪を揺らして、立ち上がった。老婆のような、荒れた髪。実験によって、艶のある黒髪が痛々しく白く染まったことを、一文字則宗は知っている。この審神者に、臓器がひとつ無いことも知っている。一文字則宗は、全てを見てきた。審神者が審神者になるまでの全てを。真っ赤な柘榴の実のような瞳だけが、変わらず静かに光を湛えていた。一文字則宗は審神者の頭を撫でると、審神者の自室まで彼女の手を引いた。

「そのチョコレートをミルクの中に入れてみろ。そいつはよく溶けるから、美味しいチョコレートミルクになるぞ。お前さん、甘いものは好きだろう」
「うん、すき」
 一文字則宗は審神者の前にマグカップ二つとスプーンを差し出した。一つは審神者の分、一つは自身の分。机に置かれた盆にはチョコレートにキャンディ、煎餅から練り羊羹などなど。雑多な菓子が入れられていた。机を挟んで向き合って、審神者と一文字則宗は座布団の上に座っていた。一文字則宗は胡座をかいて、審神者はちょこんと正座をして。
「そんな畏まるな。正座なんてしなくていい」
「……うん。則宗、話って、なに」
 正座を崩しながら、審神者はミルクの中にチョコレートを入れてかき混ぜた。白い液体がとろりとチョコレート色に染まっていく。審神者がそれをこくりと一口飲んだのを見て、一文字則宗は切り出した。
「ああ、そうだな……お前さんは、何がしたいんだ? 何を思って、刀解をしている」
「……」
「言っておくが、僕はお前さんの口から聞き出すまでお前さんにミルクを与えよう。今度は蜂蜜を入れてだ。……何、怒らないから、言ってごらん」
「……。……だれにも、言わない?」
「誰、というと?」
「……おとなのひと」
「僕の口からは言わないさ」
「……。……うん」
 審神者は菓子の袋を一つ取り、かりかりと引っ掻いた。開けられないらしい。一文字則宗はそれを見てふっと笑うと、袋を審神者の手から取り上げ、開けて渡した。審神者はその中の菓子を、練り羊羹を一口食べ、数回噛んで飲み込むと、口を開いた。
「……遠くに、いくの」
「遠く」
「おうちに、かえるの」
 一文字則宗は微笑んだ表情を崩さずに、胸の内で驚いた。この審神者は審神者になるにあたり記憶処理もされている。過去のことは思い出せないはずだった。生家のことなんて尚更だ。それを、思い出したと言うのか。審神者はまだ幼い少女だ、思い出してしまっては、望郷の念でいっぱいになるはずと、一文字則宗は審神者の心中を察した。この審神者が本丸の運営を始めた頃は、まだ一桁の年齢であった。今は十になる。この数年間の内で、いつ思い出したのだろう。……いつ、なんてそんなことは、一文字則宗にとってはどうでも良かった。政府に見つかった時から大人たちに支配されてきた少女が、今、確固たる意志を持っている。そのことが、一文字則宗には喜ばしいことのように思えた。形が何であれ、だ。
「そうか、家に帰りたいか」
「うん」
「お前さんには審神者としてこの国の歴史を守るという使命があるぞ」
「……かえるの」
「そうかい、そうかい」
「則宗、おこらない、ね」
「怒らないって言っただろう?」
 審神者はまた、チョコレートミルクを一口飲んだ。カップを口に当てながら、上目遣いで一文字則宗を見る。顔色を窺うような警戒心に溢れた目が、少しだけ緩んだ。
「……わるいことだって、わかってる。でも、かえるの。かえりたいの。……みんな、行っていいよって、言ってくれた」
「おや、悲しいな。僕はお前さんの心を今知ったのだが」
「……則宗は、おとなのひとのところから来たから。こわかった」
「そうかそうか、怖かったか。それはすまなかった」
「……ごめん、なさい」
「謝るんじゃない。……それで、家の場所は分かるのか?」
 ぴくりと、審神者の肩が動いた。カップを持つ手にきゅっと力を込めて、うつむく。ふるふると肩が震えているのが、一文字則宗には見えた。泣かせてしまったか? そう思っていると、審神者はうつむくのをやめ、前を、一文字則宗を見た。その瞳はゆらゆらと潤んでいたが、泣いてはいなかった。いつも潤んだような瞳をしているのがこの審神者だ。
「……わからない」
「……そうか」
「でも、ここみたいなの。屋根がかわらで、縁側があって」
「それじゃ、ここにいたって良いじゃないか」
「ちがう。そこには母さまと姉さまがいるの」
「……それじゃ、ここではないな」
「うん」
 一文字則宗は知っていた。この審神者が帰りたいと願う場所を。そこには既に何もないことを。誰もいないことを。全てを捨ててでも過去にすがる少女を見て、一文字則宗はくつくつと喉の奥で笑った。この審神者は歪だ。だが、純粋だ。それはとても美しいと感じた。だから、だから一文字則宗は、もっと話を聞いてみたくなった。今まで物静かに、言われたこと全てを受け入れていた彼女を突き動かす『わるいこと』を。どこまで思い出せているのかも気になった。政府への報告は彼女がここを去った後でも良いじゃないか、とも。それで自身がどんな罰を政府の人間から受けるかなんて、一文字則宗にはどうでもいいことだった。そんなことより、今さらながらこの少女のことが知りたいと、データ上のこと以外の彼女が知りたいと思った。彼女の身長も体重も血液型も、生まれも育ちも、審神者になる前の名前も、彼は知っていた。知っているからこそ、知りたいと思った。心を、知りたいと思った。
「お前さん、どこまで思い出している?」
「おもいだす……?」
「お前さんは止まらないだろう。この際だから言ってしまうが、政府の人間……まあ大人たちだな、彼らはお前さんの記憶に鍵をかけたんだ。お前さんが家に帰りたがらないようにな」
「……夢、みた」
「ほう」
「わたしにそっくりな、真っ黒の髪のおんなのこ。姉さまとあそぶの。あやとりしたりおはじきしたり。わたしの髪も、真っ黒なの。わたし、わたし、すずってよばれてた」
「……ふむ」
「……やさしい、おとなの女の人がいて、わたしたち、その人のところに走るの。母さまって。お庭には木がはえてた。ちょっとだけ雪がつもってた。石でできたへいがあった。わたし、そこにいた。夢だけど夢じゃない。……わたしの、おうち」
「その夢を見て、どう思った。帰りたい、だけか?」
「たのしかった。でも、かなしかった」
「悲しい?」
「……今まで夢をみなかったことが。夢のなかで母さまと姉さまにあえなかったことが、かなしかった」
「だから、帰りたいか。会いたいか」
「……うん」
 そこには誰もいないし何もないぞ。……一文字則宗はそうは言わなかった。
「則宗、は」
「ああ、何だ?」
「則宗は、しってるの? わたしの、おうち」
「ミルクを温めてこよう」
「則宗」
「まあ待て、焦っても何も良くならないぞ」
「……」
 審神者は黙って空になったカップを一文字則宗に差し出した。受け取った一文字則宗はすぐ近くの厨へと向かう。あの少女が旅の道連れにするのは誰だろうか、そう思っていた。おおかた、予想はついていたが、あのじっとりと湿気た赤い瞳の持ち主を考えると、一文字則宗にとってはなかなか面白かった。カップにミルクを入れ、レンジへ入れる。くるくると回転し熱されるカップは、まるで審神者のようであった。どこか虚空を見つめてぼーっとしていることの多かった彼女が、今はたったひとつのことに感情を突き動かされ、熱くなり、そのために動いている。熱くなったミルクのように、踏み込んだ者をとろとろに溶かして、道連れにしてしまうのだろう。そして自分は、これ以上踏み込むべきではない。一文字則宗はそう考えた。べきではない、というより、踏み込めないのだろうとも。彼女の内面に踏み込み、くるくると溶けてひとつに混ざり合うのは、あの加州清光なのだ。一文字則宗はカップをレンジから取り出し、蜂蜜をひと匙入れ、くるくると混ぜた。

「おや、お前さんの分も用意しておくべきだったかな」
「げ。主、じじいと話してたの」
「うん」
 一文字則宗が審神者の元へ戻ってくれば、審神者はいつの間に来たのやら、加州清光の膝の上に座っていた。『一文字則宗』を『じじい』と呼ぶのは、この『加州清光』も変わらなかった。何なら、『クソジジイ』と呼ばれたことだってしっかりある。反抗期の孫のような姿。だがこの加州清光は、やはりどこか湿気た目をしていて、さらに審神者を見る目はじっとりとしていて、視線から潮のようなにおいがした。この加州清光がどういう経緯で顕現したのかも、一文字則宗はもちろん知っていた。審神者にミルクの入ったカップを手渡しながら、一文字則宗は彼女の向かいに座る。審神者がミルクを啜るのを、加州清光は上から見ながら、彼女の髪、耳たぶ、頬に爪紅を塗った指で触れていた。宝物に触れるかのように、そっと。
「何飲んでるの」
「則宗がつくってくれた。ミルク。甘いの」
「ふーん」
「加州も、のむ?」
「うん」
 加州清光は審神者からカップを受け取り、一口飲む。その間にも、片手では審神者を愛で続けていた。自分がいなかったら今頃口移しで渡していただろうと、一文字則宗はにまにまと笑った。そういう関係なのだ。この少女とこの刀剣男士は。
「甘い」
 加州清光が舌を出した。
「甘いっていった」
「言ってたけどさ」
「甘いの、いや?」
「嫌じゃないよ」
「そう。……則宗? わらってる、の?」
「ん? ああ」
「……おはなしの、つづき」
「ああ、どこまで話したっけなあ」
「……どこまで、だっけ」
 審神者は天井を見上げる。一文字則宗は全て覚えていた。覚えていた上でとぼけたのだ。ずいぶん感覚の鈍くなった審神者が、どこまで話を覚えていられるのか気になったからだ。まさか記憶力まで鈍ったとは言うまい、思い出したのだから。一文字則宗が審神者を見つめていると、くるりと天井を見上げていた審神者が、一文字則宗に向き直った。
「おうちの、はなし」
「……主、話したの」
「うん」
「大丈夫?」
「則宗は、はなさないって」
「ほんとかなあ」
「本当だとも。……だがなあ」
 一文字則宗の顔からすっと笑みがひく。それだけでぴしりと空気が張り詰めた。審神者は加州清光を不安げに見つめ、加州清光は審神者を腕の中におさめた。
「たとえ僕が言わずとも、僕がお前さんに刀解されたとしても、いつかは政府の耳に入る」
「……」
「……」
「お前さんたち、この使命から逃げるのだろう? それは、修羅の道だぞ」
「分かってるよ」
「……うん」
「そうか、そうか。……くく」
 はは! と則宗は口を開けて笑った。今さっきまでと違う、快活ないつもの笑顔。審神者は驚いたように目を見開き、加州清光は眉をひそめた。
「なに」
 加州清光が不機嫌そうに問いかければ、一文字則宗は机越しにぽん、ぽんと、審神者と加州清光の頭を撫でた。頭を撫でられたふたりは顔を見合わせる。
「いや、なに。これも愛だなあと思ってな。加州清光、お前さん、その子を愛しているのだろう?」
「……愛してなかったら止めてる」
「止める愛もあるぞ」
「俺の愛はこうなの」
「うはは、そうかそうか。……お前さんも、加州清光を愛しているのだろう?」
「うん。だいすき……」
「いいじゃないか。お前さんたち」
 不思議そうな表情をする審神者と、変わらず不機嫌そうな加州清光に比べて、一文字則宗はいかにも機嫌の良さそうな顔をしていた。実際、機嫌が良かった。彼が愛する、歪な美がそこにあったからだ。愛があったからだ。周りの人間たちに歪まされた少女と、彼女の血から生まれた刀剣男士が、愛し合うが故に全てを捨てて逃げ出そうとしている。本丸という安全であたたかい一種の神域、箱庭から抜け出して、夢で見ただけの故郷を探すあてのない旅をする。そしてその故郷は既に失われていることを少女は知らないのだろう。哀れな子どもに寄り添う哀れな加州清光! その物語を、ふたりの行く末を見守れないのが惜しいと一文字則宗は思った。審神者が選んだのは加州清光であって、自分ではないからだ。だが、それで良いとも思った。ふたりきりの逃避行。ふたりきり、手を繋いで。どこまでも行ってしまえば良い。
「加州清光。お前さん、草の露を見ても、鬼が来ても、手を離すんじゃないぞ」
「何? 伊勢物語?」
「ほう、よく知ってるじゃないか。『白玉か 何ぞと人の 問ひし時 露と答へて 消えなましものを』……まあお前さんたちが歌のように露と消えるのも、僕としては良いとは思うが」
「……加州? 則宗?」
「ごめんね、主。よくわからなかったね。駆け落ちした男女の内の女が、鬼に食われちゃう話」
「かけおち」
「そうだ、お前さんたちがしようとしていることは駆け落ちだな! まるで恋人同士のようだ」
「恋人だから駆け落ちするんでしょ」
「お前さんたちは親子だろう?」
「親子で恋人」
「おや、不機嫌か坊主。菓子でも食え」
「もう……」
「……則宗。鬼、くるとおもう?」
「ん?」
「鬼」
「うーむ」
 一文字則宗はわざとらしく腕組みをした。鬼、ふたりにとっての鬼。思い浮かんだのは時の政府の追っ手だった。刀剣男士の顕現実験のサンプルを放っておくだろうか? そのようなことはしないだろう。それに、使命を捨てた審神者を放置しておくこともしないだろう。刀剣男士を連れて行ってしまうなら尚更だ。この審神者も加州清光も、政府の所有物だ。逃げ出して捕まったら、待っているのは厳罰か処分だろう。だが、審神者は替えが利く存在でもあった。たったひとりの審神者が逃げ出したところで、何も変わらない。貴重なサンプルであり、替えの利く道具。相反する要素を持つそれが目の前の少女であった。
「鬼、追ってくるぞ?」
「……加州」
「分かってる。政府でしょ?」
「そうとも。そうだなあ、追っ手が一度、確実に来るだろう」
「一度?」
「そう、一度だ。たった一度。それがお前さんたちの価値だ」
「……そう」
「……則宗、追ってくる? 則宗は、おとなのひとの、刀」
「おお、そうだそうだ。その話だが……お前さん、最後に刀解するのは、僕にしてくれないか」
「……。……追いたく、ない?」
「よく分かったな。そうだ、僕はお前さんたちを追いたくはない。僕は主、お前さんの刀でいたい」
「則宗……」
「僕は、お前さんたちを愛している」
 真っ赤な瞳が合計四つ、丸くなって一文字則宗を見た。
 歪に愛し合うふたりを、一文字則宗は心から愛していた。ああ、本当に残念だ。とも思った。やはり、ふたりの行く末を最後まで見ていたかった。それは、叶わない。だからせめて少しでも長い間、この審神者の少女と加州清光を見守っていたい。今に冬が来る。そして雪が降る。その時がきっと、ふたりが旅立つ時だ。このふたりは春に逝く。刀解されて『死』を味わった後、他の刀剣男士と共に、鈍色の空からふたりを見守る雪を降らせたい。これが、この一文字則宗の愛だ。
「お前さんたちが愛するのはお互いだけで良い。お前さんたちからの愛はいらない。僕の愛はそういう愛だ」
「……そう。うん」
「逃げろ逃げろ。お前さんたちは、ふたりでならどこへだって行ける」
「……、……うん」
 加州清光の腕の中で、審神者は彼の着物の裾を掴んだ。その手を、加州清光はきゅっと握った。そしてその手は二本の鎖のように、絡まる。手を繋いだふたりを見て、一文字則宗は微笑んだ。そう、このふたりからの愛など、一文字則宗はいらないのだ。この二本の鎖の錆びになってしまう。この本丸の刀剣男士たちは、この小さな審神者を愛している。愛しているから、審神者の前から一度消える。そして空から降る雪となる。いつだって、見守り続ける。全てが歪であると、一文字則宗は感じていたが、だからこそ全てが愛しかった。だから、これで、良い。これ以外に、無い。
「さて、話はもうおしまいだ。疲れたろう主、昼寝でもするが良いさ」
「ん、ん、うん」
「……本当に、何だったわけ?」
「何、愛してるって伝えたかっただけさ」
「そう」
「ああ、そうだ。加州清光、主、愛しているよ」
「……うん」
「則宗……」
「うん? どうした、主」
 審神者はすう、はあと息を吸い、吐く。加州清光の膝の上から降り、立ち上がると、一文字則宗に向かってぺこりと頭を下げた。まるで、刀解の儀式の時のように。
「則宗は……いらない、って言ったけど、でも、わたし……則宗、だいすき」
「そうかそうか」
「今、だいすきになった」
「うはは! 今かあ」
「だから、さいごまで、見ていて。やくそく」
「ああ、約束だ。指切りをしよう」
「……うそ、つかない?」
「つかないとも。これはそういう儀式だ」
 審神者は小指を差し出す。一文字則宗はその小さな指に自身の小指を絡めると、軽く上下に振った。小さな、鎖ができた。だが、それも一瞬。指切りげんまんの誓いを終えれば、すぐ解かれる鎖であった。
「指切った。さあ加州清光、夕餉の時間まで一緒にいてやりなさい」
「そうする。……行こ、主」
「おかし、持っていって、いい?」
「ああ! ふたりでゆっくり食べるが良いさ」
「うん。ありがとう」
「もう……夕餉もちゃんと食べるんだよ」
「わかってる」
「ほんとかなあ」
 審神者と加州清光は部屋から去っていく。去り行く背中を見て、一文字則宗は自身のマグカップに唇を付けた。
「……甘いな。何もかも」
 冬が、近い。

春に逝く 三話 愛の鎖

春に逝く 三話 愛の鎖

加州清光×幼女審神者の駆け落ち心中物。本丸にいた頃

  • 小説
  • 短編
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更新日
登録日
2024-07-13

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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