春に逝く 二話 赤い夜

「布団の中で、耳を塞いで、何も考えなくていいからね」

 加州清光がそう言い、すずを寝室に押し込んで。そうして数十分が経った。ふかふかのベッドの上で、布団をかぶり耳を手で塞いで、目も閉じていたすずにとっては、時間の感覚も分からず、ただ長い長い時間が暗闇の中で過ぎていくだけであった。何も考えなくて良いと加州清光は言ったが、すずにとっては逆効果であった。彼女は彼のことばかり考えていた。早く部屋に入って、布団に潜り込んで、抱きしめて、安心させてほしいと、すずは自身の冷たい体の中でそう思っていた。
 きい、と音を立てて寝室の扉が開いたことに、耳を塞いでいたすずは気づかなかった。入ってきた加州清光は、しばらく呆けたように、膨らんだベッドを見ていたが、後ろ手に扉を閉めると、かしゃんかしゃんと防具を外し床に放った。一瞬だけした大きな音に、すずははっとして両耳を塞いでいた手を外した。「加州?」と呼びかけられても、加州清光は応えなかった。次に加州清光はコートを脱いだ。真っ黒なコートからは鉄錆のような、潮のようなにおいがした。手袋を口で外し、ベストのボタンを乱雑に外していく。ベストはべっとりと湿っていた。唯一真っ白なシャツも、タイを外し脱ぎ捨てていく。細くしなやかな上半身を明かりのついていない部屋の中で晒した加州清光は、コツコツとヒールの音を立ててベッドに近づいた。ベルトを外し、ブーツまで脱ぐと、もぞもぞとすずがいる布団の中に潜り込んだ。
「……加州?」
 後ろから強く抱きすくめられ、すずは安心したように加州清光の腕に手を這わせたが、冷たい肌にぴくりと一瞬固まった。加州清光は構わず、腕と脚ですずを閉じ込める。ぐりぐりと股間を彼女の背に押し付けながら。加州清光のズボン越しのその感触にすずははうと息を吐く。求められている。
「加州、わたし、加州が見たい」
「……」
「……うしろからだと、見られないの」
 その言葉を言っているそばから、加州清光はすずの体をまさぐっていた。ブラウスのボタンを外し、その中に手を滑り込ませていた。すずの未発達な胸を揉み、乳首を指で擦る。加州清光の手がいつもより冷たくて、すずはあえかな声を上げながらも、加州清光の手に自分の手を重ねた。ぴたりと、加州清光の手が止まる。それをきっかけに、すずは加州清光の腕の中から抜け出し、布団を蹴り飛ばして、彼の上に全身で覆い被さった。横になっていた加州清光は、仰向けになってすずの目を見る。すずは加州清光の腹の上にぽすんと乗ると、片手でズボン越しに主張するそれを撫でながら、同じように加州清光の赤い瞳を見た。ふたりは見つめ合う。カーテンから漏れる月明かりに、ふたりの肌が白く輝いた。
「……俺、斬っちゃった」
「……そうだね」
「うん。時間遡行軍じゃない、生身のひと」
「……昔……とは、ちがう?」
「体を得る前は何度も斬ってた。でもこの体で……殺したのは初めて」
「加州……」
「楽しかった。たのしかったよ、母さま」
「……そう。よかったね」
「母さまを守れて、よかった」
「……ありがとう、加州。加州、がんばった、ね」
 すずがそう言うと、加州清光はぼんやりと微笑み、すずの頬を手の甲で撫でた。すずはその手を受け入れながら、加州清光のズボンのファスナーをゆっくりと下げていった。じじ、じ、と音がした。すずは緩慢な動きで加州清光の腹の上から脚の間へ移動した。そうして、ゆっくりとズボンと一緒に下着を下げていった。
「自分でやるよ、すず」
「いいの。わたしがやる」
「あんた、興奮してる?」
「加州も、でしょ」
「……そうだけど」
「……加州、わたしたち、ひとごろし、ね」
「そうだね……ドキドキする?」
「する。わたしたち、ひどいひと」
「そうだね。でも、楽しいね」
「うん」
 加州清光は上半身を起こして広げた脚の間の少女の頭を撫でた。股間のものはひどく昂っていて、すずの小さな手が触れると、ぴくぴくと呻くように動いた。すずがそれにふうと息をかけ、唇を付けキスをすると、加州清光もまた小さく呻いた。舌先でちろちろと舐め始め、上から下へ、下から上へ、ゆっくりと唾液まみれにしていく。先から漏れた我慢汁も、すずは舌で舐め取った。舌だけで舐めていくのをやめ、口で咥えていくのを見ると、加州清光は小さく「だいじょうぶ?」と言った。すずはん、ん、と声を出すと、その幼い小さな口を上下にゆっくりと動かしていった。口の中で裏筋に舌を這わせて吸い上げる。絶えず舌をねっとりと動かしながら夢中で舐め続ける少女を見て、加州清光に快楽と同時に愛らしいと思う感情が湧いて出ていた。ちゅぷ、ちゅぷと水音が静かな部屋の中で鳴る。気持ちいい、かわいい。……早く犯してしまいたい。部屋の隅に追いやられた鉄錆のにおい……血の香りが、加州清光を欲望へと駆り立てた。
「すず……もう良いよ」
「ん……」
「あんたも気持ちよくなろ? すずと気持ちよくなりたい」
 すずは唇を離し、頷く。加州清光は彼女の中途半端に崩したブラウスをゆっくりと脱がせた。中のキャミソールも一緒に脱がせてしまうと、すずの幼い乳首は加州清光に弄られた時のまま、ぴんと立っていた。ふふっと笑いながら加州清光がそこをいじわるげに弾くと、すずは「いやぁ」とまた小さな声を漏らした。
「加州のいじわる……」
「ふふ、ごめんって」
「……わたし、上がいい」
「……ん、いいよ」
 すずがスカートを脱ぎ捨て、自身の下着も両手で下げる。つう、と下着から糸がひいていた。彼女は加州清光に這い寄る。お互いに興奮してすっかり熱くなった体を擦り寄せた。そして加州清光は再び横たわる。すずは彼の上に乗り、互いの性器の先端をくっつけた。ずる、と音を立て、加州清光がすずの中へ入っていった。
「ぅあ、あ……かしゅう……」
「……っ。母さま、熱い……」
 ゆっくり、ゆっくりと繋がっていく。深く入っていく。加州清光のものが全部入りきった頃には、軽く達していたのか、すずはふうふうと息をして蕩けた目で加州清光を見下ろしていた。その手を加州清光の腹に乗せると、彼女はさらなる快楽を求めて動き始めた。脱ぎ捨てた彼女の下着が、ベッドから落ちた。小さなリボンのついた、白い綿のパンツであった。

 窓ガラスを破り、そこから手を入れ、鍵を回して開ける。夕刻が終わり、夜が近づいてきた時のことだった。加州清光とすずはとある家へ忍び込んでいた。住宅街の一軒家。そこには誰もいなかった。まだ帰ってきていないだけだろう。庭の車庫には車が無かった。
 靴を履いたまま、ふたりはリビングへ上がる。カーテンをさっと閉め直し、明かりを点ける。埃一つない床に、落ち着いた色調の家具、テーブルに添えられた椅子は四つ。幸せな家族の家とうかがえる場所だった。それをこれから、ふたりは壊すのだ。殺すのだ。ふたりのたった一晩の宿のために。空き家を勝手に拝借したり、ホテルに泊まったりした時もある。その選択肢の中に殺して奪うことが加わったのは、今回が初めてであった。単に都合のいい空き家が見つからない時があるのと、ホテルばかり使っていては財布が寂しくなるという理由である。
 それだけ、それだけの理由で、ふたりは他者の幸せを奪うことを決めた。自分たちのしあわせのために、他を踏みにじることを決めた。この旅路の中で、すずの夢に出てきた家を探すという曖昧な旅路の中で。
「離れないでね」
「うん」
 手を繋いで、ふたりは家の中を物色する。加州清光は手袋はつけたままであった。冷蔵庫の中には食べ物がいっぱいあった。タッパーに入った作り置きのおかずまである。炊飯器はあと十数分で炊き上がるところだ。そこには確かに生活感があった。
「加州」
「ん?」
「ほんとうに、いいの?」
「うん、良いよ」
「……できる?」
「あんた、俺を何だと思ってるの? 刀だよ、ひとを斬る道具」
「うん……」
「そんな顔しないで。寝室探そ、きっとでかいベッドがあるな」
「わたし、どんな顔してた?」
「……迷ってる顔してたよ」
「……もうまよってない、よ。まよわないよ」
「うん、それで良い」
 靴音を鳴らして、ふたりは二階へ上がっていった。一つ目の扉を開けると、そこはおそらく子ども部屋だった。マットが敷かれており、隅に置かれた箱にはおもちゃがたくさん入っていた。二段ベッドがあり、勉強机が二つ置いてある。
「ここじゃない」
「うん」
 ふたりは扉を閉じ、奥へ進んだ。奥の扉を開けると、そこにはダブルベッドがあった。夫婦の寝室だろう。白いシーツに同じ色の布団、枕は二つ。ベッドに触れてみればふかふかで、ふたりは顔を見合わせてふふっと笑い合った。
「加州、わたし、ここで寝たい」
「うん、良いんじゃない? さっきの部屋より寝心地良さそう」
「おふとんふわふわ」
「うん、そうだね。食べ物もあったし、ここにしよ」
「うん」
 その時だった。下の階からがちゃんと大きな音がした。表の扉が開いて、閉まる音だと勘づいたのは、ふたりともだった。ただいまあと呑気な声がして、ぱたぱたと足音が聞こえる。
「……加州、きたよ」
「ん」
 加州清光とすずは寝室を後にし、階段を降りていった。

「あれ? 電気つけっぱなしで出ちゃったっけ」
「え? やーだ私ったら……。……お父さん、窓、見て」
「……。……空き巣か?」
 訝しげに、父親は破れた窓に寄る。部屋に荒れた様子は見られない。外の風に揺られてカーテンがひらめく。
「やだもう。警察に電話しましょう」
「ああ、そうだな。……子どもたちは?」
「手を洗ってるところだと思うけれど……遅いわね」
 おーい。と声を上げて父親は廊下に向かう。そこに立っていたのは、自分たちの子どもたちではなかった。
 そこにいたのは、黒衣の少年と、少年に隠れるようにしがみつきこちらを窺う幼い少女だった。廊下の明かりに照らされて、ふたりの瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。ふたりとも、濡れたような真っ赤な瞳。少年も少女も無表情で、廊下に佇んでいる。否、ただ佇んでいるわけではなかった。廊下中に充満する鉄のようなにおい、少年の右手に握られているのは、血に濡れた刃物。父親が刃の長いそれが日本刀だと気づく頃、少年が子どもたちを殺したと、血のにおい、真っ赤な視界、血の滴る音、彼は身体中で感じた。
「き、君たち……何を……」
「……」
「この……人殺し!」
 だが、父親を突き動かしたのは、自身が父親であるという意識そのものであった。自身と比べて小柄な少年に向かい、その手から刀を奪おうとした。彼は家を護ろうとする、勇気のある父親そのものだった。だがそんな彼は、刀を構えた少年のその一瞬に気づけなかった。ゆるりとした動きに見えて、人の目には見えない速さで、何の躊躇いもなく、少年は父親を袈裟斬りにした。声を上げる暇も無く、父親は倒れ伏した。彼が最期に見たのは、愛する家族ではなく、見知らぬ少年が自分を見下ろす姿だった。
「……お父さん? おと……あ、あ……?」
 なかなか戻ってこない夫と子どもたちを心配して来たのだろう。母親は廊下に出てきてしまった。そこは、血塗れの地獄絵図だった。夫が廊下の真ん中に倒れている。彼を踏みつけて、見たこともない少年と少女がこちらにゆっくりと歩いてくる。母親はガクガクと震えが止まらない脚をもつれさせ、床に尻を打ちつけた。刀を手に近づいてくる少年は、空き巣にしては、殺人鬼にしては、美しい姿をしていた。少年の赤い瞳が、すっとまぶたに隠れ細まった瞬間、母親は、とすんと音を立てて、心臓を貫かれていた。
「……ぁ、け、もの……」
 化け物。確かに彼女はそう言い、ごぼりと口から血を吐き。絶命した。
「……これでおわり?」
「うん、終わり……。……!」
「……! 加州!」
 安心して、刀を納めて抱き合おうと思っていたのも束の間、空間がびりびりと震える感覚が加州清光とすずを襲った。今ここにいる加州清光とは違う霊力の気配、空間が裂ける音。

『追っ手が一度、確実に来るだろう。たった一度。それがお前さんたちの価値だ。逃げろ逃げろ』

 ふたりの頭の中に声がリフレインした。まだ本丸にいた頃、確かに言われたあの言葉。加州清光はすずの手を掴むと、二階へ駆け上がった。そして最奥の寝室へすずを押し込む。
「加州……! わたし……」
 今にも泣き出しそうなすずの額に加州清光は口付けを落とす。安心させるように、優しく。
「大丈夫だから」
「加州……」
「布団の中で、耳を塞いで、何も考えなくていいからね」
「……うん」
 頷いたすずに加州清光は微笑むと、扉を閉め、前へ向き直る。そこには二振りの刀剣男士と、後ろにはスーツを着た二人の人間の姿があった。人間が口を開く。
「加州清光。審神者を引き渡し、大人しく拘束されるように」
「……あの子はもう審神者じゃない」
「ならば処分対象だ」
「散々実験で使い潰しておいて、壊しておいて、利用できなくなったら処分? あんたらにとってあの子は道具と同じなんだ。……まあ、それのおかげで俺がいるんだけど」
「命令だ。加州清光を破壊しろ」
「いーよ、かかってきな。全員殺してやるよ!」

 加州清光は扉の前から動くわけにはいかなかった。扉の奥には守ろうと決めた少女が、今頃大人しく布団の中で待っているのだから。二振りの刀剣男士は力強い打刀と機動力に優れた短刀。見知った顔をしていた。だが、加州清光にとってはその方が都合が良かった。あの時すずが……審神者が、刀解した顔と同じだったから。確かにあの時仲間だったあいつらは消えた。だから、今目の前にいる同位体に、容赦をする必要などないと。
 キン、と音を響かせ、攻撃を跳ね返す。二振りがかりで来られても、勝てる相手だ。と加州清光は見極めた。だがいつだって油断してはいけない。先に人間の方から殺してしまおうか、そうも思ったが、おそらく彼らは審神者ではないだろう、殺したとしても、霊力の供給が絶たれることはないに違いない。そして、その人間たちが何やら構え始めるのを、加州清光は見逃さなかった。サイレンサー付きの拳銃だ。
「馬っ鹿じゃないの?」
 加州清光は跳び上がり斬りかかってきた短刀を肘で思いっきり押し退け吹き抜けから一階まで叩きつけた。ぐしゃ、と音がする。刀剣男士がこの程度で潰れるわけがないから、下に放置していた家族の死体が潰れた音だろう。そしてたった今まさに引きがねを引かれるはずだった拳銃を腕ごと蹴り飛ばす。よろけたそのひとりの背に、加州清光は刃を突き立てた。ごぼりと音を立てて刀を引き抜けば、濃い灰色のスーツが真っ赤に染まっていく。
 打刀の方が八相の構えをし、加州清光の正面に向かってくる。刀身を垂直に立てて右に寄せ、刃は加州清光に向け、鍔は口元あたりに。刀を振りかぶるにはやや狭いここでは、おあつらえ向きの構えだ。加州清光がそれに対して構えた途端、キシュと軽く弾けるような音がした。もうひとりの人間が発砲したのだ。加州清光は咄嗟にもう死体と化したひとりの首根っこを片手で持ち、銃弾を受け止めた。
「な……!?」
「ほら、馬鹿じゃない……の!」
 そして、血液の噴き出る体を力いっぱい振りかぶる。びち、ち、と命の流れ出る音が立ち、打刀の目に赤が飛んだ。その瞬間、加州清光は一歩踏み込み打刀を突く。突き、引き、突く。一挙動に見えるほど速いそれにより、打刀は崩れ落ちた。階段を転げ落ちた後に、しゅうという溶けるような音とともに、カランとひび割れた刀だけがそこに残った。
「何をしている! 殺せ!」
「うるさいな」
 まだ生きているひとりの胸ぐらを掴み、吹き抜けを軽快に駆け上がってきた短刀に投げつけた。短刀は、それを避けるわけにはいかなかった。受け止めた瞬間、斬りかかることができず不利になるとしても、人間を見捨てることはできなかった。だから短刀は人間を受け止め、刀を加州清光の顔面に向けて投げつけた。まさか投げてくるとは、と間一髪のところで避けた加州清光の結った髪が数本、刃に切れて舞う。短刀は人間を床に置き、びいんと壁に突き立てられた刀を手に取った。寝室の扉は依然として、加州清光の背に守られている。
「ほら、来いよ。殺してやる」
 加州清光は、笑った。
 しばらくの間、静寂が続いていた。加州清光は、ああ早く寝室へ行きたいと思っていた。早く寝室に入って、すずの柔らかな幼い肌に触れたいと、そう思っていた。そう思うほど、気分が高揚していた。久々の戦闘に心が躍っていた。どこまでもどこまでも、加州清光は戦の道具、刀であった。だがひとの身を得た今、斬ること以外もできるようになった今、加州清光が望むのは、やはり彼女の元へ行くことであった。
 二階の廊下、障害物も何もない真っ直ぐな道。機動力で相手を撹乱する短刀には、真正面からやり合うしかないこの状況はやはり不利である。それでも、彼は獣のように身を低くすると、だっと加州清光へ駆け出した。加州清光は突きの構えで迎えうつ。互いに、いかにして急所を斬るか、それだけを狙っていた。
 ガシャン、という音と共に、短刀が倒れた。再びの三段突き。胸を突かれた短刀は、振り返って人間の方をじっと見ると、打刀と同じく人の姿を保てず消えていった。
 人間の方はというと、先ほど投げられた衝撃のせいか気を失っていた。加州清光が近づくと、からんとブーツの先に拳銃が当たった。加州清光はそれを手に取ると、だらりと垂れた目の前の体に向ける。……だが、気が変わったのか、投げ捨てると、さっと刀を真一文字に払った。首が落ちる。戦いの最後は、呆気なかった。
「……くくっ。ふふ、あはは」
 ぴっと刀から血を払いながらも、加州清光は声を抑えることができなかった。無抵抗な者を殺めるのも、必死に抵抗する者を殺めるのも、気分が良かった。血に濡れるのは、気分が良かった。時間遡行軍という化け物を殺すことには慣れていたが、ひとの身を得てひとを斬るのは加州清光は初めてであった。
「母さま」
 すずの中にも、同じように血が、臓物が詰まっているのだろう。加州清光はわざわざ死体の腹を切り裂いて中を見た。真っ赤なそれは魅力的であったが、すずの中に比べれば何てことはないだろう。それでも、すずを斬ることは加州清光にはできなかった。斬ったら、死んでしまうから。いなくなってしまうから。簡単なことであった。
「母さま……」
 加州清光はすずの中を見たかった。そこに、還りたかった。人間の赤子のように、身を縮こませて、すずの腹の中にいたかった。すずも「かえりたい」と言っていた。あたたかい場所へ、かえりたいと。すずが望郷の念に取りつかれているように、加州清光もまた、すずに取りつかれていた。

 淫猥な水音と、幼い嬌声が部屋に響く。加州清光の上で、すずは一心不乱に腰を動かしていた。少しばかりあばらの浮いた幼い体を上下に揺らして、夢中になって快楽を貪っていた。
「あん、んぁっ、ぅう……っ! かしゅう、加州……! もっと……!」
「は、ぁ……。か……あさま、きもちい……」
 何もかも我慢せずに、ふたりきりのベッドの上で、ふたりの肉と肉は重なり合っていた。今まで何度、この行為をしてきたのか、ふたりにもわからなかった。本丸にいた頃から、ふたりは求め合い、埋め合い、絡み合っていた。少年の姿をした人ならざる者と、幼い人間の少女。歪な半球同士がぐちゃり、くちゅりと断面を重ね、もう戻ることができないところまで来ていた。
 加州清光は熱を帯びた瞳で、ふたりが繋がっているそこを見る。つるりとしたすずの性器が、加州清光を咥え込んで離さない。上下に動いていた腰は今では前後にゆらゆらと揺れ、加州清光の恥骨に赤く充血した蕾がぐりぐりと擦り付けられている。その度にきゅうと中が締まり、加州清光は頭の中にとろりとした蜜が流れ込んでくるような感覚に襲われた。抗えない甘い蜜、蕩けて溺れて、飲み込まれてしまうような。ずっとこうして繋がっていたい。この子の内臓を味わっていたい。きっと焼けるような赤色をしているであろうすずの中に、加州清光は抱きしめられていた。
「あ、は……。……母さま、母さま……!」
「かしゅう……きもちいいの……! いっぱい、いっぱい気持ちいいの……」
「母さま、好き……もっと気持ちよくなろ……?」
「……っ! あ、あぁ……!」
 加州清光はすずの腰を掴んで、中をぐちゃぐちゃと掻き回した。今まで自分本位に動いていたすずは、突如与えられた激しさに、のけぞってはくはくと息をもらした。とっくに愛液で溢れ、加州清光の形になっていた内臓がより貪欲に彼を求め始める。音を立てて腰を揺さぶられる度に、ちかちかとすずの視界に星が散った。
「加州……っ! これ、すきぃ……!」
「かあさまのナカ……喜んでる……母さま、このままイこ? もっと気持ちよくなって……!」
「んっ、んっ、ひぅ、あんっ……! 加州、加州! くる、きちゃう……!」
 すずは悲鳴に近い甘い声を上げると、びくびくと一際大きく震え、くたりと加州清光の体に体を落とした。ふうふうと大きく息を吐きながら、加州清光に汗ばんだ体を擦り付ける。ふたりの肌が月光に濡れた。
「……加州、まだ、出してない……」
「ん……」
「加州、出して……すきに、していいから……」
 そう言ったすずに頷くと、加州清光は繋がったまま半身を起こし、すずを抱きしめた。優しい抱擁に、すずは吐息を漏らして腕を彼の背に回し、両脚を腰に絡めた。しばしの沈黙の中、すずは片手で加州清光の頬を撫でる。加州清光も、すずの手に頬を寄せた。互いに抱擁を解き、今度は唇を触れ合わせる。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら、加州清光はすずをゆっくりと押し倒した。期待するかのように、接合部がねちゃりと動き、昂ったままの加州清光のそれがすずの弱いところを擦った。
「あぅっ」
「……母さま……っ!」
「あっ、んん……! 加州……いいよ……」
 いいよ。その言葉が加州清光を激しく興奮させた。ゆるされている。斬らずとも内臓を感じられるこの行為を、ゆるされている。腰に絡んでいたすずの脚が緩んだところを、強引に膝を掴み左右に広げ、奥へと押し進んだ。幼く少し浅い膣がすずの嬌声と共に目一杯悦びを伝えてくる。最奥まで一気に進み、ゆっくりと引き抜く、今度はぐりぐりと中のざらざらした部分に押し付けながら突く。すずは奥よりもそこが感じることを加州清光は知っていた。すずの弱いところを責めれば、愛液でいっぱいの中が加州清光に絡まるように包み込んで、それが何よりも気持ちがいいことも知っていた。
 快楽を享受し小さな指を広げるすずの脚から手を離し、腰を掴んで自身を打ちつけた。動く度にすずは甘い声を上げる。大きな赤い瞳は涙で潤んで、加州清光を映している。手だけが迷ったようにシーツを掴んでいた。
「母さま、俺のこと、ぎゅってして……」
「ん、ん……」
 加州清光がすずを責め立てながらそう言えば、すずはこくこくと頷いて彼の背中に手を回し、加州清光はすずの上に伏せて抱きしめた。密着するふたりの体はふたりの体液で濡れていた。耳元に熱い吐息がかかる。ふたりは今、刀とひとではなかった。歪な半球同士がひとつになろうと交わっている。言葉も忘れて、ただ腰をぶつけ合う獣であった。ただ、それでもすずが加州清光の頭を優しく撫でるものだから、加州清光はその時だけ、自分が何であるのかを思い出すことができていた。
 血に濡れるのは心地良い、人間を斬るのは気持ちがいい。けれど、幸せなのはこうして互いを求め合っている時だ、と、加州清光は熱に浮かされた頭で考えていた。自分の腕の中にいる、自分を包み込んでくれるこの少女が愛おしい。必死にしがみついてくる小さな体も、快感に喘ぎながらも自分の名を呼ぶ声も、全てが自分だけのものであると、そう思うと加州清光はどうしようもない気持ちになった。この子は俺だけのひとだ、俺だけのものだ。加州清光はその心のままに律動を速めながら、すずの耳元で囁いた。
「愛……してるよ、だいすき……っ。俺のすず、俺の……母さま……」
「かしゅ、う……! わたしも、わたし、も、愛してる……あいしてる、の……! あっ、あ、ぁ、もう、だめ……!」
 すずはぴんと脚を伸ばし、加州清光の背中に爪を立てた。震える体を彼の体から離さず、彼女は二回目の絶頂を迎えた。加州清光は動くのをやめなかった。息つく暇もなく与えられる快楽にとうとう涙を流して悲鳴を上げてしまう。
「あぅ、ぅ……! また、きもちいいの、きちゃう……! かしゅう、かしゅう……! しんじゃう……っ!」
「死んで……っ、いいよ……! 俺も、しぬから……っ!」
 込み上げる吐精感に抗わず、加州清光はすずの最奥に自身を押し付けた。腹の中に還るように、深く深く押し付ける。頭の中にあるのは強い愛情と支配感、きもちいいという本能的な何か。幼さに似つかわしくない搾り取るような女のそこに、加州清光は精をぶつけた。還る場所などないということは、とっくの昔に知っていた。それでも、奥へ奥へ全てを注ぎ込む。すずは涙でぐちゃぐちゃになった顔を恍惚に歪ませ、顔を上げた加州清光に口付けた。ぬるりと舌を絡ませ、唾液を吸い上げる。どこもかしこも繋がって、にひきの獣はひとふりの刀とひとりの人間にゆっくり、ゆっくりと戻っていった。ずるりと加州清光がすずの中から自身を引き抜けば、ごぽりと精液がそこから漏れ出した。……獣が死んだ。

 体液で濡れていないところに寄り添いあって、蹴飛ばした布団をかけ直す。ふたりは裸のまま抱き合った。洗濯も食事も明日で良い。そう思うほどに、疲れきっていた。身も心もずしりと重く、しかしふわふわと浮いてしまうような、不思議な感覚がふたりを包んでいた。死んだ獣たちは枕に頭を埋めながら、互いの髪を撫でていた。
「ねえ、加州」
「ん?」
「わざと、あびたでしょ。……血」
 そう言ってすずが指差すのは部屋の隅に脱ぎ捨てられた加州清光の衣服。もうすっかり血は乾いているだろう。加州清光は図星をつかれたかのように頬を人差し指で掻くと、再びすずの頭を撫で、そしてぐっと抱き寄せた。
「だって気持ちよかったから」
「……そう」
「ちゃんと洗うよ」
「きるのと……わたしとこうするの、どっちがすき? どっちが、気持ちいい?」
 すずは加州清光の耳元で内緒話のように囁いた。ふたり以外誰もいない部屋で、ふたり以外誰も聞いていないのに、こそこそと。耳元にかかる吐息がくすぐったくて、幼い彼女の声色が少しばかり不機嫌そうなのが可愛らしくて、加州清光はくぐもった笑いを漏らした。
「加州、わらわないの」
「ごめん。どっちも好きって言ったら怒る?」
「……。おこらない……」
「ちょっと怒ってるじゃん。……母さま、俺ね、母さまを斬りたくて母さまを抱くんだよ」
「きったらしんじゃうよ」
「あんたを愛してるから、だから中身を知りたいの。……中にいたいんだよ」
「……わたしの中、何もないよ」
「温かいものでいっぱいだよ」
「そう……そう。加州……わたしとくっつく時、つめたいのがあたたかくなるから、すき」
 すずは加州清光の背中を撫でた。布団に潜り込んできた時には冷え切っていた彼の体は、すっかり温かくなっていた。細く優美な背中。すずの力では、すずの爪では傷ひとつつかない背中。その背中は、すずがいないと音も無く消えてしまいそうで、すずはただゆっくりと、確かめるようにそこを撫でていた。加州清光も、すずを抱きしめる力を増した。お互いが消えないように、ふたりは存在を確かめ合う。
「加州、加州」
「なに」
「加州、しんだこと、あるでしょ」
「……池田屋の帽子折れの話? うん」
「そう。しぬのって、こわい?」
「……死ぬ瞬間より、死ぬ直前の寂しい時の方が怖いかな」
「そう……」
「道具ってね、捨てられたら死んじゃうんだよ。沖田くんは最後まで俺を修理しようとしてくれてたけど、無理だった。だから俺、一度死んじゃった」
「……わたしと一緒にいれば、加州はしなないね」
「そうだね。俺、生まれ直したから。母さま……」
「加州、ずっと、わたしといてくれる?」
「誓ったでしょ。ずっとあんたの刀でいるって。愛してくれるあんたの刀でいるって」
「……うん、あいしてる。加州」
「俺も、愛してるよ。すず」
「……もっとすずって呼んで。『母さま』もいいけど、すずって呼んで」
「うん。……すず、すず」
 ひとつの枕をふたりで使って、ふたりは額をこつりとくっつけ合う。鼻をちょんとくっつける。まぐわっている時間も大好きだけれど、こうしてただ寄り添ってぽつぽつと話すのも、ふたりは好きであった。できることなら、ずっとこうやって、くっついていたかった。世界にふたりきりでいたかった。あと数時間で朝が来るだろう。そうすれば、また旅の再開だ。すずが夢見た場所を探す旅の再開。その先に何があるのか、まだわからない。だが、ふたりがずっと一緒であることは、何があっても変わらない事実であった。
「すず、明日爪紅塗り直してあげる。剥げかけてたでしょ」
「いいの?」
「うん。……すず、爪、噛まなくなったね」
「加州にぬって、もらえるから。噛んだら、もったいないの……」
「あはは、そーね」
「……加州」
「うん。すず」
「おやすみ……わたし、ねむくなっちゃった」
「うん、おやすみなさい」
 すずは加州清光の胸元に顔をうずめて、まぶたを閉じた。もっと加州清光を見ていたかったけど、疲労から来る眠気にそろそろ耐えられなくなってきていたのだ。加州清光は赤ん坊を宥めるようにぽんぽんと一定のリズムでゆっくりとすずの背中を小さく小さく叩いた。彼もまたまぶたを閉じる。朝になって最初に目に映るのが、互いであるために、ふたりはそのまぶたを閉じる。今夜、ひとが死んだ。だが、ふたりの閉じた世界は案外何も変わらなかった。朝になったら、すずがなるべく死体を見ないように、抱っこして運んであげよう。加州清光は既にすうすうと寝息を漏らすすずを想いながら、彼なりの優しさですずを包み込んだ。
 夜の静寂が、獣たちを溶かしていった。

春に逝く 二話 赤い夜

春に逝く 二話 赤い夜

加州清光×幼女審神者の駆け落ち心中物。ある夜の話

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2024-07-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 1
  2. 2
  3. 3