ぼくは月硝子の少年とキスをする
ぼくは真白を前のめりさせたパレットを少年の青へと脱がせて往くのだった、
筆さきは恰も銀の沓音を立てざらつきに引っかかるようなのだった、
しゃなり、しゃなり──そが優美な音はさながらにきぬずれの後ろめたさ、
と云うのもあんまりなまっさらさは、はや陽の反映をしかできないのだから
ぼくは剥ぐような気持でぼくに描かれた月硝子少年にキスをするのだった、
薄紅の唇が蒼褪め果てたかれに呪われたのを歓びさえして了うのだった、
跳び去った掌は星々──実存を放棄せられた手頸は淡く陽を透いて了うから、
月めいたかれの眸を濾過させるようにその領域をちかづけてみたのが先達て
ぼくの吸われるてくびはそが絵画の勇猛な少年に光で叱られたのだった、
きみの無知であるがゆえの倨傲と軽蔑は、
花冠林檎の如く高貴なる眸へと、ぼくを離れ漸く剥きなおされたのだった、
真白のパレットと云う神秘にきみの御姿が塵と青く浮いているのが、淋しい
なぜってきみはありとある世界を突き放す信条を背に負わせていたから、
恰も真空は虚空と現実を降りかさならせ、蛇の双頭をしならせるに追従い、
無と不在という神秘空間への夢想を無音揺曳によって立ち顕していたのだ、
ぼくはその領域で蹴りをあげるような”少年の青”を甘噛みしていたのだ──
*
想えばきみの手頸に──月射し貫くカインの弓なぞ始原から亡かったのだ、
されば銀燦爛花のバングルは、ぼくの病めるキスを閉鎖ぢこめて了っている──
ぼくは月硝子の少年とキスをする