星竜を翔けるリリリウム

〈星竜世界〉の地は人の踏み込めない大陸〈未界域〉に囲まれていた。未界域上空はナノマシンの発する磁気嵐に覆われ、すべての航空技術が無効化される〈グランドストリーム〉となっている。未界域からは変異した生命〈ケモノ〉が侵入。人類はナノマシンに由来する魔素粒子〈ヴェール〉を用いケモノを狩っていた。

 辺境の狩猟者の少女ルコは、〈世界に閉じ込められている〉と感じ、未界域への入口【天より降り注ぐ光る滝〈大海嘯〉】を超えたいと願っていた。相棒のキトラとお金をためお嬢様学校に入学。第七皇女リルカとその護衛マティと出会う。

 四人の学校生活の中、リルカは真正血統のみが知る〈世界の秘密〉をルコに与える。その秘密は星竜世界が【崩壊した地上世界】の地殻層で演算された【7つの複製世界である】事実だった。〈星竜〉とは地球崩壊の途上、テラ・フォーミングで増殖したナノマシンの川であり、莫大な演算で造られてる胡蝶の夢の世界だった。リルカは【世界を超えるには真正血統の宿す〈マスターキー〉が必要】と告げ、ルコに宝珠を譲渡する。

 卒業後。国家間の戦争が激化する中、一同はリルカの会談の護衛のため戦艦に乗り込む。戦闘を経てリルカは、隣接世界の使者ラゼンの戦艦と合流。ラゼンは隣接世界の技術提供を提案するが、盟約の条件は使者を大海嘯に飛ばすというものだった。
 リルカを会談に送り届けるも、皇女の平和演説は統治階級に阻まれる。ルコはリルカへ【隣接世界の軍事力】を渡すべく、ラゼンの盟約を受け入れる。大海嘯への飛翔はルコ自身の死を意味しているためキトラはルコを止めようとする。キトラとリルカの間でルコは葛藤する。最後の戦闘の後、ルコはキトラと共に大海嘯へと飛び立つ。【未踏の光る滝】へむけてふたりの少女が飛翔し【世界の盟約】と【子どもの頃の夢】を果たす。ルコはキトラの手を取り、狩猟者として【7つの世界を超える旅路】を始める。

プロローグ 大海嘯


【抜け出したい】と思っている。

 私の生まれた辺境の街は、血と殺戮と肉と惨殺と骨の残がいに満ちているからだ。

 この星竜世界では、変異した生命〈ケモノ〉が跋扈する。人類はケモノを殺す狩猟者となり、文明を護りながら生活している。

 12歳。幼かった私は、変異した猪型のケモノを始めて斧で狩り、殺した。
 生きるために血なまぐさくなったその日。私は水平線の向こうを見たくなって、海へと走った。

 天よりの滝〈大海嘯〉が、水平線の向こうにうっすらと見渡せる。
 誰も超えたことのない光る滝の向こうには、この世界じゃない〈続きの世界〉があるらしい。

 苦しい世界から抜け出したい。

 海の向こうの大陸は〈未開域〉。
 未開域の入り口と称される、天から降り注ぐ滝〈大海嘯〉。
 だけどあの滝を越えたものは、未だかつて存在しない。
 特殊な磁気嵐の空域〈グランドストリーム〉に覆われ、すべて航空手段、輸送手段が破壊されるからだ。

 私はあるときから疑問を抱く。

 なぜ、未開域の向こう側にはいけないのか?

 星竜世界はナノモル(魔素)によって多くの生活を魔術に置換している。
 スクロール〈魔素光学通信〉の通信技術やヴェール〈魔素障壁〉による肉体強化によって、ケモノと闘う術も身につけた。
 なのに滝一つ超えられやしない。物理法則に反している。

 何かがおかしい。

 何かが、野蛮なままだ。

 幼い私は人より早い段階で、世界の奇妙な歪みに気づいている。
 幼い私は怒りに満ちている。

(【先】が欲しい。抜け出せる【先】が)

〈大海嘯〉は超えられない。艦艇を要してもなお〈天よりの光る滝〉に阻まれたものはすべて砕け散り、残がいと成る。

 無理な滝の壁を、子どもの私は、いつしか。
『超えてみたい』と、思うようになっている。
『抜け出したい』が『超えたい』になったのだ。

 誰も超えたことがないのだから、無理なことはわかっている。
 なにより世界を抜け出した先が幸せとは限らない。
 それでも辺境で獰猛なケモノを狩猟する生活は、いつ死ぬかわからない地獄だったし、世界は戦争ばかりでお金だってちっとも増えない。
 幸せそうなのは魔素光学の画面の向こうだけ。

 だから、抜け出したい。抜け出せれば、変わる気がする。
 抜け出せさえすれば……。

 あるとき私は狩猟で怪我をした。痛くて苦しくていっそ死にたいと思っていた。
 死にたい。そのとき私は妙案を思いつく。

 どうせ死ぬなら、誰もやらない無謀をして派手に死ねばいい。

 前人未踏の天よりの滝〈大海嘯超え〉への挑戦。
 光る滝の先には【向こう側】があるに違いないし。超えられなくて爆散しても。辛い世界からおさらばだ。

(大人になったら空挺を買って。滝超えをする。どうせ血なまぐさい人生だ。世界を渡る夢をみたっていい)

 幼い私にとって故郷の水平線から見える大海嘯とは、前人未踏の絶望の壁であり……。
 どっちに転んでも『死にたい』と『超えたい』を叶えてくれる、希望だったのである。

1‐1 ヴェールの狩猟者

 炎の音で目覚めた。ケモノが吐き出したブレスの炎だ。
 私は現実に戻ったのだと把握した。
 その現実さえ、私の消滅によって消え去りそうなのだと理解する。
 熱波が轟々と吹きすさび、音と熱が耳と肌を炙り……。

「待って。ストップ! ストッ……」

 やけつく熱波に、私は眼を開ける。
 眼前では竜翼の獅子が口を開き、炎を吐き出している。

 竜翼の獅子は自然の生態系から逸脱した生物〈ケモノ〉だった。
 獅子は通常持たないはずの〈竜の肺〉を身体に宿していた。

 ありえないはずの〈変異〉は〈ケモノ〉の持つ特徴だった。
 ケモノは既存生命の枠を超え、混ざり合っている。

 混沌を食って成長する。既存の生態系を壊し、街に浸食し人を食う。
 これらケモノの存在によって狩猟者という職業が生まれた。
 私もまた狩猟者の一角として〈ケモノ〉の撃滅に駆り出されていたのだが……。

「しんじゃうから!」

 獅子の口から吐き出された熱波が煌々と迫る。
 竜と獅子の融合体というのは、強いものに強いものを掛け合わせたということだ。
 私は絶対強者に吹き飛ばされ、気絶していたというわけだ。

 炎に包まれる寸前、首根っこを掴まれる。
「ふにぃ!」と情けない声を出しつつ凄まじい速度でお姫様抱っこをされ、火炎の回避に成功。
 頬で熱波を感じながら眼を開ける。

「思ったより軽い」

 稲穂のような金髪の女の子が、心配そうに私を抱えていた。

「ルコちゃんさ。実は中身がおがくずだったりする?」
「たとえがひどい。羽毛っていえよ」

 この妙に顔がいい女の子は、狩猟者の相棒のキトラだ。傾国の姫のような美貌だが、私と同じくバリバリ平民だ。もっというなら辺境の出身なので、田舎者差別を受けたりもする。

「もしかして全身に羽毛が詰まっている?」

 キトラは口元を歪め、いつもどおり皮肉を述べる。

「詰まってねえよ。怖いわ。私が羽毛のような存在って意味だ!」
「存在が……。軽い?」
「君の脳みそかな?」

 皮肉がひどいので、私も抱っこされつつ応酬。

「僕は脳が軽くても心は重い」
「一番手に終えない奴だ」
「まいったか」
「それ、後ろのでかい奴にいわせような」

 背後には竜翼の獅子が追ってくるが、こうして言い合うことで精神的な余裕を保っているところはあった。

「自分で走れる」
「足を挫いているだろ」

 気絶していたので忘れていたが、足を挫いていた。キトラは無慈悲にも私の足を捻る。凄く痛かったので、「みぎゃあ!」と変な声がでた。

「このままモノ扱いして抱えていく」
「い、言い方!」

 状況を思い出してくる。
 狩猟チームの全員が、この竜翼の獅子に吹き飛ばされ、私たちだけが残ったのだった。 ちなみに私とキトラは狩猟部隊最年少だ。ついでに女学院生だ。

「あの洞窟に入る」
「追い詰められる。僕は大丈夫。君を持ったまま走れる」

 キトラは私より一回り体格がある程度だが、筋繊維の密度が常人の数倍あるとかで、要するに力持ちである。
 むちむちしててむきむきしてて、むにむにしてて、ぷるぷるしているくせにい、何故か顔立ちは、眉が太めという以外は異様に整っているというふざけた奴だ。
 いかにこいつが体力担当でも、このままお姫様抱っこされたまま逃げるのは得策ではない。

「駄目だ。逃げ切れない。あの獅子は殺さないと殺される。【洞窟】だ。勝算はある」
「わかった。信じる」

 お姫様抱っこをされたまま、洞窟に逃げ込む。わかっていたが扱いは雑で、私はぺしゃりと地面に尻を落とした。

「いっだぁ!」

 即座にキトラがおでこをぶつけてくる。
 妙に整った姫めいた顔立ちの少女が眼前にあった。

「ち、近いょ」
「足以外は、どこも壊れてないね」

「まだ闘える。前衛頼む」
「育てた甲斐があったよ」
「お前はお母さんじゃないだろ」

「毎日欠かさず水をやった甲斐が……」
「私の扱いは植物か!」

 背後ではすでに竜翼の獅子が、洞窟の入り靴を塞いで私たちに迫っていた。
 キトラは日本刀めいた形状の月蝕刀を抜き、振り向きざまに構える。
 眼を月のように歪め、横顔は肉食獣の笑み。 残像と共に、獅子が接近。

 爪の一振りは刃の束となり、キトラの脇腹を掠める。
 狩猟者の戦闘礼装〈羽衣:ヴェール〉の装甲が赤い粒子が流血のように弾けるも、キトラは動いている。

 ヴェールは大気中のナノモル〈伝達性ナノマシン〉を取り込み、頑強な〈素子の膜〉を全身に浸透・成形したものだ。
 デザインは特に変化はない。私もキトラも基本は制服の上にヴェールを展開している。

 ナノモルのコーティングにより、銃弾数発なら無傷にできる耐久を持っている。
 例え全裸であっても、ヴェールの防御効果は変わらない。

「ひるんだら食われる」

 キトラの返しの二撃目。旋回する玉鋼の刀と、巨大な腕の三本の爪が、火燐を散らす。 斬撃は鉄の颶風(ぐふう)となる。三撃、四撃、速度があがり衝突数もわからなくなる。 斬撃と死線が満ちていく。

「食べるから、殺す」

 キトラの呟きは自分に言い聞かせているのだろう。彼女は実生活では生き物を大切にするタイプである。
 私のことはあまり大切にしてくれない癖に、うさぎ小屋の世話などは毎日欠かさない。普段の穏やかでむちむちな女とは反転、ケモノ狩りのときだけは殺意の裏面が顔を出す。

「ちゃんと食べるから、殺しても……」

 金の稲穂の髪を揺らし、滑空にも似た前傾姿勢から、洞窟の壁を蹴る。
 剣士は洞窟内を横に走り、大きくえぐりこむ角度で、獅子の眼に向け刃を振るう。
 獅子の眼の寸前で障壁が生まれ、刃が弾かれた。
 獅子もまたヴェールを展開し、薄皮一枚で刃を防いだのだ。

(この獅子には魔力障壁がある。斬撃が決定打にならない)

 人間が羽衣〈ヴェール〉を形成するように、高位のケモノもまたヴェールを障壁として展開できるのだ。

「死ぬかも知れない。逃げられる?」

 キトラはいつも私を優先して、逃がすことを考えている。

「逃げるはナシだ。こいつは消し飛ばす。覚悟を決めろ」

 私は、半ばヤケクソになってキトラに並ぶ。 格好良いことを言ってみたが、膝は震えている。
 実際私は逃げ出したい。

(でかい人間だけでも怖いのに)

 いくらヴェールで頑丈になったからって、熊よりおおきい獅子など、怖くないわけがない。しかもヴェール障壁まで使うときた。

(人間はヴェールありでケモノと同等なのに、さらに人間に並んでくるなんて反則すぎる)

 それでも私は、キトラの前でだけは弱気になりたくないのだ。

「無茶はしないでね」
「わ、私がいないと、君は何もできないからな!」

「ビビり散らかしてるのバレバレだけど?」
「うるさい。今、覚醒すんだよ」
「僕が倒しちゃうかもね」

 竜翼の獅子が、私達に捕食の目を向ける。
 恐れながらも私は冷静だった。
 キトラの戦力。洞窟とシチュエーション。背水の陣。
 ここまですべて、思い通りだったからだ。

1‐2 魔剣と魔弾

 キトラの玉鋼の刀身に、淡く燐光が灯る。

 彼女のヴェールの持つ特性の一種で〈月蝕刀〉と本人は呼んでいる。

〈月蝕刀〉はキトラ自身のヴェール量を〈玉鋼の刀〉に宿すことで、相手のヴェールを斬れる刀身となるというものだ。防御を貫通できる無慈悲に強力な刃だが、彼女自身の防御力も著しく損なう。

 獅子の爪がキトラの頬を掠める。
 生身なら掠めただけで即死。

 直撃する瞬間、キトラは全身を回転させ威力を減衰。
 ヴェールの表面が削がれ、燐光が空気に散る。

 回転と同時に斬撃を返す。ふたつの刃の回転が加速。ふたたび斬り合いの嵐になる。
 獅子めいた女と、変異獅子のケモノが削り合い、ヴェールの燐光が洞窟内に充満していく。

 削り合いの中、私は魔弾杖を腰で構え悠々と斬撃の嵐に割り込んでいった。

(洞窟に逃げ込んだのは、この状況のためだった。自分の迷いも無くなるからな)

 私はキトラのような人外じゃない。怖いものは怖い。だから開き直る必要があったのだ。

(もうすぐ、私もヤケクソになる)

 やがて頭が冴え渡ってくる。

(洞窟内では竜翼の獅子に飛行能力は意味を成さない)

 とはいえ高位のケモノだ。キトラのヴェールもやがてはつきるだろう。

(ヴェールが裂かれ、ナノモルが舞っている。この状況が私にとっていい)

 私は魔弾杖(まだんじょう)を構え、弾倉を確認。
 手元には小さな起動式(引き金)の魔方陣。
 引き金を引くと、さらに巨大な魔方陣が、杖の全面に展開する。

 私の魔弾杖の能力はふたつ。

〈射出能力〉と〈生成能力〉。

〈射出能力〉は、杖の先端の〈魔方陣〉に収まる物ならなんでも打ち出せるというもの。

〈生成能力〉は、魔素〈ナノモル〉を集め、エネルギーに変換する力だ。

 ナノモルの先祖は、かつて世界に充満したナノマシンと古い本で読んだことがある。ナノモル《魔素》は私達の身体にも充満しているため、人と空間はナノモルによって繋がっている。

 魔方陣とは〈機械素子の進化を限界まで煮詰めた〉もの、空間光学的なプログラム。

(通常時の大気ナノモル濃度は30%。洞窟内でのキトラとの交戦でナノモル空間濃度77、80%まで上昇)

 巨大な翼を背負った獅子が獅子を振り乱し、暴れ散る。
 丸太の太さの前足が、長いリーチで振り回される。

 私の眼前で、爪が空を切る。キトラが刀で逸らしてくれなかったら首に直撃していた。
 目の前で、手に負えない斬り合いがされるなか、私は一歩一歩近づいていく。

 獅子の脇腹へ向けて、私は魔弾杖を向ける。 ただの〈魔弾〉なら障壁で防がれるだろうからゼロ距離まで詰めた。 

「この絵を描いてたんだよ。斬り合って砕けたヴェールは私の魔力になるからなぁっ!」

 私の魔弾杖の能力は〈収束〉と〈生成〉のふたつだ。
 砕け散ったヴェールが収束し、魔弾として、杖の先端に生成される。
 わかりやすくいうなら、あれだ。

 ――血みどろになって闘った戦士の、血を集めて砲弾にできるような――

「お前の力は私のもの」

 魔力が収束し、魔弾杖の先端に集まる。
 火力が蓄えられて、光球として膨らんでいく。
 あとは射出プログラム。

 私の魔弾は〈荷電粒子砲〉の原理で、ナノモルに荷電を与え、熱粒子を飛ばす。

 制御は難しいし隙だらけだけど、威力だけ絶大だ。
 だからもう少し。あと少し。

 獅子の口腔が私めがけて、かぶりつく。
 ああ、死んだわ、と本能が察知するが構えは解かない。

 キトラが金色の稲穂のような髪を靡かせて、割り込む。
 彼女の肩に獅子の牙が食い込み、ヴェールがひび割れ崩壊を始める。

「調理よろしく。楽しみだよ」

 キトラの軽口が、引き金だった。こいつはピンチでも冗談を吐きやがる。

「おいしく焼くぜ。私の奢りだ」

 負けたくないので軽口で返す。ビビったら負けだからだ。
 ケモノにも。キトラにも。

「しゃ、」

 魔弾杖が唸る。
 ナノモル立体光学干渉プログラム《魔方陣》、最終起動プロセスが完了。

「しゃしゅちゅぅっ《射出》!」

 どうして肝心なときに噛んでしまうのだろう。
 情けない私の怒号をかき消すように、魔弾の極太の熱粒子が洞窟の外へと放たれる。

 熱線粒子は、獅子の障壁を貫き、胴を焼き尽くし貫き、肉へと変えた。
 放たれた熱線は、洞窟から一筋の光条となって空に伸びていく。



 眼前では、竜翼の獅子が倒れ伏していた。魔弾の一撃が胴体、心臓部に風穴を開け、屠っていた。

「私、生きてる」
「君が死んでたら僕が殺してるから。生きてると思うよ」

「死とか殺が会話に混じりすぎてるね。成長期かな? 元気りんりんで何よりだ」
「狩猟のしすぎで、死生観がおかしくなっちゃったのは少しだけ。でも、ふっふ……」
「あんだよ」

「死んだら殺すって。これが本当の殺し文句だね。えへへ」

 キトラは一人で呟き、にんまりと柔らかな笑みになった。
 可愛い顔で物騒なことをいうので正直怖い。 キトラは〈月蝕〉を解除。玉鋼の刀を鞘に収め、洞窟の外へ歩き出す。
 私も立ち上がろうとするが、魔弾杖の反動で尻餅をついていたのでお尻が痛かった。

「た、立てない」
「大丈夫? 背中いる?」

「自分でたてる。君におんぶに抱っこじゃ格好が付かない」
「じゃあ立ち上がる邪魔をしよう。おでこのひとさし指を立てるだけで人間はたてないらしい」

「なんで優しさを出した途端に急にいじわるするの? 0度と100度しかないの?」
「君が素直じゃないから」

 キトラは意地悪な笑みを浮かべ、私のおでこに人差し指を向けた。

「やめろ。力を見せつけようとするな」
「素直に頼ってくれないからかなあ。それにフリを振られた。応えないと」

「私はフリなんて振ってない」
「ルコちゃんは『存在がネタでフリ』だもの」

「ちょろい人間みたいに言わないで」
「さっき、すごい噛んでた。可愛かった」

 キトラは天使のような整った顔立ちで、悪魔めいたえげつない行為をしてくる。
 私は生まれたての子鹿のようにい立ち上がる。キトラの指が私のおでこを押し、起き上がりのこぶしのように倒してくる。
 何度も邪魔をしてくるので、私は指を噛んでやった。

「いっ……」
「お前は上じゃない。私が上だ」
「上も下もないでしょ。ほら」

 指を噛まれたのに嬉しそうだった。今度は無理矢理私の腕を掴み、すとんと立たせる。

「ら、乱暴はやめて。まだお尻が痛い」

 狩猟者のヴェールは肉体を強化するため、飛翔したり擦れたり激しい動きと伴うが、それにしても私は尻餅をつくことが多い。戦闘時は我慢するが、戦いが終わったとくらいは休ませて欲しい

「知らないよ。行くよ」

 洞窟の外にでる寸前、私たちは竜翼の獅子の肉の前で止まる。
 便宜上獅子と呼んではいたが、その表情は獅子と悪魔を掛け合わせたような、融合生物特有の歪んだ顔だちだ。
 高位のケモノとして変異の進んだ怪物だったのだと実感させられる。

「南無」「南無」

 手を合わせ、鎮魂を行った。
 殺した狩猟対象には手を合わせるのが習わしだったからだ。

1‐3 狩猟者達

 洞窟の外にでる。
 山間の荒野を見渡すと、ヴェールが破壊された姿〈水晶殻〉がところどろこに立っているのがみえた。

「小隊の皆は、全滅か」
「全員〈水晶殻(コクーン)〉になってる。死んだ人はいないみたい」
「皆ロストしてるけど。魔力は感じる」
「解放してあげよ」

 水晶殻〈コクーン〉とは、ヴェールが耐久限界を超え、破壊された状態だ。
 ヴェールの容量が肉体をコーティングできなくなると生命維持装置〈セーフティ〉として、ヴェールが変異し水晶殻〈コクーン〉が起動する。
 コクーンとはつまり人類がナノモルにプログラムを与えたことで得た〈死なない技術〉なのだ。

 手分けしてコクーンに声を掛けて廻る。
 竜翼の獅子に勝ったということで安心させたいので、私は陽気な声かけを心がける。

「ねぇ。元気ぃ? 勝ったよ」
『その生意気なガキの声はルコルルだな。ったく。生きてるよ。ありがとう』
「その声は、シムルグさん。いま開けるぜ」

 コクーンの原理はやや繊細だ。
 使用者の全身が水晶で覆われ肺には酸素を含んだ液体が供給。一時間程度、生命維持状態が保たれる。

 狩猟者が闘うのは主にケモノなので『硬い水晶』に『一時間』も護られれば、生存が確保できるが、一時間以上経つと水のようにとけてしまう。
 待ち受けるのはヴェールのない生身の姿だ。人体のナノモル濃度が回復するまで、戦闘はできない。
 コクーンからは早めの救出を心がけるのが寛容だ。

「ぷはぁ! 助かった!」

 ばりぃと音をあげ、孵化をするように髭のおじさんもとい狩猟小隊の隊長シムルグがでてくる。
 水晶殻〈コクーン〉のおかげでケモノ討伐任務の生存率は格段に向上した。結果私のようなお金のない女子高生が、狩猟者として参入できるようになったというわけだ。

「ルコルル。お前は怪我は無いか?」
「大丈夫。楽勝だょ。竜翼の獅子は私ら『だけ』で討伐したからな。最強だろ?」

 コクーンは液体に還元されるため、シムルグのシャツは水浸しになっていた。

「頭はいいのに、言動は大人にならないんだな。つうか。お前が無事なら、キトラも大丈夫だな」
「あー! おっさん、その言い方は私にひどいやつ! 勝ったのは私のおかげだもんね」

「俺はおっさんじゃねえ! ったく。すーぐに調子に乗る」
「確かにキトラは前衛だけどさ。倒したのは私の魔弾だよ」

「あのなぁ。お前もわかってきただろ? 狩猟者は連携が命なんだよ。ガキ同士で張り合うのはいいが、素直になんないと駄目だ」

 シムルグの言うことはわかるけど。キトラにだけは素直になれない。
 どうしてかは、言葉でなんか説明できない。

「私は別に……」
「まあいいさ。今日のMVPはお前らだ。肉の振り分けと報酬も弾んでやる」
「本当!?」
「初MVPだからな。報酬の区分と交渉方法も教えてやる。派遣先によってはピンハネもしょっちゅうだからな」

「ありがと。私は出しぬかれるのが嫌いだからな」
「その意気だ。こんなご時世だからな。お前の良いところは経理がしっかりできることだ」

「キトラの生活与奪は私が握ってるからな」
「『生殺与奪』だ。あと握るとかいうな。お前の悪いところは調子に乗るところだ」

「上げてから落とさないでよ」
「褒めるとすぐに調子に乗るからだ。何事もバランスだ」

 シムルグと共に歩き、周囲に乱立する水晶殻を見つけては、解放していく。
 水晶殻からは「いやぁ、助かったよ」と狩猟仲間のおじさんやお兄さん、お姉様方が現れた。皆シムルグの率いる狩猟パーティだ。
 7人の小隊全員の無事を確認してから、竜翼の獅子の解体作業に取りかかる。

「MVPのお前らは、倍の報酬だ。女子高生だろうが相場は間違えねえ。覚えとけよ」

 シムルグは説教臭いおじさんだが、情報を開示してくれるので、人の良さがわかる。昔はジャーナリストをしていたらしいけど、何かの間違いで首にされ、狩猟の仕事に流れ着いたらしい。

「解体、横でみていい? 慣れなくてさ」
「好きにしろ」

 狩猟者の貢献度は、戦闘と解体に分けられる。
 戦闘で貢献した者は、貢献度によって報酬が高く設定されるが、戦闘結果は水物だ。
 強者であっても開幕即ヴェールを破壊され〈コクーン化〉してしまうのもよくある話だ。 そのため戦闘で貢献できなかった人は、ケモノの肉や素材の解体仕事で給料を得る。

 狩猟者同士の取り決めで、弱い人でも食いっぱぐれないようになっている。
 民間の知恵という奴だ。
 シムルグは獅子の肉を丁寧に剥いでいく。

「こいつ。綺麗なキメラ型だ。竜の鱗まである。素材も高く売れるな」
「おっさんさ。ジャーナリストなのになんで狩猟者なんかしてんの」

 私は解体しつつ、シムルグという男に踏み込んでみる。

「本当のことを書きすぎて干されたんだよ」
「本当のことを書いてるならいーじゃん」
「空気を読めなかったんだ」
「大人の世界って奴?」

「お前らは俺みたいにはなるなよ」
「うわ。ベタなセリフでた」
「うるせ。お前らこそ、だろ」
「別に……」

 また、シムルグのいつもの説教が始まった。 私はスルーしようと押し黙る。

「金に苦労しているのは知ってるがよ。女子高生が。こんな危ないことする必要はねえだろ。」
「つっても。学費足りないし。他に仕事なんかないし?」
「ルコよぉ。お前、C階梯だろ? 女子高生じゃ普通だが、この界隈はキトラくらいの天才じゃなきゃ生き残れねえ。お前は経理ができるんだからあいつの裏方に専念したほうが……」

「私が弱いっていいたいのか?」
「弱くはないが凡庸だ。悪口じゃねえ。命を大事にしろって言ってんだ。ほら肉……」
「あんたでも、言って良いことと悪いことが、」

 言い返そうとすると、横からキトラが出てきて、代わりに肉を受け取った。

「ありがとうございます、シムルグさん。いこ。ルコちゃん」

 怒りの矛先がずらされる。

「待て。追加の肉だ」
「もう貰っただろ」
「MVPだっつってんだろ。報酬はちゃんと分ける」

 私の怒りはなんだかんだで収まっていく。シムルグという男は、本当に善意で私を闘わせたくないのだろうし、彼の「女子供を闘わせたくない」という感性はごく一般的なものなのだろう。

「おっさんのツンデレは流行んないぜ」
「うるせ」

 シムルグから肉を受け取り、私達は肉を焼きに野営に向かう
 討伐任務の後は野営をしながら素材や肉の解体、保存や取り分けを行うのだが、闘いの後の、狩猟肉を食べるのは、何よりの絶品でもあった。

 野営に戻ると、他の隊員が網やプレートを出し火を焚いている。
 その日はテントを張り、7人小隊の皆で火を囲んで夕食にした。
 必然、身の上話をすることになる。

『女子高生なのに狩猟者なの?』
『若いのに大変だねえ』
『もしかして家が大変とか?』

 などと根掘り葉掘り聞かれることになる。 火を囲みながら私は、『学費を貯めたいんですよ』など誤魔化す。
 キトラはというと結構な人見知りなので、多くの人に囲まれると、死んだふりをする蝉みたいに無言になる。
 今も黙ってひとり肉を食べるマシーンと化していた。
 なので大勢の状況では、私が話してやることになっている。

『この肉も食べな』
「ありがとうございますぅ」

 シムルグにはため語だが、私は世間的な応対は実はそこそこできるほうだ。

『学生なのに狩猟でお金を稼ぐなんて。偉いねぇ』
「それほどでもないですぅ~」
『捌いた分はお土産で渡すよ。学費のたしにしな』
「恩に着ます~」

 狩猟者の方々は優しくしてくれる。
 私は笑顔を張り付けて、お礼を述べる。
 本心は決して表にださない。

(ふぅ。擬態成功)

【子供で学生なのに、戦いに身を投じてまでお金を貯めている】

 その本当の理由は、誰にも話さない。

(きっと話したら。荒唐無稽と一笑にふされる)

 私は故郷の海と、水平線向こうにそびえる、天からの滝を思い出す。
 誰も超えたことのないとされる〈大海嘯〉。

 空挺を飛ばしても特殊な磁気嵐で破壊される。不条理な閉塞。
 滝の先には前人未踏の大陸〈未開域〉が続いているというが、誰もわからない

 15歳になっても私は【誰も超えたことがない大陸】に行きたかった。
 死ぬようなことをしてでも、大海嘯を超えてみたい。

 これが私の本心。

 表だって口にすれば、異常者の思考と笑われるだろう。
 共有できるのはひとりだけ。

 背中越しで猫のように丸く眠る、稲穂の金髪の、〈戦闘の天才〉だけだった。

1‐4 お嬢様で狩猟者で異端者

 放課後。私達は狩猟者として賭け試合をしている。
 街の広場には、狩猟者のコミュニティがあり、ヴェールによる試合を行うことで腕を磨き合っているのだ。

 ストリートの賭け試合は個人の裁量でできるので、たまに主催しては学費に充てるお金を貰っていた。
 もちろん闘うのはキトラで、賭けの主催者は私だ。

 キトラのヴェール時の動きは、人間のそれを超えているどころか、狩猟者の常識を凌駕している。
 
「な、なんだ?! この女の子は?!」

 キトラは高い跳躍と同時に縦回転。落下と交錯の間際、モヒカンの斧戦士が、驚愕するやいなや、ヴェールの肩口から亀裂が入る。
 魔素障壁を切り裂くことに特化した月蝕刀が、モヒカン戦士のヴェールを一撃で破砕。赤い魔素粒子を散らす。

「まだ、まだだ!」

 コクーン化が始まる前に、斧戦士が両腕のバトルアクスを振り回す。
 戦斧の乱舞は重さに任せた鉄の嵐だ。

 ヴェールのなかった中世以前の〈生身の闘い〉ならば、周囲2メートルの人間が肉塊になっていただろう。

 キトラは斧の乱舞をすべて、玉鋼の刀で捌ききる。余計な殺生をしない主義なためか、すべての戦斧を捌ききると、モヒカンのヴェールが完全崩壊。全身が水晶殻に包まれ、膝をつく。

「ま、まいった……」
「いい試合でした」

 キトラは水晶殻のモヒカンへと刃を向け、見おろした。

「や、やるな、嬢ちゃん」
「いえ。斧の一撃を受けていたら、負けていたのは僕でした」

 キトラは礼儀正しく、相手を立てることも忘れない。なので不思議と敵をつくらない。
 稀に喚いてくるクレーマーもいるが、その場合は私が法的措置に繋げて徹底的に追い込むので問題ない。

 シムルグなど狩猟者協会に詳しい大人と繋がっているのが、賭け試合でも役に立っているわけだ。もちろん非合法だが。

 キトラに挑んでくる人は様々いた。
「女子高生だと思って油断したぜ」と舐めてかかってくる奴もいれば、素直に強い大人もいる。

 いずれにしてもキトラの(私の前衛の)戦闘経験値になるので、放課後の賭け試合は、ケモノの狩猟がない日の【もう一つの収入源】である。

 キトラの戦績は88勝7敗。
 敗北したときは、心も懐も痛む。賭けのお金は、すべて私持ちだからだ。

 キトラが闘う係なので、経済リスクは私が背負うのが筋というものだろう。

「今月の寮費と学費は、おつりが来るな。ほら明細。確認しろ」
「計算はいらない。いい加減ルコちゃんに全部任せるよ。信用してるし」

「だーめ。ちゃんと自分でも計算するんだ。ピンハネされるのが世の常だ!」
「ルコちゃんはピンハネしないでしょ。僕はいーんだよ。良い修行になってる」
「私以外と仕事したときどーすんだよ」

 キトラは無言で水のボトルを飲む。唇が艶々だ。
 いつも汗まみれで闘ってるくせになんでこいつは綺麗なのだろうと、ムカついてくる。

「しないし」

 キトラはぽつりと呟いたが、意図がわからない。
 人見知りだろうが狩猟者をしている以上は、大人になったら色んな奴と交渉しなきゃいけないのに。

「卒業までに人見知りは直しておけよ」
「僕が完全無欠になったら困るのは君」

「逆だろ。貧乏剣士。私は金くらい稼げる」
「辺境出身で仕事がないから狩猟しかないって嘆いたのも君」

「私は魔弾だけでも強いもん」
「じゃあこんど闘(や)ろ?」

「お前とはご免だ。人外と闘う趣味はない」
「限界を超えないと強くなれないよ! ファイト!」

 戦闘民族には付き合っていられないので、無視。
 荷物を持って闘技場を出た。今日は賭け試合の他に目的がある。
〈焚書屋〉にいって情報収集をするのだ。


 賭け試合の後。私たちはお金を持って〈焚書屋〉に向かっている。
 煉瓦造りの古い街から駅前通りを渡り、町外れへ歩く。
 通っている高校はこの辺りでは最もお嬢様な【桜蘭館女子学園】なので、帰り道に焚書屋なんぞに足を運ぶのは褒められたことではない。

「ルコちゃんの耐久限界が知りたいんだよね。今度。殴りあいしない?」

 先日から感じていたが、キトラがおかしなことを言ってくる。適当にあしらう。

「私は頑丈だから殴り合いは必要ないぜ。この駅前も廃れたなぁ」
「耐久限界って普段はわからないからさ。ちゃんと知りたいんだよね」
「ヴェールがあるから吹き飛ばされた程度じゃ死なないだろ。十分頑丈だよ」

 駅前ビルの電光スクロールでは『食料がない』というニュースが流れる。

 この天帝ルガツ皇国では多くの人が肉を食べることができず、栄養失調になっている。

 農家の周囲では不審な火災が発生し、年々被害が増えているという。
『ケモノの仕業だ』『狩猟者は何をしているんだ』と叩かれるが、ケモノがいるのはもう100年前からだ。

『養鶏場が燃やされました』とニュースが流れた後に、『虫を食べましょう』というコマーシャルが流れる。
 駅中通りではお肉屋さんが潰れ、『実際安心研究ラボ』という名前の虫を売る店が並び始めた。

 畜産場が燃やされると同時に虫が普及するなんてあまりにできすぎだ。

 私は『見えない部分で進行するシステム』を感じる。
 だけど『見えないもの』『背後にあるもの』を洞察すると、多くの人間に『お前は頭がおかしい』と言われるので、口には出さない。

 私の最終目標は〈大海嘯〉だから。
 抜け出すことだから。

 世界のおかしさをうっすら感じていても、関わるつもりはない。

「やっぱり一回殴り合った方がいいと思うんだよね」
「脳筋すぎて怖いわ~。脳みそをシェイクしてクリーンナップした方がよさそうだな」

 今はこいつの殴り合い欲求を回避したい。

「脳をシェイク。それはつまり殴り合いオーケーということかな」
「撤回する。君の脳みそは実に柔軟だ。殴り合いなんかしたら、大変だ」
「……優しくするよ?」
「殴り合いで優しくするとか意味不明だからね」

「狩猟者だからさ。僕らの関係も治安を悪くした方がいいのかなって」
「相棒と殴り合う奴がいるか」
「相棒……。そだね。ふふ。えっへへ」

 キトラが素直にデレていた。私も恥ずかしくなってくる。

「楽しみは来世までとっておこう」

 不穏な一言をスルーしつつ歩いていると、シャッターまみれの商店街のはずれに【焚書屋】が見えてくる。
 小汚い半開きのシャッターをくぐる。ガラスの向こうには古い本がみえる。
 一見するとゴミの山だが、私にとっては情報の宝庫で小さな楽園だった。

1‐5 焚書屋にて


「やぁ店主」
「いらっしゃい……。なんだ。お前らか。ジャリ共」
 焚書屋と呼ばれているサングラスの男は私たちを一瞥し、すぐにスクロール《ナノ立体光学端末》に視線を戻した。
「店主。特A焼失対象は残ってるか?」
「ったく。お前らは深入りしすぎだ。桜蘭女子なんだろう? お嬢様は帰んな」
「お嬢様だが狩猟者だ」
「見た目だけはお嬢様なんだがよぉ。世の中禁書ばっかりなんだから。お前らが知りたい情報は法律スレスレなんだよ」
「金ならあるんだぜ」
「どうしてもっていうなら特A肉チケットと交換だ。いじわるにみえるだろうが。これは親切からの忠告だ」
「あるよ。ほら」
 私は懐から特A肉チケットを取り出す。今やお肉はチケット制だから、こうした交渉に使える。
「マジかよ。特A肉だ……」
 焚書屋の店主はサングラスをずらして驚く。「こないだMVPになったからな。親切が空回りしたな」
 私は、賄賂のごとく――というか実際賄賂として――特A肉チケットを渡した。
「もの好きなガキめ。ほら。倉庫の鍵だ」
「ありがとぅ」
 焚書屋は中枢宮から委託され、過去の本を燃やす手続きをする施設だが、この〈焚書屋〉は、本を燃やさずに保管している。
 ここにはトリックがあった。
 世界中では焚書政策が行われ、本を燃やすことが美徳とされている。
 図書館などの公共施設の場合は『国家に逆らうことができない』ので、中枢宮に『燃やせ』と言われれば燃やしてしまうが……。
 個人経営の焚書屋は、自分から『焚書します』といえば管理は自在だ。
 焚書をするという建前で、禁書本をストックしているのだった。
 焚書屋は私たちにとって、図書館よりもずっと図書館だった。
「文字が読めなかったガキ共が。まさか本当に狩猟者を続けてるとはな」
「こないだは変異した獅子を狩ったぜ」
「認識を改めるよ。お前らはもう〈リリウム〉と呼んだ方が良さそうだな」
 リリウムとはヴェールを駆る【少女の狩猟者】を指す言葉だ。
 スカートやら制服やらのままで、ヴェールを纏い闘う影が、花に似ていることから名付けられたらしい。
 私は〈リリウム〉という呼称を、素直に受け取ることはできなかった。おそらく戦乙女〈ヴァルキュリア〉のように、象徴的な意味があるからだ。
【弱さ】と【希少性】。
 リリウムというのは要するに少女の狩猟者が物珍しいからだ。
 弱くて珍しいから名前を付けることで、願掛けとか庇護対象とか旗印とか、そういう意味を持たせている。
 現在この星竜世界で勃発した、北方戦争や、中緯度抗争にも少女のヴェール使いが旗印として〈リリウム〉と呼ばれている。
 ヴェール技術は人間の生存性能を高めたが、同時に戦闘を身近(カジュアル)にし、同級生の男の子も多くが徴兵された。
(私は戦争は否定しないがな。学園を卒業したら軍人になる選択だってあるんだ。〈リリウム〉なんて呼ばれて旗印になるのは十分あり得る話だ。だけど……)
 地域でケモノを狩る、期待の英雄。
 武器を狩る少女の象徴。こうした英雄像の裏に、私は出しぬかれているという感情を得ている。 
(戦争を引き起こしている武器商人の企業。法律を手中にしたい上級人種……。結局、戦争の狂騒なんてのは、上位の人間に市民が煽られ【利用されているだけ】って見え透いちゃうから。嫌なんだ)
「この棚が今月の焚書だ」
 焚書屋に案内され、私は我に返る。
「いぇい」
 私とキトラはは焚書本もとい【焼失対象本】を漁り始める。
 私は【大陸の果て】という黒い本を手に取った。
 キトラは【重力と惑星】という赤い本を開いている。
「僕は【惑星】を調べたいって気分だ」
「じゃあ私は【暗黒大陸】だな」
 狩猟者の傍ら。焚書屋を調べる。
 手分けしてこの〈星竜世界〉のことを調べるのが、放課後の日課だった。


「暗黒大陸の〈大海嘯〉には、ひとつだけ侵入ルートがあるらしいぜ」
「上空は磁気嵐に覆われたグランドストリームと呼ばれている。空挺(ヴァンシップ)は全て墜落してしまう」
「【光る滝】は昇れるはずなんだけどな。そっちの【惑星仮説】はどうだ?」
 読書の静寂の合間を縫って、互いにぽつぽつ話し出し、知識を交換していく。
〈昇れない滝〉、〈踏み込めない大陸〉、〈空を覆う磁気嵐〉……。
 先人が超えられなかったものを超えるためには〈失われた知識〉が必要だった。
 もう三年もこうして、焚書屋の一角で、調べものに明け暮れていた。
「この世界は惑星と言われてるけど。もし惑星なら球状のはずだ。だけど暗黒大陸の向こう側は地図で確認できていない」
「星竜世界の〈コロニー仮説〉か。やっぱり閉じ込められている」
「わかるよ」
 キトラは何故か嬉しそうに口元を歪める。
「なんで笑ってんの?」
「同じことを考える人がいるだけで、嬉しいものだ」
 このとき私は【仲間を集めて未開域に行きたい】と言いかけてやめた。何度かキトラに話していたが、なぜか口にだせなかった。
(そうか、これは……)
 私は【現実】がわかってきている。
 海を渡る渡航費。
 大海嘯を超える〈空挺〉を買う費用。
 未開領域の手強いケモノに太刀打ちできるだけの戦闘力……。
 渡ったことのないものを渡るための、組織運営費。
 大海嘯を渡るという想いと、あまりに途方もない【必要経費】に『大人の私』は引き裂かれようとしていた。
「ルコちゃんと〈世界の秘密〉を話すのは好きなんだ。僕はこうして話すだけでも」
 キトラもよくこうして『滝超えなんて実行には移さない』と、醸してくる。
 だから私は強気になる。
「日和ってるなよ」
「僕はルコちゃんが死ぬのが嫌。せめて階梯は同じにしてくれないと」
 狩猟者には階梯がある。1から7まではA~Gで表記され8階梯以上は数字表記のシステムだ。私は狩猟者としてはC階梯。キトラはG階梯である。なんだかサイズに似ている気がするが気のせいだ。
「階梯は、あれだ。試験内容が私に向いてないだけだ」
「強がる元気があるならいい。ならなおさら」
 キトラは妖艶な笑みになる。
「今度こそ僕と殴り合いを……」
「そこに戻るな! 私は君とはやらん! それに前衛と後衛で……」
「だめかぁ……」
「だーめ」
 キトラはちらりと眼だけで伺ってくる。外側だけみればキトラは控えめな性格の女の子で、おくゆかしいが、頼み事の内容は実際私の破壊だ。あまりに野蛮である。
「どうしても?」
「どうしてもだ。奥ゆかしく頼んでも駄目だからね!」
 薄闇の夕方。本棚に満ちた空間で、壁に追いやられている。身長差があるので、制服姿のキトラが視界いっぱいになる。
 薄い夕焼けが、窓から射し込み、綺麗な口元を照らす。
 唇が、何か言いたげに開き賭けては閉じる
「僕はルコちゃんには感謝している。だからこそ、ね。はっきり言わないとって想っていた」
「なに、を……?」
 秘めていた想いという奴なのか?
 顔がいい女なのでやけにドキドキしてくる。いやまあ私も可愛い方だとは想うけど。キトラよりは人を選ぶ可愛さだからな。
「正直に言うね」
 焚書屋の本の重なる一角で、キトラの目が色を帯びる。
 私はうまく反応できず、後ずさるも……。
「君が弱すぎるから」
「は?」
 途端に、世界が反転した。
「その強さで未界域に行くなんて、大言壮語もいいところなんだよ」
「……はぁ?」
「いままでの狩猟では僕が守っていたから、ルコちゃんは死ななかった。でもいつ壊れちゃうか不安で不安でしょうがないんだ。それでも君は無茶ばっかりする。今だって〈渡り〉を現実にしようとしてる」
「……言いたいことはそれだけか?」
「今のままで。本を読んでるだけで良かった。星竜世界の矛盾とか閉じ込められている感じは、ルコちゃんだけが同意してくれたから。ふたりで焚書屋の禁書をみて、未界域のことを想像して。それだけで。君がいつか死ぬよりかは、夢は夢のままでいいって思ってた」
「私が雑魚だから、実現不可能とでもいいたいようだな……!」
「死ぬよりはマシだよ」
 キトラの言動は不器用だが、こいつなりの心配からでた言葉だったのだろう。
「舐め腐りやがって……。竜翼は私がやったのに!」
 だが正面から弱いと言われて、怒りが湧かないはずがはない。
「僕がいなければ、戦闘にさえなっていなかった。瞬殺されて終わりだ。ヴェールがあっても、コクーンを剥がされれば人は死ぬ。死んで食われる」
「知ってるさ」
「だから殴り合いで。【証明】をしてほしいんだ」
「前衛だの後衛だのと言い訳をして逃げていたのは私のほうだったな」
「優しくするから。だから……。【ルコちゃんは死なない】って、思わせてよ」
「要するに私を雑魚って思ってるんだろう」
「………ぅん。正面からそういった」
 私をキトラの制服の襟首を掴む。眼を合わせるのが苦手なのか顔を背ける。
「気遣いはいらない。本気でこい」
 綺麗な白い首筋が夕焼けに照らされる。
 キトラは、睨む私とおずおずと目を合わせる。
「決闘、成立だね。ふふ」
 キトラは陰の者らしい、気持ち悪い笑みを浮かべた。
「お前らぁ、何やってる?!」
 騒ぎを聞きつけたのか焚書屋が飛んでくる。「なんでもないです」と声が被る。
 同じ学生寮に住んでいたが、帰りは別々に帰った。
 決闘の日時は明日。場所は校舎裏の山だ。
 戦闘経験はキトラが圧倒的に上。階梯差もある。
 だからこの勝負は、勝ち負けじゃないってわかってる。
『守られる相手なんかじゃない』ってことを、はっきりさせるための通過儀礼。
(と、いうのはキトラもわかってるだろうが、こんな心がけじゃあ駄目だ。勝つ気でやる)
 力の差なんか関係ない。
 私は眠るときも、キトラを倒すための思考で頭をいっぱいにした。

2‐1 第七皇女

二章 第七控除と狼と茶室


 桜蘭館女学園の教室の隅にて。
 リルカ・ルガツ・アイテールはふとささめき声の噂を聞いた。

『あの人達、血なまぐさいですわ』
『ケモノを狩ってそのお金で学校に来てるのですわよ』『そぐわないですわね!』

 ふとしたクラスメイトの悪口だった。
【あの人達】が誰を指すのがリルカにはすぐにわかった。いつも目で追っていたからだ。

『血なまぐさい、狩猟者のふたり』とは、ルコ・ルルカロスとキトラ・ハトウィンのことだ。

 リルカは別のクラスだったが、体育の時間や放課後などふたりを観察するのが日課になっていた。
 立ち上がり廊下に出ようとすると、声をかけられる。

『皇女様。ごきげんよう』

 血なまぐさいよね、と影で嘯いていたクラスメイト達はリルカを前にすると、途端に笑顔を張り付ける。

「ええ。ごきげんよう」

 リルカも笑顔を張り付けて、会釈を返す。
 天帝ルガツ皇国第七皇女としてこの桜蘭館女学園に通っていたが、第七皇女という高い身分は他人との壁だ。

 皇女という肩書き一つで、無数の壁が生じてしまう。
 崇拝。恐怖。引け目。羨望。あるいは同情……。

 ゆえにリルカは二年生になっても、友人と呼べる人はいなかった。
 おまけに護衛として常にアサシンのマティに監視される始末だ。

(家に帰れば習い事。家庭教師に見張られて……。マティは嫌いではないけれど)

 第七皇女としての儀礼を学ぶという名目で、茶道や書道、華道などの皇国文化をたたき込まれる。
 他人に決められた行事で、綿密に管理されて自由な時間なんてどこにもない。
 まるで牢獄のような人生だ。

『血なまぐさいよね』

 脳裏であの悪口がコダマしている。
 狩猟者のふたりは、ケモノを狩って学費を稼いでいるかららしい。

(自分でお金を稼ぐのは立派なことなのに)

 リルカはふたりに憧れを持っている。
 狩猟者とは、辺境に住まう身分の低い存在だと教わった。
 だがケモノの蔓延るこの世界で、街の人間が生きていけるのは狩猟者のおかげだ。
 連日、辺境の街では人がケモノに喰われるニュースが流れている。ケモノは年々巨大化し、強くなっていく。

(血なまぐさい、というのは私たちを守ってくれていることだ。それをまるで侮蔑をするように言うなんて……)

 リルカは二階の廊下の窓から校庭を眺める。
 校庭を歩く女学生達をみつつ、リルカはガラスに映る自身の姿と対峙する。
 ウェーブのかかった赤髪。
 容姿は整っている方かもしれないが、特別絶世の美女というわけではない。

(どうして私が皇女なのだろう)

 身体能力は平凡。勉強も人並み。
 噂をされることだけは、人並み以上。

(このまま人形として一生を終えるのかしら)

 家に帰れば宰相との会合やら家庭教師やらが待っている。
 意思なんか関係無しに、言いくるめてくる大人たちをやりすごすのが、生活の大半だった。

 リルカは高校生になってから、皇女という立場を俯瞰でみるようになっていた。

 まるで囚人と変わらない。
 だからこそ狩猟者に憧れていたのかもしれない
 戦闘と殺戮が、人生に組み込まれていても。

 生き物を殺すことは残酷と噂されるけど。

 皇女として政策決定を行い、『命の選別をすること』と何が違うのだろう。
 リルカは政策決定がつまり選別なのだと理解している。世界の仕組みを制定することは綺麗事にはならない。誰を救い、誰を救わないかの問題が常に付きまとう。

(血なまぐさいなら私だってそうだ。ただ匂いがないだけ。欺瞞があるだけ。それなら狩猟者のほうがずっと、輝いているわ)

 辺境に生きケモノを狩ることは、中枢貴族からすれば侮蔑対象だが、市井の民からみれば英雄だ、とリルカは考える。
 何より生命体として、リルカよりもずっと強い。

「闘うって。どういうものなのだろう」

 校舎を眺めていると、黒と桃色の髪の小柄な少女と、稲穂のような髪の少女が連れだってあるいていた。

(あのふたりだわ!)

 リルカは窓をあけ、歩く背中を遠目で観察する。
 うっすらとだが、会話が聞こえる。

『今日は殺す』とか『無理だと思うけど?』など。

 すべては聞き取れないけど、険悪な雰囲気だ。背中には布に包まれた長い獲物が背負われる。魔弾杖と、狩猟刀なのだろう。

(もしやふたりは殺し合いを?)

 物語の世界では人物が『殺す』と言うのを見たことがある。
 だけど現実でそんなことをいうなんて、大変なことだ。
 リルカは走り出す。

『お嬢様』

 影から肩を掴まれた。透明化しつつ護衛をしているアサシンのマティだ。

「離しなさい。喧嘩なら止めないと!」
『承服しかねます。義理がありません』

 護衛のアサシンはいつも正論を言ってくる。だけど今回ばかりは駄目だ。 
 肩を掴まれながら、リルカは走ろうとするもびくともしない。足ばかりが空回りする。

『私は自由なあの人達が羨ましかった。なのに殺し合いだなんて……。いけないわ!』
『あれは冗談でしょう。ただフレーズとして口についているだけです。言語学者の研究によると人間の言葉は、その25%しか現実の意味と合致していないそうですよ。人類とは愚かなものですね。ふふ』

「マティの蘊蓄は嫌いではないけれど」
『恐れ入ります』

「では、マティは、殺すと思っても殺さないの?」
『何度か暗殺をしたことがありますが。殺すと思う前に行動すれば相手は死にます』

「やっぱり駄目じゃない!」

『あの者達が、言行一致とは限りません。所詮は殺すと喚いているだけのお猿さんです」
「ルコもキトラも弱いってこと?」

「とるに足らない者です。姫様が手を煩わせるまでもありません』

 密かに憧れていた人を馬鹿にされ、リルカは護衛のアサシンに怒りを覚えた。

「私はいくの! 離してよ! 私に危険が及ぶならあなたが守ればいい」
『それはそうですが……』
「ルコもキトラもあなたにとっては、弱いんでしょ! だったら楽勝だよね」

 アサシンは一瞬押し黙る。

「いいでしょう。ヴェールは纏ってくださいね」

 耳元で声が囁かれ、リルカの肩が離される。

(今。マティの声が揺らいだような)

 冷淡なアサシンが動揺を見せていた。いつになくリルカは挑発してみたのだが、効果的だったようだ。自由に歩けるようになる。

(ふたりには、仲良くして欲しいの!)

 ルコもキトラもまだ友達ではないけれど。
 学校で浮いている者同士だから、不幸な方向には流れて欲しくなかった。

2‐2 ヴェール戦闘


 校舎裏から裏山のグラウンドに出ると、使われていない旧闘技場があった。人の気配はなく、ヴェールで闘うにはもってこいの穴場だった。
 私とキトラは、17メートルほど離れて対峙する。
 制服の上にヴェールを起動。頭部や掌もまたナノモルの障壁で覆われ、防御は万全。ヴェールの良いところは、全裸でも関係なく防御力があがるという点だ。

「はっきりさせてやる。私はお前に守られるだけじゃない」
「知っている。ルコちゃんがいなければジリ貧な闘いもあった。だから少しは楽しませてね」
「舐め腐りやがるのは、脳みそだけにしておけ」

 キトラが玉鋼の刀を取り出し、刀身に〈月蝕〉を顕現させる。
 私も魔弾杖を構え、魔法陣を展開する。
 相棒だと思っていた奴が、喧嘩を売ってきたんだ。容赦はしない。

(私をあえて挑発してる節もあるがな。ならばこそ乗ってやるさ〉

 杖と刀が向き合う。
 ヴェールの魔素が練り上げられ、風が乱れる。

 鳥が飛び立つのが【合図】になった。

 私の魔弾杖からは、先制の魔弾。魔素粒子の散弾が放出される。

 キトラは残像になって走り出す。弧を描く軌道で、刃を構え接近。
 散弾は掠りもせず遠くに消える。

(当たらないのは、知ってるよ)

 中距離からの月蝕刀の薙ぎ。刀に宿る魔素が斬撃と共に弾け弾幕と煙幕になる。近接系でも魔素を飛ばすことはできるので、魔弾ほどの威力はなくても、目くらまし程度は立てれる。

 煙幕の中で、キトラはさらにギアをあげ加速。
 グラウンドの土煙と斬撃から放たれた魔素の中、金色の残像がスカートを翻し、私の死角に入り込む。

 接近を許してしまった。おまけに姿も朧。

 如何なる角度の斬撃が飛んでくるのかが読めない。
 私に有利はない。なにせ足が早すぎて見えないのだ。

 ヴェールの強化された筋力によって、キトラは滑空じみた低い姿勢で、私の領域に食い込む。
 月蝕刀を肩に担ぐことで、魔力と体重を乗せた、ぞるんとした一撃必殺だ。

 躱せない。私の鎖骨から、胴体にかけて斬撃が走る。

「ふにぃ!」

 肋が折れるほどの衝撃と共にヴェールが切り裂かれ耐久限界を超え爆散、無惨なコクーンに成り果てる……、ということはもちろんなく、私は数メートル後ずさるのみだった。

「?!」
「読み通りだよ」

 魔弾杖を構え反撃。
 二度目の散弾はキトラの全身を掠めた。至近距離の散弾なら回避は難しい。
 キトラのヴェールの装甲が散り、赤い粒子が舞う。

「刀身が粘ついている?!」

 キトラはダメージを受けたことよりも、斬撃が通らなかったことに驚いていた。

「君の斬撃の軌道に〈冷却機構〉。つまりスライムを生成しただけだよ」

 私の胴体にはむにむにと粘液が蠢いていた。
 魔弾を放つとき私は、自身への輻射熱を防ぐため、〈収束〉の力で、ヴェールを構成するナノモルの配列を変更し〈冷却機構〉としてスライムを生み出している。

 魔弾を冷却するためのスライム生成を防御に利用していたのだ。
〈冷却スライム〉を使えば斬撃を受け止めることもできるという寸法である。
 冷却機構のスライムを防御に使うのは良い副産物といえるだろう。

「自慢の刃もかたなしだな!」
「全身に纏ったら動けなくない?」

「斬られる瞬間だけ浮かべるのよ。私なりの神業ってわけ。私は無傷。君はドロドロ」
「……スライムじゃない場所を切ればいいのでは?」

「君の斬撃なんか見切ってるぜ」

 もちろん嘘だ。人外の斬撃なんか見切れはしない。スライム防御ができたのはキトラの斬撃の速度や癖を知っていたからだ。

 何度も続かないのは承知。
 勝負は精神を削る闘い。
 偶然の成功でも100%に見せることが大事なのだ。

 真顔だったキトラが、不敵な微笑になる。

「『心配』は撤回する。ルコちゃんはしぶとく死なないタイプだなってわかった」
「『心配』は消えたか? じゃあ私の勝ちだな」

「勝負は続けるけど」
「そ、そ、そりゃ当然」

「動揺してるね」
「してない。より明確にこれから、君を屈服させてやる」

 私は粋がって魔弾杖を向ける。キトラはなぜか照れた顔。

「今は……。僕が『君を最初に壊しておきたい』って思ってる」

 よくわからないことを告げるや、彼女の艶然の笑みからは殺気が溢れた。
 私はぞわりと悪寒を覚える。

「『壊しておきたい』って?」
「そのままの意味」

 斬撃と回避をしつつ、会話継続。

「私のことは、『心配』だったんじゃないの?」
「『心配』だった! ルコちゃんが他人に傷つけられるのは嫌だった」

「だよなぁ」
「『僕じゃない他人に傷つけられるのが嫌』って意味だよ」

 あれ? 流れが変わってくる。
 基本は優しい奴なはずなのに。

(駄目だこいつ。眼が嗜虐の色を帯びている)

 キトラは残像となり瞬時に眼前に躍り出る。姫めいた顔立ちが、真っ黒な眼光で迫る。
 逆袈裟切りが私のヴェールを切り裂く。瞬時にスライムの展開に成功。「ぴぃっ!」と変な声が出るが恥じらいは忘れる。

 びちゃびちゃと粘液が飛び散りつつ、ヴェールまで斬られた。ナノモルの赤い粒子が舞う。
 キトラの刃の踏み込みは鋭くなり、ダメージが通っていた。

「人に取られる前に、壊しておきたいってこと」
「本心を伝えてくれてありがとう」

 私は怖いので舌戦でごまかす。

「私だって。お前の方が強いみたいなのが気にくわなかったんだ。C階梯の私がG階梯の君を狩る。ざまぁないな。屈辱だな! 君の脳を、破壊してやる!」

 やばい奴なのは知ってたし狩猟仲間同士で試合ってみることにも躊躇があったけど。
 こいつがその気なら、もう仕方が無い。

「挑発する前は煽ったけど。階梯抜きにして僕はルコちゃんを買ってる。一度本気の全力で、やりたかった」
「お前の煽りは知ってたよ。あえて気づかないふりをしていただけだ」

 気づかないふりをしている。
 キトラは私と戦って、どっちが上かをはっきりさせたいと解釈しているのだが……。

 裏に、別の意味が、あるのだろうか?
 キトラから私への感情の【裏の意味】に気づきかけるも、振り上げられる剣閃を前に、それどころでなくなる。

「強がってるところ可愛い……。あとは君を狩るだけ」

 キトラは口下手だが、言いたいことがよくわかった。

(こいつに真意なんてねーよ)

 要するに、私との闘争の一線を越えたかったというわけだ。
 なんのことはない。運動部で、ふと試合ってみるような。

 互いの関係が揺らぐとしても、力比べをしてみたいってだけの話だ。
 私は魔弾杖を構え〈生成〉を起動。魔方陣を展開する。一撃を見舞おうと照準を合わせた。

2‐3 割り込んだら消し飛ぶ

 現在、私が使えるヴェール能力は〈魔弾〉とその〈冷却機構〉のスライムみだ。
 対するキトラも実にシンプル。玉鋼の刀にヴェールを相殺する〈月蝕〉。それに超身体能力だ。私をお姫様抱っこして全力疾走できるのだから、速さやパワーでは当然及ばない。
 正面から切り結ぶのは愚策……。

(と思うことも、こいつは見越してんだろ)

 なので私は〈正面〉からは逃げない。
 月蝕刀がひうんと空を斬り、私は三度目のスライムを展開。
 斬撃に合わせて、私の胴体を粘液の防御が包み込むも、キトラの重心が真横に傾く。
 スライムの合間を縫って、脇腹に刃を入れるつもりだろう。キトラは滑空姿勢から、横薙ぎを放つ。

(たぶん斬られる)

 キトラはすでに私の懐に入っている。魔弾杖の死角だ。さっきのような散弾も当たらないだろう。こいつは横に避けられないからと前にでてきたのだ。
 私は至近距離で散弾ではなく〈自爆〉を選んだ。

「暴れろ」

 私は〈魔弾〉を放つと同時に、魔弾杖から手を離す。
 魔弾杖は魔素粒子を放ちながら回転。懐に入られ、もはや当たらないはずの魔弾だったが、ぐるぐると不規則回転をしたことで、あたってくれた。
 キトラのヴェールの表面を焼き穿つが前衛の剣士なので当然、怯まない。

「武器を離した。これで終わりだ」
「ああ。私はもう終わり。終わり終わり! ひと思いにどうぞ」

 私は口では諦めたことを言ってみる。両手を開き、斬撃を受け止めようとする。
 もちろんこいつの剣を躱せるわけがない。

『ぼっ』とヴェールが粉砕、粒子が舞うが、私はまだ死んでいない。

「また粘液? 往生際が……」

 実際私は往生際が悪かった。
 冷却機構のスライムで受けつつ、指先からのスライムを伸ばしている。

 その先端には、投げたはずの魔弾杖。スライムも魔力の一種なので魔弾杖の引き金を引けるのだ。
 遠隔操作の魔弾をキトラの背中へ照準。

「とった」

 死角から放たれた魔素粒子は、首を動かして回避された。

「ひやひや、した」
「なんで、わかるんだよ」
「こっちのセリフだ。なんで生きている?」

 スライムで魔弾杖を回収しつつ、距離を取る。仕切り直しになる。

 キトラの持つ『心配』だとか。
 私が感じた『舐められている』だとか。

 もはやどうでもよくなっていた。
 もう、闘っちゃったんだから。

 ただ、こいつを吹き飛ばしたい。
 それだけの思いで、いっぱいになる。

「砲台役は伊達じゃない」

 私は巨大な射出魔方陣を展開。切り結ぶ中で、高火力魔弾の生成を溜めていたのだ。
 出力は竜翼の獅子を撃破したときと同様。キトラに避けられるかもしれないが、もうこれしか方法がない。

 当たれば勝ち。外れれば負け。
 キトラは嬉しそうに月蝕刀を担ぎ、底意地の悪い笑みを浮かべる。

 そのとき。
 視界の端に、制服を着た少女が佇んでいるのが見えた。

 少女の周囲には空気の揺らめきがあるのでヴェールを起動しているようだ。
 だが私の魔弾の射線上にいる。放てば、巻き込まれる位置だった。

「ふたりとも! やめなさい! 喧嘩はよくないわ」
「誰だよ。てめーは」

 雑に返してみたが、ふと脳裏に過るのは【不敬】というイメージだった。
 この少女はもしやこの桜蘭館女学園で噂になっている、第七皇女ではと直観した。
 次の瞬間。キトラは皇女らしき少女とは別の気配に反応する。

「ルコちゃ、後ろだ!」

 遅かった。私のヴェールの首筋に刃が走っていた。
 ハスキーめいた声が耳元で囁かれる。

「姫様を前に不敬だ」

 刃の主の姿は透明だった。透明ということはアサシンなのだろう。
 アサシンの声で私は少女が皇女だと気づかされる。

「やめて……、マティ! 私はふたりの喧嘩を止めたいだけなのに!」

 皇女の叫びと私のヴェールの破壊は同時だった。
 全身のヴェールが崩壊し、私は水晶殻〈コクーン〉と成り果てる。あっさりと撃破されてしまった。アサシンの刃は致命傷だったのだ。

(皇女のアサシンが、護衛がてら私らに不意打ちをしてきたってわけね)

 水晶殻に包まれながら考える。
 キトラとの戦闘が、第七皇女様の危険になったため、護衛がでてきたということだろう。

(ふざけやがって)

 しかし私達は戦闘にあたって、わざわざ人気無いグラウンドを選んだのだ。
 介入してきたのはそっちだろう。皇女が何かを叫んでいる。

「やめなさい、マティ! 私は喧嘩を止めたいだけなの! ヴェールもあるからビームじゃ死なないわ!」
「姫様に危害を加えるものは黙らせます。死にはしないなら容赦はしません」

 見えないアサシンの影が、キトラに迫る。
 アサシンの残像と、キトラの月蝕刀が交錯する。

「速いですね。G階梯のキトラさん。闘技場では有名なそうで」
「そりゃどうも、アサシンさん。どうして僕らに接敵を?」

 3,4,8,9無数の斬撃のラッシュの合間をぬってふたりの剣士が交錯。

「姫様が会話を望んでいます。戦闘が危険でしたから。強制介入しました。中断してください」
「嫌です。じゃれあいを邪魔された恨みとルコちゃんを殺された恨みで、僕は怒っている」

 私は死んでいないのだが、まあヴェールは破壊されたので似たようなものだろう。
 キトラは一歩も動かず、アサシンと切り結ぶ。

「力の差があります。降伏してください」

 ぼっ、とキトラのヴェールがはじけ飛び赤い粒子が舞う。街の狩猟者の中では抜き出ているキトラが押されている。

「アサシンさんは、〈数字持ち〉かな?」
「私の階梯は〈11階梯〉です」

 階梯はひとつ違うだけで、絶対的な差となる。G階梯が7だとすれば、絶望的な力の差が、キトラとアサシンの間にあったのだ。

「4階梯差……。なら、よかった」
「数秒耐えただけでも十分。自分を卑下しないように」

 キトラが袈裟切りに斬られ、致命的にヴェールの粒子が散る。水晶殻が起動し、キトラもまた敗北してしまった。
 右腕が水晶殻となると同時に、キトラは見えないアサシンの腕を掴む。

「悪あがきを」
「僕が嬉しいのは。11階梯を狩れて嬉しいってことだ」

(だよな)

 私はやられてしまって水晶殻になり果てつつも、すでに魔弾杖を発動していた。
 ただではやられない。すでに射出魔方陣は起動しているのだ。

 破壊されても、起動した魔術はまだ生きているということだ。
 水晶殻となると同時に、魔弾杖は固定しキトラに照準していた。

 キトラは私が狙いを定めていることをわかっていたから、あえてその場から動かず、アサシンに斬られていたのだ。
 アサシンは気づいたようだがもう遅い。

「まさか?! 離せ!」
「離さない」

 キトラに腕をつかまれた一瞬が命取りだ。私が馬鹿火力のように、こいつも馬鹿力である。

 魔法陣から極太レーザーの魔素粒子が射出。
 グラウンドを抉るように、巨大な熱線が解放、疾走。アサシンに迫る。

「やめろ。やめろぉぉ!」

 見えないアサシンは熱の光に包まれ爆散。水晶殻へと成り果てていった。
 11階梯だろうが関係ない。
 私らの邪魔すれば吹き飛ばされて当然だ。

2‐4 皇女と血なまぐさいふたり

『血なまぐさいふたり』はいつも仲が良さそうだった。

 リルカはいつしか校舎から、目で追うようになっていた。

 自転車が一台しかないときふたり乗りの前と後ろで喧嘩をしたあげく『左右に乗ればよくね?』『やってみよう』となり、左右のペダルに片足を乗せて『行ける。行けるぞ』と叫んだ後、派手に転んだりしていた。

 野蛮だわね、ええ野蛮だわ、と多くのお嬢様にささやかれるなか、リルカは『自由だなぁ』と想ったものだった。

 そんなふたりが本気で喧嘩をするなんて。
 ヴェールというほぼ不死の装備を纏っていたとしても……。

 女の子ふたりが刀と杖を向き合って、痛みを与え合うなんて。

(あっては成らないことだわ!)

 リルカは憧れていた人が、憎み合うのを見ていられなかった。
 だからマティに止めに入らせたのだが……。

「マティ! マティ! ああ、みんなコクーンになってしまって!」

 校舎裏のグラウンドは死屍累々だった。
 ルコの放った魔弾が、キトラとマティを破壊していたのだ。

 マティは11階梯のアサシンだ。太刀打ちできるものはほとんどいない。
 だから喧嘩を止めるなんて簡単だとリルカは考えていた。

「ああ、どうしましょう。どうしよう!」

 リルカは動揺し、お嬢様言葉が崩れてしまう。
 ばりん、と水晶殻から人が現れる。内部から殻を割り、ルコが現れる。

 黒髪に桃色のスリットのショートヘアの少女がリルカを射貫くようにみていた。

「だれだよ、お前は」
「あ、あの……。あ、わたし……」

 リルカは上手く声を掛けられなかった。
 お嬢様学校なのに狩猟者をしている憧れの人が目の前にいる。

「わたし、その。とめ、たくて」

 しどろもどろに成りながらも伝えると、怒りが返ってくる。

「誰だか知らねーが、邪魔しやがって!ああもう、ナノモルの供給もゼロ! 今日は終いだ!お前のせいだからな!」
「え?!」

「私らにはタイマンが必要だった。お前はそれに水を差した」
「ご、ごめんなさい……」

 リルカは怖ず怖ずとなった。人と対等に話すなんて幼少期以来だ。

「もういい。ルコ・ルルカロスだ。あんたは?」
「……リルカです」

 フルネームは名乗れなかった。リルカ・ルガツ・アイテールなどと述べればこの少女は萎縮するだろう。
 すべての学園生が皇女の顔を知っていなければならないという法はなく、即位するまでは、あくまで普通の学園生と同じ扱いだと法で定められているが……。

 不敬罪がなくとも、この桜蘭館学園では第七皇女の噂は広まっている。
 ほとんどの生徒がリルカを知っているのが実態だったが……。

「ったく。ふざけんなよ」

 様子を見る限り、リルカには遠慮のひとつもなく暴言を吐いていた。

(もしかして。ルコは私のことを知らない?)

 皇女という色眼鏡がない。
 リルカは始めて、ありのままの自分で他人と接している気がする。

「おい。なんで嬉しそうな顔してんだよ」
「え?」

「つうか、このアサシンはなんなんだよ!」
「アサシンってわかるの?」

「透けてて強いならアサシンだろ」
「私の護衛で、友達なのよ」

「なんで私らに割り込んできた?」

 ルコがリルカに詰め寄る。リルカは顔を背ける。

(ああ、どうしよう。近い。近いわ。それに背も小さくて可愛いし。華奢にみえるのに狩猟者だし。筋肉なの? ちょっとムチってしてる。なんだろう。丸い? 丸いのに眼光は格好良くて。縁のある眼だわ。小動物かな。どうしましょう)

 リルカはちらりとルコを横目でみて、

「お友達になりたくて」

 やっとそれだけ告げる。

「はぁ?」
「喧嘩を、止めたかったの」

「……なら、殺意はないんだな」
「当然よ! 喧嘩、止めたかったんだもの」

「私だってコクーンからでたのはリスクがあった。けどあんたがアサシンの飼い主なら信用する」
「勇気、あるのね」
「交渉しないと始まらないからな。あのアサシンの世話は頼む。私はキトラを回収する。おい。起きろ。出ても大丈夫だ」

 ルコがキトラの水晶殻を叩く。
 やがて稲穂の髪の、リルカ以上に姫めいた顔立ちの女の子が、すらりと立ち上がった。

「ねぇ。キトラちゃんって呼んでいい?」

 リルカが叫ぶとキトラは、おずおずと頭を垂れた。

「はい。御意のままに。リルカ姫」

 キトラが形式的に頭を下げると、リルカは悲しそうに顔を歪める。
 キトラの方はリルカのことを知っていたのだ。

「や、やめて頂戴! 頭をあげてよ。じゃないと私……。ずっと、ひとりぼっちだった。だから。ああ、なんで初対面にこんなこと」

 ルコはなにか思案した後、リルカに詰め寄る。

「アサシンを回収して、ひとまず座ろうぜ」
「は、はい……。わかったわ。まずは落ち着きと会話よね。うん」

 このときリルカは、自分の人生に始めて色が灯ったように思えた。



 私は実に緊張していた。
 リルカの名前と存在については知っていたが、顔と名前が一致していなかったのだ。
 だからつい、突発的に怒ってしまった。

 リルカ・ルガツ・アイテール第七皇女殿下の名は、桜蘭館学園に通っていれば自然に耳に入ってくる。

 とはいえ私は辺境の生まれで、狩猟者で生計を立てる田舎者だ。
 学園生活の中で皇女と関わりがあるなど考えもしなかった。

『触らぬ神に祟り無し』
 そうして皇女の顔を覚えていなかったのがまずかった。

 最初の一声。戦闘の邪魔をされたときの「誰だよ。てめーは」では、素で出た。

 アサシンに「不敬だ」と瞬殺されたときに『姫様か?』と気づかされた。
「リルカ」と名乗られたときに『あ、姫様、そんな名前だったな』とぼんやり思いだし、キトラが礼をしたとき『こいつ、姫様だったわ』と確信に変わった。

 悟ったものの、もう遅い。
 護衛のアサシンを魔弾で吹き飛ばす前に、教えてほしかった。

 そのアサシンも、魔弾杖の魔素粒子の熱線を受けてヴェールが崩壊。
 水晶殻となっている。

 思わずぶっぱなし撃破してしまったのはいいが、私の立場は大ピンチだ。
 皇女殿下の護衛を吹き飛ばしたあげく、姫様と知らずタメ口をぶっこいたのだ。

(どーしよ、これ)

 私はもう全力の全力で白を切るしかなかったのだ。

「水を差しやがって!」

 リルカが皇女だと気づいてからも私はタメ口をこき続けた。知らぬ存ぜぬを貫くためだ。

(バレたらどうしよう。やばい。やばい!)

 内心はビクビクで汗もひどかったが続けるしかない。
 ため口を利いた不敬。顔を知らなかった不敬。どのみち全部、不敬だ。

(ほどよいところで土下座しよう)

 内心ビビっていると、状況は私の想定の斜め上になる。

「ずっと、ひとりぼっちだった」

 それはリルカの本音の告白だった。

 いったい私ら狩猟者に何を見いだしたかは知らない。

 姫様の感情が発露が、私の何かを動かした。
 なんか、悩みとか、あるのかな。
 初対面の人だけど。力になりたいと思ったのだ。

「アサシンを回収して、座ろうぜ」

 私は賭けてみる。蒼白だったリルカの眼が、期待の光に満ちてくる。

「は、はい……。わかったわ。まずは落ち着きと会話よね。うん」

(やっぱりこの女、ため口言われて喜んでる?)

 これは仮説だが、リルカは姫様という立場によって人間的成長が危ぶまれているのでは。

 物語でよくみる、貴種の心情だ。
 私は焚書を読んでいるからわかるんだ。

 ひとまずキトラと目配せし、ベンチへ。
 リルカはアサシンの水晶殻に近づき、声をかける。

「マティ。マティ?」
「姫しゃ……。ひめしゃまぁ」

 水晶殻から声が漏れる。私を瞬殺したアサシンは、今は何故か情けない。

「マティ。がんばったわ。ありがとう」
「わたじが。負けるなんて。うぅ。もう自害するしかぁ! ここで自害をします!」
「やめなさい!」

 リルカが水晶殻を叩き、必死で説得を始めた。
 私の隣ではキトラが勝ち誇ったように腕を組んで、ドヤ顔になる。

「僕たちの完全勝利だね」
「君は空気読んで。少し黙ってな」
「しゅん……」

 どうやらやっかい事は一気に来るらしい。

2‐5 リルカの接近

 校舎裏の戦闘の後、私たちは四人でファミレスに来ていた。
 リルカと私が向かい合い、リルカの隣にはアサシン。その向かいにキトラが座る。

「お見苦しいところを見せました」

 アサシンはマティと名乗った。孤狼を思わせる銀髪に、切れ長の眼には泣きほくろがある。
 校舎裏では透明だったが、今は姿を表し私たちと同じ制服姿ながら、威圧を放っている。 護衛のアサシンであることは本当のようだ。姿を現してなお、一分の隙も無い。
 リルカがマティの頭を撫でる

「姫様。そのような……」
「ねえ。どうして自害なんて言ったの」

 リルカは目元は笑顔だが怒っているようだ。「私は野良の狩猟者ごときに不覚を取りヴェールを破壊されコクーンに成り果てました。つまり敗北です。敗北とは護衛の失敗。すなわち死です」

「わ、私は無傷だわ! だからあなたは任務を失敗していない」
「しかし、姫様を危険に晒すなど……」

「私は久しぶりにマティの姿をみられて、嬉しいわよ!」
「お嬢様……」

 パスタやサラダ、ジュースなどの料理が運ばれてくる。
 貧乏人だと思われているのか、姫様は宙に浮かぶスクロール〈光学映像〉をぽちぽちと押し、食べられないくらい頼んでいる。

「今日の闘いは、練習! お友達同士の練習! だからマティの敗北は無しよ!」

 私はここで、この姫様とやらに欺瞞を感じる。『ひとりぼっちだった』と吐露したのはいいが、私としてはキトラのタイマンを邪魔されたのだ。
 この赤毛の姫様が、贅沢な悩みを抱えているのはわかった。

 だが、いきなりお友達だと?
 私はパスタを啜りながら、また賭けてみる。

「姫様さぁ。そのアサシンの敗因は私らに喧嘩を売ったことだろ」
「おまえぇ……」

 マティが殺気を放つ。私は膝が震えてちょっと漏らしそうになるが、なるべく笑顔をつくり指摘を続ける。

「あんたが自分の護衛の不始末をどうつけるかは自由だけど、友達なんか言葉でなるもんじゃねーだろ」

 リルカの眼が潤んでくる。
 賭けは成功。やっぱりそうだ。

 私は『姫様相手に不遜では?』という心境と『リルカという人間がどんな言葉が欲しいのか』の間で揺れ動いていた。

 おっかなびっくり、あえて不遜なことを言ってみて、確信する。
 この姫様。やっぱり不敬なのが嬉しそうだ。

「姫様だからってなんでも許可制で生きてきたのか? だせぇ話だな」

 リルカの顔が照れたように赤くなった。やっぱりだ。

「うふふ。人に罵られるなんて。物語の中みたい……うふ。人間の言葉がここにある!」

 やはりリルカに必要なのは気を遣う事じゃない。
 挑発して毒を吐いて、気兼ねない関係をつくることだ。

(罵って嬉しそうにしてやがる!)

 不敬罪がこの国にないのが幸いだった。

「ルコって。おもしろいのね」
「私は普通だよ」

 リルカを罵るごとにマティの殺気が強くなる。私は顔面が蒼白になる。この護衛のアサシンは強すぎる。生身で闘ったら私は本当に瞬殺だろう。

 本物のアサシンは、ヤクザやサムライと同じく住む世界が違う。
 狩猟者が殺すのはケモノだが、アサシンは人を殺せる。

 キトラが殺気を放って中和していなかったら、私は本当に漏らしていた。
 それでも私は、リルカをもっと弄ってみたい。

(こいつも、閉じ込められているみたいだから) 

「お願いがあるの」

リルカが畏まり、礼をする。

「やっぱり、私とお友達になって」
「やだ」「どうして?」
「『人生が許可制なのかよ』って言っただろ」

 つるむだけのことにいちいちお願いなんかするなよ、と言いたかったが、リルカの返事は予想を超えてきた。

「ええ。そうよ。私の人生は許可制よ」

 私は虚を突かれる。

「進学許可。外出許可。帰宅承認。建康証明。皇女とはそういうものだから。許可の申請ばっかりだった」
「リルカ……」

「いきなり会って変なことを言ってるのは、私だってわかってる。闘ってる二人を間近でみてマティを闘わせて……。私、おかしくなってるの。でも、闘うと距離が近づいた気がして……。野蛮なのは駄目だってわかってるのに」

「野蛮てのは事実だが、結構私らに失礼だぞ」

「許可が駄目なら、命令をすればいいの?」
「命令して私らが『はい』って言ったって。違うだろ」

 リルカは絶望でもしたような顔になる。

「わかんない。わかんないわよ。どうすれば……」
「適当にだべれば自然に合うか合わねーかわかるだろ。ごちそうさま。金は置いてく」

 私は立ち上がり、ファミレスから出ようとする。

 私はそれ以上声はかけない。
 キトラが振り返り、リルカとマティに微笑みかける。

「また、明日ね」

 やっぱりキトラが最後に全部持っていきやがった。
 ついでにいうと、リルカが頼んだ料理をほとんど食べ尽くしたのもキトラだ。

「ええ。また、明日!」

 リルカの声が背中に響く。私は背を向けたまま、手だけでひらひらと返す。アサシンの殺気が背中に痛い。

「ルコちゃんさ。限界でしょ。護衛の殺気を受けて漏らしそうでしょ」

 キトラが横で突いてきた。なんでわかるんだよ、こいつは。

「つつくな!」
「と言われればつつきたくなる」

 正直キトラが敵か味方かは、いつまでもわからないままだった。 



 狩猟者の日々は過酷だ。

 平日は学校に通ってお嬢様めいて勉強をし、休みの日や半日休のときは、電車で2時間掛けて戦闘区域へと派遣される。
 これが街のお嬢様学校と辺境のケモノ狩りを往復する生活の実態である。

『血なまぐさいおふたりを糾弾する会を開きますわ!』

 その日は縦ロールの寮長に糾弾されていた。寮に帰るのが遅れたことをきっかけに、キトラと並んで、つるし上げが始まったのだ。
 辺境の狩猟の仕事では『人手が足りない』という理由で重宝されていたが、通っているお嬢様学校では『血なまぐさく』『野蛮な』『学費も払えない貧乏人』と称されるらしい。

 お嬢様どもが私たちを取り囲む。

『血なまぐさいおふたりの処遇を皆さんで決定致しましょう。まず純潔な乙女が狩猟などに勤しんでいることが野蛮ですわ』

 命を賭けて得た金でお嬢様の振りをしていたが【本当のお嬢様】からみれば、癪らしい。

(まずいな。これは退学の流れだ)

『まずはその血なまぐささから足を洗うことですわ! その後、徹底的に学園にふさわしい淑女としてのふるまいをこの私が指導をし……』

 私はどうにかお嬢様になりきって抗ってみる。

「弁明をいたしましゅわ! しゅ、狩猟とは、ケモノから街を守るためであり、生きる糧を得るためでもありまし、す! 生き物の肉を殺すことは逃れられない人の業ですわぁ!」

 だめだ。言葉がうまく回らない。
 私のお嬢様力は、まだまだだった。

『詭弁ですわ』『野蛮ですわ』『淑女ではありません』など反論が轟々と押し寄せる。

 あるいみ戦場よりも戦場だ。
 寮会合のお嬢様の数は総勢50名以上。話が通じない集団に正論を通すことは不可能だ。

 私は諦めかける。学校を追放されても、狩猟者でいられれば問題ない。
 狩猟者じゃなかったら、そもそもお金がなくて学校にも来れなかったわけだしな。

 お嬢様50人対2人では分は悪い。
 キトラはクールな剣士らしく瞑想していたが、実質弁の立たない役立たずだった。 

(自主退学を促される流れだ)

 諦めかけた時、突如、引き戸が開かれ、ウェーブのかかった真紅の髪が靡く。

 リルカだ。リルカは50人のお嬢様を凌駕する所作で礼から入る。
 存在が、場を凍り付かせた。

「お二人の退学に、意義を唱えましょう」

 寮の中心勢力のお嬢様どもは、リルカをみて困惑する。

「お二人は私の護衛として、雇うことにしました」

 リルカの一言は決定的だった。すべての処遇が撤回された。
 私もキトラもつるし上げを免れ、どうにか卒業までお嬢様で居られそうだった。



 放課後、私とリルカは校舎裏の闘技場にいる。

「なんで助けた?」
「意味なんかないわ。あなたに言われてから色々考えた」
「殊勝なことで」

 私は相変わらずリルカにはため口だ。塩対応をしたつもりだがリルカは嬉しそうな顔になる。

「私ね。許可制だった人生をマシにしろって。命令したの」
「へぇ」

 第七皇女のお家の事情なんか、私には知るよしもないが、少しだけ自由になったのだろう。

「両親にも召使いにも言いたいことを全部いってやった。私は第七皇女なんだからって。一日20ある行動許可をゴネにゴネて3つまで減らしたわ」
「囚人みたいだな」
「そうなのよね。ルコはどうして狩猟者を?」

 私はリルカなら、なんとなく理解してくれるんじゃないかと、ふと思ってしまった。

「〈大海嘯〉を」

 この言葉だけで。
 言い過ぎたと口を閉じる。

「大海嘯。大陸の果ての〈天よりの光る滝〉のこと?」
「卒業したらさ。大海嘯を渡りたい。皆は〈向こう側〉なんてないって。未開領域は何もないって言うけどさ。それでも……」

 ここから出たい。リルカも、そうなんだろう?
 いいかけて、やめる。
 なんでこいつには、胸の内を言い過ぎるのだろう。
 私はとっさにはぐらかす。

「……なんてな。冒険したい年頃なんだよ。笑ってくれてもいい」

 リルカと眼が合う。瞳はどこか神妙で、爛々と輝いていた。
 アサシンに殺気を当てられたときとは、別種の怖さがあった。
 嘘を見抜かれるような怖さ、とでもいうべきか。 

 やがてリルカは、私の手を取る。

「あなたたち【気づいている】の?」
「ふぇ?」

 肯定でも否定でもない。思いも寄らない応えがきた。

「見せたいものがあるわ。明日のお昼休み。私のティールームに来て」

 いつになくリルカは凜としている。
 まるで覚醒でもしたかのような。オーラを放っていた。

2‐6 リルカのティールーム


 リルカのティールーム〈茶室〉は校舎の地下にあった。
 桜蘭館学園の一部を私物にしているらしい。 床には畳と呼ばれる、敷物がびっしりと並べられている。畳とは藁を糸で差し固めいぐさを編み込んだ敷物のことだ。

「大海嘯の向こうに行きたいって言ってたわね。星竜世界のことを調べているようだけど」
「大海嘯を超える手段については調べている。〈昇れない大陸〉、〈唯一存在する滝〉、〈空を覆う磁気嵐〉……。一般的な知識として皆が知っていることだが、これらを超えるために私たちは〈空挺〉を買うつもりだ」

「それで狩猟者を」
「女子高生でもできて、お金もいっぱい貰えるからね。戦闘力さえあればだけど」

 キトラは早速、御菓子にに手を付けていた。警戒心のない奴だ。

「煎餅と団子です」

 メイド姿のマティが聞いたことの無い御菓子の名を告げる。

「この御菓子も〈失われた文化〉ですか?」

 キトラが尋ねるとマティは解説をくれる。

「はい。皇家は〈失われた文化〉と〈言語〉を保存する役目を持っています。ケモノが蔓延り文化が消える世界で、〈辞書〉としての役目を持っています」
「そんな貴重なもの、振る舞って貰い恐縮です」
「気にしないでください。材料は米です。貴重品なのはその通りですが、言語や文化は伝わることが価値ですから」

 マティの解説の横でリルカは完璧に調和のとれた仕草で、お茶を点てていた。
 私はリルカと向き合い、正座をする。業に入れば業にしたがえだ。

「茶道をしましょう」

 勧められるままに私も〈煎餅〉〈団子〉とやらをたべる。貴重品の米の力をひしひしと感じる。
 リルカが茶を点てる。〈茶道〉に導かれるままに、私たち四人はお茶菓子を含んでいく。
 かちゃかちゃと茶を立てながら、心が溶けていく。

「大海嘯を超える情報が欲しいなら、提供できるわ」

 リルカは掌サイズの巻き物を出す。ナノモルで出来た情報端末〈スクロール〉だ。光学映像が浮き上がる。

「星竜世界を教えるわね」

 リルカはまるで知識に差があるかのようなものいいだ。
 私も張り合ってみる。

「私だって知っている。世界の周囲は未界域に囲まれている。強力な磁場によって航空機は大陸を超えることができない。私とキトラは重力の存在から、この世界の構造に矛盾を感じた。世界は本当は天球のはず。だけど星竜世界はまるでお椀だ。どうだ!」
「ではなぜ〈星竜〉と?」

 出会ったときはリルカはおっとりしている姫様に過ぎないと思っていたが、今の彼女は異様な神秘性を放っている。

「理由は知らない。星竜世界って呼んでいるからそうなった」
「では空気に漂うナノモルとは何でしょう」

「魔力の源だ」
「魔力とは何でしょう」

 私もまたリルカの見よう見まねで、お茶を点てる。

「魔力とはナノモルと意識のリンクによる現象発現作用だ。大気中のナノモルに〈意思〉をリンクさせる。この発動効率を〈魔力〉と呼び、発現する現象が〈魔術〉と定義される」
「正解。ではこの魔力の源〈ナノモル〉とはなんでしょう?」

「ナノモルの由来は〈テラ・フォーミング技術〉。惑星開拓の技術の流用だ。始めは医療分子。次は生命の培養技術として発達した。生命の培養技術が〈現象の発現〉へと進化し、〈魔術〉になった」
「偉いわ! 300年前の文献まで読み込んでいるようね。焚書屋というのも馬鹿にできない」

 もやもやしていた理由がわかった。他人を偉いだと?
 姫様だとかいう以前に、リルカという女は上から目線なのだ。
 第七皇女だから当然かもしれないが、こちらだって平伏するつもりはない。
 本気で付き合ってやる。
 リルカはふぅと息を吐く。

「では最後の質問です。ナノモルは本来自然界に存在しない。それが私たちの空気に蔓延されているのは何故でしょう?」

 ここで私は、この星竜世界に感じていた違和感に、答えの輪郭を見いだし始める。

「ナノモルはテラ・フォーミングの流用から生まれた。これは100年前の文献にある」
「その先に答えがあるわ。しかし上位人種しか知らないことをよくもここまで調べたものね」

 私は焚書屋でこの世界のことを調べていて、自分は他人よりも秘密に肉薄していると思っていた。本が燃やされ、情報が消えていく世界で、自分だけは出しぬかれていないと思っていた。

「あ、れ……?」

 星竜世界はテラ・フォーミング技術によって生まれた。100年前の出典の科学者の記述にもそう書かれている。
 だけど現在、この星竜世界を自問する学問は焼失している。
 ナノモルを操作し魔術を喚起する技術は残っているのに、〈かつての世界の地理、化学、物理法則〉を記述していた本は消えている。

(かつての世界ってなんだ?)
〈かつての世界〉とは、古い本の大半に書かれていた単語だ。

 リルカをみると「もう少しだろ」という顔をしている。

「あなたのいうとおり。100年前の科学者・ロラン・ローレンツの著〈テラ・フォーミング生まれの世界〉を最後に、この星竜世界の記述は途絶えている。地球という惑星についても地上という呼称についてもすべて消え果てた」

「〈かつての世界〉って言葉がずっとわからなかったんだ」
「星竜世界は地球のテラ・フォーミング惑星修復の仮定で生まれた〈ナノマシンの地層〉のことをいう」

 リルカがスクロールの図をみせる。

「これは惑星。地球儀と呼ばれていたもの」
「惑星……。地球儀」

「あなたが疑問に思っていた〈重力〉。この重力の存在は、世界が球体であることを示している。だが星竜世界は球体ではなくお椀だ」
「だから〈大海嘯〉を超えてみたいって思っていた。世界が続いているってことをこの目で見たいって」
「大海嘯の向こうにも星竜世界は続いている。あなたには私とお話できる資格があると思ってる。皇女の知識を拒絶をしないことが〈資格〉だわ」

 この姫様は、悪い奴ではないとは思えるが、振る舞いの端々に傲慢が滲んでいた。

「やっぱあんた〈姫様〉だよ」
「私の知識を血肉としてほしい」

 リルカは私を視線で居抜き、茶を点てる速度もあがっていく。

「大層なのは結構だが私は出しぬかれるのが嫌いだ」
「〈向こう側の存在〉とコンタクトをとる計画は進んでいる。警戒しないで欲しいな。私もあなたと同じ。閉じ込められているから。抜け出したいだけ」

〈星竜世界〉と〈ナノモル〉、〈魔術〉、〈テラ・フォーミング〉と〈惑星〉、〈地上〉……。『閉じ込められている』ということの意味。
 私はぐるぐると茶を点て、まずい茶をリルカの前に出した。

「どうぞ! 私の粗茶だ」

 ぜったいまずいお茶だ。何が茶道だ。お高くとまりやがって。
 リルカへの荒ぶる態度は、姫様の傲慢に向けたせめてもの反抗だ。私は一方では姫様という存在にビビっているが、もう一方では「こいつには怒ってやらないと気が済まない」とも考えていた。

(学園生でいる間は、皇女であろうと法の平等は保たれている。世間知らずの姫様は少し揉まれた方がいいんだ)

「おいしいわ」

 クソまずい茶を点てたはずなのに、姫様は上機嫌だった。
 互いの背後では、金の鬣の女剣士と、銀狼のアサシンが殺気をぶつけ合っている。

「今のは『姫様だからって調子に乗るなよ』って意味なんだが?」
「えへへ。また、ここでお菓子でも食べましょう」

 リルカはいままでのしたり顔とは打って変わって、へにゃりと笑った。
 ふにゃふにゃした笑みを向けられると、また誘われても良いかもしれないと思う。

(この姫様。私が弄ると嬉しそうだ。どこまで嬉しがれるんだ?!)

 自分ではまだ気づいていなかったが、このとき私は、リルカへの苛立ちと同じくらい、引きつけられていた。
 この女自身の魅力に、吸い寄せられていたのだ。

3‐1 踏破計画

三章 踏破計画


 たびたび茶道室に集まって、私たちはリルカと〈星竜世界の秘密〉について話し合った。 リルカは〈世界の秘密〉については知っていたが、私がみたところ彼女は〈遊び相手を得た子供〉のようだった 
 なので私は焚書屋からボードゲームやらカードゲームやらを取り寄せて、持っていった。

「なぁに、これ?!」
「下々の民の遊びだぜ」
「やりたい! 嬉しい!」

 別に姫様の機嫌を取りたいわけじゃない。
 私の眼に移るリルカは、無邪気で傲慢で寂しい顔をする、矛盾の塊のような女だった。
 姫様としておだてられて育って、何かがおかしくなったのが目に見えて伝わっていた。

「楽しいね」
「お気に召したなら結構だ」

(ゲームくらいでこんな大げさに笑って。回りの誰も皇女だからってビビって、遊びに誘わなかったんだろう)

「アサシンも来いよ。四人じゃねーとできねーの」

 私は透明な護衛に声を掛ける。

「ルコちゃん。マティはそっち」

 キトラはアサシンの位置がわかるようだ。私の袖を掴み角度を修正する。

「でてこいよアサシン」

 ヴェール戦闘ではアサシンにあしらわれたので、精神的に意趣返しする。

「私は護衛です」
「あっそぉ。じゃあリルカは私らのものにすっから。そこで見てな」

 透明な風景が動き、手刀が振るわれる。私を昏倒でもさせるつもりだろう。
 迷彩のアサシンの手刀をキトラが掴む。

「な、ぜ?」
「それは一度見た」

 ボードゲームを囲む私とリルカの横で、剣士とアサシンが組み合いを始める

「あらあら。大丈夫かしら。マティ。殺しちゃだめよ!」
「キトラぁ。殺すなよ」

 学園内なので刃傷沙汰にはならないだろうが、一応釘を刺しておく。
 やがてマティが迷彩を解いて姿を表した。

「姫様の申しつけでしたら。仕方なく、くわわってあげます」

 キトラがアサシンの手首を掴んでいる。

「パワーは僕の方がある。他は全部負けている」
「あなたのような野良犬に負けるような訓練はしていませんから」

「僕は犬じゃない。猫を希望する」
「畜生ですね」
「畜生じゃない人間がいるかい?」

 剣士とアサシンも仲良くなったようだ。
 放課後の茶道室でキトラとマティを交えて四人でだべるのが日課になった。



 カードゲームの卓を囲みながら私たちは〈世界の秘密〉について語っていく。

「テラ・フォーミングのナノマシンが、ナノモルになり、現在のヴェール技術と魔術になった」

 私はリルカの前で懺悔でもするように、星竜世界と魔術の原理について整理をしていく。

「魔術は機械の果てとも言い換えられる」

 リルカは札をしばきながら、秘密を語る。

「あなたは〈気づいている側〉だった。大海嘯を飛んでみたいなんて、民からでてくるなんて思わなかった」
「民ってなんだよ。姫だって、今は学園生なんだから。民の一部だろ」
「そうよね。うふふ」

 ひやひやしながら、私は不遜をしてみる。
 リルカは私が不遜をするたび、嬉しそうになる。

 月曜日と水曜日と、土曜日は私とキトラは学費を稼ぐために狩猟に向かう。
 火曜日と木曜日と金曜日は、リルカの茶室で過ごすことになる。

 一日ごとに、私とキトラはリルカから吐露される〈世界の秘密〉に肉薄する。

「〈星竜〉とは、テラフィーミングされた地球の地層に流れ込んだ〈ナノマシンの地層〉」

 私は焚書屋からボードゲームを、キトラはカードゲームを担当し、リルカの茶室に持っていく。
 リルカの言う〈世界の秘密〉は始めは受け入れられない。

「全長2000キロの惑星を流れる地層の川が星竜で。星竜はナノマシンの地層。私たちのこの世界は星竜の中にある」

 重力があるなら世界は球体のはず。
 だけどこの世界は大海嘯の滝に囲まれたお椀型だ。

 物理法則がおかしい世界。
 リルカから告げられる理由はシンプルだった。

「星竜世界も。この脳も身体も肉も、ナノモルで演算されえいる。造られている。ナノモルが擬似的な細胞となり、私たちの身体に【置き換わっている】」

 リルカが妄想を言っているのか。
 隠された真実を言っているのか。

 姫様だろうと関係なく、私は食い下がってみる。

「まるで〈胡蝶の夢」の逸話だな。けどさ。この感覚や痛みは確かだろ」
「痛みや感覚さえも演算されているとしたら? 星竜は全長2000キロの惑星規模の脳か、演算装置のようなものだわ」

「世界そのものを物理的にコンピューターにしたら、世界の中に世界が生まれる。それがこの星竜世界ってわけね」
「私たちは星竜の夢の中にいる」

「だがよぉ。私らはかつて地上にいて地球って惑星にいた。それだって地球がみている夢に過ぎなかったんじゃねえのか?」

 現実の世界と夢の世界の区別が付かないなら、もはやどちらも同じではないか。
 私やリルカのように『世界に疑問を持つ』なんてのは異常個体なのだろう。

「でもねルコ。世界の仕組みに矛盾があって、『閉じ込められている』という感覚がある。星竜として完全に人間として演算されたから、〈世界の矛盾〉に耐えられない。私は閉じ込められているなら、飛び立ってみたい」

「姫様なのに、飛び出したいなんてな」
「だからね。あなたには、この世界を飛び立って欲しい」

「君と話してみて、私は少し大人になった気がするよ。大海嘯を超えることは簡単じゃない」
「私は皇女としてヴェール兵と繋がりを持ち【未開域踏破計画】を再起動(リブート)しているわ」

 リルカは私の想像を超えて『知っている』だけじゃなく『動いている』らしい。

「星竜を流れる世界は七つ。ここは〈第四管界〉とされている」
「七つの世界を、大海嘯を超えた先には何がある?」

「そこまではわからない。星竜から出て【本当の地上】にでるのかもしれない。もしかしたら私たちは演算されたデータにすぎなくて、結局外にでることはできないかも……。ふふ。こんなにちっぽけで。ちっぽけな世界なのに」

 リルカの抱えている闇を私たちは垣間見た。

「大国間で戦争して、争いあうなんて。笑っちゃうわね」

 天帝ルガツ皇国は、戦争の準備を始めている。男の子は徴兵されて訓練しているから、ケモノを狩猟する仕事が、私のような小柄な女にも回ってくる。
 私は辺境の狩猟者だから、国家の抱えていることなんかわからない。

 興味の対象も星竜などの大きな事に向けられるが、国家同士の情勢は、情報統制もあってか触れられない。
 リルカは私の知らないことをすべて背負っているのだ。
 領地を取り合うカードゲームをしばきながら、リルカは冷笑を浮かべる。

「世界に綴じ込められている癖に。造られた世界の中で戦争して、立場を奪い合って。馬鹿みたい」

 リルカと知り合って一ヶ月と少し。
 この箱入りの情緒のおかしい姫様の力になりたいと、始めて思った。

「飛んでやるよ」
「え?」

 私はぱちりとカードを切る

「大海嘯を飛んでやる。私もキトラも。辺境で生きてたからさ。『綴じ込められている』って。あのでかい滝の向こうはなんだって。子供の頃から思ってた」

 キトラが私のカード上に札を乗せる。

「僕もルコちゃんも。狩猟をしていたのは学費のためだけじゃない。〈空挺〉が欲しかったんだ」
「全然足りないけどな」

 私たちは目的を開示しあった。
 リルカは大海嘯を超える人材を探していた。 私たちは大海嘯を超えてみたいと思っていた。

「お金が足りないのでしたら」

 マティがぽつりと提案する。

「お嬢様の護衛をおすすめします。学費を免除できますから。空挺の費用にまわせるでしょう」
「いいの?!」

 お金をあげるというのにリルカが喜んでいた。

「あくまで提案です。決めるのはお嬢様です」
「よろしくね」

「決定、早いね……」
 
 お金をもらえるというのに、私は複雑だった。

「ルコのこともキトラのことも、もっと知りたいもの」

(友達にお金を貰うなんて)

 思案した後、私は彼女を友人と認識していると気づいた。

 キトラをみやると「いいんじゃない」と頷いている。

「お前は、いいのかよ。私は買われているみたいで……」
「口実は必要じゃない? 僕だってマティに勝ち越せるくらい強くなりたいし。こないだだってひとりじゃ無理だった。マティがいい人じゃなかったら、ルコちゃんを守れなかった」

「残念ですがキトラさん。個人的戦闘力であなたに負けることはありえません」
「あ、この領地カード、貰うね」
「ぐぅ! それは私が狙っていたのに!」

 キトラがマティのカードを取り、アサシンの鉄面皮がぐぬぬと剥がれる。

「私が一番ね!」

 リルカは子供のようにはしゃいでカードを切り、あがりを宣言。

「ダウト。私だ」
「嘘?! そんな手が?」

 いけすかない姫様としか思っていなかったのに。

「乗ってやるよ。互いにメリットだろうしな」

 リルカは負けたのに笑っている。
 私とリルカは心の歯車のようなものが噛み合おうとしている。

3‐2 皇女の狩猟チーム

 二年生になっても、相変わらず狩猟の日々が続いた。
 変わったことと言えば、私たち四人は出会ったときとは考えられないほど、なんだか仲良しになってしまったことだ。
 今や週に三度、茶室の卓を四人で囲んで、遊んだりお茶を点てたりしている。

「度重なる戦争で皇国から文化が失われた。皇国語を読めるのはもう人口の半分しかいない。私はこれらの文化も復活させたい」

 リルカはぽつぽつと皇女としての望みを語る。
 卒業をした後、皇国第七皇女として王宮に入るから、ヴィジョンを持っている。

「お茶と団子は上手いから。広めた方がいい」
「なんで消えたんだろうね。こんなにおいしいのにね」

 私もキトラも結局庶民で俗物なので、リルカの皇女の目線にはたまに上手く乗れないときがある。

「滅びに向かうこの国を復興したい。文字があって文化があって、食べ物に困らない国に……」

 なんて言われても私は日々を生きるのがやっとなので、リルカのいう国家はわからない。 
 考えてもしょうがないからだ。私にあるのは、閉じ込められている感覚と、滝を越えてみたいという原始的欲求だけだ。

「姫様らしい心掛けだが、早死にしそうだな」

 私が団子を食べながら、軽口を叩くとアサシンが睨む。

「ルルカロス。物騒なことは言わないでください」
「おやおやマティさん。焦っているってことは、この生き急ぎ姫様の危険をわかってるってことかな?」

「……リルカ様が危なっかしいのは認めます。ですが考え方は尊い。ゆえに守らねばならないのです」

 マティの殺気を中和するように、キトラが割り込んでくる。

「腕相撲しよう、アサシン。これ以上殺気を飛ばしたらルコちゃんが可愛そう」

「腕が破壊されますから、あなたとはやりません。キトラはどうしてルコ氏には甘いのですか?」
「ルコちゃんを壊していいのは僕だけだからかな」
「あなたも仕方が無い人ですね」

 アサシンと剣士が腕相撲を始める。
 リルカが手を合わせ「尊いわね。ね、ルコ!」と笑みを浮かべる。

「尊くねーよ。こいつ私を殺そうとしてくるんだよ?」

 マティからリルカへの感情と、キトラから私への感情は真逆なので、全然尊くない。いい話風に纏められていているのが怖かった。

「重いのね。羨ましいわ」

 リルカは一言で片付けた。

 確かにキトラは私を助けてくれる。
 狩猟では何度命を救われたかわからない。

 たぶん優しさあるんだろうが、稀に提案してくる理不尽な暴力や戦闘欲求は、キトラの七不思議のひとつだ。

 腕相撲はキトラの圧勝だった。

「力だけは、ですね」
「よかった。勝ってるところがあったんだ」

 とくに感慨もなかったので、リルカが手を叩いて空気を変える。

「ねえ。着物を用意したから皆で着ましょ」

 メイドもといアサシンが、私たちの分の着物を出してくる。マティ自身はすでに紫陽花色の着物になっていた。変わり身が早い。
 私も着物を受け取る。少し遠慮がでてくる。

「私らは血なまぐさいよ?」
「闘ってる人の匂いが悪いものなわけないわ」

 私が渋っているとキトラはすでに制服をはだけていた。むちむちとした素肌を晒しつつ、マティに着付けを教わっている。
 やがてキトラは向日葵色の着物になって、眩しくなった。

「ルコちゃんも。剥くよ」
「言い方!」

 私はくるくるとキトラに剥かれてしまい、マティが素早い動きで私の着付けをする。

「おいアサシン! 自分でやれるよ!」
「乗り気じゃなさそうでしたので。強制です」

「や、やめ、やめて!」
「ルルカロスは不器用ですので。私がやってあげましょう」

 アサシンに回転させられ私は、黒地に桜の刺繍をまぶした着物姿となる。
 着付けと回転を終えると、眼前にリルカの笑顔があった。

「えへへ! 写真撮りましょ!」

 スクロールの光学機能で四人で写真を残した。私は団子を口に咥え、ガンをつける。

「もっといっぱい写真撮りたいなあ。思い出は残したいものね」

 リルカのぽつりとした呟きは不思議と耳に残った。



 リルカは狩猟にも付いてくるようになった。口だけの姫ではなく、辺境の民がどんな生活を強いられているのかを知りたいらしい。

「なあアサシン。止めてくれ。危なっかしくてしょうがない」
「ルルカロス。お嬢様は育とうとしています」
「お母さんかよ、アサシンのくせに!」

 結局リルカを狩猟に連れ出す事になる。
 リルカの知りたいという欲求は『皇女として』のものらしい。

 とはいえ皇女の護衛という口実で、私達の報酬も跳ね上がった。
 早々に奨学金も返済できそうだ。欲しかった空挺も買えるかもしれない。

(この姫様は全部わかって、我が儘をいったんだ。私達に金をくれる口実を)

 歪な形の関係だからこそ。
 私はちゃんと強くなって、『返したい』とも思う。


 キトラとふたりきりで電車に乗っていたのが四人になった。
 窓ガラスには制服姿の女子高生と、布にくるまれた長物が映る。
 玉鋼の刀と魔弾杖。マティの双剣。リルカだけは四人分の重箱のお弁当を抱えている。

「アー写みたいだわ!」

 リルカがガラスをみて、はしゃぎだす。

「アーってのはなんの略だ?」
「アーティスト写真ね。楽器で音楽を奏でたりする人を昔はアーティストって言ってたのよ」

 リルカからは文明崩壊前の知識がするする出てくる。

「武器で戦場を奏でる、か。ふっふ……」

 キトラがポエムを披露するも面倒なので無視。
 アサシンだけはぐふふと笑っていた。脳筋同士気があうらしい。

 狩猟地点ではキトラとマティが前衛、私が後衛という布陣でケモノとの戦闘を行った。
 フロントふたりはの頼もしさは異常だった。金色の鬣の月蝕刀使いと、銀狼めいた双剣のアサシンは前衛に必要とするすべての要素、硬さ、速度、立ち回りを満たしている。

 私の魔弾杖の通りは、キトラだけのときよりも格段に良くなっていた。

「〈障壁吸収〉〈魔弾生成〉〈荷電粒子回転〉……」

 陸上戦型の巨大鰐の土手っ腹に、魔弾杖をつける。

「ふきとべ」

 致命の光条が鰐ケモノの臓腑を穿ち、葬り去る。
 アサシンと剣士が前衛をこなすことで、格段に総合戦力が高まっている。

 リルカが私たち三人をみて腕を組む。

「力は見せて貰ったわ。マティとの連携も問題ない。私の護衛ということで、さらに奨学金を免除してあげましょう」

 やはりリルカの狙いはこれだったようだ。
 護衛報酬だけじゃない。わたしたちに至れり尽くせりをするつもりだったんだ。

「おい。貸しとは思わないぜ」
「それでいいわ。ルコだもの」

 リルカの施しにも、私は引き下がらない。
 本当はすごく『借り』だと思っているし、『施されてる』っても思う。
 だけどリルカを拒絶したって仕方がない。こいつの役に立てるくらい強くなればいい。

「君は私らを買って〈力〉にする。なら私は強くなって、正当な労働と対価を君に与える」
「……それで、いい。私はあなた達を〈話し相手〉に選んだけれど。一種の〈軍事力〉の候補でもあるの」

 リルカの眼が少しだけ悲しそうに、細められる。

「星竜世界を超える意思。意思を叶える行動が【踏破】ならば……。【踏破行動】には人がついてくるわ」
「大海嘯は空挺だけじゃ、磁気嵐でバラバラになる。私たちだけじゃどうにもならない。戦艦だったり、空挺に魔力障壁を詰んだり。色んな技術の結集が必要だ」

「後ろ盾になってあげてもいい」
「それは大歓迎だ」

 キトラとは肉体の衝突があり、リルカとは精神的な摩擦があった。
 リルカとはただの友達じゃない。かといって合理的でビジネスライクなだけでもない。
 生まれも何もかも違うのに。背中を預けている気持ちが芽生えていた。
 首を締め合っているのかも、しれないけれど。



 ケモノの討伐に向かったとある日。

 亜竜の顎がリルカを捉えた。前衛をすり抜けて狙ってきた。
 私は魔弾杖を構え、口腔に照準。外せば私が噛まれるが、危険を冒し魔弾を放つ。

 リルカを守ることで、キトラから私への感情が少しわかった。誰かを守ってみないと、守る側の気持ちはわからない。誰かを失うかも知れないってのは、こんなに不安だったんだ。

「守ってくれるのは。姫様だから?」
「んな細かいこと気にしねーよ。リルカはリルカだ。茶とか団子とか弁当くれるからな」
「ひどーい! 食欲だけじゃない!」

 リルカは出会ったときより朗らかに微笑んでいた。
 後ろでは『姫を危険にさらした』として、マティが腹を切ろうとしている。いつものころなので無視。

「あら大変だわ。説得しましょう。キトラ宜しく」

 リルカの指示でキトラが力尽くで、マティを止める。

 薄々感じていたことだが、頭のおかしくない女がいない。

 大海嘯を超えたいなんて言えば、辺境の村ではおかしな眼で見られたものだがこの面子の中では、私はかなりまともなようだった。
 少し寂しくもあるし、安らぎにも思えた。

3‐3 三番目の選択肢

 三年生の始めには、空挺を得る資金は十分貯まっていた。

 すべてはリルカのお金だ。友人といいながらほとんど私は買われたような思いでいた。

 気に入られて買われた。そんなペットのような気分がないわけじゃない。
 なんでも、構わなかった。
【世界の外側】にでたい。大海嘯を超えたい。そのための力が欲しいことが、私の主目的だ。


 リルカからすれば、私が怒ったり歯向かったり、反論したりすることが好きなんだろう。
 私はそうわかったうえで、彼女に本音で接している。

 別に、『してあげている』つもりはない。
 ならばリルカもまた、『私を憐れんでお金をあげている』わけでもないだろう。
 契約関係だ。
 リルカは私を、【世界の外側】に飛ばしたい。
 私は【世界の外側】に飛びたい。

 ありもしない、と言われていることをしたい。
 だから私とリルカには、あくまで契約関係がある。


 私は四ヶ月かけて空挺免許を取り、夏休みの始めに小さな空挺を購入した。

「へっへ。大学の学費4年分だぜ」
「この学費をふたつ投下する」

 私とキトラは飛び降りるように通帳の数字を光学明細経由でクレジットにぶちまける。

「せーのだ」「せーのね」

 夏休みが終わる頃には停泊場をレンタルし初フライトを行った。
 キトラと私はどちらも免許を取っている。
 バイク感覚で飛ばせるようになっている。

 空挺を交互に離陸させ、着陸までを演習した。
 ヴェールを起動すれば、落下事故や爆散程度では死にはしないが、着陸失敗すれば大学の学費すべてがパーになるので別の意味で死である。

 空に昇っていく。
 地上がジオラマのように小さくなる。
 浮遊感と飛翔の衝撃が全身を包み込む。

 離れていく。
 空に昇り、自由を感じる、

 やっと。超えるための手段に届いた。


 これだけでもう、十分なのかもしれない。
 狩猟者としての実績は積んできたから、兵士になるのもいい。
 戦争は空挺戦艦とヴェール兵のぶつかりあいだ。
 戦艦をつけ、開いたハッチから、数百名の兵士がなだれ込む原始的な闘争。

 狩猟者としてみれば、私達は陸戦兵になれる。
 空挺免許を持っていれば、パイロットにもなれる。

 世界に順応している。
 つまり戦争の道具としては順当な成長を遂げている。
 別に兵士にならなくても辺境で狩猟者をしていれば街の人からも重宝される。

(だけど、そもそもどうして皆はこんな争っているんだっけ)

 どうして世界はこんなにも闘いに満ちているんだっけ。

 たまに私は、その根源を問いたくなる。

 戦争を止めればいいのに。
 戦争というものが、結局のところ支配層の収奪の儀式であることは見え透いている。

 だがこうした俯瞰でものをみるのは、少数のようだ。
 私が支配層なんて口にすれば、誰もが顔を歪めるだろう。

『戦争が収奪のイベントにすぎない』という考え方は、キトラやリルカ、マティには伝わるがそれ以外の人間に伝わったのを見たことがない。皆は戦争のことを『仕方がない』か『他国への憎しみ』という程度の解像度でしかみていない。

(現在の世界は当たり前かのように、ケモノだの狩猟者だの、陸戦兵士だの、空挺戦艦だのが未来に組み込まれているが……)

 空挺のように俯瞰でみると、馬鹿げた世界だということがわかる。
 着陸すると、飛行場の草原でリルカとマティが待っていた。
 リルカは麦わら帽子を被っていて、靡く髪を抑えている。

「お帰りなさい。ふたりとも。お弁当あるわよ」

 第七皇女だというのに弁当を持参していた。初フライト記念ということで、皆でピクニックを始める。
 重箱の弁当を4つ開く。リルカのメニューは失われた文明の食べ物で出来ているようだ。 サンドイッチはよく知る。〈団子〉、〈焼きそばパン〉、〈かまぼこ〉というよくわからないものもある。
 重箱の集合体は総合して〈おせち〉というらしい。
 色取り取りのお昼ご飯を、囲んで摘まむ。

「リルカさぁ。私らに憧れたたとか言ってたよな」
「狩猟をして学費を稼いでるって噂になってたから。一番決定的なのは、自転車をふたりで漕いでいたから」

「そんなこと。あのときは喧嘩してたんだよ。キトラとはいつも喧嘩ばっかり」
「でも、左右に乗ってペダル漕いでた。いいなーって思ったんだ」

「アサシンとやればいーじゃん」
「マティは護衛だもの」

「今更だろ。強権発動しろよ」
「マティには命令はしたくないの」

 ご飯を食べ終えるとキトラをマティは立ち上がり、ヴェールを起動してアサシンと剣士として切り結び始めていた。
 ピクニックだというのに戦闘マニアだけある。
 キトラとマティの戦績は始めはマティが勝ち越していたが、今は拮抗している。
 キトラからみて41勝45敗だ。

「なかなかやりますね。でもまだまだ」
「卒業までにはおいつくよ」

 息をきらす高身長の武闘派がふたり。
 マティはアサシンだけありスレンダーのままだが、三年生になったキトラは色んなところが激しく成長しきっていた。栄養を私にわけてほしい。
 私は立ち上がり、リルカのことをマティに伝える。

「なあアサシン。リルカがチャリ乗りたいってよ!」
「はい? いいですよ」

 我ながら思うが、自転車乗ろうってなんだよ。リルカが立ち上がり、おずおずとマティに近づく。

「ふたりで左右のペダルを漕ぐのよ?」
「いつぞやこの馬鹿共がやっていた『左右ふたり乗り』ですか。怪我の恐れがあります」

「それでも、やりたいの!」
「お嬢様は、そもそも自転車に乗れないでしょう」

「で、できるわよ」
「では借りてきましょう」

 マティが、離陸場から自転車を借りてくる。「いくわよ」
 リルカは自転車を漕ぎ出したが、数秒で転んでしまった。

「いたーい!」

 弄り倒せるチャンスなので、私はにやにやとリルカを見おろす。

「怪我はないかな? お嬢様。ふふはは!」
「ば、馬鹿にしたわね!」

 マティの手刀が飛んでくるが、首を横に揺らし回避。私自身もアサシンの速さに適応している。

「お嬢様。このルルカロスは一度しばき倒してわからせましょう」

 アサシンの連撃はさすがに無理なのでキトラに任せる。

「キトラぁ。助けて!」

 私に危害を加えるものには容赦がないというキトラの習性を利用し、背中に隠れた。
 稲穂の髪の剣士が割り込み、アサシンの手刀を手刀で受け止める。

「ルコちゃんを傷つけるのは、マティでもだめ」
「前から疑問に思っていましたが。ルコはお世辞にも強いとはいえない。どうして相棒にしているのです?」
「意思疎通ができる目に優しい砲台」
「なるほど」

 前衛ふたりは楽しそうに手刀の応酬を始める。私の悪口が言われている気がするが、今はリルカだ。
 自転車の乗れない姫様の肩を叩く。

「自転車の練習しような。リルカちゃん」
「うぅ……。また馬鹿にしたぁ! ルコなんか嫌いよ! ぅふふ……」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。ったく。後ろ抑えててやるよ」
「離さないでね」

 縛られる人生だったからか。付き合いを深めるごとにリルカは子供のような笑顔を見せる。

「ルコ、すき」
「ああ」

 幼児のようなリルカを宥めながら、私は奇妙な心境になっていた。庇護欲という奴だろうか。私がいないとこの子は駄目なんだな。なんだかアサシンの気持ちまでもわかってきた。


 夕焼けの中、四人で並んで電車にのる。私の隣ではリルカが寝ている。
 リルカは始め、私にもたれていたが、やがてマティの肩に首を揺らしていた。
 空挺を得たことで、私たちの間には、将来の分岐が見えていた。
 私とキトラは結局、狩猟者だ。辺境でケモノを殺して生き延びるか、せいぜいがヴェール使いの陸戦兵か空挺兵として出世するしかない。

「キトラさぁ。どっか部隊とか志願するの? 君レベルならオファーも来てるだろ」

 夕焼けの電車の中で、キトラは応えた。

「僕は兵士はできない。きっと、人は殺せない」
「いつも私を殺そうとするくせに?」

 冗談で返したが本人は深刻そうだ。

「ルコちゃんは、『兵士になれる人』なの?」
「私はなれる。ケモノをぶっ殺してきたんだ。人だって……」

「なら僕も志願する。君が死ぬよりは、どうでもいい他人が死ぬのを選ぶ」
「過保護はいらない」

「えい」

 肩を殴られる。

「痛い!」
「まだ、弱いね」

 リルカと出会っていなかったら、空挺を得るのは十年遅れていただろう。
 空挺を飛ばすだけでは、大海嘯を超えられない。大海嘯を超えるには、船舶で指定の海域に向かわなければ届かない。

 空挺を得たのはあくまでスタートラインなのだ。
 大海嘯の磁気嵐の空を抜け、未開域へと降り立つ。

 誰も達成したことがないし、道はどこまでもながい。
 一生かかってもできないかもしれない。

 それでもスタートラインには立った。
 後は卒業の後の進路。兵士になるか狩猟者を続けるか、別の選択肢か。
 あるいは、大海嘯を飛ぶなんて夢にして、諦めてしまうのか。

(私は、何を考えて……)

 諦める選択が生まれたことに、自分で驚いていた。生きることが息苦しいから。私を理解する人はいないから。
 だから、世界を飛びたいのに。

(わかってる。私は少数派だ。だからって。誰も理解してくれないなんてことはないんだ。キトラがいてリルカがいて。少ないけれど。私はひとりぼっちじゃなくて)

 誰かと共有できるものが、あるんだ。
 私は大人に近づき、世界に適応している自分に気づいていた。



 卒業式の前日。私はリルカを乗せて自転車を漕いでいた。
 第七皇女として生まれた彼女は自転車に乗ることさえ、許可証を必要としていた。

「たかがふたり乗りではしゃぎすぎだ」
「そのたかがが、うれしいの!」

 リルカは私の自転車の後ろに乗り、肩に体重を預けた。
 ふたりで授業を抜け出して河川敷まで自転車を飛ばす。

「抜け出すっていいものね」

 リルカは河川敷の芝生を駆け下りる。
 薄い紅色の長い髪が、川の匂いのする風に吹かれる。
 私は風に吹かれながら将来の選択肢を考えている。
 キトラのいう通り、狩猟者のまま生きれば、兵士となって人を殺す必要はなくなる。
 反面、兵士となれば様々な免許も取れる。いつか大海嘯を超える任務があればフリーの狩猟者で生きるよりずっと実現に近づくだろう。

(『大海嘯を超える』なんて無謀なことはやめて。兵になって、リルカを守る選択だって……)

「悩んでるの?」
「進路のことをな」

 私はリルカにすべての迷いを打ち明けた。

「私なら〈三番目の選択〉をあげられる」
「施しは受けない。契約なら、いい」

「そんなんじゃない。卒業式、待っててね」

 リルカの眼は何かを企む眼だった。

「私は皇女なんだから。その気になれば、なんだってできるんだからね」
 
 強がりだと私はわかっている。
 彼女は皇女だけど、いままで何もできなかった。
 私達と出会ったから、リルカは強がりもいえるようになっていた。

 私が大人になってきたように。
 リルカも皇女として、『成』ってきているのだろう。

3‐4 卒業式

 卒業式の日は、妙に風が強かった。

 最後の制服のスカートを翻し、花びらがふき流れる中、花束を持って歩く。
 私たちは四人揃って、出会ったときの、校舎裏グラウンドにきていた。

「始めて会ったのが、二年前だなんて。早いね」
「あのときのリルカは空気読めない女だったな。マジでお前はなんなんだよって思ってたよ」

「自分が変なことくらい知ってる。ねえ。あのとき、タメ口聞いてくれてありがとうね」
「お礼とかいらねーよ」

「あえてよ。あえて! 卒業したら地位が確定しちゃうからね。人前じゃもう仲良くできないかも知れない。だから……。いまなら不敬なこといくらでもいえるわよ!」
「言って欲しいのか? マゾなのか?」

 リルカはドキドキした顔になる。

「いいわよ。どんとこい!」
「良い尻してんね、お嬢さん」

「不敬。100回お尻ペンペンの後、一生私の奴隷になる刑に処す」
「言動に対して、罪が重すぎる!」
「えへへ……。うーそ!」

 リルカと口でたたき合っていると、キトラとマティが最後のタイマンを始めていた。
 制服のふたりがヴェールを浮かべ、燐光を纏う。
 金色の稲穂の髪の女が玉鋼の刀を、孤狼のような銀髪の女が双刀を構え、対峙する。
 私とリルカは、どちらが勝つかいつもの賭けをする。

「私はキトラに」
「当然マティよ」

 戦績はキトラから見て49勝、49敗だ。
 二年前はふたり掛かりだった皇女の護衛のアサシンだが、今はキトラひとりで相手取れるようになっている。
 私もまたキトラが継続的に殺しにくるので鍛えられている。階梯も九階梯まであがった。 キトラとマティは共に十二階梯なので、群を抜いているといえる。

「この勝負が終わったら……」
「ああ。私らは兵士。君は第七皇女。中枢宮に名を連ねることになる」

「私は、まだ嫌。卒業したくない。だから我儘を聞いてね」
「もう慣れたから。好きにどうぞ」

「あなた達の入隊はとり消したわ」
「はぁ?!」

 さすがにこれは驚かざるを得なかった。

「一ヶ月後。7大国主導の77国協約会談〉が行われる」

 我儘の裏に思惑があるらしい。

「私は第七皇女としてあなた達に個人的な護衛を頼みます。だから悪いけど。入隊は見送りさせて貰うわ。皇女特権でね」
「……ロスタイムのつもりかい?」

「おまけの人生、かな」

「その言い方じゃあ、これからの皇女としての時間が人生終了みたいだな」
「ええ。人生終了よ。拘束されて生きるしかないから」

 卒業して大人になって、人生が始まるのはこれからなのに。
 リルカにとっては学園生活の終わりが、まるで処刑宣告のようだ。

「だから力を頂戴。ルコ……」
「ちょ、リル……」

 彼女の制服と私の制服が重なる。

 金と銀の剣戟の背後で、私とリルカは抱き合っている。

 皇女という立場が、苦しいものだとわかっていた。
 卒業するまでにリルカが書いた〈許可証〉は千枚を超えている。
 勉強のノートの数よりも、彼女を縛る〈許可証〉の数が多かった。

 監視の眼もマティだけではない。

 無数の〈眼〉が私たちを見ていることに気づいていた。
 マティはが多くの護衛をすることで、他の【監視】からリルカの負担を逸らしているいるのだとも、一緒にいて気付いたことだ。

「これをあげる。こないだいった〈三番目の選択〉」

 リルカの花束から、ころりと何かがこぼれ落ち、私の花束に入り込む。

「この宝珠は食べることができる。食べれば宝珠はあなたと同化する」

 耳元で囁くように、リルカの告白がされる。

「宝珠の名前は〈マスターキー〉」

 いつもは天使のような女が、今だけその横顔は、罪に加担させる悪魔めいている。

「〈マスターキー〉の宝珠には皇国の真正血統である私の血を吸い込ませている」
「バレンタインのチョコに血でも入れる女かな?」

「大海嘯を超えたいならこうするしかない。私の血を含んだマスターキーを取り込むことで、あなたのヴェールに〈認証〉が刻まれる。あなたの存在が擬似的に〈皇女の血統〉を得る。これは〈拡張子〉の書き換えとも呼ばれている」

 拡張子とはコンピューターのプログラム認識の記号のことだ。

 つまり複製された世界に住まう私達は、世界を渡る際に隣の世界へ向かう〈コード〉を必要としていて、それが〈マスターキー〉と〈拡張子〉ということだろう。

(こいつの言っていることは、噛み砕くだけでも、やっとだ。私がリルカと同じ認識を、世界から得るってこと……?)

 リルカと私はみている世界が違う。
【世界の知識】への壁がある。
 その【差】が、私を苛立たせる。

「君は……。なんでも私に与えて。神様気取りかな?」
「勘違いしないで。磁気嵐までは空挺でもいける。問題は〈光る滝〉の方。私達は正当血統でなければ、隣の世界にはいけない。〈拡張子の書き換え〉をしないと無理なの。光る滝は【存在を消し去る】から」

 リルカの温もりが離れる。ちょっと涙目だった。

「受け取ってくれる?」

 私は〈マスターキー〉と呼ばれた宝珠を眺め、リルカの前でぱくりと食べた。

「もぐ……。君は……。もぐもぐ、辛気くさいのが似合わない」
「躊躇なく、食べるなんて……」

「こっちのほうがおもしろいからな。まずかった」
「ありがとう。それを食べると1年後、全身が爆発して死ぬわ。ご愁傷様」

「おい! ふざけんな」
「冗談よ。本当はヴェールの力が〈開門〉される」

「メリットだらけじゃん」
「〈マスターキー〉は真正血統がヴェールの力を強化するけど。エネルギーをひどく消耗するの」

「私のような健康優良狩猟少女じゃないと使いこなせないってわけね」
「あなたを守りたかった。私は闘えないから……。いままでの、ありがとうの意味も込めてね」

 リルカが暗くなってきたので遮る。

「まだ君の護衛がある」
「皇女特権の指名はしたけど。あなたは断れるのよ?」
「私が断るかもしれないと思って、マスターキーなんぞを渡したのか? 私が君の頼みを断るわけないだろ。つうか皇女特権なんかつかわないで素直にこいよ」

 リルカが私の腕をとる。

「じゃあ。もう少しだけ、一緒にいよ!」

 グランドの向こうでは、キトラとマティの決着がついていた。

「はぁ、はっ、わ、わたしの、かち、です、ね……」
「息が、あがっているね。忍者なのに。鍛え方が足りない」

「勝ったのは、私、です。勝ち越し。く、はっ……」
「ボロボロだね。マティ」

「あなたの首に刃をつけたのは、私です」
「勝負は預けておく」

「剣士……いえ。キトラ……。いい刺激でしたよ」
「戦場で会ったら、容赦はしないけど」
「こちらのセリフです」

 剣士とアサシンが握手をする。キトラからみて49勝50敗だが、出会ったとき負けていたものが、二年の間で追い上げていた。
 趨勢を見届けリルカは一息つく。

「私は良い皇女になるわ。民のことを一番に考えて、会談を成功させる。怖いけどね……」
「気負わないでさ。私らもいるんだから。ロスタイムを楽しもうじゃないか。マティには言ったのか?」
「実はまだ……」

 リルカがマティに「実は別れはまだで、護衛を頼んだからもう少し皆でいます」と伝えると、アサシンは不機嫌に眉間を抑えた。。

「如何にお嬢様とあれ。あまりにひどい! 剣士と良い感じに分かれたのに!」
「ごめん。ごめんって! マティ」

 振り向くとキトラが私の斜め後ろで、腕組みをしていた。

「あのふたり。喧嘩できるようになったんだね。よかった」
「ちょうどいいんだよ。姫と護衛だからって、あいつらは堅苦しかった」

「僕もルコちゃんと、あまり喧嘩をしなくなった」
「気のせいだ。たびたび私を殺そうとしてくるの恨んでるからな」

「頑丈な砲台になってくれて嬉しい」
「物質的に私を見るんじゃあない」

「感情的にみたらひどいことになるけど」
「お前の感情は重すぎて怖いね」

「まだ見せてないこともあるけど」
「怖すぎる」

 相変わらずキトラは、物理的にも精神的にも重い女だけど。
 もう少しだけ。春めいた時間が続きそうだ。

3‐5 烙印


 私が子供の頃、両親が烙印で死んだ。

 烙印とは、ケモノを避けるために中枢宮が推奨したナノモルの刻印のことだ。だがその実態はケモノをおびき寄せる真逆のものだった。烙印は打てば打つほどケモノに襲われて人が死んだ。烙印は病を引き寄せる効果もあるらしい。

 火葬場は溢れかえった。

 烙印が命を奪うものだが、報道は烙印を打て、命を守るために、と逆のことをした。天帝ルガつ皇国の報道は狂騒にまみれていた。烙印の騒動の後、会戦が決まった。はじめに大人が徴兵されて消えて、次に男の子が消えた。ケモノが溢れているというのに、人間同士で戦うなど
愚劣の極みだったが、多くの人は報道の動員に従った。

 私は火葬場でキトラと出会った。
 私達は、女で、子供で、世界は敵だらけだったけど。

 ふたりでどうにかして狩猟をしてお金を稼ぐことにした。

 初めから強かったのはキトラだ。

 私は一人だと死んでいた。こいつに負けたくないと思えたからヴェールも魔弾も覚えて成長できた。

 いまは兵に志願するなんて言っているけどと、本当はわかってる。
 世界の何もかもはおかしくなっていて。あるいは初めから壊れていて。

 私達から正常を奪った。どこかでは戦争が続いていて、戦争を止める権利を持っている人間は、止めるフリだけして何もしていなくて、国民は権力に弱いから、唯々諾々に従うだけだ。

 つまり兵士になるということは、私達から奪った連中に養分を与えるということだった。
 だからって。仕方がないじゃないか。生きるしかないんだから!

 大海嘯を目指すってのは、せめてもの、反抗なんだ。
 誰もやれなかったことをやってる。そう息巻くことが、私の叛逆なんだ。

 私は大人になって【現実】を身にしみている。

 誰も超えたことがないものを超える?
 世界の行き止まりの【滝】を超える?

 自分のことを、【誰もやったことがないことができる人間】だなんて、思えない。
 それが大人になるってことで、私はほとんど大人になっている。

 脳内での葛藤はやがてねじれた結論へ至る。
 死んでもいいからやってみたい。

 むしろ。死ぬとわかっていることに挑戦して、【そのまま死にたい】。
 私は結局変わっていない。
 死ねば、この奇妙な、壊れた世界と、おさらばできるんだから。

 私は戦う力をもっていて、世界への適応できる。
 同時に、この壊れた世界に養分を与えたくもない。

 それが私の本音だ。
 派手におさらばして、おかしい世界を飛び立ってやる。

 唯一の懸念は、リルカだった。
 リルカの存在は、私の【死にたい、飛んでおさらばしてやる】という、思いを逆転させている。

 生きて、あいつを、守りたいと思う。
 第七皇女。77カ国階段への、皇女の参入。国家間交渉。
 彼女を囲む無数の護衛の一部に、友人である私達が抜擢された。

 リルカが皇女として動くことは、壊れた戦争ばかりの世界を是正するために動くということだ。
 それは、世界への息苦しさを感じる私にとっての救いで……。

 死にたいが、生きたいに変わることだった。

 飛んでおさらばするのか。
 残って、彼女を守るのか。

 私の中には大海嘯を超えるための〈マスターキー〉が刻まれている。
 両親を殺した烙印とは違う。

 親友からの〈祝福〉が、私の中に刻まれている。


 

4‐1 世界の盟約

四章 世界の盟約



 眼前には全長80メートル高さ24メートルの戦艦がそびえていた。
「すごいパワーだ!」
 私はつい声をあげてしまった。
「記念写真、とりましょうよ!」
 リルカが現像機付き一眼レフと呼ばれるカメラを持ってくる。皇女特権でロストテクノロジーを復活させたらしい。
「はい。タイマーセットしたわ!」
 リルカは皇女のくせに、こうした雑用を自分から買って出ていた。去年まではマティが「私がやります」と護衛らしいことを言っていたが、リルカは一々自分がやると言い出すので、私とキトラは「好きに放置しようぜ」とお客様気分だった。
 皇女相手にやる気ゼロなのはいかがな物かと思うが、リルカは生来世話をするのが好きな性格らしいので、ぐうたらでいてもよさそうだ。
「はい。チーズ! タイマーセットしたわ。走らなきゃ!」
 左からキトラ、私、リルカ、マティと並び写真を撮る。
 現像機能付きなので、その場でできあがりを見る。
「マティ。あなた残像だわよ」
「アサシンですから」
「現像の瞬間に飛んだわね! ちゃんと映りなさいよ」
「……恥ずかしいです」
 これもマティの本音だろう。
 リルカとマティは、皇女と護衛以上に言い合える仲になっているようだ。
「キトラぁ。アサシンのホールドよろしく」
「離しなさい……。剣士」
 キトラがマティの肩に腕を回す。メイド姿のアサシンは掻いてみるが、狩猟剣士の力からは逃れられない。
「僕の50勝だね」
「勝負ではないでしょう」
 写真が現像された。
 リルカは笑顔で、マティは無表情。キトラは笑顔のようだが、仏像のようなアルカイックスマイルだ。
「ルコはドヤ顔だわね」
 リルカに小突かれる。
「ドヤ顔じゃねーよ!」
 マティとキトラも「ドヤ顔ですね」「ドヤ顔だねぇ」と腕を組み頷いていた。
「もぉ! とりなおし! とりなおしだよ」
「いいじゃない。私はルコのドヤ顔がみたかったの。キトラもそうでしょう?」
 リルカに聞かれ、キトラはわかりみ激しい顔で頷く。
「ルコちゃんは偉そうにしているときと、吹き飛ばされているときが輝いている。うんうん。リルカはわかってる」
 前者はいいが後者はどういうことだよ。
 リルカはひらひらと歩き、戦艦の入り口、ハッチの開いた階段を登っていく。
「戦艦に入りましょう。温泉もあるのよ! マティ。手配はどう?」
「22時から23時の間、温泉は貸し切りました」
「修学旅行のときは許可が降りなかったからね。でも今は違う。好き放題よ!。夜になったら皆でお風呂入りましょう!」
「会合があるだろ。気が早い」
 私はリルカが妙に元気なことが気になっている。
「楽しみがあると思えばがんばれるでしょう」
 リルカは皆でお風呂に入ることを本当に楽しみにしているようだ。
 私はといえば、お風呂はひとりで入りたい派だった。貧相な姿をみられたくなかったからだった。
 ダイダロスに入るとリルカは艦長に迎えられた。
「お待ちしていました。リルカ様。ダイダロス艦長ウィルグリムと申します」
「出迎え感謝します、ウィルグリム」
 壮年だが精悍な顔立ちの艦長が、リルカを迎えた。
 リルカは艦長に付いていき、艦長室に向かう。護衛には迷彩化したマティがつく。
 私とキトラは小一時間、ロビーで待機する
 キトラからぽつりと呟いた。
「リルカ、大丈夫かな」
「リルカより私らだ。これはチャンスだと思うんだ」
「戦艦は大海嘯の付近に行く」
「周辺の視察もできる。けれどそれよりも……。軍人や高位狩猟者のツテができる」
「大海嘯へ行くための準備でもあるけれど。軍に入る前に、顔を覚えて貰うってことでもある」
「入隊はリルカに誘われて延期にしたけどな。姫様は我が儘をいっただけじゃない。私らのことも考えてたって訳だ」
 私は屈強な軍人、狩猟者が往来する戦艦内部を観察する。
 今回の任務は第七皇女リルカ・ルガツ・アイテールのミカニカ島への会談までの護衛だ。 私達とリルカの〈おまけの時間〉でもある。 船の乗員は戦闘員300名、非戦闘員300名で構成されている。
 正規軍の他に、辺境あがりの狩猟者も傭兵として搭乗している。
「十二階梯の人がたくさんいる。北方の英雄〈戦閃のランゴバルド〉さんだ」
「軍人の中だと〈障壁のジェラルド〉や〈光鎖のフィクサー〉もいた。リルカの護衛なだけあって、面子が本気だ」
 リルカは本当に第七皇女なのだと、やっと実感が降りてくる。全身に寒気もくる。
「リルカを守るって思ってたのにな」
 私はぽつりと呟く。『出る幕がない』と声が出かかるが、寸前でやめる。
 私たちはリルカの願望でここにいるにすぎないと気づかされる
(いや『私が』だな)
 マティはリルカの護衛として十分な戦力になっている。
 キトラもまた、マティと同格だ。
 リルカの世話係としておまけで乗船しているのは、きっと私だけなのだろう。
「ふたりなら。十二階梯も狩れるでしょ」
 キトラは椅子に姿勢良く据わりながら、当然のように漏らした。
 十二階梯は化け物で、十三階梯はもっと怪物だが、言われたら私も黙っていられない。
「当然だろ。S級のケモノだってぶち殺したんだ」
「元気ならいい」
 私が落ち込んでいるのを見抜いてきたようだ。弱気が反転してイキりたくなってくる。
「お前にいわれなくてもわかってるんだよ。私らはリルカの側にいるだけで、友達枠で役目は持ってる」
「皆でお風呂にも入るからね」
「私はなるべく遠慮したい」
 リルカは皇女して天帝ルガツ皇国の皇女として、大海嘯に最も近い島、ミカニカ自治区での会談に参入することを決めた。
 ミカニカ島に集まるのは、天帝ルガツ皇国と交易のある神聖ヴァリス連邦国を筆頭とする7つの同盟国だ。
 各国首脳との会談に入り、天帝ルガツ皇国の意向を示す。
 私たちはおまけだ。おまけの時間なんだから、それでいい。
 ロビーのソファーでふんぞり返っていると、見知った顔に声をかけられる。
「お前らぁ。なんでここにいる?!」
 狩猟者仲間で元ジャーナリストを自称する無精髭の男シムルグがいた。
「おっさん?! なんでいる?!」
「こっちのセリフだ」
「私らはリルカと同級生なんだよ」
「……第七皇女様じゃねえか。不遜だろうが!」
「いーんだよ。友達だから」
「なるほどな。俺のような零細狩猟事務所がどうして皇国軍から招集が来るのかと疑問に思ったが……。お前、姫様に気を遣わせたな」
「んなことはわかってるよ」
 シムルグの再会に驚きつつも、私はわかっていた。リルカが私たちに合わせて街で馴染みのある面子をあつめたのだろう。リルカ自身もシムルグらと面識がある。
 学費を稼いでいた時代にお世話になった狩猟者達と再会した。
「お前ら卒業したらしいが。どうすんだよ。俺らのとこに就職するか?」
「軍に入るか、狩猟者のままかは考え中だ」
「大人になればガタがくる。そもそも女で子供が闘うなんてだな……」
 またくどくどとおっさんの説教が始まった。
「もう子供じゃねーんだよ。だったら今から私とタイマンして……。いだだだ!」
 キトラに腕をひっぱられた。
「シムルグさん。心配ありがとうございます。いこ。ルコちゃん」
「おっさんに止められる筋合いなんかないんだからな!」
 私はキトラにひきずられながら、シムルグに叫んだ。無精髭の男はしょうがないものをみるような眼差しだった。

4‐2 蟹蠍戦艦ダイダロス


 蟹蠍戦艦ダイダロスが港を出発した。

 護衛予定は二週間。砂漠のオアシスを経由し、北方大洋にでる。 海を渡り、未開域付近の北方海洋の潮流を経由。三日間の航行の後、ミカニカ島へと入る。

 七カ国会談に、ルガツ皇国第七皇女としてのリルカを届けるためだ。

 戦艦の護衛が必要なのは、リルカの会談参入に当たって妨害が予想されるためだった。
 天帝ツガツ皇国は勢力としては8番目の国家だ。七つの大国の会談に参入することは、軍事的な衝突の意味も含まれる。

『リルカの存在』が国家の動きに関わってくるのだ。リルカは国家間の法、協定について交渉出来る立場にあるが、彼女を消せば当然交渉の火種は消え、戦争の口実が生まれる。
 リルカを守るための防衛戦力は、移動ひとつとっても必須事項なのだ。

「なんで私がこんなこと」
「リルカの友達枠だから。館長が気を利かせたんでしょ」

 私とキトラといえば、メイド服を着て給仕をしていた。
 夜の食堂は戦艦の乗員で賑わっている。
 パタパタと厨房と食堂を往復し、他の狩猟者や軍人へと料理の皿を運んだ。次々に食器を捌かなければならないので、キトラとはすれ違いがてらの会話となる。

「僕らが死んだら、リルカの精神状態が危ぶまれる」
「私は死なん」

「ヴェールの狩猟と、軍人との戦闘は違う。人は殺しに来る」
「だったらなおさらだな。切り替えよう」

 キトラに愚痴ってから私は切り替え完了。がちゃがちゃと積み上がる食器を運びながら、すれ違い様に情報交換する。

「あの髭の大男、北方の英雄〈戦閃のランゴバルド〉だ」
「僕は〈障壁のジェラルド〉と、〈光鎖のフィクサー〉をみた」

「強者がいるからって安心はしない。リルカの周囲は私たちが固めよう」
「今は食堂から、観察だね」

 私とキトラはメイドになっても、狩猟者根性は捨てられないらしい。
 お皿を割って怒られたが、心の中ではまるで獣だった

「何枚お皿を割ったんだ? 猫のほうが役に立つね!」

 食堂長に怒られたが、キトラも私も特に謝ること無く超然としていた。
 どこまでいっても野蛮だし、私達はこれでいいのだ。



 夕食の後はリルカに呼ばれ、戦艦内の露天風呂に来ていた。

「お風呂は貸し切っているから。はしゃぎましょう。はぁ~。開放的!」

 リルカは裸のまま、仁王立ちしている。

「ちゃんと巻けよ! 姫様(、、)

 私はというと、脱衣所の時点でしっかりとバスタオルを巻いていた。

「ルコって。こういうときは弱いのね」
「は、恥ずかしいだろ」
「へぇ。弱点、発見」

 リルカがまじまじと私をみてくる。私の横ではキトラも湯気では隠しきれない恵体を晒している。

「お前らさぁ。気が知れてるからって易々と晒せるかっての。だいたいキトラは恥ずかしがりだろ」
「うん。恥ずかしいよ。リルカがひとりで裸だと可愛そうだし」
「私のガワにつけよ」
「ルコちゃんは可愛そうじゃないから」

 キトラはリルカのことを可愛そうとでも思っているのか。そちらの方がリルカにひどいのではと考えたが、現状は2対1だ。

「どうせ湯船にいるときは心も裸よ! 観念しなさい」

 リルカの眼は爛々としている。あまりの抑圧のためか貞操観念がおかしくなってしまったのだろうか。

(リルカのこの感じ。どこかで見たことがある。小学生の頃の、他人の裸に興味がある感覚だ。エロというよりは人間への興味か)

 キトラがリルカに可愛そうと言っていた意味がわかってくる。
 仕方が無いので私もバスタオルをとる。

「裸の付き合いね!」

 リルカはドヤ顔になった。他人と露天風呂に入ったこともなかったのだ。

(付き合ってやるか)

 頭にタオルを乗せ、湯船につかる。

「ふたりとも傷だらけじゃない?」
「ヴェールでダメージは消せても。衝撃までは消せないからな」

 私もキトラも生傷だらけだ。
 13歳から狩猟者などという闘争を続けてきたのだから当然だ。
 リルカは私たちの傷をみて、伏し目がちになる。

「マティも、つらい傷を負ってるのかしら」
「肉体的なダメージは正直あんまり気にならないよ。煩雑な手続きとか。クソみたいな法律で金が減るとかの方が嫌だぜ」
「私が変えるわ。この会談で皇国の権利を、七カ国に主張する」

 リルカは私たちの傷の分まで、がんばりたいとでもいいたげだ。

「おーう。その意気だ」

 私は傷のあるほうがコクがでると考えているので気にしてないのだが、意気込むリルカに水を差すつもりもない。

「ところでアサシンは?」

 尋ねると、キトラが「ここだよ」と湯気の空間を指さしていた。人外だからかアサシンの迷彩を見抜けるようになったようだ。
 一見何もない場所だが、迷彩化したマティがいるらしい。

「なーんか赤いものがある」

 よくみると見えない空間には、血の筋が伝っていた。
 アサシンの声が帰ってくる。

「バレてしまっては仕方ありませんね。でゅふっ!」
「だ、大丈夫?! マティ! 怪我したの!?」
「心配ありません。問題は何も起きていませんよ」
「でもこんなに血が……!」

 リルカが駆け寄ると、さらに流血が激しくなった。

「お嬢様。近づかないでください。刺激が強すぎます」
「でも。こんなたくさんの血! 止血しないと!」
「ただの鼻血だろ」「鼻血だね」

 私とキトラは茶番だとわかるので、スルーすることにした。

「ふたりとも薄情よ!」
「リルカは近づくと悪化するだろ」

 私は吐き捨てるように言う。

「どうしてよ!」

 このアサシンがお姫様を溺愛しているのは、みればわかることだ。鼻血くらい噴出するだろう。

「なあアサシン。その迷彩ってどうやってんの?」
「ヴェールの表面分子をコロイドしているのですよ。服の上でも全裸の上でも、発動できます」

「まぁヴェールは最悪全裸の上でも起動できるからな。ヴェールの色彩設定を周囲に合わせれば理論上は可能ってのもわかる。でも修行でできるもんなの?」
「保護色のプログラムを組めばいけます。アサシンとしての収斂の賜物でもあります」

「なるほど。でも今は皆で風呂入ってるから。覗き見たいな真似はやめろよ」
「はぁ? 断じてのぞきではありません。護衛です。ご、え、い!」

 いつもダウナーで冷静なマティが錯乱している。

「キトラぁ。やっちゃっていいよ」
「りょ」

 キトラのヴェール能力は『触れたナノモルを相殺する』力だ。お風呂の中は大気中のナノモル濃度が低いので、ヴェール出力は5%程度だが、掌に集中すれば『触れたヴェール』を剥ぎ取ることはできる。

「えい」

 キトラが触れると、マティの迷彩が剥がれた。素肌に向かれたアサシンがでてくる。

「な、ななななぁ!」

 真っ赤な顔で鼻血を出したアサシンを、リルカが不思議そうな眼差しでみつめていた。

「マティ。本当に大丈夫なの? あなたらしくないわ。顔を真っ赤にして鼻血がすごくて……。本当に殴られたとかじゃないの?」
「ち、ちちち、違います! ああ、大変だ。お嬢様の素肌をみてしまうだけでなく、見られるなんて……」

 私はこのアサシンの生態がだんだんわかってくる。
 要するに結構変態ということだった。

「お前がリルカを覗く時点ですでに駄目だろ」

 逃げようとするアサシンの肩を、キトラががっしり掴んだ。鬣めいた金髪と、狼の銀髪がふわりと重なる。

「逃げちゃだめ、マティ。自分の気持ちに正直になって」
「おま。剣士ぃ。でも、私は、粗相を……」

「堂々としてれば大丈夫」
「しかしお嬢様と裸の付き合いなど」

「リルカも望んでいる」
「お嬢様も……」

 キトラは人外だけあって、同じく人外のアサシンの説得に長けているようだ。
 普段は鉄面皮のマティが、今は泣きそうになっている。流血したり泣き顔になったり珍しい姿を晒しているが、本人が一番つらいだろう。

 私としてはおもしろいからいいのだが。

「おいで、マティ」
「なんて、聖人なのでしょう……。ぐふっ!」

 護衛そっちのけでアサシンは気絶した。温泉は堪能したので、マティを介抱しようという流れになる。
 湯上がり浴衣を着て、私は自販機で珈琲牛乳を選ぶ。

「僕はフルーツジュース」
「私は炭酸にしようかしら」

 リルカがマティの膝枕を始めたが私とキトラで必死に止めた。マティが目覚めたときにまた、赤面してしまうだろうからだ。
 結局アサシンは私が介抱することにした。
 マティを膝枕していると、温泉の外から殺気を感じる。

「気づきましたか。ルルカロス」

 私の膝でマティが目を覚ます。

「気絶してもアサシンなんだな」
「艦内に裏切り者がいます」
「私も食堂で少し感じた。一筋縄ではいかなそうだ」

「お嬢様の周囲は一枚岩ではないですが……」
「『虫』ははどこにでもいるもんだぜ」

 戦艦は出発し、北方海洋の真ん中に向かう。リルカの会談まであと二日の航海が残っていた

4‐3 大海嘯への接近

 北方海洋に入ってから、私は展望室で見張りの仕事をしていた。朝、昼、夜は給仕を空き時間に見張りというスケジュールだ。
 水平線をみていると未開域の大陸の影が見えてくる。

(大陸、影だ)

 私は故郷の海の街から見えていた〈踏み込めない大陸〉を思い出す。
 星竜世界は〈未開域〉に囲まれている。未開域は高い絶壁と滝、ケモノの群れに囲まれているため揚陸は不可能だ。
 空挺で上空を行く場合も、磁気嵐に阻まれ撃墜される。
 先に踏み出すことは決してできない。暗黒大陸の別名を持つ、閉じ込める大地だった。

「ここに居ると思った」

 展望室の私の隣にリルカが立つ。

「あなたには見せたかったの。もうすぐ大海嘯もみえるわ」

 リルカが展望室の窓を開ける。海風に真紅の髪が揺れる。
 目をこらし水平線をみつめていると、遠くに山のようにそびえる巨大な滝が浮かんだ。

「大海嘯だ。子供の頃は遠かった。こんなに近くで見るのは初めてだ」

 大海嘯は未開域への入り口とされる唯一のポイントだ。
 北方海域の中心に、断崖の割れ目に流れる天よりの光る滝だった。

 誰も超えたことがないものが、手の届く距離にある。
 だが今の私はもう、半分大人だ。

 夢と現実の区別ができつつある。
 眼の前に目的がそびえると、私の中には高揚の他にも『怖さ』があった。

 大人になってきたんだ。だから……。
 誰も出来ないことを自分ができるわけがないと、薄々わかってきている。

(リルカもキトラもマティもいる、楽しい時間を手に入れたんだ。『現実』って奴にも少ないけど仲間はいて……。マシなのかもしれない。今なら、諦めることだってできるかもしれない)

「この海洋ルートを通ったのは、あなたにこの景色をプレゼントしたかったから」

 リルカは大海嘯を背中に、いたずらげに微笑んでみせた。
 私は、黙っていられなくない。

「姫様らしい傲慢だな。私だって子供の頃から、遠目でこの滝をみていた。プレゼントなんて謂れはない」
「怒ってくれるから、あなたは私の隣にいる」

「君には、返せるものはない。だから受け取らない」
「返しきれないものを貰ったのは私の方。だからあなたが欲しい景色どころか。なんでもあげたい」

 ここまでの会話だったら、私はリルカに怒りまでは抱かなかっただろう。

「あなたには、まだ会わせたい人がいる」
「どんな奴だ。軍人か。超偉い閣僚なわけはないだろう」

「どちらでもないけど。あなたには必要な人よ」
「なぁリルカ。私はもう良い気がしたんだ。大海嘯を超えるなんて、間近で見たらさ……。夢みたいだって。みんなで楽しくやれたらもう……」

 天よりの光る滝はごうごうと流れ落ちている。
 視界いっぱい山のようにそびえる滝をみて、私はつい独白する。

「私は世界が嫌いだった。人が死ぬ烙印を政策としてばらまかれて。両親が死んでも市民は何も言えなくて。ただ『見えない何かにやられるばかり』で……。今は少し違う。幸せかもしれないんだ。これからさ。キトラと一緒に軍人になって。マティと一緒に君を守って。君を守れる地位まで昇る方が、現実だって。ちゃんと生きる道があるんだって……」

「それは、だめ」

 リルカは私を一蹴した。

「だめ。あなたは大海嘯を超えるの。今は弱くても、『世界の外』に行くの。諦めるなんて許さない」

 私はリルカに押された。涙目だった。彼女の涙が大海嘯の遠くの虹色の光源を受けて、キラキラ輝く雫になる。
 ぽわぽわした姫様と思っていたのに、直接的な怒りによる逆襲は、初めてな気がする。

「私だって大人になってきたんだよ。……招集だ。そろそろいくよ」

 館内アナウンスが入り、私は展望台から立ち去る。
 今のリルカからは、逃げたかった。

 私の子供の頃を見ているようだったし、子供の頃の無謀さを実現できる力を、リルカは持っている。
 無邪気な力が、怖かったんだ。

「覚えて頂戴。私は皇女であなたはメイドよ。気が変わるなんて許さない。命令してでも大海嘯は目指して貰う」
「私は君の命令なんか聞かない。側にいれる立場は目指すがな」
「まだ、そう言ってくれて嬉しい」

 皇女になっても友達のまま。
 だけど。この付き添いが終わったら、彼女とは身分の違いゆえにしばらく会えないだろう。

 友達だとしても。一緒にいるためには口実が必要だった。
 だから私は兵士になって、出生して。側にいようと言ったのに。
 リルカは私に『世界の外』へ行け、なんて言う。すれ違いも甚だしい。

「もう、いくね」
「ああ」

 
 リルカが去ったあと、私は展望台の向こうに飛翔機の影を見た。
 ブリッジへ通信をいれる。

『艦影を視認。観測続けます』

 私が通信を繋げるや、砲撃音が鳴った。接近すればヴェールへ御の戦闘も始まるだろう。
 大気中のナノモル濃度は80%はある。私はメイド服のまま、ナノモルを全身に充填。ヴェールと魔弾杖を顕現する。

「艦隊戦の初動では、索敵ドローンからしかけてくる。私が動いた方が良い」

 遠くにはドローンの影。通信を繋いだまま、魔弾の照準を合わせる。指示を待ちつつ迅速に動くことにした。

4‐4 艦隊戦(原始格闘と魔弾砲撃)


 メイド姿のままヴェールを顕現しつつ、私は展望室から甲板へ。海風の中、背後の敵艦を視認しつつ通信役となる。

『初動はドローンが予想される。ヴェール外で視認を続けつつ、迎撃に入る』
『了解した。索敵を続けてください』

 ナノモル文明の戦艦には分厚いヴェールの結界障壁が張り巡らされている。
 既存兵器の多くはこの〈ヴェール障壁〉によって無効化することが可能となったためだ。 ヴェールは破壊されても水晶殻化するため、戦艦の防御力と経線能力はひたすらに上昇した。

【戦艦の撃沈リスクが軽減する】

 だがこのことは安全を意味しない。
 艦隊戦の形態は【近代以降の兵器戦と、中世以前の原始的近接戦の融合したもの】となるためだ。
 私はつたない頭で艦隊戦の定石を思い出す。

(〈ドローン〉の次は〈投下ポッド〉が来てヴェール使いが直接投下される。内部からめちゃくちゃにしてくる)

「まずはドローン」

 ダイダロス周囲にヴェールのバリアが展開される。艦隊戦はエネルギー出力のぶつけ合いだからだ。
 私はバリアの外にでて、小回りの聞く索敵役となる。

「見えた」

 背後の戦艦を視認していると、無数のドローンが、黒い虫の大群のごとく飛来する。

 ドローンの機銃は生身の人間なら致命傷だが、ヴェールを纏った私には無意味。
 機銃をヴェール障壁で弾きながら魔方陣(立体光学演算)を展開し、魔弾杖を向ける。

「荷電粒子、充填、収束」

 ナノモル分子に回転を与え荷電粒子化。

「射出」

 魔弾杖から極太のレーザーが放たれ、ドローンの群れを掠め焼きはらう。
 数体が私の横をすり抜け、戦艦のヴェール障壁に付着した。

『ドローン群は7割ほど迎撃したが、数機が艦隊ヴェールバリアに接着。解析頼む』
『付着したドローンは二機。通信マーカーが確認されました。二機のポッド飛来が予想されます。ヴェール内に避難してください。ルルカロス。階級は?』
『階級は……。メイドです!』

 ドローンの主目的は。マーカーをつけることだった。
 マーカーを頼りに〈投下ポッド〉が射出され、敵艦隊勢力よりヴェール兵が直接乗り込んでくるのだ。

 ヴェールの障壁のある艦隊で兵器が通用しないから白兵戦となる。

 原始近接戦闘である。

 私は指示通りヴェールバリアの外から中の甲板へと避難。
 戦艦に展開されたヴェール障壁の【穴】をみつけ、すべりこむ。

 見上げると上空から飛来する〈投下ポッド〉の影がみえた。
 ドローンのビーコンを目印に、上空空挺から投下されたのだ。

 投下ポッドは落下の衝撃でヴェールにダメージを与えることが出来る。
 盛大な亀裂の音と共に、ドーム状の艦隊ヴェールにポッドが突き刺さる。

 ポッド下部には〈爪〉が生えており回転することで展開したヴェールを掘削。やがてポッドはヴェールを突き破り、甲板に落ちる。 私の目の前でポッドの扉が開く。

 現れたのは全身を装甲で覆ったヴェール兵。
 頭部装甲は処刑人めいた意匠で山羊の頭蓋骨を嵌めている。

「単身で勇気のあることだな」
「子供のメイドがヴェール兵か」

「あいにく私は強いぜ」
「悪いが俺達は薬物で倫理を抑制している。容赦はできない」

「少年兵は教義に洗脳されると危険だからな。だが私は少年兵とは違い、意思がある」
「死にやすいやつの自己紹介だな」

 装甲兵は左右の腕にパイルバンカーを構えている。
 重装甲で受け、パイルバンカーで即し攻撃をする戦闘スタイルのようだ。

(頭部装甲までをヴェールで覆っている。このヴェール量は……。〈十三階梯〉だ)

 ヴェールの充填は、肉体が大きくなるほど難易度が高くなる。
 私やキトラなど市井の狩猟者は、制服や衣服の上からヴェールを纏っているが、十二階梯以上の狩猟者は衣服ではなく装甲の上までヴェールで覆う。
〈容量〉が純粋に大きいのだ。

 ふぉんと風が切れた。
 装甲兵が鉄塊の颶風となって私を蹴り飛ばしていた。

(見えなかった。こんなにまで力の差が……)

 目を開くと十三階梯の山羊頭の装甲兵の周囲を、ダイダロスから出てきた一般ヴェール兵が囲んでいる。
 私を蹴り飛ばしたのは手心ではなく、乱戦のためだ。

 山羊頭の兵士が、両腕に搭載したパイルバンカーを唸らせる。
 ばぎんっっ、というパイルバンカーの音でヴェール兵が即葬されたとわかる。
 つまり、一撃で、胴を貫かれたのだ。

『すまねえ。後はまかせ……』
『まさか、十三階梯がこれほどの強さなんて……』

 砕かれたヴェール兵は水晶殻となり倒れ伏す。水晶殻から逃げ出すことはできるが、生身での戦闘に加わるのは自殺と同じだ。
 水晶殻となったものは皆一様に殻にこもって、沈黙するしかない。

 私は乱戦の隙をみて、魔弾杖を山羊頭に向ける。
 周囲のナノモルを収束し、荷電粒子として射出。

「魔弾の対策はできている」

 山羊頭の装甲兵が背後の盾で、荷電粒子を受ける。

「ナノモルを粒子にして飛ばすようだが、要は熱だろう。熱なら盾のコーティングだけで受けることができる。その技は時代遅れだ」

 私の技はケモノには効いても、人間には効かない。たやすく対策されてしまう。
(私の魔弾杖の力は、ただの遠距離武器じゃない。ナノモルの〈収束〉と〈射出〉だ。接近して〈収束〉を使えば、こいつのヴェール装甲は剥がせる。けど……)

 体術に差がありすぎる。その隙に斬られては意味が無い。
 巨大なケモノを狩ることはできても、素早い人間相手では、魔弾杖はこんなにも無力なのだ。

 十三階梯狩猟者、山羊頭の装甲兵は6人のダイダロス兵に囲まれるも、的確にパイルバンカーを打ち込んでいく。
 十数体の水晶殻が、ごとごとと量産される。。

「さて。ヴェール発生装置を壊すとしよう」

 装甲兵は私を無視し、ダイダロスのヴェール障壁発生装置へパイルバンカーを向ける。
 ヴェールバリアを破壊するつもりだ。

 ダイダロスの障壁が消えれば、敵艦からの砲撃が通るようになる。
 乗客ごと一気に撃沈される結果となる。

「おい」

 私は近づき、魔弾杖を向け〈収束〉を起動した。
 装甲兵のヴェールがぐにょりと剥がれ、私の魔弾杖の先端で〈光弾〉となる。

「ほぅ。驚いた。俺のヴェールに一時的に穴があいている。打ち出すだけでなく相手のヴェールを球に変えれるのか。みくびっていたよ」 
「打てばあんたも致命傷だ。よくも舐めてくれたな」
「どちらが速いか、試してみるか?」

 私は無言で勝負に同意。
 引き金を引けば、荷電粒子を直撃できる。

(装甲兵は私にパイルバンカーを打ち込むしかないが、構えが発生する)

 魔弾杖とパイルバンカーが向き合う。
 上空から、新手のポッドが戦艦に着弾! 

 それが合図になる。
 荷電粒子の引き金を引く。

「俺のヴェール能力は〈重力〉だ」

 身体が引っ張られたことで、照準がずれた。
 荷電粒子は山羊頭の肩口にかするも、〈収束〉で開けた〈穴〉からは逸れてしまう。
 魔弾は装甲兵の肩で火花を散らせるのみ。直撃はできなかった。

「中々の威力だが。装甲は貫けない。お前の開けた穴も、もう塞がった」
「声も、で、ないのか……」

 私は重力の能力で、足が埋まっている。
 パイルバンカーががこんと充填され、私に杭を照準する。
『終わり』が打ち付けられようとしている。

 稲穂の金色の鬣が、視界の端で揺れた。

 パイルバンカーの先端が、切断されるのを、私は加速する感覚でみている。
 キトラが飛翔しつつ割り込み月蝕刀で、パイルバンカーを斬ったのだ。

 山羊頭の攻撃は、どうにか受けずにすんだ。

「選手交代だ。ルコちゃん」
「次のメイドは骨があるようだな」

 キトラの右腕には玉鋼の刀。
 左腕には二本目の月蝕刀を生成。ヴェールから生まれた刀身が虹色に揺らめく。月蝕刀を造ったことでヴェールの装甲が薄くなる。

 上空からは第三、第四のポッドが落下し、ダイダロスに落下する。
 現れるのはすべて十三階梯のヴェール兵だ。いずれもパイルバンカーを持っている。重装甲強近接タイプだ。

 こちらの艦内からも上位の狩猟者がでてくる。
 シムルグが指揮を執り、新手のの十三階梯達と拮抗していた。

(私の役割は、やられることじゃない)

 ヴェール発生装置が破壊される。
 艦隊の左舷の障壁が一部消える。
 背後の艦隊が回り込み、甲板に砲を定めるとわかる。

(障壁の穴に砲撃されれば撃沈される)

 白兵戦によって障壁装置を破壊した後は、近代兵器の出番だ。巨大な熱線兵器によって看板を焼きはらう。

(私ができること)

 周囲には破壊された味方のヴェール兵。
 水晶殻に身を包み、戦闘の趨勢を見守っている。
 水晶殻は高い防御力を持つ生存機構。時間制限はあるが、ちょっとのことでは破壊されない。

「盾にする」

 私は水晶殻となった仲間を持ち上げ、甲板の〈障壁の穴〉を塞いだ。

『おいやめろばか!』『俺達を肉壁に?!』『ふざけるなメイド!』『人間のすることじゃねえ!』などの戯れ言が聞こえるが、砲撃で撃沈されたら元も子もないのだ。
「しなねーだろ」

 二十人ほどの水晶殻で〈障壁の穴〉を塞ぐ。 私が悪い笑みを浮かべると同時に、左舷の敵艦から熱線が放たれる。

 水晶殻の〈人の盾〉によって艦砲からの魔弾の威力は減衰。

『ひとでなし!!』
「ありがとう水晶殻。頑丈でなによりだ」

 ひとでなしの防御だが、甲板は守られた。

4‐5 限界突破


 キトラは山羊頭の装甲兵を見おろしていた。

「月蝕刀、か。なるほど。珍しい能力だからと対策を怠っていた」

 キトラの人外の動きと月蝕刀のヴェール貫通は、重装甲とすこぶる相性が良かった。
 キトラの戦型は【月蝕刀でヴェールに亀裂を開け、玉鋼の刀の質量で押す】というものだが、装甲兵の関節を的確に狙うことで押していた。
 山羊頭の装甲兵は重装甲、高火力、高経線能力が、キトラに対しては鈍重さが弱点となっていた。

「はっ、はぁ……。ふぅ、ふううう……」

 山羊頭の兵のヴェールが切れる。粒子をあげ装甲が崩壊。水晶殻となりかける。
 キトラは玉鋼の刀を打ち付け、甲羅を割るように水晶殻を撃破。
 殻が割れた後、装甲を纏った男がでてくるが、ヴェールは当然枯渇し、生身だ。

 山羊頭の男は全身から流血している。

「お前の勝ちだ。殺せ」
「はぁ、は……、ふ、うぅ……」

 キトラは右手に玉鋼の刀を、左手は月蝕刀を持ち、生殺与奪を握っている。
 だがキトラの様子はおかしい。
 私は、キトラが精神的に押されているのだと察する。

「ぅ、殺す。殺せば、守れる。殺せば……」

 キトラの腕が震えている。目の焦点も合っていない。
 山羊頭の装甲兵はすでに行動不能だが、ヴェールが切れても生きていれば不穏分子になる。
 キトラの代わりに、私はその生身へと魔弾杖を打ち込んだ。

「ぁ……」

 私の胸の中にどす黒い感情が染みのように広がっていく。これくらい耐えられる。
 キトラが殺すことに抵抗があるなら。私が引き受けてもいいと思った。
 ためらえば友達が死ぬからだ。

「まだ終わっていない」

 私は人に向けて、とどめを刺した。
 生まれて初めてのことだった。それがどうした? ここは戦場だ。

 相棒がためらっていたから代わってやった。
 あの男は、キトラから隙を伺っていた。『甘さ』をみたんだ。

 なら、私が埋め合わせる。
 いつだってそうだった。キトラは力はあっても脇が甘いんだ。 

 まだ甲板での戦闘は終わっていない。
 甲板の逆サイドではシムルグの部隊が8人の降下兵を制圧していた。

 いずれも12~13階梯のようだが、シムルグの部隊は統率のとれた狩猟者だ。多数で囲めば上位階梯でも撃破できる。

「降下部隊は制圧したが……。くっそ。初めから、艦隊のバリアを消すのが目的だったのか……!」

 シムルグが毒づくのをみて、状況を把握する。
 ダイダロスのヴェールバリアに〈穴〉が空いていた。さらに海の向こうからは、ダイダロスの右舷と左舷を囲むように敵艦隊の遠影が迫っている。

 右舷の穴は〈コクーンの壁〉で塞いだので、後一発は艦砲からの〈魔弾〉は防げるだろう。
 左舷の敵艦から艦砲が向けられている。

(外れるのを祈る? 駄目だろ。障壁をつくらないと)

 艦砲の先端がナノモル粒子の燐光が浮かぶ。エネルギーが充填されている。
 シムルグが避難誘導するが、私はその選択は握手だと考える。

「シムルグ! 艦砲が来る。肉壁だ! 甲板を守れ!」

 私の叫びに、シムルグが反応する。

「無茶言うなクソガキ! 艦砲は人間のヴェールじゃどうにもならねえ!」
「私が魔弾で艦砲を減衰させる!」

「人間の魔弾が戦艦に勝てるか!」
「祈りは持たない奴の慰みだ。私らは武器を持ってる」

 私の中でリルカから貰った〈マスターキー〉が覚醒する。リルカはヴェール能力も上がると言っていた。
 魔弾杖の宝珠と私の体内のマスターキーがリンク。魔方陣が多重展開していく。

「ルルカロス。それは……」
「ちょーとだけ、出力があがる程度だよ。人間の範疇だけどさぁ。二倍くらい出せれば……。艦砲と私の魔弾。相殺くらいはできるかもしれない」

 私は左舷の艦影に向けて魔弾杖を向ける。
 二重に展開。頭痛がする。
 三重、四重と、螺旋状に膨らませていく。頭痛がひどくなる。

「ねえ。私に賭けてよ。おっさん」

 大気中のナノモル濃度は高い。戦場で砕け散ったヴェールのナノモルが、大気中に還元されているのだ。

(物量はある)

 リルカから貰った〈マスターキー〉とやらの副産物〈ヴェールの底上げ〉を受けた、自身の限界の突破。
 私は自分の本懐を知る。

〈収束〉を起動。
 破壊された仲間のヴェールを材料とし自分に集める。
 魔弾杖の先端には巨大な光弾が膨れ上がる。

「ぐ、うぅぅぅ……」

 こんなに膨大なヴェールを扱うのは初めてだ。支えきれずにふらついてくる。
 キトラが私の魔弾杖を掴み、押さえつける。

「角度が上向いている。ちゃんと照準しないと」
「わかってるよ」
「この魔法陣の組成式だと〈魔弾〉にならないで暴発するかもしれない」
「使うのが初めてなんだよ」
「じゃあ、人に頼らないと」

 キトラが魔方陣の組成イ式に、記述を加える。リルカから貰った〈マスターキー〉で強くなったが、私一人では四重起動の魔方陣を扱い切れていない。

「お前らぁ! 全員でこいつを支えろぞ!」

 シムルグが指揮をとり、狩猟仲間の皆で私の生み出した巨大光弾に組成式を整えていく。
 キトラだけでは魔法陣の組成式を整える知識がないので、狩猟者や軍人から詳しい人が知恵を貸してくれる。

『人間が四重起動できるものなのか』『だが実際可能だ』
『艦砲を避けることに祈るよりは、俺達でできることをしたほうがいいというのは正論だな』

『死ぬかもよ』『祈って艦に入っても同じだ』
『つべこべ言わない! この子の魔法陣の組成式を組むぞ!』

 超火力魔方陣に即興でプログラムを組まれる。大きなカブでも抜くみたいにシムルグ経由で知り合った艦隊の仲間、魔弾杖を支えてくれる。
 私の意識はすでに朦朧としている。

「はぁ、ふぅ。ふぅ、ふひ……」

 支えて引き金を引くだけで良いのに。
 膨大なナノモルの制御で、全身が張り裂けそうだ。

「左舷の敵影から、来るぞ」シムルグの声。

 おっさんはなんだかんだで、大人だ。ありがとう。
 キトラが私の異変を察したのか「寝ちゃ駄だめ」と、私の頬をつねってくる。

 敵艦隊から。轟音と熱奔流が空気を振動。
 ナノモルから生成した荷電粒子が放たれる。

「今だ」

 シムルグの号令で引き金を引いた。周囲の皆も魔方陣のプログラムを整えてくれた。ありがとう。
 
 艦の熱線と、私達の放った魔弾が海の真ん中で相殺。
 熱波と水蒸気が吹きすさぶも、ヴェールの残った者達で肉壁となり、甲板を守っていた。

「ルコは後ろに下がらせろ! 限界を超えてる! 絶対に生かせ!」

 射出を見届けた後、私の意識は遠のいていった。


 私のヴェールは破壊され水晶殻になっていた。ガンガンと貝が割られるように、殻が壊され、生身の私が引きずり出される。

(あれ? どうし、て……? しのいんだんじゃ、ないのか?)

「これで全部か?」

 どこかで聞いた声がする。
 食堂で働いているとき私は乗員の声を覚えている。

 北方の英雄〈戦閃のランゴバルド〉の声だ。
 目を開けると、ランゴバルドが私の髪を掴んでいた。
 ランゴバルドの隣には禿頭の男〈障壁のジェラルド〉が立っている。
 食堂でみた英雄が、甲板を占拠していた。

「どう、して……」

 生身の私は、甲板の隅に放り投げられる。
 隣ではキトラもまた、生身のまま倒れていた。

「どうしても何も。パイルバンカー部隊を呼んでいたのは俺だからだ。ドローンのビーコンは囮だったというわけだ。しかし……。お前のような低階梯メイドが戦場でこれほどの仕事をするとはな」
 
 ランゴバルドが吐き捨てるように言う。
 私は髭の男と禿頭の男を睨み上げる。

「お前ら。疲弊した皆を不意打ちで撃破したのか。姿が見えないと思ったら裏切っていたんだな」
「勘違いするなよクソガキ。裏切ったんじゃない。最初からだ」

 北方の英雄だろうが構わない。
 敵ならば許さない。生身でできることを考える。
 ヴェールの起動はできなくても、魔弾杖の一発くらいは打てるかも知れない。

「おっと、その杖には触るなよ。お前のことは危険視しているんだ」

 手を踏まれる。いよいよ最後の手もつきた。

「さて。後はフィクサーだが。あいつは任務をやってくれたかな」
「任務、って……」
「リルカ姫の暗殺だよ」

 私は先日の、お風呂場で感じた殺気を思い出す。

(やはり、こいつらだった。あの殺気だけで判断できていれば……)

 ふち、ごとりと。
 甲板に何かが飛んでくる。

〈光鎖のフィクサー〉の首だった。

 首を投げたのはマティだ。
 着物姿のマティが、双剣をだらりと構え、甲板入口に立っていた。

 背後にはリルカが佇む。
 隠れていれば良いのに、正面からでてきた。
 マティは少し困った顔をしている。きっとリルカが我が儘を言って、甲板についてきたのだろう。

『艦が沈めば、私も死ぬ。なら前線を制圧する方がいいわ』とでも言ったのかもしれない。

 リルカは英雄と称された男達へ向き直り、処刑宣告を告げる。

「マティ。この持ち達を」
「御意に」

 リルカの肩は震えていた。瞳には凶気が宿っている。

〈私達と同じだ〉

 戦闘とか。殺すとか殺されるとか。本当はできないことを、心を削って、無理矢理にしている。
 キトラが殺しをできなかったように。リルカもまた限界まで張り詰めている。
 心が千切れそうなほどに。

 リルカを殺されるわけにはいかない。
 ランゴバルドらは私から意識を逸らした。

 私のヴェールレベルは枯渇した。けれど。
 リルカのためにやれることが、きっとまだ、あるはずなんだ。、

4‐6 第三官界よりの死者

「敵艦の補足からは逃げ切りました。あなた方は裏切り者として処分されます」
「処分? 処分だと?」

 ランゴバルドは隆々とした腕を広げる。

「勘違いしていないか、姫様。あんたらの前には英雄の男がふたり。対してそちらはか弱い女性がふたりだ」

 ランゴバルドの言うとおり。戦力差は歴然だ。

「第七皇女殿下は勘違いしておられる。俺達はあんたを殺すつもりはない。保護をしたいだけなんだよ」
「乱暴な保護ですね。言語と行動が不一致した人間は信用という価値を永劫に失います」

「信用できない、か。なら信用ならない人間で組閣し続ければ、力を維持できる。そうは思わないか?」
「おっしゃる意味がよくわかりません」
「姫様は俺達(、、)の象徴でいなければならない」

 リルカはまっすぐにランゴバルドを見つめている。

「俺だって皇国を愛している。だから七カ国会談に向かうのはやめてくれ」
「愛とは軽々しく口にでた瞬間、腐臭を放ち始めるものです」

「あんただってわかってんだろう? この会談は無意味だ。皇国が刃向かったところで七大国には適わない」
「あなたは強者であるにも関わらず、従順でいることを選ぶのですね」

「わきまえているから強者なんだ」
「あなたの上役は?」
「皇国中枢宮だ。この意味がわかるだろう? 姫様さぁ。あんたがいかに正義を持っていようと、どれほど今の統治体制が腐っていようと、変えることは選んじゃいけない」

「皇国の現在は腐敗した民主主義という名前の、実質的な貴族体制です」
「姫様が自覚的ってのが笑えるぜ」

「ええ。ですから、【中枢にいる強者】が是正をしなければならない。それが私です」
「姫様。あんたはわかっていない。あんたは強者じゃない。姫様って象徴だけでなんの力もないんだ。あんたが死んでも代わりはいくらでもいる。俺個人としては傷つけたくないが、中枢宮からの許可はでている。意味は、わかるな?」

「あまりに不敬ですわね」
「この世界に王は無意味だ。神のごとき地位の人間が、見えないほどの頂点に君臨している。従わざるを得ないんだよ。だから悪く思わないでくれ」

 マティがリルカの前に立ち、ランゴバルドのパイルバンカーの前にで双剣を構える。

「姫様。さがってください」

 マティは銀狼となり、ふたりの英雄に殺意を飛ばす。リルカを守るためなら何でもする女だ。死ぬまで闘うだろう。
 私はどうにか魔弾杖に触れ、体内からナノモルを絞り出す。うんともすんとも言わない。

 そのとき、新たなポッドが空から舞い降りる。
 新手、なのだろう。いかにマティでも三人を相手にできない。

 それ以上かもしれない
 私は精根尽き果てている。それでも次にやることが、あるはず……。

(リルカをつれて、ドッグに向かう。空挺(ヴァンシップ)で連れ出すんだ。とにかく逃がさないと)

 私は魔弾杖は諦めて手を離す。
 息を潜めつつ、機会を伺う。

 ぶしゅぅぅとした煙と共にポッドから現れたのは、虹色のモヒカンの男だった。

 ランゴバルドとジェラルドが、意外な顔をする。

「誰だ? てめーは」

 突如現れた虹色のモヒカンの男は、甲板を睥睨し、

「おいおいおいおい。どっちが姫様だぁ? いや、わかりやすいか。パイルバンカーのおっさんに姫様と護衛のメイド! いやあ、わかりやすいなあ! わかりやすいのは大好きだなぁ、おい!」

 突如現れた、虹色のモヒカンの男はよく通る声だった。
 骨格や体幹は成人のものだったが、どこか少年のような面影を顔立ちに残している。

 このモヒカンもまた両腕にパイルバンカーをつけていた。

「良く来てくれましたね、ラゼン。お初にお目にかかります。リルカ・ルガツ・アイテールと申します」

 リルカがモヒカンの隣に立った。

「おぅおぅ。お初にお目にかかります。第七皇女様」
「報酬と補給は額面通りにこの艦に詰んでいます。眼前の敵を駆逐お願い致します」

「そっか。うーし。【契約完了】だな」

 ラゼンと呼ばれたモヒカンの青年が、ランゴバルド、ジェラルドに向き直った。
 ランゴバルドはまだ余裕の表情。

「2対1に変わりは無い」

 ランゴバルドとジェラルドがヴェールを拡張し頭部に兜仮面を形成。

「会話は終わりだ、ランゴバルド。甲板を制圧し、増援の着地地点を確保する」
「わかった。もうおしゃべりは終わりにする。ただ、殺すだけにしよう」

 ジェラルドに促され、ランゴバルドもまた顔面までをヴェール装甲でコーティングする。
 眼窩のみを残し、完全装甲となった。

 ランゴバルドがパイルバンカーを溜め、ラゼンへと悠然と歩いて行く。
 パイルバンカーが放たれ、ラゼンの腹部へと直撃した。

 死の杭が打ち付けられ、ラゼンは2メートルほど吹き飛び、吐血するも……。

「痛ってぇ」
「ばかな……。直撃を受けて、生きているだと?」

「ふむ。これが第四官界の高位戦力か。何発か食らえば危ないが、即死はしない、と。【実験】はこれくらいで十分だな」
「実験。実験だと? 俺の全力をあえて受けたととでも言うのか?」

「饒舌だな【おしゃべりは終わり】じゃ、なかったのか?」

 今度はラゼンがヴェールを充填。
 頭部を鬼の兜仮面で覆っていく。

「本当のパイルバンカーをみせてやろう」

 ラゼンの右腕前腕には、螺旋状の杭が浮かぶ。悠然と歩き、ランゴバルトとジェラルドへと近づいていく。
 ランゴバルドの前に、ジェラルドが立ちはだかる。

「俺が【障壁】を造る。ランゴはその隙に打ち込め。この男はいままでの奴とは違う」

 ジェラルドがヴェール障壁を生み出す。〈障壁のジェラルド〉は最大200メートルの障壁を造れることで有名だ。
 たった一人で街をケモノの大群から守ったと噂されている。

 私が脳裏で、ジェラルドの情報を思い出すと同時だった。
 ラゼンのパイルバンカーは障壁ごと貫き、ジェラルドの装甲を貫通していた。

「がはっ……。ヴェールごと貫通する、だと? 水晶殻の発動さえも……。ぐっふがぁ……」
「安心しろ。あんたが弱いんじゃない。俺が特別なだけだ」

 流血し倒れ伏すジェラルドの背中に、ラゼンは手向けのように告げる。
 
 ダイダロス甲板に残るは、ラゼンとランゴバルド。
 ふたりのパイルバンカー使いのみ。

 パイルバンカー部隊隊長ランゴバルドと、謎の男ラゼンが、正面から対峙する。

「パイルバンカー使いというならば、引くわけにはいかない。正面から手合わせ願おう」
「潔いじゃないか。皇女を攫う卑劣漢にみえたんだがな」

 ラゼンが鬼の兜仮面のまま、軽口を叩く。

「戦士であることと、立ち位置は別の話だ」
「いいねぇ。漢だねえ」

 全装甲と全装甲。
 同じパイルバンカー使いが正面で対峙する。

「ランゴ=バルドだ」
「ラゼン=ルガツルム=アイテール。ふむ。正面ってのは嘘じゃないな。構えをみればわかる」

「若造を砕くのは俺の好物なんだ」
「俺も。歯向かってくる馬鹿は好きだぜ」

 互いに拳を構え、肘に装填したパイルバンカーを起動する。
 機巧的な装甲だが、その内部はヴェールの魔素で動いている。

 ナノモルの中には機械技術と融合する〈ヴェール機巧外装〉が存在する。
 ヴェールの魔素技術と機械装甲の融合。

 機巧技術とそれを搭載できる筋肉がものをいう世界。

 きゅいぃぃ、と両者の右腕の杭が唸る。

 ラゼンのパイルバンカーは障壁ごと貫く力を持つ。
 対するランゴバルドは、一度ラゼンにダメージを与えている。

 胴体で打ち付け合えば、両者致命傷は免れない。
 にもかかわらず、正面で向き合っている。回避の様子はない。

「はぁぁぁああぁああああ!」
「ぬるぁぁぁぁああぁああ!」

 杭と杭のぶつかり合いと、一瞬の閃光。
 放たれる右腕と右腕。

 パイルバンカー同士の、杭と杭の先端、1センチの誤差も許されない精確さで、ぶつかり合っていた。

『正面から』というのは『攻撃の先端』という意味だ。

 敵同士であるにも関わらず、互いに愚直に、『パイルバンカーの先端』を会わせたのだ。

 ミリ単位の精確さと全開の威力で打ち合う。
 意識と気力を極限まで研ぎ澄ました【一撃に込めた威力の衝突】。

 拮抗は鉄を打ち付けた火花となり、閃光となる。
 私は吹き上がる火花から目を離せない。

 制したのはラゼンだった。
 ランゴバルドの杭は真っ二つに割れ、右腕もまた、消失していた。

 水晶殻が発動する間もない。
 機巧外装は人体を強化する分、ヴェールの保護が起動しない場合がある。

 私達のようなヴェールに守られた狩猟者とは異なる。
 本物の命がけの兵士の姿があった。

「お前の力は、まさか、がはっ……」

 ランゴバルドの武装をしていた右腕から、流血がこぼれる。

「俺のパイルバンカーは練り込まれている。〈ヴェールの貫通〉と〈外装の貫通〉だ。つまり一撃必殺に特化している。ただのパイルバンカーじゃ無理なのよ」
「躱されることなど考えない圧倒的馬鹿だったか……」

「そゆこと。だから俺は相手があんたでよかった。テクニシャンは苦手だからよぉ。仲間に任せることにしてる」
「……潮時だな」

 右腕を吹き飛ばされながらも、ランゴバルドは海に飛び込む。
 救命ボートを浮かべ、ダイダロスから離れていった。裏切り者の武人だが、奇妙な漢気があった。

 ラゼンはとどめは刺さず、去るランゴバルドをみおくる。
 甲板から剥がせばビーコンの効力もなくなり、降下ポッドもこれ以上は来ない。

 無意味な殺生はしない漢なのだろう。
 ラゼンは鬼の兜仮面と解除し、リルカの元へ歩く。
 リルカの眼前で虹色のモヒカンを揺らし、膝をついた。

「ご苦労です。ラゼン。お待ちしていました。第四官界の使者」
「光栄です。第三官界の姫様」
 私は【官界】という言葉でラゼンがどこから来たかを理解する。

 リルカと眼が合った。

「ルコ。あなたに言いたかったのは、このこと」

 聞きたくなかった。

 この女は自分では闘えないくせに。
 私にないものをすべて持っていて、私が普通に生きてるだけじゃ絶対に手が届かないものに容易く触れられるんだ。

「私たちは【大海嘯の向こうの存在】とすでにコンタクトを果たしていました。展望室であなたに紹介したかったのは、このことなの」

 リルカは私を抱きしめる。
 私はすでにヴェールも切れて、ボロボロの擦り切れた身体で血もでているのに。
 汚れるのも構わないとでもいいたげに、リルカはドレスを私の血で汚してまで、くっついてくる。
 まるで対比だ。

「あなたにあげたかった」

 惨めな、対比だ。
 何が対等だ。ふざけるな。

「リルカ。お前は……。傲慢だよ」

 そう吐き捨てることも、この姫様の養分になって理解している。

「ええ。私、傲慢なの。だからせめて皆のことは労いたいの。あなたのことも」

 私はリルカ=ルガツ=アイテールという女を見くびっていたらしい。

 皇女として、会談に向かうと戦艦を動かし。
 戦闘行為と傷ついた乗員に対しても、慈悲がある。

 だがそこに、罪悪感なんて微塵もない。 
 自分のために人が死ぬことを、当然と思っている。

 この女は私のような葛藤はない。
 大人になってしまっている。もう姫様ではなく王の器があるのだ。
 悩んでいたのが馬鹿みたいだ。ふざけるな。

「君は、王の器だよ」

 私はせめてもの皮肉をぶつけてみる。彼女の嫌いな皇女という立場をあえて意識させてみる。

「ありがとう。ラゼンにも艦隊があるわ。元々中継地点とする予定だった」

 私の皮肉もリルカは意に介さない。
 リルカはどんどん皇女となっていく。
 私にとって友人だった人が、掌からすり抜けていくのを感じる。



 私以外にも大海嘯を超えたいと思った人間は他にも幾人かいただろう。
 この星竜世界について、リルカの知識無しに気づいていた者さえいたかもしれない。

 私は自分が主人公でも特別でもないと、気づき始めている。

 私がリルカと出会ったのではない。
 リルカが私を見つけた、のが正鵠なのだ。

(追いつけやしないのに)

 リルカが【運命に選ばれた人間】というのも十分承知していた。

 それでも私はリルカを友人といった。
 だから彼女がいかに特別であってもそれはもういい。受け入れた。

 つまりどういうことかというと、私は。

 もう【世界を超える】とか。【大海嘯を超える】とか。【未踏のことをする】とか。
 そんなことは、いいんだ。
 
 リルカに思うところはあっても【友達じゃなくなる選択】はなしだ。
 【現実的な選択】をするんだ。

 皇女として手の届かなくなるリルカの側にいるために、軍属の兵士になろう。
 大海嘯はもういい。

 【向こうから来た奴】がいたってことは、もう夢じゃなくなったんだから。

 私は、皆のいる【現実】がいい。
 キトラとマティとリルカと私で四人でずっと一緒にいるんだ。

 艦隊戦での戦闘と新たな出会いは、私に現実を見せてくれた。
 これでいいんだ、とも思う。
 誰もしない未踏のことをするなんて。いままでの私が、おかしかったんだから。

5‐1 リルカの開花

5章 クローバーの散種

 リルカ・ルガツ・アイテールには七人の兄妹がいた。

 物心ついたときリルカは次兄に懐いていた。明るく開放的な人だった。6歳のリルカは一日7時間家庭教師がひっきりなしに入れ替わる生活にうんざりしていたが、落ち込む彼女を次兄は「息苦しくなるからサボろうぜ」と庭に連れ出してくれた。

「俺は学校行き始めたけどよぉ。皆は息苦しい生活なんかしてねーからよぉ」
「でも私たちは選ばれた人間なのでしょう?」
「んーん。皇なんてさ。貧乏クジみたいなもんじゃねーの? せっかく生まれたなら俺は狩猟者になりたいね。街では英雄だからな。でかいケモノをぶち殺して人を引っ張るんだ。皇ってんならこれくらいしないとな」

 そういって次兄は笑った。
 次兄がおかしくなったと感じたのは3年後、リルカが9歳の頃だ。奔放だった次兄は大人しくなり、話しかけても無反応になった。

「兄様?」
「勉強があるので話しかけないでください」

 まるで人工知能のように次兄は変わった。
 次におかしくなったのは長女だった。おっとりと優しい人だったのに、まるでロボットのように無反応になった。
 次女、三女と順々に兄弟が壊れていく。

 リルカに蜘蛛の糸を垂らしたのは、十歳年上の長兄カイゼリンだった。

「いいか、良く効け。愚妹。お前は9歳だが聡い人間だ。俺が信用できる人間をお前に与える。そいつ以外は信用するな」

 長兄カイゼリンはたびたび私にメッセージをくれた。
 彼の話す言葉は難しい言葉ばかりだが、どこか的を得ていると幼いリルカは感じる。

「【奉る】という形を通じ王の意を駆る人間が傀儡政治を行う。荒波に飲まれるだけなのさ。だが俺は傀儡にされることは気にくわない」

 カイゼリンは怖かった。兄弟の中で最も恐ろしい人だったが、彼の顔には嘘がなかった。
 リルカはこのとき、多くの人が嘘の笑顔だ、と気づいていた。カイゼリンだけは嘘の笑顔をまとわないから、恐くても信用できた。

「リルカ。お前は世の中を知れ。許可証の上手な書き方も教えてやる。人間を知り、友達を探せ。俺のようにな」

 リルカは兄の言いつけを参考に、人間を知ることにする。

(人を知る……)

 幼いリルカはまずスクロールの電子世界で人間を知る。
 魔術通信の時代は、ガラスの壁のように思えている。

 ガラスの壁には、おいしい食べ物や、笑い合う顔が映る。

 だけど、この私の身体(、、、、、、)はガラスの向こうの人が持っているものを持っていない。
 ガラスの向こうの幸せな他人をただ見せつけられているだけだ。
 リルカはやがて中枢宮での支配人種たちの会話もわかるようになってくる。

――『ケモノは人為的に生み出せる』――
――『ケモノを街に放つことで、ショック・ドクトリンを行う』
――『惨事に便乗し法を塗り替えることで、税の徴収を高めましょう。なに。市民は従順です』

 上の者の扇動で下の元が命をすり減らしているとリルカは知る。

(民にこのことを知らせなくては)

 14歳のリルカは、スクロールのアカウントをつかって国民と対話してみる。
 リルカ自身が皇女の目線でみた宰相達の真実を匿名でコミュニティに流してみた。

「『中枢宮の宰相は税を不当に巻き上げ、もはや国民からの略奪をしています』」

 声が帰ってくる。

『不満があるならこの国から出て行け』

 市民の中には権威を盲従し、どれほど世界が悪化しても従いつづける者が多数派らしい。

(同じ国民なのに出て行けという神経が理解できないわ。私が第七皇女だとしったらどんな顔をするかしら)

 それ以上の返信はやめた。

(ひどい精神ばかりだわ)

 皇女といっても国家を動かす力など、何も持たないのだと幼いリルカはわからされた。



 あるとき護衛のマティが呟いた。

「【茹でガエル】とはいいますが。茹でられているのがすべてカエル並みの精神だから駄目であって。カエルではない精神の人間は、とっとと火あぶりから逃げればいいんです」

 リルカははっとした。
 つまらない護衛ばかりの中で、この銀髪のアサシンは面白いことを言う。

「差し出がましいことを言いました。黙ります」
「いえ。もっと言って頂戴」

「戯れはおやめください。解雇されるかも知れません」
「じゃあ学園に行くときだけは、ときどき素を出してね。宮廷とくらべてさすがに監視は緩むと思う。マティのことは私も死守したい」

「善処しますが。どうして私を?」
「【見ている世界が近い】気がするわ」

 そうしてリルカはマティと話しやすいようにと、宮廷から離れた桜蘭館学園へと通学した。

 皇女は閣僚に監視されていることから、指定の学園に通わなければならなかったが、カイゼリンの計らいで【できるだけ地方のお嬢様学校】を選ぶことができた。

 街から離れたことで得た収穫はルコ・ルルカロスとキトラ・ハトウィンの出会いだった。
 辺境の狩猟者なのに、お嬢様学校を選んだという。

 ルコは上昇志向の強い人で、将来は狩猟者か軍人を志望していたが、エリート教育を受けたいとのことで桜蘭館学園を選んだとのこと。
 また辺境の狩猟ではお金を貰えないが、街の狩猟では命を賭けた分だけ給料を貰えるから、狩猟で学費を賄っているという。

 めちゃくちゃな女の子達だった。
 リルカは思い切って、声をかけた。魂が自然に引き寄せられた。
 魂に歯車があるとしたら、噛み合った瞬間といえた。魂と魂が噛み合うと、実際運命も回り出すのだろう。

 リルカは籠の鳥ではない。飾りの皇女でもない。
 艦隊戦をし、異界の強者とも契約を交わした。

 本物の王としての行動ができたのは、ひとえに友人との出会いのおかげだった。
 出会いが、閉ざされていた魂を、開かせたのだ。

5‐2 血なまぐさいふたり


 ダイダロスは大海嘯の付近の無人島に停泊していた。無人島にはもう一つの戦艦が並ぶ。
 戦艦名はザイガス。先日の第四官界の来訪者ラゼン率いる戦艦だ。

 艦長やリルカなどの幹部はすでに会合しているようだが、一般乗組員の交流は一晩休息してからとのことだ。戦闘後ということで治療と休息を優先したのだ。

(変な時間に起きた。なんか、重い。いい匂いもするし)

 時計を見ると三時。横には感触。
 布団の隣ではキトラが寝ていた。

「すぅ……」

 私は顛末を思い出してくる。
 遡ること6時間前。キトラは無言で私の布団に潜り込み寝息を立てていた。

 寝る前に「お前どけよ」と言ったまでは覚えていたが、あまりの疲労で私もすぐに寝入ってしまった。

(この女のことは、年の離れた兄妹とかでかい犬のようなものと思っていたが)

 重なって寝たこともないわけじゃない。狩猟の仕事ではキャンプも茶飯事だ。よく狭いテントで隣り合って眠った。
 だけど今の私は……。

 リルカの『私を見る眼』によって、キトラの眼の色彩にも気づいている。
 立ち上がると袖を掴まれた。

「行かないで」

 私は本当は知っている。強くていつも守ってくれて、私を鍛えると称して暴力を振るってくるこの女が、本当は柔らかい心だってこと。

「何に悔やんでいるかは知らないが、私たちはまだ未熟者だ」
「殺せなかった」

 パイルバンカーの重力使いのことをいっているのだろう。

「君が制して、私が殺した。気にするな」
「……どんな気持ちだった? 痛かったよね。ごめん。ごめん……」
「気にするな。人を殺して魂が削れた。それだけだよ。次はちゃんとやればいい」

 キトラは暗闇の中で、私のベッドの上でぺたりと座りながら「ごめん。ごめんね」と何度も懺悔のように吐き出す。
 私は自分のおかしさに気づいている。まるで戦争と人殺しに適応していて、しかもこの強いくせに柔らかい心の女にも、人殺しをさせようとしている。

「ルコちゃんは、イカれているね」

 私は自分の選択に後悔はない。

「艦砲を魔弾で相殺したのも。君を守って人を殺したのも、適切だった」
「死ぬかもしれなかったんだよ。自分の命が大事だと……」
「必要だからやっただけだよ。もともと私は自殺志願者なところがある」

 キトラはボサボサの髪のまま立ち上がり、私の襟首を掴んだ。

「君は自分の儚さをまるでわかっていない。掴めば片腕で持ち上がる。こんなに華奢だ。ヴェールがなかったら、10回は死んでる。ルコちゃんは普通の女の子だ」
「離せよ。お前が何を言いたいかわかんねぇ」

「もう、やめよう。戦争も軍人も。僕にはできない。狩猟が限界なんだ」
「私にはよく暴力をしてきたくせに」
「あれはブラフ」「知ってけどさ……」

 キトラが人を殺せないことも、私への暴力も所詮はフリだということも薄々察していた。

「ルコちゃんに暴力を振るっていたのは、無茶を止めたかったから。僕が上だって『わからせ』れば、僕ができないことを、ルコちゃんは諦める。そう思っていた」

 狩猟者の時代はまだコクーンに守られていた。だがヴェール兵になると、相手はケモノから人間になる。人間の殺意になる。

「兵士になるのは反対だった。でも君は止まらなかった。僕はルコちゃんを守るために強くなった。強くなればなるほど、君は危ないことをする」
「実際成功した。金をゲットして学園にも通えた。リルカやマティにも会えた。血なまぐさいと言われながらも、今や皇女の片隅だ。今があるのは、ケモノを殺して金を得たからだ」
「でも、ここが僕の限界」

 キトラは闇の中で、泣き笑いになった。
 心の折れた涙であり、自嘲の笑みの歪みだった。

「心がぐちゃぐちゃで、腕でも切りたい。全身をかきむしりたいんだ。PTSDなんて笑われるかな……」
「リスカもPTSDもありふれてるさ。自傷で楽になるなら横でみていてやるよ」
「重くて、ごめんね」
「いいよ」

 キトラはカミソリをとり、腕を切ろうとする。私はこの一瞬で考える。
 この上級の肉体と繊細な心を併せ持っためんどくさい女をリブートするための賭けにでる。

「えい」

 私はキトラのカミソリを掴んだ。
 掌から軽く血が零れる

「な、んで?」
「わざと」
「どうして?! 血が……」
「君が腑抜けていたから」

 私は血の付いた掌でキトラの襟首を掴む。

「君の心が壊れるなら、可愛そうだとは思う。だがそれは今じゃない。リルカの会談も、大海嘯からきたとか言うあのラゼンとかいう男も、ダイダロスの帰還も何一つ終わっちゃいない」
「まだ、進むつもりかよ……」

 キトラの声は震えている。構わない。

「仕事は投げ出すなっていってんだ。ごっこ遊びじゃねえんだよ。こんな傷痛くもねえ」
「ふざけるな。自分を大事にしろって、言ったばかりだ」
「元気になったな。その意気だ」

 キトラは泣きつつも、眼に戦闘的な光が戻っている。

「君に人を殺させたことが、僕は自分を許せない」
「つまらん優しさで私を止めるなら……。力尽くでやってみろ」
「勝負は見えてる。君じゃ、僕には勝てない」

 私は制服をとり、キトラ投げつける。

「ヴェールを起こせ。いつもは断るが、今の君になら負ける気がしない」
「わからず屋だから、殺す気でやる。君が死なないって。思わせてよ」

 子競り合いだけじゃわかりあえない。結局どこまでいっても野蛮な狩猟者らしい。
 ヴェールによる殺し合いにも似た闘争が、私達には必要だったのだ。
 制服を引っかけて夜の甲板にあがる。


「勝負は一本。月明かりが、射し込んだら」

 私は魔弾杖を起動し、キトラは玉鋼の刀を構えている。
 雲に隠れた月が、甲板を照らした刹那。

 刃が残像さえ残さず、私を袈裟に切り裂きヴェールの粒子を散らした。
 勘で後ろにステップし避けたが、二度目はなさそうだ。

 月明かりに照らされたキトラは、銀の刃も相まって幽鬼にもみえる。

「君が死ぬよりは今殺す気でやって。再起不能にしてからお世話をする。それがきっと確実なんだと思う」

 キトラはめちゃくちゃなことを言う
 私が無茶をして死ぬかもしれないから半殺しにしてお世話をするなんて、いよいよ病んでしまったらしい。

 私は死地を抜けたことで、魔弾杖の使い方の【本懐】に触れている。

「〈収束〉」

 ヴェールの配列変化で私は、装甲の一部を冷却スライム化ができる。
 より別の装甲を得ることはできるかもしれないが、今の私にはまだ技術が足りない。

 防御に用いていたスライム冷却を別に使う。
 魔方陣が四重起動。

 魔団の場合はコントロール不可能だが、この技はコントロールをする必要が無い。

「射出解放」

 マスターキーによって得た『操作しきれない力』をキトラにぶつけてみる。



 互いに居床に仰向けに寝転がっていた。私のヴェールは残量10%だが、まだ形状を保っている。
 キトラのヴェールのみが崩壊していた。
 倒れ伏す獅子めいた女の子を見おろし、私は魔弾杖を向けていた。

「初勝利だ」

 このときにキトラの笑顔を忘れないだろう。私が勝ったというのに、本当に嬉しそうに「おめでと」祝福をくれた。

 表情もいつものキトラに戻っている。
 私が強さを示したことはそんなに嬉しいのか。動作がどこか小動物的にさえなっていた。

「待って」

 キトラが掌を見せてくる。

「手。自分で切った。これでお互い様」
「ぶぁか」

「血なまぐさいね。僕たち」
「ずっと変わんねーだろ」

 軽口が戻ってきた。掌を会わせると傷が重なり、血が混じる。

「君が死ぬよりは、どうでもいい他人を殺すよ」
「ああ。がんばれ。クソみたいな気分になったら……。また殴り合えば良い。普段は優しくして欲しいけどな」
「優しく殴るよ」

 日が昇るまで、手を合わせて甲板で眠った。 

5‐3 【世界の盟約】


 無人島〈キュロク島〉にはラゼンの戦艦〈ザイガス〉と、リルカの擁するダイダロスが停泊している。
 朝食の後、私たちはリルカと共に戦艦ザイガスに招かれる。

 応接室では〈第四官界〉よりの来訪者ラゼンとリルカが握手を交わす。

「この者らは私の友人です。〈星竜〉と〈官界〉に気づいている希有な者です」
「畏まらなくて良い。俺は〈使者〉となる候補を探しているだけだ」

 リルカは皇族として、予めラゼンと連絡を取っていたようだ。
 皇女のネットワークで大海嘯の向こうから来た存在とコンタクトを取っていたようだが、ギリギリまで私に話さなかった。

 私はリルカには多少のいらだちを残している。
 あてつけで、あえてラゼンを突いてみる。

「大海嘯は私らの世界では超えられないことが通説だ。皇国語とはいえ言語も通じるなんて出来すぎだろう」
「言語が通じるのは、同じ〈皇国〉の人間だからだな。こちらの官界でも【皇国人】が生き残っていてくれて何よりだよ」

「『官界が複数ある』とでもいいたけだな」
「そうだ。官界はすべて七つあるとされる。俺達は第四官界。お前たちのいるここは第三官界だ。第一から第七。七つの未開域。七つの海と世界が星竜世界と呼ばれているものの総称だ」

 私はラゼンの言葉をどうにか飲み込む。

「リルカから聞いたことがある。私たちのこの世界は、ナノマシンによって創世された世界だって。肉も皮も感触もすべてがナノマシンの複製だって。納得はできないよ。夢の中で、夢だって自覚なんかできないようにな」

「では星竜世界の管界が、地上から始まったことも?」
「聞いている。胡蝶の夢のような……。惑星が描く胡蝶の夢とでもいうべきなのかな」

「では星竜世界の由来もしっているかな」

 ラゼンと私達は、別々の世界同士の共有を行う。
 私ひとりでは星竜の知識においてラゼンに太刀打ちできないようだ。

 リルカが応対しラゼンと『互いの官界の情報』を共有していく。

「かつて地上では爆破する核戦争と、核ゴミ廃棄による静かな核戦争が同時並行で行われました。最終的に核の放射線の致死エネルギーは、惑星全土に均等に分布した場合、惑星を60回破壊する威力、すべての人類が8回死ぬ毒性を有していました」

 地球と地上の存在と、惑星の破壊の歴史をリルカは語る。

 時代にも記されないほどの、遠い過去の話だ。
 ラゼンもまたリルカに同意を示した。

 荒唐無稽にも思えたが私はどうにか飲み込んでみる。

 私は腑に落ちない思いだった。
 リルカとラゼンは踊るように、知識を絡めていく。
 第四管界からの使者と、第三管界の姫が、災厄の記憶の共有で、厳粛な言葉の踊りをしめす。

「破壊と毒性によって惑星は死を迎えていた。地層が割れマントルが不安定化し、常に地震が続いた。地上を修復するためには、ナノマシンで覆い尽くす、高度なテラ・フォーミング技術を必要とした」
「しかし強度の環境汚染に、地上にいた人間は耐えられませんでした。平均寿命は20歳と聞いています」

 かつて世界には滅の歴史があった。
 頭ではわかっても腹ではわからない。

「惑星は死に、テラ・フォーミングも失敗した。最終的に人類が選んだのは、テラ・フォーミング技術による世界内世界の創出だ」
「地層をナノマシンで満たし、世界の中に世界をつくり、ナノマシンの中に〈生命〉を演算した」
「俺達は自分達の世界と肉体さえもテラ・フォーミングのナノマシンによって再現した。惑星の地殻を通り地球を一巡する【濃縮されたナノマシンの川】……」

 ラゼンの言葉に呼応し、リルカが〈星竜の本質を語る。

「それが〈星竜世界〉ナノマシンの〈地層の川〉によって複製された〈七つの世界区画〉」

 ラゼンはにやりと笑う。リルカも不敵に笑みで返す。
 本当の世界が滅んだから、星竜というナノマシンの川が【世界を演算】したことで生まれたのが、私達のいる場所というのが、隠された真実という。

 私はやっぱり、腑に落ちない思いが残る。
 リルカとラゼンは【知る者】として、意気投合しているようだ。私にはやっぱり気に食わない。

「あなた型の目的を聞いておきましょう」
「旅だよ。侵略なんてつまらんことはしない。第一管界まで行きたいんだ」

 ラゼンは光学映像に地図を示した。

「星竜の七つの世界。一と七のどちらが頭で尾かはわからないが。【果て】へ行ってみたかったのさ。内側のゴタゴタなんてくだらないからな」
「我々の世界は77の大国と55の小国で戦争が続いています」

「補給をくれるなら、あんたの側につくよ。生きるためなら、俺達【第四】の技術提供もいいかもな」

 ラゼンが信用に足る人物かわかってきたところで時間が来た。
 ラゼンという男との接触は、リルカの予定通りのようだったが、私はまた彼女から遠のいた思いでいた。


 甲板で夜風を浴びていると、虹色の髪を逆立てた男ラゼンが私の隣に立った。

「やぁ。メイドさん。リルカから聞いたよ。マスターキーを貰った友人なんだってな。おっとあまり固くならないでくれよ。リルカと同じでいい」
「じゃあ、【あんた】って呼ぶけど」

「リルカから聞いたとおりだ。すげぇ精神力の女だな。だから気に入ったんだがな」
「生意気にするとあんたもリルカも嬉しそうにするからな。内心ではひやひやしているよ」

「君も大海嘯を超えるらしいな」
「いまは、わからない。兵になってリルカの側にいる方がいい気がしてる」

「あの天からの滝を越えたかったから、リルカからマスターキーを貰えたんじゃないのか?」
「世界に閉じ込められてるって思ってた」

「同感だな。その感覚を抱けるなら、君とも気が合いそうだ。お兄ちゃんと思ってどんと打ち明けるといい」
「キモい」

「やめて! 傷ついちゃう!」
「喜んでるだろ」
「バレちゃった?」

 あしらってはいたものの、私だって明るい奴に来られたら、そうそう邪険にはしない。

「官界を渡るって行ってたけど。この世界はひどいもんだよ」
「俺のとこも変わらん」

「ケモノが跋扈して。辺境の街はお金がなくて。皇国では烙印が義務になって。皆がおかしくなって……。烙印で母は死んで。疲れてるのかな。なんで話してんだろ」
「俺が心の広い男だからだな」

「調子のんな」
「……ルコ・ルルカロス。君はマスターキーを得て、空挺も使えると聞いている」

「ああ。大海嘯を超えたいと思っていた」
「頼みがあるんだ。君に俺達の世界。第四管界への連絡役を頼みたい」

「連絡役……?」
「大海嘯を超えたいんだろ。なら都合がいいはずだ」

「大海嘯を超えるなんて、この世界では前人未踏だ。軽く阻まれて死ぬだろさ」
「おいおいおい。〈滝超え〉を目指す奴がそんな弱気でどうするんだ? 俺達はノリノリで世界をぶっ飛ぶつもりで来た。戦艦はボロボロだがな! だが官界を超えるのをやめるつもりはない。俺は【南の滝】も超えるつもりだ!」

「5歳児みたいに元気いっぱいで何よりだよ」
「滝超えをやる奴はどの世界も最高にイカれた奴だ。先日は君の戦いを遠くでみていたが、おもしろかった。コクーンで左翼を護り、君一人で艦砲に立ち向かっていった」

「ああしないと皆死んでたからな」
「わかっていても動ける者じゃない。君はおもしろい奴のはずだ。なのに、なぜ今は弱気だ?」
「私は……。私なんか……」

 ラゼンの前で口が回らない理由がわかってくる。
 この男は私の上位互換なのだ。

 向こうの世界から大海嘯をすでに渡ってきた。
 しかも艦隊を引き連れている。先を越されたのだ。さらに戦闘力も恐ろしく高い。

 ランゴバルドのパイルバンカーを受けて、「痛え」で済ませた男だ。

「元気がないぞ?!そんな意気で滝が越えられるのか?! 昼間の君はどこにいった?!」

 だが、話しているとムカついてくる。虹色のモヒカンしやがって。

「ああもう!夜風を浴びてるのに、暑苦しいんだよ! 私だって悩みくらいある! 兵士になってリルカの側にいたいし。でもキトラと一緒に飛びたくもあって。なのにキトラは私を死なせたくなくて……」
「お前ら、熱く闘ってたじゃないか」

「見ていたのか?!」
「さすがに声を掛けられなくてな」
「おまえ……!」

 私はラゼンの襟首を掴む。

「いいねえ。血気盛んだ。信用できる。俺も相棒とよくやった。副長のテセウスっていうんだけどな。ってか顔が赤いぞ」
「これは……。違う!」

「キトラとかいう剣士は吹っ切れたみたいだったろ」
「私があいつの気を使ってやったんだ」

「それ、本人に言えよ。横で見ていたときは、君はまるで傲慢だ」
「言えるわけない」

「不器用だなルルカロス。昔の俺をみているようだ。この際、俺の妹に」
「なるかばか!」

 効かないとわかっているので、私は拳を振るう。ラゼンの腹筋はすさまじく、手が痛くなってしまった。

「いってぇな!」
「私の手もだよ!」

 この男はすべてを「いってぇ」で済ませられるらしい。

「……マジな話だが、お前は俺に似ている。だから飛べ。俺達は世界を渡る足がかりとしてリルカや彼女の兄、カイゼリンと手を組みたい。歓迎してくれたのはあいつらだけだからな」
「話が進んでいるなら、私が出る幕はない」

「お前が大海嘯を超えて、俺達の世界に渡ることが〈盟約〉になる」
「たかが戦艦ひとりが、傲慢なことだな」

「リルカの兄、カイゼリンは皇国の回復のために戦力を集めている。俺達の技術提供を望んでいるらしい」
「それででかい顔ができるってわけ」

「俺は運がよかった。リルカ姫ともカイゼリンとも気が合った。ダチになれそうなら、一緒に闘いたいと思える」

 ラゼンがいいやつなのはわかったが、疑問はまだ残る。

「世界の〈連絡役〉なら、あんたが仲間にマスターキーを渡せばいいだろう。私である必要はないんじゃないか」
「真正血統の持つ〈マスターキー〉は一個しかないんだよ。生まれて始めてヴェールを発動したときに、心臓部に宝珠として芽生えるのさ。俺のはこれだ」

 ラゼンはがばりとシャツを開いてみせる。心臓部に宝珠が埋め込まれている。

「胸を見せるな」
「わりぃわり。とにかくこの宝珠は一個だけだ。俺自身も難儀しているのさ。マスターキーの有効範囲は広いから戦艦ごとこうしてこれたわけだが、譲渡をすれば俺は世界を渡れない」

 私はあることに気づく。

「リルカはたったひとつしかないマスターキーを私に喰わせた……?」
「そういうことだ。お前の胸にもやがて宝珠が芽生えるはずだ」

「着脱可能なもんなの?」
「手術をすれば摘出できるよ。ヴェールの力を失うがな」

 私はリルカが失ったものを知った。彼女が闘えないのは理由があった。自分の命を危うくするというのに……。

「……私が飛ぶことに〈盟約〉って意味がついたのはわかった。ただ死ぬ可能性が大だ。こっち側から、そっちにいった奴はいないからな。それでも頼むのか?」
「安心してくれ。君が死んでも〈盟約〉は成立させる。君が【飛ぶ】のが重要で、生きてようが死んでいようが構わない」

「人身御供ってわけね」
「趣味が悪くてすまんな」

「いや。十分こちらに有利な取引だ。小娘一人の挑戦が、〈盟約〉になるなら、あんたはふとっぱらだ」
「ルコさあ。君、本当に18歳か? なんつうか。社長か? 理解が早すぎないか」

「勘違いするな。まだ承諾はしない。リルカとキトラのことがある。ギリギリまで、待ってくれ。私が死んで困る奴らもいるからな」
「大解消のグランドストリームへの飛行訓練など、補助はできるだけ提供する」

「【飛翔実験】はさせて貰う。私だって死ぬ気はないからな」
「話して思ったな。君を飛ばすのは勿体ないな」

「今更か。躊躇うな。君はリーダーなんだろう」
「やっぱり社長の才能あるな、君」

 ラゼンと話したことで、私の迷いは少しずつ晴れていった。
 これはチャンスでもあった。

 リルカやキトラやマティと一緒にいたいから、飛ぶつもりはなかったのに。
 大人になったはずなのに。
 
 一度現実をみて。リルカとキトラの間で揺れ動いて。
 その上で、全部ひっくるめて。【飛ぶ】線でいくことになったなら。

 もうやるしか、なくなる。

(あとはリルカのことだ。あいつが何を考えてるのか……)

 飛ぶなら、別れになる。
 生きるにしても、死ぬにしても

 残るのはリルカへの感情を解決することだけだった。

5‐4 リルカの心中

 ミカニカ島への会談まで残り三日。
 ダイダロスを修理しつつ、全速で航海を行えば間に合う日数だ。

 空挺で運ぶ線も考えたが、先日の戦闘具合からリルカが命を狙われているのは明白だ。 裏切りが発生したことから、自国内の内紛でもある。
 空挺で索敵を行いつつ、ダイダロスでの正面上陸のプランがとられた。

 リルカを会談に届ける目処が立った裏で、私は大海嘯踏破へ向けての飛翔実験に取り組んでいた。
 空挺の外装は磁気嵐を耐えるための外装を施している。

 すでに二度、編隊を汲みつつ、グランドストリームを飛べることは証明した。

 三度目の実験のときだった。
 リルカがパイロットスーツを着て、私の空挺に飛び乗った。

「降りろよ」
「もうすぐ、お別れだから。最後に一緒に飛びたい」

「私は怒られたくない。君とは今生の別れでもない」
「ルコともキトラとも、しばらく会えない。この旅は私達のロスタイムだから」

「会談を控えている人間が、偵察機に乗るか?」
「あなた以外の人には、いくらでも我が儘が効くの」

 私が押し黙った隙をみて、リルカが後部座席に乗り込む。

「えい」
「……勝手にしろ」

 リルカを乗せたまま、三度目の空挺飛翔実験に入った。
 空挺は私とキトラで購入したものをダイダロスに搬入し、偵察用として、登録している。
 リルカを乗せたまま加速。離陸と上昇。

 甲板から飛翔後、ダイダロスの哨戒機と3機編隊を組む。
 轟音で声が届かないので、リルカと私は通信機で話すことになる。

 スロットルを引き、時速600キロの空にふたりきりになる。

「実はね。ランゴバルドやジェラルドがいたとき、私は監視されていたみたい」
「マティと一緒に気づいていたよ。温泉で殺気があった」

「ルコも気づいていたの。アサシンの才能があるわね」
「いっそ私らを雇うかい? 皆で要られて幸せになれる」

「ルコは、大海嘯を飛ぶんでしょう?」
「さあな。飛びたかったけど。だんだん【どっちでも】よくなった」

 リルカは押し黙った。私はひとりでぽつりと零していく。

「ラゼンとの盟約は【隣接世界に飛ぶ人間が欲しい】ってことだった」
「飛べばいいじゃない」

「簡単にいうなよ。私に死ねっていってるようなもんだぞ?」
「ルコは死なないわよ」

「自慢じゃないが私は脆いぜ」
「キトラの前では強がるのに。私の前では弱そうにする。天邪鬼ね」
「つけあがらせたくないからな」

 リルカの声は学生時代のような明るさがあった。束の間、彼女は皇女を忘れているのだろう。

「自転車、ふたり乗りしたね」
「ああ」

「こないだのあなたはクソ度胸だったわ」
「そりゃどうも」

「ねえ。抜け出しちゃわない? 学校抜け出したみたいにさ」
「任務中だ。つか【抜け出す】ってどこにだ? 何いってるかわからん」

 私は空挺のギアをあげる。このまま磁気嵐の空域に入る。
 この空挺訓練は、ラゼンの言う盟約を果たすための予行演習だ。

 磁気嵐の中で、私も編隊を組んだ機体も、衝撃を受けている。
 遠くには天寄りの滝〈大海嘯〉が見える。

磁気嵐空域(グランドストリーム)突入。機体損傷度、報告頼む』
『損傷度、2%。磁気嵐耐性確認できます』

 私は任務の通信に応える。
 磁気嵐の向こうはさらに過酷だ。

 リルカから聞いた通り、滝の粒子に触れれば空挺ごと量子分解される。
 この量子分解が、『かつて誰も大海嘯を超えられなかった』所以だ。

 その光を超えるには、皇族の持つマスターキーの宝珠が必要で、今は私の腹の中にある。

(ラゼンがいうには、訓練の中で飛行適性を持つ人間を見定めるらしいが)

 私以外に適任者がいれば、リルカから貰ったマスターキーを摘出して、譲渡をしなければならない
 それは怖い話だが、手術として確立されているので問題ないだろう。
 問題は、背後だ。

「このまま一緒に、超えようよ!?」

 だんだんとリルカが乗った意図がわかってくる。
 リルカの【抜け出そう】とは、この飛行実験からふたりきりで抜け出すってことだった。
 私は応えない。応えられない。

「ねえ。このまま振り切って。ふたりで大海嘯で行こう?」

 時速600キロ。高度1万メートルで、私は皇国の姫の無茶に呆れ果てる。

「とうとう頭がおかしくなったかい? 君には役割があるだろ。会談に向かうっていった。戦艦雇って傭兵を引き連れて。一国の姫が、77の国の会談に向かうんだ。皇国の立場を良いものにしようと、君は立ち上がった。偉業をやろうとしている! それを投げ出すってことは、無責任だ」

「もう、嫌なの」
「投げ出すな。私は許さん」

「あなたにはわからないでしょう。私が動いたところで、世界は変わらない。動いてみてわかってしまった。世界を動かしているのは【残酷】だけだわ」
「こないだの艦隊戦が響いたのか? 戦ってるときはあんなに毅然としていたのにな」

 通信で『ルルカロス機。編隊がずれている』と入ってくる。私は『申し訳ない。修正します』と適当に応じる。
 リルカへの説教が先だ。

「磁気嵐区画は残り60キロ。もう6分で大海嘯までつく」
「量子分解が作用するんだろう。わたしたちはバラバラだ」

 光る滝が迫ってくる。眼下の海は思いの外浅瀬のようだった。カメラを拡大すると何かの残骸がみえる。空挺、戦闘機、旅客機のの残骸だった。かつて大海嘯に挑戦し、くだかれた機体達が、バラバラの墓標となっていた。

 光る滝の真実。演算された世界。渡れない世界。
 仮想的な生命とか、私達自身が情報だった、なんて今でも腑に落ちない。

 物理的に飛べるはずなのに、飛べない現実。
 世界を渡れるのは、選ばれた人間だけ。その不条理をリルカと、彼女のマスターキーを持った私だけは超えられる。

「君は私にマスターキーを渡した。自分のヴェールの力を失ってまでな」
「ラゼンから、聞いたのね」

「君は闘えないからビビってるだけだ。マスターキーを返してやるよ。私の腹から摘出手術なんかしたら、汚れてるかもしんねーけどな。まあ臓器移植みたいなもんだ。君がヴェールを取り戻したら、いちから私が鍛えてやる。強くなれば、会談にも向かえるだろ!」

 違う。私自身がわかってる。リルカはそんな単純な奴じゃない。

「私は、戦うことも殺しも嫌なの」
「甘ちゃんだな」

「世界そのものが、世界を構成する人間の醜さが嫌になった」
「だからこそ。君は77カ国会談で問いかけるんだろう」

「私は無責任じゃない」
「今、投げ出そうとしてるだろ」

「……最初からこんなつもりはなかった。会談は成功させるし、ラゼンの世界とも軍事同盟を結ぶつもりだった。誤算だったのはあなただった」
「私のせい? 私は一兵士で、君の学生で護衛にすぎん。【盟約】のために飛ぶだけの鉄砲玉で……」

「まだ、わからないの?!」

 スロットルレバーを持つ私の腕に、手がかけられる。

「あなたが、好きになった!」

 言葉が、でなかった。

「マティの、こと、は……?」
「もちろん好き。護衛でいつも私を守ってくれて……。でもルコは特別なの。始めて同じ感覚を持った仲間で友達で……!」

 リルカの想いは止まらない。

「生まれたときから、私、閉じ込められていた。ルコもいつか【世界に閉じ込められてる】って言った! 私達同じだから。だからね。会談はやるつもりだった。でも、今ふたりきりで世界を脱出することは……。国家の命運を握る会談と、同じ価値だと思ったから!」 

「自分が何を言ってるか、わかってんのか!?」
「ええ。わかってる。生きてたって死んでるみたいな世界だった。だったら変えるんじゃない。全部放りだして良い!」

「それが無責任だって!」
「あなただけ、いればいい!」

 高硬度の気圧と、磁気嵐の帯電で、私達は冷静でなくなっている。
 戦艦の旅の中でずっと殊勝だったリルカが、初めて吐き出す本当の感情で……。

「会談は目の前だ。ここまで皆が闘った。死んだ奴もいっぱいだ。投げ出す奴は、私は嫌いだ」
「このまま皇女で生きれる自信がない。私はきっと、戦争まみれで謀略まみれの世界ですりつぶされて、どうせ死ぬんだ!」

 グランドストリームの磁気嵐によって空挺の表面が剥がれていく。
 磁気嵐の影響で、機器管制に異常がみられる。

「このまま進んで。大丈夫。マスターキーは大海嘯をすり抜けられる」

 この女はきっと【運命の女〈ファム・ファタール〉】だった。
 私だってそうだ。この女がいなきゃ人生は変わらなかった。辺境に生まれて。大それた夢と大言壮語だけで、実現なんてできない。

 狩猟者として獣を狩って、その日暮らしのお金を得て、戦っていつか怪我して動けなくなって。
 終わらない防衛戦のような人生のはずだったのに。

 この女が平凡な私を、無理矢理引き上げた。
 私の運命をめちゃくちゃにした。

 だからこそ、だ。
 こいつの思い通りになんかなってやらない。

「伝令がきた。帰投だ」
「だめ。戻っちゃだめ。ルコ」

 電子機器が破壊され、コクピットには黒煙があがる。グランドストリームの磁気嵐はやはり損傷してしまう。
 眼前には光る滝が天までそびえる。私は空挺ごと背を向ける。
 旋回させ、帰投を開始する。

「どうして……?!」

 耳元で、こだまする。

「『抜け出す』ってのは逃げることじゃない。進むことだ」

 振り絞るように、やっと応じる。

「わからずや! だから一緒に進もうって言ってるの!」
「君は皇女だ。私と一緒には進めない」

「今だけ、違う」
「責任を果たさないやつは、私は好きになれない」

「じゃあ一緒には……。いられない」
「大海嘯を飛べっていったのは君だ。マスターキーを渡したのも。そうか……。最初から君は」

 機器管制は黒煙を上げていたが、幸いにもダイダロスの視界範囲内に入った。
 海上に着陸させる。編隊を組んでいた二期とは通信がつながっていたので、待っていれば救出されるだろう。

 海上に着陸した後、ヘルメットをとる。暑さで海に入る。あおむけで、手を広げてぷかぷかと浮く。
 振り返るとリルカも海に飛び込んできた。


 リルカの唇が、私に吸い寄せられる。
 私は、されるがままに受け止める。でも応えることはしない。

「もう少しだけ。こうしていたい。お願い。ずっと私は皇女だった。私は貴方の前でだけ私になれた」
「……勝手にしてろ。今だけなら」

 ふたりで海に揺蕩った。どこにもいけないから揺蕩った。

 艦に戻ったら独房が待っているだろう。
 皇女を連れて、グランドストリームを超えようとしたことは事実だ。

 リルカが説得したとしても、皇女を連れ出そうとしたことは、航行記録から読み取れる。
 無理心中にさえみえるだろう。

(それでもマスターキーはある。飛ぶ線は、やめないさ。責任を果たさないやつは嫌いってこいつに言ったなら……)

 ああもう。残るって選択もあるって。迷ったばっかりだったのに。
 私の中で迷いが消える。

 奇しくも一緒に居たかった奴が【暴走】したことで私は自分を俯瞰でみてしまう。

(私の番ってことなんだ)

 海の中で空に手をかざした。
 曇り空の向こうで、薄い太陽が私達を照らした。

5‐5 独房にて


 リルカの嘆願も虚しく私は独房に入っている。
 懲罰は思ったよりも控えめだったが、最後にリルカと会えるのは、ミカニカ島到着時。彼女を送り出す寸前のみらしい。

 私だって望むところだ。
 皇女と過ごす美しいロマンスは物語の中にしかない。

 実在の皇女なんで碌でもない奴だ。世間知らずで我が儘で、世界を変えるなんて無謀なことを言い出して、周囲を巻き込んで……。
 あげくの果てに、大海嘯を前に私なんかと逃げ出そうとする。

(違う。わかってる。リルカの内心は当然の状態だ。引き裂かれていたのは私も同じ)

 独房で換気扇の音を聞きながら内省をしていると、私とリルカがもしかしたら近い人間なのではわかってくる。

 皇女として、演説に向かう18歳の少女。
 相手取るのは世界。自分よりも数倍長く生きた老人達の群れ。

 無数の利益構造が絡み合い、倒して終わりというわけではない。
 リルカは6000万の国民のために、七大国と77国家との交渉に向かう。

 かつて億を超えた国民は半減し、烙印によって病人と突然の死者があふれかえった。
 混乱に乗じて国家の資産は外国に切り売りされているにもかかわらず、宰相や閣僚は見て見ぬ振りをしている。

 焚書でいつか読んだことがある。
 国民のために闘った代表者は暗殺される、と。

 報道もまた支配構造に掌握されている。歴史には勝者の記録のみが残り、敗北者は初めから存在しなかったものとされる。

 リルカが逃げ出したいのは、当然のことだ。
 こんな世界は捨て去りたいというのは、当たり前のことだ。

(だからって。一緒に逃げるなんて、いえないよ)

 独房に訪問者が現れる。シムルグだった。

「よぉ。ルルカロス」
「ジャーナリズム崩れのおっさんか。キトラが来ると思ったが」

「お前のダチは面会禁止だ。何かしでかすからな。だから俺が代わりに来た」
「あんたのことだ。また止めるんだろう。『危ねえ』とか言ってな。傷口に塩を塗りたいようで山々だが、私はもう十分わかったんだ。わからせられたっていうべきかな」

 シムルグは何時もの怒り顔ではなかった。一度ため息をつき、諭すように私に告げる。

「勘違いするなよルルカロス。俺はお前を認めた。先日の艦を守った働きはすばらしかった。もう18歳だ。お前はめげずに狩猟者のままに大人になった。皇女殿下の友人というおまけじゃない。狩猟者として認めている」
「おっさんが優しくしてくるなよ。きもちわりい」

「大海嘯に飛ぶんだってな」
「決めかねてる。先日の訓練の査定待ちだ」

 ラゼンのこともあって飛ぶつもりではいたが、一応ごまかしてみる。

「飛ぶとこ。撮ってやるよ」
「え?」

「昔の仲間に連絡をつけているところだ。お前の踏破は〈別なる世界〉との盟約になる。その瞬間を撮ってやる」
「報道屋のことなんか知らない。私の夢はお前らのためじゃない」

「夢って言ったな。まだあるじゃねえか。【火】がよぉ」

 私は口を抑える。

「まだ、ってなんだよ」
「燻っていたのがバレバレなんだよ。狩猟者の仲間は皆気づいていたぜ」

 どうやら私は狩猟仲間の間では、まだまだわかりやすい子供らしい。

「停滞した世界が動き出す。そのきっかげがお前らだ。成功率が低いとしても……」

 ぐすりとシムルグが目尻を抑える。

「あんた。泣いてるのか?」
「面倒見てたガキが死ぬかも知れないんだ。なのに俺は託そうとしている。こんな理不尽、泣くしかないだろう」

 無理もないかもしれない。狩猟者として面倒を見て貰っていたのは確かだ。

 烙印で両親を失った私たちにとってこの報道屋崩れの狩猟者は、仕事に入れてくれただけではない。
 ちょっとだけ親めいている距離感にあった。

「俺は代われるなら代わってやりてえ。俺達狩猟者でラゼンさんにも具申したさ。だけどラゼンさんはお前を気に入った。お前じゃないと信用しないらしい。降りたくなったとしても俺達はお前を守るつもりだ。だが飛びたくなったら撮ってやる。お前を生かすことも、お前の死を生かすことも。すべて認めている」

 シムルグの言いたいことはよくわかった。
 事態はもう私たちだけの問題じゃない。

 皇女の擁するダイダロスの乗員から各自の勢力に波及したらしい。

 皇国の第七皇女が、第四管界からの使者〈ラゼンとザイガス〉と接触し、この第三管界へと変革を齎す……。
 神話めいた想像だ。

 だがラゼンとその艦隊という存在が【向こう側】を証明した以上、夢みたいな現実に揉まれるしかない。

「お前は〈特異点〉になった。俺達は星でもみている様な気分だ」
「勝手にしろ。私は好きにやる」

 私は付き合いきれなくなり、背を向けて寝そべる。


 シムルグが去った後しばらくすると、マティが換気口から顔を出していた。

「ひどい様ですね。ルルカロス」
「私のダチは会えないって言われたが?」
「生憎アサシンですから。他のクルーには私は見えていません」

 マティはするりと独房に入り込み、私の隣に腰掛ける。迷彩があるからか、見張りにも彼女の姿はみえないらしい。

「食べてください」
「むぐぅ?」

 栄養ゼリーのパウチを無理矢理口に突っ込まれる。

「おおかたキトラとリルカ様に引き裂かれているのでしょう。贅沢な人間ですね」
「病んだ女の心情を連続でぶつけられればこうもなるさ。私は毒吸いスポンジじゃねーんだよ」

「キトラのことは私がてこ入れしてみましょう。姫様のことは私にはどうにもできませんが。おいおい追い詰めるとします」
「マティさ。君はただの犬じゃねーだろ」

「リルカ様には、気が合うと言われています」
「そこだよ。あのおしとやかに見えて脳みそぶっ飛んでいる姫様と気が合うことがそもそもおかしいだろ。君はただの兵隊じゃない」

「ええ。ただの兵隊なら姫様の側につきません。リルカ様は姫様でありながら、革命的な存在です。イカれていないと側にはいれない」

 私はマティのことをよく知らない。
 四人でよく遊んでいたけれど、このアサシンだけは対角線上にいるように、深い繋がりがないと気づく。

「別かれる前に効きたい。君はリルカをどうするつもりだ? 黒幕が君って説も私は考えたんだ。リルカに妙なこと吹き込んだんじゃないかって」
「アサシンにも勢力図があります。第一皇子カイゼリン様旗下の勢力の元、第七皇女リルカ様を守る。これが私の任務です」

「それはお前の立ち位置だ。私が知りたいのはお前の本心だ。リルカは言ってた。自分はこの世界に適応できない人間だってな」
「口が回る人ですね。黙ってゼリーを食べてれば良いものを」

「応えろよ。君はなにか、あいつに吹き込んだのか?」
「……世界とは、人間の魂が偏在する色彩の濃淡です。おっしゃる意味がわかりますか?」

「やっと本音っぽい言葉がでたじゃん。言ってる意味は分かんねーけどな」
「できるだけわかりやすくいいます。〈魂の人種〉の人間全体における構成率が、世界の様相を決定します」

「わかんないが、なんとなくわかる」
「姫様の存在が表舞台に出なければ、世界の高瀬は腐敗して終わる。永遠の戦争と略奪が続くのみになる。8割の羊たる愚民は狼になるでしょう」

「本音がでたな。すげえこと言いやがる」
「あなたにも統治者の才能がありますがね。ルルカロス」

 私の何が統治者なのか。鉄砲玉として射出されようとしているというのに。

「あなたはただ超えるだけじゃない。雪だるまのように世界を渡って転がっていける。ラゼンとの契約がリルカ様との繋がりが、橋渡しになる。あなたが世界を渡ることに意味がある」

「結局、君は黒幕だったのかい?」
「ただのリルカ様の崇拝者ですよ。ひとつだけ悔しいことがあるなら、リルカ様を目覚めさせたのは私じゃなくあなただった、ということです」

「リルカに吹き込んだのは君だろう」
「生き方を吹き込んだのはあなたです。ちゃんと食べてくださいね」

 言い残してマティは、換気口から出て行った。
 マティのことも知れて、私にはますます心残りがあった。

 飛ぶ線は変わらない。リルカに責任を果たせと言ってしまったんだから。
 もう、意地を貼るしか、なくなってしまっている。

5‐6 皇女との別れ

 密林の中、金色の稲穂か鬣めいた髪の少女と、銀髪の狼を思わせる少女がヴェールを纏って対峙する。
「私から提案するつもりでしたが。ルルカロスより回復しているようですね」
「ルコちゃんには迷惑をかけた。立ち上がらないと顔が立たない」
「本気で。お互い殺すつもりでやるのすね」
「友達を殺すつもりで闘えれば、どうでもいい他人も殺せる。もうルコちゃんのことは傷つけてしまった。だから……」
「自分への荒療治ですか」
「変、かな」
「わかります」
 獲物は玉鋼の刀と、銀の双剣。
 ヴェール能力は〈月蝕刀〉と〈透明化〉。手の内はすべてわかっている。
「避けなかったら、死んでいました」
「はぁ、はっ……、か、はぁ……。マティ、ごめん……」
「50勝、50敗です。追いつかれましたね。ふふ。薄皮一枚だが、流血している。ああ、気にしないでくださいね。一戦目。校舎裏の闘いのとき、あなたの胸部にも傷をつけたでしょう」
「律儀に覚えていたの?」
「あなたとの斬り合いは楽しかった。訓練ではない野生の強さがあった。私も完全に近づけました。闘争の世界は子供の頃はしんどいばかりでしたは、道を詰めるのは興味深い」
「自分の魂が〈魔術師〉とは思えないけど」
「あなたの剣技には発想力があります。それが魔術ということでしょう。ナノモルの魔導とは異なる意味でね」
 剣士とアサシンは、人気無い島で、始めて握手をした。


 ダイダロスはラゼンの護衛のもと、会談の地へと向かう。
 ラゼンの艦隊ザイガスを加え艦隊戦を行いつつミカニカ島へ向かう。ミカニカ島は〈非戦闘区画〉であり、到着後は、リルカの兄、カイゼリンの部隊が迎えに来るという。
 ポッドで舞い降りてくるヴェール使いはいずれも十二階梯だった。
 戦闘はさほど過酷ではなく、私は空挺パイロットにになっていたので、砲台役に徹していられた。
 キトラの刃からも躊躇が消えていた。
 まだ殺しには積極的になれないようだが、彼女もまた克服を始めたようだ。
「これより先は第一皇子カイゼリン旗下が護衛を引き継ぎます」 
 ミカニカ島に到着し、リルカの長兄とされるカイゼリン旗下と合流を果たした。
 リルカは〈キモノ礼装〉となり、ミカニカ島へと降り立つ。
 マティも護衛として隣に立つ。アサシンとの別れでもあるのだ。
(これで本当に、二度と……)
 私は乗員の背後でリルカをみつめる。意図せずとも、一度彼女を連れ出そうとした戦犯だから大きな態度はとれない。
「行けよ」
 ラゼンに背中を押される。
「お前は行って良い」
 次にシムルグ。最後にキトラに背を押され、リルカのもとに押し出された。
「ルコ。最後に、手を」
 リルカが掌を出してくる。私は彼女の小さな手に、手を合わせる。
 別れなんだと、思うとこみ上げてくる。
『こんな女』って思ってたのに。『我が儘』な『世間知らず』で。
『運命の女』で……。
 歯を食いしばる。言葉が出てこない。
「元気でな」
「らしくないわ。そんな顔しないでよ」
「もし軍人になったら君を守るよ」
「うん」
 違う。そんな未来はない。
「辺境に居たら。君の活躍を見てる」
「うん……」
 私が飛べば、ラゼンはヴェールの技術、つまり軍事力を提供する。
 私だって飛ぶのは望むところだ。キトラのいうとおり。たぶん私は自己保存とやらが欠落しているらしい。大海嘯を超える過程で私は死ぬだろう。
 だからリルカの前では、優しい嘘をつくのだ。
「また会えないなんてことない」
「あなたの散り際をみてあげる」
「箱入り姫」「可愛い野良犬さん」
 しばらく悪口の応酬が続いて周囲に引き離されたけれどリルカは本気で笑っていたし、私も彼女を責めることが楽しくて仕方が無かった。
 毒の吐き合いで別れたけど、後悔はない。礼装となった背中が遠ざかっていく。

6‐1 墜落

6章 墜落と花束


 ダイダロス艦内ロビーは、寿司詰めになっていた。食堂もまた人でいっぱいになっている。リルカの会談を光学映像でみるためだった。300名のクルーは皆、落ち着きがなくそわそわと、まだ放送されてもいない画面をみてはリルカの登壇を待ち構えていた。

 キトラは『一人でみたい』と言って部屋に籠もっている。
 私はというと、気休めのために給仕の仕事を手伝っていた。
 ふとメイド長に肩を叩かれる。

「あんたも行きな」
「あ、ありがとう!」

 皿を割って怒られてばっかりだったがメイド長の優しさに救われた。
 私は食堂の大きな画面に吸い寄せられるように歩いて行く。

 リルカの会談開始まで残り5分。
 群衆の後ろで背伸びしていると、空挺の整備士ローロリスさんが「前に行きたいようだな」と、道を開けてくれた。

 狩猟者の面々、シムルグ率いる慣れ親しんだ仲間、リルカ配下の軍人らも私の肩を叩きながら前に押しやられる。

「前に来すぎた。これじゃ近すぎて見えないよ」

 整備士ローロリスが代弁してくれる。

「遠慮するな。俺達にとっては民にとっての期待の皇女の登壇だが、お前にとっては友人の晴れ舞台だ。目に焼き付けるなら近い方がいい。それとも、肩車でもしてやろうか?」
「ったく……。背伸びするからいい」

 ミカニカ島の七カ国会談にて、リルカの姿が映し出された。
 70名の囲む円卓のひとつに、島国の皇国から19歳の少女がぽつりと立つ。

「始まるぞ。静かに」

 私は最前列で画面に食い入り、登壇するリルカをみつめた。
 七大国他、70の小国の代表者が各々の国家の意見を述べていく。

 やがて皇国の発言権が回ってくる。
 リルカが立ち上がり整然と息を吸い、やがて言葉を紡いでいく。

「皇国の主張はひとつです。国民が建康でかつ文化的な生活を営めること。この島国という土地で民族を保持し、子孫と文化を継続する。戦争に関与しないこと。これらすべての一切を曖昧さによって侵害することなく、すべて実現することです」

 リルカの声は響いている。
 皇女の声は、そのままの生の声で報道されている。

「建康でかつ文化的な生活。不戦と中立。戦争の否定。民族の保持と子孫と文化の継続。これらを実現するために、諸外国が行っている事業と阻害しあう可能性があります」

 私はリルカから聞かされている。
 この皇国に起こっていること。

 ――他国の戦争廃棄物の処理場にされる皇国の地への侵略。
 ――七大国を中心に市民運動で廃棄された〈烙印〉の在庫を皇国で売りさばく計画。市民の人体汚染。

 他国の人間を皇国に流入させる〈移民という名の洗民〉。
 土地が買われることによる、水資源の掠奪。

 そして、文字だ。

 文化から半分剥奪された皇国文字。
 皇国文字を使われた書籍が半減され、焚書屋がどうにか保存しているという現実。

 いつか話したことがある。
 リルカは莉瑠夏で、キトラは希虎で、私には琉子という文字が当てられる。

(どこまで踏み込む。お姫様)

 リルカはすべてに踏み込んだ。

「皇国からの七大国への要求は以下です。戦争企業の解体と、紛争の即刻停止。企業への補填は、十分に集めた税により分配を行う。皇国を汚染廃棄物の埋め立て地とする計画は、汚染兵器を用いた戦争行為を助長することから、拒否致します。星竜世界全体の環境汚染を考慮した場合、妥当と言えるでしょう」

 会場からは失笑があがった。
 リルカ以外に円卓に座るものは、70名のうち半数が老人。残り半数が、壮年の男だった。
 それでも末妹の皇女は、ひるまない。

「理想論と思われがちですが、七大国とその企業役員が得る給金は、基本的市民が人生で得る額の200倍に相当します。この莫大な給金をせめて3倍程度に削減すれば、星竜世界の環境、戦争状態は平定できるでしょう」

 ここで中継は途切れた。

『リルカ・ルガツ・アイテール氏の演説中ですが速報です』

 アナウンスが入り、円卓の中継画面が切り替わる。

『リルカ・ルガツ・アイテール氏に、テロ組織との繋がりの容疑がかかっています。登壇したリルカ氏の主張はすべて国際的秩序に反するとされ、逮捕が敢行されました』

 画面が切り替わると、リルカが黒服の連行されていた。
 食堂に集まって画面をみつめていた面々は、静まりかえる。

「めちゃくちゃだ!」「俺達の闘いは自衛だろうが!」
「嘘をついているのは七大国側だ!」

 方々の声があがる。ダイダロスのクルーはリルカの人となりまで知っている。皇女だからと傲慢になることはなかった。リルカは落としたものを拾い、

 私は画面の向こうを見ている。映像が切り替わり、七カ国対談の中継は終了。有識者とか言われるしたり顔の連中のトーク番組に変わる。
 食堂の男達は各々に荒れ、食器を割ったり、殴り合いを始めたりしていた。

 だけど今一番、苦しんでいるのはリルカだ。「助けに行けない」
 皇女の命を狙う刺客から守って、裏切りさえも超えて送り出した。

「始めからリルカが入り込む余地はなかったんだ」

 闘いが無駄だった。
 立ち場もテロリストのようなものになった。 ふと視界の端、食堂の入り口にラゼンが腕を組んで立っている。
 私は男を睨み付ける。

 まだ終わっちゃいない。
 第三管界の来訪者。軍勢を率い、大海嘯を渡ってきた存在。

 この世界とは異なる異物。

 ラゼンが目線で私を招き、きびすを返す。

6‐2 【強さ】の交錯

 私はラゼンについていき、戦艦ザイガスへと入った。

「第四管界もこちらと似たようなものなんて。救いのない話だな」
「俺だって、大海嘯の向こうは楽園があると思っていたさ」

「奇遇だな。私も心のどこかで〈向こうは楽園〉だなんて夢を抱いていた」
「世界を渡ってもクソ現実は続いている、か」

 ラゼンはリルカ登壇後の惨状をみて、眉間を曇らせている。

「ラゼンは。隣の世界から来た癖に肩入れするんだな」
「同じ皇国人だといっただろう」

「やけに皇国人に拘るんだな」

「いっただろう。この七つの管界からなる星竜世界は【かつて同じ地上にあった】。俺もお前ももとは同郷のよしみってことだ」
「子供の頃、ニュースの映像をみて気づいたんだ。『登壇者の生の声』が編集されているって」
「やはり。君は聡いな」

 登壇者が話すすべてのスピークは、切り取られ編集され歪曲されたまま流される。
 歪曲された部分は『戦争は平和である』というような奇妙な意味の反転をみせる。

 聞く者は矛盾を感じるが、画面に向かって矛盾を指摘したところで無意味だ。
 やがては矛盾を受け入れるようになる。

 アナウンサーか機械音声が、『~であると主張しています』という構文で締めくくれば、登壇者の生の声は、真逆の解釈になるというわけだ。
 かくして平和を主張した人間は、テロリストにだってでっちあげられる。

「あんたとリルカの契約はまだ有効か?」

 私は縋るように、この絶対強者に問いかける。

「【契約】は変わらない。この第四管界から、俺達の第三管界へ使者を送ることだ。世界と世界の繋がりと約束が果たされれば、俺達は防衛だけでなく戦力を提供できる。
 市井で山賊をするよりも、この星竜を渡るための足がかりにもなるからな。なにより俺達はかつて地上で分岐し、同じ言語をもった皇国人だ」
「リルカはもはや握りつぶされている。あんた達が私たちについてもメリットは何も……」

「来訪した俺達を考えてくれるようだが、俺の契約者はリルカじゃない。あいつの兄。カイゼリンだ」
「兄……」

「お前もクルーもリルカが阻まれて終わりだと思っているようだが、俺は始まりだと思っている。そちらのウィルグリム艦長も同じ認識だろう。今頃はクルーに活が入れられている頃だ。俺が君を呼んだのも他でもない」

「【大海嘯を飛んで使者になること】の契約の決断」
「そうだ。決断しろ。今からお前がリルカを助けにいくのは不可能だ。俺達は【契約】を重んじ、お前らに戦力を提供する。お前が飛ぶことが、リルカの助けになる。別れにはなるがな」

「私が大海嘯を超えたとして。第三管界にたどり着けないかも知れない」
「重要なのは【契約意思】だ。君が飛び前例となれば次の契約履行者を飛ばすことも出来るだろう。仮に大海嘯で死んでも構わない。重要なのはあの天からの滝を越えるか超えないか。俺達の来た道を、お前も飛べるかどうか。怖じ気づいたか?」

「死ぬのは別にいい。私が気にしているのは、私の側で条件を貰いすぎていることだ」
「謙虚だな」

「私自身が脆弱なのが、至らないと思う」
「ふふはは! お前、自分が弱いとでも思っているのか?」

 こっちは真面目に悩んでいるのに、ラゼンは豪胆に笑った。

「私の魔弾杖は十三階梯には通用しない。キトラなら飛ぶ資格がある。官界を超えてもやっていける。でも私は脆いんだ。キトラに勝ったのもラッキーだ。あんたはさらに強い
! 私の勝てない十三階梯を瞬殺した。何故私を買っているかが理由がわからない」

「ふむ。ならばルルカロス。ヴェールを起動して甲板にでよう」
「あんたは強すぎる。冗談でもやりたくない」
「戦乙女だが乙女でもある君を破壊はしないさ。ただ君は自分の牙を自覚していない。魔弾杖を持ってついてこい」

 ラゼンは立ち上がり、甲板へ向かった。大きな背中についていく。



 私は海兵服の上にヴェールを起動し、言われるがままに魔弾杖を構える。
 ラゼンもまた提督服の上に、完全装甲を顕現させる。

(装甲顕現は十二階梯以上だ。頭部完全顕現は十三階梯だ。ヴェールの量が桁違いなんだよ)

「打ってこい」

 魔弾杖の先端にナノモルで魔方陣と組成式を展開。
 燐光が灯り、光弾を形成する。

 だが魔弾のナノモル粒子射出は、高位階梯のヴェール障壁には弾かれるとわかっている。

「私はリルカから〈マスターキー〉を受け取った。これがあれば〈拡張子〉として大海嘯を超えれる。だけど……」

 私の魔弾は幾度となく強者に阻まれた。
 魔弾を打ち込むためには隙の大きい〈収束〉やキトラの近接補助が必須だった。〈収束〉でナノモルは剥がせても。筋力や体術は伸びない。
 ひとりじゃケモノさえ、狩れない。砲台役が関の山だ。

「人前でずっと強がってきた。大事なことの前では嘘はつけない。私には強さがない」
「ご託はいらないぜ。ルコ。お前の魔弾を受け止めてやる」

「あんたは主人公だよ、ラゼン。艦隊を率いて世界を渡って。私たちを救おうとしてくれる」
「心臓部だけは外してくれ。俺だって死にたくないからな」

「私は主人公じゃないって、わかっちゃったんだ」
「おい。病んでるんじゃねえ。俺に近いのは君なんだよ。本気で飛べるって思ってるんだよ!」

「色々と小さいし……」
「だー、もう! いいから全力で打ってこい。ナノモルを練り上げたお前の全力をだ!」

「キトラには効いたけど。あんたには弾かれる」
「いつものように生意気でいろ。勝てない相手でもドヤ顔をしろ。味方のコクーンさえ盾にしていたお前はどこにいった! お前が大胆な奇策を尽くして粘っていたから、俺の到着が間に合ったんだ。なんで今は弱気なんだ? さては……」

 ラゼンは私の何かを見抜いたようだった。

「ルコさあ。もしかして。キトラやリルカの前じゃないと強がれないんじゃないのか?」
「な……?! そんなこと……」

「他人のためには強がって盾になるくせに。自分のことだと自信がないか。ふはは……。面白いやつだな」
「うぅ……うるさい! うるさい! そんなに言うならやってやんよ!」

 私は魔弾杖と組成式を展開する。いつかの四重起動はまだ使えないから、ラゼンに向ける尾はいつもの全力のバレッド。

「〈魔力収束〉。〈ナノモル摩擦〉。〈分子回転〉〈粒子帯電〉」

 海上戦ではランゴバルド指揮下の装甲兵に弾かれた。ヴェールの魔力障壁を、高階梯者は常駐している。
 魔弾は弾かれるし。上位にいけばいくほど、私の肉体の弱さが足を引っ張る。

 そうだ。私はひとりじゃ、ちっぽけなんだ。
 だからって面と向かって指摘されるのは癪だ。

「ふざけんな。ふざけんな」
「そうだ。怒ってみろ」

 鬱憤をぶつけるようにラゼンに照準を合わせる。
 瞬きの後、魔素粒子の熱線が、ラゼンの半身を撃ち抜く。



「加減しろ。馬鹿。ぐっは……」

 ラゼンのヴェールの左半身は吹き飛ばされていた。水晶殻が発動し、装甲のすべてが焼け落ちていた。

「なん、で……。効いてる?」
「相性っていっただろ。俺達第三管界のヴェールは、お前らの世界とくらべ物理装甲が強い。だからパイルバンカーの打ち合いでは俺が勝つ。だがな」

 私の中に熱が生まれる。

「お前のような魔力馬鹿は俺の世界にはいなかった。ゆえに最強であるこの俺に即死ダメージが入るということだ」
「【世界の交換】が【相性の交換】になる……」

「そうだ。俺がリルカに着くことは無謀でもなんでもない。リルカを害したこの世界の老凶を駆逐し、隣接世界の皇国の同胞を復興させることは俺の望むところだし、勝算も十分だ。君に【契約役】に頼むことも最も適任だったというわけだ」

 第四管界は障壁を進化させ、第三管界は装甲を進化させてきた。

「つまりルコ。お前の力は、俺達の世界にとっては天敵なんだよ。これでも自分を弱いというかい?」
「大海嘯は一生かかっても越えたかった。【閉じ込められてるって思ってたか】。でも大人になって諦めようっても思ってて。……なんで、諦めた途端、希望が湧いてくるなよ」

「ギリギリで風向きが変わるなんてよくあることさ。風にも浪にも乗れるかどうかだ。ちなみに俺の動機は『クソ世界から逃げ出したい』だった。逃げ出した先で結局闘ってるがな」

「ラゼン。第四管界との契約を履行する。私が大海嘯を超える。契約を持ってリルカ・ルガツ・アイテールへの戦力提供を頼む」
「リルカの兄、カイゼリンからすでに調印はでている。当事者の君が承諾するかどうかだけだった。ここに第四管界と第三管界の国交は成立した」

「個人的にあとひとつ。……ラゼンはどこまで行く」
「第四から第三に来たなら。第二、第一まで。星竜の果てまでいく。この艦隊でな」

「なら私は四、五、六、七と上がっていく。今は空挺しかないけど。ラゼンの世界へ渡って、あんたの成功を報告する」
「どっちの道が正解かはわからんがね」

「正解なんか求めていたら、抜け出したいなんて思わない」
「そりゃ言えてる」

 頭みっつ分も大きく、雲の上の強さと思っていた男と握手をする。

 甲板の向こうではキトラが、変異した熊を狩猟し担いできていた。
 リルカに関与したことから、戦艦ダイダロスもはもうミカニカ島にはいられない。クルーは現地での狩猟を初め、サバイバルに入っていた。

 七カ国側からの軍が派遣され、狙われることになる。
 ふたたびキュロク島まで引き返し、防衛戦となるのだろう。

 夜の会合では、艦長ウィルグリムからリルカの兄である、カイゼリンの軍と合流する旨が伝えられた。
 私とキトラができることは、ラゼンとの【盟約】を果たすこと。

 艦隊での戦闘に参加しつつ、大海嘯を超える【渡り役】になる。
 生まれたときに抱いた幻が、現実と噛み合っていた。
 

6‐3 腐った脳みそどもと第七皇女の叫び

 リルカは議会堂の70人の各国首脳に離席を促されている。

「皇女の余興はここまでで本題に入りましょう」
「平和のための改正案は余興ではありません」
「リルカ殿以外のすべての首脳にとっては余興なのですよ」

 ルガツ皇国の宰相がリルカの隣に現れる。

「第七皇女に変わって私が登壇致します」

「放しなさい。無礼者!」
「皇女がでしゃばりすぎましたね。しかしあなたの出席は無意味だった」

「どうして。同じ国の宰相でしょう?」
「報道機関は抑えてある。あなたは追放される」

「私は皇女です」
「皇女など、代わりはいくらでもいるのです。現代では、血統に意味はない。いくらでも作られる」

 リルカの離席を促し、宰相は席につく。

 宰相はヘラヘラとした笑みを浮かべた傀儡のような男だった。
 七大国の要望が、いかに皇国の土地と人を傷つけるものであってもすべて受け入れ続けた売国奴に等しい男だった。「主要大国会談は最後まで、見届けます」

 離席をさせられた姫君は海上の隅に簡易椅子を出され、傍聴を続ける。
 やがてリルカ以外の69人が話題を再会する。

『間引きは順調に続いています』

 リルカは彼らが言っていることを飲み込めない。

『ケモノの普及率は70%を超えました。原生生物の変異も順調に行われているといえるでしょう』

 ケモノの普及率とはどういうことだろう。
 自然発生したものではなかったのか。

『民族紛争による利益率は』
『消滅する小国は16です。めざましい成果と言えるでしょう』

『ルガツ皇国ノ処遇デス』
『皇国は戦争廃棄物の最終処理場にすることが決定されました』

『住民意思統制は完了しています』
『エネルギーが必要という名目でいれば、廃棄物処理場さえも受け入れる』

『愚カナ国民性ダ』
『皇国人は遺伝的に臆病な気質であることが証明されています』

『上位存在の言うことの論理的瑕疵を指摘せず、唯々諾々となる』
『皇国人には烙印を買わせ打ち続ける』

『死に絶えるかも知れないが、我々の利益になる』


「……ふざけるなよ」


 リルカは拳を握り立ち上がる。
 69名の各国首脳となる老人は意に介さない。

『皇女が立ち上がりましたな』
『ええ。暴力行為に及んだと、報道を敷いておきなさい。ここで見ているものは誰もいない』

 リルカは両腕を黒服の男に捕まれ、連れて行かれる。
 皇国宰相もまた、ニコニコとした顔でリルカが連行されるのを見ている。

「ふざけるな。ふざけるな!まるで皇国人を家畜と考えている!」

 リルカは断末魔のように叫ぶ。

 世界を変える権利を自分が持っているはずだった。
 多くの人間が幸せな世界を、皇女である自分ならば実現できると思っていた。

 会談にでて初めて、この世界とその統治者の腐臭を一心に受けた。
 老人共が支配と搾取を行っていると薄々はわかっていたが、腐った匂いは存在を蝕むほどだった。

 リルカは怒りに沸騰する。
 怒ったことなんか、あまりなかったけど、起こり方は友人から学んだ。

(ルコのように……)

「宰相……。お前もなんとかいえよ! 皇国がどうなってもいいのかよ?! 民に選ばれたから宰相じゃねえのかよ!」
「ええ。どうでもいいです。我々中枢宮には返礼(キックバック)が入る。それよりも皇女殿下は言葉が汚れている」

「丁寧な語尾で内容が汚物なのはお前らだ。当然の怒りは人間としての清廉さだ」
「感情で考えているから駄目なのです」

「友人と話し合ったことがあるわ。【感情で考える】というフレーズは破綻をしている。哀れみを抱くから誰かを助けることが出来るのでしょう?」
「おっしゃる意味がよくわかりません」

「人を救うことなど眼中にないから、無慈悲を正当化したいから、「感情で考えるな」と言って、本当に大事なことを見て見ぬふりをするのでしょう?!」
「大国の前です。皇女の我が儘に付き合っている暇はない」

 円卓の対岸では七大国のひとつバハムト帝都の首脳バズカークがリルカに向き直る。
 常人ならば権力の臭気だけで昏倒してしまうだろう。ストレスによって臓腑を焼くほどの圧が放たれるが、リルカは目をそらさない。

「感情にまつわるご高閲、第七皇女は博識であられる」
「お前らは人間じゃない! 悪魔だ」

「我々が悪魔であると。これもひとえに間違いではない」
「開き直るなよ」

「仮に我々が悪魔だとして。人の上位に君臨しているならば致し方ないこと。あるいは我々が人間ならば、民というものが家畜にみえるのも当然のこと。家畜からすれば人間は悪魔でしょう」

「傲慢も極まると、滑稽なのね」
「我々が上位存在であることに変わりは無いということだ。皇女殿下を持ってしても家畜の側ということ。民衆が家畜だろうが、我々が悪魔だろうが、呼称などどうでもいい」

「どうぞ。好きなだけ、粋がると良いわ」
「戦争を続ければ収奪ができる」

「それが悪なのだろうが……」
「おわかりにならないか、姫様。もう一度言う。戦争を続ければ収奪ができる」

「鳴き声を繰り返すなよ。言葉がわからないのか? 心が壊れているのか? 絶対悪だからやめろと言っている!」
「言葉がわからない家畜は姫様、あなただ。我々こそが人間で【下】に向かうほどに家畜の精神となる。姫様はまるで家畜と同じ目線にいらっしゃる。これ以上の会話は無意味でしょう。つれていけ」

 リルカは黒服に引っ張られ、引きずられていく。

「誰か。報道を」

 カメラは切れている。誰もリルカをみてはいない。

「私の言葉を伝えてよ。この者の悪行を伝えてよ」

 円卓を連れ出させる寸前、リルカの背は追い打ちの言葉が投げられる。

「皇国の七兄妹はすべて【調教】が済んだと聞いていたが。よもや生き残りがいたとはな。ケモノのようにしぶとい生き物だ」

 円卓に座る70人の老人にとっては、一国の皇女の思考は理解できないものだった。
 世界を動かすのが資本であり資本を有するのが【獲得】である以上【他人に与える】という思考を彼らは持ち得なかった。

 頂点に君臨し、最も獲得する存在は【与える】という概念を持ち得ない。
 施しの倫理などを持ち得れば、この円卓には座れない。

 リルカの言う【民のため】などというのは69人の老人には妄言に思えただろう。
 奪うことによって君臨したものと、与えることを望んで君臨を願うものでは人間としてのシステムがまるきり違う。
 だからリルカは、この円卓より排除されるしかなかった。

『皇女の処遇は?』
『調教か、追放か、排除でしょう』

『いままでもバレなかった。これからもバレないさ。たかが小国の皇女ひとり消したところで。国民さえ腑抜けているのだ』
『何にも、なるまい。ゴミよりもな』

 リルカの叫びが円卓より、離れていく。
 円卓のドアが閉じられ、扉の向こうに消えた。

6‐4 生き残りの兄妹

 リルカはガラス張りの部屋とベッドに眠っていた。

「目覚めたか」

 兄が珈琲を入れている。9つ年の離れた兄カイゼリン・ルガつ。・イテールだ。

「安心しろ。俺の独自の仕入れルートだ。毒もチップもナノモルもはいっちゃいない」
「私、は……。会談をして……」

「その後は〈手術室〉に連れて行かれるところだった。だがわかりやすい連中だ。病院を張っていたらお前が見つかった。マティが粘ってくれたのが幸いしたな」
「マティは?!」
「隣だ」

 全身を包帯に巻いたアサシンが眠っていた。 会談から脱出する際、助けてくれたのだろう。

「お前自身も傷だらけだ」

 リルカは生傷だらけだが、致命傷はなかった。マティがすべて引き受けたためだった。

「狩猟者の友人達も傷だらけだった。一緒になったのですから。傷くらい」
「現代の皇女とは思えないが」

 カイゼリンはリルカの頭に巻かれた包帯をそっと解く。

「率先した闘争に身を置くのが、古来の王の本質だった」
「科学技術が発達し、極小機械が極まり魔術の時代になった。その果てが人間の中世的回帰だなんて。笑わせますわね」
「まだこれからさ。俺達は生まれたときから閉じ込められていた」

 カイゼリンの独白を、リルカはすべて理解できる。年の離れた兄であり、影から守ってくれていた。

「王とは民を導く者だ。そのはずが、腐敗する世界と国家に対する、臭いもの蓋程度の役目しか回ってこなかった。兄妹の脳を破壊され、いつ自分の意識が消えるかと怯え、隠れて暮らしてきた」
「兄様。笑っているんですか」

 再会したカイゼリンの笑みには余裕があった。

「いや。楽しくて仕方が無くてね。生まれたときから。皇だのと言われても心には敗北感しかなかった。負けて負けて負けて……。勝負すらなかった」

 カイゼリンは、ゆったりと珈琲をする。。

「だが、停滞は終わりだ」
「始めるんですね。勝算はあるのですか」
「3割だ。だが十分だよ。リルカ。いままでは0ばっかりだったからな」

 リルカも黒い液体に満ちた杯を啜る。

「七大国の前で私は間違いをしました。兄様が私のために動く事態になるとは想像していなかった」
「いや。お前が動いたのも、俺の意思の上だ。だが安心しろ。ここからは、お前の出番はない。リルカにはすべてが終わった後で、戦後処理を任せたい」

「死ぬ、おつもりなんですね」
「負けると決まったわけじゃないさ。死んだとしても本望さ。兄妹を壊したシステムをみちずれにできるんだからな。腐敗した民主制も軍産複合体の企業統治もうんざりだ。資本を持つ支配人種が世界の民に〈烙印〉を福音と偽称して刻みつけ、合法的な虐殺を行った。ケモノを蔓延させ、民に無益な血を流させた。罪は償ってもらう」

 兄はおぞましい深淵をみつめているのに、何故か話しぶりは穏やかだった。
 嵐の前の凪なのだろうか。

(いや。兄こそが嵐なのだ)

 目の前のカイゼリンという男の周囲が、台風の眼のように優しい。
 このカイゼリンの一粒の優しさは、彼の身内にのみ向けられるものであり、それ以外のすべてが暴風で引き裂く。
 カイゼリンとはこうした性質の、兄だった。

「友人の母も、烙印で亡くなったと聞いています」
「ケモノを避けれるとした烙印が民を喰った。儲けたのは【烙印企業】だけだ。その上には各国の裏を掌握する円卓の70人がいる」

「私と会談を行った」
「その奥の奥の奥に、もっとだよ」

 兄は私がみたもののさらに深淵を見ている、とでもいいたげだ。

「円卓の会談に出て私は、支配構造は決して覆せないと感じました。円卓の国家はあまりに根深いです……」
「お前の見た、さらに深淵の敵へむけて、俺はすでに動いている。〈気づいた者〉による勢力はすでに俺の下に集っている」

 ともすれば兄は、熱に浮かされた言動だった。
 しかし壊れた世界に生きる我々の、誰が正常と言えるだろう? 
 一見熱病に見える人間が、最も正鵠を得ていることだってありえる。

「【彼ら】の存在は、市民には気づかれない。陰謀だの妄想だのと切って捨てられ、情報のカオスに紛れるから永遠に気づかれない」

 リルカはゆっくり耳を傾ける。
 カイゼリンがこれから始めるのは血で血を洗う革命戦争だ。

 皇族が革命戦争の引き金を引くなんて歴史上、聞いたこともない。
 それだけこの世は入り組んだ複雑系にまで進んで、進みきってしまった。

「私は、これからどうすれば……」
「リルカ。気を強く持て。お前はすでに引き金を引いた。お前がきっかけなんだ。君の友人が第四官界の来訪者と協定を果たし【盟約】を決めた。もう、進んでいる。隣接世界の、かつて同じ地に生まれた皇国人が、俺の戦力に合流し【技術提供】が成された。ヴェール装甲兵の技術は飛躍的に向上するだろう」
「ラゼンと兄様の接触は知っていました。ルコはやはり【盟約】のために大海嘯に……」

「これから始まるのは俺の革命だ。この世の略奪者の鏖殺を意味する。世界の膿の切除というべきだな」
「報道が統制されていても、可能なのですか?」
「問題ない。真実とは勢力の数だ。君の演説は、皇国では流れなかったが、途上国各地に広がっている。70の国家には流れなかったが、もう半分の88国には伝わった」

 カイゼリンがスクロールを映すと、七大国70カ国に対する、八大国88の中規模国で発起が起こっていた。

「俺は戦争主導者と、そこに追従した実質的な略奪者のすべてを粛正する。略奪者とは、暴力だけではない。税や不正取引、薬物など違法資本のすべてを含む。集めた軍と兵による粛正とは要するに殺人だが、殺人によって悪を消さなければ、国家形態が壊れ静かな死が蔓延するならば俺は皇帝として手を下そう」

 カイゼリンは凪の口調で、激しい熱情を語る。

「三割の勝算とは第三管界と第四管界のヴェール技術を融合させた【新しい戦争】だ」

 この兄は壊れている。
 けれど、世界が壊れているというなら、壊れているものをぶつけるしか、治る手立てはきっとない。

「壊れた社会と法律をすべて換骨奪胎する。その後、もみ消された罪をあぶり出し、裁かれなかった略奪者のすべてを駆逐する」
「兄様……。あなたはいかれていますわ」

 我慢して我慢して、放置して放置して、取り返しのつかない場所に来てしまった。
 カイゼリンとは、限界を迎えた世界が生み出した、噴火なのかもしれない。

「【いかれ】で結構。世界が怪物なら、俺も怪物に。世界が深淵なら俺もまた深淵だ。俺が壊れているようにみえるか?」
「ええ。壊れています。しかし歪んではいません」

「ハリボテの皇子だったのにな」
「私も。おもちゃの姫でしたわ」

「決して手の届かない神のごとき位置に君臨していた連中。そんな輩を、ハリボテの王である俺が鏖殺する。兄妹を殺したシステムへの報いだよ」
「共に、行きます」

 リルカもまた杯を掴む。 
 カイゼリンは一瞬、澄み切った眼に戻る。

「歴史も証明しているさ。略奪者を粛正をした国家は存続し、粛正できなかった国家は消滅した」
「ここが皇国の分水嶺ですね」

 カイゼリンが杯を掲げると、マティが身体を起こしていた。

「私も、よろしいでしょうか」

 マティはカイゼリンの腹心でもあった。アサシンとしてリルカの情報を繋いでいた。

「当然だ。お前は俺の腹心であり優秀なアサシンであり、リルカの……」

 カイゼリンは口を閉ざす。
 リルカとマティの関係性はふたりにしかわからない。
 強すぎる意思と統率を持つ兄のはずなのに、妙なところで気が利く男だった。

「マティは私の、親友……。いえ。言葉で言い表せる人じゃない」
「リルカ様……」

「関係が言葉にできない。だから……。あなたとなら、どうなってもいい。ついてきて……。マティ?! どうしたの? 傷が開いたの。顔も真っ赤で……」
「いえ。少し鼻血がでただけです」
「大変。拭いてあげるわ。包帯も……」
「いつものことなのに。律儀なんですね。そんなあなたを私は……」

 カイゼリンが「外にでていよう。乾杯はそれから」と気を利かせ席を立った。

 マティは傷だらけのまま、リルカの肩にもたれた。
 白い部屋のカーテンが揺れて、海風が吹き込んでくる。

6‐5

 リルカは70大国から追放されたが、途上88カ国を中心に演説と会談に向かった。
 カイゼリンの艦艇とヴェール軍に守られる形で、ルガツ皇国の残された兄妹は大国の同盟を抜け、未開発の88の小国との同盟締結に向かう。

 ルガツ皇国は領土においてふたつに分裂することになる。

 88の小国による同盟は皇国の島の北側
 七大国70国連合は、皇国の南となった。

 領土の分割は、皇国全土に名復しがたい破滅を与えたが、カイゼリンの目的は国家の自主権の復活だ。

 かつての皇国は腐敗した民主主義の果ての事実上の植民地だった。
 無数の大国、企業が官僚機構に入り込み、外国人宰相が闊歩。政府と皇家を掌握する。

 カイゼリンの目的は、名目上の植民地の脱却と、国家の独立、平和条約の復活だ。
 手中にあるのは皇国軍の7割。敵対するは70の大国。

 勝算は、別の世界の【戦闘技術】にあった。
 第四官界よりの来訪者ラゼンとの接触である。


 カイゼリン擁する艦隊が、ラゼンの駐留する大海嘯へと向かう道中。
 光学映像を通じて、ラゼンとカイゼリンが顔を合わせていた。

「第四管界でも国民が『茹でガエル』となり全滅した国はいっぱいあったぜ」
「愚かものが死んでもどうということはないが、愚か者が集団となるのは救いようがないのはどの国でも一緒だな」

 ラゼンとカイゼリンは微笑混じりに歓談する。まだ互いに牽制が残る。

「言ってやるなよ。あんたの皇国だって、どいつもコイツも茹でガエルな状態だ」
「旧体制に置き去りにされた人間は全員殺すし、俺の側につく人間は救ってやる」

「うっは。リルカの兄と聞いていたが、あんたすげえな」
「不満か?」

「俺の副長があんたみたいな奴。テセウスっていうんだけどさぁ」
「世間話は後だ。第三管界と第四管界の技術のヴェール技術の交換。貴様との接触がもっとも重要だからだ」

「……この戦いであんたは、どこまで殺すんだい?」
「どこまでではない。支配機構にいる人間が〈略奪者〉の脳構造をしている。略奪的な精神の人間をテロリストとみなし、深淵の深淵まで潜って消し去ってやる」

「あんたさ。自分を神とでも思っているのかい?」
「世界に戦争と惨状をまき散らしている奴にいってくれ。技術提供はすでに20%は貰っているが、残りはいつになる?」

「……〈盟約〉がまだでね」
「リルカの友人。〈ルコ・ルルカロス〉か」

 ラゼンは、このカイゼリンという男に躊躇いを見せた。
 変革者でありながら、羅刹の類なのも確かだからだ。

「ルコの大海嘯への飛翔予定は明日だ。だけど今日も俺らと一緒に闘うって聞かねえの」
「今すぐに飛ばせろ。無理矢理にでもだ。こちらとしては死活問題だ」

「おっとぉ! 戦闘開始だぁ、そろそろ切るぜ。では再会を祈る!」

 ラゼンが通信を切る。
 カイゼリンはブリッジ横のリルカに語る。

「悪いが、友人が飛ぶところは見られない」
「わかっています。もうお別れは済ませました」

「俺を悪だと思うか?」
「悪には悪を、でしょう。深淵までお付き合い致します」

 リルカは大海嘯の方角へと、祈るように手を握っていた。



 ザイガス艦内でラゼンはため息をつく。

「ったくあの兄ちゃん怖えわ。〈盟約〉っていっても正直、俺はもうルコを死なせたくねーよ。技術提供はもう全部上げちまって、ばっくれてぇ。どう思う? テセウス」

 右目のみにメガネをかけた男、副長のテセウスがラゼンを睨みつける。

「お前の甘さが蒔いた種だ。第四管界へと踏破連絡をする方法がない以上、彼女らに頼るしかない。飛ばす役もルコ・ルルカロス以外に適任はいない」
「皇女からマスターキーを譲渡される人間なんて奇跡的だよなあ。俺としては、あいつが滝に吹き飛ばされて引きかえしたって『通ったぞ~!』ってことにしてえよ」
「他の乗員が認めない。第三の連中も同じだ。人は盟約を重視する」

 テセウスは冷徹に、ラゼンの人の良さとその弱点を諫めた。

「ひでえ話だと思うよ。俺らは300人の艦隊クルーで突破した。あいつらはたったふたりで空挺で行く。これだけでも違うのにさ」
「始めに〈世界の渡り〉を提案したのはお前だ。【大海嘯を超えて管界の人間を交換する。これを盟約とする】。俺も納得できたから賛同した。いまさら弱音を吐くな」

「あいつらのこと好きになっちゃったんだよね。本人にも言ったけど」
「お前の女好きは知っていたが。子供にまで劣情を抱くとは。大きい金髪の方なら理解できるが」

「そんなんじゃなくてだな!」
「だだは捏ねるな。もう彼女らが超えるのを信じるしかないだろう」

 テセウスは冷徹ながらも武人だった。ラゼンは「ぁーあ」とため息をつく。

「俺らが来た大海嘯は【くだり】。あいつらがこれから超える大海嘯は【のぼり】だろ。同じ滝に見えて。つらさが段違いなんだよねえ」
「関係ない。話は終わりだ。敵艦を補足した」
「敵をぶちころすのはいいんだけどな。女子供を飛ばすってやんなっちゃうねえ。はぁ」

 ラゼンは迷いを振り払うように、ヴェールを起動し装甲を顕現。ブリッジから飛び出していく。



 ダイダロスに駐留した私達は、大海嘯付近での防衛戦を強いられていた。
 リルカが円卓での演説を行ったことで、七大国の怒りを買ったためだ。

 ラゼン達は第四管界からの来訪者であり、未知のヴェール技術を持っている。
 このヴェール技術が、リルカとカイゼリンの率いる途上国と新興国に渡れば、二分した世界の勢力図が変わる恐れがある。

「つまり私達の存在は、知られちゃいけないから消されるってわけだ。人気者は大変だな」

 ザイガス内の作戦会議で、私は皮肉めいてみる。
 ラゼンも私の皮肉に、へらへらと笑う。

「同数や数倍程度の戦力じゃあ俺達は負けるわけがない。ましてやヴェールなしの旧兵器じゃあ傷もつかねえ。問題は……」
「補給だ」

 副長のテセウスがラゼンに補足を加える。
 ラゼンは副長に小突かれ、渋い顔をする。

「リルカの兄。カイゼリンが艦隊ごと来てくれるが、それまで持つかだ。危なくなったらとんずらするが、ますます俺達は皇女の陣営に勝って貰わないといけないわけだ」

 私もキトラも皇国出身だからか、ザイガス内では発言権を得ている。

「リルカは新興国の同盟に向かったんだな。生きてる報告はあるのか?」
「通信で、怖い兄貴の隣にいたよ」

「良かった……」
「とにかくだ。皇国が勝ちまくって新しい陣営になることは俺達の目的でもある。リルカとリルカの兄ちゃんにかかってるってわけ。そろそろ接敵してきたな。戦闘配備だ。各自でぶち殺しまくってください!」


 戦闘配備が始まり、私とキトラは甲板に向かう。
 空からは先日の戦闘と同様、打ち上げられたポッドが降ってくる。

 リルカ輸送の際の襲撃とは異なり、制圧戦ではなく撃滅戦だ。ダイダロスとザイガスを破壊するべく、雨ほどのポッドが降りてくる。
 私達はヴェールを起動し、各々甲板で戦闘配置につく。

 甲板の後尾で魔弾杖を構える。
 上空のポッドを打ち落としつつ、私は奇妙な懐かしい殺気を、感じている。

「魔弾が当たらない奴がいる」

 三機のポッドを落とした後、妙に魔弾が当たらないポッドがあった。
 偶然ではなかったのだろう。

 私のもとにポッドが降り、かつてとり逃がした宿敵が現れる。

「よぉ。メイド」

 完全装甲の十三階梯ヴェール兵。隆々とした肉体の剛腕の男。
 ランゴバルドが立ち塞がっていた。

「いまはメイドじゃない。正式名称は〈大海嘯・空挺踏破査察員〉だ」
「どっちでも構わない。お前がいなかったら、俺の任務は達成していた」

「十三階梯に因縁をつけられるなんて、光栄だね」
「お前を女子供とは思わない。まずは宿痾を断ち切らせて貰う」

 ラゼンに右腕を吹き飛ばされたことで、全身を換装したのだろう。
 ヴェールのコーティングの他にも肉体までも機械化し、金属の擦れる音が全身から響いていた。

 私もまた、魔弾杖を構え全身のヴェールを漲らせる。
 キトラともラゼンとも訓練をしてきた。ずっと自分を弱いと思っていた。強がりだけと思っていた。

 今はもう、違う。私は鍛えられている。

「相手になってやる」

 私の全身に、魔法陣の燐光が三重に展開する。

6‐6 完成

 ランゴバルドの右腕は換装されている。
 装備型のパイルバンカーだった右腕の中央にはやはりパイルバンカーがはめ込まれているが、肩口からはさらなる装備として、四本の副椀が生まれていた。

「右腕を吹き飛ばされたが、逆に考えれば腕を増やせるということだ」

 右肩の結合部から、背中にかけての機械腕が展開される。
 右腕にパイルバンカー、左腕は自由枠。
 四つの副腕にはそれぞれ、盾、振動剣、バトルアクス、マシンガンが握られていた。ヴェール戦闘では銃弾は非効率的な武装だが、生身の人間を射殺するには最も効率的なため、武装枠に入れたのだろう。

「おもしろい形になったな。以前より男前だ。ラゼンに感謝するんだな」
「あの優男も殺すとするが、まずはお前からだ。少女の兵士が最も危険と教えられる。殺すことにためらいはない」
「レディーファーストなんて、紳士的なんだな」

 ぎぅんとマシンガンが放たれる。

 私はすでに魔方陣をヴェール障壁として展開し、銃弾を空中で逸らす。

「以前は子供だからと甘えがあった。今の俺は薬を飲んでいる。脳の倫理の部分を消す薬だ。あと30秒だ。お前を殺すことに躊躇いは……」
「あんまり敵に悩みをうちあけるなよ」

 私はすでに魔弾を撃ち込み、ランゴバルドに直撃させている。収束も生成も、以前よりは速度が段違いになっている。

「何か、したか?」

 魔弾の直撃はランゴバルドには無傷だった。ラゼンには通用しても、ナノモルによって生み出す荷電粒子は、対策されているのだ。

「お前は俺に勝てない。ヴェールを剥がしたり、魔弾を生成したりと、重装甲以外の選択を選んだのは、力ない者の有効な手段だ」
「でかくて強いあんたにはわからないだろうがね。技を作るのにも、12歳からナノモルをこねくり回したりして。苦労したのよ」
「俺には必要なかった。重装甲の上からヴェールを纏うだけで十分だったからだ!」

 ランゴバルドの副椀が振るわれる。振動剣にバトルアクス。私のヴェールに掠め、粒子が散る。
 生身ならば十回は死んでいるだろう。

 二度目の魔弾を正面からあてる。弾かれる。 横目でキトラをみやると、キトラは推定12階梯の装甲兵を5人も相手取っていた。今野キトラはもう私を案じて、刃が鈍ったりはしない。それでいい。

 魔方陣を二重起動。自身の周囲を包むように陣を展開する。
 キトラを倒したときに掴んだ、魔弾杖と魔方陣の本質。

「戦場も煮詰まってきた。時間の問題だ。お前は俺には勝てない」

 副椀のバトルアクス、振動剣、パイルバンカーの包囲網が迫る。薬物投与を施していると言うから前回のように殺されないで放置はもうありえない。
 刃の乱舞が、私の全身を包むように振り下ろされる。直撃の寸前。私の視界は残像で溢れている。

 ランゴバルドの猛攻は空を切った。装甲から垣間見える横顔が驚愕に歪む。

「どういう、動きだ?」
「磁力の反発だよ。私のナノモルの収束と生成は、かなり応用力が高いらしい」

 ナノモルの粒子を回転させて熱を生み出すのが魔弾だが、魔方陣そのものに磁力の反発力を与えれば高速移動ができる。
 私の周囲を旋回する魔方陣は、弱点だった移動速度を補うものになっていた。

「避けるだけでは、何の対策にもなら……。……!」

 高速移動の回避は意味をなさないようにみえるが〈磁力反発〉は甲板の乱戦では、中々効果的だ。

「倒すだけが脳じゃないだろ?」

 魔方陣を三重起動。乱戦の中ヴェール兵に触れ、反発によって吹き飛ばす。
「ひとつ、ふたつ」

自分を飛ばすのではない。

「6体目!」

 反発で相手を海に飛ばせば、倒すことなく戦闘不能にできる。
 小隊ほどの数のヴェール兵を海に追いやり、私とランゴバルドの周囲では、空白地帯が生まれた。

「あんたは倒すけどな」
「地獄へ至る道を自分で演出したわけだ」

 乱戦を抜け、ランゴバルドと私は正面から対峙する。
〈三重起動〉の時点でランゴバルドは気づくべきだった。

「四重起動」

 ランゴバルドを巻き込むように、さらに魔方陣を展開。マスターキーで解放された最大出力まで魔方陣を展開。
 艦砲と魔弾を相殺させたときはコントロール不能だった。今だって完全には操れない。

 キトラに勝ったときにみせた、私の本懐。
 鼻血を出しながら、私はにやりと笑う。流れる血は舌で舐める。

「この技は……?!」
「もう、遅い。結界内部のすべてのヴェールを自分もろとも仮想的な粒子加速器に変えた」
「耐える。耐えれるはずだ! 魔ではない。武がより強者なのだ!」
「私はか弱い乙女だからな。あんたと真っ向からぶつかるつもりはないよ。だから敵そのものをな」

 射出の引き金を引く。

「【弾丸】にして飛ばすのさ!」

 螺旋状の閃光が甲板の中心をえぐり、極太の焦げ跡を残していた。
 艦首にはランゴバルドが叩きつけられている。四重起動の魔方陣は私ごと巻き込む威力の、魔弾の筒だった。

 魔素粒子を射出し相手にぶつけるのではなく、空間まるごとを粒子加速器にして、相手を弾丸に変え、射出する。 

「私自身が冷却システムだ。結果、私だけが生き残る」

 私の全身はスライムで冷却している。〈魔弾の筒〉は全開の冷却でやっと自分への反動が抑えられる【諸刃の技】だった。
 ヴェールをスライムに変える【冷却】に熟達していたのが功を奏したといえる。

 ランゴバルドは壁に背を叩きつけられ、副椀のすべてを破壊、ヴェールの崩壊が始まる。

「完敗だ。……ひとつ聞きたい。お前はリルカ姫に何を見た?」
「未来と変化」

「俺にはすべて恐ろしい。変化など、不安でしかないものだ」
「なんでも放っておけば腐敗するもんだろ」

「現在と停滞は、安心できる。変革を望む姫など、我々には理解できなかった」
「私は友人を守りたかった。それだけだ」

「……お前を殺さなくてよかったよ。殺すつもりではあったがな」
「結局、甘いじゃねーか」

 ランゴバルドとの戦闘の後、私はヴェールを枯渇してしまう。
 乱戦の中では私も戦線に巻き込まれ、やがて水晶殻になった。

 水晶殻のまま体育座りをしていると、兵が迫り私のコクーンを剥ぎ取ろうと武器を打ち付ける。
 やがてコクーンは割れ、私は首を掴まれて引きずり出される。

「ランゴバルドさんをやったガキだ。このまま首を折……」

 生身の私が殺される寸前、玉鋼の刀身が、兵の首筋に走った。刃には燐光が浮かび〈月蝕〉の力を起動している。兵士のヴェールが崩壊する。

 私の首を掴んでいた手が離れる。
 兵士が水晶殻になる間もなく、キトラは返しの刃で首を飛ばした。一撃目の月蝕でヴェールを切り裂き、二撃目の通常斬撃で、ヴェールの切れ込みから本体を斬ったのだ。

 一度目の斬撃箇所に寸分違わず刃を入れる。
 神業ゆえの、即死技術だった。

「ルコちゃんは強くなった。だから僕も、有言実行、だよ」
「人を殺して強がってるようだが、君の心が豆腐なのは変わりない。いまに折れそうなんじゃないのか?」

「君が死ぬよりは、どうでもいい他人を殺すって言った。君が死んだらもう、砕けるしかないんだから」

 戦闘を終えてキトラは私に手を差し出す。
 もう私は自分の強さに胸を張れるから、素直に手を取る。
 先にロストしても役割を果たした。天才の隣には立てなくても、背中を預けれるようにはなったのだと思う。

「追いついたぜ」
「今さらいうの? 最初から。隣りにいたじゃない」

 私達の最後の戦闘が終わった。
 幾ばくの休息を挟んでから私達は〈盟約〉のために飛ぶことになる。



 空挺に乗り込む当日、ロビーではシムルグが待ちかまえていた。

「おっさん。いまさら説教かい?」
「ルコルル。お前を報道してやることにした。ジャーナリスト仲間に連絡がついたんだ」

「世界はフェイクまみれだよ。大海嘯超えはタブーだし。リルカさえ演説を打ち切られたんだ」
「それでも伝える。俺が撮る。いままでの説教は忘れろ。お前らは大人になった」

 シムルグが望遠機能付きのカメラとドローンセットを構えていた。

「おっさん……。変なものでも喰ったか?」
「お前らのことは、いい加減にうんざりした。忠告するのも馬鹿らしい。今だけは全肯定だ。派手にやれ」

 ラゼンとテセウスを筆頭に、ザイガス組とダイダロス組のクルーも集まっている。

「……言い忘れたことがあった。大海嘯は逆流なんだ」

 テセウスがラゼンの耳を引っ張る。

「どういうことだ?」
「お前らの飛翔は俺達とはまったく条件が異なる。俺達はくだりで来た。お前らはのぼりを行くんだ。すまなかった。過酷なんだ」
「じゃあ。私らが抜けたら、私の勝ちだな」

 もう細かいことはどうでもいので、私はあっけらかんと応える。

「お前は本当に……。気が合うな」

 ついでに言えなかったことも、伝えておく。

「あんたが第一官界へ向かうなら。私らは第七官界に向かう。逆順で、この星竜を廻る。最後には私たちが生まれた場所。地上ってやつがあるんだろ?」
「……どうだかな。この星竜が世界の中の世界、だなんてことも確認のしようがない。血があって肉があるんだ。考えるとわかんなくなるよ」
「なんでもいい。私だって、行けるとこまで行く」

 大言壮語とわかっていても。盛り上がるってわかってるし、私だって粋がってみたい。

「あんたとも張り合ってみたい」

 ラゼンはやっと息を吐いた。

「やっぱお前、おもしろいよ」
「じゃあな。モヒカン」

「元気でな……。ああもう、こういうときいい言葉がでてこねーのな!」

 ラゼンは私の頭をくしゃくしゃにした。

「楽しんでこい、ルコルル!」
「当然」

 私は操縦席にキトラは副座に乗り、空挺のスロットルを入れる。
 シムルグのカメラの大仰な廃線が見える。お世話になった艦隊の皆が手を振っている。艦首からはウィルグリム艦長が敬礼をくれる。 世界の思い出が背後に消えていく。最低の生活でひどい世界だと思っていたのに。
 ありがとうダイダロス。今はこんなに愛おしい。

7‐1 光る滝へ

七章 光る滝へ


 空挺の背後にはキトラが乗る。
 リルカの与えた〈マスターキー〉は、私の細胞に溶け込んでいる。ヴェールを生成するときに、布のような形状にし、命綱としてキトラと繋ぐことで私の中の〈マスターキー〉の共有もできるらしい。
 離陸した空挺は高度をあげ、雲を抜ける。
 磁気嵐のグランドストリームへ。リルカのいたときに引き返した空域に入る。
 高度2000。時速600キロ。
 私はもう、引き返さない。
「磁気エリアに入る!」
「了解。索敵続ける」
 大海嘯に近づくにつれて磁気嵐と暴風が強まり、管制が不調をきたしていく。
 だが磁気嵐空域はまだ〈警告〉に過ぎない。 天よりの巨大な滝〈大海嘯〉に入ってから我本番だ。
 自然物にみえるそれらは、超えられるようにみえて、ナノモルのプログラムが刻まれ、超えられない仕組みになっている。
 入れない大陸・未開域。
 星竜世界の現実と同様に演算された、超過する複製世界。
 私たちはナノモルによって複製された人類にすぎない。
 通常の人間は、踏み込んでいけば消滅する
 ナノモルによって複製された存在として、世界のデータと合わないためだ。
 本当の血や肉は、この世界にはなくて。
 私たちは偽物の血肉で。
 大海嘯の〈渡り〉を認められたのは皇族を筆頭とするマスターキーを宿した存在のみ。
 私は偶然リルカに出会い、マスターキーを分けられた。
 いわば片道チケットを貰ったようなものだ。 だけどリルカは世界に留まった。
 私が彼女にそうさせた。リルカの手は取らなかった。
 彼女の役割はこの世界にあったから……。
 けれど私は違う。
 生粋から世界を憎んでいる。
 役割も何もない。
 リルカと出会わなかった、辺境でケモノと戦い続けて。野垂れ死ぬだけの野良犬だ。
 今は仲間のおかげで、少しだけ。世界を愛しているけど。
 世界の外に行きたいのは原始欲求!
「突入する!」
「管制異常6%。修復しつつ索敵を続ける」
 磁気嵐に空挺を突っ込む。
 操縦桿は私が。キトラは管制修理に入るも、磁気嵐は腕が痺れるほど凄まじく、機器管制が次々に破壊されていく。
 コクピットから黒煙。磁気嵐を超え、大海嘯が見える。
 眼前には天からの光る滝。
 存在そのものを書き換える〈世界の壁〉。
「動力のシフトに入る!」
 電子管制が焼き切れたのでパージ。現れたのは〈原動駆動(レシプロ)〉の空挺エンジン。
 人間と動力が直接繋がる。
 光る滝へと、黒煙をあげた空挺が突っ込んでいく。
 召されていくようだ。知らない。突っ込むだけ。
 原動力エンジンもまた、妙な音をあげていく。
 大海嘯とは世界の狭間。星竜というナノマシンの複製世界の根源。
 世界が異なものは、次の世界には渡れない。 容赦ない破壊が襲いかかる。
 ラゼンの乗ったザイガスがボロボロだったことと関係しているのだろう。
 私はヴェールの魔方陣を起動し、キトラと自分と包み込む。
 マスターキーを持った私と、ヴェールで繋がることでキトラも〈世界の狭間〉よりの分解を免れる。
 空挺への破壊は続いている。光の滝の内部はナノモルとヴェールの濃縮された空間だ。
【存在の破壊】によって、言動駆動エンジンさえも焼き切れようとしている。
「パージする!」
 言動駆動の次はさらなる奥の手。
 崩壊した空挺は白いカイトになる。
 光る滝へさらに進むと、未開域の大陸がみえる。
 その上空には翼竜が飛び交っていた。
 こちらにくるな、と警告しているのだろう。 構わない。どうでもいい。
 背景、リルカ・ルガツ・アイテール殿。私は北の果てに向かっています。あなたは上にいくといい。
 私達は北へ向かいます。

7‐2 皇女の旅の始まり

 三年と数ヶ月後。皇国真正血統を旗印とした88ヶ国同盟と、七大国77国連合による【改変戦争】は集結を見せた。

 カイゼリンとリルカは、ミカニカ島円卓会議の地下に訪れている。
 地下には水槽が鎮座しており、内部には最後の老柱の首が浮かんでいた。

「支配階層の脳がクローンとなり、地下で複製されていると聞いたが。まさか事実とはな」

 カイゼリンが吐き捨てると、水槽の老人の首が目を開く。

『次の支配者かな。ナプキンをとる方法を教えよう。意思を継ぐ者よ』

「ボケたのか。首だけになったからかな。遺言だけは聞くがな」
 老人の首は言葉を緩めない。

『支配には文法がある。戦争を望む精神。略奪者のみを残し、平和主義者を殺すことで人口調整を行う』

「聞き飽きた言葉だ。リルカ。黙らせられないのか?」
「破壊するしかなさそうです。いま戦力を手配致します。兄様も洗脳されないように」
「俺を誰だと思っている?」

 老人の首の独白は続く。

『ひとつは思考を殺すことだ。検証法道ではなく発表報道をする。ニュースはすべて「~しました」で終わるだろう。そこに思考は存在しないし「何故」もない。見るものに疑問を抱かせない。愚民は指をくわえて映像をみているだけだ』

 リルカとカイゼリンは、顔を見合わせ、肩をすくめる。

『【何故】のない世界で生きている人間は深く考えることをしないからね。深く考える人間を少数派にすることに成功したんだ。国家は愚民。すなわち家畜の群れになる。自分たちが層と気づかずにね』
「聞くに堪えませんね。部隊は待っていられません。壊しましょうか」

 リルカは拳を握り、一撃で水槽を砕く。溶液が溢れていく。

「ヴェールが復活して、逞しくなったな」
「マスターキーをルコにあげて、ヴェールが無くなると思っていました」
「消えたのはマスターキーの力だけで、リルカ自信の力は眠っていたなんてな。歴代のマスターキーの継承者は勘違いしていたんだろうな」
「とにかく、首を黙らせましょう」

 首の後頭部は露出しており脳がみえていた。 グロテスクな装置だ。
 水槽が壊れてなお、むきだしの脳の老人の首が話を続ける。

『目障りなのが本を読む連中だ。ディストピア小説の教養ほど、戦争を遠ざけるものはないからね』

 カイゼリンとリルカは刀を抜く。

「リルカ。俺はもう決めている」
「ええ。殺すしかありませんね」

 リルカとカイゼリンは同時に刃を振るう。
 首だけの老人は真っ二つになる。

「もうあなた以外の老柱はすべて法によって裁き、処刑しました。あなたの○○○○○という名も戸籍上は存在しない。脳だけここに残して何にもなりません」
「リルカ。会話は無意味だ」
「すみません兄様。つい……」

 兄妹が目をこらすと、地下の奥の闇から視界いっぱいに数十もの培養水槽と、そこに浸かる老柱の首がみえてくる。

『だから本を殺すんだ。焚書だ』

 首の声は止まず、演説が続く。

『実際に本を燃やすと反発がでるので、ここはふたつのルートから合法的な焚書を目指した』
『ひとつは図書館の古い本や歴史記録を抹殺する歴史修正だ』
『もうひとつは快楽主義者としか思えない成功ばかりする娯楽小説とポルノを増やした』
『人間の面白いところは他人の幸福をみて満足できるミラーニューロンだ。たとえ現実が粗末でもね。だから映像は良いツールだった』
『最終的に、多くの愚民は長文を読めず思考ができない状態になったよ』

 リルカとカイゼリンの背後から、残像を伴ってマティが現れる。新調したアサシンの装束で、双剣を構えていた。

「お疲れ様でした。リルカ様、カイゼリン様。ここからは私が」

 マティが双剣を構える。

『120年、我々の支配は気づかれなかった。いいことだ。見たくないものをみない人間こそが愚民なのだ。我々はただボタンを押すだけでよかった。そういう立ち位置に立った」

 老人の首が水槽の中で叫ぶ。

『人類が減りたがっているんだよ。水槽の金魚と同じだ! 狭い場所では殺し合いを始める』
『金魚でないなら家畜だ! 井戸に毒をいれれば気づかれるが、流通する食べ物に少量の毒を入れれば気づかない。少しずつ入れるんだ』
『あるいは生まれたときの薬品に少量の毒を入れるのもいい。すると病の発生をその人間の体調のせいにできる。適度に病になれば医療という善を隠れ蓑に莫大な資産を……!』

「もう、いいです」

 マティの双剣は、1秒ごとに水槽をまっぷたつに斬りさく。
 66の水槽を細切れに刻み、戦争と災厄をまき散らしていた支配階層のクローンの首をまっぷたつにした。
 最後の首が死に際に吐き捨てる。

『私をインストールしろ。支配の継続をみせてや……。まだまだ居るのだ。ここで終わりはし、な……』

「ひかえよ。下郎。時代は変わった」

 マティは厚底の靴で踏みつける。

「汚物は、リルカ様には触れさせない」

 脳症が飛び散り、声は消え去った。

 リルカとカイゼリンは冷たい目をしている。
 終わると同時に、老人の脳に翻弄されていたこの世への虚しさがあった。

「兄様。戦後処理については」
「もう次のことか?」

「ここは後続の部隊が片付けてくれます。復興のことを考えましょうよ。マティ。靴を脱いで。新しい靴がある」
「お嬢様……。やけに準備がいいのですね」

「マティだけを汚したくない。汚れるときは一緒。綺麗になるときもね」
「……はい!」

 カイゼリンの背後から後続の舞台がなだれ込んでくる。
 支配層の脳との対話ということで、三人だけで地下室に入ったが、【最後】はあっけなく終わった。

「いや。どこまでも続いているんだろうな。今度は俺達が、このような末路になるかもしれない。人間が腐敗するならば俺達も然り、か」

 カイゼリンは、かしましい妹とその護衛をみやる。

「今は。これからは。この手で【刷新】できることを、本気にしてもいいのかもしれないな」

 かつて存亡の危機に追いやられた皇国の王は、羅刹の目の光を、ほんの一瞬、優しい眼差しに変えた。

7‐3 グランドストリームの奔流で

 天からの滝の中で私達は、水とも風とも異なる〈奔流〉の中を、飛んでいた。

 初めは空挺でグランドストリームの磁気嵐を、飛んでいたがある地点から【突破不可能地点】へと差し掛かる。

 いつかリルカと放した【存在が消滅する区間】。
 星竜世界が、地球と呼ばれる惑星の内部につくられた【仮想世界】という説。、

 仮想的な情報でつくられた精巧な血と肉の情報。
 それが私達であるという説。

 情報である限り、【不可能】と定義される限り【突破確率】は0%だ。
 磁気嵐を超えた光る滝の区間。

 ここで本来なら、【消滅する】はずだったが、リルカから貰ったマスターキーのおかげで、私達はどうにか生きている。

「生きてるかい?」
「死んでないよ!」
「元気そうでよし!」

 空挺の航空管制システムは磁気嵐を超えるあたりで破壊された。
 黒煙をあげ、装甲が剥がされ、搭乗者を爆破した。ヴェールを使える私達は爆破程度ではしなないが、飛べないのは困る。

 空挺の管制システムが破壊された後は、バイクの原動駆動機でちょっとだけ飛んだ。エンジンはエンジンだ。整備班の人がやってくれた。
 空挺は磁気嵐は超え、光る滝内部を少しだけ飛んだが、やはりもたなかった。

【光る滝】の内部は、【存在を消し去る空間】だ。バラバラと微細な機械が分解されていく。

 そうなのだ。マスターキーがあっても、これが問題なのだ。
 ではマスターキーを持っている人間が、なぜ世界を渡れるのか?

 答えはこれからわかる。
 私はカバーの賭けられた赤いボタンを押す。最終兵器ボタンだ。

「おらぁ!」

 光る滝を受けて、分解されかけていた空挺装甲がパージされ、言動駆動エンジンなど重いパーツのすべてが、空の下に消える。
 広がったおはヴェールを展開するための【カイト】の骨格。

 そして足下に現れた機構は、【ペダル】だ。

 私はこれらの【カイト】と【ペダル】の骨の周囲に、マスターキーの力を受けたヴェールを展開する。

「四重起動並みの、展開をする」

 白いカイトはいわゆるペダルで進む巡航システム。
 つまり〈鳥人間〉。〈空飛ぶ自転車〉だったのだ。

 キトラは背を向けて私の後ろに座り、足を縛って固定。
 マスターキーのヴェールはキトラを守るようでもある。

 光る滝を超えるために、ヴェールの翼を纏うのだ。
 目には目を、という単純な理屈だったが効果はあったらしい。

「壊れていない。進める!」
「……ルコちゃん。竜がいる」
「生物が消える空間だろ。いるわけ……」
「横からくる!」

 キトラが翼竜対策のために、刀を構える。
 右舷から、ヴェールでできたような虹色の翼竜が迫った。

「光る滝の中には、ヴェールの生命がいる?」
「竜は僕が斬り続ける。安心して、全力で漕いで」
「安心するのか、死ぬ気なのか、わっかんねえな!」


 大海嘯の奔流の中に私達はいる。
 憧れた光る滝に、私達はいる。

 水なのか風なのか、それとも存在を構成する狭間の空気なのか。
 人の理解を超えた光の奔流の中、私はヴェールを全開にしつつ【カイト】と【ペダル】の〈鳥人間〉を漕ぎ続ける。

「キトラぁ! 光る竜は何匹?!」
「気にするな! ただただ焦げ!」

 血の匂いがする。いつだって私達は泥臭くて、血なまぐさい。
 もう絶対死ぬ、存在が消滅する、と私の原始本能が告げている。

 キトラも諦めるつもりは毛頭ないようだ。鳥人間の背後では、刃の振るう音と、竜を斬る音。
 光る竜は物質的存在なのか? 疑念は尽きない。
 わからないことだらけでも、漕ぐしかない。

「ああ。もう! やる。やってやる! 死ぬまで漕いでやんよ!」

  最後のあがきだってわかってる。もう漕ぐしかないのだ。
 それしかやれることはもう、ないのだ。漕ぎ続ける。ただただ、漕ぎ続ける。

「うぉおおおおおおおおおおおぁあああ!」

 光の向こうに陸地がみえる。未開域と呼ばれる【次の世界】だ。
 最悪な世界だと思った。だから抜け出したいと思った。
 戦ってるうちに名残惜しいと思った。
 戦乱とか支配とか、血とか、そういうことばっかりでも、美しいものもたくさなった。
 残る選択もあった。

(でも私はリルカに、責任を果たせって。やるべきことをやれって、いったんだ。なら私も)

 負けたくなかった。
 キトラだけじゃない。リルカにも負けたくない。

 そうだ。あいつの隣りにいたら、ずっと負けっぱなしだったんだ。
 皇女だって? ふざけやがって。

 欲しいものを、なんでもくれた。辺境の底辺の私を救ってくれた。
 友人だって言った。
 そのくせ私なんかを好きでいてくれる。

(友達じゃなくなる選択も、あったんだ。でもそれじゃ、私は一生あいつに勝てないんだ。そうだよ。【飛ぶ係】くらいしかリルカに勝てないんだ。飛ぶだけで皇女に並べるんだ。安いもんだ。私のお陰であいつがラゼンと盟約して生かされるんだ。ざまーみろ!)

 私はもう、空を漕ぎ続けすぎて、何も考えられなくなってくる。
 背後ではキトラも、刃を振るって竜を切り続けている。

「ルコちゃん。見えた!?」
「まだ、みえない。先が、みえない」

「見えなくてもいい」
「怖……。く、ない!」
「よく強がった!」

 この先の着地がどうなるかわからない。ヴェールのカイトがなんとかしてくれると信じるしかない
 漕ぎ続ける。腿が張る。背後からは翼竜が迫る。キトラは翼竜を斬り続ける。
 私はペダルを漕ぐ。漕ぎ続ける。腿が張る。

「ぅぅ。るぅううううううっぅううう」

 漕ぎ続ける。漕ぎ続ける。腿がもう痛い。お尻もいたい。背中もいたい。腕も痛い。
 それでも漕ぎ続ける。私は自転車選手じゃない。それでも漕ぎ続ける。嫌でも漕ぎ続ける。漕ぎ続ける。腿が壊れちゃう。漕ぎ続ける。尻もいたい。漕ぎ続ける。
腕も痛い。漕ぎ続ける。頭も痛い。漕ぎ続ける。視界が朧気だ。腿がいたい。漕ぎ続ける。漕ぎ続ける。私はいつもお尻がいたい。漕ぎ続ける。生来ちょっとどんくさいのだ。漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。攣ってる。攣ってる? 攣ってる!?

「攣ってる!」

 自分が何をいってるかもわからない。
 痛くてつらくて苦しくて。もう天からの光の滝とか、世界の狭間とか、絶対に超えられない奔流とか、どうでもよくなってくる。

 死にたくて未来もない毎日だったから、【死んでも良いことに挑戦する】なんて思ってたっけ。
 私はなんて馬鹿だったんだ。死にかけて、自分の馬鹿さにやっと気づいた。

 でももう、挑戦しちゃった。渦中にいるんだ。文字通りな。向かい風が痛いほど冷たい。

「止まるなよ」

 背後ではキトラが斬り続けた翼竜の血が飛び散る。翼竜は光っていたはずなのに、流血するものなのか。

「れも、れも……。! 攣ってる。攣ってる! 泣きたい! もう泣きたい!」
「まだだ、ルコ・ルルカロス。弱くても。貧乏でも何もなくても、いつも強がって他人をひっぱってきただろ!」

 そうだ。他人に逃げるなって言い続けたのは私だ。
 魔弾杖を打つときだって、結構クールなつもりだ。技名とか叫ばないしさ。

「うるさい。うるさい! キトラのくせに!」
「ルコちゃんは【無理】って言わなかった! 今は僕が無理なんかいわない。絶対できる。【先】はある!」

「おまえ、だ、って! 私がいないと何もできなかったくせに! 強くて助けてくれるけど。本当は脆い女のくせに!」
「そうやって挑発して。張り合って。引き上げてくれる。だから。だから僕はついていける」

「もう! 叫べな、も! むぅぅ。るぅぅうっ」

 漕ぎ続ける。足が動かないので、背中やら尻やらでどうにか漕ぎ続ける。

「うううぁうううるるぅるああああああああぁああああああああああ!!! ぬぅぁぁああ! ああああああああああああああああああああああああああああ!」 

 漕ぐことの限界は超えている。ヴェールのカイトは向かい風に煽られる。光る滝の内部に押し戻される。

(あと少しなんだ。向かい風の壁を超えたら)

 最後の一押し。一線を越える一撃が欲しい。
 無意識の私が囁く。

 ――分水嶺ってやつがあるはずだ――。

 例えば東と西の分かれ目とか。東西の狭間とか。
 川の始まりは、必ず別れる。それが分水嶺。この大海嘯も空から光が降り注ぎ滝になっている。だから必ず分水嶺がある。
 真ん中が、ある。

(そこまでいければ。超えれば。逆光が順行に)

 ヴェールはかつかつだが魔弾杖を起動する。魔方陣を四重展開
 ナノモルがヴェールの周囲に形成、燐光の魔方陣は〈鳥人間〉を包むように展開。

 ランゴバルドを飛ばした(魔弾の筒)で、私とキトラを包み込む。
 私は私を射出できる。壁を超えるための〈魔弾〉がある。
 もう、後は考えない。死に際の一撃を光る滝の果てに向けて放つだけ。

 魔素粒子の巨大な熱線が、大海嘯の中央に着弾する。
 操作不能の私を後ろでキトラが支えている。

 空間が加速する。私達は加速そのものになる。

 意識も肉体も残像に引きずられるように、滝の向こうに引っ張られる。

 生身ならたぶん死んでる速度。
 ヴェールがあってやっと死なない速度。

 光に近づける速度。
 超える。超えた?
 超えないのか。超えれるのか?

 私たちはふいに、海の上に放り出されていた。

「ルコちゃん! ルルカロス!」

 もう天からの光の滝は、みえない。
 空中で振り返ると、滝は背後にあった。

「こんなに空が高い。海も、ある。足痛い。下は川だ!」
「ほらやっぱり。君は諦めない」

「もう、全身限界だけどな。私を生かすことを許してやんよ」
「素直に助けてって言えばいいのに」

 世界と世界の境界を、私達は超えていた。
 空中でキトラが私の両手を掴む。

 展開していたヴェールが消える。
 ひらひらと舞いながら、私達は【向こう側の世界】の海へと、堕ちていく。

エピローグ 星竜を渡る。

 川を流され霧の立ちこめる場所にでた。陽の光で温まりながら、私はあおむけに寝ていた。
 腿が痛く立ちあがれない。前方には狼がみえる。妙に顔のでかい狼だ。顔面だけで2メートルほどあり、四肢はやけに小さい。

 ここは第四管界と第三管界の狭間の世界、〈未開域〉らしい。 
 未開域はケモノの本場だから、熾烈な闘いが予想される。

 狼の顔面がふたつに両断される。キトラが月蝕刀を振るっていた。
 私も寝そべりながら魔弾杖を構える。蟹腕の熊がいたので、心臓を打ち抜いた。

「抜け出した先も変わらないね」

 絶望の先にも絶望があるという意味のようだが、キトラは何故か楽しそうだ。

「んなことはわかってんだよ。抜け出すことに意味があんだよ」
「どこまで行こうか」

「決まってる。やるなら果てまで。第七官界まで。ラゼンに言ってやったんだ。あいつとは逆に向かう。逆の果てに」
「未開域をあとよっつ。官界をよっつ。逆向なんて。『らしい』ね」

 空挺と鳥人間は消滅したが、ヴェール能力はマスターキーの〈拡張子〉の変換によって、すべて生きていた。
 地べたに這っていた私をキトラが持ち上げる。しばらく歩けないので、背中に乗る。

「昔読んだ小説にね。異界からきた怪物がいたんだ。異界の怪物なのに。花や種に喩えられていた」

 狩猟者の中の小さい界隈で(リリウム)とあだ名されていたのを思い出す。
 風に飛ばされる花のようなもの。

「花や種は案外しぶといだろ。私らも同じだ」

 世界の渡りは完了し、盟約は成された。
 故郷の世界がこれからどうなるかはわからない。

 私達がやることは結局かわらない。
 結局、原始的な狩猟者だ。

「砲台よろしくね」
「背負って、洞窟まで」

 いつかのように、私たちはふたりぼっちで、血なまぐさいことをしている。

〈未開の領域〉に来ても変わらない。

 私達は結局、風に飛ばされても終わらない【しぶとい花びら】だった。

星竜を翔けるリリリウム

星竜を翔けるリリリウム

封印されしリリウム・ダークファンタジー

  • 小説
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  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-10

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  1. プロローグ 大海嘯
  2. 1‐1 ヴェールの狩猟者
  3. 1‐2 魔剣と魔弾
  4. 1‐3 狩猟者達
  5. 1‐4 お嬢様で狩猟者で異端者
  6. 1‐5 焚書屋にて
  7. 2‐1 第七皇女
  8. 2‐2 ヴェール戦闘
  9. 2‐3 割り込んだら消し飛ぶ
  10. 2‐4 皇女と血なまぐさいふたり
  11. 2‐5 リルカの接近
  12. 2‐6 リルカのティールーム
  13. 3‐1 踏破計画
  14. 3‐2 皇女の狩猟チーム
  15. 3‐3 三番目の選択肢
  16. 3‐4 卒業式
  17. 3‐5 烙印
  18. 4‐1 世界の盟約
  19. 4‐2 蟹蠍戦艦ダイダロス
  20. 4‐3 大海嘯への接近
  21. 4‐4 艦隊戦(原始格闘と魔弾砲撃)
  22. 4‐5 限界突破
  23. 4‐6 第三官界よりの死者
  24. 5‐1 リルカの開花
  25. 5‐2 血なまぐさいふたり
  26. 5‐3 【世界の盟約】
  27. 5‐4 リルカの心中
  28. 5‐5 独房にて
  29. 5‐6 皇女との別れ
  30. 6‐1 墜落
  31. 6‐2 【強さ】の交錯
  32. 6‐3 腐った脳みそどもと第七皇女の叫び
  33. 6‐4 生き残りの兄妹
  34. 6‐5
  35. 6‐6 完成
  36. 7‐1 光る滝へ
  37. 7‐2 皇女の旅の始まり
  38. 7‐3 グランドストリームの奔流で
  39. エピローグ 星竜を渡る。