警察官

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交番警察官の日常

九月八日、今日は特に残暑が厳しい昼下がりだった。
 アスファルトが溶けてしまいそうなほどに、うだるような暑さだ。
おそらく俺の(青木良知・二十七歳)立っている場所の気温は三十八℃前後あるのではないか。
 俺が勤務している交番は北関東の地方都市で人口五十万を越す中核都市だ。東京ほどではないが繫華街は都会と変らない賑わいを見せている。数年先には新型の路面電車が走るという。高齢化に伴いタクシーより安くバスより早く便利だそうだ。それで充分に地方都市の役割は果たしている。 交番は街の中心から一キロほど離れた場所にある。
 一人で巡回に廻ったのが十一時だから、かれこれ二時間近くが過ぎた。
規定の巡回を終えたので再び自転車に跨りペダルを踏んだ。
ひと漕ぎする度に汗が吹き出るような猛暑の中を走った。

「吉田さん、異常ありませんでした。今から食事にして宜しいですか」
「おうご苦労さん。悪いが俺は先に済ませたからな。今日は何を食うんだね」
「いつもの物ですよ」
吉田警部補は定年間近の五十九歳だ。普通なら昇進試験受けていれば、もう少し上の階級だったと俺は思っている。ただ今の階級に昇進したのは俺が配属される少し前で、それ以前まで巡査部長だったとか。吉田さんは昇進には無頓着なようだ。真面目が取り柄で上司の計らいで試験を受け一年前に昇進したと聞く。
 定年一年前で昇進するのも異例だ。それにしても今更なのか? どうやらその理由は昇進することにより退職金が違ってくるそうだ。噂では功労者への配慮だろうとされている。
吉田さんは交番勤務を辞める気は更々ないらしく従って出世欲はないらしい。

 吉田さんと俺は親子ほど年が離れ身長も大きく違う。街の人々からはデコボココンビとして親しまれている。その俺が同じものばかり食べるので、からかわれる。
「青木、いつものって餃子にラーメンライスだろう? よくも飽きもせず毎日同じ物を食うこと」
 そう言って笑う。
「でも光来軒の奴は絶品ですよ」
「そうかね? 俺は光来軒の娘が絶品だと思うが……ハッハハ」
俺は反論する言葉が出て来なかった。何故なら半分は当たっているからだ。
「それにしても、この暑さは異常ですよ。中には暑さにイライラする人もいるでしょうね.」
 吉田さんは交番の窓から歩く人々を見て頷く。

  俺はこの交番に来て一年少しが過ぎた。俺が来る前は三人勤務だったそうだが今では二人勤務だ。当番開け翌日は公休、その時は他の部署から交代要員が廻ってくる。
と、いっても交番勤務は二十四時間交代勤務で行なわれるが人は一日中起きてはいられないから四時間程度の仮眠をとる事は許されている。

交番勤務の一日
・7:00/起床
独身者は寮または、独身でも一部、アパート、自宅等がに住むことが許され、既婚者はそれぞれの自宅から出勤。出勤時はスーツを着用。
・8:45/警察署(本署)へ出勤、朝礼
交番勤務員も朝は警察署へ出勤。まずはスーツから制服に着替え、勤務に必要となる携帯品の確認・補充。
署全体で行われる朝礼では課長からこの日の業務の指示を受けるほか、警察署管内での事故の発生状況や連絡事項。ここで装備品・携帯品(無線、防刃衣、拳銃、警察手帳など)の点検。
・10:00/交番へ移動、当直者からの引き継ぎ
・10:30/来訪者&電話対応
・12:00/昼食 1時間の食事休憩。交代の場合は一時間ずれる
・13:00/巡回、交通違反の指導・取り締まり。
・16:00/書類作成
交番勤務員は、110番通報や警察署からの連絡を受け、事案は、不審者や不審物の対応、痴漢、窃盗・万引き、喧嘩、未成年の飲酒や喫煙の取り締まり現場から戻ったら、報告書などの書類を作成。
・17:00/立番、街頭監視
・22:00/夜間パトロール 最低2人で
・2:30~6:30/休憩、仮眠 交番勤務員は交代で4時間の休憩
・7:30/立番 通勤・通学時間に合わせて交番の前に立ち。
・10:00/勤務交代、残務処理
・11:00/帰宅

上記は必ずしも守らなければならない規則はない。地域や事件等により変わって来る。
警察官だからと言ってそうそうドラマのように事件に遭遇する事はない。
夜は酔っ払いが暴れているなどと通報はあるが、大抵は保護者を呼ぶか宥めて収まり事件にならない。時には空き巣とか、万引きなどあるが我々交番勤務は現場に一番先に駆けつけ交番で手に負えなければ本署に報告して橋渡しの役目で終る。
 交通事故などは交通課に引継ぐまで交通整理する程度ごくごく平和な勤務生活を日々送っている。警察官として禁句であるが事件がなければ気楽な勤務だ。
 「処で吉田さん十二月いよいよ定年退職ですね。淋しくないですか」
 「そりゃあな、四十年近くもやって来たからなぁ……しかし誰もが通る道、素直に受け止めて余生を送るよ」
 「そんな悲しいことを言わないで下さいよ。余計な事を聞いてしまいしまたね。すみません」
 「なぁにいいんだよ、来月には二人目の孫も生まれるし、また婆さんにも苦労かけたしこの再、家族サービスもしておかないとな」
 婆さんとは自分の奥さんの事らしいが照れ隠しだろう。
 孫が生まれる以前は貴方、お前。または父さん。母さんと呼ぶのが日本では一般的だが、孫が生まれると孫に合わせて爺さん、婆さんと呼ぶようになるのか? 
吉田さんも孫が出来て自分の事を爺さんと思っているのか? しかし警察官、同年代の人よりは体力もあり、まだ五年以上は現役が務まる尊敬できる大先輩である。

 俺は吉田さんよりは十センチほど背が高く百八十センチだ。細身ではあるが警察学校時代は逮捕術には自信があった。
一応、警官である以上は剣道、柔道、射撃訓練はして来た。しかし未だ大きな事件、犯人逮捕の機会に巡りあった事がない。
 吉田さんはコンビニ強盗犯を二度現行犯逮捕した事があるそうだ。
 一番の喜びは路上で恋人同士が喧嘩になり逆上した恋人の男が、別れるならお前を殺して死んでやると恋人にナイフを突きつけ立て篭もったのを、説得して交番に連れて行き仲直りさせたのが嬉しかったとか。
誰が通報したのか刑事が駆けつけた時には終っていた。交番は地域と密着しているからいち早く駆け付けられる利点がある。刑事は手柄を取り損ねたような顔したが、若い刑事は吉田さんに苦笑いして、ご苦労さまですと敬礼したとか。
 ちょっと頭に血が登って発作的にやったものなら、出来れば犯罪者扱いしないで無罪放免してやるのも警察官としての義務だと吉田さんは思っている。
 これもベテラン警官の貫禄か? 何も刑事だからだと言って交番勤務の警官の階級が下だという事はない。刑事でも吉田さんより下の階級の者はいくらでもいる。ただ与えられた使命があり交番勤務の警官は事件の捜査はしない。
 テレビドラマの影響で、どうしても制服警官が格下に見えるがドラマの構成上その方が、都合がいいからだろう。それに吉田さんはベテラン警官でもあるし、同じ署の刑事も吉田さんには一目置いている。
出来ればこの程度のことで事件にして逮捕連行するのを避けたいと思っている。説得して分かってくれるなら事件に犯人扱いしたくない。その人柄に街の人々は吉田さんを人情おまわりさんと市民に慕われている。昨今、警察官の犯罪が目立ち中、吉田さんのような警官が必要だ。人情警官だからか分からないが一度も拳銃を使う機会かなかったそうだ。
 と、吉田さんは其処までは教えてくれたが謎めいた部分も垣間見えてくる。
俺も突っ込んだ話は控えた。長く警察に勤めていれば思い出したくない出来事もあっただろう。ドラマと違い一警官が遭遇する事件が殆どないのが一般的だ。
 それだけ日本は平和なのだろうか? その割にはテレビ、新聞の報道では毎日のように殺人事件が起きている。

警察官

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  • 小説
  • 掌編
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-09

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