百合の君(11)
そのころ盗賊の出海浪親も、縁に腰掛け飲んでいた。夜だというのに蒸し暑く、うちわで扇ぎながら飲むのは面倒だった。腕に止まった蚊を叩くと、赤い血が飛び出る。もうずいぶん喰われてしまったらしい。
天の川は夜空にかかっている。なるほどそれは川のようであるが、恋人同士を隔てているようは見えない。見れば見るほどぼんやりとして、これはすべての星の源ではないか、と浪親は思った。このぼんやりとした光から、分かれ出たものが星だ。いや、星だけではない。この地も、我らの体も、あの銀河から来たのではないだろうか。
その思い付きは酒と相まって浪親をうっとりとさせた。浪親はあおぐのも忘れ、星空を眺めていた。湿った風に、いくつもの虫の声が絡まり合った。もしかするとこの響きが目に見えるようになったものが、あの星々なのかもしれない。この地と、宇宙とがつながって、過去と未来も一つになって……しかし足音がして、浪親は現実に帰った。
「星を見てなさるのか、今日は七夕だったのう」
ばあさんが、庭の竹につけた飾りを手に取った。我ながら無粋な七夕だと思う。矢をつくるための竹林に、書き損じの紙や襤褸切れを掛けただけだ。子供のころ見上げた七夕は、こうではなかった。もっと空いっぱいに輝いて、織姫の衣のようだったはずだ。
「ぬーむ、わしにも一杯くれんかのう」
ばあさんは浪親の隣に座り、勝手に持ってきた椀に酒を注いだ。いくつだか知らないが、年寄りの酒飲みというのは業が深そうにみえる。
「浪親殿は当然織姫と彦星の話は知っておるじゃろ、二人は愛し合っておったが、天の帝の怒りを買って、引き裂かれてしもうた」
浪親はばあさんの横顔を見た。年寄りの語る恋の話は、竹林にぶらさげた七夕飾りよりも不格好に思えた。
「でも、天の帝が織姫に恋をしたらどうなるじゃろ。そんなに悪い話にはならんとわしは思うがの」
ばあさんはわざとらしく浪親に酌をした。
「織姫が帝を許しはすまい」
浪親はばあさんを見ないように盃を傾けた。
「それは帝次第じゃて、女はいつまでも昔の男を覚えてはおらんでの。帝が心をこめて愛を尽くせば、織姫も許してくれよう」
浪親は天を仰いだ。そういえば天の川を母親の乳に例える国もあると聞く。なんだかそれも分かるような気がした。
「そうだな、俺も悪くない話になるような気がするな」
「そうじゃろう。あの女をさらってきて、浪親殿の運命は大きく変わった」
ばあさんは目を顔の半分くらいも大きく見開いて、浪親を見た。浪親は笑った。
「むかし易者でもやっていたのか?」
「そんな者ではない。このばばあに知らぬことはないのじゃ」
おやぶーんと呼ぶ並作の声が聞こえる。
「おや、並作はいつも間が悪いのう。後は男同士とことん飲みなされ。ばばあはもう行くでの」
椀の酒を一気に飲み干し、さらにもう一杯注いでばあさんは帰って行った。
百合の君(11)