くず茸
茸指小説です。
茸は採ってからどんどん崩れて味が低下していく。茸をいかにいつでもおいしく食べることができるように保存しておくか。日本国民、いや、世界の人たちはいろいろな方法を考案した。
まず手っ取り早いのは、乾燥させることである。風通しのよい日陰の場所につるしておけば、一年どころか、長い間使うことができる。香りだって残っている。ただ触感はやはりとりたのみずみずしさに戻らない。それと、ナメコや落葉松のようなぬるぬるした茸の保存には向いていない。
雪国では、雪が降れば雪に埋めて春まで使う。一般家庭に普及した冷蔵庫は、壊れやすい茸でも冷凍しておくことで、長く使うことができる。これは比較的新鮮さが保たれるほうほうである。
だがこの方法は電化の進んだ今のことであり、昔はそうは行かない、茸をいつでも食べたい人たちは、野菜の保存と同じように、塩漬け、味噌漬け、醤油漬けなどをして、今でもこの方法は、新鮮さを楽しむこととは異なった茸のうまみを提供している。。
それにしても、茸は壊れやすい、とってきた茸を完璧に近い形で料理しようとすると、壊れたものははじかれる。それはもったいないと、保存食の形にして、ご飯のお総菜にする。
壊れやすい食茸と言えば卵茸がある。真っ赤で、白い壷があり、いかにも毒茸のようで、昔の日本人はほとんど食べることはなかった。
ところが西洋ではカエサルの茸と呼ばれ、シーザーが好んだ、おいしい茸の頂点のグループに入れられている。近世、日本でも食べるようになったが、茸料理の店で出されるということはまず希なことだろう。
茸狩りのターゲットに卵茸はふくまれていない。たまたま見つけたおいしいことを知っている人が、家でシチューに入れたり、ホイル焼きにしたりして楽しむ程度だ。
茸専門店でださいないのは崩れやすいことも一つの理由だろう。採取しても、袋に入れて持って帰るうちに、柄はおれる、傘は避ける、とバラバラ事件になるのは常である。
持ち帰ってから、形のきれいなものは、丁寧に扱われるが、壊れた茸はぞんざいに集められ、水洗いこそされるが、そのあとは一緒くた。煮られたり、醤油漬けにされたりする運命だ。
おれたちはさあ、くず茸どんぶりだとよ
新聞紙の上に集められた、採ってこられたばかりの茸の端切れたちが話している。
栗茸のかけらが、
くず茸どんぶりって何だ、と聞いた。
おめえ、そりゃあ、俺たちみたいに茸のかけらをまとめて天ぷらにしてよ、うまい醤油汁にじゅっとつけて、秋田小町のおまんまの上にのっけたものよ
そう言ったのは、椎茸のかけらだ。
そんじゃよ、いろんな味になっちまうじゃねえか、おれの香りはどうなる
杏茸のかけらが憤慨している。
茸と言う味があるさ
そう言うのは、茸の古参、平茸じいさんのかけらだ。
茸の匂いというのは、植物動物を通して、独特なものがあるんだわい、それは魅惑的な香りでな、くせになると、たいへんだ、茸バエはそのさえたるものだ、わし等の体にすりよって、卵をうんで、子供を育てる場所とするんだ。
なんで、それがいいんだ、食われちまうじゃないか。
ばらばらになった箒茸のかけらが文句をいった。
お主知らぬのか、茸はうまいと、食われるために生をうける。箒はごみを掃くものだが、箒茸は茸だから食われたらよろこばにゃいかん。
俺たちは食われるものなのか、今まで考えてもみなかったが、それなら、匂いがいい方がいいな、俺たちには茸の匂いはあるが、自分の匂いが強くない。
まあ、箒茸さんよ、気にしなくていいさ、おれたちゃ匂いじゃまけないが、本来の茸の匂いが弱くなっちまってな、それだけじゃない、人間の奴らは、俺たちの匂いを作って、魚のに肉にかけて、偽物をつくってやがる。
松茸のかけらが、マツタケオールの匂いをぷんぷんさせて文句を言った。
茸のかけらの中にうずもれて、丸ごとの茸がいた。薄茶色で、匂いもしないし、形もよくある茸だ。
あんたさん、何でかけらじゃないのに、こんなところにはいってんだ。
榎茸のかけらが気がついていった。
おいらはな、ぼたしだ、名前はあるはずだが、自分でも知らない、ぼたしぼたしって呼ばれて、採られて醤油で煮られたり、鍋に放り込まれたりしてる、たまたま、おいら一本だけだったので、料理からはじかれたんだ、それでお宅たちの中に放り込まれた。
さらにぶつぶつ言った。
おたくたちは、かけらといったって、茸の名前があって、料理の主役やらわき役になれるじゃないか、おいらなんか、ただのぼたしでおしまいだ。
そうか、そりゃあ悲しいな、ぼたしってえのは、茸って意味だからな、でもまあ、食われればいいじゃないか、我々の仲間でもそのまま朽ちていくのもいる
舞茸のかけらがなぐさめた。
そんな話をしていたところ、ひとかたまりに持ち上げられ、水で練られたメリケン粉の中に転がされた。今度は金網ですくわれ、熱い油の中に放り込まれ、じゅうじゅうと音を立てた。
いい気持ちのものだな
茸のかけらたちは油の匂いに酔った。
すぐに持ち上げられ、たれにつけられ、どんぶりの米の上にのせられた。
どんぶりは蓋をかぶせられた。
どうやら、くず茸どんぶりになったようですな
椎茸のかけらが周りに声をかけた。
そうじゃな、たれと油がしみこんで、茸の匂いが引き立つわい。
平茸のじいさんがうなずいた。
きっとうまいのでしょうな
そりゃそうですよ、わたしら一つだって旨いのだから、うまい茸がこれだけ集まりゃ、何十倍もうまい
栗茸が言った。
どんぶりの中で、あげられたくず茸は白いご飯の上で蒸され、食われるのをまった。
どのくらい経ったかわからないが人間の声がきこえた。
おいだれだ、このどんぶりおきっぱなしで、夕飯に配るの忘れやがったな、昨日の夜つくったやつだろう
ご飯と一緒にあげられたくず茸はゴミバケツに放り込まれた。
どうなったんですかな
杏茸が生ゴミの匂いにがまんができなくなった。
どうも捨てられたようじゃな
平茸じいさんは冷静だ。
なんてこと、わしら松茸がすてられるとはなげかわしい、
それがくず茸の運命ってものですな
榎茸が言うと、箒茸が
これからどうなるんですか、と心配そうだ。
なに、どろどろにされてしまうだけでしょうな
平茸じいさんが、そういったとき、
ブーブーと言う声が聞こえた。
そして、すぐさま、食われちまった。
なにがおきたんで、
栗茸がかみ砕かれながら聞くと、椎茸が、豚の餌になったようだと推測した。
するてえと我々は、豚の口のなかにいるわけですな
すぐに胃にいって、腸にいって、肛門から外にでる。また光がさすんですな
平茸じいさんが将来を予測した。
松茸が、みんなずーっとしっしょにいましょうね、と声をかけた。
そして、そうなった。
豚の糞から、くず茸が一緒になって顔を出した。
めずらしいな、豚の糞から茸がでている。豚の糞しょう茸というのは始めてみる。
菌類学者が、豚小屋で、豚の糞から生えてきた茸をみつけた。七つも生えていた。
色が混じったきれいな傘を持っている。これは新種だ。写真を撮り採取した。
菌類学者は早速、遺伝子検査をして発表した。
栗茸、椎茸、平茸、杏茸、榎茸、松茸、箒茸などの遺伝子が混じった珍しい茸だった。
食べられる茸ばかりの遺伝子だ。
モザイク茸と言う名前をつけた。
豚小屋の豚の糞からまたモザイク茸が生えた。
味もいいに違いないと思った菌類学者は焼いて食べてみた。
うまい、そう思って数分後、体がしびれてきて死んでしまった。
どんな茸の遺伝子にも、毒を作る遺伝子が潜んでいるもの、集まると何かが強くなるのが遺伝子だ。
24ー2ー7
くず茸