親友
親友
負傷したアキムに肩を貸して、イヴァンは雪中を進んでいた。
戦友の体には弾丸が残っており、摘出しなくてはならない。
出血こそは止まったが、傷の手当てをしなければ命が危うい。少しでも早く、病院に連れていく必要があった。
二人の男は同郷の出であり、幼馴染でもあった。
イヴァンの実家から歩いて僅か十分の所に、アキム一家が引っ越してきた時、
彼は、母の手作りの焼き菓子を手に、アキム達を歓迎するため挨拶に向かった。
アキムの両親は、小さな来客と息子のためにお茶を温めて、振舞ってくれた。
「ぼくはイヴァン」
「おれはアキム」
「よろしくね、アキム」
「ありがとう、よろしく、イヴァン」
その日から、二人は泣くも笑うもいつも一緒の、無二の親友となった。
二人して雪の降りしきる街路を走り回って、足を滑らせて、
暮れ方の田畑を通り抜ける時には、果樹の花を見上げていた。
女の子達を見つめていると、胸が高鳴る感覚を、二人して「不思議だ」と小声で呟いた。
背が伸びると、両親に裕福な暮らしをさせてあげたくて、親孝行の術として学問に励んだ。
赤や、黒や、様々な旗が世に広まっても、それは不変のものであると信じていた。
鉄砲が弾けても、大砲が煙を吹いても、
軍楽隊が行進曲を奏でても、勇ましい演説が行われても、
隣にいた同期の兵が倒れても、銃剣を手にして塹壕から飛び出しても、
人の世に哀しみが満ちても、二人はいつも、一瞬だけ互いを見て、微笑む。
幼い頃の様に「ようし、あの木まで競争だ」と何か楽しい事を考えた時の笑みだ。
タタタタ、と機関銃のけたたましいこと、
進め、進め、止まるな、と指揮官の怒鳴ること、
まるで、遠い世界に来たみたいだ、イヴァン。
アキム、僕は遺書を書かなかったよ。
生きて帰りたいなぁ。
な、君もそうだろう、また家族の皆で、お祝いをしようよ。
何もない日々が、あるだけで嬉しいんだから。
戦いが終わると、相手の旗は取り払われた。
死者の埋葬のため、凍った地面を掘る者。
彼らのために、祈る聖職者。
まだ使える鉄砲を拾い集める者。
浅い傷が痛まないうちに、手当てをしてもらう者。
その中に、アキムの姿が無いと気づいたイヴァンは、
「アキム──」
戦争が始まってから、初めて叫んだ。
涙を堪えながら、戦場の中を、探し回った。
「君が息をしていて良かったよ、アキム、さあ病院へ行こう」
「苦労を掛けちまって、すまない」
その、アキムの遠慮がちな一言が、イヴァンの胸を締め付けた。
まるで、今までの一切合切を詫びる様な、もう目の前から去ろうとしている様な、
言葉にしたくない、寂しさが伝わってきたからだ。
「ね、覚えているかい。君と僕が、初めてあった日のことを」
「ああ、お互い、まだ小さかったな」
「うん、そうだね、僕ら、すっかり、変わったかな」
すると、アキムは苦しくても、激痛に耐えて笑って励ました。
「こんな当たり前の事を、話すのも少し恥ずかしいが、俺達は親友だ。俺が、あの街に引っ越した日、お前が会いに来てくれて、嬉しかった。新しい場所で、友達ができるか、不安だったんだよ」
戦いで疲弊しきった体に、満身の力を込めて、アキムをしっかりと支えながら歩くイヴァンも、楽しそうに笑った。
「そうだね、僕達、幸せ者だなって、思うよ。いつも一緒だったね、泣く時も、笑う時も。夕飯だって、よく一緒に食べたし、遊ぶ時も、勉強を教え合う時も、一緒だった。なんだか、うれしいね、うれしいね、アキム」
少しずつ吹雪いてくる、誰にも頼れない、野路を行く。
幼き頃からの親友二人が、思い出話に花を咲かせて、笑顔で、でも、いつの間にか涙が溢れて。
生きる事は苦しみだ、けれども喜びだ、僕たちは、俺たちは、幸せ者だ、と励まし合いながら。
親友