還暦夫婦のバイクライフ33

リン、無性にカツオが食べたくなる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を越えた夫婦である。
 6月16日日曜日、8時ころまで寝ていたジニーはやっとこせと起き上がり、外を覗いた。すでに四国は梅雨入りしていたがしばらく雨が降らず、今日も良い天気だった。台所に行き、コーヒーを淹れてみそ汁と目玉焼きを作る。それから茶碗にご飯をついで、出来上がったおかずでぼそぼそと食べ始めた。しばらくしてリンが現れる。
「お早う」
「お早うジニー。今日も良い天気だね。どこか行こうよ」
「そうやなあ。この先雨が続いたら、どこにも行けんよねえ」
「私はねえ、今無性にカツオが食べたい!」
「カツオ?じゃあ、高知のひろめ市場かビオスおおがたか、土佐佐賀か・・・久礼の中土佐か・・・」
「ひろめ市場は観光客で湧いてるでしょう。おおがたと土佐佐賀は、今からじゃ・・・」
そう言ってリンは時計を見る。すでに朝9時を回っていた。
「じゃあ久礼に行くか?あそこなら3時間かからんと思うよ」
「う~ん、そうするか」
「じゃあ、いろいろ片付けてから出るとしよう」
二人はササっと朝食を済ませ、席を立つ。それから手分けして食器洗いと洗濯物を干して出発の準備を始めた。
 すっかり準備を終えて家を出たのは10時40分だった。まずはいつものスタンドに寄って給油する。
「ジニーすっかり遅くなったねえ。間に合うかな?」
「全然平気でしょう」
ジニーは呑気に返事する。給油を終えた二人は、R33に向かった。
「リンさん、今日ははなみずき通りを行くよ」
「何で?」
「R33は、この時間いつも渋滞してるのを思い出した」
「わかった」
ジニーは環状線を横切り、はなみずき通りに向かう。ここもかなり混雑するが、ゆっくりでも車列は動くのでストレスは無い。はなみずき通りを抜けて中央高校の前を通り、高速の高架をくぐり、R33に出る。そこから砥部へと走り、三坂峠を登ってゆく。途中から三坂道路に乗り、峠を越えて久万高原町の街並みを通過してどんどん南下する。
「リンさん、草餅やさんで休憩するよ」
「了解、おなかすいた」
「え?・・・朝食べたよね?」
「でも腹減った」
「草餅やさんで草餅食べたら?」
「う~ん、そうねえ」
美川の道の駅を通過して暫く走り、R440の分岐のループ橋を渡り、梼原方面に向かう。トンネルを2本くぐって高度を上げてゆく。やがて右手に草餅やさんが見えてきた。バイクと車が数台止まっている。ジニーとリンは駐車場の隅にバイクを止めて、エンジンを切る。ヘルメットを脱いでバイクに引っ掛ける。
「やれやれ、着いた。何時?」
「え~っと、12時ちょっと過ぎ」
「今日はバイクが多いねえ」
「ジニー、今日みたいないい天気、梅雨時期にはなかなか無いよ。考えることはみんな一緒って事だね」
空にはうっすらと雲がかかり、晴天というほどでもない。おかげであまり暑くなく、バイクで走るのには良い天気だ。
 二人はお店を覗く。
「お、リンさんバラ寿司がある」
「あ、それにする」
ジニーは一つ買ってリンに渡す。それから自販機でお茶を買って、屋根の下のベンチに座った。
「では早速、いただきます」
リンがパックのふたを開き、お箸をつける。そのまま一気に半分食べた。
「ふう、落ち着いた」
そう言ってお茶をぐいぐいっと飲む。
「どんだけ腹減ってるんだ?カツオが入らなくなるぞ」
「大丈夫。まだ余裕あるから」
ふ~んと言いながら残りをリンから受け取り、きれいに残さず平らげる。
 しばらく休憩してから二人は腰を上げる。バイクに戻り、ジニーは空になったパックをバッグに詰める。出発準備を終えて草餅やさんを出発した。
「リンさん。一気に中土佐まで走るけど、途中通ったこと無い道行ってもかまんかな?」
「いいけど、どうせ変な山道じゃないの?」
「う~ん、変かどうかはわからんけど、たぶん狭い山道だね。得意だろ?」
「得意じゃないよ。慣れてるけどね。時々そんな山道走るから」
草餅屋さんを出発してから少しペースを上げる。地芳トンネルめがけてR440を駆け上がってゆく。カルストに上がる道の分岐点を通り過ぎ、地芳トンネルに入る。予想より暖かくて丁度良い温度だ。適度に体温が下がって気持ちいい。長いトンネルを抜けると、梼原町へ向かって高度がどんどん下がる。下がり切った所で街並みに入る。人々がそぞろ歩きをしているので、ゆっくり走り抜ける。街並みを抜けた所でR197とT字に突き当たる。そこを左に曲がり、津野町方面に向かう。未だ完成を見ない道の駅ゆすはらを右に見ながら坂を上り、できたばかりの新野越トンネルを抜ける。そこから道は下りになる。須崎めがけてひたすら東進し、津野町を抜ける。
「確かこのあたりに県道19号線の分岐が・・・あった!」
標識に従って右折して、県道19号に乗り換える。その先はほぼ快走路だが、途中1車線の矮小路が所々ある。対向車も多いので、狭い所は慎重に走る。そこを抜けるとあとは2車線の快走路になる。しばらく走ると、県道319号との交差点に出る。そこを左折して切通しを抜けた先に、県道319号と県道41号との交差点がある。
「リンさん、ここを左折しますよ」
「オッケー。この道?」
「そうだよ」
「走ったこと無かったっけ?」
「無いよ。今日が初めてですよ」
そう言いながら、二人は2車線のきれいな舗装路をのんびりと走る。やがて集落が終わると道は1車線になり、いつもの山道の雰囲気が出てきた。
「あー、いつもの感じだわね。でもまだ路面がきれいだわ」
「そうやな」
「あいた!」
「どしたん?」
「葉っぱのつもりで踏んづけたら、石だった。びっくりした~」
「木の枝とかも気を付けてね。変な角度で踏んづけたら、コケまっせー」
「知っとる」
何年もジニーに引っ張られてこんな感じの道を走って来たリンは、全然動じることもなくジニーについてゆく。やがて道は峠を越えてどんどん下り始める。
「わあ!思ったより高い。谷が深いなあ」
「ジニー、高知ってこんな感じの所結構あるよね。大した峠でもないのに、越えてみたら反対側がすごく深いって。どこだっけ、前もこんなところあったような気がする」
「うん。興津だな」
「あ~そうだった。それにしても全然降りて行かないなあ。ずっと横移動してるみたい」
「そう?結構下ってるよ」
走っても走っても終わらない山道を、楽しそうに二人は走る。やがて、前方に高速道が見えてきた。その上を通過して久礼地区に出る。
「お、集落に出た。あ~広い道に突き当たった。あ、なんだ。R56じゃないか。交差点に信号も無いんかい」
「ジニーどっちに行くの?」
「右に行きますよ」
車が途切れるのを待ってから、右折してR56に乗り換える。そこから少し走り、久礼港へと左折する。港まで走り、道の駅中土佐に到着した。
「やれやれ、やっと着いた。リンさん何時だ?」
「13時40分だよ。さっきの道はもういいかな。一回走ったから」
「そうやな。素直に七子峠に抜けた方が全然早いし。バイク屋さんツーリングでも使えんなあ」
「何名かは喜びそうだけど、アイちゃんとか連れて行ったら、もう勘弁してください~って言うだろうねえ」
アイちゃんというのは、リンの妹である。
「さて、お待ちかねのカツオです。お店開いてる~?」
「開いとる。オーダーストップ15時30分だって」
「余裕だね」
二人は店内に入る。昼時を外しているので空いている。
「いらっしゃいませ。お好きな所にどうぞ」
リンは店の奥へと歩き、4人掛けのテーブル席に座った。
「ここで良い?」
「いいよ」
ジニーがリンの向かいに座る。
 メニューの写真を見ながら、リンは5分余りも悩む。
「う~ん、これもいいけど、こっちも・・・」
悩むリンと、それを横目にさっさと注文を決めるジニー。
「僕はカツオたたき定食にする」
「う~ん・・・。私もそれにしよっと」
ジニーは店員さんを呼んで、カツオのたたき定食を二つ注文する。
「それと、カツオの刺身単品一つお願いします」
リンが追加で注文する。店員さんはオーダーを持って行った。
「リンさん入る?」
「入るよ~。バイクの振動で胃に充分隙間できたし」
「ホンマかいな」
 しばらく待って、料理が並んだ。
「いただきます」
二人は手を合わせてから食べ始める。たたきに玉ねぎとニンニクのスライスを載せて、タレにちょいとつけて食べる。漬物とご飯、そしてカツオの刺身もつまむ。
「ん~腹がいっぱいになってきた。見た目よりご飯が多いな」
「でしょ。思いのほかご飯が多いのよね。少しあげるよ」
リンはジニーのお茶碗に自分のご飯を分け入れた。
「ちょちょっ、多いって」
ジニーはそう言いながら、刺身と漬物でご飯をおなかに収める。
「ふうう、ごちそう様。腹いっぱいでしばらく動けん」
ジニーが満足げに息をつく。
 リンが食べ終わるまで待ってから、店を出た。物販棟に移動して、商品を見て回る。
「あ、しおポンあった」
ジニーが手に取る。ほかに何かないか二人で店内をぐるぐる見て回る。カツオやマグロの冊を物欲しげに見ていたジニーだったが、結局塩ポン酢だけ購入して店を出た。
「さすがに鮮魚は持って帰れんよねえ。うまそうだったけど」
「ジニー、そういうのは車でこなきゃ無理だよ。さて、帰りはどう走るの?」
「中土佐から高速ひと区間乗って須崎で降りて、R197を西向いて走る予定」
「あー、なんだか眠くなりそうな予感」
「前を走る車次第やね。呑気さんが居たら眠いだろうね」
 二人は道の駅を14時20分に出発した。R56にでて北上し、中土佐I.Cから高速に乗る。
「ジニーここってひと区間だけど、結構走るよね。無料区間だし、時短できるし、ありがたいわあ」
「うん」
高速道を快調に走り、須崎西I.CでR56に降りる。道の駅かわうその郷すさきを右手に見ながら交差点を左折して、R197に乗り換える。目の前には10台ほどの車列があり、制限速度で流れていく。ジニーは周囲の景色を楽しみながら、のんびりとした気分で付いてゆく。
「あ、今頃気付いたんだけど、かわうそが最後に目撃されたのって、ここなんだ。四万十川のどこかだと思ってた」
「え~ジニー今更過ぎない?ちなみにゆるキャラのしんじょう君ってかわうそがベースだけど、ご当地ここだよ?」
「そうだっけ。なんでしんじょう君?」
「この川が・・・」
リンは左手を流れる川を指した。
「新庄川だからよ」
「なるほどー」
ジニーはすっかり納得したようだった。
 前を走る車列は、集落を抜けるたびに少しずつ短くなってきた。それにつれて平均速度も上がって来る。
「いい感じでペースが上がって来たな」
「うん。ところで今私、アイス食べたいんだけど」
「へ?アイスですか。ソフトクリームとか?」
「それも良いなあ」
「う~ん。コンビニとかもう無いし、布施が坂くらいか」
「あ・・無理ならいいよ。あそこはパスかな」
「そうなん?じゃあー・・・R439の合流点に、そういうの販売してるとこがあったな」
「えーと、ログハウスみたいな所?」
「そう、それ」
「ふ~ん、やってたら寄ってみようか」
「了解」
いいペースで流れる車列の一部となって、どんどん走ってゆく。やがて目的のお店に到着した。
「今何時?16時か。やってるかなあ」
駐車場にバイクを止めて、二人はお店を覗く。店は営業中で、おじさんが立っていた。
「いらっしゃい。何にしますか?」
「・・・ジャージーソフト2つください」
「お待ちください」
おじさんはソフトクリームを手早く作り、手渡してくれた。
「バイクですか。今日は天気が良かったですねえ。どちらから?」
「松山です」
「そうですか。今日はバイクがいっぱい走っていましたよ」
おじさんと少し話してから、二人は日陰のベンチに座った。どんどん溶け始めるソフトクリームを、せっせと食べる。
「リンさん、ぼやぼやしてたら、手がドロドロになるよ」
「あ~本当だ。すでになってるし。あああ、服に付いた~」
リンは手をドロドロにしながらソフトクリームを食べる。さっさと食べ終わったジニーが、バックからウェットティッシュを取り出してリンに渡す。
「ありがとう」
食べ終わったリンが、手を拭く。
「そろそろ行こう。暗くなったら前が見づらくなる」
「そうね」
二人はバイクに戻り、準備をする。16時25分お店を出発して梼原方面に向けて走り始めた。
「ジニー次はどこで止まる?」
「美川道の駅に止まろう」
「オッケー」
のんびり走る車列の後ろに付いて、梼原まで走る。そこから車列を離れ、R440に乗り換える。ひっそりとした街並みを抜け、先を急ぐ。地芳トンネルで体を冷却して、愛媛県に入る。すでに閉店している草餅やさんの前を抜けて呑気さんを何台かかわし、ループ橋を回ってR33に乗り換える。そこから少し走って美川道の駅に止まった。隅の方にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。
「ふ~何か疲れた」
リンがベンチに座る。ジニーもその横に座り、目を閉じる。無言で10分ほど休憩してから、再び動き出す。
「リンさん、そろそろ行こう」
「そうね。17時20分になったし、早く帰りましょう」
バイクに戻った二人は準備を済ませて、美川道の駅を出発した。
 久万高原町の街並みを抜け、三坂峠の旧道に向かう。後からバイクが5台ほどついてきた。
「ジニー後ろに付いてきたよ。さっき久万高原の道の駅にいた若い子たちね。どうする?」
「そうやなー。連中走り屋みたいだったな。このままついてくるなら先に行ってもらおう」
そう言ってジニーはいつものペースで走り始める。リンも後ろにピタリとついてくる。後のバイクは1台だけついてきたが、離れてしまった。
「あれ?いなくなった」
「多分間を取りたかったんだろう。自分たちのペースで走るには、前走車は邪魔でしかないからな」
「ふ~ん」
二人は峠を越えて、旧道を下ってゆく。前も後ろも居ない道を、楽しく駆け下る。やがてバイパスと合流して、呑気さんの車列の一部となり、砥部から松山市へと流れていく。市内を抜けて、18時30分に家に到着した。
「お疲れ」
「お疲れでした」
バイクを車庫に片付けて、家に入る。
「さっき見たら、260㎞走ってた。中土佐意外と近いな」
「いやいや、まあまあの距離じゃない?」
「でもリンさん、お散歩コースの距離と大して変わらんし。それに10時40分に家出て、旨いカツオたらふく食って、休みながら走っても日がある内に帰ってこれるんだから」
「ジニー普通は遠いんよ。私たち距離感がバグってるから」
「そうなんかなあ?」
ジニーは納得いかない様子だった。

還暦夫婦のバイクライフ33

還暦夫婦のバイクライフ33

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-02

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