ユメヒトヨ

「死ぬから」
 唐突で。
「……え?」
 屋上で。
「えーと」
 これって。
「………………」
 止めないと。
 的なパターンか。
 けど。
「無理なんで」
「無理!?」
 驚かれる。
「えー……」
 驚くかなあ。
「説明とか」
「いる!」
 即。
「ていうか」
 そもそも。
「ほしい」
「!」
 真っ赤に。
「す、素直にそう言えばいいのよ」
 もじもじ。
「アタシがほしいならほしいって」
「えっ?」
 いやいやいや。
「ちょっと」
 さすがに。アレだなと。
 すくなくとも、知ってる女子でここまではなかったよなー。
「あのさ」
 なんだか。驚きも薄れ。
 いや、別の意味で驚いてはいるんだけど。
「死ぬの?」
「っ」
 ふるえ出す。
「……あ」
 さすがに。
「悪い」
 あやまる。
「悪い!」
 肯定される。
「調子のってんじゃねーぞ!」
(えぇ……)
 そこまで。
「あやまったし」
「はあ!?」
 それで。
「あやまったしぃ!?」
 済ますのかと。
「うん」
「ええぇぇ~!?」
 あり得ない。そんな。
(だってさー)
 そこまでは。
「ない」
「ない!?」
 驚かれる。
「何が!」
「この状況が」
「状況!?」
「古い」
「古い!?」
 驚かれる。
「し、死ぬのに古いとか新しいとかないでしょ!」
 動揺される。
「あるって」
 言う。
「いまどき、屋上から飛び降りってさー」
「飛び降りるとは限らないじゃない!」
「えっ」
「飛び上がるとか」
 それはもう死ぬとか以前の問題になってくるだろ。
「……で」
 ちょっと。興味もって。
「上がるの?」
「上がらねーよ!」
 目を剥く。
(怖えー)
 凶暴だ。
 間に檻があってよかった。
(って)
 檻じゃなくて、柵なんだけど。
「元気じゃん」
「なわけねーだろ!」
 歯も剥く。
「獣じゃん」
「何がだ!」
「ケダモノじゃん」
「食われてーか!」
 ワイルドすぎる。
「がるるー」
 うなった。
「や、わかった」
 何がかというと。
「じゃーな」
「おい!」
 背を向けたオレに。
「どーゆーことだよ!」
「だって」
 はっきり。
「生きていける」
「は!?」
「檻の向こうでもたくましく」
「檻じゃねーよ! 鉄格子じゃねーよ!」
「鉄柵の向こうでも」
「鉄柵じゃ」
 ある。
「あるけども!」
 認める。
「オマエ、状況考えてモノ言えよ!」
「状況」
 思い起こす。
 こんなことになってるのは。
「おまえが」
「『おまえ』言うな!」
 いや、先にそっちが言ってきたんじゃん。
(けど)
 オマエって。
 女子に言われたのは初めてかもしんないなー。
「ハハッ」
「笑うな!」
 笑うだろ。
「じゃあなー」
「だから、去るな!」
「去る」
 きっぱり。
「遊びにつきあってられない」
「あ!?」
「つか」
 はっきり。
「生き死にで遊ぶとか、ないから」
「あ……」
 真っ赤。
 けど、恥ずかしさの赤でなく。
「遊びで死ねるきゃーーーっ!」
 噛んだ。
 がっつり。
「おかしいだろ!」
 指をさされる。
「なんで、オマエなんきゃが」
 また『きゃ』だ。
「名古屋人?」
「味噌が主食か、アタシはーーっ!」
 さすがに主食ではないだろ。
 ……たぶん。
「アタシは衝撃を受けたぞ! あの、マヨチューブに入った味噌をおみやげでもらったときは!」
「あー」
 オレも何かで見たことある。
 さすがに、おみやげでもらったことはないけど。
「結構うまいんだ! ゆで卵につけると!」
 そうなんだ。
 って、ゆで卵に味噌?
「黄身の味噌漬けとかあるだろ!」
 食べたことないし。そんなグルメっぽい料理、普通の中学生が。
「あー」
 いきなり。どこでもないところを見始め。
「食べてー」
「えっ」
「ゆで卵」
「ええっ!?」
「うで卵」
「言い直した!」
「持ってない?」
「持ってるわけ」
 ない。
「オマエのせいだ!」
 責任転嫁? いきなりの。
「そこまで」
 あ然と。
「名古屋愛」
「愛してねーし!」
 ムキになって否定するのもどうかと。
「大体、ゆで卵しか言ってねーだろ! 味噌つけてねーよ!」
「つけないのか」
「つける!」
「やっぱり」
「やめろよ、名古屋疑惑!」
 そんなにイヤか。
「アタシはアレかよ! 名古屋顔かよ!」
 名古屋顔って。
「なごやか顔なら」
「なごやかかよ、これが!」
 自覚はあると。
「シャチホコ顔かよ!」
 それは言ってない。
(なら)
 ういろう顔とか、エビフライ顔も。
「ねーし!」
 エスパーか。
「だから」
 急に。テンションを落とし。
「アタシなんてどうでもいいってのかよ」
「や」
 それは言ってない。
 と、思う。
「アタシなんて」
 肩が。ふるえ。
「えーと」
 また困った流れに。
 とりあえず。
「ナオエ」
「!」
「だったよな」
 名前を。
「な……!」
 またも真っ赤に。
「なんだそりゃ!」
「えっ」
 そう来るか。
「違ったっけ」
「違わにゃい!」
 噛んだ。
「違わみゃい!」
 なぜ、名古屋風。
「やっぱり」
「名古屋じゃない!」
 自覚はあると。
「じゃあ、何?」
「えっ!」
 驚かれる。
 それにつけこむってわけじゃないけど。
「なんでさぁ」
 そもそもの。
「オレなわけ?」
「む……」
 むぐぐぐ、と。
「呼ばれたんだよね」
 自分を指さし。
「オレ」
「………………」
「アンタに」
 直後、はじけるように。
「調子にーー!」
「乗ってない」
 切り返す。
「そっちだろ」
 返す。
「調子に乗ってるのは」
「違って!」
 ぶんぶん! と首を。
「オマエだ!」
 指さされる。
「見てるんだ!」
「えっ」
 何を。
「見たんだからな、アタシは!」
「おいおい……」
 ストーカーなのか、こいつは。
「はっきり言って」
 何だよ。
「うらやましい!」
「………………」
 一瞬。
「……え?」
 何を。
「うらやましい!」
 くり返される。
「うら」
「やましい!」
 やましくはないだろう。
 ……たぶん。
「あの」
 問いただす。
「何が」
「『何が』だとぅ!」
 最後の小さな『ぅ』のところにやたら力が入る。
「とぅ!」
 くり返される。
 なんか、江戸っ子みたいだな。
「てやんでぃ、べらぼうめぃ!」
 名古屋なのか、江戸なのか。
「もうちょっとキャラをはっきり」
「できるか!」
 力いっぱいの拒絶。
「えぇ~……」
 当然。
「なんで?」
「なんでもウンコもない!」
 ウンコって。
「ウンコ言って悪ぃーか!」
(うわー……)
 なんて返せば。コレに。
「おかしい」
「決まってんだろ!」
 決まってるんだ。
「おかしくなるに決まってる!」
 まあ、この状況がそもそも。
「落ち着けって」
 まともなことを。
「落ち着けるか!」
 言い返される。
「アタシは」
 言う。
「死ぬんだからな!」
「……うん」
 知ってる。
「そこから落ちたら」
「落ちなくても!」
 えっ。
「それは」
 死ぬだろう。
 人間、いつかは死ぬ。
「うん」
「わかってるって顔して」
 ぎりぎりと。
「調子に乗ってる!」
「乗って……」
 ない。
 とも。
 言い切れないのかも。
「訂正する」
「えっ」
「わからない」
 認める。
「死ぬかどうかは」
「わかってない!」
 だから。
「アタシは」
 言われる。
「死ぬんだ! 不治の病で! もう絶対に助からないんだ!」

「……あー」
 ようやくの。
「見えてきた」
「寿命か!」
 いやいやいや。
「死神じゃないんだから」
「デスノートか!」
 あー、あったかもしれない、そんな設定。
 ん? あれって相手の名前が見えるようになるとかじゃなかったっけ。
「アタシの命も奪いに来たんだな!」
 いやいやいや。
「奪ったって無駄だぞ! 奪われてもすぐ死んじゃうんだからな!」
「えー……と」
 確かに。
 死神が命を奪うみたいな話ってあるけど、あれ、奪われた命って後でどうなるんだ。
 謎ではある。
「勉強になった」
「だろ!」
 胸を張る。
 そこだけちょっと同年代より大きめかな-、なのを。
「アタシは美人だ!」
 いきなりだ。
「美人だ!」
 だめ押した。
「ダメじゃん」
「ああ!?」
 いや、ガラ悪すぎるって。
「いいじゃん、ダメ美女!」
 よくないよ。
「美人薄命って言うだろ!」
 聞いたことは。
「つまり、美人な時点でもうダメなんだよ!」
 いやいやいやいや。
「ダメな時点でもう美人なんだよ!」
 いやいやいやいやいや。
「アタシはもうダメなんだ!」
「えーと……」
 ひとまず。
「マジなの?」
「わかんだろ!」
 当然だろうと。
「美人だし!」
 そうじゃない。
 とは言わないけど。
(わー)
 知らなかった。
 こんな強烈なキャラクターの女子が。
「うちのクラスにいたなんて」
「おい!」
 バンバン! 柵を叩く。
「アタシだぞ!」
「……うん」
「いた『なんて』って!」
「うん」
「『こんなカワイイ子がいたなんて!』の『なんて』のニュアンスじゃないだろ!」
「うーん」
 ニュアンスは合ってる気がする。
 驚きの中身は違うけど。
「いたなんて」
「くり返された!」
「どう?」
「評価を求められた!」
「で?」
 あっさり。
「やり直し!」
 素直に。
「いたなんて」
「どっちにしろムカつく!」
 ムカつかれた。
「どうすればいいんだよー」
 なんか疲れた。
「止めろ!」
「えっ」
「アタシを!」
 バン! 胸を。
「ゆれるって」
「え?」
「いや」
 しょーがないじゃん。思春期だし。
「イヤってどーゆーことだよ!」
「あ、いや」
「また言った!」
「………………」
 どう言えば。
 とか考えていると。
「負けた」
「え?」
 がっくり。
「あ、ちょっ」
 危ないって、フェンスの向こうで膝ついたら。
「やられた」
 な、何を?
「拒否られた」
 あー。
 うん、それは。
(って)
 まずいか、この状況。
 いまさらだけど、ここは屋上で。
 で、柵の向こうには飛び降りるかもって女子がいて。
「ん?」
 そこで。気がつく。
「待って、待って」
「おお!」
 目を輝かせる。
「『待て』ってことは! アタシを止めてくれるんだな! やっぱり死んでほしくないんだな!」
「じゃなくて」
「『じゃない』ってどういうことじゃーーっ!」
 叫ばれる。
「どういうことだぎゃーーっ!」
 やっぱり、名古屋なのな。
 で、ぜんぜん、なごやかじゃないのな。
「死ねってのか? 殺すのか!」
「殺しはしないけど」
 それ以前に。
「デスノートか!」
「殺さないって」
 名前は知ってるけど。
「ナオエ」
「アタシだ!」
 知ってる。
「で」
 これも。
「死ぬんでしょ」
「……!」
「言ったよね」
 なんだか。Sチックな自分を感じながら。
「死ぬってわかってるのに、死のうとするのっておかしくない」
「わ、悪いか」
 動揺。明らかに。
「これから死ぬけど、先に死んで悪いってことをオマエは」
「あ、いや」
 さすがに無神経だったかな。
「あ」
 さらに、気づく。
「……そうか」
 ちょっと。罪悪感。
「まー、そうなるかも」
「は?」
「怖いっていうか」
 あくまで、たぶん。
 だけど。
「死を待つのが怖くて」
「怖いさ!」
 言い切る。
「死んだことねーし!」
「それは」
 オレだってそうで。
「怖いだろ!」
「……怖い」
 認める。
「けど」
 だったら。
「やっぱり、死ぬのはやめたほうが」
「死ぬのにか!?」
 うーん。
「死ぬからって、別に死ぬことは」
 何を言ってるんだ、我ながら。
「死に方ってあるし」
「死に方?」
 はっと。して。
「そーゆーのにこだわるほうか?」
「うーん……」
 こだわるかって言われると。
「わからない」
「アタシは」
 言う。
「こだわるも何もない」
「うん……」
 そういうことになるだろう。
「ん?」
 だったら。
「いいじゃん」
「何がだ!」
「いまここで死ななくても」
「おう!?」
 動揺された。
「死ななくても」
 だめを。
「死ぬんだから」
「どういうことだよ、それは!」
 確かにあんまりな言い方だけど。間違ってはいない。
 はず。
「う……」
 目をそらす。
「ち、調子に乗るなよな」
 またもの。
「信じるのか」
「えっ」
「アタシが」
 顔を。
「死ぬっていうこと」
 上げて。
「………………」
 オレは。
「えーと」
 今度は。こっちが目をそらしてる。
「信じてないのか」
 信じるとか、信じないとか。
「信じてないんだろ」
「待って、待って」
 あわてる。
「逃げんな!」
「……っ」
「だからだよ」
 わかっていたと。
「信じないだろ」
「………………」
 うん。
 だな。
「だから」
 立ち上がる。
「アタシは」
「あ……!」
 飛び降りそうに。そのまま。
「ほら」
 ふり向く。
 笑う。
「止めるだろ」
「………………」
 止めた。
「さすがにこれで止めなかったら人間失格だからな」
「……かよ」
 オレは。
「わざとかよ」
 声が。自分でも驚くくらい。
「わざとだったのかよ」
 怒っていた。
 そのまま、背中を。
「おい!」
「止めるな」
 驚くくらい。冷たい。
「あーあ」
 頭をかく。
 ふー、と。大きく息を吐いて。
「ごめん」
「えっ……」
「なんか、マジになっちゃって」
 反省。
 そこに。
「……マジだよ」
 逆に。言われて。
「マジだから!」
「あ……」
 跳んだ。

「とうっ」
 着地。
「………………」
 あぜん。
 がく然。ぼう然。
「……あ」
 やっと。
「あっぶなー」
 だーっ、と。
 息を吐いてしゃがみこむ。
「もー」
「女子か」
 言われる。
「男子だ」
 言い返す。
「たぶん」
「たぶん!?」
「オレのこととかどうでもよくて」
「いや、どうでもよくないぞ、そこは!」
「どうでもよくて」
 言い切って。
「やめろよなー」
 再びの。脱力。
「冗談でも、心臓に悪いって」
「こっちも心臓に悪い」
 胸を押さえて。
「………………」
「なに、見てんだよ」
「見てなんて」
 いた。
「そういうことじゃなくて」
 強引にごまかし。
「跳ぶなよなー」
「跳ぶだろ」
 あっさり。
「じゃないと」
 言う。
「死なないじゃん」
「だから」
 また、むっと来つつ。
「死ぬなよ」
「死ぬよ」
 言われる。
「死ぬんじゃん」
 いや『じゃん』言われても。
「関係なく」
 言う。
「死ぬんだ」
「あのなぁ」
 何が関係ないのかと。
「アタシが」
 言う。
「死ぬことは」
「死ぬなよ」
 やっぱり。言ってしまう。
 と。
「……か?」
「えっ」
「アタシに」
 もじもじ。
「死んでほしく……ないのか」
「えーと」
 なんなんだろう、この状況は。
「死んでほしくない」
「おっ!」
「こともなくない」
「どっちだ!?」
「どっちでもいい」
 正直に。
「関係ないし」
「うお!?」
 ショックの。
「鬼! 人でなし!」
「いやいや」
 人だからでしょ。
「チカンとか見ても助けないし」
「ひどい!」
「席もゆずらない」
「マジか!」
「ノット・マイ・ビジネス」
 言い切る。
「ビジネスで人を助ける人たちはいるんだ」
 思う。
 あまりにも世間は『善意』をあてにしてないか。
 それって、どこか無責任で。
 大体、チカン取り締まりの責任は、当然電車を運営してる側にあるよな。
 それが平然と客に動くよう呼びかけるポスターとか。
「おい」
「あ」
「なに考えてたんだよ」
「たいしたことは」
「アタシ以外のこと考えてんなよ、この状況で!」
 一理ある。それでも。
「ノット・マイ・ビジネス」
 言い切る。
「そっちで呼んでよ」
「誰を」
「だから、助けてくれそうな」
「緊急事態だろ!」
 確かに。
「それに」
 うつむく。
「無理なんだよ」
 向こうに。言われる。
「何が」
「助けてくれそうな人は助けてくれないんだ」
 どういうこと?
「助けられないんだ」
 うつむく。
「無理だって」
 はっと。
「それって」
 オレと。同じように。
「できないんだ!」
 声を。張り上げる。
「アタシは助からないんだ!」
 思い出す。言っていた。
 確かに『不治の病』って。
(けど)
 今時、そんな昔のドラマみたいなこと。
(……あるか)
 不治じゃなくなった病気もたくさんあるけど、そうでないのもきっとまだまだたくさんあって。
 と、昔のドラマと言えば。
「あのさー」
「!」
 顔を上げる。
 希望に満ちた目で。
「やっぱり!」
「………………」
 この反応も二度目になると。
「違うから」
「どういうことだ!?」
「違くて」
 念を押してから。
「なんで?」
 あらためて。いまさらながら。
「なんで、ここにいれてるの」
 屋上。
 なのだ、ここは。
 いや、簡単に言ってるけど、学校の屋上なんて簡単に入れるところじゃなくて。
 学校に限らず。
 ウチの団地もたぶん屋上には入れないようになっているはずだ。
(だから)
 昔なんだよなー、飛び降りを止めるとか止めないとか。
「えーと」
 とりあえず。
「先生、呼んでこようか」
「なんでだ!」
 いやいや『なんでだ』って。
「普通そうかなー、って」
「普通は」
 もじもじ。
「助けようとするだろ、アタシを」
「……うん」
 なんだか釈然としない。
「助けろ」
「………………」
 ますます。
「命令されるってなー」
「される前にやれよ」
 まず、しないでほしい。
「はーあ」
「なんだ? イヤか? イヤなのか?」
「いやいや」
「イヤ! イヤ!?」
 なんと言えば。
「わかったよ」
 もう、なんかいろいろどうでもよくなって。
「助けるから」
「マジか!」
 そこまでよろこばれるのも。
「ほら! 早く! ハリーアップ!」
(いやいや)
 自分でこっちに来たほうが早いのでは。
「はぁ」
 指摘するのも面倒で。
「なんで、ため息? イキイキじゃなくて」
 いきいきするか、この状況で。
「するだろ」
 するんだ。
「美少女が待ってるんだ」
 言っちゃった。自分で。
「ほら」
「はいはい」
「やる気がない!」
 だから、どうやる気を出せと。
 救急隊員でも消防隊員でもないんだって。
(人の命なんて)
 オレにとって。
「………………」
「?」
 柵を乗り越えようと。
 したところで動きを止めたオレに。
「何してんの」
「………………」
「ちょっとー」
「いや」
「イヤ!?」
「じゃなくて」
 遠くを。見て。
「あー」
「何を納得してるんだ!?」
「いい景色だなって」
「お、おう」
 戸惑ってる。
「ははっ」
 オレは。
 笑って。
「いいよな」
「お、おう?」
「いいんだ」
 オレは。
「オレが」
 言った。
「ここから飛び降りても」

「おーーーーーーーい!!!」
 大絶叫。
「なぜ、そうなるだ!?」
 どこの方言だ。
「どこの方言だ」
 口にする。
「どこのって」
 わたわたと。
「なんか、北のほう?」
「あー」
 どうでもいい。
「オッス、オダ、悟空」
 それって方言か?
 てゆーか『オダ』って。
「悪かった」
「どこに!?」
「悪かったよ」
 きっぱり。言って。
 そして。
「わーお」
「うお!?」
 驚かれる。
 変なテンション。我ながら。
(あー)
 そうだ。
 十分に変なシチュエーションなのだ。
「変だ」
 言う。
「オマエだ!」
 言われる。
「なー」
 オレは。
「一緒にさー」
 言って。
「………………」
 言えない。
「一緒に?」
 食いつかれる。
「一緒に? 何?」
「あー……」
 言えない。
「あれ?」
 首をかしげる。そんな自分に。
「『あれ?』って!」
 ツッコまれる。
「いやー」
 なんでだろう。言えないなあ。
「あー」
 ま、いいや。
「こんなところに来た時点で」
 オレも。
「死ぬし」
「!?」
 さすがに。
「なんでだ!」
 まー、言うよなー。
「なんでって」
 逆に。
「死ぬんだろ」
「う……」
「じゃあ、いいじゃん」
 何だって。
「バカヤローーーッ!!!」
 殴りかかられた。
 といっても、お互い微妙な体勢だ。
「きゃあっ」
「危なっ」
 思わずの。
(……う)
 小さい手。それが最初に感じた。
(こっちは大きいのに)
 見てしまう。
「おい」
「!」
 あわてた。
「は、早く」
 その後が。
「キスしろ」
「は!?」
 この状況で。
「あ、間違えた」
 何と。
「抱きしめろ」
 だから、なんで。
「抱き寄せろ」
「あ……」
 それだったら。
(……いいんだよな)
 この状況だし。
「よっ」
 軽い気合の声で。
(お)
 手と同じように小さな身体。
 あっさり。
 オレの腕の中に。
(うーん)
 感無量。ちょっとある。
 なにげに。
 初めてだし。
 仲の良い女子は確かに何人かいるけど。
 友だちだし。
 こういう風には、まあ、ならないし。
「お……」
 目が。見張られる。
「やったな、オマエ」
「えっ」
 どういう意味で。
「やってくれたな」
 だから、どういう意味で。
「死ななくて」
 うるませて。
「よかった」
 彼女は。
「死んじゃだめだろ」
 言った。

ユメヒトヨ

ユメヒトヨ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-07-02

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著作権法内での利用のみを許可します。

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