梅雨直前夏の夜に納得行かない事を次々と思い出すそんな晩の夢前のお話
タイトル通りです、前置き無しで
忘れない内に次々といきます!
周囲に比べ
遅まきながら四輪普通免許を取得した頃
仲の良かった先輩がおりまして。
最初に入った会社の2個上の人でした。
と、ある日その
先輩の馬鹿彼女の車を
運転させられるはめに。
お招きに与り
御一緒した
カラオケでどれだけ呑むんじゃ、と
呆れつつ
せめて先輩は呑まないで、
という制止も虚しく
やはり
呑んだ為
止むなく唯一シラフの私が
半ば強制的に運転する流れに。
そして
先輩の彼女(同い年、百貨店勤務)から
いわれたこと
『えぇ~こんなチビっ子に
運転させて大丈夫ぅ〜
マジで運転とか出来るのぉ?!
ぶつけないでねェ〜』
こっ
こここ
コッコとここここ
ここの
クソアマ
テメェーのクッサイ糞車なんて
運転したくてやってやるんじゃ
ねーよ
感謝さえない!?
なぜ
わたしが
こんなの運転するしかないのか
当時の
先輩♂は私のバーニングな性格を
よく知るおヒトだったので
『本当にごめんッ!!
絶対にこの
埋め合わせするから!』
と
馬鹿彼女に聞こえないよう
フォローしていましたが
わたしは
どうしてもこらえきれず
この
普通の道で
馬鹿が窓ガラスに頭を近づけた瞬間を狙い
いきなり
シフトダウンし
帰り道にあった
アクシデントを装いつつ
なんともびみょな
直ドリというより
スライド紛いの事をしたりしました、
愛車の中でゲロ吐かせようと思って。
車は今は懐かしの
GTS―Ttype M
その動きはあからさまに
ドンドン大きくなり
終いには
正直
クラッシュしても構わん
と
全力で底もぬけよ、とばかりに
力いっぱい踏み切りました。
けど
ノーマルだからか
ビビリの性格からか
たいしたことは出来ませんでした。
なぜ
こんなん
いま
思い出すのですかね。
やはり
頭に来ていたのかな。
二。
本屋の販促で飾られていた
めぞん一刻の非売品グッズが欲しくて
店員さんに交渉。
『ウチの子供も欲しがってるので
じゃんけんで!!』
ちな
当時
全巻こちらで購入させて頂きました。
そして
日曜日にじゃん拳との運びになり
当日
かなりの高熱を出し
そちらへ向かえなかった私は
電話にて
ぐ、ぐう〜
と震える声にて
電話上にてその相手と対戦。
『あっ!おめ•••あ、負けちゃったみたい!残念!!』
ほんとかよ!
と
思いつつ
気を失いました。
それから
そこの本屋には
一切行ってません。
3
小学校の卒業式を終え帰宅
先生から
各生徒に手渡された
小1〜小6までの
6年間で図工で描いた
全ての絵画
なんと驚き
学校側で此れ等を1枚とも余すことなく
保管してくれていたそうで
しかもこれは
ウチの小さな山の分校独自に
長年行われ
卒業生達も在校生には
絶対の秘密として
長年行われてきた
サプライズ。
当然
わたしも
それらを手渡され
こ、これは!
なんという粋な・・・。
と感動し
とても楽しみに
持ち帰り
帰ってから
じっくり見返し
一生の宝にしようと
考えていました。
そして
家に着き
玄関にその厚い包みを一旦置き
着替え終わるまで
たった数分
の間に
母が
たまたましていた
焚き火に
すべて焚べられ
全部燃やされました。
一枚たりとも
見返すことなく。
ホントに
その間
数分。
泣き叫んで暴れ回りましたが
母は
『そんなの見たいか?何を言ってるのだ??』
と、
一切謝る事などなく
本当に
その私の感情が理解出来ていない
ご様子。
そんなん
ただのゴミ以外の何物でもない。
と。
以前から
ひょっとして、と感じていた
まるでラオウそのもの。
母娘でこれだけ
違うものか、と
あらためて認識した瞬間でした。
ちな
それからだいぶん時が過ぎ
私が大人になり
母が鬼籍に入ってから
初めて知ったことですが
母と私は
小中高と母校を同じくしていますが
母は
あの時代ではかなり
珍しい
全部の学校で
女子生徒初の
児童会長と生徒会長を
務めていたそう。
(まあ高校は母の時代当時は女子校でしたけど
私の代から共学に変わりました)
まあ兎に角
そんなこと
一言も言ってませんでしたので
知った時には
かなり驚きました。
私はクラス委員長さえ一度も
やったことないです。
選ばれたこともない。
と、いうことは
母が正しいのか・・・?!
えーでも。
どう思います?
4
小学5年くらいですかね、
学校帰りに
あの田舎では珍しい外国人
しかも複数。
お仲間には
日本人もいましたけど。
彼等は
なにやら
下校途中の子供達を捕まえては
小冊子を配ってました。
私は
受け取りを拒否したので
その中身は知りませんけど。
知らない大人から
モノをもらうな!受け取るな!!
そして
家族から貰ったお小遣いは
使うつもりで受け取るな、
と
と
祖父から
よくわからない
厳しい指導を受けていたので。
すこし
蛇足になりますけど
祖父はこのことを
常々私に諭していました。
お給料を貰ったら
その3分の1、
いや四分の一こそが
全給料だと思え。
あとは
貯金だよ、と。
祖父はメルヘンちっくな
思考の癖に
現金については非常にシビアでしたので。
ちなこれも
お役に立てれば、ですが
祖父曰く
ローンってのは
今無いお金をあてにすることで
それは幻想であり
まやかしのものなので
くれぐれも
そんなものに
騙される惑わされることなく
いま
オマエのその手の中にある
目に見える
お金だけを使うように!
ゆめゆめわするべからず!!
と
この世を去るまで
何度も私に
言い聞かせておりました。
なのでわたし
これまでの人生で
ただの一度もローンというものを
組んだことがございません。
なければ買わない、
そう教え込まれていますので。
あれ、えっと
宗教の話でしたよね。
で、
戻します。
また
翌日も
その軍団が下校間際の学校に
たむろしており
昨日の小冊子をどうした、
ちゃんと読みましたか?
と
私の友人が尋ねられ
ソイツは
『なんか怖かったので読まずにネギ畑に埋めた・・・』
と答えたところ
外国人から
『アナタ ハ ジゴクニオ チマース・・・!』
と
言われてしまい
先生に恐怖で泣きつき
それから
しばらく
外国人VS教師
の戦いが放課後に
繰り広げられておりました。
実話ですよ。
梅雨直前夏の夜に納得行かない事を次々と思い出すそんな晩の夢前のお話