恋した瞬間、世界が終わる 第78話「メトロポリス3-物語の起動方法-」
「ねえ、すこし休憩しないかしら?」
メトロポリスのビデオは一時停止され、わたしたちは休憩に入りましたーー
雨は、まだ、まだ、足らない
というかのように降り続いています
「まだ、雨降っているね」
わたしは、雨音のようにポツリと声を落とす。
ビデオを観ているうちは雨音が遠ざかり、外と内とで分かれていました。
遠景にあった現実、現在の声の音が、わたしたちを物語へと再び誘う。
見知らぬ男は、車の窓を開けようと、手回しのハンドルを回しました
「運転手、手回しのハンドルの窓には、理由はあるのかい?」
男は、自分が必要な分だけの“緩み”まで、途中途中カクンカクンと角度を折られながら、羅針盤を操作するメトロポリスの住人みたいに手動で回すハンドルの動かし方のコツを探っているようでした
「右に回せば締まり、左に回せば緩む。その動きには意味があるのです」
「つまり、客に媚びない態度を持っているんだな? 客に手動で窓を開けさせるタクシーは初めてだよ。よく見たら、ドアのロックも手動になっている。日本流のおもてなしに反した態度だ、だが、潔いね。海原雄山も喜びそうな哲学がここにはある!」
運転手と男との間で、よく分からない流儀が語られています
「あのう…コーヒーミルを手動で回すような感覚でしょうか?」
「そう! 良く分かってるね、お嬢ちゃん!!」
ココも知っている流儀のようです……分からないのは、わたしだけ?
「でも、でもね、もし、お客が勝手に窓を手動で開けたり、ドアを開けたりして、料金を払わずに出て行ったらどうするの?」
わたしは、この疑問についてを運転手に問いました
「そうですねえ、困りますね…それは、困りますねえ……」
「考えてなかったの? ダメよ。商売上がったりになるわよ?」
運転手は道に迷った猫みたいな顔で、バックミラー越しに、男と、ココの方に助けを求めました。
男は、それはいかんな、という表情を運転手に返したようです。
ココは、何か良い方法があるんじゃないかしらと、やさしく頷き返したようです。守護石のサンストーンみたいね。
「あ! そう、意味があるのです! このタクシーは旧車を改造したことに意味があるのです。だから、彼らのテリトリーから逃れた行動ができるのです」
バックミラー越し、守護石ココに護られた運転手の表情には、はっきりとしていなかった神社創建の由緒を観光客に教えられた宮司さんのようなものが見えます。
宮司さん、しっかりして! 神社を護るのはあなたの勤めよ、境内(車内)が丁寧に掃除されているのは評価するわ。その調子よ!
「ところで」
そこに、男がローカル線からの乗り継ぎの言葉を発しました
「このメトロポリスという物語の原作では亡くなった女のことが描かれている
それは、フレーダーの母であり、あの父親の妻だ
原作では、その父親が妻を失った悲しみが描かれ
あの発明家はその妻に恋をしていたとも描かれる
その女を失ったきっかけが、発明家のロボットに繋がっている
そして、その女であり、父親の妻の名はーー
ヘル
(英語のhell“地獄”で、カタカナのヘルでウィキペディアを調べると面白い)
なぜ、連中はそれほどに物語を求めるのか?
その意味は分かったね?
それは、【不死】を求めるからだよ」
「生と死、その合間に何かが、“紛れ込んでいる”のです」
運転手が言葉を紡ぎました
「そう、運転手が言う通りだ
それと、ココ…ええと、ココ嬢ちゃん
君には知っておくべき話がある」
男は、そう言ったあと、必要な分だけ反時計回りで“緩ませた窓”から、何かの躊躇いを主要幹線の俎上に乗った内容の中に含ませる決断をしたようです。
あの娘の何かを知っているのでしょうか?
「それと、面白い話がある
シュメールのギルガメッシュ王の話だ
彼のエンキドゥというパートナーが冥界に旅立ち、悲しんだ時
永遠の命を求めて旅を始めたという
つまり、物語は
“永遠の命を求めたときに起動する”
それが引き金となる」
車内のラジオから、The Cureの“Lullaby”が流れました
「それは燐光みたいなものですね」
ココには、その流儀が分かっていたようですーー
恋した瞬間、世界が終わる 第78話「メトロポリス3-物語の起動方法-」
次回は、7月中にアップロード予定です。