泥を這う少年と飴玉

泥を這う少年と飴玉

 泥を這って、暮らす毎日でした。
 けれど、そんな私にも、光はあるのです。

 物心ついた時から、お父さんはお酒に溺れていました。
 お母さんと結婚したばかりの頃は、腕の良い職人だったそうです。
 事故の後遺症で腕が麻痺してしまって、職を失ったため、
 その悔しさで、お父さんはお酒に逃げてしまった。

 父を責めないでください。彼も、精一杯頑張っているのです。
 いつも、ぶっきらぼうで、言葉も荒い父ですが、
 小児麻痺の体で生きる私の事を、心から愛してくれている。
 それが、伝わってくるのです。

 私は、物乞いをして生きています。
 毎朝、陽が昇る前に家を出て、街の大通りに座り、施しをしてもらうのです。
 これは、裕福な国では恥ずかしい事であったり、法で禁じられている事かも知れませんが、
 貧しい国では、身体に障害がある者にとって、ごく普通の仕事なのです。
 私は下半身が動きませんから、棄てられたゴムタイヤを切り取って加工し、
 掌や膝に当てて、道を這って進むのです。貧しさは、知恵を呼びます。

 一日を通して座りながら、食べ物や小銭を恵んでもらいます。
 こうして暮れ方には「よし、今日一日は食いつなげるぞ」と安堵するのです。
 少しの野菜と芋を買い、家に帰ります。
 お父さんは、いつも気絶する様に寝ていますから、私が代わりに料理もします。
 料理と言っても、葉野菜が入った芋粥ぐらいしか作れません。
 お粥が出来上がった頃に、食事の香りに気づいて、父も起き上がります。
 言葉を交わすこと無く、静かに二人で食べる、いつもの風景です。


 その日も、私はいつも通り、早朝の街へ出かけようとしました。
 すると、珍しく父が私の事を呼び止めたのです。
「おうい、チコ。こっちにおいで」
 振り返ると、彼の右手には、飴玉が入った袋がありました。
「これ、お前好きだろ。昨日買ってきたんだ。食べてから行きなさい」
 私は、ぶわ、と涙が溢れました。
 地べたを這いつくばり、父の足にしがみつきました。
 嬉しくて、嬉しくて、泣きました。

 きっと、物質的に裕福な暮らしをしている方にとっては、理解できないでしょう。
 たかが飴玉じゃないか、安価な菓子じゃないか、と思われるかもしれません。
 日頃から酒を飲んでばかりの親が、飴玉をくれる程度で、善人である筈が無い……。
 その様に思われるかも知れません。
 
 とんでもない。お父さんは善人です。
 私にとって唯一の、親なのです。

泥を這う少年と飴玉

泥を這う少年と飴玉

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-06-08

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