ひとんぎ
ひとんぎの情報が入ってきた。昼休みが終わる少し前で、いつもよりも遥かに遅い。何故ここまで遅れたのかというと、それはカレンダーの並びにあった。通常ひとんぎは大安吉日に行われるものだけど、今日は先勝である。ひとんぎは夕方から行うのがこの辺りの常識だから、まさか先勝にひとんぎが行われるなんて誰も予想していなかった。仁が持ち込んだひとんぎの情報は教室中を駆け巡ったけど、直ぐに昼休みの終わりを告げるチャイムによって分断された。掃除の時間となり班ごとに持ち場へと散らなければいけなかった。たまたま仁と同じ班の、それも男子だけが持ち場である男子トイレで作戦を練ることが出来た。そもそも女子はそんなにひとんぎを重要なイベントとは捉えていないようである。
「何時からや?」
「四時げな」
「今日、先勝よな?」
「四時かぁ」
「今日、学校終わるとが三時半やろ。あそこまで走っても四時には間に合わん」
「そんなら一回家に帰ってチャリで行くか?」
「俺んちは近いけんそれでも良かばってんが、お前たちは一回帰ったらチャリで行ってもひとんぎの終わりの方やろ?そんなら走っていく方がまだましやん?」
そんな作戦会議が掃除時間の男子トイレ内で行われた。
三時半のチャイムが鳴ったのに担任の先生はまだ話を続けていた。他のクラスや違う学年の男子たちが一斉に学校を飛び出して行くのが分かった。その普通ではない雰囲気に先生も気付いた。
「なんかあっとかな?」
その、なんの危機感も無いとぼけた言い草に仁も武三も、いやクラスの男子全員が声をあげた。
「先生、ひとんぎやけん」「ひとんぎに間に合わんくなるけん」「先生、早よして」
先生は今年赴任してきた若い先生で、県内出身ではあるものの此処とは違う土地の人だった。
「ひとんぎてなんね?」
「もうそがんことはどうでん良かけん早よ終わろ」
先生は首をかしげながらも終わりを告げた。同時に男子たちは教室を飛び出した。女子の何人かが先生のところへ行きひとんぎの説明を始めた。
ひとんぎが行われるT地区へ向かって走る者、自転車で向かう為に一旦家へ帰る者、はやる気持ちを抑えてバス停で待つ者、各々の行動でT地区を目指した。
T地区の田之上さんちへ着いた時にはもうひとんぎは始まっていた。うちのクラスの連中は自転車で来た俺よりもバス停にいた奴らの方が先に到着していた。普段は歩いてT地区から学校へ通っている三人が、あの時間に来るバスの時間を把握していたのだ。先に走って行った奴らを車窓から笑いながら抜いていった。それから暫くしてからハァハァと息を切らしながら五、六人が田之上さんの敷地内に駆け込んで来た。ひとんぎはもうクライマックス付近であり終わりが見えていた。
ひとんぎでは家の四つ角に陣取るのがセオリーだ。そこにはお金が入ったものが降ってくる。
「もうアレ終わっとるよな」
せっかくひとんぎに来たのに最大のイベントを逃してしまったのは、うちのクラスだけだった。バスで来た連中が到着した時にはもうそれは終わっていたそうだ。しょうがないけど、まぁ、惰性のようにひとんぎに参加した。
バリバリ、ドンっという音がして、武三の「痛てっ」という声が聞こえた方を見ると希望が湧いてきた。武三は田之上さんちのブロック塀を乗り越えて向こう側へ落ちたみたいだ。田之上さんちの西側は敷地の外を川のような水路が流れている。田之上さんちの四つ角で西角は、その水路に割とギリギリで、つまりアレは水路へと撒かれた筈である。いくらひとんぎでも川に入ってまでそれを手にしようとする者は居ない。水路の流れは緩く、この時期は水量も少ない。雑草が生い茂っていて蛇や蛙、やぶ蚊なんかも潜んでいる。武三に続いて仁と俺もブロック塀を超えた。アレがどのくらい撒かれたのか分からないけど、俺たちは蛇や害虫の事も気にせずに雑草の中や水路の中にも分け入っていった。田之上さんちから歓声が聞こえて、それはひとんぎの終わりを告げるやつだった。
結局、武三は二つ見つけて満足気だった。仁もひとつと、あとは通常のものを。俺は通常のやつやお菓子なんかを手に、まぁこんなもんだろうと思っていた。次のひとんぎがいつあるのかは分からないけど、先生もひとんぎにかける俺らの思いが少しでも伝わったのなら良しとしよう。
ひとんぎとは、この辺りで呼ばれる名称であり、新築住宅の棟上げの時に行われる餅投げの事である。餅投げは四つ角から投げる餅には現金が入っていて、気前よくお札が入っていることもあるし、語呂合わせでご縁がありますようにとか何とかで五円玉が入っていたりもする。角餅を拾う事に小学生たちは全てを掛けているといっても過言ではない。
〈終〉
ひとんぎ