時をまたぐ恋

時をまたぐ恋

茸指小説(掌編)です。


時をまたぐ恋

  浅川のほとりに、小さな絵本屋さんがオープンして3年がたった。
 オーナーは開店三周年記念に地域の作家作品を集めて創作茸展を開くことにした。
 狭い会場だが、茸の小説本、茸の絵本、茸の写真の本、茸の図鑑類が、木製の棚に綺麗に並べられ、壁には茸の写真、茸の版画がかけてある。木彫茸、陶芸の茸のオブジェも机の上や棚の上にあった
 9月1日からはじまった茸展はそれなりに人が集まり、どちらかと言うといつも閑散としていたのだが、店はにぎわった。
 3日目、開店前、女性の店主が茸の彫刻が並べられている棚の中に、不思議な木製の茸がぽつんとおいてあるのに気がついた。薄紫色の色彩が施されているしっかりした背の高い茸だ。茸図鑑でみた覚えがある。アケボノタケといったのではないだろうか。本物そっくりに作られたもので、難しかったのではないだろうか。隣に若い女性の作ったピンクに塗られたかわいらしい茸があるので特に目立つ。この薄紫の茸は誰の作品だろう。
茸の彫刻をつくったのは二人だ。一人はお年寄りで、川から拾ってきた木を使って茸を作っている。木の肌を生かした茸の丸彫りだ。もう一人は若い女性で、木から彫った茸に色彩をつけるが、どちらかというと、幻想的な空想茸で、形や色合いは自然にないものである。この茸のように、本物に見えるような木彫りはしない。この二人ではないとすると、誰かがそうっとおいたとしか考えられない。
 店主は手に取ってみた。本当によくできた彫刻だ。彼女はもとにもどし、とりあえずそのままにして店を開けた。
 その日も客がかなりきた。静岡からきたという男性が、若い女性の作家が作った青い落ち着いた色の茸を買った。その男性は、隣のちょっと背の高い薄紫の茸もほしいと言ったが、店主は作者がわからないこともあり、非売品だと丁寧にことわった。その日は茸の版画や布で作った茸もよく売れた。
 次の日、店を開けると、薄紫の茸がもう一つ増えていた。昨日見つけた薄紫の茸の隣に寄り添って立っている。少し背が高いが同じ種類の茸を彫ったものだ。昨日の客の中にこれをもってきた人がいると言うことになる。来た人たちの顔を思い出そうとしたのだが、常連さん以外はなかなか思い浮かばない。
 店主は手にとってみた。ほとんど同じ作りだ。
 店主は二つの薄紫の茸の前に非売品と書いた紙をおいた。
 その日はローカルテレビ局が取材にきた。店に置いてあるものをカメラに収め、店主の話を聞いて、それを夕方の番組で放送した。
 その次の日である。店主が店にはいると、棚の上に、薄紫の茸が五つも並んでいた。 
 これはおかしい。昨日はテレビ局のために店は休みにしておいた。だから客がおいたのではない。とすれば、夜中に誰かが入ったのだ。それしか考えられない。店主は夜中の警備をまかしている会社に問い合わせをした。異常は感知していないという。ただ店の中に設置してある監視カメラにネズミのようなものが写っているようだということだった。夜中の2時頃だそうだ。
 どこから入ったのかと聞くと、はっきりしないが、店の戸に隙間はないし、カメラにはあいた様子は写っていないという事だった。
 とすると、コンクリートの床の隅にある排水溝からはいったのだろうと店主は考えた。そこで、その日が終わったとき、排水溝の鉄格子の上にぽっくりんの木の植わった植木鉢をおいて店を閉めた。
 朝、植木鉢はひっくり返っていた。そして、棚の上には全部で十八個の薄紫の茸が並んでいた。明らかに排水溝から忍び込んでいる。でも何が。ネズミが木彫りの茸を運ぶはずはない。
 店主はどうしたらいいかわからず、知り合いに、夜中に誰かが店に入っていると相談すると、一緒に見張ってくれることになった。夜中に一人では怖い。淺川のほとりでなにがでてくるかわからない。
 店主の知り合いの男は閉店時間に店にきた。男性は外で入口を見張っていると椅子を外に出して越しかけた。彼女は中で電灯をつけずに見張っていた。薄暗いが、窓からはいる月の明かりで床はよく見えた。
 しばらくまつと、排水溝の穴から、鉄の格子から細いものがすり抜けてつぎつぎに飛び出してきた。そいつらは床の上で立ち上がると、薄紫の茸になった。
 棚の上を見ると、棚の上の薄紫の茸も動き出していた。床の上に降りてくると、新しくはいってきた茸に向かって傘をさげた。そのあと傘をすり合わせ、みんなで棚を見上げた。棚には薄紫の茸が一つ、動こうとせず、ピンクのかわいい茸によりそっている。最初にきた茸だ。
 床にいる茸が一斉に傘をふるわせた。
 すると、店主の耳に、若、楢原町に帰りましょう、と言っているのが聞こえた。最初の薄紫の茸は若と呼ばれている。
 店主はどうしたのと、おもわず声をかけた。
 すると、床にいる茸たちが、若が帰らないっていってると言った。若がピンクの茸に惚れたんだ。とも言った。
 ピンクの茸は女性作家が作った木彫りだ。
 店主が連れてっていいわよと答えた。
 若が連れて行こうとしたんだけど、そこの溝に入らないんだと答えた。木彫りの茸は細くなることができないようだ。
 戸をあけてあげるから、お帰りなさい。
 店主は入り口の戸を少し開けた。友人は椅子に腰掛けて船をこいでいる。
 床にいた薄紫の茸たちがみんなして、ピンクの木彫茸をとりかこみ、頭の上に担ぎ上げた。
 棚から降りてくると、最初の茸を先頭にして、薄紫の茸たちはぞろぞろと浅川に向かった。
 友人はよく寝てしまっている。
 店主があとをついていくと、ピンクの茸を頭に載せた薄紫の茸たちは川っぷちで止まった。
 どこからきたの、店主は最初にいた薄紫の茸にきいた。
 楢原村、と薄紫の茸は答えた。
 あなた方はなんとおっしゃるのときくと、
 メタセコイア茸、と言って、互いに寄り添って流れにゆっくりと入り、ピンク色の茸を頭上に載せて、立ち泳ぎで、上流に行ってしまった。
 店主は居眠りをしていた友人を起こすと、店の中に招き入れ、入口の鍵をかけた。
 店主と男の友人は床の上に横になった。店主は友人のズボンに手をのばすと、薄紫の茸たちを思い出していた。これピンクのかわいい茸の大きさねと笑った。

 創作茸展が終わったその日、店主は店にきたピンクの木彫り茸を彫った女性に売れたと言った。
 何の木でできていたのかしら。
 そうきくと、女性彫刻家は、あれやっと手にいれたメタセコイアで作ったのよと答えた。
 だから高い値段を付けていたのかと理解した店主は、自分の財布から売り上げを作者に渡した。
 誰が買ったのかしら、と作者に聞かれ、通りすがりの人よ、このあたりの人ではないみたい、と答えた。
 檜原村知ってる、と女性作者に聞くと、
 もちろん知ってるわよ、浅川の上流の北浅川が流れているところよ、メタセコイヤの化石がでたことで有名なのと教えてくれた。
 メタセコイヤは中生代の植物だ。1945年、中国四川省で、まだ生きているメタセコイヤが発見された。今では世界中で生き返っている。アケボノスギという名前もつけられている。
 店主は女性作家に、メタセコイヤのピンクの茸をまた作ってくれるように頼んだ。
 木を手に入れるまで時間がかかるけど、と女性作家はうなずいた。
 メタセコイヤを彫っていると、自然に手が動くのよ、茸が自然に生まれるの。
 そう言った。
 薄紫の茸たち、アケボノタケは化石のメタセコイヤから生まれたのに違いない。
 でもなぜ、この店の茸展に来たのかしら、
聞き忘れてしまった。
また来年茸展をやろう、いや、メタセコイヤのピンクの茸をおいておけば、いつでも薄紫色の茸がきてくれるかもしれない。
化石のメタセコイヤの茸と現世のメタセコイヤの茸、恋はみのったのだろうか
どのような茸が生まれたの、
 今度来たとき聞いてみよう。
 
24ー1ー18

時をまたぐ恋

時をまたぐ恋

茸の恋の物語

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-06-07

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