嘘と偽る者

 こんにちは。この「嘘と偽る者」というのは、自分のオリジナルで初めての小説です。

 

「――俺もそろそろダメかな。じゃあ、今言ったコト、頼んだ、ぞ……。まぁ、大丈夫とは思うけどな。お前は俺の……だから、な……」


そう言って彼は、永遠の眠りについた。
ボクは、その様子を、ただただ見ていた。



= = = = = = = 



ボクは総合病院の前にたっていた。


急いで行かないと。それ故に学校が終わってから全速力で走ってここに来たんだ。

 正面の扉を開け、受付に向かう。

「707号室ですね」

穏やかにそう言われ、案内される。その穏やかさが歯がゆく、苛立ちさえ感じられた。

「ごゆっくりどうぞ」

707号室の扉を閉め、看護婦は出ていく。



 部屋の奥にはベッドがあり、そこには母さんが横たわっていた。ボクは直ぐにベッドへ
駆け寄った。


「……今日の調子はどう?」
問うボクに母さんは優しく話しかけ、

「……おかえり緑青、大丈夫よ。ほら、この通り……」
と体を起こす。ボクはあわてて

「無理しないで」
と軽く母さんの手と背中を抑えた。


 母さんがかかった病は「スキルス胃癌」という、発見が非常に難しい病気だ。


 半年前、学校から帰ると血反吐を吐いて母さんが倒れていた。ボクは急いで救急車を呼んだが、スキルス胃癌はかなり進行していて体は衰弱し、精神も少しずつではあるが確実に弱ってきている。

 ボクは思った。
 このままでは大変だ。

 ボクは、母さんに今までついていた嘘を、ウチアケナケレバ、イケナイノ二……。


「緑青、定期テストはどうだったの。見せなさい」
 
 少し強い口調でそう言われた。ボクは学校カバンを開け、母さんに国語、数学、英語、理科、社会のテスト問題と解答用紙を渡した。


「……すごいじゃない!全教科満点なんて。中々とれるモノじゃないわ、ホント、昔から天才ね」

優しい笑顔でボクのアタマを撫でる。ボクは、苦笑いを浮かべた。


「部活動は……。私のせいで暫く剣道部にも大会にも出れないのよね……。ホントにごめん
なさい。癌が治ったら、緑青が試合してるところ、観たいわ」

「ダイジョウブ、ダイジョウブだから。はやくよくなってね」


そう言ってボクは母さんの手をもった。



「……あまり遅くなるといけないわ。それに私もこれから状態検査があるから。今日は後、帰りなさい」

そう言われてボクは、

「おやすみなさい」とだけ言って病院を後にし、誰もボクの帰りを待つ者のいない家に向かった。



= = = = = = =



 家には無論、誰もいない。ボクは一人っ子だし、オトウサンは2年前に離婚して家を出ていってしまった。
 直ぐに宿題を済ませ、風呂に入り、一人でご飯を作り、一人で食べて、一人で寝る。今となってはそれが当たり前になっていた。
 寝る前、ふと、鏡を見た。そこには勿論自分が映っている。改めてよく見ると女顔だな、と思う。
 

 さて、明日も一日頑張ろう、アノ人の為に……。



 やかましい目覚まし時計を止め、ボクは起きた。今は……、7時47分。大変だ!目覚ましをかける時刻を間違えた!

 急いで制服に着替え、身だしなみを整え、朝食も食べずに家を飛び出した。音に反応し目覚めるボクにとっては目覚まし時計の設定時刻の間違いというのは致命的だった。



 1年A組のうるささ……いや、賑やかさには、昨日の「疲れ」を蘇させられた。


「おっはー、ろくしょう。お前が遅刻なんて珍しいな。天変地異でも起こるんじゃね?」
と、トモダチの生成が肩を叩いてきた。

ボクは殆どの男子には白い眼で見られる。
「おぅ、キナリ。それにしても何でいつも皆、白い眼で見てくるんだ?」

そう言うと、生成は笑いながら言った。
「お前ルックスいいし、頭いーし、運動神経もいーし。嫉妬してんだろ。俺もな(笑)」
「そうか? 照れるなぁ」

 まぁ、今日も何事もなく過ぎていくと思ってた。



 放課後になった。



「おい」

と低い声で言われた。キナリではないな。

 振り向くと、そこにはクラスメートのスオウがいた。

今日もさっさと帰るつもりだったので、訊いた。

「何。急いで帰るんで……」

そう言うと、スオウはボクの肩に腕をのせてきた。

「ちょっとくらいいいだろ? 全く、お前はえらいよな。頭いーし、スポーツ万能だし、顔も……な。はやく帰るのにも、いいつけか何かあるんだろ?」

意味が解らない。要は、何を言いたいんだ。

「……だから?」

スオウは不気味に笑った。

「……だから、こういうことだよ!!」

そう言い終えた瞬間、スオウはボクの体を思い切り突き飛ばしてきた。
あまりに唐突だったので、ボクは後ろに倒れた。

「お前さあ、ムカつくんだよな。模範少年ぶってる感じがさ」

 背後からまたもやクラスメイトのコウジが出てくる。スオウの取り巻きと思われる。コウジも不気味に笑っていた。

「さーて」


 そうか。そういう事か。アノ人が言っていたことの1つに、あったな。


「優等生ぶりやがって!」

「ムカつくんだよ!」

「死ね! 消えろ!!」


 ボクの、腕が、足が、腹が、頬が、殴り蹴りされる。

 堪えていた分が乾いた呻き声となって漏れ、空気を振動させる。


「うっ……」

それでも尚、スオウとコウジの暴行は止まらなかった。



「いい気味だ!」

「イイ思いした分、苦しめ!!」


それを聞いた途端、沸々と怒りが込みあがってきた。



 イイ思い……?

アノ人があんなにもなって……?

ボクを侮辱することは、アノ人を侮辱する事に等しい。

それを、それを……!



 固く閉じていたボクの口が、開いた。


「何も知らないくせに……。そんなこと言うな……!!」


 スオウ達が戸惑った一瞬をついて、それぞれの脇腹を、思い切り蹴り上げた。

「は、速い……」

急所だったのか、スオウとコウジは倒れた。


 放っておこうとすると良心が痛むので、とりあえず、保健室に連れて行った。

 幸い、二人は保健室の先生に事実を話そうとはせず、「ぶつけました」とだけ言っていた。事実を話すと、ボクに何かされると思ったのだろう。


本当は誰も傷つけたくなんか、なかった。けど、手を出してしまった……。



 腕時計を見た。もうこんな時間か。

「はやく帰らないといけないので」と、保健室を後にした。


「……蘇芳、見たか? 緑青の背中……」

「ああ。制服の間から、な……。何なんだ、アイツ……。普通の背中じゃ、なかった」



= = = = = = =



 フゥ……。無駄な事に時間をとられてしまった。 
何故こんな時に限って日直なんだ。学級日誌なんか書いてる暇はないというのに。

 その時、廊下の方から走って近づいてくる音が聞こえた。

そして、1年A組のドアを開けた。


「1年A組、花緑青さんまだいますか!?」

 教頭先生だった。どうやらかなり急いで来たようだ。


「はい。花緑青はボクですが、何かあったんですか?」

「あ、緑青さん!? 今、総合病院から電話があって……!」

「エッ!?」
 ヒヤリとした。


「お母さんが急に吐血して倒れた、と!!」


= = = = = = =


「先生! 心拍数、体温ともに急低下しています!」

「急いで手術室に!!」


 ボクは教頭先生の車で来たが、お母さんは既に手術室だった。


 なんで、こんな、急に……。

 無性に悔しかった。もっとはやく帰っていれば。

 


 数時間に及ぶ末、手術は終了した。


 ボクは707号室へと向かう。

 707号室の扉に手をかけた時、医者と看護婦がボクを気の毒そうに見ていることに気付いた。何を言いたいのかすぐに理解した。きっと

 軽く頷いて扉を開いた。


 

部屋の奥には、横たわっている、母さんがいる。

「……母さん」
と、言うと母さんは目を薄く開けた。

「……あら、緑青。ごめんなさいね、無理しちゃったみたい……」

「ボクも、直ぐに行けなくて……ごめんなさい」



「――緑青、覚えてる? 緑青が小学校低学年の頃の学芸会の時。折角、劇で緑青が主役になったのに私、見に行くのに遅れて殆ど見ることができなくて緑青怒ってたよね」

「そ、それは」
言いかけたが、遮られた。

「こんな賢い子でも、子供らしいなぁって思ったわ。……これでお互い様ね」
 
母さんはクス、と笑みをうかべた。その笑顔にボクは心を痛めた。


「――私、もう、ダメみたいだけ、ど……。緑青なら大丈夫よ。なんたって、私の子ですもの」

 目の前の映像が、アノ人の時と重なった。生温かい水がボクの頬をつたる。

 



「……緑青、最期に、私の手を、握って。安らかに眠れる気がするの」


 ボクは頷いて、母さんの手を握った。
 
 あたたかいな……。


「母さん、あの」

「何?」


「……いいや、何でもない。今までありがとう、さよなら、母さん」


「ええ、私こそ、あり、がと、う……」


 とうとう母さんはその優しい瞳を閉じた。


「21時11分、ご臨終です」
と、医者は言った。看護婦はナミダを流していた。



 言えなかった。結局、嘘をついたまま……。

 まさか、言える筈もなかった。


 ボクは……、花緑青じゃない、なんて。



= = = = = = =

 
 ボクは、アノ人に造られた、自律意思を持つ人間そっくりのロボットだ。仕草も表情も忠実に再現されている。そう、モデルはアノ人……本物の花緑青。彼は中学生にして本当の天才だった。

 しかし彼は実の親がステルス胃癌に倒れたとほぼ同じ時間帯に信号無視の交通事故に巻き込まれてしまったのだ。
 
 病院にてボクは彼に頼まれた。

 いじめのこと。母さんのこと。そして、花緑青として過ごせ、と。



 もしかしたら、言わなくて正解だったかもしれない。ボクが花緑青じゃあないなんて聞いたら、どう思うか。


 いや、言わなくてもきっと、母さんは気付いていた。ボクが花緑青じゃないことを。いつからかは分からないけど……。


 母さんが最後に、ボクの手に触れたのは、最期の確認というのもあったのだろう。

花緑青には、左手の甲に、原因不明のイボがあった。

ボクにはなかった。

おそらく、彼は、いつか母さんに気付いてほしくて、ワザと付けなかった。

 母さんの最後の『ありがとう』というのは、何があってのかは判らないけど、私のために、という意味があったのだろう。


 機械のボクだが、恐れ入った。

こんなに思いが込められてたなんて……。



 後々、母さんは自分の遺族によって火葬され、葬式に挙げられた。勿論、ボクも一緒に。




 これで、彼の頼みごとはほぼ完了したが、まだ1つあった。

 花緑青として、過ごすこと。

 是非ともそうしたいと思う。



 リビングの、母さんの遺影を見た。

小さく「おやすみなさい」と言い、ボクは遺影の前に自分の持っていたペンダントを置き立ち上がった。

 
 そして静かに階段を下りていった。


 


 


 

嘘と偽る者

 ありがとうございました。

嘘と偽る者

スキルス胃癌の母を持つ、中学1年生男子の物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted