egoist

「死んだ人の気持ちを理解するのは難しいことだと思いませんか?」
彼は肩にかかりそうな髪を鬱陶しそうに払いながら、私に聞いた。

窓の外で雨がぽつぽつと降っているのがわかった。下を見ると小走りに駅の方向に向かっている人が見えた。

私は窓に手を付きながら横で窓にもたれかかっている彼を見ながら言った。


「そうね。死んだ人のことなんてわかりっこないもの。」
私はいつも彼を満足させる返答が出来たか不安になる。
でも、多分、彼を満足はさせてはいないんだろうと思う。直接、つまらない、だとかは言われたことはないが、きっとそうだと思う。私には説明が出来ない奇妙な気持を感じていた。
彼は博識だから。私よりもずっと賢い人だった。


「そうですね。何にもわからない。でも、今、僕たちがいる状況は過去の人と同じ状況なんです。」

「過去?それはどのくらい昔のこと?」

「ずっと昔です。僕たちが生まれるずっと昔。」
彼は俯きながらつぶやくように言った。それはまるで自分にいい聞かせてるように聞こえた。

私は知っている。彼が後悔していることも、誰かに救いを求めていることも、自分が救われるような人間でもないことを。
私はそれが悲しかった。自分は後悔している彼を救ってあげることも、自分が人を救ってあげられる出来た人間じゃないことも。

「あなたはどう思いますか?過去の人間は…」

「…幸せだったか?」私は彼が答えるより先に聞いた。彼は深く頷いてくれた。どうやら今度は満足させることが出来たらしい。

私は答えた。
「幸せだった、きっと。」                                          


「上らの命令で、君を黒瀬班への移動が決まった。無論、君に拒否権はない。」
厳格な雰囲気を身にまとった上司は無慈悲にも私、紫藤汐にそう伝えた。

去年の春から就職することになった政府直属の『JSC』はあらゆる分野に特化した人間を抱え込む研究所だ。
しかし、私は特に才能があるわけでもない、凡人であり、なぜ就職倍率の高いこの会社に就職できたのか、今だに謎だった。
少しばかり勉強は出来たが、ここに来てしまえば上には上がいるのだと嫌でも感じさせられた。
そんなこんなで何とか一年たって、自分が所属していた研究チームになじんできた頃に、部署移動を告げられてしまったのである。
しかも、それが『黒瀬班』だったのだから、ただただ自分の運の悪さを嘆くしかなかったのである。
噂に聞くのは、拷問道具に使う薬品を作ってるだとか、宇宙人と交信してるだとか信憑性の無いものばかりだ。
要は、誰も黒瀬班の任務を知る者はいないのだ。
そんな所に飛ばされるなんて、自分が何かしでかしてしまったのかとここ最近の事を思い出すが、特に該当することはなかった。
しかし命令は命令なので、ダンボールに自分の私物を詰め始めた。

「何、ぼーっとしてるの?あぁ、黒瀬班に行ける喜びを噛みしめてるわけだ。」
そう茶化してきたのは同じ研究チームの吉田美琴だった。ちょうどダンボールを詰め終わり一息入れてる時だった。
美琴とは入社してからの付き合いだが、気心を知れる仲だった。美琴は見た目は金髪のピアスをチャラチャラつけたヤンキーぽいのだが、かなりの天才で、このチームの中心人物とも言える。研究チームにはそれぞれリーダーと言われる人物がいるのだが、そのリーダーよりも群を抜いて優秀だった。
そのせいでわが班のリーダーからは嫌がらせを受けていたが、全く気にする様子はなかった。
それだけ、美琴はポジティブな性格を持ち主なのだ。

「なんで、喜びを噛みしめなきゃいけないのよ!あの黒瀬班に移動なんだよ?最悪でしょ…」
悪態をついた私にぽかんとした顔を美琴は向けてきた。その後すぐにいつもの人をからかう目で見てきた。
「あんた黒瀬班のこと知らないんでしょ?まぁ、汐ってそういうことに興味なさそうだもんね~。」
「そういうことって?黒瀬班が何について研究してるかってこと、美琴は知ってるの?」
「違う違う!研究についてはほとんどシークレットでしょ、あそこの班は。」
シークレットって…まるでスパイ映画の様な現実味のない言葉だと思った。美琴は何について知っているのか、気になったので話を促した。
「あの黒瀬班はうちの会社の女子社員が移動したい部署№1なんだから!」
「なんで!?」
美琴はもったいぶった後教えてくれた。
「あそこのリーダー、ものすごいイケメンなんだから♪」
…………まったく、興味なし                             


その日のうちに早々と移動することになった。
美琴はにやにやしながら私を送りだしたかと思えば、いきなり真面目な顔して、今日、飲みに行かないかと誘ってきた。私もそんな気分だったから待ち合わせはメールするねと告げると、黒瀬班に向かった。

私がいたのは204号室の研究チームだったが、黒瀬班は地下一階のB3号室だった。なかなか地下に行くことはないので、なかなか新鮮な気分だ。エレベータに乗り込むと、先に乗っていた男性と目があった。その男性は中性的な顔立ちで、美しい人だと見た瞬間に思った。私は美琴が思ってるより、ずっとそういった事に興味がないんだと時々感じる。
女は一人でも生きていけるってことを証明したいという気持ちが大きくなったのは両親の離婚が原因だろう。

隣に乗り込み、向う先のボタンを押そうとしたが、もう押されていることに気づき、ダンボールを持ち直した。

「…パスは?」
一瞬、どこから聞こえたのか分からなかった。だけどこの空間には私と男性しかいないので、はっとなって答えた。
「…パ、パス?・・・・・・・・パスが必要なんですか?」
私はパスを貰っていなかった。というか、元上司はそんなものくれなかった。慌てた私はどうしようかと冷や汗をかいていると
「…君って、今日から黒瀬班の紫藤汐?」
なぜ私の名前を知っているのだろうか…。初対面のはずなのに彼は私の名前を知っていることに驚きを隠せなかった。
「…そこまで驚くな。俺は黒瀬班のリーダーの伊吹蓮だ。」
私はそんな顔をしていたのかと、少し反省した。美琴が言っていた通りに美形だから、直ぐに気づけばよかったものを、今回ばかりは自分の疎さを呪う。
「すいません。今日からお世話になる紫藤汐です。どうぞよろしくお願いします。」
最初が肝心だから、ここはしっかり挨拶をすべきだと思ったが、私の予想に反して新しい上司は私の顔を見ると、直ぐに前に向き直ってしまった。失礼な人だと思ったけど、ここはぐっとこらえるのが得策だと自分に言い聞かせた。初日から怒らせていいことなんてなにもないだろう。
無言のままエレベーターは地下に降りていった。息苦しいこの密室で何か話したほうがいいかと思ったが、もっと雰囲気が悪くなりそうだったのでやめた。
地下Bに着くと足早に伊吹が下りた。私は初めての場所だったので、ついて行かないと迷子になると感じ、伊吹の後を追いかけた。

地下は気味が悪いくらい静かだった。地下の壁は地上の廊下と違って、鉄でできており、通路の幅はとても広く感じられた。照明も薄暗く外部からの光がないためもっと暗く感じた。天井かいくつものパイプがずっと先まで延びていた。
私がきょろきょろしながら伊吹の後について行くと、目的地のB3の前まで来ていた。
B3と書かれたドアに貼ってあるプレートの下に黒瀬班と書かれていた。ふと、私はあることを疑問に覚えた。大体の研究チームはそのリーダーの苗字を取って命名されるのがほとんどである。実際、私が美琴を同じ研究チームに入った時は、リーダーが鈴木だったので、鈴木班だったが、ちょうど半年前にリーダーが高橋になったので高橋班とまた改名された。研究チームによってはころころ名前が変わるものなのだ。しかし、黒瀬班は私が入ってきたときから改名されていないし、今現在、黒瀬班のリーダーは伊吹だ。普通だったら伊吹班になるはずなのだが…。なにか理由があるのか気になった。そのことを聞こうとしたが、伊吹はドアを開け、ひとりで入って行ってしまった。
なんだか絡みずらい人の下で働くのかと思うと、憂鬱になるが、それはもう腹をくくるしかなさそうだった。
私は、一つ深呼吸してドアのぶを回した。


「今回の要因は日本国があまりにも科学技術を進展させたことにある。人間がコツコツと積み上げてきたことを踏み台に異様とも言える発達を促したこと。それは最初、世界的にも素晴らしい偉業だ、なんてはやし立てられた。でも、蓋を開けてみれば、それは恐ろしいことだった。あんなものを作り出してしまうなんて誰が予想できただろうか?例え神だったとしても予言することはできなかっただろう。神を超えたんだ、奴らは。」


西暦2050年

日本はあるものを最新鋭の科学技術で作りだした。その研究チームはたった一年でそれを生み出した。
その研究チームは『黒瀬班』と言った。黒瀬班は西暦2030年に作られたチームだった。
今まではぱっとしないチームだった。輝かしい経歴もなければ、優秀な人材も特に輩出してはいなかった。しかし、西暦2049年に一人の人物がそのチームの一員になってからだった。ものの一年で飛躍的に研究成果をあげた。
そしてついでかのようにあの世界を敵にまわした異物を作り上げた。

それは人間の形をした兵器。

人間のようにしなやかなボディを持ち、人間のように話す、兵器。

なぜ、そこまで世界に嫌われてしまったのか首をかしげる兵器。


それからすぐに日本国は世界から隔離されてしまった。
黒瀬班は大変な事をしたと感じた。早く、この兵器を壊してしまわなければ。
しかし、日本国のトップはこう言った。


「無視するなんてまるで小学生のようですね。そんな世界は無くなってしまえばいい。」


黒瀬班に命じられたこと。   それは替えの聞く人間型兵器の大量生産だった。
                                                     

部屋の中は、廊下に比べたら明るかったが、やはり薄暗かった。
置いてあるものは大体前にいた研究室と同じだったが、人数が著しく少ない。
勿論、研究班によるが、ここには伊吹を含めて5人しかいなかった。
それぞれ私を見る目が違うのを感じた。しかしその中に好意が無いのは何と無く分かった。
全く場違いな場所に来てしまったと改めて感じたが、噂からしてみれば仕方ない事だ。腹を括って、私は前に向き直った。
「今日からお世話になります、紫藤汐です。どうぞ宜しくお願いします。」我ながら形にはまった挨拶だが、無難な事は間違えないだろう。
なかなか広い部屋だったが、どこに居ても聞き取れるぐらいの大きさの声で自己紹介したと思ったのだが、この部屋の住人は聞き取れなかったのか、または私に興味が無いのか無反応だった。別に拍手なんて望んでいなかったが、ここまであからさまに歓迎されていない感じが出てると悲しさより呆れてしまった。まぁ、噂には聞いていたからこんなものかと納得し伊吹に向き直った。
「あの…私の席はどこですか?」
「君の席の前に案内する場所がある。荷物は適当に置いとけ。行くぞ。」伊吹は淡々と私に言うとさっさと部屋に出て行ってしまった。席について少し荷物の整理をしたかったのだがしょうがない。私は扉の向こうに消えていった伊吹を追いかけていった。

「黒瀬班の研究は他の班に比べるとあまり公には公開されていない。そのぐらいの事は知ってるだろ?」伊吹は私の顔を見ずにそう言った。私は黒瀬班のあまり良くない噂を思い出した。だが、公にしない理由が信憑性のない噂で決めつけるわけにはいかない。
「黒瀬班に移動になりましたが、黒瀬班が何の研究をしているのか、私は分かりません。‥どのような研究をなさってるのですか?」当たり前の事だが、黒瀬班になったからには何をしてるのか知らなければならない。私は伊吹の横顔を見ながらそう答えた。しかし、伊吹は先程よりも更に暗い顔をして言った。
「‥中途半端な気持ちで黒瀬班に来たのなら辞めた方が良い。」私は伊吹の言った意味が良く分からなかった。確かに黒瀬班に来た事は自分の意思ではないし、どちらかというと来たくはなかったというのが本音だった。しかし、仮にもJSCに勤めている身としては、例え得意ではない分野の研究をしている班でも任が降りれば一生懸命に働いて結果を残す。それが私の入社してからのポリシーだった。

egoist

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二人の人間が後悔しているお話。 誰でも後悔することがあるけど、この二人はあまりにも大きな罪を背負ってしまった。 人は時に生きるのと同じくらい、死ぬことに勇気を必要とする。 死は尊いもの。 それを認めるのに時間がかかった二人のお話。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-19

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