光と音楽とからだの詩集
身体性と非身体性の融解と抛棄という祈りの歌。
挨拶
1
ぼくは詩人 青津亮
きょうも青空がうつくしい──
死ぬには けだしうってつけの日
ぼくは生きよう 空をながるる心のままに!
2
詩人というのはさみしい種族
野原を彷徨う やつれた夢想家
暗みの奥を清ませて往ければ
疵負ううごきは たやすいさ!
3
お希いです お希いです──
ぼくを シモーヌの墓迄連れてって──
ぼくがシモーヌの愛したかのひとを
おなじ色彩して 愛せますように──
4
ぼくは詩人 青津亮
月硝子の城へうでふる シオマネキ
祈りにとぢる羽はためかす
飛ぶことのできぬ 黒鳥…
青の十四行詩
青は尚も君を嫋やかにとらえる
斃れるがように君の影をうすらぎ薙げ
薫る硝子音楽は恰も君を手折るよう
さながら早乙女の燈す歯止めに躰を已まね
はや根に沈む水晶に殊更に心を病ます
とくと梳く水音はさわやかに君が身を切る
青は尚も君をあをやかな姿へ剥がさず
青は彗星曳く毎殊にそよぐ幻として去る
青は尚も君を手折らんと空涙のゆび揺らす
青よ尚も君を手折らんと空涙のゆび揺らせ
青は尚も君を手折らんと空涙のゆび揺らす
斃れるがように君の影をうすらぎ薙げ
薫る硝子音楽は恰も君を手折るよう
青は尚も君を嫋やかにとらえ瑕記す真白へ
死の初夜
わたしの生れ落ちた日はけだし死の初夜であった
処女なる不潔のからだは死装束のシイツに巻かれて了った
終末のイマージュをすら孕む絶世の黎明がましろのそれに射して了った
貞操を護りきれなかったわたしは悔恨し 冷然硬質の水晶は歌を呻いた
犬死と云うまっしろな天蓋の背と婚約したわたしは
死と云う運命の旦那は切り裂き分断することによって
薔薇の疵口としての部分のみと結婚しえることを知ることができた
わたしは恋人を吟味するように 死に方を一つひとつ注視したのだった
わたしは生れ落ちるまえの追憶と綾織られてみたく
それがはや実在としてこの世にあるがために不在であることを淋しむ
わたしは幾たびか恋愛の影を肉ですすりとったが
最後の御方こそ永遠のひと──わたしはかれと永久という無名へ侍る
かの幾夜いくやはわたしには夢とし想いおこしえる
なぜと云いその風景は実在するからで からだを音楽するからだ
わたしは最期にかの御方と結われるためにわが身を清楚へと剥く
からだすら光の清んだ淡い水へ変容させねばいけない──不可能
*
死の初夜のためにわたしは肉を俗悪に浸し穢し毀さねばいけない
黎明と世紀末の結びえぬ混濁風景に身を投げ 疎外にいたまねばいけない
わたしはつよくやさしくなりたい
風のからだに、火がみえた!
火の衣装を着てくるまれて、のたうつごとに綺麗であって──
剥がれるように風が裂け、綾織りしなり、瑕に離れ…
非情の火焔、それ風のからだを武装する。躰よ 手折られるな──
風は硝子を打つためにある、火により争う空気の傀儡、
されど心の裡の火は、優しく澄まねば不可ないのです──
火は酷・残忍 霊を発火させる断末魔、
風が優しくあるために、火を負う命が躰にはある──
光よ 光、火を徹せ。からだの風に、
ふっくらと 拡がるように射しこんで──一途の優しさは、
天より射し 火に磨かれたからだへ透く、
して、きんと撥ねられ、瑕に磨いた水晶の光を明けわたす…
*
御月様 御月様… わたしの希は、唯ひとつ、
──わたしはつよく優しくなりたい。
ぼくは老ジュリエット
ぼくは名もなき ジュリエット、
隣に死せる恋人の 後追いしなかったジュリエット
ぼくは名もなき ジュリエット、
青春の孤独の真空に、左足うずめてじたばた躍るジュリエット
かれは名のある かのロミオ、
若さに殉じた青春の詩人 それ信じないのがジュリエット
かれは名のある かのロミオ、
水晶にかの名が吐息する 憐れへ火と荒げ噴くのがジュリエット
ぼく等 追憶で恋人だった、
生きて愛して愛されて かれは死に、醜く生きるのがジュリエット
垂れ流された 宴の姫なぞであるものか!
されどかの名のかの死への 侮辱を許さぬジュリエット
*
幾度もかの名を蹴ろうとしたが、抱き睡り泣くのがジュリエット
その俗悪の火に爛れてる、右足引き摺り歌い転げる老ジュリエット
卵をつつむ
てくびをちかづけてください
かぼそい 雨の伝うようなてくびを──
双つのてのひらを向い合せ そっと
指先を絡ませてください つがうように──
されば やどる卵をつつむと想い、
そのからだ 大切にあたためてください、
それを光へ音楽して 物を霧と消して──
さすれば 辷るように てのひらを合せて──
きづいてくだいますか──
あなたは そんなに美しいからだをしている
先刻の身振は音楽を踊る時計の針のように綺麗だった
祈りとは 先刻の玻璃の針の重なりです、
わたしは信じたいのです──
わたしたちは 祈るように生きることができるということを。
光としてのわたしのからだ
わたしというからだは宇宙という暗闇から生れた光である、
雨音が木漏れ日さながらに葉むらへ射すように、
何時の日かわたしは落ちてきたのだった、
硬質な──
からん、の音色で。
光がひきはなされるように 毀れて飛来してきた。
されば月が射すように あおく きいろく、
からだは地上でほうっと光として立っているのだ、
わたしのからだのうごきとは、
光が音楽に波寄せる現象であり、音楽にうごかされる光と硝子の
散らす火花、それも亦音楽、光という肉との共同舞踊、
からだというわたしは水晶にしがみついた殻だ、
陽を反映しぱりぱりと剥がれる雲母のような殻は光だ、
中核としての水晶は殻にそっけなく、
殻というからだは 光なき光としての水晶の睡るを愛する、
睡る、
睡る、を 愛する
祈りは睡りへのとざされた眸、
わたしという水晶にはましろのアネモネの花畑が睡る、孕む、
それ 宇宙という暗みに侍るように陰翳されている いつも。
わたしというからだは
淋しいほどにめざめている、いつや睡る、
瞼という帳をそっと降ろすゆびさきは水晶とおなじいろ、
空ゆれるきらきらと音楽するそよかぜ、空という全体のからだ、
わたしという光はなき光を抱く──祈り。
こころ、は 愛するためにあり
水晶、は 祈られるためにあり からだ は、祈るためにある。
からだの水晶へのしがみつきは──
水晶にからだが孕むということ、
からだが光だということ、やっぱりからだが、光だということ。
夢の詩の夢、亦夢
わたしの淋しさにはりつめている睡る水晶は、
はや 真暗に清んでいると歌うことができない、
飛沫のような銀の音楽がそれを瑕つけてきたけれど、
暗みに曳かれ奥へ往く一条の光は、裾をひるがえした。
わたしの淋しさをいきれする睡る水晶は、
はや まっさらな暗闇に磨れてめざめはしない、
真夜中こそわたしの冷然硬質な水晶が眸へ剥かれる時、
されど暗みから昇り沈むような無辜は、嗚何処に奔った?
むせかえるような完全な憧れは 青薔薇の吐くいきれ
むっと充ちみちる豪奢なる一条への放擲、全的なそれ
滅亡へ投げこまれた槍としての希望ははや見失い、茫然。
歌こそ 嗚、歌こそがわたしの夢であり 単調であった、
如何なる計算された宗教画のタイルよりもわが身惹く、
単調な線 無個性な光 匿名の音楽──わたしには詩が夢だった。
*
わたしは夢の裡で詩をみいだし 詩で夢を曳のばし、
おそらくやその真暗な國から失墜するだろう それがわたしの夢。
お空をみましょう
青空をみましょう、
碧いお空を眺めましょう、
ほら 銀の瞼がまばたきをしました、
刹那が砕けましたね 久遠が此方を覗きこみました。
夜空をみましょう、
蒼銀のお空を眺めましょう、
ほら お月様が涙音を立てて暗みに清まれた街を濡らしてる、
ぼくは刹那を抱きしめます 久遠が砕けて眸に張った。
*
三十男のやつれた瞼から
病的な憔悴の光が垂れ落ちている、糊のように。
御空を眺め、躰が質量失いふわと空気に変容し、
宇宙へ飛翔んだ、久遠の無へ飛翔んだ!──地に視線は項垂れて。
烏よ さよならを教えて
さよなら、
打ち棄てられ 淋しさの高空を泳ぐ烏、
真暗に清んだ神経の闇をただよう 薄気味わるげな少年…
──さよなら、さよなら…!
さよなら、
うす暗闇の神経痛に痛み、淋しさに傷み、
無き城へ黒翼を撥ねるようにし祈りに悼む 風景と分離した翳…
──さよなら、さよなら…!
さよなら、
夕陽に炎ゆり夢に砕ける街に 冷たげに弧を曳いた、
あなただけのあなたの生きた孤独の翳、地に臥す肉の骸…
──さよなら、さよなら…!
さようなら、さようなら、
さようなら、さようなら…!
幾たびも翳を吐き呻いた別れの歌を 光無き風景を…
喪失に「亦逢いましたね」と笑み浮べ無を抱きすくめる。
*
黄昏にうで振る無為な暗みの一個よ 烏よ、
さよならを教えて 火のように昇る、無き憧憬へのそれを…
ぼくは齢をとった
少年の 甘やかな夢想のうえに、
ましろき水音の花束が降った 月の織重なる行進で。
仰ぐ純潔な頬に 花の柔かい切先が落ちてきた…
跡には白き灰が残光している 夢の頬は双掌に包まれている──
*
背を折りまげ 躰をごつごつ膨らせた中年男が
そがこぢんまりな水溜の夢想を ビルの如き腹の翳に蔽い
嘗ての薄明のしろき落葉を拭った、嗤う現実の傷穴が晒された、
かれは一個の神経と変容する──清む光は神経で、神経に番う。
*
純粋さを求めるなら、現実を、塗るな。
その本性まで、傷みながら、剥け。──ぼくは齢をとって了った。
いとけない歌
とく、
と 雨音のぴあにずむ
わたくしの 心象湖へさらり落つ
して追懐になみうち 嘗ての想い翳と浮ぶ
溶く、
わたしの硬き砕けた心のタイル
やぶれかぶれに破き散らしたかの迷夢
しずしずと 雨のたたくゆびに水の幻と往く
解く、
久遠の火は水と往き土に墜落、
溶けぬ淋しさの円舞に永遠の音楽を解けぬ
無数のさみしさの円舞の線が錚々と冴えてかさなる
梳く、
寂しき線描画がしんと重奏曳く
命の火を刹那と抱く永遠が髪を梳く如く
とくと雨音の沈黙が永遠を照らす幾千の音楽は追憶
*
とけない とけない とけませぬ
いとけない無垢の幾千の幾線は梳けぬゆえ
憧れの説く淋しき無音の通奏の一切が熔けぬ
水晶の毀し曳くぴあのは弾けませぬ永遠はわたしに解けませぬ か──?
嵐の神経の叙事
たおやかにあらしのしなりたれて、
おりたたむようにするりとながれ、
あでやかなるつやすべらせるかぜ、
ゆうえんなちりのちりぢりとふけ。
かぜならすすべらかさにしなだれ、
なれしたうあらしすむさやかなれ。
*
雷鳴 破裂の幻惑による現実の破壊の射す途、
雷鳴 晴れ渡るように刺激に満ちる未知の路。
*
往け たおやかな嵐に手折られ斃れる路上へ、
幻惑と惑溺しほうっとほのかに縹渺に照る燕。
誰もわたしを愛さないで
誰か わたしを愛してください
いいえ いいえ わたしをけっして愛さないで
誰か わたしを愛してください
それをわたしは禁じたのだ(愛されるなら仕様がないけど)
誰か わたしを愛してください
いいえ いいえ わたしは不在の裡でひとを愛さなきゃ
誰か わたしを愛してください
あなたの「わたし」を愛して わたしなんかを愛さないで
*
神秘の青い理念は 肉から昇る真紅の鮮血と綾織り
アメジストの硬質な反映をあげながら そらへ昇るらしいです
わたしの憧れは菫色 ルネ・ヴィヴィアンをご存知ですか?
思想には 血が降らなければいけません すれば月光降るのでしょう
或る男の弱さ
しなやかなダーク・ソリッドの生地は
貴方の逞しい躰の線をちから強くうごくものと
強調するように男性とし縛るようです、
眼元は真直ぐをみすえ、すくと屹立しております。
されどきゃしゃな薔薇のにおひが致します、
甘美な苛立ち 銀の暴力の兆、
うす闇の深奥で不安な波紋にゆら揺れて、
Roseの柔らかい不穏 硬い躰に引き締めております。
硬質なphysicalは調和に向いておりません、
貴方が嵐の風景にあれば、硬い鉄塔が聳えたち、
雨風のままに疵を負い、果ては斃れもするでしょう。
体臭と交じる きゃしゃな薔薇のにおひが致します、
やわっこい尻穴から薫るがようでございます、
甘えた薔薇の媚──発達した筋肉にひくひく秘めるよう。
告白させてください
お願いです──貴女の素敵なところの話、
どうか聴いてほしいのです
稀有に線曳く個性の美、澄む透明の無個性の美の、
綾織る光のうつろいを
貴女の 洗練に沈む抑制され、
センスの佳い装飾には
貴女固有の背骨のレリーフの美、
ほうっと浮ばせ月へ射し照らしております
貴女の しなやかに優美な陰翳をうつろわす
躰の線には
人体の現す美の等しさと、
貴女だけの特別な美を光と音楽で結んでおります
貴女の 厳しくも優しい
切ない性情には
貴女だけのひたむきな、
美と善のうごきを反復の流星と曳いております
貴女の もっとも深みの領域に睡る
魂には
なべて人間にひとしく宿る、
真白のアネモネの美を林立させております
*
僕の信仰を もしや聴いてくださいますか?
それはね──「愛する」と「信じる」は、まったく同じだということ
噛み煙草
幾たびも、苦みと苦痛を噛み潰し、
頭をクラクラとさすいたみに酔うがように
私は片恋の現実を 歯で砕く、押し潰す、
吐きだした浮遊する煙は ふしぎにしんとしている。
かのひとのオマージュはとおくで耀いている、
ましろい霞で ほうっと姿が浮んで消え、星と散り、
はや逢うことなきひと、オレンジの香気のみが漂ってくる、
幻 私の切情と綾織り棚引いて、刹那の空に、久遠を一瞬間照らす。
転調──私は悲哀の騎兵隊に衝き動かされました、
不穏な 渦巻く、黒いサイケデリックな宗教音楽がいたします、
めくるめく淋しさの空白に わが身音なく突き落されたのです…
されば私は、片恋という生涯の呪い、
不在の現実を 理想の不在を、慈しみながら噛み砕く、
私は淋しさに死にたい想いをするから──そいつを生の意味にした。
晩年の寝台
1
わが青年期とは晩年で、僕はさまざまを諦めてきたのだ、
悩ましい淋しさ、ひき離す諦念が、まるでわが青春であったのだ、
幾重にも織り込まれた衣 ゆびで剥がすがように、
糸を逐一注視して 解いては棄て、連続されえない解れの連続、
──えられなかった遠くの光は、なんと綺麗であったこと!
やがて残ったのは、呻きにも似た光を毀す一欠片、
透明に燦る水晶で、真白の花畑を仄かに反映している、
月照れば ほんのりと薫るようにして、青みを翳と投げもする。
2
僕は寝台にそれを置いてみて、引き剥がされた切情のままに
かの憧れの香気を曳くパルファンを そっと光と落してもみる、
「わたし」が音楽に喚び起される──「わたしは、歌いたい」
僕はこの本心がなによりもいとしく、はや かわゆらしく想う、
水晶の映すものは なべてひとびとの深奥に林立する風景である、
僕はそう信じている、つまり、信じたいほどその風景を愛していて、
愛してしまうほどに信じていて、「愛」と「信仰」はシノニムだと、
この言説をも僕愛し信じて、この情愛 剥がされた魂の結びつきの欲?
3
僕、さまざまを抛り、瑕つき、淋しさにいたむ諦念の全身を、
その声と香気の満ちるふっくらとした寝台に どっと横臥そう、
水音墜落するように昇る詩を歌おう、されば光の降るを俟とう、
たとい犬死した魂をも褒めてくださる、月の光の降るを俟とう。
光と音楽とからだの詩集