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朝五時。携帯のアラームが鳴り、布団の中から手を伸ばしてベッド隣の机に置いてある携帯を掴んで止めた。
三月になり日中は大分暖かくなったけど、朝はまだまだ寒くて伸ばした手を再び布団の中に戻し、しばらくもぞもぞとすること約十分。ようやく起き上がり、顔を洗うためお風呂場兼洗面所に寝ぼけながら向かう。
着いたら洗面台の蛇口を開けて水を出し、手に溜めて顔を洗う。水はキンと冷たくて、それで二、三度洗えば嫌でも目が覚めた。 
顔を洗い終わったら次は台所に向かい、昨日買って電子レンジにしまってあるクロワッサンを別皿に取り出して温める。その間にやかんに水を入れ沸かすのと、マグカップに紅茶のティーバッグを入れておく。
それらの準備をし終えたところで電子レンジが鳴ったので、中からクロワッサンを乗せた皿を取り出すとバターの香りが部屋中に漂って、無意識におなかが鳴ってしまったので、先に一個かじった。バリッとした触感とバターの香りがたまらなく美味しいが、(朝からクロワッサンは少し重たいな)と感じた。
そこに丁度お湯が沸く音がして私は火を止める。そしてお湯をマグカップに注いで適当な小皿でふたをして一分。一分経ったらティーバッグはそのままで冷蔵庫から牛乳を取り出して、ミルクティーの出来上がり。
私は待ちきれず、しかしゆっくりと飲む。紅茶の苦味と軽やかな香りがクロワッサンに良く合う。立ちながら食べるのは行儀悪いかもしれないが、私だけしかいないので問題なし。そうしてあっという間に三個平らげ、紅茶をゆっくりと時間をかけて飲み終えた。

これが私の朝。いつもじゃないけど大体こんな感じ。そこに休日だけ、もう一つ日課がある。
一旦寝室部屋に戻って、着替えを済ませコートを着込み、最後に机の上に置いてあるカメラを手に取り部屋を出る。
外は二月までの寒さはなくて、ほんのりとした暖かさの中に寒さがいるおかげで、朝早くの外出もそこまでの苦ではなかった。
そして私は駅に向かい歩き出す。早起きして朝の空いている電車に乗り込み、適当な駅で降りてその周りを写真を撮りながら歩く。それが休日のもう一つの日課。もちろんこうして歩いている間も、目に留まった景色があればフィルムに収める。
仕事だとキャノンの「EOS 5D Mark Ⅳ」にズームレンズを使うけど、私事は「ライツミノルタCL」に単焦点レンズという、最新と旧世代の機材を使っている。デジタル機材は多機能で、撮ってすぐに写真を確認できるから、失敗があまりできない“仕事としての写真”を撮る時は使うけど、そればかり使うと機材に頼っている感覚というか、何か一枚薄いフィルターを通して撮影をしている感覚がしてならない。
だから休みの日はフィルムカメラを使って、“作品としての写真”を作る技術と感性を養っていることにしている。

そんなこんなで駅に着いて、改札にスマホをかざす。まだ朝の六時前なのに、学生と思う人やスーツ姿の人、大きいキャリーケースを引いている人、いろんな人が集まっていた。
私はホームに降りる階段を下りきった所にある椅子に座った。そこから電光掲示板を見上げると、後十分くらいで電車が来るみたいだけど、急ぐことはないので次のに乗る。ホームには改札にいた人達が電車待ちをしていた。皆一様にスマホを触っていて、なにか真剣に打ちこんでいた。それにカメラを向けシャッターを切る。短く控えめなシャッター音が鳴り、フィルムを巻き上げる。
そうして待っているとホームに電車が来るアナウンスが流れて、ほどなく電車がやって来た。
風圧で私の髪が自由気ままになる中、車内から人がぽつぽつと降りて、待っていた人達全員が代わりに乗り込んだ。
お客さんを収めた電車は再び加速を始め、駅から遠ざかって行く。ホームには私だけが残った。
かと思いきや、次の電車を待つ人達が、改札からホームに降りてきた。やっぱりこの時間帯は似たような人が多かった。

次の電車もやはり十分程度でやってきて、私はそれに乗り込む。
朝の電車は座席を選び放題なのが一番嬉しい。もう何時間かしたらそれどころではなく、この空いている車内いっぱいに人が詰め込まれる地獄になる。

「だから朝早い電車は、私の中では特別感があるんだよなぁ」

それが休日に乗るともなれば、格別この上ない。
車内に目をやると、斜め向かいの学生さん二人組が、何やらふせんだらけの本をお互い突き合わせていた。

「あの、突然ごめんなさい。そのままで良いので、写真を撮っても構いませんか?」

私はカメラを二人組に見せながら、撮影の許可を小声で申し出た。

「え? 写真ですか?」

片方の学生さんが、驚きながら聞き返してきた。

「えぇ。どこかに出したりじゃなくて、個人的に撮らせてもらいたいです。いきなりですいません」

「全然構いませんよ。ね、良いよね?」

片方の学生さんは、もう片方の学生さんに確認をしてくれた。

「うん。大丈夫」

「だそうです」

「ありがとう。じゃあ、そのままでお願いします。お邪魔してすいません」

会話は終わり、学生さん二人組はまた本に視線を戻した。
私は学生さんに意識を向けず、外を眺めていた。

『間もなく、桜台、桜台です。降り口は左です』

車掌さんのアナウンスが響いて、降りる気配の何人かが準備をし始めていた。幸い、学生さん二人組は降りないでいてくれた。
駅に着き、ドアが開いて降りる人達。それにカメラを向け、シャッターを切る。

「タイトルは『一日の始まり』かな」

「あの」

降りる人達からカメラを下ろして、正面に向き直すと、さっきの学生さん二人組が声をかけてきた。

「あ、はい。なんでしょう?」

私は少し慌てて答えた。

「隣、座ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

私は少しずれて、学生さんのスペースを作った。車内は少し混み出してきていた。

電車が再び動き出し始め、体に加速の重みが加わる。

「お二人はどこまで?」

左隣りに座った学生さんに質問をしてみた。

「池袋までです。学校がそこなんです」

「ずいぶんと遠くまで通うね」

「お姉さんはどこまで行くんですか?」

「私は仕事がお休みだから、あてもなく」

へぇ、と学生さん二人組は息ぴったりだった。

「お姉さんはカメラマンっていうか、フォトグラファー? って言うお仕事の人なんですか?」

今度は学生さんが質問をしてきてくれた。

「カメラマンでもあり、フォトグラファーでもあるかな。どっちも半人前だけど」

私は苦笑いしながら答える。

「でもどうして私の仕事がそうだって、分かったの?」

「お姉さん、オシャレっていうか、いかにも『アーティスト』って感じの人だったので。それに普通、写真を撮らせて下さいなんて、人に頼まないですから」

あぁ、確かに。と私は納得した。普通の人はそんなことで見ず知らずの人に声をかけない。

「お姉さん。どうして私達を撮ろうと思ったんですか? 他にもあると思うんですけど……」

学生さんが不思議そうに質問をしてきたので、私はしばし考える。でも答えはすでにあった。

「『二人が一生懸命に見えたから』かな。そのふせんだらけの本、それを見つめる二人の眼差し。そして高校生。
人が輝く瞬間というか、熱を持つ瞬間は、何かに真剣に臨む時。それを二人から感じたから、思わず撮ろうと思いました」

こうして言葉にすると、恥ずかしくて、少し緊張もした。

「……あの、私達、来年受験で、それで一緒の大学に行きたくて、今から頑張っているんです。でも正直、私が足引っ張ってて、迷惑ばかりかけてしまっていて……」

左隣りの学生さんはぽつり、ぽつりと、言葉をこぼす。私は急のことでオロオロしてしまう。

「すいません。初対面で、こんな朝から重たい話を言ってしまって」

私はどう言葉をかけようか、迷っていた時だった。

「迷惑じゃないし、足を引っ張っているなんて、一度も思ったことないよ。私にもできない、苦手なこともある。それを助けてもらっているんだから、お互い足りないところを補っていこうよ。そして絶対合格して、大学行こうよ」

もう一人の学生さんの言葉が効いたのか、そちらを振り向き、パッと表情を変える。それは泣いてもいて、笑ってもいた。

そんな二人を私はフィルムに焼き付けた————


終点の池袋で、学生さん二人組とは別れた。その別れ際、二人の連絡先を頂いた。そして、

「私達、絶対合格します。合格して、大学に入学したら連絡するので、その時に写真を貰っても良いですか?」

と約束をした。もちろん私は二つ返事で了承した。その時、あの二人の学生さんはその写真を見返して、何を思ってくれるのかが、私は今から楽しみで、足取りが軽かった。

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写真は記録媒体です。同時に記憶媒体でもあります。
今時はスマホですぐ撮ってすぐに共有、公開できる便利な時代です。
しかし、それは記録に過ぎない物に成ってしまっているということでもあります。(まぁ、それが写真なのですが)
記録するだけではなく、撮った背景、きっかけも残せる、記憶媒体としてもあり続けてほしいなと思いながら、書かさせていただきました。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-22

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