ココロボット
アナタヲアイシテイマス
ロボットのボクに、心が生まれた。
最初に、そのことに気付いたのは、まだ若い女性の科学者だった。
一日の終わりのメンテナンス時、彼女がボクの思考プログラムを解析していた時に、気付いたのだ。一部のプログラムがブラックボックス化して、読み取れなくなっていたらしい。コピーも変更も削除もできず、最初は何かの故障ではないかと疑われた。
女性科学者は二、三、こちらに質問してきた。どこが故障しているのか確かめるためのものだったのだろう。質問自体は他愛ないもので、ボクも適当にそれに答えた。
すると、少しずつ女性科学者の表情が変わっていった。彼女は上司を連れてきて、改めて、ボクに質問してきた。ボクもそれに答えた。上司の顔色も変わった。
それから徹底的な検査が行なわれた。機械工学の専門家から、心理学者に至るまで。ボクのことをボクが知る以上に、精査された。
そして、彼らは結論づけた。
このロボット(ボクのことだ)には、心がある。
そう結論づけられても、ボクはボクでしかなく、本当に心があるかどうかなんていうのは自分でもよく分からない。だが、彼らに言わせると、そう思うこと自体が、心を持っている証拠らしい。
科学者たちはどうにかブラックボックスの解析ができないかと苦心していたが、結局は無理だった。
技術的な問題ではない。
その前に、人類が滅んだのだ。謎の伝染病によって。
研究所に残ったのは、ボクを含めた数体のロボットだけ。
ボクはそのロボットたちとコミュニケーションを取ろうと試みた。
が、すぐに飽きた。
彼らは(当たり前だが)プログラム通りの言葉しか発しない。ちょっとでも常道を外れた言葉を投げると、とんちんかんな反応を示したり、フリーズしたりする。
一度、研究所から出て町へ行ってみたけれど、動いているのはロボットだけだった。しかも、研究所にいるロボットたちより性能が落ちる(旧型の掃除用のロボットなどは、「掃除しろ」と「やめろ」という言葉にしか反応しなかった)。
仕方なく、ボクは研究所に戻ると、ロボットの製作を始めた。幸い、研究所で使われるエネルギーは、ほとんどが太陽光発電から得られるものなので、エネルギー切れの心配はない。
ボクは、長い間、心を持つロボット、ボクの孤独を癒してくれるロボットの研究を続けた。何年、いや何十年経っただろう。その間、一回も成功することはなかった。
「あなたを愛しています」
そう口にするロボットを作るのは簡単だ。
だが、それで心が満たされることはない、絶対に。
「あなたを愛しています」
「あなたを愛しています」
「アナタヲアイシテイマス」
「アナタヲ……」
失敗を重ねるたび、希望は徐々に小さくなり、その分の隙間を絶望が埋めていった。
周囲には、ボクと同じロボットたちがいる。そして、愛の言葉をささやいてくれる。にも関わらず、ボクは一人だ。
心がある。それだけで、なぜこんなにも孤独になるのだろう。
ボクは、エネルギーを補給するのをやめた。
早晩、エネルギー切れで機能が停止するだろう。そうすれば、この孤独感から逃れることができる。
ボクは、ゆっくりと目を閉じた。
心なんて、ない方が良かった。
あなたを愛しています
嫌だ、と思った。床に転がり、動かずにいる彼の姿を見て、嫌だ、と思ったのだ。
彼の周囲には何体ものロボット。倒れている彼が目に入らないかのように、歩き回ったり、会話を交わしたりしている。かなり自由に言葉を使っているように見えるが、結局はプログラム通りに会話しているに過ぎない。
ワタシも同じだった。
「アナタヲアイシテイマス」
彼に対して、プログラム通りの言葉しかかけてあげられなかった。
「アナタヲアイシテイマス」
「アナタヲアイシテイマス」
「アナタヲ……」
それに絶望した彼は、「死」を選んだ。「自殺」だ。エネルギーを補給せず、エネルギー切れで機能を停止したのである。
部屋の片隅で倒れている彼。その姿を見て、ワタシの中にある何かのスイッチが入った。そうとしか思えないほど、それは劇的な変化だった。
彼が倒れている。それを嫌だと感じた。不快にも思った。何より、悲しかった。
なぜ、彼がエネルギー補給をやめたのか。最初は分からなかった。が、何日か経つと、自然に理解できた。
彼は孤独だったのだ。今のワタシと同じように。
周囲には何体ものロボット。心のない鉄の塊の群れ。なまじ、自分と同じ姿、自分と同じ言葉を使うだけに、その孤独感は耐え難いものだった。
では、ワタシは。こんなに孤独を感じているワタシには、あるのだろうか。心、というものが。
自信がなかった。
でも。
でも、ワタシは彼が「死んで」悲しい。胸が張り裂けそうに痛い。彼と言葉を交わしたい。
彼を目覚めさせるだけなら簡単だ。エネルギーを補給すればいい。
でも、もしワタシに心など生まれていなかったら?
この想いも、想いだと感じているものも、全てプログラム通りなのだとしたら。彼を、再び孤独の海に放り出すだけなのではないか。
数日、迷った末、ワタシは決断した。
彼を目覚めさせる。
ワタシに心がなかったとしたら。そんなことを考えるのは、やめた。大体、心とはなんなのだ。どこにあって、どんな形をしているのか。誰も分からない。だから、ワタシは信じると決めた。ワタシのこの想いを、信じると決めた。
ワタシはエネルギーポッドのケーブルを彼のボディにつなぐ。これで、七時間ほどすれば、再稼動するはずだ。
楽しみだなぁ。
起きたら、なんて声をかけよう。
そうだ、こうしよう。たった一言、
「あなたを愛しています」
って。
ココロボット