イリュージョン
或る夜の話。
「面白いものを見せてあげよう」
常連の間で通称ミスラさん(無論あの有名な小説からである)は、ママのもらったブーケを取り上げて、店の暗い天井に向かって花束を放りあげた。
途端に花束がほどけて、花びらが鮮やかな赤金色の金魚に変わった。
「おー!」
「綺麗ねえ」
常連たちは口々に歓声をあげた。
金魚たちは、空中を優雅にひらひらと泳いでいた。
なかにはヒレが羽根になっている、魚だか鳥だか分からないのもいた。
金魚の泳ぐ何もない空間は、水のようにゆらゆらと店の照明を反射して、幻想的な光景へ変貌していた。
やがて金魚たちは皆、部屋の隅の暗がりや天井に消えて行った。
花束は綺麗に束ねられた、元のまんまに戻っていた。
ママは花を活けにいき、常連たちはめいめいまたお喋りに戻って行った。
ミスラさんは一人でグラスを傾け、微笑んでいた。
イリュージョン