功徳の茸

功徳の茸

茸指小説(掌編)です。

 高利貸しの家の門から出てきた男に、通りがかった知り合いが、なんでえ、おまえ、あんなごうつくじじいから金借りたのか、と声をかけた。
 ああ、ずいぶん借金があらあ
 もっと安いところがあるだろう
 へへ、うちの長屋の板塀に黄色い茸がでやがってよ、そいつがよ、今のうちに金借りろといったんでよ、借りたんだ。小金茸だ。
 茸がそんなこというわけはないだろ。
 あの黄色い茸がはえたときにゃいいことがあるんだよ。貧乏人の味方だぜ。
 その日、金貸しじいさんは、庭の池の脇に背の低い大きな傘の茶色い茸がでているのをみつけた。
 きたないね、こんな茸が生えちまって、庭がみっともなくなるじゃないか。
 じいさんは茸を踏みつぶした。そのとたん下駄の鼻緒がきれてころんじまった。腰をうつは、足首はねじるは。痛くて立ち上がれない。
 大きな声で番頭を呼んだ。
 番頭はじいさんをかついで、部屋に運んだ。足腰に湿布を貼ると医者をよんだ。
 医者はおとなしく寝ているように言った。

 夜中の十二時をすぎた。やけに静かだ。物音一つしない。じいさんは足腰が痛くて眠れなかった。
 障子がすすすと開いた。
 なんだい、だれだい
じいさんは枕の上で、首を横にして障子を見た。
 月の光に照らされて、入ってきたのは、茸だった。
 庭に生えていた茶色い茸と違って、背の高い茸だ。
 赤色の傘に白い柄、裾には白い壷がある。紅天狗茸に似ている。ただ傘に白いぽちぽちがない。
 じいさんの枕元にむかって摺り足でやってくる。茸の奴は一本足だ、そいつが、前のめりになって、壷をはいた足をすううっと前にもってきて、また前のめりになって、壷をすううと前にもってきて、そうやって、やっとじいさんの脇についた。
 じいさんはなんだこの茸は、とよく見るために体を横にし。いて、足首がぎゅーんと痛んだ。また上向けになった。
 枕元にきた赤色い茸がぷるんと揺れた。
 おい、赤い傘は目障りだな、じいさんが横目で茸に言った。
 だいたいなにしにやってきたんだ。
 庭に生えたくそ汚い茶色い茸を踏みつぶそうとしてすっころんじまった。茸は嫌いだ。おかげで足は捻挫、腰を打つし、ほら、こんなに包帯をまかれちまった。じいさんは左足を布団から出して茸にみせようとした。
 そのとたんまたまた激痛が走った。
 赤い茸は傘をぱくぱくさせた。笑っているようだ。
 庭の茸の代わりに、お前が謝りにきたんだな。だいたい俺のうちの庭に勝手に生えやがって。そうだろう、謝りにきたんだな。じいさんはそうどなった。
 赤い茸の奴は、ぷるんとふるえると、頭を下げた。傘から、赤い滴がとんだ。
 じいさんの口の中に入った。
 にげえ、なにしやがんだ。
 足の先がしびれてきた
 おお、そうかい、痛み止めをしてくれたんか。
 そう思ったとたん、痺れがじんじん上がってきて、腰までしびれた。
 びりびりしてやがる。
 だが、足首と腰は痛いまま。
 赤い茸の傘が開いた。
 赤い胞子が空気中に漂うと、じいさんの顔の周りを漂った。
 線香の匂いがした。
 じいさんは手で顔の周りを払おうとしたが、手までしびれて動かない。
 とうとう、からだぜんぶが動かなくなった。
 開けたままの障子の隙間から、月の明りがじいさんの顔を照らし出した。
 青白く目のくぼんだじいさんが目を動かそうとした。
 目も動かない。とうとう何も見えなくなった。
 心臓もとまった。
 だが、じいさんは、足が痛い痛いとどなっていた。
 赤い茸は白い壷からぴょんと飛び出た。
 壷を残したまま、茸は飛び跳ね、部屋の机の上に積んであった帳面の上にのった。
 茸から赤い水が滲みだし帳面は水で膨れ、崩れていった。
 やがて茸は部屋から庭におりて、消えていった。
 障子が閉まった。月の光がはいらなくなった。
 じいさんの枕元には茸の壷が青白く光っている。
 真っ暗な中で、動かなくなったじいさんが寝ていた。
 
 朝になった。
 番頭が起きてこない主人を見に行った。動かないじいさんを見て、番頭はすぐに医者を呼んだ。
 小僧たちも部屋にやってきた。
 きのうの見回りで廊下をとおったら、ぶつぶついってたな。
 俺も聞いたよ。
 亡くなるとは、ずいぶん急なこった。
 長生きしそうな、やなじいさんだったがな。
 枕元に骨壺が用意してあったぞ。
 あの金を使わないじいさんも、自分の後始末を考えていたんだな。
 そんなことするか。
 あの骨壺どうしたんだろう。
 自分で買うわきゃないから、どこぞで拾ったんだろ。
 医者がきた。
 心臓も止まっているじいさんは、足が痛い痛いと医者に訴えたが、医者は
 お亡くなりになっています、と言った。
 じいさんは棺に入れられ、痛い熱い痛い熱いと思いながら底で横になっていた。
 番頭さんが、葬式にきた金を借していた人たちに、貸した金は帳消しにする。といった。
 帳簿が赤い水にぬれ、墨が流れたので、誰にどれだけ貸したのかわからなくなったとは言わなかった。
 葬式にきた最後にじいさんから金を借りた男が、ほら、そうなったろうと、隣の男に言った。黄金茸の言ったとおりだ。
 功徳な茸だね
 茸はみんなそうなんだよ
 じいさんの棺は先祖代々の墓に埋められた。
 秋になると墓石の周りに茶色い茸が生えた。
茸は墓いっぱいに広がって地面が見えないほどになった。
 茶色の茸が飛んできたアキアカネに言った。
 ああいうやつは、俺たちが最後まで処分するんだ。
 土の中の棺の中では、菌糸に包まれたじいさんが半分になっていた。

功徳の茸

功徳の茸

茸を踏み潰した高利貸しのごうつくじいさん。その末期。指小説

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-05-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted