無垢の話、経験の話

失くした楽園

木の実の味を忘れられず、はやく帰ってまた食べたいと、いつもぼんやり考えている。

引き花

紙などの上に書かれている、絵や文字の草木の花を、引き出して咲かせたもの。

降霊会

いい大人たちが数人で、何の因果か興味本位で降霊会をやってみることになって、仕事帰りの夜に一室に集まった。コインに文字を選ばせるスタイルで、幾人かが無言でコインを指で押さえる。手筈通りにコインは文字を拾い出す。紆余曲折あった末にわかったことは、文字の連なりは何かの話、ストーリーとか小説みたいなものを伝えてきているということ、そしてそれが異様なほどに面白く興味をそそるものであるということ。

空白 3

空白がある。

5年くらいあって、でも空白とかいう言葉で考えたことなんて今の今までなかった。
書けば思考がまとまる。何とはなくの格好はつく。だから、これまでの期間が空白だってことにも、今、思い至った。


魔法使いの友人がいた。実家が代々そういう商売をやっていて、でも今の世の中じゃ食っていけないから継ぐ気はない、というようなことを言っていた。それでもひと通りのことは手習を受けていて、どうやら何代かに一人現れるというような類稀なる才能の持ち主でもあったらしく、親族たちからはたいそう残念がられていた。

これといった目的を持って生きているようなタイプでもなかった。中学生くらいの頃は、一緒にだらだらと近所を遊び廻っていた。時折その友人の家で、何やら魔術的な催しが執り行われるので、物珍しさから見物させてもらっていた。友人もそういう際は魔法使いの正装をして、素直に家を手伝っている姿を見せた。


例えばの話

たとえば、僕が、さんざん今まで善い人間になろうとして色々とやってきたつもりであったものごとが、全然まったく意味なんてなかったってことが解ってしまったとして、何か、魂の純度みたいなものを高めようと、何やかんやと見たり聞いたりしてきたことも、それで感動したり心を動かされたりしたように思ってたことも、全部、勘違いだったって、そういう風に考えるようになってしまうんじゃないかって、それに薄々気付きそうになってるような状態だとして、たとえば、過去に大事にしていたものが、もうそれが何で大事だったのかもよく思い出せなくなってるとして、むかしの自分が、自分とあまり繋がってないような、もし会って会話をするようなことになったとしても、その面会をもう何だか非道く億劫にしか感じられないような、話す言葉がないような、そんな相手としてしか捉えられなくなっているとして、


空白はなかった。

そもそもそんなのは言葉の上でしかありえない。

言葉は嫌いだ。言葉は綺麗でも穢いでもない。好きな言葉と嫌いな言葉があるだけだ。言葉は好きでも嫌いでもない。そもそも言葉という概念に思い入れなんかない。人間の言葉への思い入れが好きだ。

無垢の話、経験の話

無垢の話、経験の話

短い読み物をいくつかまとめています。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 失くした楽園
  2. 引き花
  3. 降霊会
  4. 空白 3