「告げえぬ言葉」

 夏草のしめやかなる緑に横たわる
 君の頬に泣痕はあらず
 青ざめたる桜桃のくちびるが
 何思うたか少し緩められたまま
 肌に冷たく固まって

 その日はおかしな夏だった
 まるで吹雪の前の刻かと
 愚鈍な両眼が迷ふほど
 灰色の雲が押っ被さって
 人肌をひしひしと奪いたがる
 ぶ厚くて寒い空であった
 夏草は一気に濡れ
 町は白く姿を消した
 黒髪は重く頬にへばり付いて
 頻りに何かを堰きとめた
 氷のような雨の中
 氷柱は降るかと恐れるほどな雨の中
 蠟燭の煙と化した故郷(ふるさと)
 二度と火ともされぬまま
 手には触われず眼に見えず
 心ばかりをいとせめて
 跡形も許されず薙ぎ払われた

 夏草のみどり照りまされども
 其等はよろける素足を掴まんとする亡者の手、手、手、
 もう余程肌をひっかきむしられたこの素足
 だれを抱えて歩けるだろう
 せめて愛した君だけでもと
 優しいその頬に指先を震わせて
 遅すぎる返事を言おうとした時
 君の体は白く儚く
 くもり無き雪の花つぶと散って
 胸に包むも果せぬまま
 風の中に溶けゆくを

「告げえぬ言葉」

「告げえぬ言葉」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-08

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